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大祓というケガレを祓う特別な儀礼が行われ
る。神職は、朝、参拝者に奉仕をする前に、潔斎
を行い、定期的に1ヵ月に1回心身を清める禊
を行う。こうした神社では一定の決められた手

▣自自自

順に従ってケガレが祓われることになってい
る。

現在の研究テーマ:「現代日本人のケガレ
論」
日本人のケガレ観について明らかにするため
には、神社の神事とは別に、人びとの日々の生
活におけるケガレ観についても考察する必要
がある。というのも、日本人の暮らしの中で、神
社の神事だけでなく、様々な人生儀礼が個々の

岩沼市の竹駒神社(2010)

人々の重要な節目に行われるからである。結婚
や葬式など、人々が経験する人生儀礼では、そ

▣自自自自

れぞれの儀礼において様々なケガレの祓われ

卒業論文 : 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自

方が行われる。人々はそうした多様な決まりを

自自自

通して何を「ケガレ」とし、なぜそれらを「祓お

卒業論文は日本における家族に関する研究報

う」とするのだろうか。例えば、
「死のケガレ」に

告書、論文および著書を参考に研究を行った

対して、遺族は、一定期間が喪に服すことで自

ものです。まずは江戸時代から第二次世界大

然にケガレが祓われるのを待つが、葬式に参列

戦までの日本の伝統的な家族の形を述べ、次

した人の場合は、塩を身体にかけて「死のケガ

に戦後核家族に変わったこととその原因を述

レ」を祓う。

べました。最後に、日本の家族制度の変化を先

 また、これまでの研究では、もっぱら「死のケ

例として、そこからインドネシアが学ぶところ

ガレ」しか扱われていなかったため、人々の生

は大きいと考えられることを書きました。

活における人生儀礼に着目して多様なケガレ
の処理方法を観察する。例えば、出産と月経に

修士論文 :「神道の清めにみる現代日本

よって生じるケガレがある。桜井徳太郎(『民

人のケガレ観」-竹駒神社を手がかりに-

間信仰辞典』)によれば、昔は、出産と月経の間

日本人のケガレ観を明らかにするために、宮城

はケガレを避けるために、女性は小屋で別火の

県岩沼市の竹駒神社の神事を対象に参与・非

生活を送っていた。これは産小屋と共通してい

参与観察を行った。その結果、神社では、参拝者

ることが多い。そこで調理したものを食べると、

は拝礼の前に、手を洗い口をすすいで身を清め

ケガレに触れたことになるのであった。このよ

る。神事は、まず何よりも修祓からはじまる。1

うに、出産や月経の期間は日常の暮らしから離

年に2回、6月末の夏越大祓と12月末の年越

れて、ケガレを回避するのである。しかし、今日

では、小屋は山形県小国町に存在しているもの 国体論と結びついた神職養成機関の形成がそ の、実際には使用されていない。果たして、今日、 の組織基盤となった。 多くの女性が病院で出産する中で、こうしたケ ガレの観念は、どのように変化しているのだろ (6)学校教育の基軸に天皇崇敬があるべき うか。 ことを示した教育勅語は、学校の儀礼秩序体 系とも結び着き、国家神道の重要な構成要素 ▣ ブックガイド1: となったのであり、それによって国家神道の わたしがとにかくオススメしたい本 国民への浸透が促された。 自自自自 2010自自自自自自自自自自自自自自 (7)国家神道は教育勅語煥発以後、公的精 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自 神秩序の規範として次第に国民生活を蔽って 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自 いくようになり、諸宗教・思想はそれを受け 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自 入れた上で限定的な「信教の自由」を享受する 自自自自自自 という宗教・思想の二重構造が成立した。 (2)国家神道論(とりわけ語義)の混乱の (8)国家神道は明治初期には「祭政教一致」 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自 という青写真の下、国家の主導によって形成 こなかったことにあることを示し、3要素 されたが、庶民に浸透することによって今度 (皇室祭祀、神社神道、国体・皇道の教義)の は下からの運動として大きな力を発揮するよ 関連づけを示された。 うになったことを宗教運動や地域社会の運動 の例を通して示された。 (3)国体論と国家神道との関連はこれまで うまく示されてこなかったが、皇室祭祀+神 (9)GHQ による神道指令の「国家神道」定 社神道という明確な神道要素とぴたりと重な 義は、教団中心の宗教観や「教会の国家からの らないものの密接不可分の関係にあるものと 分離」こそ信教自由の鍵というアメリカ的な して図示し(63ページ)、その関係を分か 宗教観の下、国家神道の主要要素である皇室 りやすく示された。 祭祀をまったく無視し、宗教史の実際を見失 ったものだった。 (4)国家神道は本来結びつかない3要素を 近代の学者・研究者が勝手にくっつけたもの (10)GHQ は占領統治の便宜や日米連携の観点から皇室祭祀 ではなく、元来、祭政一致、祭政教一致、皇道な をほぼそのまま保持するという選択をしたた どの語で示されるような一体性をもつものと め、国家神道ははるかに小さな規模のものに して構想されたので、自然な命名だった。 なったとはいえ、戦後も存続し、その拡充如何 が政治的な論題であり続けたことを示された自 (5)神社神道は皇室祭祀の大々的な機能拡 張と不可分に形成されたものであり、それだ (11)戦後日本で好まれてきた日本人論は自 けを切り離すことはできず、また、皇室崇敬・ 国体論や国家神道の旧来の形態の後を引きつ .

くもので、 「固有信仰」や「空虚な中心」という 論点は、皇室祭祀が国民統合の核心にあった 戦前とそれが見えにくくなっている戦後を対 比すると理解しやすくなる。 ▣ ブックガイド2:ご自身の研究に関連 する本 「「ケガレ」を知る 10 冊」 近藤直也 1997『ケガレとしての花嫁』長崎 県立大学学術研究会 宮田登『ケガレの民俗誌 差別の文化的要 因』、人文書院 波平恵美子 1974「日本民間信仰とその構造」 『民俗学研究』38 (3・4) ―――――1974「通過儀礼における「ハレ」 と「ケガレ」の観念の分析」、 『民俗学研 究』40 (4) ―――――1992『ケガレの構造』、青土社 ―――――2009『ケガレ』、講談社 沖浦和輝/宮田登 1999『ケガレ 差別思想 の深層』、解放出版社 桜井徳太郎 1982『日本民俗宗教論』、春秋社 ―――――ほか 1984『共同討論 ハレ・ ケ・ケガレ』、青土社 ―――――1985『結衆の原点 共同体の崩 壊と再生』、弘文堂 新谷尚紀 1997『ケガレからカミへ』、岩田書 院 .

自自自 自自自自自自自自自自 ムスリムとして、日常生活をおくる上で注意しなければならないことがいくつかあります。 その一つは、 ハラールのものを食べなければならないことです。ハラールとは、イスラム法 で許された項目をいうが、主に食べられるもののことを表します。そのために、日本では、食 事をするときは特に、肉とアルコールに注意をするのです。アルコールの場合は、日本人に は理解しやすいが、なぜ日本のスーパーで売っている肉を食べてはいけないのか、なかなか 理解できないと思います。理由は、イスラム教的に処理されていないからです。最初は、日本 人にはどう説明すればいいのか困りましたが、いろいろ調べた結果、 「ケガレ」に出会いまし た。今は、 「日本の肉はイスラム教的に処理されていないから、食べてはいけないのです。つ まり、 「ケガレ」とされるのです。」と答えるようにしています。それをきっかけに日本人のケ ガレ観を研究することになったのです。 自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自自 .