注 いけ 。 一 じ の表現とし て﹂ の ﹁ ∽ 一 当為 ︵ の o ような ﹁ ∼ なければ いけな い﹂ の形 で今 日も よく用 いられ る この ﹁ いけな い﹂ は ﹁ 、 近代東京語 の当為 国語 と国文学、 昭2 4年4月︶ ﹁ 東京 語 におけ る当意表現 の変遷﹂ ︵ 江戸語

・ な い﹂ に ついては田中章夫氏 が ﹁ られ、 さら に渋谷 4 、 東京語﹄ ︵ 明治書院、 昭8 5年︶ など で詳 しく取 りあげ 表現﹂ ︵佐伯梅友博士古稀 記念国語学論集﹄ 昭 4年︶ ﹃ 3年︶ にお いて詳 大阪大学 日本学報7、 昭6 ︱﹂ ︵ 東京語 の当為表現︱︱ 後部要素 イケナイ の成立を中心 に︱ 江戸 語 ・ 勝 己氏 の ﹁ 。 細 に分析 し、論ぜ られ ている

明 治 期 以 降 の推 量 表 現 の推 移 ︱︱﹁ でし ょう﹂を中心 に︱︱

鈴 木 英 夫

じ め に

本稿 は、﹁ でし ょう﹂ の用法 と待遇価値 の変化を中心 に、推量表現 の推移 に つい て考 えようとす るも のであ る。 ﹁ でし ょう﹂ の待遇価値 に ついて興味を抱 くよう にな っ た のは、 直接 には平成五年度 の講義 の際、 ある男子学生 から質問を受 けた ことがき っ かけ であ っ た。 そ の質問 とは、 クラブ活動 で先輩 に ﹁ これ でいいでし ょう﹂と言 っ た 所、 ﹁ でし ょう﹂ は敬語 ではな い、 先輩 に対 し て ﹁ でし ょう﹂ を使 う のは失礼 だと叱 られた、 自分 は東京生 まれ で はな いので良 く分 らな いのだが、共通語とし て ﹁ でし ょう﹂ は先輩 には使 えな いのか、 と いう趣旨 の質問 であ っ た。 ﹁ でし ょう﹂ が ﹁ 敬語 ではな い﹂ と いう言 い方 には シ ョックを受 けたが、 ﹁ でし ょう﹂ の待遇価値 が下 が っている こ と は、私も同意出来 た。 しかし、先輩 に使 えな いほど待遇価値 が下 が っていると は思 えなか っ た。 そ の後、 東京外国語大学大学院 に在学 し ている朴敏瑛氏 の碩士論文、 ﹁ ダ ロウ ・ デ シ ョウに関す る 一 考察︱︱会 。 ︲  話文 の文末表現を中心とし て︱︱ ﹂を読む機会を得 た 7 朴氏 の論文 は、 田村す ゞ子氏 の ﹁ 言語分析 におけ る職能 の取 り上げ方︱︱ ﹃ だ ろう﹄ ﹃ でし ょう﹄を中心 とし て﹂

。 い て検 討 し たも の であ る 示 唆 を 得 て、 女 性 の会 話 の文 末 表 現 に つ 翁講座 日本語教育 第7分冊し か ら主 た る でし ょう﹄ を 用 いる﹂ こ 文 末 には常 に ﹃ 7 し て、 女 性 は推 量 文 にお い て ﹁ 察 9     田村 氏 は、 身 近 な人 々 の言 語 行 動 を観 、 る敬 意 の表 現 と はな って いな いと 。 でし ょう﹂ は、 そ の場 合 女 性 ら し さを表 し 目 上 の者 に対 す と を指 摘 さ れ た ﹁ す る。 、 に検 討 し、 大 凡 次 のよ う な結 論 小 説 の会 話 の中 の 女 性 の文 末 表 現 を基 朴 氏 は、 そ の点 を 明 治 期 か ら現 代 ま で の
を 出 し た。 、 でし ょう﹂ は目 上 の者 に対 し て のみ用 い に な った の は 明 治 後 期 で ﹁ でし ょう ﹂ が 普 通 に用 いら れ る よ う 田 ﹁ ら れ て い る。

、 よ う にな る。 ②大 正 期 にな ると 対 等 の者 にも使 う でし ょう﹂ が 般 化 し、 同 時 に目 下 の者 に対 し ても ﹁ 、 対 等 の関 係 にお け る ﹁ でし ょぅ﹂ が 一 0 昭 和 期 に入 ると 。 使 わ れ る よ う にな る 。 。 だ、 次 の点 に問 題 が残 ると思 わ れ る こ の結 論 は、 大 筋 では認 め ら れ よう た い。 、 みを 調査 し、 男 性 の場 合 は対 象 と し て いな 0朴 氏 の論 文 では 女 性 の文 末 表 現 の ら除 い て いる。 でし ょう ﹂ 以 外 の推 量 表 現 を対 象 か だ ろう﹂ ﹁ ② ﹁ 。 、 的 な処 理 が な さ れ ていな い 、 必 ず しも 十 分 でな く 用例 に つい ても数 量 0韓 国 で の研 究 であ った た め 資 料 が 、 ど のよう に変 化 し た かを 他 の 、 でし ょう﹂ の用法 及 び待 遇 価 値 が、 男 性 及 び女 性 にお い て そ こ で、 本 稿 では ﹁ こと にし た。

推 量 表 現 と の関 連 の中 で検 討 し ていく

● 贅 韻麓 者 れな ﹂ ,

0 明治前期 ﹁ でし ょう﹂ が 用 いら れ る よう にな る のは、 辻 村 敏 樹 氏 によれば 5 ぺ︲ジ︶ 近 世 末 期 だ と いう ︵ 0 ﹃ 敬語 の史的研究﹄2 8 し か し、 明 治 期 に入 っても 、 ﹁ でし ょう﹂ は直 には 一 般 化 し な か った。 そ の点 を 明 ら か にす る た め に、 ﹁ でし ょう﹂ 及 び そ の他 の推 量 表 現 ︵ 文末︶を 示 し た のが、 ︹ 第 1表 ︺ であ る。 ︹ 第 1表 ︺ を 見 ても分 か る よ う に、 明 治 初 年 の ﹃ 安 愚 楽 鍋 ﹄ では、 ﹁ でし よう﹂ は用 いら れ ず 、 ﹁ ま し よう﹂ が 2 数 と行 数 を 示 し た も の であ る。 テキ ストと そ の略

例 あ るだ け であ る。 な お、 例 文 の下 の括 弧 内 は テキ スト の ページ 称 は終 り に 一 括 し て示 し てあ る。

973 明治期以降 の推量表現の推移

① ど う か 入 レあ は せ にな り劃 司 引 。 ︵ 7 ︲︲︶ 8 ﹁ でし ょう﹂ が、 普 通 に使 わ れ る よう にな る のは、 明 治 0年 近 く にな ってか ら と思 わ れ る。 2 明 治 前 期 では、 ﹁ でし ょう﹂ と共 に ﹁ ま し ょう﹂ も か な り 用 いら れ てい る。 これ は、 こ の時 期 、 未 だ ﹁ でし ょう﹂ が ほと んど 用 言 に下 接 し な いた め であ る。 ﹁ 9例 のう ち 、 用 言 に下 接 す る は、 でし よう﹂ 3 の 次 の2例 のみ であ る。 ② 那 のお 子 さ ん に窺 つた ら些 と ハ 容 子 も知 れ る でせ う。 ︵ 1 19︶ 新粧 1 ③ 矢 張 小 町 田君 は、 お宅 へお 帰 り な す ツた方 が宜 し い でせ う。 ︲1 ︵ 書生 1 2 5︶ こ の点 を補 ってい る のが、 ① のよ う な ﹁ 動 詞 十ま せ う﹂ と いう 丁寧 表 現 であ ると言 え る。 な お、 こ の点 に関 し て注 意 さ れ る のは、 テキ スト に使 った ﹃ 9年︶ の、 雪中 梅 ﹄ の博 文 堂 版 ︵ 明治1 ④ 此 の雨 で ハ 5︲ 定 め て困 るだ ら ふ ︵ 下 6 8︶ の ﹁ 動 詞 +だ ろう﹂ と いう表 現 が 、嵩 山 堂 版 ︵ 3年︶ では、 明治2

4︲ 4 定 め て困 る でし や う ︵ 1 8︶ ④ 此 の雨 で ハ 4∼ 5)
安 愚楽鍋

雪 中 梅

(明 18)

動 詞 十 でし ょう ﹂ の形 に改 め ら れ て いる こ と、 ﹁ 0 っ でし ょ と であ る。 恐 ら く、 明 治 2年 代 に入 て ﹁ 般 化 し、 用言 にも自 由 に下 接 す る よ う に う﹂ が 一 。 な った傾 向 を反 映 し て いるも のと言 え よう 、 と 動 詞 、 形 容 詞 以 外 の上 接 語 で 活 用 す るも の 。 ま せ ん﹂ が 3例 見 ら れ る いず ます ﹂ ﹁ し ては、 ﹁

(明

であ り ま し ょぅ

。 新 粧 之 佳 人 ﹄ の例 であ る れも ﹃ 4 0 2 方 の球 子 が他 へ反 れ ま す でせ う ︵ ⑤ ホラ 一 2︶ 1 。 2︲ 否 ま せ ん でせ う子 ︵ 5 2︶ ⑥ 先生 私 し ハ ⑦ 綺 麗 な花 や青 々と し た蝉 が充 分 に貴 女 の目 を 悦 バ し た り 心 を 楽 ま せ る と ハ思 召 ま せ

形容 詞 +ござ い
ま し ょ ぅ

。 ﹁ 8︲ 。︵ 8 ︶ 劇 ﹁ 0 ん刊 3 使用例 である。 ⑤と⑦は女性、⑥は男性 の
、 でし ょう﹂ は目 上 の人 に対 し てか こ の時 期 、 ﹁ 、 ま男 こ︲ 教 養 層 同 士 で使 わ れ ると いう点 で 堪 体■ ︱ ︲ ︲ ・, ︲・

次 の例 は 、 老 人 が 息 子 の 友 人 に 対 し て ﹁ で し ょ う ﹂ を 使 った も の で あ る 。 0 19 ︶ ③ 時 に今 晩 は 何 と い ふ 変 な 天 気 で せ う 。 3日 生  2 1

相 手 が青 年 であ っても 、 敬 意 を表 し て ﹁ でし ょう﹂ を使 ったも のと 思 わ れ る。  一 方 、 友 人 同 士 であ り な が ら、 卒 業 後 久 し ぶ り に会 った場 合 に は、 7 ︲5 守山←倉瀬︶ ⑨ 所 謂 シ スタ ア、 イ ン、 ラ ウ ︹ 義理ある姉︺と いふ や う な 関係 でせ う。 釜日 生 2 4 のよ う に、 時 に ﹁ でし ょう﹂ を 用 い て いる のは、 敬 意 を 表 す と いう よ り は、 田村 氏 の いわ れ る ﹁ 人 間 関 係 にお け る 距 離 ﹂ の取 り方 の問 題 であ ろう。 代 言 人 にな った守 山 は、 書 生 時 代 のよ う に打 ち解 け た話 し方 にす っぽり入 って行 けず 、 社 会 人 と し て の体 面 も あ って、 時 折 ﹁ です﹂ を使 い、 ﹁ でし ょう﹂ を 使 った も のと 思 わ れ る。 こ の時 期 、 ﹁ で す﹂ や ﹁ でし ょう﹂ に は、 ③ のよ う に敬 意 を 表 す為 に使 わ れ る 一 方 、 ⑨ のよ う に、 相 手 と の間 にあ る距 離 を 置 く為 にも 使 わ れ た と言 え る。 ⑨ は ﹁ 親 疎 ﹂ の距 離 のと り方 に関 わ って いる の であ る。

975 明治期以降の推量表現 の推移
あ った 。

﹁ だ ろ う﹂ も 男 女 共 同 じ よ う に使 わ れ て い る。 女 性 が 同 輩 の男 性 や、 弟 に対 し て ﹁ だ ろ う﹂ を 使 う のも 普 通 で

。︵ 7︲ 8 ⑩何処を押 や アそんな音 が でる日 硼引﹁ 安愚 7  歌妓←箱まわし︶ ︲ 4 1 ⑪父様 にも母様 にもまた言 ハん でお出川引引、 ︵ 新粧 6  姉←弟︶ ︲ 1︲ この時期 は、未だ男性と女性 の言葉遣 いが明確 に区別 され ていな い時期 であ る。両者 が分化 し て行 く のは、明治後 期 に入 ってから であ る。 また、 ﹁ だ ろう﹂ と ﹁ う﹂ と の分化、 役割分担 の違 いも、 十分確立 され ていな い。 従 って、 ﹁ う﹂ ﹁ よう﹂ は意 志・ 勧誘 の他、 ︹ 第 1表︺ からも分か るよう に、推量 の例も ﹁ だ ろう﹂ の半数位 は用 いられ ている。

安愚楽鍋

書生気質

新粧之佳人

第 2表〕 〔

中 梅

だ ろう﹂ は全 く同 じ様 に使 われ ている のだ ろう う﹂ と ﹁ では、 ﹁

う﹂ に つい て比 較 し た のが だ ろう﹂と ﹁ か。上 接 語 に つい て、 ﹁ ︹ 第 2表︺ であ る。 う﹂ の用法 の違 いとし て、次 だ ろう﹂と ﹁ 第 2表︺を見 ると、 ﹁ ︹ のことが言 える。 、 だ ろう﹂ が用 いられ る。 0動詞 に下接す る場合 は ほとんど ﹁ 、 う﹂ が用 いられ る傾向 ②形容詞 や助動詞 に下接す る場合 は ﹁ が大 であ る。 だ ろう﹂ が下接す る う﹂だけ で、 ﹁ た﹂ に下接す る のは、 ﹁ ③ ﹁ 例 は見られな い。

だ ろう
動詞

だ ろう

形容 詞

だ ろう

1

1

そ の他 の 助動詞

だ ろう

すなわち、 動詞 十だ ろう

一 +う 轄 ﹁


通常表現
だ ろう
・ ま百しょ う

丁寧表現

形容 詞 ︲

ござい まtゝ う

。 と いう 用法 の違 いが は っき り し てぃ る 、 期 の雌 理 豪 期 轟 幹 動 詞 と形 容 詞 に つい て言 えば 明 瑞 前 ︲ ︰

0 明治後期 明治後期 の文末 の推量表現を見 ると、 ︹ 第 3表︺ のよう にな る。 0年 以降 ﹁ ︹ 第 3表︺ から、 明治 2 でし ょう﹂ が 一 般化 した ことが明 らか にな る。 この点 に つい ては、 既 に原 口裕 氏 の御指摘 があギ 9年 ま では2例 しかなか っ 0年以降 は ︹ 特 に、動詞、 形容詞 に下接す る例 は、明治 1 た のが、 明治2 第 4表︺ に示し たよう に、動詞、形容詞 の他、助動詞 ﹁ な い﹂ や ﹁ た﹂ など にも下接す るよう にな る。 ﹁ 動 詞 + でし ょう﹂ が 一 般 化 す る に つれ て、 ﹁ 動 詞 十ま し ょう﹂ が衰 退 し て行 く。 そ の点 を整 理 し てみた のが、 ︹ 第 5表︺ であ る。 0年 以降 ﹁ ﹃ 鉄仮面﹄ を除 いて考 えると、 明治2 0年 を過ぎ ると、 ﹁ まし ょう﹂ の用例 は次第 に減少 し、明治 3 でし ょ う﹂ の方 が優勢 にな って行 く。 ﹃ 鉄仮面﹄ で ﹁ まし ょう﹂ が多用 され ている のは、 翻案小説 であり文体 が古 めかし い為 と考 えられ る。 次 に、 ﹁ でし ょう﹂ の用法 を、 ﹁ だ ろう﹂ と関連 させながら見 ていこう。 ﹃ 浮雲﹄ では、 ﹁ でし ょう﹂ と ﹁ だ ろう﹂ が、人間関係 によ って次 のよう に使 い分 けられ ている。 でし ょう

977 明治期以降 の推量表現 の推移

′2 ぉ 勢 1 ズ 一 ﹂ な 一 一 回 / , 2
文 三︱← お勢 ︵ 1例︶

979 明治期以降 の推量表現 の推移
〔 第 4表 〕
で し ょう
まドし ょ ぅ

978

〔 第 3表 〕
形容 詞 + ご ざ い ま し ょぅ であ り ま し ょぅ でご ざ い ま し ょ

だ ろう

φ

助動詞
そ の他

/

であ ろ う

助詞

ません

ま す

形容 詞
な い

動詞

副詞

名詞

/ / /′   作 r   口m ︲ /

上接 語 / /

0

0

0

0

1

1


0


0

女 1男

女 1男


0


0


0


0

0

0

3

小 公 子 鉄 仮 面
1

(明 20)

〇 一  

小 公 子
1

1

1

0

0

0

0

7

1

(明 25)

鉄 仮 面
0 0 0
1

1

5

金色夜叉
9

6

0

0

0

(明 26)

0

0

0

0

5

0

不 如 帰 武 蔵 野
0

金色夜 叉
2 1 0

2

(明 30∼ 35)

0

0

0

1

0

不 如 帰
0 2

(明 31)

0

1

2

1

1110
1

0

0

0

0

01
0

1
6

武 蔵 野
(明 34)

0

虞美 人草
0 0 5 6

0

何 処 ヘ

012
31

0

0

(明 40)

虞美人 草
0 0 0 0 3
1

すみだ川
青 年

0 1

0

0

1

1

(明 40)

何 処 ヘ
0 0 0
1

5

7

5

0

5

0

0

5

1

(明 41)
0

すみだ川
(明 42)

0

0

1

0

0

0


0
4
1

2

(明 43)

22

2

5

ヽ言 ノ 十 」

:

7

すみ だ川
年 青 計

〔 第 5表〕

不 如 帰

武 蔵 野

口 田 旋 =    

動詞 + でし ょぅ 動 詞 +まし ょぅ
0

だ ろう

政 お ″ ¨ 一 ︻ 一¨ ﹁ 一
言 や 自 問 自 答 の場 合 でも ■ 質︵ ︲

。 れは明治 の終 りま で、大筋 にお こ だ ろう﹂ を使 う のは、 明治前期以来 の用法 である お政 が子 ども や甥 の文 三 に ﹁ 、 だ ろう﹂を使 っているが この辺りから少 でし ょう﹂を、本 田はお勢 に ﹁  一 方 お勢 は本 田 に ﹁ いて受 け継 がれ る。 。文 三がお勢 に ﹁ でし ょう﹂ を使 う のは、距離 に置 いている しず つ 男女 の言葉遣 いの違 いが出 て来 ると言 えようか
為 であ ろ う 。 だ ろ う ﹂ を 使 う こと も ぁ る が ヽ そ れ は独 り な お、 お 勢 が 本 田 や 文 三 に ﹁

田 〓本 / 2 川 ︹ 一 同 一 樫 饗 ︲

⑫ ﹁ 慈 母 さ ん と 云 へば 何 を 倣 て ゐ る ん だ ら う ネ ー。 Ⅲ1 2︶ ﹂︵ だ ら う ﹂ を 使 う の は、 要 す る に、 こ の時 期 で は 女 性 が ﹁

0母親 が子供 に言 う場合 ②目下 の者 に言う場合 0独 り言 や自問自答 の場合 のいずれか にな る。 それ以外 では、 たとえば ﹃ 金色夜叉﹂ に登場す る老女 が罵 って言 う場合 のよう に、丁寧表現を 取 る必要 がな い場合 であ る。 7︶ ⑬ そ の手 で雅之を晴 した のだらう。 ︵ 獅1 1 このよう に、 ﹁ でし ょう﹂を目上 の者 に、 ﹁ だ ろう﹂を対等 か目下 の者 に使 うと いう傾向 に変化 が見 られ るよう に 0年代 のことと思われ る。大正期 から目下 の者 にも ﹁ な る のは、明治 3 でし ょう﹂を用 いるよう にな るとす る朴氏 の

981 明治期以降の推量表現 の推移

結論 と は少 し異な る。 そ の変化 は、女性 の言葉遣 いに多 く現 われ てく る。 それは、 常体表現 の中 に ﹁ でし ょう﹂ が用 いられ るよう にな ると いう傾向 であ る。 ﹃ 平凡﹄ に出 て来 るお嬢 さん は、書生 に対 し て常体表現を用 いるが、 ﹁ でし ょう﹂を用 いる こともあ る。 4︲ ⑭ ﹁ そら、媒人 でし ょう家 は?﹂ ︵ 4︶ 8 2︲ 6︶ ⑮ ﹁ ね、 ほら、  一 尺 は違 う でし ょう?﹂ ︵ 9 ︲ 同 じような例 は ﹃ す みだ川﹄ にも見 られ る。 お糸 は長吉 に、 い つ も は常体表現を用 いるが、 次 のよう に ﹁ でし ょ う﹂を使 う こともあ る。

小 公 子

鉄 仮 面

金色夜叉

虞美人草

何 処 ヘ

。 0︲ 、 1︶ 2 0 お そ か つた でせ う。 気 に入 ら な いんだ も の 母 さ ん の結 つた髪 な んぞ ﹂ ︵ ⑩ ﹁ ︲ 0︲ ︶ を か し い でせ う。 ︵ ⑭ ﹁ 1 2 。 、 デシ ョ ﹂ の、 走 り と でも 言 う こと が出 来 よ う これ ら の例 は、 現 在 の東 京 弁 の特 徴 の 一つと さ れ る 念 を 押 す時 の ﹁ 。 でし ょう﹂ が取 り込 ま れ る よ う にな った の であ ろう こう し た 用法 か ら、 常 体 表 現 の中 に ﹁ 。 は、 母 親 の子 ど も に も う 一つの変 化 は、 家 族 関 係 にお け る言 葉 遣 い の変 化 によ るも の であ る 明 治 前 期 にお い て 対 す る言 葉 遣 いは、 下 女 に対 す るも のと 、 し違 が違 って来 ると共 に、 母 親 の子 ども に対 す る言 葉 遣 いが 日 下 の者 に対 す る言 葉 遣 いと少 、 、 で ます ﹂ 体 で話 す息 子 の健 次 に対 し て 常 体 表 現 を 用 いる母 親 が 次 のよう に ﹁ です 。 何 処 へ﹄ では、 ﹁ れ る。 ﹃ し ょう﹂ も 使 う。 1︶ 8︲  一 体 ど う し た ん でせ う。 ︵ ︲ 3 ⑬ 家 を 出 て下 宿 す る つて、 こう し た表 現 は 田親 子 関 係 の変 化 ②女 性 の言 葉 遣 い の変 化 。 と いう 二 つの要 因 に関 って いるも のと思 わ れ る 健 次 の恩 師 であ る博 士 の夫 人 の、 健 次 に対 す る言 葉 遣 い にも 、 時 代 の流 れ が感 じ ら れ る。 ︱ わ﹂ と か  つま り、 ﹁ 、 だ ろう﹂ 。 、 です 。 ます ﹂ 体 と が入 り混 じ った表 現 にな っている 時 に は ﹁ ﹁ ︱ の﹂ と い った女 性 特 有 の文 末 表 現 と ﹁ でし ょう﹂ が共 存 す る。 と ﹁ 貴 下 は何故 そ んな に陽気 な ん潤引 引 。 私 はね、 堪 らな い程 哀 れ な小説 か芝 居 が見 た く つてな ⑩ ﹁ らな いん です って来 る様 子 が 見 ら 、 基 本 的 には変 り が な か った。 所 が、 後 期 にな り、 男 性 と女 性 の言 葉 遣 い

︱ 爾彗 許 ﹂ 午 r ︲ ヤ ・ ︱

5 2 博士夫人←健次︶ が、 西洋 には そんな小 説 はな いん でせ う ねえ。 ﹂︵ ︲∼3 ︲︶ ︵ 4︲ こうし た変 化 は、 男 性 に つい ても 見 ら れ る。 ﹃ 武蔵 野﹄ 所 収 の ﹁ ま ば ろし﹂ には、 若 い男 性 が恋 し い人 の妹 に当 た る少 女 達 に向 って、 7︲ ⑩ ﹁ 姉 さ ん は今 時 分 い つでも家 に いる はず でし ょう、 あ な た のお稽 古 時 刻 だ か ら﹂ ︵ 4 9︶ ︲ と言 う場 面 が あ る。 それ ま でな ら、 年 下 の女 の子 に向 って ﹁ でし ょう﹂ を使 う こと は考 えら れ な い こと であ る。 こ の場 合 の ﹁ でし ょう﹂ は、 敬 意 の表 明 でも、 距 離 を 置 く為 でも な く、 や さし さ や親 し さを表 現 す る た め のも の であ ろう。 これ も 、 ﹁ でし ょう﹂ の新 し い用法 と言 え る。 別 な 見 方 を す れ ば 、 ﹁ だ ろう﹂ の領 域 に ﹁ でし ょう﹂ が進 出 し た と も言 え る。 明 治 前 期 にお い て、 久 し ぶ り に会 った書 生 同 士 が、 代言人︶ にな って いる こと か ら、 全 体 的 には  一 方 が社 会 人 ︵ 常 体 表 現 を と り な が らも 、 開 き手 と の距 離 を少 し置 い て ﹁ でし ょう﹂ を 使 った例 ︵ ⑨︶を 示 し た が、 明 治後 期 にも 、

983 明治期以降 の推量表現 の推移

常 体 表 現 と敬 体 表 現 と が 混 在 す る例 が 見 ら れ る。 6︲ し か し何 時 でし ょう﹂ と大 津 は投 げ だ し てあ った時 計 を 見 て、 ﹁ ④ ﹁ お やも う十 一 時 過 ぎ だ﹂ ︵ 武蔵 3 1 ︲∼ 3︶ これ は、 同 じ宿 に泊 り合 わ せ た無 名 の文 学 者 と、 これ も 同 じ く無 名 の画 家 と の会 話 であ るが、 これ は⑨ のよう に相 手 と の距 離 を ど う置 く か によ って敬 体 が使 わ れ たと いう よ り は、 常 体 と敬 体 と が混在 す る こと に異 和 感 が な く な っ て来 た た め ではな いか と思 わ れ る。 同 一の人 物 に対 し て、 ﹁ だ﹂ を 使 って話 し な が ら ﹁ です ﹂ や ﹁ でし ょう﹂ を 使 っても お か し く な く な って来 た の であ る。 それ だ け、 ﹁ です﹂ や ﹁ でし ょう ﹂ の待 遇 価 値 が低 く な って来 た と も 一 言え よう か。

虞美人草

何 処 ヘ

すみだ川

武 蔵 野

第 6表 〕 〔

小 公 子

鉄 仮 面

金色夜叉

不 如 帰

だ ろう

0

0

1

0

動詞

5

7

だ ろう

11

3

7

4

1

1

1

3

形容 詞
6
1

0

2

0

1

だ ろう
た 4

0

2

0

0

5

4

0

2

0

そ の他 の

だ ろう
0 0
1

助動 詞
0
1

1

1

1

1

、 を 混 じ え て話 し て い る。 ﹃ 虞 美 人 草 ﹄ でも 、 常 体 表 現 を 用 い る宗 近 に対 し て 小 野 は 常 体 表 現 と 敬 体 表 現 4 ︲︲∼ 7 そ う か な 。 僕 も よ く 覚 え て ゐ な いが ⋮ ⋮ ﹂ ︵ 2 な に ゐ る 性 か に居 る ﹂ ﹁ そ ん な の は 居 な い でせ う ﹂ ﹁ ⑫ ﹁ 3︶ っ は か ろ う か 。 男 性 の友 人 同 士 な ど の話 し 方 丁 寧 表 現 と 常 体 表 現 と が 混 じ って い ても 不 自 然 でな く な て来 た の で な 。 と し て、 こう し た スタ イ ルが 生 ま れ て来 た と 言 え よ う 第 6 表 ︺ を 見 てみ る と 、 ﹁ う ﹂ と の関 係 は ど う であ ろ う か 。 ︹ だ ろ う﹂ と ﹁

打︸ 一一 計 髪 F 卜■L 狂 ¨ 喜酵F
田 動 詞 に下 接 す る の は 、 ﹁ だ ろ う ﹂ が 多 い。 ② 形 容 詞 に下 接 す る の は 、 ﹁ う ﹂ が 多 い。

0 ﹁ た﹂ に下 接 す る のは、 ほと ん ど が ﹁ う﹂ であ る。 た﹂ 以外 の助 動 詞 に下 接 す る のは、 ﹁ 四 ﹁ だ ろう﹂ が ほと ん ど であ る。 これ を 明 治 前 期 ︵ 第2表︶と比 較 す ると、 形 容 詞 に下 接 す る ﹁ だ ろう﹂ が増 え て いる こと、 ﹁ た﹂ 以外 の助 動 詞 に下 接 す る の は、 前 期 は ﹁ う ﹂ が 多 か った の に、 後 期 で は ﹁ だ ろ う﹂ の方 が 多 く な って い る点 、 推 量 表 現 と し て の ﹁ う﹂ の後 退 が 見 ら れ る。 し か し、 動 詞 に下 接 す る ﹁ う﹂ も少 く な く、 ﹁ た﹂ に下 接 す る のは ほと ん ど が ﹁ う﹂ であ る こと は、 未 だ完 全 に推 量 表 現 か ら ﹁ う﹂ が撤 退 し て いな い こと を 示 し ている。 な お、 こ の時 期 の特 異 な推 量 形 と し て ﹁ ま し てし ょう﹂ が あ る。 ④ ど んな にお さび し く ツて いら っし ゃいま し てし ょう。 ︵ 不如 8 6 浪子←武男︶ 6︲
明治期以 降 の推量 表現 の推移

これ は、 ﹁ です ﹂ が付 いたも のと考 え ら れ るが、 これ に つい て松 下 大 三郎 氏 は次 のよう に説 明 す る ︵ まし﹂ に ﹁ ﹃ 醜 諦 3 ぺ︲ジ︶ 0 す な わち ﹁ 標準 日本 国語法﹄ 1 8 だ ﹂ の丁寧 な言 い方 が ﹁ です ﹂ であ ると ころか ら、 類 推 によ り ﹁ た﹂ の丁 寧 表 現 と し て清 音 の ﹁ てす ﹂ が使 わ れ た と いう の であ る。 綺 麗 だ    ︱← 綺 麗 です 参 り ま し た︱← 参 り ま し てす 松 下 氏 の言 わ れ た通 り だ と す ると、 狂 言 で ﹁ てそう﹂ の変 化 し た ﹁ てす ﹂ が動 詞 に直 接 す る よ う に、 璽 自 い てす ﹂ とか ﹁ 読 み てす ﹂ があ っても良 い の に、 ﹁ てす ﹂ は松 下 氏 も 言 う よう に必 ず ﹁ ま し﹂ に下 接 し て ﹁ ま し てす ﹂ と な る。 従 って、 単 に ﹁ た﹂ の丁寧 表 現 と し て ﹁ てす﹂ が使 わ れ た と いう説 明 では十 分 ではな いと 思 わ れ る。 ﹁ まし て

985

0

1

0

0

0

1

。 、 だ﹂ の丁寧 表 現 に対 応 さ せ た た め ではな いか と 私 は考 え る す ﹂ と な る のは、 ﹁ 綺 麗 だ︱ 綺 麗 です ︱︱ 綺 麗 でご ざ います         ︶ 書 い川 ︱ 書 き劃 u た︱︱ ︵ 書 き ま し てす﹂ が考 え 、 書 き ま し =﹂ よ り 一 段 上 の丁寧 表 現 と し て ﹁ ﹁ 綺 麗 でご ざ いま す ﹂ に対 応 す る表 現 と し て ﹁ 。 出 さ れ た と 見 る べき ではな か ろう か で、 昭 和 期 に入 る と消 失 し てし ま った よう でぁ ま し てす ﹂ は明 治 後 期 か ら大 正 期 にか け て使 わ れ ただ け た だ、 ﹁ 。 し ては、 調査 し た資 料 の中 では、 推 量 形 で と てす ﹂ と いう形 が 馴 染 め な か った ため であ ろう か 大 正 期 の例 る。 ﹁ 、 ︲回︶ に1例 見 ら れ る。 昭 和 前 期 でも未 だ いく ら か使 わ れ て いた ら し く あ ら く れ﹄ ︵ 3 ま し てす ﹂ が ﹃ はな いが、 ﹁ 2 ぺ︲ジ︶ に1例 見 ら れ 老 妓 抄 ﹄ の中 の老 人 の言 葉 ︵ 9 ま し てす ﹂ が 1例 と ﹃ 狙 ページ︶ に ﹁ ﹃ 伸 子﹄ の村 人 の言 葉 ︵ ってき た 、 と老 人 か地 方 の人 し か使 わ な く な 不 如 帰 ﹄ では浪 子 も 使 って いたも のが 大 正 期 か ら昭 和期 にな る る。 ﹃ の であ ろう。

0 大正期
第 7表 ︺ のよう にな る。 大 正期 に入 ると、 文 末 表 現 は ︹ これを 見 ると、 大 正 期 に入 り、 こ の衰 退 が明 確 にな る。 推亘 0 ﹁ ま し ょう﹂ ︵ 。 推量︶も 衰 退 t、 特 に女 性 は用 いな く な る う﹂ ︵ ② ﹁                                                               ︱ と いう こと が、 は っき り見 てと れ る。

〔 第 7表 〕


少年 。 大導寺信輔 の半生 │

14)│
(大 13∼

幼年時代・ あにい もうと

あ ら く れ

8) │

暗 夜 行 路

或 る女 (上 )

限 抱 擁

(大 10)

(大 4)

(大 12)

(前 篇)

作  品

7∼

言 十

11)

1
1

(大

でし ょう

まrし ょ う

4

であ り ま し ょう

987 明治期以降の推量表現 の推移

形容 詞 + ご ざ いま し ょう
でご ざ い ま し ょ

0

い つ

0

1

0

だ ろう

1

0

0

0

1

0

0

であ ろ う

0

0

文末表 現

(大

。 。 でし ょ﹂ と いう短 縮 形 の出 現 であ る は、 ﹁ それ と共 に、 新 し い傾 向 が出 て来 る そ の 一つ 8 8 1︲ 8                、             ¨ でし よ﹂ ︵ 1︶ 1 9    ② ﹁ 真 向 い に腰 掛 て いた 仏 像 の顔 のよう な娘 さ ん ︲︲ 5︶ し ょ﹂ ︵ 5 ○ ○ さ ん です わ、 若 い可 愛 ら し い顔 の人 ご 存 じ で ⑮ ﹁ 6 ︲︲ 変 った でし ょ﹂ ︵ 1︶ ⑮ ﹁ 6 1 3︶ 0 1︲ あ さ って、 も ぅ ぉ客 さ ん でし ょ﹂ ︵ ② ﹁ 、 、 あ る。 これ ら の例 は 前 述 の田中 章 夫 氏 の言 で 例 無 限 抱 擁 ﹄ の例 で、 ② が男 性 他 はす べ て女 性 の使 用 いず れも ﹃ 。 でし ょ﹂ と見 ら れ る ら れ て いる ﹁ わ れ る東 京 弁 の特 徴 の 一つであ る確 認 に用 い 。 、 ょ 値 の下 落 と関 わ り が あ ると言 え よう 遇 価 の 待 し う ﹂ で こ のよ う な 短 縮 され た語 形 が出 現 す る こと も ﹁ 、 でし ょぅ﹂ を取 上 げ て 対 等 の者 同 士 、 の芸 者 同 士 の会 話 に見 ら れ る ﹁ 中 の 行 路 ﹄ 暗 夜 前 述 の朴 氏 の論 文 では ﹃ 。 でし ょう﹂ が使 わ れ る よう にな った と し てお ら れ る の間 でも ﹁ 5 ︶ 9 ︲ ⑬ 偉 い でせ う ?﹂ ︵ 5 ﹂ と あ る よ う に、 気 取 って言 った も 、 て見 せ た。 つ 身 に な は 反 子 喜 と 登 し か し、 これ は通 常 の表 現 ではな く 次 に ﹁ れ る。 教 養 層 同 でし ょう﹂ を 使 う こと はな か った の ではな いか と 思 わ の であ って、 当 時 は未 だ対 等 の女 性 同 士 が ﹁ でし ょう﹂ を使 う所 ま 、 士 でお互 い に ﹁ でし ょう﹂ は使 わ れ て いるが た と ぇば親 し い友 人 同 士 では、 明 治 期 か ら ﹁ 、 でし ょう﹂ を 用 いるが これ は 。 虞 美 人 草 ﹄ で、 小 野 は② のよ う に宗 近 に ﹁ では行 って いな いよう に思 う 前 述 の ﹃ でし ょう﹂ が使 わ し て いるため で、 友 人 同 士 の対 等 の表 現 に ﹁ 小 野 が宗 近 に対 し て少 し自 分 を 下 に置 いた言 い方 を 、 そぅし た例 は見 ら れ な いよ う に思 う。 ただ、常 体 表 現
一一 一 一一 一 一 一´ 一 . .

. れ て いる例 と はす る こと は出 来 な い。 昭和 期 に入 ら な いと

は え 。 r ” 軒 酢鮮雛齢 一 卜一 で し ょ う ﹂ の共 存 は 明 治 後 期 か ら 始 ま っ て い る と 言 る         一 ︱ 一 と ﹁ 一  ・ 一・   一 〓 一■ ・
量 監 1 I ¨ ・ ● 一 骨 , 計 i ・ 1 一 1 琴 一 ≫ 1 電 や ´ 一 羊 キ ζ 計 ″ 意 卜 ■ ■ γ 軒 一

轟獲

あ 幼年時代 。 にい もうと

〔 第 8表 〕

あ ら くれ

る 女

暗 夜行路

´ 汁         た 口 Ш

無 限抱擁

︲ 川 ﹁ フ

:

り / 上 接 五
名詞
6

1

導 生 大 半 。  の 年 輔 少 信

母 か ら 息 子 に対 し て ﹁ で し ょう ﹂ を 用 いた例 が 明 治 後 期 に見 ら れ る こと は 既 に述 べ た ︵ ⑬︶ が 、 朴 氏 の調 査 で 3年︶ にも 、 母 が 子 供 に対 し て は、 大 養 健 ﹃ 南国﹄ ︵ 大正 1 ﹁ でし ょう ﹂ を 使 う 例 が あ る と いう 。 少 し ず つ 一 般化 し て来 て い る の であ ろ う 。

副詞
6 3 2
4
1

こ の時 期 の ﹁ でし ょう ﹂ の上 接 語 を 見 る と 、 ︹ 第 8表 ︺ の よ う にな る。
2 9
1

動詞

動詞 ・ 形 容 詞 に下 接 す る 例 が 、 ﹁ でし ょう ﹂ 全 体 の中
7 5 5 0

形容 詞
な い

でど の位 の割 合 を 示 す か 、 明 治 後 期 と 比 較 し て み る と 、 次 の 事 つに な る。
0 3
4

7

明治期以 降 の推量表現 の推移

助 動 詞

6

0

1

上接 語
そ の他
0 0 0 0

明治 後期
動 詞

大 正期
8 . % 2 ︲
1

7 % . 2 ︲

ません
ます
1

形容 詞

4 . % 3 ︲

2 ・ % ︲ ︲

助詞 句
0

0

3

そ の割 合 は、 ほと ん ど変 ら な い。 ﹁ でし ょう﹂ が動 詞 ・
0 0 0

形容 詞 に下 接 す る傾 向 は、 明 治 後 期 か ら定 着 し た と 言 え
1 1

989

るだ ろう。
φ
0 0 0 0

﹁ だ ろ う﹂ が 女 性 に 用 い ら れ な く な る 傾 向 も 、 ︹ 第7

、 る。 。 は、 日 下 の者 に対 し てか 自 ら に問 いか け る場 合 であ 表 ︺ には っき り現 わ れ て いる 女 性 が 用 いる の 。 。 あ ら く れ﹄ に ﹁ だ ろ う﹂ の女 性 使 用例 が目 立 つ お と ら が亭 主 に あ ら く れ﹄ の例 であ る ﹃ 問 題 と な る のは ﹃ 円って、 白 7︲ 7︶ いだ ら う。 ︵ 2 ⑩ お前 さ んだ つて好 い こと ば か りも し てゐな 。 し は、 普 通 の言 い方 だ った の であ ろう と いう例 が あ る。 東 京 近 郊 の農 家 の夫 婦 と て 。 、 ﹁ だ ろ う﹂ を使 って いる でし ょう﹂ を 使 う が 内 縁 関 係 の小 野 田 には ま た、 お島 は正 式 に結 婚 し た鶴 吉 には ﹁ 2︲ 0 1 3 お島←鶴吉︶ ⑩ 然 う ね、 何 と い つて可 い でせ う ⋮ ⋮﹂ ︵

さ 2︲ 3 お島←小野田︶ 5 よ。 ︵ どうせ然 う洲硼馴刻 ① ﹁ 2 般 の夫婦 では、妻 は夫 に対 し て敬体表現を用 いる 一 だ ろう﹂ の女性 による使用例 あらくれ﹄ に ﹁ ⑩ や① のよう に、 ﹃ 。 ささかがさ つであ るため であ ろう
四 昭和前期 、 あ る。 で り の 通 表 ︺ 9 第 昭 和 前 期 の推 量 表 現 の大 勢 は ︹ 、 降推 量 表 現 は が な いと言 え る。 全 体 的 な趨 勢 と し ては 大 正期 以 これ を 見 ると、 大 正 期 と全 体 的 な傾 向 では変 り 0表 ︺ にあ る よ う に、 大 正期 と さ 第1 。 でし ょう﹂ の上 接 語 に つい ても 、 ︹ 司 じ よう な あ り方 を示 し て いると言 え る ﹁ ら か増 加 し た位 であ る。 し て変 り はな い。 動 詞 と形 容 詞 に下 接 す る例 が いく
だ が 、 細 か い点 を 見 る と 。 、 そ こ に は 新 し い 傾 向 が は っき り と 出 て来 て い る                             ︱

。 のが、当時 とし ては普通だ った のだ ろう 、 が多 いのは、 登場す る女性達 の言葉遣 いが い

品 │

―― フ

色 ざ ん げ

風 の中の子供

〔 第 9表 〕



春 泥 ・ 花冷 え

典子 の生 き方

風 の 中 の子供

若 い人 (上 )

(昭 3∼ 13)

//作 1

(昭 11)

(昭 13)

色 ざ ん

(昭 15)

3)

3)

8)

8)

け     ・ た 口 田 /

イ 申

鯰 上
名詞

典子 の生 き方 〔 第 10表 〕 い



イ 申
3 0 2

(昭

(昭

(昭

(昭

/

/1ヽ

一 一 一 ´ ロ


真 若
春 5
1

9

9

でし ょう

6

3

3

まドしょ う

副詞
0 0 0 0 0

0

0

0
1

動詞

0

6

0

0

0

な い

0

0

0

0

0

0

0

0

991 明治期以降 の推量表現 の推移

0

0

2

0

0

0

0

ょ う

0

3

だ ろう

ません
0 0 7 ます 0 0 5 0 0 0 2 2

1

0

であ ろ う
0 0 0

助詞 女
0

3

0

0

0

0

1

0

0

0

3

1

φ

0

0

0

0

9

0

0

1

1

0

0

1

1

0

でご ざ いま

0

そ の他

し ま

7

ょ う

助 動 詞

形 容 詞 +ご ざ

0

2

0

8

であ り ま し ょ

0

形容 詞

8

2
1

4

だ ろう﹂ を用 い、 。 子﹄ では、 母親 は娘 に対 し て ﹁ 伸 は、 家族内 における推量表現 の使 い方 の変化 であ る ﹃ 第一 、 若 い真知 9 9 真知子﹄ では、 真知子 の母 は全体 とし て常体表現を用 いるも のの   決し て ﹁ でし ょう﹂ は使 わな いが、 ﹃ でし ょう﹂を使 う。 子 の姉 は子 に対 し て ﹁ 4 、 9︶ 91 ⑫ そう でし ょう、 ね、 いい子だから さあ泣き やん で︱︱ ﹂ ︵ 。 風 の中 の子供﹄ でも、 それ でし ょう﹂ を用 いる のが普通 にな る ﹃ 昭和期 に入 ると、 母親 は子 ども に対 し ても ﹁ き り出 ている。 がは っ 。 8 1 2︲ ︲︶ ⑬ お母 さん このご ろ出 かけ る ことが多 いでし ょう ︵ でし ょう﹂を使 う。 姉 が妹 に対 し ても、 ﹁ 2︶ 真知  l l ⑭ ね、 いいでし ょう。 お願 いだわ﹂ ︵ でし ょう﹂を使 う。 また、年上 のいと こでも、女 の子 は ﹁ ょ 9︶ 風の  4 ︲ 6 平 チ ャン、 あんたんと ころ の方 には こんな池 な いでし う?﹂ ︵ どう? 一 一 一 ① ﹁ でし ょう﹂ でし ょう﹂を使 うよう にな る。友人同士 の場合 の ﹁ 家族以外 でも、日上 の者 に対 し てでな い場合も ﹁ であ る。 5︲ 1︶ ゃ 真知 4 よ。 ︵ そう見 えるん でし ょう。 でも本当 は見 たほど気持 ち のいい家 じ な いの ⑩ ﹁ 、 でし ょう﹂ を使 うよう にな る のであ る。 女性 が推 、 まり、 女性 の場合 は、 子ども に対 し ても 友人同士 でも ﹁ つ 、 般化し て来 たと言 えよう。 でし ょう﹂を使 うと いう傾向 は 昭和前期 から 一 量 の丁寧表現 に ﹁ p江韓ば彗鉤経¨ でし ょう﹂ を使 うよう にな る。次 つ例 一一 くつい栂さ“・ また、他人 の子 に対 し ても、女性 は ﹁ ¨ ︲ ︲

で し ょう ﹂ の使 用 は、 まず 家 族 内 か ら 始 ま り、 友 人 口 士 、 女 性 の推 量 表 現 に お け る 、 対 等 や 日 下 の者 に対 す る ﹁ 他 人 の子 に対 し ても 使 う と いう 風 に拡 大 し て い った も の と 考 え ら れ る。

9例中 6例 が ﹁ でし ょ﹂ であるが、 いずれも女性 の用 ﹁ 色ざ んげ﹄ では、 4 でし ょ﹂ と いう短縮 形も増 え て来 る。 ﹃ でし ょ﹂ であ る。 例 であ る。 また、 そ のうち、 4例 は確 認 の ﹁ 3︲ 5 小牧←僕︶ ① さぞ困 ってるだ ろうから喜ば せ てやろうと いうご親切 な のでし ょ。 ︵ 3 ︲ ︲例中 2例 が ﹁ ﹃ でし ょ﹂ で、 これも女性 の用例 であ る。 女性 の ﹁ でし ょ﹂ が 一 般化 し て 典子 の生 き方﹄ でも、 3 き たと言 える。 0 昭和後期 1表︺ であ る。 昭和後期 の推量表現 の傾向を示した のが、 ︹ 第1

993 明治期以降 の推量表現 の推移
のよ う にな る。

これを見 ると、推量表現 は ﹁ だ ろう﹂ の二 つに収飲 し ている ことが分 か る。若 い人 の登場す る作 でし ょう﹂ と ﹁ 品を選 んだ せ いもあ るが、  一 でし ょう﹂ と ﹁ だ ろう﹂ の二 つ が推量表現 とし て使 われ ている。敬体 般 の会話 では ﹁ 表現 の ﹁ でし ょう﹂ と常体表現 の ﹁ だ ろう﹂ に二極化 し ているとも言 え る。 2表︺ そ の点 を確 かめ るため に、取上げ た推量表現 の中 に占め る ﹁ でし ょう﹂ と ﹁ だ ろう﹂ の割合を見 ると、 ︹ 第1
2表 ︺ を 見 ると、 大 正 期 か ら ﹁ 第1 ︹ でし ょう﹂ と ﹁ だ ろう﹂ で9割 近 く を占 め る よ う にな り、 昭 和 後 期 にな ると、 ほと んど 0 0 % 近 く にな る。 普 通 の会 話 では、 推 量 表 現 は ﹁ だ ろ う﹂ で済 ま せ てし ま う と いえ る。 そ でし ょう﹂ と ﹁ 1 の傾 向 は大 正 期 以来 明確 にな ってい る。 今 日 の推 量 表 現 のあ り方 は、 大 正 期 に確 立 し た と見 る こと が出 来 よ う。

赤 い靴探偵団

日光殺人事件

宿 題 ひ きう

コ チ ャバ ン バ行 き

け株式会社

僕 らの課外 授業 (昭 56)

青 い山脈

午後 の曳航

あ・ うん

開 け っばな しの密室

〔 第 11表 〕

(昭 62)

(昭 47)

(昭 22)

(昭 38)

(昭 41)

(昭 55)

(昭 57)

(昭 63)

文末 表 現
12

一 で し よう

0 0 0
1

0

0

0

まドしょ う

1

0

(1)

3

0

0

0

0

であ り ま し ょう

0

0

0

0

0

形 容 詞 +ご ざ い

0

0

0

0

0

ます
でご ざ い ま し ょ

0

0

0

0

1

0

0

0

32

58

11

0

4

01110 lo

0

0

0

0

0116

3

1

(2)

(1)

(1)

だ ろ︶ だ ろう ︵
0
1

(36)

(18)

(15)

(2)

(1)

50

41

2

1

0

1.o

0

14. o

0

0

であ ろ う

女 男

015

0   一  

2 一

そ し て、 女 性 の友 人 同 士 で の ﹁ でし ょう ﹂ が 増 大 し て い る こと も 、 大 き な傾 向 で あ る。 文 庫 ﹃ 僕 ら の課 外 授 業 し に収 め ら れ て い る 、 ﹁ 僕 ら の課 外 授 業 ﹂ に登 場 す る 中 学 生 に つい て見 て み る と 、 男 子 中 学 生 は 年 上 の人 に ﹁ でし ょ う ﹂ を 1 例 使 う だ け な の に対 し 、 女 子 中 学 生 は ︲ ← 男 子 中 学 生 ︿ 中﹂ 一 女子中学生 利   5 ︲ 嘲 ぅ 3

と いう よ う に、 友 人 に対 し ては ほと ん ど ﹁ でし ょう﹂ を 用 い てい る。 目 上 の人 に対 す る ﹁ でし ょう﹂ は2例 が あ る 4 7例 ︵ 9例 で、 0  こ の女 子中 学 生 の ﹁ のみ であ る。 ま た、 でし ょう﹂ の2 全体数︶ のう ち短 縮 形 ﹁ でし ょ﹂ は1 . %と 7 な ってい る。 若 い女 性 は友 人 に は ﹁ でし ょ﹂ を使 う のが普 通 にな って いる。  一 方 、 男 子 中 学 生 は、 同 級 の女 子 生 徒

ぅ 4 / 一 ﹂ 女 子 中 ¨   学 生 ︿ 回 3

995 明治期以降 の推量表現 の推移

には ﹁ だ ろう﹂ ︵ 4例︶か ﹁ だ ろ﹂ ︵ 7例︶を 使 う。 つま り、 若 い人 達 の間 では、
〔 第 12表 〕 前 昭 期 和
前 明 期 治 後 明 期 治

期 大 正

で し ょう だ ろう

1% ・ 3% ・

2% ・ 2% ・ 4% ・ 51.4

9% ・ 3% ・ 2% ・

8% ・

5% ・

21.7

%

%

後 昭 期 和

5% ・ 9% ・ 4% ・

16 1

0

1

2

0

0

だ ろう﹂ 男性︱← 女性 ﹁ 女性← 一 ]日 よ ︶ ﹂ だ 。 と いう パタ ンが出来 ていると いえる 。 、 を2例用 いている こと であ る だ ろう﹂ 、 張 り の女子中学生 アリサが 男子中学生 に ﹁ そ の中 で注意 される のは 突 っ 。 6︲ ←友也︶ 9 アリサ 3 ⑩ たぶん何百万だ ろう ね ︵ 、 だ ろう﹂ を使 う ことが多 くな る のではなか ろうか。 女性 のこと 恐 らく、 今後 は若 い女性 が友人 に話す場合 に ﹁ 。 何 でも屋 は大忙 し﹂ 翁僕らの 、 層強 まる ことと思 われ る たとえば ﹁ ば が男性語化す る こと によ って そ の傾向 は 一 だ ろう﹂を使 っている。 課外授業﹄所収︶では、大学生 の男女 が共 に ﹁ 、 、 じ ゃな いのに、 どうし て、 この仕事 のこと 知 って ︱︱ ねえ、あ のルリ子 って女 の子 別 にうち の大学生 ⑩ ﹁ 0︶ 9∼1 鵬1 そうだなあ。︱︱ 誰 か に聞 いたんだ ろう﹂ ︵ んだ ろうね?﹂﹁ 。 だ ろう﹂ は哲郎 のことば でぁ る だ ろう﹂ はミチ子 の、後 の ﹁ 前の ﹁ 旦  一 対等 の人間関係 では、 男性︱←女性 だ ろう 女性︱←男性   でし ょう
だろ 、 し も ﹁ 、 傾 向 に少 し変 化 が 見 ら れ 女 性 か ら男 性 に対 て と いう使 い方 が 昭 和 後 期 に は確 立 し た も の の 今 そ の 。 う﹂ を使 う傾 向 が出 始 め て いる

﹁ 要

﹁ ︵ 要 ﹂︵

︶ ﹂

〔 第 13表 〕

書 生 気質

中 梅

新粧之佳人

安 愚 楽鍋

動詞

だろ う

評│し
であ ろう か。

﹁つ﹂ が あ る こ と で あ る 。 明 治 期 以 降 、 ﹁ う し は 意 志 。勧 誘 に、 ﹁ だ ろ う ﹂ は 推 量 に 用 い ら れ る よ う に分 化 し て 来 た の に対 し 、  な

1表 ︺ には6例 と は言 え推 量 の ﹁ ぜ ︹ 第1 う﹂ が 用 いら れ て いる の 1

形容 詞

3 6 た﹂ であ る こと が分 か る。 つま り、 推 量 の ﹁ う﹂ ︲例 中 1例 が ﹁ は ﹁ た ろう﹂ と いう 形 で今 日も生 き 残 って いる の であ る。 ︲ ︲2︶ ① ほか にも 何 か あ った ろう。 ︵ 宿題 5 更 に、 明 治 期 以降 の ﹁ ただ ろ う﹂ と ﹁ た ろう﹂ に つい て見 てみ
何 処 へ 金色夜叉 虞美人草 武 蔵 野
鉄 仮 面 不 如 帰
2

動詞

形容 詞

〔 第 14表〕

小 公 子

│よ 鉾

そ の点 を 明 ら か にす るため に、 推 量 の ﹁ う﹂ の上 接 語 を 見 ると、

曇 こ

ヽで

すみだ川

997 明治期以降の推量表現 の推移


1 1 1

動詞

だろ う

形容 詞

動詞

形容 詞


暗夜行路

〔 第15表 〕

幼年 時代 。 あ にい

あ らくれ

或 る女

無 限抱擁

もう と

大 少年 。 導寺信輔 の半生

、 る こと にす る。 上 接 語 に つい ては 動 た﹂ の二 つに つい て調 詞、 形 容 詞 、 ﹁ べた。 3表 ︺ のよ う にな 第1 明 治 前 期 では ︹ 、 だ ろう﹂ に上 接 す る のは ほと る。 ﹁

動詞

だろう

1

1

形容 詞
0 0

0

1

動詞

た﹂ は上 接 し て いな んど が動 詞 で、 ﹁ 、 フ こ に上 接 す る の は い。 一方 、 ﹁ 番 多 く、 形 容 詞 が そ れ に次 ﹁ た﹂ が 一 、 ぐ。 つま り、 明 治 前 期 で は 動 詞 は う﹂ に た﹂ は ﹁ ﹁ だ ろう ﹂ に上 接 し、 ﹁
老 妓 抄 典子 の生

0

0

1

形容 詞
0

0

0

風 の中の

真 知 子

若 い 人

色 ざん げ

花 春泥 。 冷え

0

0

1

〔 第16表 〕

子供

き方

、 上 接 す る のが普 通 であ り 形 容 詞 も ほ う﹂ に上 接 し て いた の であ と んど は ﹁
。 Z つ

動詞

だろ う

1

5

7

形容 詞
0
1

9例 は、 ﹁ 7例 中 1 ま た ろう﹂ 3 ま た、 ﹁ でし た ろう﹂ な ど敬 体 表 し た ろう﹂ ﹁ 現 に下接 し てい る。 4表︺ にな ると 、 第1 明治後期 ︹ だ ろう﹂ 奉 詞 にも ﹁
0
1

1

0

0

動詞

0

0

0

0

0

1

3

形容 詞
0
た 5
1

る。 ま た、 僅 か ではあ る が、 ﹁ た ﹂ に も 下 接 す る よ う に な る。  一 般 には、 ﹁ た ろ う ﹂ が 普 通 の言 い方 で あ る . 大 正 期 に な っても 、 ﹁ た ろ う ﹂ が 普 通 で、 ︹ 第5 た だ ろ う ﹂ は 用 い ら れ て い な い。 新 し い傾 向 と し て は 、 1表 ︺ では ﹁

形 容 詞 に下 接 す る、 ﹁ だ ろう﹂ が多 く な った点 が注 意 さ れ る。 6表 ︺ を 見 ると 、 昭和 前 期 でも 、 ﹁ ︹ 第1 た ろう﹂ が普 通 で、 ﹁ た だ ろ う﹂ は余 り な い。 形容 詞 は、 ﹁ だ ろう﹂ にも ﹁ う﹂ にも 下 接 す る。 7表 ︺ に入 って、 始 め て ﹁ 昭和 後 期 ︹ 第1 た だ ろう﹂ が増 大 し ﹁ た ろ う﹂ と肩 を 並 べ て使 わ れ る よ う にな る。 ﹁ た ろう﹂ と いう推 量 表 現 は、 昭和 前 期 ま で極 く普 通 の言 い方 であ り、 そ の用法 に ﹁ う﹂ の推 量 の用法 が残 った の であ る。 た だ、 今 後 は、 ﹁ た だ ろう﹂ に押 さ れ て勢 力 が衰 え る の ではな いか と思 わ れ る。

〔 第 17表 〕

宿題 ひき うけ株式

ばな 開 けっ の密室 し

青 い山脈

ンバ 行 き

あ 。うん

僕 らの課

コ チ ャバ

赤 い靴探 偵団

999 明治期以降 の推量表現 の推移

外授業

日光 殺人

会社

動詞
0

だろう

形容 詞

1

1

1

0

0

2

動詞

1

0

0

0

0

1

7

事件

形容 詞

0

0

1

3

0

1

二 容

I形

0

2

0

o l          む   す   び だ ろう﹂ に二極 化 し て来 た と言 え る。 でし ょう﹂ と ﹁  一 言 で言 えば 、 文 末 表 現 が ﹁ 明 治期 以降 の推 量表 現 は、 、 に る。 そ だ ろう﹂ も、 本 来 は体 言 に下 接 す るも の であ る が 次 第 に活 用語 にも下 接 す る よ う な ﹁ でし ょう﹂ も ﹁ だ ろう﹂ の方 が早 か った。 でし ょう﹂ よ り ﹁ の傾 向 は ﹁ だ ろう﹂ に つい て、 そ の推 移 を 図 式 的 に示 す と次 ページ でし ょう﹂ と ﹁ た﹂ に下 接 す る ﹁ 今 、 動 詞 、 形 容 詞、 ﹁ のよ う にな る。 。 主 な点 を箇 条 書 き にす ると、 次 のよ う にな る . 。   0 明 治 前 期 では、 ﹁ でし ょう ﹂ は ほと ん ど 用言 に下 接 し な い 、 動 詞 十ま し ょう﹂ は衰 退 す る。 でし ょう ﹂ が下 接 す る よ う にな り ﹁ ② 明 治 後 期 にな ると、 動 詞 や形 容 詞 にも ﹁ 、 形 容 詞 +だ ろう﹂ が普 通 にな る のは、 明 治 後 期 か ら であ る。 動 詞 +だ ろう﹂ は明 治 前 期 か ら使 わ れ るが ﹁ 0 ﹁ 、 た ろう﹂ は 一 た だ ろう﹂ が、 普 貫 し て使 わ れ た。 ﹁ う﹂ は、 推 量 と し て の用法 は明 治 期 以降 少 く な るが ﹁ 0 ﹁ 。 形 容 詞 +う﹂ は、 昭 和 後 期 の資 料 に は見 ら れ な か っ 通 に使 わ れ る よう にな る のは、 昭 和 後 期 か ら であ る ﹁ た。 、 、 が指 摘 され る。 数 量的 に見 ると、 以上 のよ う にな るが 用法 や待 遇 価 値 に つい ては 次 のよ うな こと でし ょう﹂ は目 上 の者 か教 養 層 同 士 の間 で用 いら れ だ ろう﹂ を 用 い、 ﹁ 0明 治 前 期 では、 男 女 共 目 下 の者 に ﹁

でし ょう﹂ を 用 いる例 が見 ら れ る よ う にな る。 昭 和前 期 では、 若 い母 親 が 子 ② 明 治 後 期 か ら母 親 が子 ど も に ﹁ ども に ﹁ 般 化 し て来 る。 でし ょう﹂ を 用 いる のが 一 でし ょう﹂ を 用 いる よ う にな る のも、 昭 和 前 期 か ら であ る。 0女 性 の友 人 同 士 で ﹁ 0 明 治 後 期 か ら、 対 等 の若 い男 女 の間 では、 男 ︱← 女   だ ろ う

分 爆 倒 細 / 電 訂 孵 文
前 明 期 治
後 明 期 治

大正期

う 動 詞 + でし よ 動 詞 +ま し ょう 0例 ︱ 11∼ 1 ︲∼ 9例 ︲︲ 1 3 0∼   例 ︱1 4 ※大 正 期 の資 料 が十 分 でな か った の で傾 向 が 良 く出 な か った も のと 思 わ れ る。

1001 明治期以降 の推量表現 の推移

動 詞 +だ ろ う 動 詞 +う 形 容 詞 + でし ょう 形 容 詞 +だ ろ う 形 容 詞 +う た +だ ろ う た 十う

後 昭 期 和

前 昭 期 和

女︱← 男   でし ょう 0    を用 いる のが 一 般化 し て来 る。 1 、 ぱら ﹁ でし ょう﹂を用 いるよう にな る。 だ ろう﹂ の女性 の使用例 は、大正期 から少 くな って行き も っ 働 ﹁ かけは、確 認 のため に女性 が対等 や目下 の でし ょう﹂ が常体表現 の中 で用 いられ るよう にな る大きなき っ 0 ﹁ 。 でし ょう﹂を使 うよう にな った こと にあ ると思われ る 者に ﹁ 、 。 でし ょ﹂ が大正期 から使 われ るよう にな り、女性 が盛 ん に用 いた このこと は待遇価値 の低下 や 0短縮形 ﹁ 。 ﹁ でし ょう﹂ の用法 の拡大 とも結び ついていると思 われる 。 こうした変化 は、帰す る所次 の三点 に絞 られ る のではなか ろうか 、 、 、 でし ょう﹂ が聞 き手 に敬意 を表 す ため に使 われ るだけ でなく 確認や 親 しみを表 わす ため また聞き手 0 ﹁ た。 と の距離を置くためなど に使 われ るよう にな っ 。 0男性 と女性 のことばづか いが明治後期 から分化 し て来 た た。 0親子関係 のあり方 が変 っ 、 でし ょう﹂ を用 いる のは失礼 かと いう質問 に対 し ては 否と答 え る はじめ に﹂ で述 べた、 先輩 に ﹁ と ころ で、 ﹁ でし ょう﹂を用 いる のが普通 であ るが、現在 の所、男性 は対等 や目下 に べき であ ろう。女性 は目上 にも目下 にも ﹁ でし ょう﹂ を目上 に用 い ているから であ る。 ただし、対 般 で、 それ に対応す る形 で ﹁ は ﹁ だ ろう﹂を用 いる のが 一 、 でし ょう﹂ の待遇価値 でし ょう﹂ を用 いる傾向 が強 ま っている こと は事実 であり ﹁ 等 の者 に対 し ても、 男性 が ﹁

でし ょう﹂ は敬語 ではな小tiで一一 詢軌漱称あ 一 燿 はかなり低くな っていると言わざるを得ない。 しかし、 ﹁
在 であ ろ う 。

1︶ 菊地康人 ﹃ ︵ 敬語﹄ 8 ぺ︲ジ0 4 5し ﹃ デス ︵ 2︶ 原 口裕 ﹁ ﹄ の推移︱︱ 活用語 に接続す る場合︱︱ ﹂ 翁論集 日本語研究 1 2 ぺ︲ジ0 ︵ 3︶ 田中幸夫 ﹃ 東京語︱︱ そ の成立 と展開︱︱ ﹄ 4

︹ テキ スト︺ 日本近代文学大系︶ 安愚楽鍋 ︵ 安愚︶ ︵ 5年︶ 一 東京堂 大正 1 酷当世書生気質 ︵ 書生︶ ︵ 雪中梅 ︵ 名著複刻全集 近代文学館︶ 0年︶ 新粧之佳人 ︵ 新粧︶ ︵ 正文堂 明治 2 日本近代文学大系︶ 浮雲 ︵ 小公子 ︵ 岩波文庫︶

1003 明治期以降 の推量表現 の推移

明治文学全集︶ 鉄仮面 ︵ 金色夜 叉 ︵ 金色︶ ︵ 新潮文庫︶ 不如 帰 ︵ 不如︶ ︵ 岩波文庫 ︶ 源叔父 他︶ 武蔵野 ︵ 武蔵︶ ︵ 岩波文庫 所収作品︱武蔵 野 ・ 平凡 ︵ 新潮文庫︶ 虞美人草 ︵ 漱石全集第 四巻︶ 泥人形 ︵ 何処︶ ︵ 何処 へ 。 泥人形 ・ 牛部屋 の臭 ひ︶ 何処 へ ・ 岩波文庫 所収作品︱玉突 屋 ・ す みだ川 ︵ 岩波文庫 ︶ 鴎外選集 第 二巻︶ 青年 ︵ あらくれ ︵ 新潮文庫︶

幼年時代 あ にいもうと ・ 近江子 。 新潮文庫  所収作品︱魚 と公園 。 あ にいも うと ︵ 幼年時代 。 新潮文庫︶ 或 る女 ︵ 志賀直哉全集第五巻︶ 暗夜行路 ︵ 新潮文庫︶ 無限抱擁 ︵ 新潮文庫︶ 大導寺信輔 の半生 ︵ 少年 。 新潮文庫︶ 伸子 ︵ 新潮文庫︶ 真知︶ ︵ 真知子 ︵ 新潮文庫︶ 若 い人 ︵ 新潮文庫︶ 色ざ んげ ︵ お化 け の世界 他︶ 新潮文庫 所収作品︱風 の中 の子供 。 風 の︶ ︵ 風 の中 の子供 ︵ 岩波文庫︶ 花冷 え ︵ 春泥 ・ 鮨 他︶ 新潮文庫 所収作品︱老妓抄 ・ 老妓抄 ︵ 新潮文庫︶ 典子 の生き方 ︵ 新潮文庫 ︶ 青 い山脈 ︵ 新潮文庫 ︶ 午後 の曳航 ︵ 講談社文庫︶ 宿題︶ ︵ 宿題 ひきうけ株式会社 ︵ 講 談社文庫 ︶ コバチ ャンバ行 き ︵ 文春文庫︶ うん ︵ あ・ 何 でも屋 は大忙 し 他︶ 角川文庫 所収作 品︱僕 ら の課外授業 。 僕 ら の課外授業 ︵ 講談社文庫︶ ば なし の密室 ︵ 開け っ 集英社文庫︶ 赤 い靴探偵団 ︵ 光文社文庫 ︶ 日光 殺人事件 ︵

﹂ 訴

明治初期 にお け る聖書 の翻 訳 と漢 文 訓読
斎 藤


本稿 では、 明治時代 の聖書翻訳史 に登場 した様 々な聖書 の中 から、 ﹁ 漢訳聖書訓点本﹂ をとりあげ、 そ の訓読法 の特徴を、江戸時代 の漢文訓読法 の変遷 と比較対照し つつ 考察 し ていき た い。

聖書 の翻訳 と漢訳聖書
まず、中国 で翻訳 された漢訳聖書 が、 日本 での聖書翻訳作業 にお いてど のような意義を持 っていた のかを考 え て みた い。明治時代、聖書和訳 の中心人物 であ っ た、 J o ボ ン、 S ・ C oヘ ブ ラウ ンニ人 の書簡 には漢訳聖書 に R・

ざ パ い て つ 次 の よ う に 記 れ さ て い

5    0わ た し ど も の 日本 語 の教 師 が少 し の苦 労 な く読 み、 そし て理解 し得 る立 派 な漢 文 の聖 書 が 0 手 許 にあ るか ら、 聖 0 書 翻 訳 事 業 に助 け と な ってお り ま す 。 ブ ラ ウ ン氏 と わ た し と は、 マル コ伝 を翻 訳 す る上 に大 切 な 手 引 き と し て

肇 暑
古築

念士

国 語学論 集

島存 台本稀

中 坂 古築 百

平成七年十月 十 一

発 行 者

整版印 刷

発   ″ 何     汲   古   童日  院

2 東京都 千代 田区 飯 田橋 二︱五︱ 四 〒0 ︲ 電話 雪 工三︵ 言三 一 千 天里 〒奢沓 FAX 9

製本/佐久間紙 工 ③ 一 九九 五

ISBN 4-7629-3376-7 C3081

記裕

念博

会士

Sign up to vote on this title
UsefulNot useful