江戸共通語 160

研 究 で明 ら か に さ れ て いる こと であ る。 ﹁ だ﹂ ﹁ です ﹂ を 活 用 のな い助 動 詞 、 あ る いは助 詞 と し て把 え る と な る と 、 か つて金 田 一 春彦氏 が ﹁ 不変 化 助 動詞 の本 質 ﹂ ﹁国 語 国 文 ﹂ 昭 和 三八年 二 ・ 二月 ︶ で述 べら れ た こと と か か わ り を持 ち 、 活 用 のあ る助 動 詞 ﹁ だ ﹂ は事 態 の 客 観 的 な表 現 に用 いら れ ると す る氏 に対 し 、 ﹁ だ﹂ ﹁ です ﹂ は、 主 観 的 表 現 と客 観 的 表 現 に分 け るな ら 、 む し ろ主 観 的 な表 現 を な す と異 論 を唱 え な け れば な ら な い。 し か し 、 いま そ れ を論 ず るだ け の用 意 が な い の で、 稿 を 改 め て、 江戸 語 の資 料 か ら 用 例 を 集 め て考 え て みよう と 思 う 。 な お、 吉 田 金 彦 氏 が ﹃ 現 代 語 助 動 詞 の史 的 研 究 ﹄ ︵ 昭 和 四六 年 ︶ の ﹃だ ﹄ の特 質 ﹂ の項 で ﹁ だ ﹂ に つい て助 詞 であ ると 同 時 に、 動 詞 的 な働 き を も つ助 動 詞 でも あ ると い った 二面 性 を備 え て いると述 べ てお ら れ る のに賛 意 を表 す る。 以 上 、 江 戸 語 東 京 語 の断 定 表 現 に つい てヽ そ の通 時 的 傾 向 と 問 題 点 に触 れ た 。 見 落 し 、 見 当 違 いも多 いと 思 う 。御 批 判 を あ おぎ た い。

注 ﹃ ︵ 1︶飛田良文氏 ﹁ 西洋道中膝栗毛﹄における指定体系 の実態﹂ ﹁文法﹂昭和四四年 一 二月︶ 飛田良文氏 ﹁ 明治初期東京語 の指定表現体系 ︱︱方言と社会構造と の関係︱︱﹂ ︵ 平山輝男博士還暦記念 ﹃ 方言研究 の問題点﹄ 昭和四五年八月︶ ︵ 2︶﹁ 浮世風呂﹂前編巻之下 にある、盲人 の語る仙台浄瑠璃 には ﹁ でえす﹂が現れるが、会話 ではな いので除 いた。 追記 本書をまとめるにあた って、説明にな っていな いと感ず る個所がいく つかあることに気付 いたが、そのまま残した。

第六節 江戸共通語を めぐ って

はじ め に 江戸共通語﹂と呼ば れ るも のが存在 したと いう こと は、近代語研究 東京共通語 の源流 とし て、江戸時代 にす でに ﹁ 江戸共通語﹂を次 のよう に規定す る ことにす る。 の分野 で近年盛 ん に言われるよう にな った。 この ﹁ 、身分 ・ 階層 ・ 性別を超 え て使用され る口頭言語 であ る。 一 二、江戸市中 の共通語 であ るだけ でなく、全国共通語的な性格を有す る言語 であ る。 、 このよう に規定 した上 で、江戸時代 のい つご ろにこのような共通語 が形成 された のか そし て形成 されたと いう確実
゛ 161 江戸共通語をめ く って

語彙など の実態 はど のようなも のな のか、 これま での諸研究 を振り返 ってみよ な証拠 は何な のか、また、 そ の文法 ・ 、 、 う と思う。 そし て筆者 の取 る立場も明らか にした い。結論 を先 に言うなら 研究者 により 捉 えた江戸共通語 の性格 江戸共通語﹂ の姿 はまだまだあまり明確 にはな っていな いのであ る。 には相違 があり、 ﹁

江戸 共通語 への迫り方 ︱︱ 二 つの方向 ︱︱
 一つは、江戸時代 の文化 の発展 に伴 って諸国 に通 じる言語 江戸共通語 の存在 を考え る のには、 二 つの方向 があ る。

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よう な 文 法 o 語 彙 等 を 有 す る言 語 を探 る方 向 であ る。 前 者 が先 に現 わ れ 、 後 者 は近 年 盛 ん にな ってき た 行 き方 で あ る。 共 通 語 の概 念 は国 立 国 語 研 究 所 が設 立 さ れ 、 現 代 語 研 究 が盛 ん にな ってか ら出 てき た も のと 言 わ れ る。 ﹃ 国語学大 辞典﹄ の ﹁ 共 通 語 ﹂ の項 ︵ 柴 田武 氏 執 筆 ︶ に よ れ ば 、 F ︵ 通 語 ﹂ と いう 用 語 の使 用 は、 昭 和 二 四年 に福 島 県 白 河 市 で 共 通 語 化 の実 態 調 査 を 行 った のが最 初 だ と いう 。 従 って ﹁ 江 戸 共 通 語 ﹂ と いう 考 え 方 も そ れ 以 前 に は生 ま れ て いな か った と考 え ら れ る。 江 戸 語 が全 国 共 通 語 的 性 格 を有 し て いる こと に つい て触 れ た のは、 松 村 明 氏 が最 初 であ ろう か。 氏 の ﹃ 江戸 語 東 京 語 の研 究 ﹄ ︵ 昭 和 三 二年 ︶ の ﹁ 江 戸 語 東 京 語 序 説 ﹂ の中 の ﹁ 四  江 戸 語 か ら 東 京 語 へ﹂ に は、 次 のよ う に述 べら れ て いる。 江 戸 の こと ば が独 自 のも のと し て発 達 し てき て、 伝 統 のあ る上 方 語 と 対 抗 し得 るだ け の力 を も つに至 ると と も に、 さ ら に江 戸 語 は、 し だ いに全 国 各 地 に影 響 力 を も つよう にも な ってく る。 全 国 各 地 に通 用 す る こと が でき る よう にな ってく る。 いわ ゆ る共 通 語 的 性 格 を し だ いに得 てく る こと にな った の であ る。 ︵ 9 0 ペー ジ ︶ 1︲ 2 ま た 、 吉 田澄 夫 氏 も 、 ﹃ 日本 語 の歴 史 ﹄ ︵ 昭 和 三 二年 ︶ 中 の ﹁ 江 戸 時 代 の国 語 ﹂ の 一 節 で、 江 戸 中 期 以後 全 国 各 藩 で 方 言 書 が作 ら れ て、 江 戸 言 葉 と の対 比 が 示 さ れ て いる こと を指 摘 し 、 0 こ の こと は、 江 戸 言 葉 が次 第 に全 国 共 通 語 的 性 格 を帯 び て来 た こと を も 示 す も の であ る。 ︵ 9 ペー ジ ︶ ︲
江戸共通 語

が出 来 上 って い った ろう と考 え 、 そ の状 況 を提 え よう と す る立 場 であ り 、 も う 一つは、 東 京 共 通 語 の源 流 と し て同 じ

と さ れ た。

こ こに指 摘 さ れ て いる ﹁ 共 通 語 的 性 格 ﹂ は、 江 戸 語 の置 か れ て いる状 況 か ら判 断 し た も の で、 江 戸 語 が広 く全 国 で 使 用 さ れ る、 あ る いは理解 さ れ ると いう 状 況 を 調 査 し て確 認 し た も の ではな い。 いわ ば ﹁ 状 況 証 拠 ﹂ で論 じ て いる わ

け であ る。 通 語成 立 仮 江 戸 共 通 語 ﹂ の存 在 を 主 張 し て いる。 f ︵ ま た 、 日本 史 の分 野 で は、 西 山 松 之 助 氏 が 早 く か ら 独 自 に ﹁ 、 〇 〇 年 間 に、 武 家 は 年 七 月 ︶ に お いて、 江 戸 開 府 以来 、 元 禄 ご ろ ま で の 一 説 ﹂ 翁国 文 学 言 語 と文 芸 ﹂ 2 8号 昭 和 五 一 武 家 貴 族 の共 通 語 を身 に つけ る よう にな り 、 宝 暦 以降 そ れ が さ ら に洗 練 さ れ て い った と す る。 町 人 と た い へん 差 別 のあ る も の で は な い、 三百 諸 侯 に相 通 じ そ れ は、 大 名 ・ 広 く 話 し あ え る言 葉 が、 江 戸 の町 々 にも 話 さ れ普 及 し て い った 略 ︶ 日本 の標 準 語 と か共 通 語 と いわ れ るも のは 葉 であ る。 ︵ 、 し か も 上 層 の社 会 の言 葉 と し て 。 だ か ら 、 これ は山 の手 にも 下 町 にも 共 通 し た言 、 東 京 の言 葉 な のだ が、 こ の東 京 の言 葉 は、 右 のよ 、 町 人 と の交 渉 により 町 人 社 会 に普 及 し

。 う にし て、 江 戸 時 代 三百 年 の長 い長 い時 代 の間 に出 来 上 った も のにち が いな い の であ る 明 治 以後 の近 代 日本 に な ってか ら の東 京 で出 来 た と いう よう な 、 そ ん な簡 単 な も の ではな か ろう 3ぺ ジ ︶ 。︵ 5 ︲ ︲

。 、 江 戸 共 通 語 ﹂ の成 立 を確 信 し て は いるも の の これ が江 戸 共 通 語 であ ると 示 さ れ て いる わ け で はな い 文 では ﹁ 右の 一 江 戸 共 通 語 ﹂ の形 成 次 形 成 と し て武 家 の共 通 語 の形 成 、第 二次 形 成 と し て ﹁ 小 松 寿 雄 氏 は、 江 戸 語 の形 成 を 、 第 一 。 、 江 戸 語 の形 成 ﹂ 翁松 村 明 教 授 還 暦 記 念 国 語 学 と 国 語 史 ﹄ 昭 和 五 二年 ︶ で 次 のよう に述 べ て いる を捉 え る。 ﹁ 近 世 初 期 に お いて江戸 で は各 地 の方 言 が行 わ れ 、 上 方 者 は上 方 語 を 、 関 東 出 身 者 は関 東 方 言 を 、 と いう ふう にそ

と り こま れ 、 あ る内 容 の表 現 に 二 つ以 上 の言 い方 が あ る と いう 体 系 が でき た

、 人 の個 人 の中 に上 方 吾 的 傾 向 や束 国 語 的 傾 向 が ︱ の出 身 地 によ って使 用 方 言 が分 か れ て いた。 そ れ が時 と共 に   一 ︰ 。 そ し て、 ど ち ら を多 く 使 う か は、 、 上 層 階 級 は上 方 語 的 傾 向 が多 く 、

。 そ の出 身 地 よ り 、 出 身 階 層 によ って制 約 さ れ る よ う にな った 概 し て いえ ば

、 、 下 層 階 級 は そ れ が少 な い。 し か し、 そ の多 い少 な いは あ く ま で相 対 的 な も の であ って 上 層 であ っても 東 国 語

さらに ﹃ 江 戸 時 代 の国 語 江 戸 語 ︱︱ そ の形成 と 階 層 ︱︱ 昭 和 六 〇 年 ︶ に お い て、 ﹄︵ l 明 和 の江 戸 語 では、 上 層 下 層 を通 じ て、 l 方 語 的 表 現 と東 国 語 的 表 現 の併 用 が見 ら れ 、 そ のど ち ら を多 用 す るか は、 だ いた い話 手 の階 層 によ ってき ま る. 明 和 に は以 1 1のよう な 混 和 が実 現 さ れ ており 、 こ のよう な と ころ に江 戸 の共 通 語 の形 成 を 認 め る こと が でき る。第 二次 形 成 を 通 じ て江 戸 共 の 通 語 が成 立 し た のち は、 上 方 語 的 表 現 と 東 国 語 的 表 現 の対 立 は、 方 言 間 の対 立 ではな く 、 江 戸 語 内 部 の階 的 9 0 ペー ジ ︶ 層 対 立 へと変 質 し て いく 。 ︵ 8︲ 9 と 述 べ て いる。 す な わ ち 、 上 方 語 的 表 現 と 東 国 語 的 表 現 の混 和 の中 に江 戸 共 通 語 の形 成 を 認 め て いる の であ る。 し か し 、考 え てみ ると 、冒 頭 に示 し た 江戸 共 通 語 の条 件 、 身 分 ・ 階 層 を超 え て使 用 さ れ た話 し 百葉 が存 在 し た か 、 そ し てそ れ が全 国 共 通 語 と し て使 わ れ た かを確 認 し た わ け ではな い。東 京 共 1 通 語 が1 方 語 的 要 素 と東 国 語 的 要 素 の混 在 の 結 果 成 り 立 って いる こと は確 か であ るか ら 、 明 和 期 に そ の混 和 が進 だ ん と いう こと は、共 通 語 が形 成 さ れ た こと だ と 言 っても よ い のだ ろう 。 こ こに至 って、 か な り 明 確 に江 戸 共 通 語 の存 在 が確 認 さ れ た と 言 え る。 接 的 な確 認 の方 法 はな いも のだ ろう か。 私 はま だ も し か し、 共 通 語 が使 わ れ て いた 現 場 を押 さ え ると いう 、 より 直 ど か し く 思 え てな ら な い。 ▲ 講述資料 一 の追 究 江 戸 共 通 語 の存 在 を考 え るも う 一つの方 向 は、 東 京 共 通 語 の源 流 と し て同 じ性 格 の言 語 を探 る行 き 方 であ る。 これ は中 村 通 夫 氏 によ って先 鞭 が付 け ら れ 、 近 年 、 森 岡 健 二 ・ 金 田 弘 そ の他 の諸 氏 によ って実 証 的 に進 め られ て いるも の

的 傾 向 を持 ち 、 ま た 下 層 であ っても 上 方 語 的 傾 向 を持 つ。 こ の 、 江 戸 にお いて よう な 連 続 体 し と て の 言 語 が 形成 さ れ て いた の であ るQ 明 和 頃 、 7  一 種 の江 戸 共 通 語 が話 さ れ て いた こと は、 以 上 疑 いえ な い。 ︵ ︲ぺ ジ 5 ︲ ︶

であ る。 東京語 中 村 通 夫 氏 は東 京 語 を教 養 語 文 化 語 と し て捉 え 、 そ の結 果 いわ ゆ る山 の手 言 葉 を そ の主 流 と考 え る ︲氏 の ﹃ 昭 和 三二年 ︶ に は次 のよう に述 べら れ て いる。 の性 格 ﹄ ︵ いわ ゆ る山 の手 言 葉 の文 証 さ れ る のは ほ ゞ明 治 中 葉 か ら であ る に対 し 、 下 町 のそ れ が化 政 あ る いは宝 暦 か ら文 証 さ れ る こと を も って、 下 町 言 葉 の正 統 を 主 張 し よう と す る者 も あ る が、 言 語 を社 会 と の連 関 に お いて認 識 し よう と しな いかぎ り 、 尚 古 趣 味 に終 る であ ろう 。 筆 者 は、 東 京 にお いては山 の手 言 葉 と 言 わ れ るも のが そ の主 流 であ り 、近 き将 来 に お いても こ の流 れ に変 化 はあ るま いと考 え 、 か ゝるも のに東 京 語 の名 称 を与 え る のが最 も妥 当 な ︲ こと で はあ るま いか と考 え て いる。 ︵ 4 ぺ︲ジ ︶ 日上 等 の類 が東 京 共 通 語 と も っと も 近 い言 語 的 特 徴 を も って いると 考 説教 ・ そ のよ う な 観 点 か ら氏 は江 戸 期 の講 義 ・ 、 であ る小 考 ﹂ ﹁中 央 大 学 文 学 部 紀 要 ﹂ 3 調査 し、 ﹁ え 、 漢 学 者 の国 字 解 を 中 心 に講 義 関 係 の諸 書 を 収 集 ・ 1 昭和 三八 、﹁ 7、 昭 和 四〇 年 二月 ︶ そ の他 の緻 密 な論 考 を発 表 し た 。 同紀 要 1 後 期 近 世 語 の新 分 野 ﹂ ︵ 年 二月 ︶ 3 昭 和 五 五 年 一二月 ︶ は ﹁ 江戸 国 語 学 ﹂ 2集 ︵ こ の研 究 は、 そ の後 の江 戸 語 を め ぐ る研 究 に大 き な 影 響 を 与 え た。 ﹁ ︲ ‘ 国語 史 氏は ﹁ 時 代 語 研 究 の新 分 野 ﹂ と題 す る特 集 を行 った が、 講 述 資 料 によ る研 究 が主 と な った。 そ の中 で森 岡 健 ^ 一 一 口 標 準 語 ﹂ と呼 び 、 う全 国 共 通 語 を ﹁ にお け る心 学 道 話 の位 置 ﹂ と題 す る示 唆 に富 む発 表 を 行 った 。 す な わ ち 、 こ こL 一 私 に は ど う 考 え ても 、 抄 物 ← 上 方 語 ← 江 戸 語 ← 東 京 語 ← 標 準 語 と いう 国語 の系 譜 は成 立 す る と は思 わ れ な いが、 本 の連 続 線 上 に捉 え る こと が でき そう な 気 が し てな らな い 抄 物 ← 江戸 講 義 物 ← 明 治 講 義 物 ← 演 説 ← 標 準 語 な ら 一 3 の であ る . ︵ 2 ぺ ︲ジ ︶ と述 べた あ と で道 話 を取 り Lげ 、 調 査 分 析 し 、 道 話 の 国語 は、 方 言 的 特 色 が稀 薄 で、 位 相 性 も な く 、 中 立 性 の高 い口

語 であ る こと を確 認 し 、 右 の仮 説 を否 定 す る要 素 が な か った と結 論 づ け る。 ま た 、金 田弘 氏 も 同 じ号 で ﹁ 漢 籍 国 字 解 と そ の言 語 ︱︱ 江 戸 崎 門 学 派 の講 義 筆 記 を 中 心 に ︱︱ 、 ﹂ と題 し て 山 崎 闇 斎 一 間 の儒 学 者 の筆 記 を資 料 と し て、 そ こに見 ら れ る こと ば は、 日常 談 話 語 と いう より は、 社 交 用 語 と し て、 改 ま っ た時 に使 用 す る公 用 語 ふう の話 し こと ば と いう 性 格 を 帯 び て いると いえ よ う し、 ま た 、 中 村 通 夫 氏 の いわ れ る よ う に こ の種 の資 料 の表 現 は、 ﹁ 教 養 層 を 中 心 と し て普 通 に使 用 さ れ て いた も の で、  一 般 庶 民 にと っても 通 常 の理 解 語 彙 の 一つであ つた と 思 わ れ る﹂ と 位 置 づ け ら れ るも の であ ろう 。 ︵ 4 4 ぺ ︲ジ ︶ と す る。中 村 通 夫 氏 の言 は ﹁ であ る再 考 ﹂ ﹁中 央 大 学 文 学 部 紀 要 ﹂ 2、 昭 和 四 二年 一 6ぺ︲ ジ か ら の引 用 であ る。 一 月︶ 3 2 進藤 咲 子氏 は ﹃ 明 治 時 代 語 の研 究 ︱︱ 語 彙 と文 章 ︱︱ ﹄ ︵ 昭 和 五 六 年 ︶ に お い て、 ﹁ 狂 言 田合 操 ﹂ の例 を 引 い て次 の ︵ 注 3︶

よ う に述 べ る。 江 戸 に は、 式 亭 三馬 の言 に よ れ ば ︵ 略︶﹁ 本 江 戸 ﹂ と 称 さ れ る言 語 体 系 が存 在 し た と いう わ け です 。 実 質 は江 戸 と いう 地 域 と密 着 し な い教 養 層 の公共 的 言 語 と 言 う こと が でき る か と考 え ま す 。 中 村 通 夫 氏 は、 言 語 生 活 の諸 機 能 の概 観 の上 に立 って、 近 世 文 語 な らび に近 世 後 期 の 講 壇 用 語 を全 国 共 通 語 の源 流 に位 置 づ け ら れ ま し た が 、 こ ︲ れ は今 後 の研 究 方 向 に重 要 な 意 味 を持 つと考 え ま す 。 ︵ 0 ぺ︲ ジ ︶ 4 次 い で田中 章 夫 氏 も ﹃ 東 京 語 ︱︱ そ の成 立 と 展 開 ︱︱ ﹄ ︵ 昭 和 五 八年 ︶ に お いて、 次 のよう に述 べ る。 道話 ・ 講義 ・ 談義 o チ ョボ ク レ ・ 講釈 ・ 落 語 と い つた 、  一 対多 の場 面 の こと ば を観 察 し て み ると 、  一 八 世 紀 の終  ^ り か ら、 九 世 紀 の初 めご ろ、 大衆 を相 手 にし てし や べ る時 の語 り 日、 す な て いた と み る こと が でき る。 な か でも 、 いわ ゆ る標 準 の国語 文 体 と し て、 明 治 に わ ち 公 用 語 的 な表 現 が、  一 応成 立 し は いると 、 広 く 用 いら れ る よ う

、 対 多 の場 山 で の江 戸 のこた ︱ デ ゴザ イ マス体 ﹂ が 、 こう し た デ アリ マス体 ﹂ ﹁ ダ体﹂ ﹁ デ ア ル体 ﹂ ﹁ ︱ にな る ﹁ 4 5ぺ ︲ジ ︶ 。 3 、 、 ︲3 に、 あ る程 度 、 形 を な し て いた と いう こと は 近 代 語 史 のう え で 重 要 な事 実 であ る ︵ 2 2 6 ぺ ︲ ジ に、 右 に引 いた 田中 氏 の引 用 部 分 を ほぼ 同 じく 引 用 し て 昭 和 六 二年 ︶ 5 標 準 語 の成 立 事 情 ﹄ ︵ 真 田信 治 氏 も ﹃ いる。 同意 見 と 思 わ れ る。 以 上 見 てき た よ う に、 中 村 通 夫 氏 に始 ま る 、 共 通 語 の源 流 を 江 戸 期 の講 述 資 料 に求 め る考 え 方 は、 定 説 と な って い

。 。 ﹁ ると 言 ってよ いと 思 う 。 筆 者 も そ れ は正 し いだ ろう と考 え る 東 京 共 通 語 の 原 形 ﹂ が そ こにあ る こと は間 違 いな い 、 。 し か し あ え て異 を 差 し はさ む こと にす る そ れ は 先 に規 定 し た 江戸 共 通 語 の二項 日 を満 た し て いる か と いう 点 か ら であ る。 、 講 述 の場 の講 者 の言 葉 が、 文 法 や語 彙 の上 で現 代 の東 京 共 通 語 と類 似 す る こと だ け で は そ れ が江 戸 共 通 語 であ る 、 地 域 等 に及 ん で いる こと を 明 ら か にす る こ こと に はな ら な いだ ろう 。 講 述 資 料 を広 く 調 査 し そ の対 象 が広 い階 層 ・ 、 地 域 を超 越 し た存 在 であ る こと を 示 せば よ い のか も 知 れ な いが そ れ で 階層 ・ 性別 ・ と によ って、 講 述 の場 が身 分 ・ 。 部 の教 養 層 が共 通 語 を話 し 、 一 部 の教 部 にし か 理解 さ れな い教 養 語 であ る こと は否 定 でき な いと思 わ れ る   一  一 も、 。 、 養 層 が そ れ を 理 解 し て いた 、 す な わ ち 共 通 語 の使 わ れ る場 は ご く 小 さ いと いう 見 方 も 出 てき てし ま う こ の共 通 語 、 。 が、 講 述 と いう 場 のみ でな く 、 広 範 囲 に使 用 さ れ て いた と いう こと を 実 証 す る必 要 が あ る こ の点 に ついて は 先 学 。 ﹁︵ 般 庶 民 にと っても 通 常 の理解 の研 究 はま だ そ こま で及 ん で いな い の で はな いか と考 え る 先 に引 用 し た中 村 氏 の 語 彙 の 一つであ った と 思 わ れ る﹂ と いう 発 言 も 、﹁ であ る 語 に つい て の言 及 にと ど ま って いる。 講 述 資 料 に見 ら ﹂ 一 、 も っと広 く 理解 さ れ、 使 用 さ れ た言 語 であ る こと を 、 す な わ ち 、 れ る言 語 が、 そ れ ら を聞 き に来 た知 識 人 のみ でな く 講 述 資 料 の言 語 を含 む大 き な 共 通 語 を使 う 世 界 があ る こと を 、 確 か め る必 要 があ ると筆 者 は考 え る。

これ ま で の 二 つの方 向 か ら 、 いず れ も ﹁ 江 戸 共 通 語 ﹂ が存 在 し た こと は、 か な り 確 か な も のと な ってき た 。 ま た 、 松 村 明氏 ﹃ 日本 語 の展 開 ﹄ ﹁日本 語 の世 界 ﹂ 2、 昭 和 六 一 年 ︶ に は、 ロ ニー 、 ホ フ マンら幕 末 の外 国 人 学 者 の著 述 に も 、教 育 のあ る人 々 の間 に は日本 列 島 のど こ で でも 通 用 す る、  一 般 的 で上 品 な こと ば が存 在 す ると述 べら れ て いると し て いる。 これ ら外 国 人 学 者 が直 接 全 国 を 調 査 し て観 察 し た も の ではな いと し ても 、 彼 等 に接 し た 日本 人 が そ のよう な 認 識 を持 って いた こと は確 か であ る。 これ も 共 通 語 存 在 の確 た る証 言 であ る。 筆 者 は、 そ のよ う な 江 戸 共 通 語 が存 在 し た こと を 直 接 的 に実 証 でき な いも のか と 思 う 。 す な わ ち 、 冒 頭 に掲 げ た 二 条 件 を 満 た す 言 語 、身 分 、 階 層 ・ 性 別 を超 え て使 用 さ れ 、 江 戸 市 中 のみな らず 、全 国 的 にも 通 用 し た 日頭 語 が存 在 し た こと を 、 文 献 上 か ら確 か め る べき だ と考 え る。 論 証 を進 め る前 提 と し て、 そ のよ う な 共 通 語 の存 在 の可 能 性 を考 え 昭和 一 六年 ︶ の ﹁ 総 ﹄︵ てお か な け れ ば な ら な い。 時 枝 誠 記 氏 は ﹃ 国 語 学 原 論 ︱︱ 言 語 過 程 説 の成 立 と そ の展 開 ︱︱ ス 酬五 〓 星m 一 の存 在 条 件 と し て の主 体 、 場 面 及 び 素 材 ﹂ で、 次 のよう に述 べ て いる。 言 語 は単 な る主 体 の内 部 的 な も の の発 動 ではな く し て、 これ を制 約 す る場 面 に 於 い て表 現 さ れ る こと によ って完 成 す る の であ る。換 言 す れば 、 言 語 は場 面 に向 って自 己 を押 出 す こと 、 宛 も 鋳 型 6 る。 ︵ 4 ぺ︲ ジ ︶ この ﹁ 場面 ﹂ に は話 者 と 聞 き 手 と の置 か れ て いる全 て の状 況 を 含 む 。 厳 密 には ﹁ 場 面 ﹂ は、客 観 的 な 条 件 で はな く 、 話 者 が置 か れ た 場面 を どう 認 識 す る か によ って変 わり 得 る、 認 識 さ れ た 場面 であ る。 そ の中 で、筆 者 は公 的 な 場面 か 私 的 な 場面 か と い つた要 素 に注 目 す る。 わ れ わ れ の言 語 は、 身 内 同 士 の場 合 と 、 外 に向 け た 場合 と で、 は つきり し た に熔 鉄 を 流 し 込 む様 な も の であ

語彙 ・ 発 声 のみな らず 、言 語 行 動 の令 て の山 に及 ふ  ム L   ギ ”川 山 ”十 二 変 容 を 示 す 。 そ し てそ の違 いは、文 法 ・ 場 ﹂ を弁 え ぬ者 と し て、 私 的 な 場面 で公 的 な 言 語 を発 無 視 し て発 話 を 行 えば 、 公 的 な 場 面 で私 的 な 言 語 を発 す れば ﹁ 、 。 私 的 と い った 場面 要 素 は、 相 対 的 す れば 水 く さ い者 、 他 人 行 儀 の人 間 と し て非 難 さ れ る の であ る な お こ の公的 ・ な も の で、 そ の中 間 に さ まざ ま な 段 階 が存 す る。 、 ﹁ 場 面 ﹂ は通 常 、 現 代 語 に お け る要 素 と し て認 識 さ れ る が 国 語 史 上 のあ ら ゆ る言 語 現 象 に つい ても 考 慮 さ れ な け 例 えば 、 宮 中 の儀 式 に おけ る言 語 、 れば な らな い要 素 であ ると 思 う 。 公的 な 場面 で の特 別 な 言 語 が決 ま って いる場 合 ︵ 、 書 記 言 語 で は公文 書 にお け る古 代 の漢 文 体 ・ ︲ 近 代 の普 通 文 体 の類 ︶ は、 も ち ろ ん そ の言 語 を 用 いて表 現 使 者 の日︱ 集 落 内 等 のあ ら ゆ る場 面 にお いて、 そ の場 面 に置 か れ た と 認 識 す る話 者 の位 置 組 織内 ・ さ れ る であ ろう が 、家 庭 内 ・ 、 、 に応 じ て、 言 語 は さ まざ ま に変 化 す る。 従 って 現存 す る言 語 資 料 を観 察 す る際 も 全 てそ のよう な 場面 の制 約 を 必 。 ず 受 け て、 さ まざ ま の変 容 を 見 せ て いるも のと 見 な し て扱 ってゆ か な け れば な ら な いと考 え る 。 、 こ のよう な 場面 的 変 容 が古 代 語 にあ り 、 現 存 す る国 語 資 料 によ ってそ の分 析 が可 能 か ど う か は 知 ら な い し か し 江 戸 語 にお いては、 共 通 語 の存 在 が さ まざ ま の徴 証 によ って確 実 視 さ れ 、 ま た、 現 代 の東 京 共 通 語 ︵ 全 国共通 語 ︶ に 、 十 分 に可 能 であ ろう 。

、 共 通 す る講 述 言 語 の存 在 が確 認 さ れ て いる わ け であ る か ら 共 通 語 を直 接 把 握 す る こと は 手 順 が考 え ら れ る。 具 体 的 に は、 次 の方 法 ・ 一 ︶ 現 代 共 通 語 に特 徴 的 な 言 語 事 象 で、 江 戸 の講 述 資 料 に見 ら れ るも のを 取 り 出 す ︵ 。

般 的 であ った か ど う か を 三 ︶ そ の言 語 事 象 が江 戸 期 の公 的 な 場面 に お け る現 象 と し て 一 ︵ な 資 料 を 用 いて確 認 す る。 三 ︶ 有 の結 果 、 そ の言 語 事 象 が特 別 な 階 層 にと ど ま らず ︵

、講 述 資 料 以外 の 一 般的

、 各 種 の階 層 ・ 職業 ・ 性 別 にわ た ってそ の使 用 例 が確 認

さ れ れ ば 、 そ の言 語 事 象 は当 時 共 通 語 化 し て い た と 考 え る。 四 ︶ 右 の事 象 が多 数 確 認 さ れ れ ば 、 そ こに共 ︵ 通 語 が存 在 し て いた と 判 断 す る。 ︵ 五 ︶ 講 述 資 料 以外 の 一 、 般 的 な言語資料 と し て は 洒 落 本 ・ 滑 稽 本 人 o 情 本 等 の 戯 作 に見 ら れ る会 話 文 を取 り 上 げ ︵ 注 4︶ る。 と く に式 亭 三馬 の ﹁ 浮世 風 呂﹂ ﹁ 浮 世 床 ﹂ 等 の作 品 は、 良 質 な 言 語 資 料 と 考 え ら れ る。 本 稿 では 三馬 の ﹁ 浮世風呂﹂ ﹁ 浮 世 床 ﹂ を 中 心 に し て、 ﹁ れる o ら れ る﹂ 敬 語 、 助 動 詞 ﹁ 、人 称 代 名 であ る﹂ 詞 ﹁ わた

くし ︵ 私 と の三点 に つい てそ の存 在 を確 認 す る。

︵ 一 ︶ ﹁ れる ・ ら れ る﹂ 敬 語 ﹁ れる 。 ら れ る﹂ 敬 語 は、 共 通 語 では極 め て多 用 さ れ る。 ご く 普 通 の尊 敬 表 現 であ る が 、 従 来 江 戸 語 資 料 の中 では あ ま り 使 用 例 が見 当 た らず 、 江 戸 ・ 東 京 では好 ま れ な か った と 見 ら れ て いた 。 と こ が ろ 講 述 資 料 中 に は存 す る こと が 中 村 通 夫 氏 に よ って確 か め ら れ た 。 中 村 氏 の ﹁ 後 期 近 世 語 の新 分 野 ﹂ ﹁中 央 大 学 文 学 部 紀 要 7、 ﹂ 1 昭 和 四〇 年 二月 ︶ によ れ ば 、 ﹁ れる ・ ら れ る﹂ 敬 語 は近 世 後 期 の講 述 資 料 に お い て は、 つ も とも 一 般 的 な 敬 意 表 現 と し て用 いら れ て い ると いう 。 そ こ で ﹁ 浮世風 呂 ﹂﹁ 浮 世 床 ﹂ の用 例 を検 討 す 術℃ 尊敬 の ﹁ れる ・ ら れ る﹂ は、 ﹁ 浮 世 風 呂 ﹂ に七 例 、 ﹁ 浮 世 床 ﹂ に六 例 使 わ れ て いる。 以下 に そ の全 用 例 を 掲 げ る。

, ●まづどなた のお肝Iも腔居じやと 研げ測ます ´ ︲ ︵②ア州幅がある録松をお知を つ け引測口。

︵ 浮世 風 呂 ・ 前編 上 ・ 隠居 ︶ ︵ 浮 世風 呂 ・ 前編 上 ・ 医者 ︶

③ ホ ンニ あなた の女颯れ は。がせ いに能働きますネ。水ぎ れ の時 にも 担桶 で水をか つが測 ま のよ い人 でござ いますネ。

すがo さ つノヽ と気味

︵ 浮世風呂 ・ 三編上 。 人 がらよきかみさま ︶

︲ l ll ︲ ー ︲ ぃ う行度 れ宿 さ︱ りl ー=︱ さし門 れまし て  イ エサ  H 取 ● イ ヱノヽ . どう いたしまし て︶やはり お宿様 へ ︱ ︱ ′ iHキー 略 ︶さやうな らばち かご ろおは ゞかり さ イ ノヽ 。 ︵ たしまし て。 おかげ さま でお性霊 さま の御馳走 か出来 ます ハ まな がら。石臼をば お手近く へお出 しなされ て差 おかれますやう に。 お店 のお方 だヽ へお つしやり おかれまし て 四編下 ・ 浮世風呂 ・ おは いノヽ のお俳助 ︶                                 ︵ 下 さりますやう に。 四編下 ・ 上方も のけち助︶                         ︵ 浮世風呂 ・  一 盃湯を仰付 られませ。 寸一 ⑤番頭 さん。  一 向 しきなト ンチキだぜ。ちん ぷんかん ぷんがどう仕 ツ 0 ヱ ゝコウ。儒者 と いふ奴 は余程博識な者だと思 つたら。 一 でんぼう︶ 浮世床 ・ 初編上 o                                      ︵ テ。近う侍 て後 に御拝あ ら測 ませう ツQ び﹁ どう どうだ飛 公 と び﹁ ヲ ツトあ ぶなしど つこ い′ ヽ。 イ ヤ ア いづれも様御 揃 ハゝア奇 の字 ノヽ  びん ﹁ ●と は此通り益 御 きげ んよく銭右 工門方 に御坐遊 され相 かはらず居候なりけり山桜 かな ツ 浮世床 o 初編下 ・ 居候飛助︶ ︵ も 三度参 Q ぶ つつか った所 が和尚 のいふにはナ。今度 の仏 は夭だ から何も修行 がな い卜。今 ま での仏 たち は本 山 へ 詣 いたさ測 。 いろ ノヽ 卜宗体 の功 とやらがごぎ るによ って。院号 に いたしたと云たさう よ。

, ︰ ︲ ゃ ′ 。 鵬 。 Ё 鯉 で 遣 熙 置 師 が 測 酷 ル 雌 管 一 薔 狸 引 漑 ■ 測 げ が は ず か 日 上 に し は し 我 づ れ あ ま て い め は ぬ に も お に 屋 の 0 ︶
。 味 合 よ ろ し き と有 ておも と め下 さ れう な らば 。 今 日 に は かぎ り ま せ ぬ 毎 朝 此 所 に て御 披 露 仕 り ま す る鳥 屋 ち や 1編 下 ・ 浮 世床 ・ 鳥 屋 のち やぼ 八 ︶                                ︵ ぼ助。 ・m ■ が中 さ測 ま す に は。 ナ ニ着 物 な ど にか ま は つし や るな 。 し ま つて置 く に は及 ば ぬ か ら ぃ さ つさ と着 る が よ いと ︲ 三編 下 ・ 金 鳴 屋 のお袋 ︶ 浮 世床 ・                           ︵ 斯 中 さ れ ま す のさc

短八︶ 三編下 ・ 浮世床 ・ ︵

このうち⑤ は上方者 であ る ので除く。⑤ は儒者 の日まね、③ は僧侶 のことば の引用 であ るから、講述資料群 に見 ら れた ﹁ れる ・ られる﹂ の直接的な反映 と考 えられる。⑫ は文語体 の口調 であり、書 き ことば調と考 え て除く。O は こ のあと ﹁ 香具師 のいひぐさよく覚 たぜ﹂ と いう聞き手 の言葉 があ る ので、大道商 人 の日まね であ る ことが知 られ る。 講述 の言葉 ではな いま でも、 それ に類す る言語と見 る ことが できよう。 このよう に見 てく ると、講述 の言葉 の直接的 な影響 と考 え てよ いも のも かなりあ る。 しかし①③④⑩ は 一 般 の町 人 の使用例 であ る。O は ﹁ 七十ば かり のいんきよ﹂ で丁稚 を連 れ杖 にすが って登場す る。商家 の隠居 であ ろう。③ の ﹁ 人 がらよき か みさま﹂ に ついて、三馬 は ﹁ これ はそらおが みにて詞 づか ひもあ そば せづくしなり﹂ と小書 きを入れ て いる。④ に ついては ﹁ これ は証づ か ひにはな はだ て いね いを つくし、す べての事 にお の字と様 の字 を つけ ても のい ふく せあり﹂ と注 し ている。⑩ に ついては ﹁ ひとり で日をき ゝ 長 回上 を べたリ ノヽ と いふばあ さま﹂ と注 し て いる。 以上、 このO︶ 0︶ ④⑩ の特徴 をまと めると、特 別 な階層 の人 々 ではな いが 一 家 をな し て いる町人 で、能弁 で上 品 ぶ っ た、丁寧な言葉 づか いをし て いる男女 であ る、と いう こと にな ろう。 これら の人 々には、講述資料 に見 られ る のと同 じ ﹁ れる ・ られ る﹂敬語 が使 われ ていた のであ る。 また、十返舎 一 九の ﹁ 東海道中膝栗毛 ﹂初編 ︵ 享 和 二年 ︿一 八〇 二と には、藤 沢 の宿 の駕籠 かき が弥次郎兵衛 に ﹁ れる ・ られ る﹂敬語を使 って いる。 ︲ 弥﹁ コウ貴様 たちや ア薦淵 かo アイ徹ざ た外 きれ いにな つた の。問屋 の太郎左衛門ど のは達者 か の  さ ばっ ﹁ き よ くだんな はし つてごぎ る。随分た つしや でゐられます 九 の膝栗毛物 の言語 には問題 があり、方言資料 とし ては疑問視す る向 きがあ る。有 の例も藤 沢 の宿 の駕籠 か 一 き の言 語 の資料と はならな いだろう が、客 と交 わす仕事上 の会話 に ﹁ れる ・ られる﹂敬語 が用 いてあ る こと は注目し てよ い

だ ろう 。

であ る ﹂ 三︶ 助 動 詞 ﹁ ︵ 、 だ﹂ とし て ﹁ であ る は、 現 代 語 で は 国語 に は ほ と ん ど使 わ れ な いが 書 き 言 葉 の世 界 で は指 定 の助 動 詞 助動詞 ﹁ ﹂ 。﹁ だ﹂ 浮 世 床 ﹂ に は、 ﹁ 浮 世風 呂﹂ ﹁ と と も に使 わ れ る。 ま た 、 江 戸 期 の講 述 資 料 にも 数 多 く 見 ら れ る助 動 詞 であ る 。﹁ ではあ る ま い で はあ る ﹂ ﹁ ら れ る﹂ 敬 語 よ り は多 数 の用 例 を 見 出 す こと が でき る れる ・ と 比 較 す れば 少 な いが、 ﹁ 、 であ る だ け に限 っても 、 ﹁ 浮 世 床 ﹂ に七 人 の使 用 者 浮 世 風 呂 ﹂ に八 人 、 ﹁ は を は さ ん だ も のを 除 き ﹁ ﹂ か など ﹁ ﹂ ﹂ 、 二 人 に のぼ る。 各 ﹁ 浮 世 床 ﹂ の作 兵 衛 を 上 方 者 と し て除 いても 次 の 一 浮 世 風 呂 ﹂ のけ ち 兵 衛 ・ が あ る。 そ のう ち ﹁ 一 例 ず つ用 例 を掲 げ る。

ご 、 二 o / 。 れ が . 耐 拙 m 引 ﹁ が 砧 態 。 州 ﹁ て う 。 御 る 碁 脂 だ 足 瀧 ナ ハ 数 卜 十 御 の お ヽ 者 ノ な る 兵 大 の の o
医者 ︶ 前編上 ・ 浮世風呂 o ︵

。 生酔 ︶ 前編下 ・ 浮 風呂 ・ o海 鹿 が 日 へは い つた ら哄 寝 るだ らう 日 へは い つて は眼病 であ らう な             ︵ 世 ︱ 。 義 太 人 を語 る義 遊 ︶ 前 編下 ・ 浮世風呂 ・ 久 し ぶり の石 町 を き か せ る つも り﹁ 凋 つた が                       ︵ o ︲ 。 o ぃ 文 学 好 き のけ り 子 ︶ 三編 下 ・ 浮世風呂 ・ oホ ン ニ怜 野 集 を お返 し中 す﹁ 州 つた 永 ノヽ 御 恩 借 た し ま し た     ︵ 。 甘次 ︶ 四編 上 ・ 湖引 う         ︵ 浮世 風 呂 ・ oお そ ら く はあ の研 が盆 町 Q胤 が らう テ 夫 を いろ ノヽ に和 し た も の﹁ 越 後 の岨 笏 に五 六 十 日 も 泊 て居 た が o 。 タ シカ斯 だ によ つて卜。 霜 月 の下 旬 か司 州 ︲ つた よ。 飛 八︶ 四編 上 ・ 浮世風呂 ・ ︵ 隠 居 晩 右 工門 ︶ 。 四編 上 o 浮世風呂 ・ oア、 其 銭 が さぞ 嘆 だ こと刈 湖 引 う                                     ︵

174

、 o 靭 又 節 澱と置 て。蟻鳳 と対を取 つた心 はどう いふ意d あらう ナ。     ︵ 浮世床 。 初編上 ・ 素読指南 の先生孔糞︶ o 鶴屋南北 と はむかし の道外役者 でしかも位付 が上上吉名人﹁冽︲ つた       ︵ 浮世床 。 初編下 ・ 銭右衛門︶ ○トキ ニ今年 の顔 みせは各 大あたり大 入﹁冽︲ つた の                                ︵ 浮世床 ・ 初編下 ・ 長六︶ o あんまり のひも じ いにナ。わんぐり と食 たが因果案 の如番木鼈刈司︲ つた。      ︵ 浮世床 。 二編上 ・ 回よせ︶ oヲ ゝノヽ 。 さぞ恨 めしく思 ふ刈湖引 う。

江戸共通 語

ゃ も じ も ︱ 期 階 編 尉 赳 o 槻 樹 o 屋 だ の 。 に む 夕 統 も し か 冽 耐 は ﹁ 銀 文 字 包 や 模 が 短 据 で つ た 今 は い ろ の ノ ヽ を に せ た り け わ に
せ たり 。 ま こと に人 は器 用 にな り ま し た 。                     ︵ 浮 世床 ・ 二編 下 ・ 蛸助︶ 右 のう ち 、 義 太 夫 を 語 る義 遊 と 巫 女 の回よ せ は、 上 方 語 ま た は上 方 語 的 な 物 言 いな の で除 く べき か も 知 れ な い。 し か し、 前 項 の ﹁ れる ・ ら れ る﹂ 敬 語 が上 方 方 言 の要 素 を 有 し て いる のに対 し て、 ﹁ であ る﹂ に は九 州 方 言 と の見 方 はあ るも の の、 上 方 方 言 と いう 傾 向 はな い の で、 先 の上 方 者 け ち 兵 衛 ・ 作 兵 衛 を含 め、 除 か な け れば な ら な い積 極 的 理 由 はな い。 ま た 、 生 酔 は武 士 であ ると さ れ る。 素 読 指 南 の孔 糞 先 生 と医 者 は知 識 人 と し て講 述 言 語 に近 い位 置 にあ る人 物 と 考 え る べき か も 知 れ な い。 し か し 残 り の八 人 、 文 学 小 女 ・ 甘次 o 飛八 ・ 隠居 ・ 銭右衛門 o ば ゝ・ 長六 ・ 蛸 助 は、 普 通 の江 戸 の町 人 と 見 てよ か ろう 。 従 って江 戸 市 中 の日常 談 話 ︵ と く に男 性 の︶ の中 で、 ﹁ であ る﹂ は か な り 使 わ れ て いた と言 う こと が でき る。

浮世床 ・ ︵ ば ゝ︶ 二編上 o

三︶ 人称代名詞 ﹁ ︵ わたくし ︵ 私と われわれ は公的 な場面 では、最 も改 ま った場合、男女 とも に ﹁ わたくし ︵ 私と を用 いる。しかし私的な場面 にな ると、 そ の度合 に応 じ て ﹁ わたし﹂← ﹁ ぼく﹂← ﹁ おれ﹂ ︵ またはそれ に類す る各 地方言 の代名詞︶ と、代名詞 を変

。 ﹁ 私 と は、 特 に男 性 に お い て は公 的 な し ︵ え る。 こ の変 換 は か な り 意 識 的 に整 然 と 行 わ れ て いる す な わ ち わ た く 、 。 わ た く し ﹂ が 江戸 期 で はど のよう に使 わ れ た か ま だ 調 査 が十 分 では 人称 ﹁ 代 名 詞 であ ると言 ってよ い こ の公 的 一 。 な いが、簡 単 に いく つか の事 例 に ついて述 べ る こと にす る お れ ﹂ と使 わ た く し ﹂ を 用 い、 し か も ﹁ 私 で はな く 、 明 ら か に ﹁ わた し ﹁ ﹁ 浮 世 床 ﹂ で男 性 が、 ﹁ ﹂ ﹂ 浮世風呂﹂ ﹁ 、 かき の い 。 浮 世 風 呂 ﹂ 前 編 下 で、 座 頭 ﹁ く り の いち ﹂ は 仲 間 の ﹁ ゆず の いち ﹂ ﹁ い分 け て いると ころ が 二個 所 あ る ﹁ 。 お れ﹂ を 用 いて いる ち ﹂ に対 し て は ﹁ oかき ﹁ イ ヤ刑 測 は ね ぶ つて居 る盲 た ず ﹁ コレサ ノヽ 利 測 が手 だ ノヽ oゆ 、 私 ﹂ を 用 いて いる。 酔 漢 ︶ に対 し て は 次 のよう に ﹁ 生酔 ﹂ ︵ と ころ が こ の二人 は、 ﹁ ず ﹁ ハイ イ ヱ私 は麿 毒 でござ り ま す 酔 ら のお座 頭 ど のも借 の病 か  ゅ 略 そ ち ︶ ズ o ﹁ ハイ利 は小 豆 に交 た の でござ り ま す 酔 ズ略 ︶ これ ま では座 頭 も き こえ た が。 赤 座 頭 と は珍 ら し いは い  くり o 。 ﹁ ﹁ 浮 世 床 ﹂ 二編 下 に登 場 す るち ゃぼ 八 は仲 間 に対 し て は お れ ﹂ を 用 いる

175 江戸共通語 をめ くつて

oそ い つは測 測 に教 てく ん ね ヘ 。 最 う タ ツタ 一ツ云 てく ん ね へ 測 測 は皆 覚 え た o 私 ﹂ も使 う 。 と ころ が、 ち ゃぼ 八 は次 のよう に ﹁

, ォ 。 佛 義 常 舞 難 い が 群 な がつ a 蔵 財 畔び と に が 所 す ひ ま か を o

。 。 引 ﹁ ど も のう た ふ は本 の真 似 方 ば かり さ や う ノヽ o ワ せ給 へ。 ね ら ひさ ま何 とぞ 私 が 脇 ま し て蛸 助 に蕎 麦 を奢 ら せ ま す や う にま も こ oな む挙 道 第 一

最 初 の例 は香 具 師 の言 い草 、 次 は 日上 、 最 後 は祈 り の言 葉 であ る。 す な わ ち 、 改 ま った あ る いは 一 対 多 数 の場 面 では ﹁ わ た く し ﹂ と な る の であ る。 ま た 、 ﹁ 浮 世 風 呂 ﹂ 三編 下 巻 末 に は

。 群 ぼ 舘 伸 o ヲ ヤ ヽ そ れ は ノ お か 寒 ら う と︵ せ 下 略 ︶
と 、 作 者 式 亭 三馬 が ﹁ わ た く し ﹂ を使 って顔 を 出 し て いる。 これ も 公 的 な 場面 で の ﹁ わ た く し ﹂ の使 用 の例 であ る。 次 は女 性 の例 であ るが 、 ﹁ 早変 胸 機 関 ﹂ に ﹁ 仏 顔 変 じ て鬼 面 と な る﹂ と題 し て、 ﹁ か み さ ま﹂ が ﹁ 鬼 ﹂ に変 ず ると こ ろ があ る。 テキ スト は日本 名 著 全 集 によ る。 o 私 は よ そ外 のお か み さ ん 方 のやう に、 親 里 や仲 人 は騒 が せ ま ぬ、 ど う で つな が つた 縁 だ か ら 、 ま づ い事 は申 し ま せ ぬ、 ︵ 略︶﹁ コレ初 や湖 刑 目 が着 物 と 帯 を 出 し や 、 工き リ ノヽ し や 。 手 前 た ち ま で川 測 を ば 馬 鹿 にす る のう 。 チ ヨ ツそ れ じ や アね へはな 。 これ は滑 稽 味 を 出 す た め に対 比 さ せ た の であ って、 ﹁ 私﹂ 一 わ た し﹂ ﹁ お れ ﹂ を 場 面 に よ って使 い分 け る女 性 が実 際 に 居 た と いう 例 に はな ら な いか も 知 れな いが紹 介 し ておく 。 こ のよう に見 てく ると 、 文 化 年 間 に は ﹁ わ た く し﹂ ﹁ お れ ﹂ を 公 的 場 面 と 私 的 場 面 と で使 い分 け て いた こと は、 ほ ぼ 明 ら か であ る。 つまり 共 通 語 の ﹁ わ た く し ﹂ は存 在 し て いた と言 え よう 。 余 談 であ る が、 こ のよ う な 人 称 代 名 詞 の場 面 によ る使 い分 け が存 在 し た と いう 観 点 に 立 つな ら 、 ﹁ お れ ﹂ を使 用 し て いる ﹁ 夢 酔 独 言 ﹂ の言 語 も 、 私 的 な 言 葉 で書 か れ た随 筆 と解 す る こと が でき よ う 。 従 来 ﹁ 夢 酔 独 言 ﹂ の言 語 資 料 と し て の位 置 づ け に ついて、 そ の川 語 ・ 文 法 の特 異 さ か ら 、 武 士 の言 葉 ではな い、 下 級 武 士 の言 葉 であ る、 幕 末 の武 士 の言 語 は町 人 のそ れ に近 づ い て いた等 々 の論 が出 さ れ て いる。筆 者 は武 士 の詰 語 にも 必 ず や 公 的 面 があ り 、常 識 では書 き 言葉 は公 的 な 場面 の言 葉 でな け れ ば な らな い のに、 勝 小 吉 の性 格 か ら 場 面 と 私 的 場 面 の両

か教 養 の無 さ のゆ え か 、

[ 昭 和 四 四年 ︶ に は  江 明 治東 京 逸 聞 史 ﹄ 2 ︵ 私 的 な 場面 の言 語 が文 章 と し て記 さ れ てし ま った のだ と 思 う 森 銑 三 ﹃ 。 歌 舞 伎 ﹂ 明 治 三六 年 九 月 号 を 引 いて、 次 のよ う に述 べ て いる 戸 ツ子 言葉 ﹂ と題 し て ﹁ 、 江 戸 城 明 渡 ﹂ の芝 居 を し て、 伊 井 が勝 安 房 守 に扮 し た が そ れ が ベ ラ ンメ エ調 座で ﹁ こ の年 八 月 に、 伊 井 蓉 峰 一 。 歌 舞 伎 ﹂ に、 な の字 と いう 匿 名 で投 書 で物 を いう のに対 し て、下 品 じ ゃな いか と いう 批 難 が出 た そう し た ら ﹁ を し た 人 が あ って、 私 はも と 旗 本 だ った 沢 簡 徳 さ ん を 知 って いる が 、 平 素 の言 葉 は、 ﹁ お れ ﹂ であ る。 お めえ ﹂ ﹁

、 。 方 で解 釈 し て はな らな い。 伊 井 の扮 し た勝 さ ん の言 葉 は、 あ れ で い い、 と弁 護 し て いる 旗 本 のお殿 様 を 上 品 一 8 ︵ ︲ぺ ︲ジ ︶ ︲ 場面 によ る代 名 詞 の使 い分 け の例 と し ても 考 え てよ か ろう おわり に 、 以 上 、式 亭 三 馬 の戯 作 を 資 料 と し て、 文 化 年 間 の江 戸 で公的 場面 に は 現 代 の共 通 語 に通 ず る言 語 の いく つか が使 用 さ れ て いた と いう こと を確 か め た 。 ま だ 十 分 な 論 証 と はな って いな いが、 冒 頭 に規 定 し た ﹁ 江 戸 共 通 語 ﹂ が文 化 年 。

。 平 ﹂ な る人 物 遊 子 方 言 ﹂ に登 場 す る ﹁ 間 に は存 在 し た と 言 っても よ い の ではな いか と考 え る 筆 者 は先 に明 和 期 の ﹁ 、 が共 通 語 に通 ず る言 語 を話 し て いる こと を 指 摘 し た。 こ の方 法 を広 げ る こと によ って 江 戸 共 通 語 の存 在 を も っと さ か のぼ ってゆく こと も可 能 であ ろう 。 ま た 、 従 来 の町 人 言 葉 対 武 家 言 葉 、 上 方 言 葉 対 関 東 言葉 、 山 の手 対 下 町 と い っ

場面 ﹂ の差 と いう 観 点 が 江戸 語 研 究 に必要 であ る こと も 指 摘 し て筆 を た 見 方 のほ か に、 公的 場面 と 私 的 場面 と いう ﹁ おく c

注 江戸共通語 178 ︵ 1︶小 田切良知 ﹁ 明和期江戸語 に ついて︱︱ そ の上方的傾向 の衰退 ︱︱ ﹂ ﹁国語 と国文学﹂昭和 一 八年 八 ・ 九 ・一一 月︶ ︵ 2︶東京語 の主流 を山 の手言葉 と規定 し てしまう こと の不都合 に ついてはす でに拙稿 ﹁ 東京方言 に ついて﹂ 亀講座方言学﹄ 5、 昭和五九年 ︶ で触 れたが、本稿 の考え方 に基 づ いて改 め て別稿 を予定 し て いる。 、﹁ ︵ 3︶ ここに言う ﹁ 本江戸 は、 ﹁ 狂言田舎操 に のみ 一 所 られ 見 個 る 語 で 正 真 正 銘 の 戸 ︵ 江 言葉 ご と い った臨時 一 ﹂ ﹂ 語 であ っ て、確 た る熟 語 ではな い。拙 稿 ﹁ 式 亭 三馬 の江戸語観 ﹂ ﹁国語学﹂ 3  昭和 五七年 一 二月、本書第 二章第 二節 ︶ でも触 れ た ︲ が、当時、次 のような ﹁ 本﹂ の用法 があ った のであ る。 ﹁ 御覧 じろ、本 江戸前 だ、わ つちら が売 る のは物 が違 ひやす。 コレぴ 2 ﹁ ん ノヽ 生き ていやす はな。 ︵ 人間万事虚誕計 前編、魚売 のう そ ﹃ 日本名著全集滑稽本集﹄ 0 ﹂ ﹂ 6ぺ︲ジ︶ ︵ 4︶拙稿 ﹁ 江戸語資料 とし て の式亭 三馬滑稽本 ︱︱ 助動詞 ﹁ べ い﹂ の使 用を中 心 に︱︱ ﹂ 翁馬渕和夫博士退官記念国語学論集﹄ 昭和五六年 、本書第 二章第 二節︶を参照 された い。 ︵ 5︶ こ の検 討 はす でに拙 稿 ﹁ 江戸語 の ﹁ れる ・ ら れ る 敬語 小考 ﹁国語 学 %、 昭和 四九年 二 、本 書第 一 月 章第 一 ﹂ 節︶ で ﹂ ﹂ 行 って いるが、当時 はまだ ﹁ 江戸共通語 と言 い切 る自信 はな 、 ﹁ 妄 想 と く 言 に とど めた。筆者 が ﹁ う ﹂ 江戸共通語 ﹂ を使 っ ﹂ た のは昭和五 一 年 八月東京教育 大学 で行 われた小 さな研究会 で ﹁ 江戸語 の ﹁ れる ・ られ る﹂敬語 の性格 ︱︱ 江戸共通語 を求 め て︱︱ ﹂ と題 し て発表 した のが最初 であ る。 ﹁ ︵ 6︶古 田東朔 ﹁ 幕末 ・ 明治初期 の翻訳文等 におけ る ﹁ X+ アル﹂ ︵ 国語 と国文学﹂昭和 四 二年 四月︶ 7︶小島俊夫 ﹁ ︵ 浮世風呂 に登 場す ば 酔 る 生 の こ と づ か い 国 語 ﹁ と 国 文 学 昭 四 四 和 年 六 ︶ 月 ﹂ ﹂ ︵ 8︶拙稿 ﹁ 遊子方言 の客人 ﹁ 平﹂ の言葉 ﹂ 翁中 田祝夫博 士功績記念国語学論集﹄昭和五 四年 、本書第 二章第 一 節︶

第 二章

。 土 屋 信 一 (つ ちや しんいち) 出生年 :昭 和 14年 (1939) 攻卒業 学歴 :昭 和 36年 (1961)東 京教育大学文学部国語学国文学専 士課程修了 文学研究科修 昭和 38年 (1963)東 京教育大学大学院 職 歴 :昭 和 39年 (1964)∼ 昭和 59年 (1984)国 立国語研究所員 昭和 59年 (1984)∼ 平成 2年 (1990)香 川大学教育学部教授 授 平成 2年 (1990)∼ 平成 16年 (2004)共 立女子大学国際文化学部教 2005〉 ∼ 17年 ) 〈 現在 :計 量国語学会会長 (平 成 業績・編著書
:

がな意識 の調査』昭和 46年 (1971) 国語研究所報告 40『 送 り 76『 高校教科書 の語彙調 査』昭和 58年 (1983) 国語研究所報告

59年 (1984) 国語研究所報告 81『 高校教科書 の語彙調 査 H』 昭和 以 上の調査研究 に参加 『論集 日本語研究 15 現代語』 (編 )昭 和 58年 (1983)有 精堂出版
『明治期漢語辞書 大系』 (共 編)平 成 7年 (1995)∼ 平成 9年 (1997)大 空社 ほか

へ の 造 一 藷 通 一 費 ・ 葬 7藷耕 乗 芦 注
2009年 1月 30日
初版発行 著 者 土 屋信 一 発行者 池 嶋 洋 次 発行所 勉誠 出版 株式会社 〒 101-0051 東京都千代田区神Hl神 保町 2-20-6 TEL:(03)5215-9021(代 ) FAX:(03)5215-9025

出版詳細情報〉httpブ /WWW・ bensey.co」 p 〈
編 集 営 業 和久幹 夫・清井悠祐 青木紀 F

印 刷 l■ l太 平印刷社 井 L製 本所 製 本 ISBN978-4-585-03216-8 C3081

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基 管

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l l 東京i 江戸・ 研究 ︱ ︲

五四三二一壁 早
共通語 の形成
﹁ 共 通 語 ﹂ と の出 会 い 演 説 速 記 と の出 会 い︱︱ 江 戸 共 通 語 の存 在 共 通 語 の研究 史

共通 語 への手 がかり ︱︱ ﹁ れる ・ られる﹂敬語

(1)日

東 京 語 の実 態 調査   ⋮      ⋮      ⋮                。     ・⋮

47

45

﹁ 夢 酔 独 言 ﹂ の場 合 ⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮ ⋮ ⋮  ⋮ ⋮  ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮     ⋮

43

﹁ 遊 子 方 言 ﹂ の場 合 ⋮⋮ ⋮    ⋮ ⋮       ⋮ ⋮ ⋮ ⋮  ⋮ ⋮   ⋮ ⋮

丁 1

39

﹁ ﹁ 浮世風呂﹂。 浮世床﹂ の場合 ⋮ ⋮   ⋮   ⋮ ⋮。       ⋮      ⋮

39

江戸語 の ﹁ れる ・ ら れ る ﹂ 敬 語 小 考 ⋮⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮

32

江 戸 共 通 語 の探 索

23

共 通 語 の成 立 諸 説

12

次 (2)

第一 一 節 浮世風呂 ・ 浮世床 の敬語 三題
51
122 117 117

H

︱︱ ﹁ な は る﹂ と ﹁ て でご ざ いま す ﹂ と
はじめに

第一 一 章  江 戸 共 通 語 第一 節 遊子方言 の客人 ﹁ 平﹂ の言葉

一   客人

まとめ

付 蔀

﹁ 四十八癖﹂三編巻末影印

第 三節   江 戸 語 資 料 と し て の式 亭 三 馬 滑 稽 本 ︱︱助動詞 ﹁ べい﹂ の使用を中心に︱︱ ⋮ o o o ・ o o⋮⋮ ・ o 。 ・ ・ ・ ・ ⋮
はじめに

一   言 語 資 料 と し て の戯 作 の問 題 ⋮⋮  ・ ・ ・ ・ ・ ・ o o ・ 0 0 0 0 0 0 0 0 。 ・ 0 0 0 0 ・。 ・ ・ 。 ・ ・ ・ ・ ・ ・︰ 一 一   式 亭 三馬 を取 り 上げ る理由 ⋮⋮⋮ ⋮。 ・     ⋮⋮ o   ・o o ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ⋮ 〓 一   助動詞 ﹁ べ い﹂ の使 用
まとめ

第 四節   江 戸 語 の ﹁ だ﹂ の 一 用法 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮   活用語 に直接 す る ﹁ だ﹂ の存在 ⋮・ 一 o ・ ・ 。 ・ ・ ・ ・ ・ 0 0 0 0 0 ・ ・ ・ ・ ⋮⋮・   ⋮ ・ ・ ・・ 0 ・ ・ 0   活用語 に直接 す る ﹁ だ﹂ の機能 ⋮   ・ 一 一 ・ ・ ・ ・ ・ o o o ・ ・ ・ ・ 0 0 0 0 0 ・ ⋮⋮ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ o ⋮

(3)‖

113

105

100

97

97

97

93

87

第一

式 亭 三 馬 の江 戸 語 観

83

75

三 一  客人

の言 語 の観 察

70

一 一  客人

の言 語 の観 察

67

の位 置 づ け

67

はじめに

67

62

おわり に ⋮ ⋮。 ⋮。 ⋮。 ⋮。 ⋮⋮ ⋮・ ⋮・ ⋮。 ⋮。 ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮⋮ ⋮o ⋮o ⋮・ ⋮⋮ ⋮・ ⋮・ ︰・ ⋮︰

58

〓 一 ﹁ 遊 子 方 言 ﹂ の資 料 性 ⋮ 。 ・ o o 。 ・ ・ ⋮ ⋮  o o o ・ ・ ⋮ ⋮  ・ ・ ・ oo o ・ ・ ・ 0 0 0 ・ ・ ・ 。 ・⋮

56

一 一 ﹁ て で ご ざ いま す ﹂ ⋮⋮ ・ ⋮・ ⋮。 ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮。 ⋮・ ⋮o ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮⋮ ⋮・ ⋮。 ⋮・ ⋮⋮

51

﹁ な は る﹂ ・ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮o ⋮。 ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮・ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮

51

‖ 次 (4)

  取 り 上げ た資 料 一 一   断 定 表 現 の種 類 〓 一 な のだ ﹂ の発 生 ︱︱ ⋮ 四  断定 の辞 が活 用 し な い語 に接 続 す る場 合 ︱︱ ﹁ 五  断 定 の辞 が活 用語 に接 続 す る場 合
148 141 140

はじ め に

の方 向 ︱︱
164

  共 通 語 成 立 の場 の確 認 〓 一
おわり に 177

第 二章

式亭三馬を資料とす る江戸語研究

⋮ 非 連 続 性 ⋮⋮⋮ ⋮   ⋮ ⋮⋮ ⋮ ⋮ ⋮⋮ ⋮    。 東 京 語 と の連 続 性 ・ ⋮     ⋮ ⋮ ⋮⋮⋮ ⋮ ⋮ ⋮        。・⋮  ⋮ ま と めと今 後 の課題 ︰

従 来 の調査 研 究 の問題 点 ﹁ 録 音 器 ﹂欄 の再 集 計

209 208 206 205

はじめ に

(5)H

205

浮世床 の会話文 の漢語使用率 節 浮世風呂 ・ 一 菱一

201

194

186

会 話 資 料 と し て の三馬 滑 稽 本 ⋮⋮ ⋮ ⋮      ⋮ ⋮ ⋮ ⋮⋮ ⋮      ⋮

184

共 通 語 使 用 の場 の確 認

182

江戸 共 通 語 を めぐ る論 争

181

      ⋮   ⋮ ⋮ ⋮     ⋮ 研究 の視点⋮⋮ ⋮        ⋮ ⋮

181

式 亭 三 馬 滑 稽 本 の江 戸 語 ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ⋮

168

161

161

161

第六節 江戸共通語を めぐ って

138

135

. こ の稿 のね ら い

135

はじめに

135

第五節 江戸語東京語 の断定表現 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮

127

五  ﹁ 浮 世 風 呂﹂
おわり に

一   江戸 語 の ﹁ のだ ﹂文 現 代 語 と異 な る ﹁ のだ﹂ 文 ⋮⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮・ ・ ・ ・ 0 ・ 0 ⋮ ⋮・ ・ ⋮ ⋮⋮ ︰ 現 代 語 と異 な る ﹁ のだ﹂ 文 の意 味   ⋮・ ・ ⋮ ⋮⋮ ⋮⋮⋮ ⋮・ ⋮ ⋮・ ⋮ ⋮o ・ ⋮ 江戸 語 の ﹁ のだ ﹂ 文 の周 辺 ⋮⋮⋮ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮⋮ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮⋮⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ﹁ 浮 世 風 呂﹂ ﹁ 浮 世床 ﹂ 以降 の ﹁ のだ ﹂ 文 ︰ ⋮⋮ ⋮・ o o o ・ 。 ・ ・ 0 ・ 0 0 0 0・ ・ ・   ・ ・ ⋮

第 四節   ﹁ のだ ろ う ﹂ 以 前
239 239 239
267 267
261

︱︱江戸語 の ﹁ だろう﹂ の用法︱ ︱
現 代 言 吾 : 三 の は じ め に

﹁ だ ろう ﹂ と ﹁ のだ ろ う ﹂

江戸 語 の ﹁ だ ろう ﹂ の性 格 ⋮⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ 用 言 に続 く ﹁ ではな い﹂ ﹁ じ やな い﹂ ⋮⋮・ ⋮・ ・ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ︰・ ⋮・ ⋮o ⋮o ⋮o ⋮o

第 五節   式 亭 三 馬 の漢 字 使 用
251 259 257 254 252 251

︱︱ ﹁ 浮世風呂﹂を資料として︱︱
はじめに

一   振 り 仮 名 の用 法

〓 一   浮 世 風 呂 大 意 の漢 字 使 用
おわり に

第六節  ﹁ 浮世風呂﹂
(7)日

第 七節

﹁ 浮世風呂﹂
ねら い

246 243 240

﹁ 浮 世 風 呂﹂ ﹁ 浮 世床 ﹂ の用例 研 究

236 234 232 228 226 225

はじめに

225

第一 一 一 節 浮世風呂 ・ 浮世床 の ﹁ のだ﹂文 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮

222 214 210

目 次 (6)

四  ﹁ 安 愚 楽 鍋 ﹂ の漢 語 使 用率

上方 語 ら し きも の
検討
まとめ

第八節  ﹁ 酪酎気質﹂ の初版本 に ついて
第 九 節   版 本 の探 索 と こ と ば
281
275

︱︱ ﹁ 浮世床﹂ の場合︱︱
281
はじめに

一 一 ﹁ 浮 世床 ﹂ の版 本 の共 同 〓 一   初 版本 ﹁ 浮 世床 ﹂ によ る言 語 研 究
おわり に

第四章  東 京語 へ 第一 節 明治初期漢語辞書 にみる開画
はじめに

維 新 政 府 と開 画 漢 語 の流 行 と漢 語 辞 書 漢 語 辞 書 に み る閉 画

まとめ

本 資 料 の これ ま で の研究
内容

309 308 307 307

はじ め に

(9)日

307

東京京阪言語違﹂ に見 る明治期東京語 一 節  ﹁ 菱一

304 298 296 294 293 293

293

289 286 284 281

272 270 268 267

‖ 次 (8)

方法

次 (10)

付 ﹁ 東 京 京 阪 言葉 違 ﹂ 翻 刻 o 索引

H

第一 二 節   てよ だ わ 言 葉 小 考
356 350 347 345 345 345
″ D   4

︱︱尾崎紅葉 の観察から︱ ︱
はじめに

一 ﹁ てよ だ わ言 葉 ﹂ の流 行

〓 一 ﹁ 浮世風呂﹂ ﹁ 浮 世床 ﹂
まとめ

近 代 におけ る女 性 の言語 使 用 ︱︱ 尾 崎 紅 葉 の観 察 ︱︱   ⋮⋮ ⋮・ o 。 ・ ・ ⋮ ま と め ︱︱ 性 差 解 消 の傾 向 に ついて︱︱ ︰ ⋮⋮ ⋮・ ・・⋮ ⋮⋮ ⋮⋮⋮

付記

第 五節   拡 大 す る 東 京 語 圏
384 380 378 376 375 375 375

︱︱旧市域 の東京語と新市域 の東京語 ︱︱ ・・     ⋮ ⋮。 ・ e ・ ・ 。 ・ ・ ⋮
はじめに

一   従 来 の調査 研 究

地 域 によ る差 異 ︱︱ 下 町 と 山 の手

まと め

第 六節   東 京 語 の語 法 の ゆ れ 児童生徒言語調査結果報告 ︵ ・ ・ o ・ o 。 ・ ・ ・ 0 0 0 0 ・ ・ ・ ・ ・ 0 0 0 0 ・ 0 0 ・ ・ ・ 0 ⋮ 2Y ⋮・

1 まえがき ⋮⋮・ ⋮・ ⋮。 ⋮・ ⋮o ⋮。 ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮・ ⋮⋮ ⋮・ ⋮・ ⋮。 ⋮・ ⋮・ ⋮o ⋮・ ⋮︰
2  これ ま で の調査 ・ 研究

(11)‖

370

370 366 360 359

はじめに

359

第四節 近代日本 における女性語 の形成と崩壊 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮

316 314

おわり に

││ り ((12)

調査 項 目 ⋮⋮⋮ ⋮⋮ ⋮  ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮     ⋮⋮ ⋮     ⋮ ⋮ ・ ⋮ 結 果 の概 要 ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮。 ・ ⋮ ⋮︰ 各 項 目 の分析   ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮⋮ ⋮ ⋮

あ と がき

序章 共通語 の形成

﹁ 共通五 ど と の出 会 い

私が ﹁ 共 通 語 ﹂ と いう 言 葉 に出 会 った のは、 柴 田 武 著 ﹃ 日本 の方 言 ﹄ ︵ 昭 和 三 三年 、 岩 波 新 書 ︶ の左 記 のよ う な 記 述 か らだ つた 。 少 々長 く な る が引 用 す る。 国 語 学 者 の大 野 晋 氏 は、  一 年 ほど前 ま で、 シ アサ ッテと ヤ ノ アサ ッテ は、 アサ ッテ の次 の目 を さ す 同 義 語 だ と 考 え てお ら れ た 、 と いう 。 大 野 氏 は、 東 京 の下 町 、 江 東 区 深 川 門 前 仲 町 の生 ま れ であ る。 大 野 氏 だ け で はな い。 辞 吉 でも そう な って いる のがあ る。 ︵ 省略 ︶ と ころ で、奥 明 方 村 の有 識 者 は こ の返 事 に満 足 し な いと 思 う 。 こ の人 にと って は、 東 京 の こと ば は、 ア シタ ー アサ ッテー シ アサ ッテー ヤ ノ アサ ッテ のはず だ か ら であ る。 関 東 甲信 越 の 一 帯 では、 こ の、 日 の呼 び 方 が、 ア シタ ー アサ ツテー ヤ ノ アサ ッテー シ アサ ッテと な って いる。 東 京 の下 町 でも 、古 く は こう だ った の であ ろう 。 これ と 、奥 明 方 村 の有 識 者 にと って の東 京 こと ば の体 系 と が混 線 し て、 大 野 氏 や辞 書 編 修 者 のよう に、

465 461

初出 一 覧

455

第五章 結  び

9

8

5

5

調 査 の方 法 ⋮⋮ ⋮  ⋮ ⋮ ⋮ ⋮⋮⋮。 ⋮。 ⋮ ⋮  ⋮ ⋮・ ⋮。 ⋮  ⋮ ⋮・ ⋮⋮

∼ 尋 :6 4・ :ソ 4メ (: 、 :メ ■

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