学遊倶樂部の発足
学遊倶樂部は市民大学たかおか学遊塾の理事会決議に基づき、平成二十年四月から準備を進め、六月二日に設立総会をウイング
・
ウイング高岡で開き、市民の学習団体として発足しました。規約に倶樂部の趣旨を「高岡市民に対して生涯学習の研究と実践に関する事業を行い、高岡の歴史と文化を考究し、『ものづくり』と工芸の町高岡の深化
・
発展に寄与する」と謳いました。
主催講座の開催
倶樂部の趣旨を遂行するため、おとぎの森公園で、九月十四日
(
日
)
と二十一日
(
日
)
に
「
高岡職人の歴史とものづくり
」
と題し、加賀藩の時代に高岡市域で工芸を担った職人と技術について学び、九月十五日
(
祝
)
と二十八日
(
日
)
には
「
藩政期からの高岡の街づくりと町
・
村
」
と題し、町や村では藩政期から住民による自治が行われ、それが明治以降現在に至る間にいかなる変遷があったのかを、議論を交えながら考えました。
自主講座の展開
十月から
「
アイロン染を楽しもう
」 「
D oi t y o ur s el f (
日曜大工
)
入門
」 「
籐に親しむ
」 「
かぎ針編み
」 「
『タワケ』が覗いた中国
」
の五講座を自主的に開講しました。 穴井純子講師の
「
アイロン染
」
では、チュールメッシュ生地に転写プリント
・
アートフロッキー
・
アートラメを用いる方法を学びました。折本和洋講師の
「
D oi t y o ur s el f (
日曜大工
)
入門
」
では、大工道具の使い方と木材について、歴史の理論を学びながら、実践しました。熊木保子講師の
「
籐に親しむ
」
では、籐の素材を生かした色紙を作りました。塚西百合子講師の
「
かぎ針編み
」
では、消臭作用を持つ糸を使い、三角ショールやベストを作りました。藤平武史講師の
「
『タワケ』が覗いた中国
」
では、国内の脆弱さを他所に急速に軍拡を進め、公害や食の安全問題を含めて世界の脅威となりつつある隣国の現状を分析し、わが国はいかにす
べ
きかを考えました。
各
講座とも、森の
ふ
れあい
館
や公民
館
で五
乃
至十
回
行われ、
皆
さ
ん熱心
に学びながら、
討
論や作
品
作りを楽し
ん
でいました。
楽習展の開催
平成二十一年四月四日
(
土
)
には、
富山県
文化
ホ
ールの三
階
で、
「
楽習展
~心
と技
~
」
を開
催
しました。その
模様
を
記者
の主
観
を交えて
報告
します。
当
日
午後
から
雨天
にもかかわら
ず
、大
勢
の方に
参
加いた
だ
き、うれしい
「
誤算
」
でした。展
示ホ
ールには
「
アイロン染
」 「
籐に親しむ
」 「
かぎ針編み
」
の
受
講生の作
品
が
並
び、
「
D oi t y o ur s el f (
日曜大工
)
入門
」
では大工道具の使用法を
掲示
しました。また講座
風景
の写
真
の
前
では、
受
講生の
皆
さ
ん
が
盛
り
上
がっていました。会議
室
では
午前
十時から
各
講座の学習成
果
が
報告
され、五月からの
新
講座についても
説
明がありました。また学遊塾の
山
本塾
長
もお
見
えになり、祝
辞
を
賜
りました。
午後
十二時
半
からは学習の時間です。ま
ず
明
神博幸氏
の
「
加賀藩の治
水
と
千
保
川
の
洪水
」
では、
洪水
の
多
発する現在の高岡市域にあって、加賀藩は
松川除
で
締
め
切
り
河
道を一本化さ
せ
るが、用
水
を
利
用する
農
民が一本化に
反
対し、なかなか政
策
がまとまらなかった
こ
と、
護岸
工事に大
量
の
竹
が使用され、
不
足分を
長州
から
移
入した
こ
と、木町には
緊
急の
渡舟
が
常
備され会所の
誘導
で人的
被
害は
最少
に
止
まっている
こ
と、
郡
部でも
被災
地の
復興
や
補償
が
迅
速に行われ
河川跡
を
強
かに
利
用し開発した
こ
と、
等
が
報告
されました。折本和洋
氏
の
「
曲尺
の
不思
議なはなし
」
では、大
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学遊倶樂部通信
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