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ニューヨークで見る、日本の写真の現在Heavy Light: Recent Photography and Video from Japan
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ニューヨークで見る、日本の写真の現在Heavy Light: Recent Photography andVideo from Japan
小林美香
『写真空間2』に掲載。展覧会の詳細については以下のサイトを参照のこ
http://www.icp.org/site/c.dnJGKJNsFqG/b.3962161/k.8DE6/Heavy_Light.htm  
2008516日か9月7日にかけて、ニューヨークの国際写真センター(International Center of Photography: 以ICPと表記)で、「Heavy Light: Recent Photography and Video from Japan」と題された展覧会が開催された。タイトルが示すように、この展覧会は日本の現代写真及びビデオ作品を紹介するグループ展であり、ニューヨークで三十年ぶりに開催される大規模な日本の写真展として大きな話題を集めた。筆者はアジアン•カルチュラル・カウンシル(ACC) の日米芸術交流プログラム・フェローシップのにより、20079月か20086月までニューヨークに滞在し、ICP の展覧会部門のアシスタントとして本展覧会の企画・準備の業務に携わる機会を得た。本稿ではこの展覧会が企画された経緯をふまえ、出品作家とその作品を紹介し、展覧会の構成と趣旨を報告するとともに、展覧会の企画することから得た見解を述べておこう。ICPとは 展覧会開催の経緯とその射程ICPは、1974年にコーネル・キャパによって設立された写真専門の美術館と学校で構成されている組織であり、タイムズ・スクエアに程近い、マンハッタンの中心(センター)に位置している。ICP の美術館では、写真史に名を残す写真家の個展から、現代の写真家の活動を紹介するグループ展まで幅広い展覧会が開催されており、ICP に所するキュレイターだけではなく、インディペンデント・キュレイターや写真評論家、研究者などが展覧会の企画に参与している。また、写真展に限定されることなく、ビデオやインスタレーションをも含む多様な作品を紹介する展覧会が頻繁に開催されていることもICPの特徴と言えるだろう。「Heavy Light」展は、ICPのキュレイターであるクリストファー・フィリップスと、インディペンデント・キュレイターの福のり子が協同して企画を行った。クリストファー•フィリップスは、過去に「Art In America」誌にてシニア・エディターを務めていたほか、美術理論誌「OCTOBER」などに写真史に関連する優れた論考を発表するなど、数々の著作を発表してきた研究者であり、近年では中国の現代美術や写真を紹介する展覧会、「Between Past and Future: New Photography and Video fromChina(過去と未来のはざまで:中国の新たな写真と映像)」(2004 年、ICP)や、「Atta Kim: On Air(アッタ・キム:オン・エアー)」(2006年、ICP)、「Shanghai Kaleidoscope(上海カレイドスコープ)」(2008 年、ロイヤル・オンタリオ美術館)などアジア圏の現代美術の動向を紹介する展覧会を企画し、高い評価を得ている。一方、福のり子はロバート・メイプルソープ、シィンディ・シャーマン、キース・へリング、ナン・ゴールデン、フィリップ=ロルカ・ディコルシアなど現代美術や写真のさまざまな展覧会の企画を手がけたり、世界各地のフォト・フェスティヴァルでの展示企画を行ったりするほかに、京都造形芸術大学で教鞭をとり、ACOP(Art Communication Project)というユニークな対話型美術鑑賞教育の実践と研究を展開していることでも知られている。冒頭でも述べたように、「Heavy Light」展は、ニューヨークの美術館でおよそ三十年ぶりに開催された日本の写真のグループ展である。三十年前の展覧会とは、ICP で 1979 年に開催された「JAPAN: ASELF PORTRAIT」のことであり、その前には1974年にニューヨーク近代美術館で「New Japanese Photography」展が開催されている。両方の展覧会ともに、当時『カメラ毎日』で編集長を務めていた山岸章二が企画に携わり、日本における戦後写真の展開をアメリカに紹介する意図を持っていた。その後、この二つの展覧会を通して紹介された森山大道や東松照明は、それぞれに「Daido Moriyama:Stray Dog」(サンフランシスコ近代美術館, 1999年)、「Shomei Tomatsu:Skin of a Nation」(サンフランシスコ近代美術館、ジャパン・ソサエティー共催, 2004年)という回顧展を通して、戦後の日本の巨匠写真家として広く認知される
 
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までにいたっている。また、これらの回顧展が開催された時期に挟まるようにして、ヒューストン美術館では、日本の写真の黎明期から現代にいたるまでを年代的に辿る大規模な展覧会、「The History of Japanese Photography(日本の写真の歴史)」展(2003年)が開催されているそのほかに、欧米を拠点に日本の写真家や現代美術作家が活動し、個展やさまざまなグループ展、アートフェアなどを通して作品を発表する機会も増え、たとえば村上隆が企画に携わった「Little Boy: TheArts Of Japan's Exploding Subculture(リトル・ボーイ:爆発する日本のサブカルチャー・アート)」展(ジャパン・ソサエティ、2005 年)が話題を集めてきている。このような状況や、近年の美術市場で日本人作家の作品の値段が高騰していることが話題になったことを鑑みれば、欧米で日本の現代美術の展開に関心が高まっていることは紛れもない事実と言えよう。しかしそれにもかかわらず、日本の現代写真やビデオに焦点を合わせた展覧会がかくも長い間開催されてこなかったことについて、キュレイターのクリストファー•フィリップスと福のり子は次のような説明をしている。一つには、アメリカでは「ここ数年間、中国の現代美術や写真が大きなブームになっており、日本の現代写真はそのブームの陰に隠れてしまっていて、キュレイターや批評家たちが日本の写真の展開に注意を払ってこなかった」ということがある。また、日本の写真を取り巻く環境̶̶日本国内の小規模なギャラリーを拠点とする写真家の活動のあり方や、写真集や写真に関連する出版物が限られた部数しか刊行されず、その流通が日本国内に限られているということ̶̶も、外側から見れば、閉鎖的なものとして映り、その中で起きていることの情報が日本の外に伝わりにくい状態が続いていたということも要因の一つとして挙げられている
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。したがって、「Heavy LIght」展開催の目的の一つとして、このような状況で生じてきた日本国内と国外の情報のギャップを埋めるということがあった。先に挙げNew Japanese Photography展やJapan: A Self Portrait」展のような展覧会が開催された1970年代と現在とでは、当然のことながら写真を巡る状況は大きく様変わりしている。1970 年代当時は、写真雑誌や写真集のような印刷媒体が、写真家の作品発表や活動の場として位置づけられ、写真家という職業や立場がそのような媒体によって認識され、輪郭づけられていた。しかしその後現在にいたるまで、ギャラリーや美術館での展示を活動の中心に据える写真家や、写真を表現手段として用いていたとしても、自らを写真家とは称さない作家も増えてきていることは、周知の通りであろう。「Heavy Light」展はこのような写真の位置づけの多様化を前提とした上で、日本の現代写真の展開を包括的に辿って紹介するというよりも、出品作品を通して日本の文化や社会の中にある際立った傾向や特徴を浮かび上がらせようとする意向が強く打ち出されていた。展覧会は、4つのテーマ──1、世界の表面/2、伝統の変容/3、自己顕示としてのコスチューム/4、文化的アイコンとしての子ども──によって構成されていて、これらのテーマは、外から見た日本の社会や文化の特徴を言い表すものとして設定されている。したがって、日本国内で、作品や作家が評価されたり、関心を集めたりするのとは明らかに異なった視点が盛り込まれ、作家と作品が選び出されているということが、「Heavy Light」展の大きな特徴である。翻って見れば、日本の中で形成されているのとは異なるコンテクストに照らし合わせられることで、作品に対する見方や評価の仕方の幅がいかに拡張されるのか、ということが一つの挑戦であったとも言えるだろう。本展覧会のために選出された出品作家は、会田誠、畠山直哉、鍛冶谷直記、鬼海弘雄、小松原緑、中川幸夫、楢橋朝子、小沢剛、澤田知子、鈴木理策、ヤノベケンジ、やなぎみわ、吉永マサユキの13名である。写真やビデオの作品がすぐに思い浮かべられるような作家はもちろんのこと、中川のような前衛的な生け花で知られる作家や、ヤノベのような大規模な立体作品やインスタレーションを制作する作家も含まれている。また、関西を中心に活躍する作家が占める割合が高いということも、一つの特徴と言えるだろう。展覧会に併せて刊行されたカタログには、作品図版に加えて、それぞれの作家へのロング・インタビューも掲載された。カタログの中で個々の作家のインタビューを掲載することが重視された理由は、本展覧会にはアメリカ国内でほとんど知られていない作家も含まれるために、作品の制作過程や内容について充分な解説が必要となるということ、また多様な作家が選ばれ、作品の傾向がそれぞれに異なるために、作家自身の言葉を通してそれぞれの経歴や、作品の制作過程のみならず、日本の社会的・文化的な状況を浮かび上がらせるという意図もあった。さて、展覧会のタイトルである「Heavy Light」についても説明を加えておこう。タイトルの中に含まれるLight には、「光」と「軽い」の両方の意味がかけ合わせられている。(写真や映像を作りだす)「重い光」とも
 
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解釈されうるが、展覧会の意図としては、後者の「軽い」の方の意味が強く、日本語では「重い 軽い」と訳される。このタイトルは、展覧会の内容や方向性、コンセプトを明快に言い表すものとして掲げられているというよりも、漠とした印象や感覚、それも正反対の関係にあることが隣り合わせにあるような、矛盾した調和のとれていない状態を想像させるものだろう。先に紹介した4つのテーマや出品作品に照らし合わせると、古さ/新しさ、老い/若さ、深刻なこと/ユーモラスなこと、美しさ/醜さ、安定/不安定、画一性/多様性、、、などさまざまな矛盾する関係がそれぞれの作家の作品の中に、あるいは作家の組み合わせの中に見出されるのであり、そのことは会場の構成にも反映されていた。展覧会の会場は、先に述べた4つのテーマによる区分が明確に示されてはいなかたももの、ゆるやかに相互の連関を持たせるようにして構成されていた。ちなみに、それぞれのテーマによって、出品作家は以下のようにカテゴライズされていた̶̶世界の表面(畠山直哉、楢橋朝子)/伝統の変容(中川幸夫、鈴木理策、小沢剛、鍛冶谷直記)/自己顕示としてのコスチューム(澤田知子、吉永マサユキ、鬼海弘雄、小松原緑)/文化的アイコンとしての子ども(会田誠、やなぎみわ、ヤノベケンジ)。「Heavy Light」展を歩く展覧会の実際の会場の動線に即して解説しながら、展覧会のテーマとタイトルによって示唆されている対象的な関係が、どのように視覚化されているのかを見ていきたい。(図1)会場の入り口の壁面(図1)には、床から天井まで届くように大きく引伸ばされた澤田知子の「School Days」が、美術館に足を踏み入れる鑑賞者を出迎えるように設置されている。この作品は、澤田自身がさまざまな生徒と担任教師に扮して個別に撮影した写真を背景の写真と合成して作られたクラスの集合写真である。入学や新学期の開始や卒業のような学校生活の節目のイベントと、夏の衣替えの時期にあわせて集合写真を撮ることは日本の学校では恒例行事として慣習化されているが、欧米ではさほど一般的ではないという。この作品は当初卒業アルバムの中に収められるような小さなプリントとして発表されていたが、この展覧会のために、鑑賞者に対して展覧会の開始を印象づけるために特別に大きく引伸ばされたプリントでは、澤田が扮するそれぞれの生徒の髪型や表情、顔の特徴の差異がより明確になり、その違いを見比べられるようになっている。全員が同じ制服を身につけることで強調される集合としての均質性と、その中で澤田が演じ分ける微妙な個別性やその間の差異が、際立ったコントラストとして視覚化されている(図2)壁画大の澤田の作品に続くようにして、入り口の右脇には、ヤノベケンジの立体作品「青い森の映画館」が設置されている。(図2)この作品は、象の背中の上に設置された小屋のような映画館と、その脇に添えられた樽の上に立つ腹話術人形の「ナニワのトらやん」で構成されている。トらやんが身にまとう黄色い衣装は、ミニ・アトムスーツと呼ばれるもので、放射能を遮断する機能を持ち、その数値を探知するためのガイガーカウンターが装着されていて、映画館は子どものための核シェルターとしての機能を備えている、という設定になっている。ビデオの中でヤノベの父親は孫たち(つまりヤノベの息子たち、ひいては次世代を担う子どもたち)に対して、核の危機が起きた際に映画館であるシェルターの中に籠って身を守り、どのように生き延びるのかということをトらやんとの会話を交わすようなかたちで語っている。作品は一見したところ、アミューズメント・パークの遊具施設にも似た親しみや

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