〈資本主義〉対〈気候変動


〈資本主義〉対〈気候変動〉
ナオミ・クライン
ナオミ・クライン
Capitalism
Capitalism vs.
vs. the
the Climate
Climate
By
By Naomi
Naomi Klein
Klein

Photo By valkyrieh116
CC BY-NC-SA 2.0

1.

ハートランド会議の四列目の紳士

四列目にいた紳士が質問を投げかけた。

自分はリチャード・ロスチャイルドだと、彼は自己紹介した。彼は、自分はメリー
ランド州のキャロル郡の郡行政委員会委員に立候補したと聴衆に語りかけ、なぜなら
地球温暖化に取り組む政策は、実際のところ「アメリカ中産階級資本主義に対する攻
撃」に他ならないという結論に達したからだと述べた。六月の下旬、ワシントンDC
のマリオットホテルに集まったパネリストたちに、彼が投げかけた質問はこういうも
のだった。「一体どの程度までこの運動全体は、その腹の中に赤いマルクス主義者の社
会経済的な教義を詰め込んだ、単なる緑色をしたトロイの木馬なのですか?」。

こ こ ハ ー ト ラ ン ド 協 会 ( Heartland

Institute) の 第 六 回 気 候 変 動 国 際 会 議

(International Conference on Climate Change) ――人類の活動が地球温暖化を招い
ているという圧倒的な科学的合意を否定すべく血道を上げている人々の最たる集まり
――では、これは修辞的な疑問と見なされた。それは、ドイツ連邦銀行の銀行家たち
の集まりに、ギリシア人たちは信用ならないのかどうかを訊ねるようなものだった。
にもかかわらず、パネリストたちは質問者に対して、彼がどれほど正しいのかを述べ
る機会を逃しはしなかった。

クリス・ホーナー――競争的企業協会(Competitive Enterprise Institute) の上級
研究員で、気候変動を調査する科学者たちを、やっかいな民事訴訟と情報公開法によ
る法的尋問で困らせることが専門――は、テーブル・マイクを口元に曲げた。「あなた
はこの会議が気候に関するものであることをご存じでしょう」。暗い影のある声で彼は
こう言った。
「 多くの人がそれを信じている。だがそれは合理的な信念ではないのです」。
ホーナーの年の割に早い銀髪は、彼を右翼版のアンダーソン・クーパーのように見せ

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ていた。彼は好んでソール・アリンスキーの言葉を引用した。「この問題は本当の問題
ではないのです」。この問題は次のように見えるのだと言う。「自由社会はこの課題が
要求するものを、独力で成し遂げることはできないのです……。障害となっているや
っかいな自由を取り除くことが、そのための第一段階となるでしょう」。

気候変動はアメリカの自由を盗むための陰謀だとする主張は、ハートランド協会の
標準からすればむしろ穏健なものである。二日間の会議を通じて、私が知ることにな
るのは次のような主張だ。地域主体のバイオ燃料精錬所を援助するオバマの選挙公約
は、本当は「緑色のコミュニタリアニズム」であり、「銑鉄の溶鉱炉を皆の裏庭に設置
する」という「毛沢東主義者」の計画に類似するものだ(カトー協会のパトリック・
マイケルズ)。気候変動は「国家社会主義の隠れ蓑だ」(元共和党の上院議員で引退し
た宇宙飛行士のハリソン・シュミット)。環境保護論者は、限りない人々を犠牲にして
神を宥め、なんとか天候を変えようとするアステカの僧侶のようだ(否定論者の主要
なウェブサイト ClimateDepot.com の編集者、マーク・モラーノ)。

しかしながら、私がとりわけよく聴くことになったのは、四列目の郡行政委員会委
員が表明した意見の異なるヴァージョンだった。気候変動は資本主義を廃止し、それ
を何らかのエコ社会主義と取り替えるために設計されたトロイの木馬である。会議の
演説者ラリー・ベルが、彼の新著『崩壊する気候変動(Climate of Corruption)』の中
で簡潔に述べているように、気候変動は「環境の状態とはほとんど関係がなく、資本
主義を束縛することにより関係しており、グローバルな富の再分配のために、アメリ
カン・ウェイ・オブ・ライフを変えようとするものだ」。

そう、確かに会議の代表者たちが見せる気候科学に対する拒否は、データについて
重大な意見の相違があるような振りをして見せている。そして主催者たちは、集会を
「科学的方法の復権」と呼び、組織名として気候変動における指導的な権威であるI
PCC(Intergovernmental Panel on Climate Change) の一文字違いであるICCC

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すら採用して、ある程度まで信頼のおける科学的な会議を真似ようとしている。だが、
この会議で提示された科学的理論は古くて、もう長い間信用されていないものだった。
そして、それぞれの演者が次の演者と矛盾するように見えることを説明する何の試み
もなされなかった(温暖化が存在しないにしろ存在するにしろ、それは問題ではない
ではないか?もし、温暖化が存在しないのなら、これらの太陽黒点が気温を上昇させ
ているとかいう話は一体何なのか?)。

実際のところ、ほとんどが年輩の人々である聴衆の何人かは、気温のグラフが投影
されている間、居眠りをしているようだった。彼らは、この運動の「ロック・スター」
たちが登壇する時だけ活気づくのだ。Cチームの科学者たちではなく、モラーノやホ
ーナーのような、Aチームのイデオロギー的闘士たちだ。これこそがこの集会の目的
である。今後の年月に備えて、頑迷な保守派の否定論者たちに、それを使って環境保
護論者や気候科学者たちをぶちのめすことのできる、修辞的な野球バットを収集する
ためのフォーラムを提供することが。最初にここで試された論題は、やがて「気候変
動」や「地球温暖化」という言葉を含む、あらゆる記事と YouTube

の動画のコメン

ト欄を溢れさせることになるのだ。それらはまた、数百人の右派のコメンテーターと
政治家たちの口からも飛び出すだろう。共和党の大統領候補であるリック・ペリーや
ミシェル・バックマンから、ぐっと下がってリチャード・ロスチャイルドのような郡
行政委員会委員まで。会議外のインタビューで、ハートランド協会の会長であるジョ
セフ・バストは、誇らしげに「数千の記事や論説、演説が……これらの会議の一つに
出席した誰かによって情報提供を受けているか、もしくは動機付けられている」こと
は自分の手柄だと述べた。

ハートランド協会――シカゴに拠点をおく「自由市場のソリューションを促進する」
ためのシンクタンク――は、二〇〇八年以来、時には年に二度、これらの懇談会を開
催してきた。そしてその戦略は功を奏しているようだ。一日目の終わりに、モラーノ
――二〇〇四年の大統領選挙の時に、ジョン・ケリーを落とすための「真実のための

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退役快速船軍人の会(Swift Boat Veterans for Truth)」の話を、論破したことで有名
になったこともある――が、一連のウィニングランで集会をリードした。キャップ・
アンド・トレード方式?とっくに死んでる!コペンハーゲン・サミットのオバマ?と
んでもない大失態!環境保護運動?ただの自殺行為!彼は環境保護活動家が自分を責
めているいくつかの引用を(進歩派もよくやるように)投影すらした。そして、聴衆
たちに断然として「祝おうじゃないか!」と勧めたのだった。

そこには屋根の垂木から降りてくる風船も紙吹雪もなかったが、あった方がふさわ
しかっただろう。

***

2. 科学的合意の拒絶へと向かう世論

大きな社会的政治的問題に関して世論が変わろうとする時、その傾向は相対的に漸
進的なものになりがちである。突然の移行がやって来る場合は、劇的な出来事によっ
て引き起こされるのが普通である。世論調査員たちが、たったの四年間で、気候変動
に対する見方に一体何が起こったのか驚いている理由はそれだ。二〇〇七年のハリス
による世論調査では、七一%のアメリカ人が、化石燃料を燃やし続けることは気候の
変動をもたらすと信じていた。二〇〇九年の統計では、それが五一%にまで下落した。
そして二〇一一年六月には、それに同意するアメリカ人の割合は、四四%にまでに落
ち込んでいる。人口の半分以下である。
「民衆と報道のためのピュー調査センター(Pew
Research Center for People and the Press)」の調査研究理事であるスコット・キータ
ーによれば、これは「近年の世論調査の歴史では、短い時期における最も大きな移行」

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だという。

更に目立つのは、この移行がほとんど全く政治的スペクトラムの一端について起こ
ったことだ。二〇〇八年(ニュート・ギングリッチがナンシー・ペロシと共に気候変
動に関するTVスポットを行った年)までは、この問題はうわべだけであれ、アメリ
カではまだ二大政党の両方から支持を得ていた。そうした日々は明白に終わりを告げ
た。今日では、七〇~七五%の民主党支持者もしくはリベラルを自認する人々が、人
類が気候を変えていると信じている。過去一〇年間で安定しているか、わずかだけ上
回った水準だ。それとは全く対照的に、共和党支持者、特にティー・パーティーの一
員たちは、圧倒的に科学的な合意の拒絶を選んでいる。いくつかの地域では、わずか
二〇%程の共和党支持者を自認する人々が、科学を受け入れているだけだ。

感情的な強度における移行も同じく著しい。かつて気候変動は、誰もが気にかけて
いると口にする事柄だった。実際にはそれ程多くなかったにしろ。アメリカ人が政治
的な関心事に優先度を付けるように訊ねられると、気候変動は確実なまでに最後にな
るのだ。

だが、今では情熱的に、執拗なまでに気候変動を気にかけている相当数の共和党の
一団がいる。もっとも、彼らが気にかけているのは、気候変動が、彼らに白熱電球を
取り替えさせ、ソヴィエト流の安アパートに住ませ、SUVを諦めさせるために、リ
ベラルのでっち上げた「虚報」であると暴露することだが。これらの右派にとって、
気候変動に反対することは、低い税金や、銃器の所有権や、中絶への反対と同様に、
彼らの世界観の中心をなすものになりつつある。多くの気候科学者たちが、殺害の脅
迫を受け取ったと報告している。省エネルギーのような無害に見える題材の記事の著
者ですらそうなのだ(エアコンを批判する本の著者であるスタン・コックスに届いた
手紙によれば、「俺の冷えて死んだ手から、サーモスタットをもぎ取って見ろ」)。

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この強烈な文化戦争は、ニュースの中でも最悪のものだ。なぜなら、彼または彼女
のアイデンティティの核になっている問題について、その人物の立場に挑戦しようと
すると、事実や議論が攻撃に埋もれてしまい、簡単に逸脱してしまうからだ(否定論
者は、地球温暖化の現実を確認する、部分的にコーク兄弟によって資金提供を受けた
新しい研究や、「懐疑的な」立場に同調的な科学者による新しい研究をはねつける方法
さえ発見している)。

この感情的な強烈さがもたらす効果は、共和党をリードするレースにおいて余すと
ころなく示された。大統領選に入ろうとする日々の中で、彼の故郷であるテキサス州
が文字通り野火で燃えている最中に、テキサス州知事リック・ペリーは、気候科学者
たちがデータを操作していることを明らかにする根拠を喜んで、こう言った。「そのた
めに、彼らは何ドルもの金をプロジェクトにつぎ込んでいるのだ」。一方で、気候科学
を一貫して擁護する唯一の候補者、ジョン・ハンツマンは、即死状態だった。また、
ミット・ロムニーが選挙戦で救われたのは、部分的には、気候変動についての科学的
合意を支持する初期の声明を遠ざけたためだった。

だが、右派の気候陰謀論の効果は、共和党の外にも広がっている。民主党員のほと
んどは、独立を疎外されることを恐れ、この件に関して沈黙を決め込んでいる。そし
てまた、メディアと文化産業も、それに追従している。五年前には、有名人たちはハ
イブリッド・カーに乗ってアカデミー賞に現れ、『ヴァニティ・フェア』誌は例年グリ
ーン特別号を発行していた。二〇〇七年には、アメリカの三大ネットワークで、一四
七本の気候変動に関する番組が放送された。だが、それらはもはや存在していない。
二〇一〇年には、三大ネットワークは三二本の気候変動に関する番組を放送しただけ
であり、アカデミー賞は本来のスタイルのリムジンに戻り、「例年」だったはずの『ヴ
ァニティ・フェア』グリーン特別号は、二〇〇八年以来現れていない。

この穏やかならぬ沈黙は、史上最大の暑さを記録した一〇年間の終わりまで存続し、

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更に変異種的な自然災害と世界的な記録破りの猛暑の夏を迎えている。一方で、化石
燃料産業は、石油、天然ガス、石炭を、この大陸でもっとも汚染がひどくもっとも高
リスクないくつかの資源から抽出する新しいインフラに対する、数十億ドルの投資に
殺到している(七〇億ドルのキーストーンXLパイプラインがそのもっとも顕著な例
だ)。化石燃料産業は、アルバータ州のタール・サンドで、ビューフォート海で、ペン
シルヴァニアのガス田で、ワイオミングとモンタナの炭田で、環境保護運動は死んだ
も同然だという方に大きく賭けたのだ。

これらのやる気満々のプロジェクトが、二酸化炭素を大気中に排出すれば、破局的
な気候変動が起こる確率は劇的に上昇する(アルバータ州のタール・サンドの石油採
掘だけで、NASAのジェイムズ・ハンソンに言わせれば、気候にとって「本質的な
ゲーム・オーバー」となるだろう)。

これらの全てが意味するのは、環境保護運動は大々的に巻き返さなければならない
ということだ。それが起きるためには、左派は右派から学ばなければならない。否定
論者たちは気候を経済に結びつけることで勢いを得てきた。環境保護は資本主義を破
壊する、と彼らは主張する。雇用は生まれなくなり、物価は上昇するだろうと。しか
し、今では、より数多くの人々が「ウォール街を占拠せよ」の抗議者たちに同意し、
それら人々の多くが通常営業の資本主義そのものが、雇用喪失と借金奴隷の原因だと
主張しており、経済の領域を右派から奪い返すユニークな機会が生まれているのだ。
そのためには、環境危機へ本物の解決策はまた、より開化された経済システム――根
深い不平等を終わらせ、公共圏を強化し変容させ、尊厳ある労働を大量に生み出し、
ラディカルに企業の力を制御するそれ――を築く私たちの最良の望みでもあるのだと
いう、説得力のある議論を組み立てることが要求されるだろう。それはまた、環境保
護運動が、進歩派の注目を競い合う価値ある理念の一覧にある、たった一つの問題だ
という観念からの離脱を要求するだろう。気候変動否定主義が、力と富の現体制の防
衛にすっかり絡みつつ、右派の重要なアイデンティティ問題となったのと同様に、気

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候変動の科学的現実は、進歩派にとって、縛りのない貪欲がもたらす災厄と真のオル
タナティブの必要性に関する、首尾一貫した物語の中心部分を占めるべきなのだ。

そうした変容力のある運動を築き上げることは、最初にそう思われるほどには、難
しくないのかもしれない。実際のところ、ハートランドの人たちに訊ねるならば、気
候変動は何らかの左翼革命を実質的に不可避にしており、それこそが彼らがその現実
性を否定しようと、固く決意している理由なのだ。おそらく、私たちはもっと近寄っ
て、彼らの理論を拝聴しなければならないのだろう。なぜなら、彼らは左派がまだ理
解していない何かを、理解しているのかもしれないからだ。

***

3. 気候変動否定派から裏返しに学ぶ

否定論者たちは、何らかの隠された社会主義的陰謀を暴き出した結果、気候変動は
隠された左翼の陰謀だと判断したわけではない。彼らは、気候科学が要求する徹底的
かつ急速な地球規模の排出量削削減を行えばどうなるか、詳細に検討した結果この分
析に到達したのだ。彼らは、彼らの信念体系である「自由市場」とは逆向きに、私た
ちの経済的政治的システムを再編成した時にのみ、それは可能だと結論づけた。イギ
リス の ブロ ガ ー で ハー ト ラ ン ド 協 会 の 常 連 、 ジェ イム ス ・ デ リ ン グ ポール ( James
Delingpole)は、こう指摘する。「現代の環境保護運動は、左派が重視する主張の多く
を、成功裏に前進させている。富の再分配、増税、より大きな政府の介入、規制の強
化」。ハートランド協会会長のバストは、同じことをもっとあけすけに表現する。左派
にとって、「気候変動は最高の逸品だ……。それこそ私たちが、[左派が]なんとして

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も成し遂げたいと思っていることを、全てやらなければならない理由だ」。

私が見つけ出した都合の悪い真実はこうだ。彼らは間違っていない。これ以上話を
先に進める前に、私の態度をきっぱりと明らかにしておきたい。九七%の世界の気候
科学者が証明するように、ハートランドの人たちは科学について完全に間違っている。
化石燃料を燃焼することで大気中に排出される温室効果ガスは、既に気温の上昇を引
き起こしている。もし、私たちがラディカルに異なるエネルギーを選択しなければ、
この一〇年の終わりまでには、私たちは苦しみに満ちた世界に住むことになる。

だが、それらの科学的知見が実社会にもたらす結果に関して、とりわけ、必要とさ
れるある種の根深い変化については――エネルギー消費ではなく、私たちの経済シス
テムの基礎となるロジック――マリオットホテルに集まっていた聴衆たちの方が、多
くの環境保護の専門家よりも、よほど現実から目を背けていない。地球温暖化ハルマ
ゲドンを示して見せてから、
「グリーン」な製品を買い、賢い汚染の市場を作ることで、
私たちは破局を避けることができると保証する輩のことだ。

私たちが排出する二酸化炭素の総量を、地球の大気が安全に吸収できないという事
実は、より大きな危機の徴候である。私たちの経済モデルが基礎を置く中心的フィク
ションの一部は、資源は無限であり、私たちはいつでも必要なものを見つけだすこと
ができ、もし何かの資源が尽きてしまっても、途切れることなく他の資源に置き換え
ることが可能なので、私たちは終わりなく資源を抽出できるというものだ。だが私た
ちが、自然の回復力を越えて搾取しているのは、大気だけではない。私たちは同じこ
とを海に対して、水に対して、表土に対して、生命の多様性に対して行っている。だ
が、資源の抽出にとらわれた拡張論――この論理が、資源に対する私たちの関係を長
いこと支配してきたのだが――は、気候危機が投げかける根本的な疑問に晒されてい
る。私たちが、その限界を超えて自然を酷使してきたことを示す豊富な科学的研究は、
グリーン・プロダクトと市場に基盤を置いた解決策だけを要求しているのではない。

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それは、新しい文明的なパラダイム――自然に対する支配に根ざした文明ではなく、
再生する自然の循環に対する尊敬に根ざした文明――を、要求しているのだ。人間の
知性を含む、自然が持つ限界に対して極めて敏感な文明を。

したがって、ハートランドの仲間たちに、気候変動は「本当の問題ではない」とい
った時、クリス・ホーナーはある意味で正しかった。実際のところ、それは全くもっ
て問題ではない。気候変動は、メッセージなのだ。私たちの文化がもっとも大切にし
てきた思想の多くが、もはや有効ではないことを告げるメッセージである。そこにあ
るのは、啓蒙的な進歩の理想で育ち、自然の限界の中に自分たちの野心を留めておく
習慣のない、私たち全てにとって、根本的な取り組みを必要とするいくつもの啓示で
ある。そしてそれは、国家統制主義の左派にとってと同じく、新自由主義の右派にと
っても真実なのだ。

環境保護運動について、アメリカ人を震え上がらせるために、ハートランドの人々
が共産主義の幽霊を召喚することを好む(ハートランド会議のお気に入りであるチェ
コ共和国大統領ヴァーツラフ・クラウスは、地球温暖化を防ごうとする試みは、「社会
全体を統制したいという共産主義国の中央計画官の野望」に類似するものだと言う)
が、現実にはソヴィエト時代の国家社会主義は気候への災厄だった。それは資本主義
と同じくらいの熱意で資源をむさぼり喰らい、無謀なまでに廃棄物を吐き出したのだ。
ベルリンの壁が崩壊する以前、チェコ人とロシア人は、彼らの西側の対照物であるイ
ギリス、カナダ、オーストラリアといった国々よりも、一人当たりでより多くのカー
ボン・フットプリント値を保持していた。その一方で、何人かの指摘によれば、中国
の再生可能エネルギー計画の目が眩むような拡張は、中央集権的な体制のみがグリー
ンな政策をやってのけることができることを示しており、破壊的な巨大ダムや、高速
道路の建設、抽出に基盤を置くエネルギー計画(とりわけ石炭)を通して、中国の指
揮統制型経済は、自然との全面戦争に対して抑制的であり続けている。

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気候変動の脅威に対処するためには、あらゆるレベルで強い政府の行動が要求され
るというのは真実だ。しかし、気候変動に対する本物の解決策は、地域社会のレベル
へと、そうした介入を組織的に分散し、権力と管理を委ねて行くことだ。地域社会が
管理する再生可能エネルギーであれ、地域の有機農業であれ、正真正銘の使い手に納
得のいく輸送システムであれ。

そこにこそ、ハートランドの人々が恐れるべき、もっともな理由があるのだ。そう
した新しいシステムの出現は、三〇年以上に渡って世界経済を支配して来た、自由市
場のイデオロギーをずたずたに引き裂くことを必要とするだろう。以下に記すことは、
気候変動という深刻な課題が、次の六つの領域で何を意味するのかさしあたっての概
観である。公共インフラストラクチャー、経済計画、企業への規制、国際貿易、消費、
そして課税。ハートランド会議に集まっていたような極右イデオローグたちにとって、
これらがもたらす結果は、まさに知的な大変動に他ならない。

***

4. 六つの領域における新経済への移行

1) 公共圏の再生と再発明

リサイクルとカーボン・オフセット、そして白熱電球の取り替えの年月が過ぎ去っ
た後では、個人的な行動が気候危機への適切な反応ではないことは明白だ。気候変動
は集団的な問題であり、集団的な行動を要求する。集団的な行動が行われるべき重要
な領域の一つは、排出量を大幅に削減するべくデザインされた高額投資だ。つまり地

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下鉄、市街電車、ライトレールといった、どこにでもあるだけでなく、誰にとっても
手ごろな交通機関のことだ。それらの輸送経路に沿って並ぶ、エネルギー効率に優れ
た手ごろな住宅。再生可能エネルギーを供給するスマート・グリッド配電。そして、
私たちが可能な限り最善の方法を使っていることを確かめるための大規模な研究努力。

民間部門は、これらのサービスのほとんどを提供するには、不向きである。なぜな
ら、それらには高額の先行投資が必要であるし、もしそれらが真に万人に開かれたも
のであるならば、成功する事例のいくつかは、おそらく儲からないからだ。しかしな
がら、それらは明らかに公共の利益に適っており、したがって、それらは公共部門に
よってもたらされるべきである。

伝統的には、公共圏の保護のための闘いは、際限なき支出を望む無責任な左翼と、
私たちが経済を超えた暮らしを営んでいることを理解している、実務的な現実主義者
との間の紛争という役回りを与えられてきた。しかし、深刻な気候危機が強く求めて
いるのは、自然の持つ限界についてのこれまでと全く異なる理解であり、ラディカル
な新しい現実主義の概念である。政府の財政赤字は、生きている複雑な自然のシステ
ムに対して、私たちが与えた損害ほどに危険なものではない。私たちの文化を、自然
の限界を尊重するものに変革するためには、私たちの集団的力量の全てが要求される
だろう――化石燃料から抜け出し、来るべき嵐に備えて、共有インフラストラクチャ
ーを補強するために。

2) 経済計画の復興

三〇年間にも及ぶ私有化の流れを反転させることに加えて、気候変動の脅威へ真剣
に対応するために要求されるのは、市場原理主義のこの数十年の間絶え間なく中傷さ
れてきた、ある技術を取り戻すことである。すなわち、計画である。非常にたくさん

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の計画である。それも国家的なレベルや国際的なレベルだけではない。世界中の全て
の共同体は、化石燃料からの移行のための計画を必要とする。トランジション・タウ
ン運動は、それを「エネルギー下降行動計画」と呼んでいる。この責任を真剣に受け
止めた都市や街では、直接参加民主主義のための貴重な空間が、このプロセスによっ
て切り開かれている。やがて来る困難な時代に備えて、隣人たちと市庁舎での協議会
に詰めかけ、排出量削減のために、回復力を組み込むために、自分たちの共同体をど
う再編成するかについてアイディアを分かち合っている。

気候変動はまた、他の形態の計画も要求する。とりわけ、化石燃料から脱却するに
つれて、彼ら仕事が時代遅れになるであろう労働者たちのための計画を。わずかばか
りの「グリーンな職業」訓練を施すだけでは充分ではない。それらの労働者たちが知
るべきなのは、向こう側では、本物の仕事が彼らを待っているということだ。つまり、
企業利益よりも集団的優先度を基盤として、経済を計画するというアイディアを取り
戻すのだ。レイオフされた自動車工場や炭鉱の被雇用者たちに、雇用を生み出すため
の道具と資源を与えるのだ。例えば、クリーブランドの労働者の運営によるグリーン
生活協同組合がモデルとなるだろう。

もし私たちが、土壌浸食、異常気象、化石燃料への依存という三重の危機に対処し
ようとするなら、農業もまた計画を再生しなければならないだろう。カンザス州サラ
イナにある土壌研究所(Land Institute)の予言的な創設者であるウェス・ジャクソン
は、「五〇年農場法」の成立を求めてきた。五〇年の長さは、彼と彼の協力者たち――
ウェンデル・ベリー、フレッド・キルシェンマン(Fred

Kirschenmann) ら――が、

研究を実施し、土壌を流出させる単一栽培の一年生穀物を、同時栽培の多年生作物で
置き換えるための、インフラストラクチャーを整えるのに見積もった時間だ。多年生
作物は、毎年植え替える必要がないため、長い根は少ない水をたっぷりと蓄え、土壌
をしっかりと保持し、二酸化炭素を隔離するのに優れている。同時栽培はまた、害虫
や異常気象による死滅にも強い。他にもボーナスがある。こうしたタイプの農業は、

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産業的農業に比べてはるかに多くの労働力を必要とするために、農業は再び雇用の大
きな源となることが可能だ。

ハートランド会議や似たような趣旨の集会の外側では、計画の復権は全く恐れるべ
きことではない。私たちは、権威主義的な社会主義の復権について語っているのでは
ない。つまりは、本当の民主主義を目指して方向を変えるということだ。三〇年間に
渡る規制撤廃による開拓時代的経済の実験は、世界中の人々の大半を落伍者に変えた。
これらの組織的な欠陥こそ、多くの人々が生活賃金を要求し、腐敗を終わらせようと
して、公然とエリートたちに反逆している理由である。気候変動は、新しい種類の経
済を求める要求と矛盾しない。どころか、気候変動はそれらの要求に実存的要請を付
け加えるのだ。

3) 企業部門の再規制

私たちが着手すべき計画の重要な部分は、企業部門の迅速な再規制を要求する。イ
ンセンティブにより、多くのことを成し遂げることができる。例を挙げるならば、再
生可能エネルギーや土地の受託責任への助成金などである。しかしまた私たちは、危
険かつ破滅的な振る舞いを徹底的に禁止する習慣へと、復帰しなければならない。そ
れはつまり、企業が排出可能な二酸化炭素総量の厳格な規制から、石炭火力発電所の
新設の禁止、産業肥育場の取り締まり、アルバータ州タールサンドのような汚染度の
高いエネルギーの抽出計画の閉鎖(延長計画が決定したキーストーンXLのような石
油パイプラインから始めて)まで、様々な面で企業の活動を妨げるということだ。

企業の活動や消費者の選択へのいかなる規制も、ハイエクの説く「隷従への道」に
つながるとみなすのは、人口のうちでもごくわずかな人々だけだろう。そして、それ
らの人々が、まさしく気候変動否定論の最前線にいるのは、決して偶然ではない。

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4) 生産の再地域化

もし、気候変動に対応するための企業への厳しい規制が、どこかしら過激に響くな
らば、それは、一九八〇年代の初めから続いている、政府の役割は企業部門への規制
を撤廃することだとする、信仰箇条のせいである。国際貿易の分野においては、とり
わけそうである。製造業、地域産業、農業に対して、自由貿易が与えた壊滅的な衝撃
はよく知られている。だが、全ての中でもっとも打撃を受けたのは、おそらく大気だ
ろう。地球のあらゆる場所で、資源や製品を輸送する貨物船、ジャンボ・ジェット、
重トラックは、化石燃料を貪り食い温室効果ガスを吐き出している。そして、修理の
ためではなく、買い換えのために製造される安価な製品群は、他の再生不可能な資源
を大量に消耗しながら、安全に吸収できる以上の廃棄物を生み出している。

このモデルがあまりにも浪費的なため、実際のところ、排出量削減を目指す慎まし
い努力は、何倍も相殺されている。例を挙げれば、全米科学アカデミーの会報が、京
都議定書に署名した先進国の排出量についての研究を最近発表した。それによれば、
それらの国々の排出量は安定しているが、その理由の一部は、国際貿易が、中国のよ
うな場所に、汚い製造を移動させることを許しているからだという。研究者たちは、
発展途上国において製造による排出量が増加しているが、先進国での消費による排出
は、それらの国々での排出抑制量の六倍にもなると結論づけている。

自然の持つ限界に対して敬意を払うべく組織化された経済においては、エネルギー
大量消費型の長距離輸送は、製品がその地域では製造できない場合や、その地域での
製造が二酸化炭素をより多く排出してしまう場合などを除き、制限されなければなら
ない(例えば、アメリカの寒冷地帯での温室による食品の生産は、南部で食品を育て
て経便鉄道で輸送するよりも、大量にエネルギーを消費するのが通例である)。

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気候変動は、貿易の終焉を要求するものではない。しかし、それは、あらゆる二国
間貿易協定と世界貿易機関(WTO)を支配している、無謀な形態の「自由貿易」の
終焉を要求する。失業中の労働者にとって、安い輸入品と競争できない農家にとって、
製造業が海外に移転してしまったために、地域経済が巨大小売店に取って代わられた
共同体にとって、これは良い知らせである。だが、資本主義の計画に対するこの挑戦
的態度を、過小評価すべきではない。それは企業の持つ権力に課せられた、可能な限
り全ての制限を取り除こうとするこの三〇年間の潮流を、逆転させることを意味する
からである。

5) 買い物カルトの終焉

自由貿易、規制撤廃、私有化の過去三〇年間は、欲深い人々がより多くの企業利益
を望んだ結果というだけではない。それはまた、一九七〇年代の「スタグフレーショ
ン」――それは、急速な経済発展のための方策を見つけようという、強烈なプレッシ
ャーを生み出した――に対する応答でもあるのだ。その脅威は本物だった。私たちの
現在の経済モデルでは、製造の落ち込みは、その定義上危機――停滞と呼ばれるにし
ろ、もっと深刻ならば、不況と呼ばれるにしろ、それらの言葉が暗に意味するあらゆ
る絶望と困難――なのだ。

こうした経済成長への要請が、「着実なGDP成長を維持しながら、どうやって排出
量を削減することができるのか?」と問いかけつつ、伝統的なエコノミストたちが、
頼もしくも気候危機に接近している理由だ。通常の回答は「切断(decoupling)」であ
る。つまり、再生可能エネルギーの普及と大幅な効率化の進展が、その環境的影響か
ら、経済成長を切り離すという考え方だ。そし、てトーマス・フリードマンのような
「グリーン成長」の支持者たちは、新しいグリーンな技術の開発とグリーンなインフ

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ラストラクチャーの設置というプロセスが、巨大な経済成長をもたらし、GDPを上
昇させ、「アメリカをより健康に、より豊かに、より革新的に、より生産的に、より安
全にする」ために、必要な富を生み出すと述べている。

しかし、ここで話は複雑になる。ヨーク大学のピーター・ヴィクター、サリー大学
のティム・ジャクソン、環境法と環境政策の専門家ガス・スペスらの他、メリーラン
ド大学の生態学的エコノミスト、ハーマン・ダリーが率いる、経済成長と堅実な環境
政策との衝突に関する、経済学的研究の一群がある。それらの全てが投げかける真剣
な問いは、先進国の実行可能性と科学が要求する大幅な排出量削減(少なくとも二〇
五〇年までに一九九〇年のレベルの八〇%)が衝突する一方で、ただでさえ不景気な
経済を、成長させ続けなければならないというものだ。ヴィクターとジャクソンが主
張するように、大幅な効率化は成長の速度に単についていけない。その理由の一部は、
大幅な効率化は、ほとんど必ずより大量の消費を伴い、利益を減少させるか、打ち消
してしまうからだ(しばしばジェヴォンズのバラドクスと呼ばれる)。そして、エネル
ギーの効率化と物質的な効率化がもたらす蓄えは、単により急激な経済の拡大に再投
資されてしまい、排出量の総量の削減は妨げられてしまう。ジャクソンが『成長なき
繁栄(Prosperity Without Growth)』で論じているように、「『切断』を成長のジレン
マからの脱出口として奨励する人々は、歴史的な物証――そして成長の基礎的算術―
―をもっと詳細に観察する必要がある」のだ。

結論としては、天然資源の過剰な消費がもたらす生態学的危機は、私たちの経済の
効率性を改善することだけではなく、私たちが生産し消費する物質の総量を減少する
ことによって対処しなければならない。とはいえこの考えは、グローバル経済を支配
する大企業にとっては禁忌である。それらの企業は、毎年より多くの利益を求める自
由気ままな投資家によって、コントロールされているのだ。ゆえに私たちは、ジャク
ソンが表現したように「体制を崩壊させるか、地球を破壊するか」という、支持しが
たい苦しい立場に追い込まれている。

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打開策は、上記で議論されたあらゆる計画の手段を用いて、別の経済的パラダイム
への管理された移行を受け入れることである。経済成長は、今なお貧困から抜け出そ
うとしている世界の部分のために、保持されなければならない。一方先進国において
は、毎年の利益の増加へと駆り立てられていない部門(公共部門、生活協同組合、地
域産業、非営利団体)が、最低限度の環境的衝撃しか持たない部門(介護業など)と
同様に、経済活動全般におけるシェアを拡大させなければならないだろう。このやり
方なら、大量の雇用を生むことができるはずである。しかし、企業部門の役割は、構
造的な理由から、売上げと利益の増加を要求するために、縮小しなければならない。

したがって、ハートランドの人々が、気候変動は人類が引き起こしたという証拠を、
資本主義そのものに対する脅威であるかのようにみなして反応していた時、彼らはパ
ラノイアなどではなかったのだ。ただ単に、彼らは注意深かったということを、意味
するだけである。

6) 富裕層と守銭奴の税率引き上げ

そろそろ、ここまでを読んだ賢明な読者は、こう訊ねることだろう。一体どうやっ
て、私たちはそれら全てに支払う金を捻出するんですか?古くからある答えは、簡単
なものだ。私たちが成長することで、生み出すのだ。実際、エリート向けの成長を基
盤とする経済の主要な利点の一つは、社会的正義を求める要求を、彼らが継続的に先
延ばしにするのを、それが許すことにある。もし私たちがパイを大きくしていくなら
ば、やがては全員分のパイが得られるというわけだ。現在の不平等危機が暴いている
ように、それは常に嘘だった。だが、複数の環境的限界にぶつかっている世界では、
この案に成功の見込みはない。したがって、環境的危機に対する有意義な反応に、資
金を調達するための唯一の方法は、金のある場所へと向かうことだ。

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それはつまり、金融投機のみならず、二酸化炭素にも税を課すということだ。それ
にまた、企業と富裕層の税率を引き上げるということだ。膨大な軍事予算を削減し、
化石燃料産業への馬鹿げた助成金を中止するということだ。そして、各国政府の役割
は、企業が税金逃れをしないように、彼らの反応を調整することだ(この種の非妥協
的な国際的調整機構は、ハートランドの人々が、気候変動は忌まわしき「世界政府」
の先導役を務めるだろうと警告していた時に、意味していたものだ)。

しかしながら、何よりも私たちは、私たちをこの惨状へと追いやったことについて、
もっとも責任の重い諸企業の利益を追求しなければならない。上位五つの石油会社は、
この一〇年間で九〇〇〇億ドルの利益を上げている。エクソンモービル単独で、四半
期に一〇〇億ドルの純益を上げることが可能だ。数年間、これらの会社は、自分たち
の利益は、再生可能エネルギーへの移行に投資されるだろうと誓約してきた(BPの
「石油の超克」戦略は、そのもっとも人目を引く例だ)。だが、「アメリカの進歩のた
めのセンター(Center for American Progress)」の調査によれば、五大会社の二〇〇
八年の利益を合計した一〇〇〇億ドルのうち、「再生可能エネルギー及び代替エネルギ
ーに関する事業」に支出されているのは、わずか四パーセントのみである。その代わ
りに、彼らは自分たちの収益を、株主たちのポケットに、途方もない役員給与に、そ
して化石燃料よりも汚染度が高く危険な抽出技術に注ぎ込み続けている。大量のお金
はまた、頭角を現してきた環境立法のあらゆる断片を撃退する目的でロビイストたち
に、それにマリオット・ホテルに集まった気候変動否定派運動に資金を提供するため
に支払われている。

タバコ会社が人々に、禁煙のための費用を支払うことを義務づけられるようになっ
たのと同じく、BPがメキシコ湾の石油汚染を洗浄するために支払わなければならな
いのと同じく、現在は「汚染者が支払う」という原則を気候変動に関して適用する絶
好の時だ。汚染者に対する高率の税金に加えて、各国政府は、化石燃料の抽出が少な

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くなるほど国庫歳入が増大するように、私たちの脱二酸化炭素を果たした未来への移
行(と既にある気候変動の急激なコスト)をまかなえるように、より高いロイヤリテ
ィー率を取り決めなければならない。利益を削減するあらゆる新規則に、企業が抵抗
することが予想される以上、国有化――自由市場最大のタブー――を、提案から除外
することはできない。

ハートランドの人たちが、しばしばそうするように、気候変動は「富の再配分」と
階級戦争を目指す陰謀だと主張する時、それらの言葉が意味するのは、彼らがもっと
も恐れている政策がそれらだということだ。彼らはまた、いったん気候変動の現実が
認識されるようになると、富裕国の内部だけでなく、その排出が危機を作り出した富
裕国から、危機の最前線にある貧困国へと、富が移送されることを理解している。実
際、国連の気候変動に関する交渉を葬り去るべく、保守派(と多くのリベラル派)を
そんなにも熱心にさせている理由は、発展途上世界の各地域でポストコロニアルな勇
気が復活し、多くの思考が永遠に消え去ったからである。誰に地球温暖化の選任があ
り、誰が最初かつ最悪にその影響に苦しむのかという、反駁不可能な科学的事実で武
装した、ボリビアやエクアドルといった国々は、世界通貨基金と国際銀行の融資によ
る数十年間によって、彼らに押し付けられた「債務国」という外套を脱ぎ捨てようと
試み、今や自らを「債権国」と宣言するようになった。気候変動に対処するための財
源と科学技術だけでなく、開発のための「大気圏」にも貸しがあるのだ。

***

5. 気候変動への対応策と資本主義

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さて、要約しよう。気候変動に対応するには、私たちは自由市場のルールブックに
記載されているあらゆる規則を破る必要があり、それも緊急にそうする必要がある。
私たちは公共圏を再建し、私有化を逆転させ、経済の大部分を再地域化し、過剰な消
費を縮小し、長期的な計画を復活させ、企業を厳しく規制して高い税率を課し(その
うちのいくつかはおそらく国有化し)、軍事費を削減し、南半球に対する私たちの債務
を認識する必要がある。もちろん、企業が政治プロセスに与えている影響力を減らそ
うとする、大規模かつ広範な努力なしには、これらの一つにさえ全く望みはない。つ
まり最低でも、公的資金を受けた選挙を実施し、企業から法の下にある「人〔法人〕」
としての地位を剥奪することだ。手短に言うなら、気候変動とは、実質的に本に書か
れた全ての進歩的な要求を、以前から存在した事例に詰め込んだものであり、明白な
科学的要請に基づいて、それらを合わせて一貫した議題に仕立て上げたものである。

さらに気候変動は、ケインズがヴェルサイユ条約からドイツの反動を予言して以来
最大の、政治的な「だから言っただろ」を含んでいる。マルクスは資本主義の「生命
それ自体の自然法」の「修復不可能な断絶」について書き、左派に位置する多く人々
が、資本の飽くことなき欲望の解放に基づくシステムは、生命が拠って立つ自然体系
を圧倒してしまうだろうと主張してきた。そして、もちろん先住民たちは、はるか以
前から「母なる大地」を軽視することとの危険に対して、警告を発してきたのだ。産
業資本主義が大気中に廃棄する物質が、地球を温暖化させているという事実は、潜在
的な大激変の結果によって、そう、否定論者が正しかったことを示している。そして、
「よし、規制を全部撤廃して、魔法が起きるのを見てみようじゃないか」と、言った
人々たちは、どうしようもなく壊滅的に間違っている。

これほど恐ろしい何かについて、正しい意見を持つことは喜ばしいことではない。
だが、進歩派には、その責任がある。なぜなら、これが意味することは、私たちの思
想――産業国家社会主義の失敗からも、先住民の教えからも学んだもの――が、これ
までになく重要だということだからだ。それはつまり、単純な改良主義を拒否し、私

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たちの経済の利益の中心に挑戦する、環境保護的な左翼の世界観が、それらの多重危
機を克服するための、人類にとっての最善の希望を提供しているということだからだ。

しかし、しばらくの間、想像してみてほしい。これらの全てはどうして、シカゴ大
学で経済学を学び、自らの個人的使命は「人々を他の人々の専政から解放すること」
と述べる、ハートランドの会長バストのような男に見えるのだろう。まるで世界の終
わりのようである。だが、もちろんそうではない。しかしそれは、あらゆる面から考
慮して、彼の世界の終わりなのだ。気候変動は、その上に現代の保守派が乗っかって
いる、イデオロギー的な足場を爆破させた。前代未聞の規模で集団行動を要求する問
題と、また、危機を作り出し深化させている市場の諸力を劇的に抑制することと、集
団行動を中傷し完全な市場の自由を崇拝する信念体系を、調和させる術は単に存在し
ない。

***

6. 階級的特権と気候変動否定論の関係

ハートランド会議――アイン・ランド協会からヘリテージ基金までの全員が、書籍
とパンフレットを呼び物にしたテーブルを構えていた――では、それらの心配が表面
の近くまで達していた。バストは、ハートランドの気候科学反対キャンペーンは、科
学的事実が要請する政策に対する恐怖から生まれたものだという事実を明かにした。
「私たちがこの問題を眺める時、これは政府の役割を大幅に増大させるためのレシピ
じゃないか、と言います……。私たちがこの段階を踏む前に、科学に対して別の見方
をしてみましょう。そこで、保守派とリベラル派の集団は、私が思うに、立ち止まっ

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てこう言ったのです。信念の問題として、単にこれを受け入れないことにしようと。
私たち自身で本物の調査を始めようじゃないかと」。これは彼らを理解するための重
要な点だ。否定論者を駆り立てているのは、気候変動の科学的事実への反対というよ
りも、それらの事実が現実世界で意味する政策への反対なのだ。

バストが述べた――例え不注意であっても――のは、気候変動の原因に関する劇的
な移行を説明しようと、増え続ける社会科学者たちの集団から、最近大きな注目を集
めている現象のことだ。エール文化認知プロジェクト(Yale ’ s Cultural Cognition
Project)の研究員たちは、政治的/文化的な世界観が 、「個人の地球温暖化について
の信念を、他の全ての個人的性格よりも強力に」説明することを発見した。

「平等主義的」で「コミュニタリアン」的な世界観(集団行動や社会的正義への傾
向、不平等への関心、企業の権力への疑念によって特徴付けられる)を強く持つ人々
は、気候変動についての科学的コンセンサスを圧倒的に受け入れている。それに対し
て、「階層秩序的」で「個人主義的」な世界観(貧困層やマイノリティへの政府の援助
に対して反対、産業界を強く支持、自分にふさわしいものは自分で手に入れるとする
信念を強く支持)を強く持つ人は、科学的コンセンサスを圧倒的に拒絶していた。

たとえば、もっとも強く「階層秩序的」世界観を示すアメリカの人口層では、たっ
たの一一%のみが、気候変動を「高リスク」と評価するに過ぎない。もっとも強く「平
等主義的」世界観を示す人々の層の六九%と比べるといい。この研究の指導者エール
大学の法学教授ダン・カレンは、この「世界観」と気候科学の受容の間の緊密な相関
関係を、「文化的認知」に結びつけている。これは、自らの抱く「良い社会の選好的ヴ
ィジョン」を守るための方法に従って、私たちの全て――政治的傾向にかかわりなく
――が、新しい情報をフィルターにかけるプロセスのことを意味する。カーンが『ネ
イチャー』誌で論じているように 、「高貴だとみなされる振る舞いが、そうであるに
もかかわらず社会にとって有害であり、卑しいとみなされる振る舞いが社会にとって

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有益だとわかると、人々は当惑する。なぜなら、そうした主張を受容すれば、自分の
仲間との間にくさびが入るかもしれないからだ。人々はそれを拒絶する強力な感情的
傾向を持っている」。言葉を換えるなら、自分の世界観が崩壊するのを見つめるよりも、
現実を否定する方がいつでも簡単だということだ。頑迷なスターリン主義者が粛正の
絶頂にあった時に真実だったように、今日ではリバタリアンの気候変動否定論者がそ
うだということである。

強力なイデオロギーは、現実世界の動かしがたい証拠によって脅かされても、完全
に死ぬことはまれである。それどころか、カルト的で周縁的なものへと変容する。わ
ずかな本物の信奉者たちは、いつもお互い同士の間で、問題はイデオロギーにあるの
ではなく、充分に厳格な規則を適用できない指導者たちの弱さにあると語る。これら
のタイプ人物像は、スターリン主義左派に見て取れるが、ネオナチ右派についても同
様に存在している。歴史のこの時点において、自由市場原理主義者たちは、『選択の自
由』と『肩をすくめるアトラス』を密かに愛でるために残して置き、似たような周縁
的地位へと追放されるべきである。彼らがこの運命から逃れている唯一の理由は、単
に彼らの最小政府というアイディア――いくら現実と矛盾していることが明らかであ
っても――が、チャールズとデビィッド・コークや、エクソンモビルなどのシンクタ
ンクに面倒を見て貰っている、世界中の百万長者たちにとって、大変に有益であり続
けているからである。

これは「文化的認知」のような理論の限界を指し示している。否定論者は、彼らの
文化的世界観を守るためによくやっている。彼らは、気候変動に関する議論を混乱さ
せて、利益を得るために、強力な利害関係を守ろうとしている。否定論者と利害関係
者の絆は、よく知られており、はっきりと記録されている。ハートランド協会は、コ
ーク兄弟とリチャード・メルソン・スカイフに連なる財団とともに、エクソンモビル
から一〇〇万ドル以上のお金を受け取っている(他にもいるかもしれないが、このシ
ンクタンクはそうした情報が「私たちの立場の利点」を逸らすと主張して、寄付者の

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名前の公表を止めてしまった)。

そして、ハートランドの気候会議に出席する科学者たちは、ほとんど全員が化石燃
料のドル箱に足を突っ込んでおり、ほとんどその臭いを嗅ぐこともできるほどだ。二
つの例を引用すると、会議で基調講演を行ったカトー協会のパトリック・マイケルは、
かつてCNNに対して、彼のコンサルタント会社の収入の四〇%は、石油会社からの
ものだと述べたことがある。そして、残りのどれだけが石炭会社からのものだと誰が
知っているだろう。会議でのもう一人の講演者、天体物理学者のウィリー・スーンに
対するグリーンピースのある調査は、二〇〇二年以来の新調査の補助金が化石燃料関
係からだと明らかにした。また、気候科学を損なおうとする強い動機を持つ経済的利
害関係者は、化石燃料会社だけではない。もし、この危機を解決するために、私が概
要を述べたような、種々の根本的な経済秩序の変革が必要なら、規制緩和、自由貿易、
低い税率から利益を得ている全ての大企業はそれを恐れる充分な理由がある。

これらの論点からすると、気候変動否定派が、全体的に見て、私たちのひどく不平
等で機能不全の経済的現状に、もっとも投資している人々だというのは、少しばかり
の驚きかもしれない。気候変動の受容に関する研究でもっとも興味深い発見の一つは、
気候変動の科学の拒絶と社会的経済的特権の間に明らかなつながりがあることだ。圧
倒的にも、気候変動否定派は保守派であるだけでなく、白人男性――平均よりも高収
入の集団――なのだ。そして彼らは、どれほど明白な間違いであれ、他の成人集団よ
りも自分たちの見方について自信を持っている。かなり話題になったアーロン・マク
ライトとライリー・ダンロップによる(忘れがたくも「冷たいやつら(Cool Dudes)」
という題名の)この問題に関する論文は、自信に満ちた保守的な白人男性は、集団と
して、残りの調査対象の成人に比べておよそ六倍ほど、気候変動が「決して起きない
だろう」信じる傾向があることを発見した。マクライトとダンロップは、この違いに
ついて簡単な説明を提示している。「保守的な白人男性は、偏ったことに、私たちの経
済システムの中で権力を持つ地位を占めている。気候変動が産業資本主義経済体制に

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提示する広範な挑戦によって、保守的な白人男性の持つシステムを強く正当化する態
度が、気候変動を否定する要因となるのは、驚くべきことではない。

しかし、否定論者の相対的な経済的社会的特権は、新しい経済秩序によって、より
多くのものを失う理由を与えるだけではない。何よりもそれは、彼らに気候変動のリ
スクについて、楽観的な態度を取る理由を与えるものでもある。これは、ハートラン
ド会議で講演者のまた一人が、気候変動の犠牲者への共感の完全なる欠如と呼ぶしか
ないものを示すのに、耳を傾けていた時に私が体験したことだ。自己紹介に「宇宙建
築家(space

architect) と記すラリー・ベルが、群衆に少しの温暖化はそう悪くない

といって多くの笑いを誘った。「私はわざわざヒューストンに引っ越したんだ!」(当
時ヒューストンは、アメリカ史上最悪の一年間の干魃と後に判明するものの真っ最中
だった)。オーストラリアの地質学者ボブ・カーターは、「私たち人類の見地からすれ
ば、温暖化時代において、世界は実際良くやっている」と提示した。そして、パトリ
ック・マイケルは、気候変動を心配する人々は、一万四〇〇〇人の市民が死んだ二〇
〇三年の壊滅的な熱波の後に、フランス人たちがやったことを見習うべきだと発言し
た。「彼らは、ウォルマートとエアコンを発見したんだ」。

これらの冗談に耳を傾けている間にも、
「アフリカの角」
〔アフリカ最東北端の地域〕
で、一千三〇〇万人と見積もられる人々が乾いた大地の上で飢餓に直面していること
は、深く心をかき乱す事実である。彼らの無関心を可能にしているのは、もし否定論
者が気候変動について間違っていたとしても、数度の温暖化は先進国の豊かな人々が
心配するほどのものではないという固い信念だ(「雨が降れば、避難所を見つける。暑
くなれば、日陰を見つける」と、エネルギーと環境小委員会の聴聞会で、テキサスの
議員ジョー・バートンは述べた)。

その他のあらゆる人々はと言えば、つまり、彼らは施しを求めるのを止め、貧乏か
ら抜け出すのに忙しくすべきだった。気候温暖化に彼らが適応するための費用を支払

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って、貧困国を助ける責任が富裕国にはあるか、とマイケルに尋ねた時、彼は、それ
らの国々にお金を与える理由は何もない、「なぜなら、いくつかの理由で、彼らの政治
体制には、温暖化に適応する能力がないからだ」と、嘲笑した。本物の解決策は、彼
の主張によれば、もっと自由貿易をすることだった。

***

7. 気候変動が導くヴィジョンと左派の役割

この場所こそが、極右イデオロギーと気候変動否定論が、真に危険なものになる交
差点だ。これらの「冷たいやつら」が気候科学を否定するのは、単にそれが彼らの優
位を基盤とした世界観を転覆する脅威であるからではない。彼らの優位を基盤とした
世界観は、発展途上国の膨大な人類を帳消しにできる知的な道具なのだ。共感を拒絶
するこうした思考様式が提示する脅威を認識することは、とてつもなく緊急の問題だ。
なぜなら気候変動は、少し前のように、私たちの道徳的性格を試すだろうからだ。環
境保護庁の二酸化炭素排出規制を防ごうと活動する、アメリカ商工会議所は、地球温
暖化の最中にも「人々は、行動的な、生理学的な、技術的な適応などによって、暖か
な気候に順応することができる」と、請願書で述べた。そうした適応こそが、私がも
っとも心配するものだ。

どのように私たちは、ますます強烈かつ頻繁になる自然災害によって、ホームレス
や失業者を作り出した人々に順応するのだろうか?どのように私たちは、海岸に穴の
空いたボートでやって来る、気候難民を取り扱うのだろうか?私たちが、彼らが逃亡
してきた危機を作り出したことを認識して、国境を開放するのだろうか?それとも、

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ハイテク要塞を築いて、厳しい反移民法を採用するのだろうか?どのように私たちは、
希少な資源を取り扱うのか?

私たちは答えを既に知っている。希少な資源を求める企業は、より略奪的かつ暴力
的になるだろう。アフリカの耕地は、豊かな国に食料と燃料を供給するために、略取
され続けるだろう。干魃と飢饉は、遺伝子操作された種子を押し付けるための口実と
して、使われ続け、農民たちを更なる負債へと押しやるだろう。私たちは、最後の一
滴を絞り出すとてつもなく危険な技術を用いて、ピークに達した石油とガスを乗り越
えようと試み、地球のさらに大きな一帯を犠牲地に変えるだろう。私たちは、国境を
要塞化し、海外の資源紛争に介入するか、自らそうした紛争を始めるだろう。「自由
市場による気候変動の解決」と彼らが呼ぶものは、二酸化炭素排出量取引とカーボン
・オフセットとしての森林の使用に関して既に見られるように、投機、詐欺、縁故資
本主義を引き寄せるだろう。そして、気候変動が貧困層だけでなく、富裕層にも悪影
響を及ぶようになると、気温を下げるために、大きな未知のリスクを無視して、私た
ちは加速度的に、その場しのぎの技術を探し求めるだろう。

世界が温暖化するにつれて、犠牲者は彼らの運命だったのだ、私たちは自然を克服
することができる、全員に責任があると説く支配的イデオロギーが、実際に私たちを
寒冷地に連れて行くだろう。それは寒くなり続け、否定運動の一部の表面下にかろう
じて存在する人種的優越性の理論が、猛威を振るって復活するだろう。これらの理論
は選択的なものではない。南半球やニューオーリンズのようなアフリカ系アメリカ人
が人口の多くを占める都市で、大部分は非難するところのない犠牲者たちに対する、
心情の硬化を正当化するために必要なのだ。

『ショック・ドクトリン』の中で、私は、危機を生み出した原因を解決するよりも、
はるかにエリートを富ませるようにデザインされた、暴力的イデオロギー的アジェン
ダを押し付けるために、右派がいかに体系的に危機――本物であれでっち上げであれ

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――を利用してきたかを探求した。環境危機が悪化し始めると、例外はないだろう。
これは全く予想可能である。私たちの現体制は、共有財を私有化し、災厄から利益を
得る新しい方法を求めるべく築かれたものである。このプロセスは既に進行中である。

唯一のワイルド・カードは、何らかの相殺的な民衆運動が立ち上がり、この冷酷な
未来に対する実行可能なオルタナティブを提示することだ。それは、オルタナティブ
な一連の政策を提案するというだけでなく、環境危機を生み出した世界観に匹敵する
オルタナティブな世界観を提示するということだ。今度は、超個人主義よりも相互依
存性が、優先権よりも相互利益が、階層秩序よりも協働体制が組み入れられなければ
ならない。

文化的価値観の移行は、間違いなく、困難な注文だ。一世紀前に諸運動が闘ったよ
うな野心的なヴィジョンが要求されるだろう。あらゆるものが単一の「問題」に砕け
散り、職業意識を持ったNGOの適当な部門によって、取り組まれるようになる以前
の話である。気候変動は、「気候変動の経済学についてのスターン・レビュー」の言葉
を借りれば 、「私たちがこれまで見た中でも最大の市場の失敗」なのだ。あらゆる面
から見て、この現実は進歩派にとって確信的な追い風であり、自由貿易から、金融投
機、産業的農業、そして第三世界の債務までの全てに対する長年の闘いに、新たな活
気と緊迫性を吹き込むものでなければならない。その一方で、これらの闘争を優雅な
織物として、地球の生命をどう守るかという、首尾一貫した物語に仕立てなければな
らない。

だが、そうしたことは起こっていない。少なくとも今はまだ。ハートランドの人た
ちが、気候変動は左翼の陰謀だとせわしなく呼びかける一方で、ほとんどの左翼はま
だ 、 気 候 科 学 が 彼 ら に ウ ィ リ アム ・ ブ レ イク の 「 闇 の サ タ ン の 工 場 ( dark

Satanic

Mills)」以来、資本主義に抗するもっとも強力な論議を手渡したことに気付いていな
いことは、苦しい皮肉である(もちろん、それらの工場は気候変動の始まりだったの

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だ)。デモの参加者たちが、アテネ、マドリッド、カイロ、マディソン、ニューヨーク
で政府と企業のエリートたちの腐敗を非難している時、気候変動は、資本主義に対す
るとどめの一撃であるべきにもかかわらず、しばしば脚注に毛が生えた程度の扱いし
か受けていない。

問題の半分は、進歩派――高失業率やいくつもの戦争などの問題で手一杯だとはい
え――に、巨大な環境保護グループたちが気候変動の問題を担当してくれると、思い
込む傾向があることだ。残りの半分は、それらの巨大な環境保護グループの多くが、
恐怖症的な正確さで、まばゆいほどに明白な気候危機の原因――グローバリゼーショ
ン、規制撤廃、永遠の成長を求める近代資本主義(経済の残りの破壊に対して責任が
あるのと同じ力である)――に関するあらゆる真剣な議論を避けていることだ。小規
模だが立派な気候正義運動――レイシズム、不平等、環境的脆弱性のつながりを描き
出そうとしている――が、揺らぐ橋を両者の間に架けようとしているものの、結果的
には、資本主義の失敗と闘う者たちと気候変動と闘う者たちは、互いに孤立したまま
である。

他方で右翼には、地球規模の経済的危機を利用して、環境保護運動に、経済的アー
マゲドンのレシピ役を割り当てる自由がある。住宅費を上げ、石油採掘やパイプライ
ン建設の雇用を阻止する必勝法である。経済的かつ環境的な危機から抜け出すための
新しい経済的パラダイムに、競合するヴィジョンを提供する大きな意見が、実質的に
存在しないため、この恐怖を利用した政策は、既に支持者を得ている。

過去の過ちから全く学ぶことなく、環境保護運動の中の強力な党派は、気候変動で
勝利するための方法は、抗議を保守的な価値観にも合うようにすることだと主張して、
同じ破滅的な道をさらに遠くまで強行している。これは熱心な中道派であるブレイク
スルー協会(Breakthrough Institute) から聞こえてくる意見だ。同協会は、有機農業
と再生可能エネルギーの代わりに、産業的農業と原子力を受け入れるように環境保護

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運動に呼びかけている。こうした意見はまた、気候変動否定論者の増加を研究してい
る研究員の何人かからも聞いた。例えば、エール大学のカーンのような人々は、「階層
秩序的」で「個人主義的」だと調査結果が出た人たちは、規制へのあらゆる言及に反
発する一方で、人類は自然を支配できるという彼らの信念を確かなものにする、大規
模で中央集権的な技術を好む傾向がある。そこで、彼やその他の人々は、環境保護主
義者たちは、国家安全保障への懸念を重視するだけでなく、原子力や地球工学(地球
温暖化を中和するために、意図的に気候系に介入すること)といった反応を強調する
ことから始めるべきだというのだ。

この戦略の第一の問題は、これがうまくいかないということだ。何年間も、巨大な
環境保護グループは、アメリカにおいては「自由市場による解決」だけが実質的に唯
一の提案である中で、気候保護活動は「エネルギーの安全保障」を強化する方法だと
主張してきた。その間に、否定論は急増した。このアプローチのさらに問題ある点は、
否定論を動機付けている歪んだ価値観に挑戦するよりも、それを強化してしまうこと
だ。原子力は地球工学は、環境危機に対する解決法ではない。それらは、私たちをこ
の惨状に追いやったものと同じ種類の短期的で傲慢な思考を、さらに倍加したもので
ある。

自分たちが宇宙の支配者だと未だに考えている、パニックを起こし、誇大妄想に陥
ったエリートの一員たちを安心させるのは、変容力のある社会運動の仕事ではないし、
その必要もない。「冷たいやつら」の共同研究者マクライトによれば、もっとも極端で
強情な気候変動否定派(その多くは保守派の白人男性)は、アメリカの人口では少数
派であり、およそ一〇%である。実際、この人口統計は、権力者の地位に過剰な代表
があることを示している。しかし、問題の解決法は、民衆の多数派が思想と価値観を
変えることではない。解決法は、この小規模だが不釣り合いにも影響力のある少数派
――そして無謀な世界観も代表している――が行使する力を著しく削ぐことである。

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8. 不可避の未来に希望を広げるために

気候保護派の一部は、融和戦略に対して激しく押し返している。ティム・デクリス
トファー――石油とガスの賃貸のオークションを妨害したためにユタ州で二年の投獄
の判決を受けた――は、五月に、気候保護活動は経済を転覆させるとする右派の主張
に対してこう述べた。
「私たちはその非難を甘んじて受けなければならないと思う」と、
彼はインタビュアーに語った。「私たちは経済を破壊しようとしているわけではない。
だが、そう、私たちはそれを逆さまにひっくり返すことを望んでいる。私たちは、何
を変えたいのかという、自分たちのヴィジョンを隠そうとすべきではない――私たち
が創造したいと願っている世界は健康なものだ。私たちは小さな移行を求めない。私
たちが望むのは、経済と社会のラディカルな見直しだ」。さらに彼はこう付け加えた。
「私たちがいったんこのことを語り始めれば、予想よりも多くの仲間たちを見つける
ことができると思う」。

デクリストファーが、気候保護活動が深い経済的な変容と結びつくという、このヴ
ィジョンをはっきりと表明した時、それは確かにほとんどの人にとって、白昼夢のよ
うに聞こえた。しかし、その五ヶ月後、「ウォール街を占拠せよ」の人々が数百の都市
で広場や公園を占拠すると、それは予言的に聞こえるようになった。アメリカ人の大
部分は、実際的なものから精神的なものまで多くの面において、この種の変容をずっ
と求めていたのだ。

この運動の初期の文書では、気候変動は後知恵のような扱いこそ受けているが、環

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境保護意識は、当初からOWSに織り込まれていた。ズコッティ公園での台所の排水
を植物の灌漑に用いる洗練された「排水(gray water)」濾過システムから、オキュパ
イ・ポートランドの寄せ集めの共同体庭園まで。オキュパイ・ボストンのラップトッ
プ・コンピューターと携帯電話は、自転車発電機で電力を供給され、オキュパイDC
は太陽光パネルを設置した。また、OWSの究極の象徴である人間マイクロフォンは、
まさしく脱二酸化炭素の解決策に他ならない。

そしてまた、新しい政治的つながりが形成されつつある。石炭産業に出資している
バンク・オブ・アメリカを標的とする「熱帯雨林行動ネットワーク(Rainforest Action
Network)」は、差し押さえに関して銀行に狙いを定めているOWSの活動家たちと、
共通の大義を生み出した。反水圧破砕法の活動家たちは、ガスが流れるようにするた
めに、地球の岩盤を破壊しているのと同じ経済的モデルが、利益が流れるようにする
ために、社会的な岩盤を破壊していると指摘した。そして、キーストーンXLに反対
する歴史的な運動は、この秋に、気候保護活動を、ロビイストの事務所から決定的に
引きずり出し、街頭へと(また監房へと)連れ出した。反キーストーンの運動家たち
は、汚染度の高いタールサンド石油を、この国でももっとも脆弱な土地を越えて運ん
でいるパイプラインには「限定的な環境的逆行インパクト」があると、国務省に結論
させた腐敗したプロセスを、企業による民主主義の乗っ取りに関心がある全ての人は、
これ以上見つめる必要はないと述べた。350.org のフィル・アロノーが言ったように、
「もしウォール街がオバマ大統領の国務省と国会議事堂を占拠しているのなら、今度
は民衆がウォール街を占拠する頃合いだ」。

だが、これらのつながりは、企業権力の共有された批評を超えている。占拠者たち
が、私たちのまわりの全てを破壊するそれを取り除いて、どのような種類の経済を築
くべきかを自らに問うとき、多くの者たちは、この一〇年間で根づいてきたグリーン
経済オルタナティブのネットワークから、インスピレーションを受けることだろう。
その共同体管理による再生可能エネルギー・プロジェクト、共同体支持による農業と

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農民市場、実体経済を生き返らせた経済的地域化政策、そして協同組合部門の中に。
既にOWSのあるグループが、この運動初のグリーン労働者の協同組合(印刷機)を
発足させようと計画している。地域の食料活動家たちは、
「食料システムを占拠せよ!」
という呼びかけを行った。そして一一月二〇日には、共同体の建物のためにクラウド
ソースを用いてソーラーパネルを買う試み「屋上を占拠せよ」が始まった。

これらの経済モデルの利点は、排出を削減しつつ、雇用を創出し、共同体を生き返
らせるだけでない。それらはまた、そうすることで体系的に権力を分散させるのだ。
これは一%による、一%のための経済へのアンチテーゼである。南ブロンクスのグリ
ーン労働者協同組合の創設者の一人、オマル・フレリア(Omar

Freilla)は、広場や

公園で数千の人々が参加している直接民主主義の経験は、多くの人にとって、「自分が
持っていたとは知らなかった筋肉を使うようなものだ」と語る。そして、彼が言うに
は、人々はさらに民主主義を求めている。集会においてだけでなく、共同体の計画や
職場においても。

別の言葉で言えば、文化は急速に移行しつつある。そして、これがOWS運動を真
に特異なものにしている理由である。「貪欲がはびこっている」とか「あなたを気にか
けている」といったプラカードを掲げた占拠者たちは、初めから、彼らの抗議運動を、
狭い政策的な要求に閉じ込めないことに決めた。その代わりに彼らが選んだのは、経
済危機を作り出した原因である蔓延する貪欲と個人主義の基礎となる価値観に狙いを
定め、その一方で、お互いを取り扱い、自然界と関わり合うための根本的に異なるや
り方を――非常に目立つ方法で――体現することだった。

文化的価値観を移行させようとするこの意図的な試みは 、「現実」の闘争からの逸
脱ではない。私たちがその到来をもはや不可避にした困難な未来において、全ての人
に平等な権利があり、深い同情の能力があるという確固とした信念は、人間性と野蛮
の間に立つ唯一のものとなるだろう。気候変動は、私たちに厳格な締め切りを課すこ

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とによって、まさにこの重大な社会的生態学的変容のための、触媒としての機能を果
たすことができる。

結局のところ、文化とは流動的なものだ。文化は変わることができる。常に文化の
変容は起きてきた。ハートランド会議の代表者たちもこのことを知っており、それこ
そ彼らが、自分たちの世界観が地球の生命にとって脅威であることを示す証拠の山を
隠蔽しようと、固く決意している理由なのだ。残りの私たちに課せられているのは、
同じ証拠に基づいて、全く異なる世界観が私たちの救済となることを信じることであ
る。

***

訳者コメント:
ナオミ・クラインが『ザ・ネイション』誌に発表した長文論説「〈資本主義〉対〈気
候変動〉」の全訳。彼女の公式 Twitter アカウントのツイートに拠れば、次回作の一部
もしくはその草稿のようなものであるらしい。誤訳や誤変換、ファイル作成上のミス
などがあれば配付元まで連絡を。最新版も配布元にて。

原著者: Naomi Klein
日付:

2011/11/09

翻訳:

BeneVerba

配布日: 2012/07/17
配布元: http://beneverba.exblog.jp/18180285/
原文:

http://www.thenation.com/article/164497/capitalism-vs-climate
*誤訳等の指摘は配布元まで。不正利用及び商業利用を固く禁ず。

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