量子力学の軌跡解釈による小澤不等式の修正の可能性について

川口 正倫
1.はじめに
量子力学の軌跡解釈では、粒子と波動の両方が存在することが仮定されており、実際に観測できるかどうか
とは別の問題として、その粒子が実際に物理量(所有値)を有するとされている。また、演算子であるオブザー
バブルと所有値の関係も定式化されており、運動量やエネルギーなどの所有値を実際に求めることができる。
特に、運動量の所有値については、
「FANC の関係」を満たさないことが知られており、
「コッヘン=シュペッ
カーの NO-GO 定理」は、軌跡解釈に適用されない。
本論文は、この運動量の所有値について、P2(x)≠P(x)2 であることをロバートソン方程式に適用し、位置と
運動量の分散関係と小澤不等式の修正を試みるものである。
具体的には、σ(X )σ(P )+ε(X )σ(P )+ε(X )η(P )≧ ћ/2 という関係が導かれる。
2.軌跡解釈における所有値とオブザーバブルの関係
系が位置 x を所有値として有する粒子とそれに随伴する波動Ψによって表されているとき、その系の物理
量であるオブザーバブルA(自己共役演算子)について、粒子は所有値としては次にような a を有する。

⎛ψ (x, t )* Aψ (x, t ) ⎞

a (x, t ) = Re⎜⎜
*

⎝ ψ (x, t ) ψ (x, t ) ⎠

(1.1)

また、波動Ψを式(1.2)の形式にして表せば、式(1.3)となる。

ψ (x, t ) ≡ R(x, t )eiS (x, t ) / ℏ

(1.2)

(R 及び S は、実数)

⎛ R (x, t )e−iS ( x,t ) / ℏ AR(x, t )eiS ( x,t ) / ℏ ⎞

a (x, t ) = Re⎜⎜
2

R (x, t )

(1.3)

そして、この式(1.3)を運動量のオブザーバブルは P =-iћ∇に適用すれば、運動量の所有値求まる。

⎛ R(x, t )e−iS (x,t ) / ℏ (− iℏ∇)R(x, t )eiS (x,t ) / ℏ ⎞

p(x, t ) = Re⎜⎜
2

R(x, t )


⎛ R(x, t )e−iS (x,t ) / ℏ − iℏeiS (x,t ) / ℏ∇R(x, t ) + R(x, t )eiS (x,t ) / ℏ∇S (x, t )
 =Re⎜⎜
R(x, t )2

⎛ − iℏR(x, t )∇R(x, t ) + R(x, t )2 ∇S (x, t ) ⎞
⎟=∇S (x, t )
=Re⎜⎜
2

R(x, t )

(

)⎞⎟

(1.4)

この式(1.4)について、運動量所有値の平均値を求めると(Ψ(x,t)Ψ*(x,t)=R2(x,t)を掛けて体積分)、運動量
演算子が自己共役演算子であることから、通常の量子力学における期待値(量子力学的期待値)と一致する。つ
まり、
<P >C=<P >B

(1.5)

(下添え字は、「C」:量子力学的期待値、「B」:軌跡解釈での平均値を表し、それぞれ「Conventional」「Borm」の頭文字)

となる。
次に、P 2 について所有値を求めると、式(1.6)のようになる。計算過程は省略したが、A=-ћ2∇2 を式(1.3)
に代入することより求まる。

ℏ2 2
p (x, t ) = − ∇ R(x, t ) + (∇S (x, t ))2
R
2

(1.6)

ℏ2 2
= − ∇ R(x, t ) + p(x, t )2
R
そして、量子力学的期待値と比較すると、
<P 2>B= <P 2>C +(-ћ2/R)∇2R

(1.7)

<(P ) >B= <P >C

(1.8)

2

2

となり、運動量の所有値及びその平均値が FANC を満たさないことがわかる。
3.ロバートソン不等式への適用
ロバートソン不等式は次のように導かれる。交換関係[A,B]= ic を満たす演算子 A と B について、A1=A-<

A>と B1=B-<B>を定義し、それぞれの標準偏差を σ(A)=<A12>1/2 ,σ(B)=<B12>1/2 と表す。ここで
D =A1+iλB1 とおくと、
<D+D>=<A12>+<iλ[A,B]>+λ2<B12>
=<A12>-λ<c>+λ2<B12>
=σ(A)2-λ<c>+λ2σ(B)2 ≧0

(1.9)

となる。この式(1.9)が任意のλで成り立つためには、二次方程式の判別式により、

σ(A)・σ(B) ≧(1/2)|<[A,B]>|

(1.10)

が成り立つ。これが、ロバートソン不等式であり、を A,B として位置演算子及び運動量演算子を取ると、不確
定性の関係が得られる。
さて、式(1.9)の B を運動量演算子としてσ(B)を所有値の平均を用いて計算してみると、

σB(P ) = <(P -<P>B)2>B1/2 =<P 2-2P<P>B +<P>B2>B1/2
=(<P 2>B-<P>B2>B)1/2=(<P 2>C -<P>B2+<(-ћ2/R)∇2R>B)1/2
=(<P 2>C -<P>C2+<(-ћ2/R)∇2R>B)1/2
=(<P 2>C -<P>C2+<(-ћ2/R)∇2R>B)1/2
=(σC(P )2+<(-ћ2/R)∇2R>B)1/2

(1.11)

となり、次のような不確定性の関係が導かれる。

σB(X )σB(P ) =σC(X )(σC(P )2+<(-ћ2/R)∇2R>B)1/2 ≧ ћ/2

(1.12)

なお、位置の演算子は単なる掛け算であるため、

σB(X ) =σC(X )
となる。

(1.13)

4.運動量擾乱の仮定
式(1.12)に表れる<(-ћ2/R)∇2R>B について、これを運動量擾乱η(P )であると仮定とする。つまり、

η(P )2 =<(-ћ2/R)∇2R>B

(1.14)

であるが、このように仮定する理由は次のとおりである。
運動量の固有状態は、exp(ikx)であるが、この状態について運動量を観測すれば運動量の値として、ћk が得
られることは周知のとおりであり、観測に際して運動量の擾乱は発生しない。このとき、exp(ikx)は R が定数
であるため式(1.14)よりη(P )2 は 0 であり、運動量の擾乱が生じなかったことと整合する。

Sin(kx)という状態については、S が 0 であるため式(1.4)により運動量の所有値を求めると 0 である。しかし、
この状態は、exp(ikx)-exp(-ikx)という運動量固有状態の重ね合わせの状態であり、運動量を観測すると+ћk
か-ћk のいずれかが得られる。このことは、標準解釈では射影公準(波束の収縮)からいえる。なお、軌跡解
釈では射影公準を用いる必要はないが、測定の理論により同じことが言える。一方で、(-ћ2/R)∇2R=ћ2k2
であり観測に運動量に擾乱が生じて粒子が運動量を有したと考えられる。また、(-ћ2/2mR)∇2R という量は
量子ポテンシャルであり、Sin(kx)という状態で静止していた粒子が運動量を有する際に必要となる運動エネル
ギーはћ2k/2m であり、量子ポテンシャルが源泉になったと考えられる。つまり、観測により量子ポテンシャ
ルが放出され運動量の擾乱を引き起こしたと考えることもできる。
また、負の量子ポテンシャルは存在しないものと仮定し、<(-ћ2/R)∇2R>B ≧0 とする。
5.小澤不等式の修正
まず、式(1.14)を式(1.12)に代入すると、

σB(X )σB(P ) =σC(X )(σC(P )2+η(P )2 )1/2 ≧ ћ/2

(1.15)

であるが、σC(P )≧0 とη(P )≧0 より、
(σC(P )+η(P ))2≧σC(P )2+η(P )2 =σB(P )2

σC(P )+η(P )≧σB(P )

(1.16)

また、σB(X ) =σC(X )を用いて両辺に乗ずるとσB(X )σB(P ) ≧ћ/2 より、

σC(X )σC(P )+σC(X )η(P )≧ћ/2

(1.17)

である。
続いて、位置の測定による誤差ε(X )を導入するが、これは純粋な測定誤差である。軌跡解釈でも粒子の位置
が確定していてもその正確な値は測定できないとされている。粒子の位置を計測する検量器の値を Y とすれ
ば、ε(X )=<(X-Y)2>1/2 となるが、標準偏差の定義から

ε(X )=<(X-Y)2>1/2≧σB(X-Y )

(1.18)

となる。X と Y は正の相関を示すため σB(X-Y )2 ≧σB(X)2+σB(Y)2 が成り立ち、

ε(X )≧σB(X)

(1.19)

となり、式(1.19)を式(1.16)の両辺に乗ずると、

ε(X )σC(P )+ε(X )η(P )≧σB(P )σB(X)

(1.20)

よって、式(1.15)より、

ε(X )σC(P )+ε(X )η(P )≧ ћ/2

(1.21)

ここで、さらに式(1.17)と式(1.21)の両辺を足し合わせて整理すると、

σC(X )σC(P )+σC(X )η(P )+ε(X )σC(P )+ε(X )η(P )≧ ћ
となる。

(1.22)

ここで、σC(X )η(P )という量を実際に計算してみると、

σC(X )η(P ) =σB(X )η(P )=<(X-<X>B)2>B1/2<(-ћ2/R)∇2R>B 1/2

{

= ∫ (X − X

{
= {∫ ( X

2

2

R dx

3

2

2

R dx

3

2

2

3

)

= ∫ (X − X

)
)

− X

R dx

1

}

1

2

2

⎧⎪ ⎛ ℏ
⎨ ∫ ⎜⎜ −
R
⎪⎩ ⎝

⎞ 2 2
⎟ R ∇ Rdx

} {∫ (− ℏ )R ∇ Rdx }
} { ∫ ℏ (∇ R ) dx }
1

2

2

2

2

2

2

3

3

1

3

1

⎫⎪

⎪⎭

1

2

2

ここでシュワルツ不等式を用いると、

{

= ∫ (X −

2

)

X



dx

3

{∫ (X − X

{
(X − X

2

{
X ∇ R dx
− X

2

{
− ∫ R dx
− 0 }

2

≧ ℏ

1

} { ∫ ℏ
)R ∇ Rdx }
)∇ R dx }

R

2

2

(∇

R

)

2

dx

3

}

dx

3

1

}

2

3

3

3

2

2

3

2

2

2

R


2

よって、

σC(X )η(P )≧ ћ/2
従って、式(1.22)は、

σC(X )σC(P )+ε(X )σC(P )+ε(X )η(P )≧ ћ/2

(1.23)

となり、小澤不等式は修正された。

2

Sign up to vote on this title
UsefulNot useful