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Vol. 46 No. 1
情報処理学会論文誌
Jan. 2005
知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究
網 谷 重 紀
,
††
†††
本研究では知識創造過程を支援するための方法「知識の液状化と結晶化(
Knowledge Liquidization& Crystallization
)および,知識創造過程を支援するためのシステム「
Knowledge Nebula Crys-tallizer
KNC
」を提案・構築し,ユーザスタディを通して評価を行った.従来知識創造に関していくつかの理論が提唱され,それらは多くの企業の知識管理に対する考え方に影響を与えてその重要性が理解されるに至ったが,現実にはその理論を具体的に実務に適用する方法が提示されておらず,実際に知識創造のためには何をすればよいのかが分からないという問題が生じている.そこで本研究では,知の共有から協創への実際的な道筋を示すべく,実際に広告会社との共同研究を通してイベント設計過程を題材として知識創造過程の支援という問題に取り組んだ.本稿では提案・構築した方法とシステムおよびユーザスタディの分析結果を述べる.
A Method and a System for Supporting the Processof Knowledge Creation
Shigeki Amitani
and
Koichi Hori
†††
The aim of this research is
to develop a method and a system to apply the theories for knowledge creation to human practices
. Though a number of theoretical and practical studieson knowledge creation have been conducted both by researchers and by business-practitioners,practical methods for knowledge creation, i.e. for
connecting the theoretical frameworks with the real world knowledge creation 
are still required. In this paper, the developed methodnamed “Knowledge Liquidization & Crystallization”, and a system named “Knowledge Neb-ula Crystallizer (KNC)” are described. They were applied to the actual exhibition designprocesses as an exemplar of knowledge creation, in co-operation with a Japanese advertisingcompany. The effectiveness of the method and system has been examined through user studiesand discussions with the professional designers.
1.
はじめに
1980
年代半ば以降に「社会と組織にとって知識が重要になる」という指摘がなされ始め,それにともない新たな経営理論が生まれ出した.情報技術の発展とともに様々な企業がいわゆる「知識管理システム」を導入して,知の共有のためにこれまでに企業内で作られた書類を電子的に蓄積するといったことが試みられてきたが,現状では成功を収めたシステムは数少な
1),2)
.1990
年代に入り,「従来の知識管理へのアプローチ
シドニー工科大学 
Creativity & Cognition Studios, University of Technol-ogy, Sydney
††
独立行政法人日本学術振興会
Japan Society for the Promotion of Science
†††
東京大学先端科学技術研究センター
Research Center for Advanced Science and Technology(RCAST), The University of Tokyo
は新しい知識を創造するという視点を欠いている」ということが指摘された
3)
.野中らによって数多くのケーススタディを通して,知識というものが人間の実践的行為の中に埋め込まれているものであり,その文脈に合わせて動的に構成されるものであり,その構成のためには多視点から現象を分析する能力が必要であるということが主張され,知識管理における関心が「知識の蓄積による共有」ではなく,「知識の創造」へと移っていった.そこで野中らの
SECI
モデル
3)
Fischer
らの
Design Perspective
4)
といった知識創造過程に関する理論が生まれたのである.こうした理論的枠組みに対して,多くの企業が知識創造の必要性とそのための理論の重要性を認識して実務への導入を試みてきたが,現在では実際の業務の現 場に適用するにはどうしたらよいか分からないという新たな問題が生じている.こうした理論的枠組みを実務に適用していくための方法が求められているのであ
5)
7)
1
 
2
情報処理学会論文誌
Jan. 2005
本研究ではその具体的課題として,広告会社との共同研究を通してモーターショーなどの「イベント設計」における知識創造過程支援を選択した.イベント設計は現状ではプロのプランナの暗黙的な知識に大きく依存するタスクの一例であり,それゆえ新たな知識を生み出していくための実践的方法が求められる分野である.また,より良いイベントとは,最終的にプランナとクライアント,企画者と来場者の間での相互理解と協創により生まれるものである.したがって,そのためにまずプランナに求められるのは,絶えず新たな知識を生み出してイベントを設計し,さらにその設計意図の具体的実現方法および予想される効果といったものを明確に根拠を提示しつつクライアントに説明していくことである.そして,実現されたイベントはどのように来場者に理解されたのかということを把握することで新たな知識を生み出して,来場者によりよく理解してもらうために生み出した知識を次の設計に生かしていくということが求められる.プランナ自身の知識創造のサイクルを実現することが「より良いイベントを協創する」ための第
1
歩であると考える.そこで本研究ではこの知識創造サイクルを実現することを目標とし,イベント設計過程を具体例として筆者らが提案し開発した方法とシステムを適用した.本稿では知識創造過程に関する従来研究を議論し,そのうえで我々が提案する方法「知識の液状化と結晶化(
Knowl-edge Liquidization & Crystallization
」およびシステム「
Knowledge Nebula Crystallizer
KNC
」について説明し,その適用の具体的事例と有効性の分析について述べる.
2.
本研究での知識創造過程のとらえ方
「知識とは何か」という議論は長年認識論の分野においてなされており,伝統的哲学においては知識とは「個人が効果的な行動をとる能力を増大させるための正当化された真なる信念」であるとされてきた.また経営などの実務分野での知識管理に関する研究において実用的上の定義がいくつかなされているが,完全に合意を得た定義は存在していない.西洋の伝統的認識論に強く影響を受けて「知識というものは形式的に記述することができ,万人が共有することができる」という暗黙的な前提があったため,知識管理に関する研究や実践においては関心の中心はいかにして「科学 的・客観的知識」をとらえて蓄えておくというところにあった.こうしたアプローチで知識管理を成功させてきた例も存在するのは事実であるが,同時に行き詰まりを見せているのも事実である.これは知識というものを明確な形でとらえるのが困難だからである.筆者らは「知識は文脈に依存して動的に再構築されるものであり,静的に蓄積しておけるものではない」という立場をとる
8)
「形式的に記述して保存しておける知識」というものは知識の一形態にすぎない.知識とはむしろそうした「固体」のようなものではなく「液体」のようなものであって,文脈によって形を変えることや,部分的に抽出して融合することで新たな文脈に適用可能な性質を持つものに変化 させることができるものであるととらえる
9)
.
また,とらえることができるのは「知識を構成するのに必要な情報」であり
10)
,それは再構成して再利用することが可能である.また,ある情報が「知識を構成するのに必要な情報」であるためには「その情報が生成される文脈」が必要なのである
4)
野中はこのような文脈依存性とともに「多視点から真理に接近する能力を含むものであるとしている
8)
人間は向き合っている問題を様々な粒度で様々な角度から観察・分析し,獲得された情報とのインタラクションを通して頭の中で知識を再構成して新たな知識を創り未知の問題に対応していく.知識とはこのように情報を集めるだけではなく,集めた情報を現在向き合っている文脈に合わせて再構成する能力も含むととらえる
10)
.この過程は
ill-defined
であり,いわゆる設計問題の
1
つとしてとらえることができる(
designperspective
4)
本研究では従来提案されてきた知識創造に関する理論を実践に落とし込むため,上記の要素を考慮した知識創造過程支援の方法の構築を目的とする.その実現 には後に活用できる文脈つきの情報を獲得する方法が必要であり,また獲得した文脈つきの情報を元に,新しく直面した設計問題に対応するべく再構成するという行為を支援するための道具が必要なのである.
Dourish
は文脈を「どのように表現するか」という
representational problem
としてとらえるのではなく,「どのようにして人々は行為の中で文脈を獲得していくのか」という
interactional problem
としてとらえることを提案し
11)
,以後の人間と人間を取り巻く環境(人間も含む)とのインタラクションを形成するためのそれまでのインタラクションの履歴ととらえている.本研究においてもこの意味で文脈をとらえる.その文脈を可能な限り採取し,それを知識創造の文脈に合わせて用いるということを考える.知識創造過程を実際に支援する試みとして,
Card
は情報可視化技術を使って,情報を獲得して意味づけを行い,知識に基づくモノや決定や行動を創造的にま
 
Vol. 46 No. 1
知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究 
3
とめていくことを支援することを試みた
12)
.彼は知識創造過程を
(1) Acquire information
:情報を獲得する,
(2) Make sense of it
:情報圧縮のためのスキーマを発見する,
(3) Create something new
:スキーマに従って情報を組織化する,
(4) Act on it
:レポートなどにまとめるという
4
段階であるとした.本研究では上記の要素およびこの
4
段階を参考に,知識創造過程を以下の段階が繰り返される循環的過程であるととらえる.むろんこれらは明確に分割できる過程ではなく,またこの順序で必ずしも進むものではない.
Acquisition phase
「人間の実践的行為の文脈をともなう情報を獲得する.
Analysis phase
:獲得された情報の内容や情報間の関係を多様な視点から観察・分析して理解する.
Restructure phase
:現在の設計における文脈に適合するように情報間の関係を再構成する.
Production phase
:実践に適用する.次章で本研究で提案する知識の液状化と結晶化およ
Knowledge Nebula Crystallizer
について説明する.
3.
知識の液状化と結晶化および
KnowledgeNebula Crystallizer
「知識の液状化と結晶化」は筆者らが文献
13)
において「情報を分解して保存しておき,それを必要に応じて適切な形で再構成する」と説明したが,本稿ではこの考え方を拡張する.この分解と再構成の過程において重要なのは,人間が情報の意味内容を理解するためにはその情報が実世界に接地されていなくてはならないということである
14)
16)
.それをふまえて,本研究では「知識の液状化と結晶化」を以下のように定義する.
知識の液状化 
人間の行為の文脈をともなった情報を,実世界に記号接地できる概念を核とし,そのローカルな意味的関係を保存して核を単位とする粒度に分解すること.
知識の結晶化 
液状化で保存したローカルな意味的関係を現在の創造活動の文脈に応じて結合してグローバルに新構造を生成すること.
KNC
は知識の液状化と結晶化を実現するためのシステムである.
KNC
は,獲得された「人間の行為の文脈をともなった情報」を上記の液状化の定義に従って分解し,蓄積するためのレポジトリであり,また蓄積された情報の断片とその情報間の関係をユーザの現 在の文脈に沿った形で結合して提示するシステムである.ユーザは提示された情報および情報間の関係を観 察・分析して,提示された情報空間を理解する.さらに
1
情報獲得の過程
Fig.1 Acquisition of information.
2
KNC
の動作
Fig.2 Knowledge Nebula Crystallizer (KNC).
3
KNC
とのインタラクションによる知識創造過程の支援
Fig.3 Interaction with KNC.
KNC
はユーザに提示した情報間の関係性を再構築させるというインタラクションを提供し,内省的思考を促進させて新たな知識を生み出すことを支援するものである.
1
2
3
に知識創造過程と
KnowledgeNebula Crystallizer
KNC
)の働きを示す.

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