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社会に向けられた眼差し ドキュメンタリー写真/フォトジャーナリズムの展開

写真史講義 4

社会に向けられた眼差し ドキュメンタリー写真/フォトジャーナリズムの展開

欧米のドキュメンタリー写真の先駆

1890 年 アメリカのジャーナリスト、ジェイコブ・リースが『この世のもう半分はいかなる生活をしているのか』

を出版し、ニューヨークのスラム街の惨状を訴える。

1908 年 ルイス・W・ハインが年少労働者の撮影に着手。

19 世紀末から 20 世紀初頭にかけての急激な工業化や都市化により、労働者階級や貧困層の子供たちは、充分な教

育を受けることもできず、労働に従事せざる負えない状況にあった。アメリカの写真家、ルイス・W・ハイン(Lewis

W. Hine, 1874-1940)は、1908∼1918 年にかけて国家児童労働委員会のスタッフとして全米の年少労働者を撮

影。彼は、子供たちの置かれている状況を写真によって告発し、その状況を改善することを目指していた。ハイン

の撮影した一連の写真は、アメリカにおける最初の本格的な社会的ドキュメンタリーとして位置づけられている。

19 世紀末∼ イエロージャーナリズム(センセーショナルな記事を売り物にするタブロイド新聞)の隆盛

例:1928 年 1 月 14 日刊行の「デイリー・ニューズ(Daily News)」に掲載されたルース・スナイダーの死刑執行場面

グラフ雑誌の隆盛

写真技術/印刷技術/通信技術の向上

1920 キーストン写真エージェンシーがパリで開設。

1924 エルマノックス発売。
(レンズの口径が大きく、明るい)

1925 無線による写真電送成功。

1928 デフォト写真エージェンシーがベルリンで開設。

1930 ルイス・W・ハインがニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングの建設を撮影。

1935 アメリカで再定住局が設立される。(1937 年には、農業保障局(FSA)として編成される。)

農業保障局(FSA)とは

アメリカでは、1929 年の大恐慌によって国内の経済が壊滅的な状況に陥り、とくに農業が大きな

打撃を受けていた。当時のアメリカ大統領フランクリン・D・ルーズヴェルトは、国内の惨状を写真

によって記録することによって、自らの提唱する農民救済政策への支持を集めようとした。コロンビ

ア大学の経済学者であるロイ・ストライカーの指揮のもとに、さまざまな写真家がこのプロジェクト

に参加。代表的な写真家として、ウォーカー・エヴァンズ、ドロシア・ラング、ベン・シャーン、マ

リオン・ポスト・ウォルコット、アーサー・ロースタインなどが挙げられる。

1936 アメリカの出版者、ヘンリー・ルースを編集長として『ライフ』が創刊される。

1947 ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ディヴィッド・シーモア等によってマグナム・フォ

トスが設立される。
社会に向けられた眼差し ドキュメンタリー写真/フォトジャーナリズムの展開
写真史講義 4

1951 W・ユージン・スミスのフォト・エッセイ『スペインの村』が『ライフ』に掲載される。

W・ユージン・スミス(W. Eugene Smith, 1918-1978)

1938 年からフリーランスの写真家として仕事を始め、『ライフ』や『コリアーズ』などの雑誌に写真を発表。

第二次世界大戦中は、太平洋戦争の取材を行う。第二次世界大戦後には、
『ライフ』に「カントリー・ドクター」

「スペインの村」
、「シュヴァイツァー博士」など、フォトジャーナリズムの金字塔として位置づけられるよう

な、優れたフォト・エッセイを発表している。彼は、写真を雑誌に提供するのではなく、伝達すべき内容、写

真のセレクション、レイアウトに至るまですべて自らの方法を貫こうとしていた。1955∼58 年には、マグナ

ム・フォトスに参加し、1971∼1974 年には日本で水俣の公害を記録した。

写真の編集

 紙面と写真との間の関係

• 紙面のサイズと版型

• 紙面に対して写真が占める位置や割合、余白の配分

 見開きの構成(写真と写真との間の関係)

• 左右どちらか片方のページ

• 両方のページ

 シークエンス

• 見る順番と密接に結びついているもの

• 順不同に見られることを前提としているもの

• 上下左右の位置関係、大きさやテクストとの関係

 テクスト

• キャプションや題名、序文や後書きなど

• タイポグラフィの選択、文字の大きさ

• ページの中での位置