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修士論文 2004年1月13日提出

呪われる方法─人類学的妖術研究の整理・検討とその新たな展望
 

一橋大学大学院 社会学研究科 総合社会科学専攻 修士課程 

重森 誠仁

目次

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はじめに
第一章 妖術という研究対象
第一節 エヴァンズ=プリチャードによる妖術研究 
第二節 分類上の混乱
第三節 文脈に基づいた定義
第四節 オカルトとしての妖術
第五節 合理的な我々と非合理な彼らという図式
第六節 第一章のまとめ
第二章 物語論的アプローチによる妖術研究
第一節 出来事を説明するものとしての妖術
第二節 人々の生きる経験を作りだす物語としての妖術
第一項 観念と出来事の経緯の相互反照性
第二項 論理階梯の混同
第三項 物語の自己実現的性格
第三節 浜本論の検討
第一項 自己成就的予言
第二項 妖術という存在の自明性
第三項 コマロフ論再考─妖術の存在をリアルにする環境的条件
第四節 第二章のまとめ
第三章 妖術研究の今後の展望
第一節 語り口の共有はいかにして可能か
第二節 ファヴレ=サアダの事例
第一項 ボカージュにおける妖術信仰の概要
第二項 妖術研究に対するファヴレ=サアダの構え
第三項 妖術のリアリティ
第四項 二つの答え
第五項 ファヴレ=サアダの分析に対する疑問
第三節 新しい妖術研究の視点─その方法と射程
第一項 サンタクロースの事例 
第二項 「狐」に憑かれた都市のビジネスマンの事例
第四節 第三章のまとめ
第四章 全体のまとめ

2
論文要旨

 本論は、
「妖術は彼らにとってのリアリティである」という言明とともに、省みられるこ と
なくそのまま放置されがちであった問題─妖術がリアリティをもつメカニズム─に取り組
み妖術研究に新たな展望を開くものである。
 エヴァンズ=プリチャードのアザンデ族における妖術研究以来、妖術とそれにまつわる
現象は人類学の学問領域において長らく研究対象であり続けている。
 そして近年、妖術に関する研究は再び活発化してきており、このような研究は枚挙に暇が
ない。
 しかし妖術研究者の多くは妖術にまつわる現象を、当該地における経済的社会的状況と
直線的に結び付けて説明するものがほとんどであり、当事者たちが妖術にリアルさを感じ
るメカニズムを明らかにしてはいない。妖術がリアリティをもって人々に受け入れられて
いること。妖術の存在を真に受けて人々がなんらかの具体的な実践を行なうこと。これらの
ことがいかにして可能になっているのか。この問題に対する考察がなされていないのであ
る。
 そこで本論では、これまでの妖術研究がなかば等閑視してきたリアリティの問題につい
て考察した。すなわち「どのようにして当事者たちは妖術にリアルさを感じることができて
いるのか」という問いを発しこれに取り組んだ。
 はじめに第一章において妖術という言葉が指し示す内容について吟味し、本論において
取り上げる妖術という対象を明確に定義した。様々な論考において妖術という分析用語が
意味するものを概観した結果、次の四点を確認することができた。
 (1)エヴァンズ=プリチャードは、アザンデの人々が不幸を引き起こすものとして言
及する mangu という存在を妖術として翻訳したこと。(2)さらに彼がアザンデ社会に限
定して設けた妖術師と邪術師という区別が、人類学的な妖術研究における標準的な区別と
して盲目的に継承され、研究者たちはそれぞれの調査地に存在する「神秘的な手段で他人に
害を及ぼす人物」(Turner 1964:324)をこの区別に基づいて分類することに集中してき
たこと。(3)「神秘的な手段で他人に害を及ぼす人物」(ibid)という言葉がなんの違和感
もなく使用されていることからも分かるように、調査地におけるなんらかの人物と現地語
を、妖術師または妖術として翻訳する人類学者の少なからずが、表明するしないにかかわら
ず「合理的な我々と非合理な彼ら」という図式を内面化したうえでそうしていること。すな
わち人類学者が妖術として翻訳する、調査地におけるなんらかの存在は、人類学者にとって
は、客観的には実在しないものとして最初から判断されること。(4)本論文では、人類学
者が妖術に違和感を感じることと、調査地における現地の人々が妖術をリアルに感じるこ
との二つの現象を、同じコインの表裏の関係として捉え、お互いがそのようなリアリティに
生きることが可能になったメカニズムに注目していくこと。
 このように第一章では、妖術研究における妖術という分析用語が指し示す対象の輪郭と、

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妖術に対する人類学者の立場、そして本論文を執筆する私自身の立場が示された。
 次に第二章では、90年代以降さかんに発表されはじめた研究を含め、これまでなされて
きた人類学的な妖術研究を批判的に概観し、妖術という研究対象についていままでどのよ
うなことが言われてきたのかを明らかにした。それと同時に妖術を物語という分析用語を
用いて説明しようとする浜本満の研究を概観し、物語論的アプローチの有効性について検
討を行った。
 まず第一節において90年代から活発化してきた妖術研究を批判的に検討し、その傾向
を次のようにまとめた。

 「近年の研究においては、妖術は不可解な現象や不幸な出来事を理解可能なものにするた
めの語彙としてとらえられている。特に、それは近代や資本主義、グローバリゼーションや
国家といった項目と結び付けられて語られる傾向にある。ここでは、エヴァンズ=プリチャ
ード以来の災因論的な図式が、近代やグローバリゼーションという新たな用語とともに繰
り返されているといえる。 」[本論 36-37 頁]

 そして第二節では、妖術に関する浜本満の一連の議論を取り上げこれを概観した。浜本の
研究は、最近の妖術研究が依拠している災因論的アプローチの欠点を指摘し、今後の妖術研
究において有用となる視座を提供するものであった。浜本は「人を呪縛する物語の一般的構
造」の解明に取り組み、(1)観念と出来事の経緯の相互反照性、(2)論理階梯の混同、
(3)自己実現的性格、の三つの知見を導き出すことに成功している。
 続く第三節においては浜本論について検討した。本論文に掲げる課題の性格上、私は浜本
が明らかにした上記の三つの知見のうち、三番目の知見─(物語の)「自己実現的性格」─
を重要視した。この知見は、従来の災因論的アプローチが見落としていた点であると同時に、
妖術と妖術師のリアリティが形成されていくプロセスの一部を忠実に描いていると考えら
れる。この知見が指摘するような現象は、妖術の物語だけにあてはまるものではない。マ-
トンが「自己成就的予言」という名において古くから問題化してきたように、我々が生きる
現実も、同様のプロセスを経た上で構築されている部分があると考えられる。
 しかし、浜本論は当事者たちの間で妖術の物語が自己実現していくことを突き止めてい
るといえるが、物語の一構成要素である妖術という存在が、人々に受け入れられている理由
までは説明してくれるものでないと考えられる。はなからその存在を人々が認めてくれな
いならば、妖術の物語は自己実現していくことができないであろう。妖術がリアルに感じら
れるのはどうしてかという本論文において掲げた問いに答えるためには、浜本の知見に加
えて、さらなる考察をする必要がある。
 この根源的な問いに対する答えの候補として、コマロフ夫妻[1999 ; 2000]の議論を創造
的に読み解いた浜本[2003]による考察を取り上げ、妖術が否応なく存在感を持たざるをえ
ないような環境的な条件について、引き続き考察した。浜本は「想像力の変化」という観点か
ら、コマロフ夫妻によるオカルトエコノミーの考え方を読み解く。この分析を参考にしつつ、

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妖術の存在が人々の間で市民権を得るような環境について検討を行なった。結果、次のよう
な結論を導き出すことができた。 
 
 「人々が生きる環境がどのように変化しようとも、そのことは妖術という存在がリアリテ
ィを持つための積極的な理由にはなりえない。なぜなら、グローバル化や近代化といった事
態が指摘できないような時代においても、妖術の語彙を用いて富の源泉について語る人々
はいたからである。 」[本論 37 頁]
 
 このように、妖術のリアリティがいかにして作り出されるのかという問題に関する分析
は、肝心の部分で暗礁に乗り上げてしまっているといえる。環境的な要因の存在はあくまで
もきっかけにすぎず、人々が妖術をリアルに感じる理由はいまだ謎のままなのである。
 次に第三章では第二章において明らかになった上記の問題について考察した。そして今
後の妖術研究の展望について私自身の意見を述べた。
 とあるシンポジウムの席で交わされたふたりの人類学者による議論を踏まえたうえで、
我々に残された課題─妖術のリアルさがどのようにして醸し出されるのか─を「妖術の語
り口の共有はいかにして可能か?」という形で言い換え、この問いに取り組むにあたり非常
に有益と思われるファヴレ=サアダの事例を検証した。また第三章では、妖術のリアルさが
醸し出される理由ではなく、この問題にアプローチするための方法を提示した。
 エヴァンズ=プリチャード、スペルベル、浜本、菅原ら四人の人類学者とは異なり、ファヴ
レ=サアダは調査地における妖術信仰にリアリティをもってしまった人類学者である。し
かし彼女がいかにして妖術の「語り口を共有」することができるようになったのかは不明で
ある。このことを説明することが今後の妖術研究における課題のひとつであることを私は
主張した。
 私はこの課題へのアプローチをふたつ提示した。ひとつはサンタクロースのリアリティ
が形成されるプロセスとよく似たプロセスを、今回の事例にも読み込むという方法である。
もうひとつは、都市に生きるエリート銀行員がキツネに憑かれるという事例におけるその
銀行員に観察することができた身体的精神的不安定さを、ファヴレ=サアダも保持してい
たと仮定してみるアプローチである。これらのアプローチはそれぞれ限界と問題を抱えて
いる。しかし妖術研究においていまだ未踏の領域を探求するための手がかりを模索するこ
とを目標にしているので、私はこれらのアプローチを提示した。
 今後の妖術研究においては研究者から見て「独特」としか表現することができない(1)
なんらかの事物の実在、(2)出来事と出来事の結び付き、という二つのことが、いかにし
て当事者たちにリアリティをもって受け入れられているのかが問題の焦点になると思われ
る。
 身近に生じた出来事を、人は他の出来事と関係付けて理解している。「人間は物語によ っ
てものを考える。 」[ベイトソン 2001:17] 本稿において確認したのは、(1)人がそのよ
うな物語に呪縛されて生きているということと、(2)それに呪縛されていく過程─浜本

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による物語の「自己実現的性格」であった。そして私はこれからの妖術研究における課題と
して(3)物語の構成要素であるなんらかの実在が自明視される理由の解明、すなわち、フ
ァヴレ=サアダが妖術の物語に呪縛されていったプロセスの解明を挙げたい。 

はじめに

 1937年に出版されたエヴァンズ=プリチャードの Witchcraft, Oracles and Magic


among the Azande, Oxford : Calrendon Press(邦訳『アザンデ人の世界』)以来、妖術
とそれにまつわる現象は人類学の学問領域において長らく研究対象であり続けている。そ
して近年、妖術に関する研究は再び活発化してきており、このような研究は枚挙に暇がない。
 しかし近年の研究は、妖術にまつわる現象を、当該地における経済的・社会的状況と直線
的に結び付けて説明するものがほとんどであり、当事者たちが妖術にリアルさを感じるメ
カニズムを明らかにしているとは言い難い。妖術がリアリティをもって人々に受け入れら
れていること。妖術の存在を真に受けて人々がなんらかの具体的な実践を行なうこと。これ
らのことがいかにして可能になっているのか。この問題に対する考察がなされていないの
である。
 そこで本論では、これまでの妖術研究がなかば等閑視してきたリアリティの問題につい
て考察したい。すなわち、「どのようにして当事者たちは妖術にリアルさを感じることが で
きているのか」という問いを発し、これに取り組んでみたいと思う。
 本論の構成は次のようになっている。まずはじめに第一章において、妖術という言葉が指
し示す内容について吟味し、本論において取り上げる妖術という対象を明確に定義する。第
二章では、90年代以降さかんに発表されはじめた研究を含め、これまでなされてきた人類
学的な妖術研究を批判的に概観し、妖術という研究対象についていままでどのようなこと
が論じられてきたのかを明らかにする。それと同時に、妖術を物語という分析用語を用いて
説明しようとする浜本満の研究を概観し、物語論的アプローチの有効性について検討する。
次に第三章では、これまでの妖術研究がなかなか足を踏みいれてこなかったトピック、「 妖
術の実在に人々がリアリティをもつメカニズム」について考察する。そして今後の妖術研究
の展望について私自身の意見を述べる。
 本研究は、
「妖術は彼らにとってのリアリティである」という言明とともに、省みられる こ
となくそのまま放置されがちであった問題─人が妖術にリアリティをもつメカニズムの解
明─に取り組み、妖術研究に新たな展望を開くものである。

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第一章 妖術という研究対象
 
 本章では、妖術という用語が指し示す内容について検討する。
 妖術とは何であろうか。妖術という名のもとに研究者によって注目されている現象とは
一体どのようなものなのだろうか。本章では妖術研究と呼びうる活動に従事する人類学者
が、具体的にはどのような現象を取り上げているのかを吟味し、そうすることによって、人
類学者が妖術という分析概念のもとで取り扱っている対象のその範囲を素描してみたい。
 
 第一節 エヴァンズ=プリチャードによる妖術研究

 初期の人類学的な妖術研究における第一人者として、スーダン南部に住むアザンデ族の
妖術信仰を調査したエヴァンズ=プリチャードをあげることができる。本節では、エヴァン
ズ=プリチャードの Witchcraft, Oracles and Magic among the Azande(邦訳『アザ
ンデ人の世界』)から、
「妖術の定義」と「妖術を研究対象にするにあたり分析の対象とさ れ
る具体的な事例」を拾い上げてみたい。
 まず「妖術の定義」から見てみよう。
 エヴァンズ=プリチャードは、アザンデの人々が使用するマング(mangu)という現地語
を妖術(witchcraft)と訳し、さらにングア(ngua)という現地語を呪術(magic)として、グベ
レグベレ・ングア(gbegbere(gbigbita) ngua)あるいはキティキティ・ングア(kitikiti
ngua)という現地語を邪術(sorcery, bad magic)として翻訳している[Evans‐Pritchard,
E. E. 2001:9-11]。
 また、妖術、呪術、邪術の三つの用語の意味内容は下記のようになっている。

 妖術 = 「妖物から発散すると言われている心的力。人の健康や財産に危害を加えることが
できると言われている。 」[ibid:9]

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 呪術 = 「呪薬を用いることによって目的を達することができると考えられている技術。呪
薬の操作が呪術儀礼であり、一般に呪文を伴う。 」[ibid:10]

 邪術 = 「不正あるいは不道徳とされている呪術。この意味で用いられていないことを断ら
ないかぎり、呪術といえば善い呪術を指す。 」[ibid:11]
 
 妖術の定義中に現われる妖物という用語は、妖術が生まれる源として考えられているも
のである。エヴァンズ=プリチャードの定義によると妖物(witchcraft-substance)とは「特
定の人物の体内に存在する物質」で、
「死者の場合は死体の開腹によって検出され、生きて い
る人間については託宣によって見いだされる」[ibid:9]ものであり、「親から子供へと単 系
的に遺伝する」[ibid:29]とされている。
 さらにエヴァンズ=プリチャードは、妖術師と邪術師に関して次のように記述している。

 アザンデ人は、ある人々は生まれつきの特性ゆえに妖術師であり、人に危害を加え
ることができると信じている。妖術師は儀礼を行なったり、呪文を唱えたり、呪薬を用
いたりはしない。妖術の行為は心的なものである。邪術師は悪い呪薬を用いて呪術儀
礼を行なうことによって他人に危害を加えると信じられている。アザンデ人は、妖術
師と邪術師をはっきりと区別する[ibid:27]。
 
 これら一連の翻訳もしくは意味内容の定義は、どのような基準に基づいてなされている
のだろうか。この点についてエヴァンズ=プリチャードは次のように述べている。

 私はアザンデ人が同じ呼び方をしている行為をひとつの見出しのなかに入れ、彼ら
が別のタイプと考える行為をそれぞれ区別した。(中略)アザンデ人がマングとかソ
ロカとかングアと言うとき、彼らがそれによって心に何を抱いているかを記述したい
と思う。したがって、託宣が呪術として分類されるべきかどうか、下歯が生える前に上
歯が生えてきた子供は不運に見舞われるという信仰が妖術の一形態であるかどうか、
あるいはタブーが禁止の呪術かどうかということにはあまり関心がない[ibid:8-9]。

 以上のことから次のことがいえる。エヴァンズ=プリチャードは、アザンデの人々が日常
生活上で用いる語彙のその使用のされ方に忠実に従い、マング(mangu)やングア(ngua)そ
してグベレグベレ・ングア(gbegbere(gbigbita) ngua)あるいはキティキティ・ングア
(kitikiti ngua)などの現地語を英訳するとともに、それらの意味内容を定義し、さらには妖
術師と邪術師の区別について述べている。
 さて次に、「妖術を研究対象にするにあたり分析の対象とされる具体的な事例」を抽出 し
てみたい。
 上記のような定義付けを行ったうえでエヴァンズ=プリチャードが取り上げている事例

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は、アザンデの人々が彼らの身近で起きた不運な出来事を説明するその仕方そのものであ
る。農耕や漁撈、狩猟や家庭生活などの「アザンデ人の日常生活のすべての分野」にわたって
妖術は重要なテーマとなっており、それは不幸な出来事が生じた原因として言及される
[ibid:75-76]。その具体的な様子はエヴァンズ=プリチャードによる下記の記述から伺い
知ることができる。

 胴枯れ病が落花生の収穫を台無しにすれば、それは妖術のせいである。獲物を追っ
てブッシュのなかを駆け回っても徒労に終われば、それは妖術のせいである。女が水
溜まりから苦労して水をかいだしても小魚しかいなかったとき、それは妖術のせいで
ある。白蟻が群れをなして飛び立つ時期にそれを待ちながら無駄に冷たい夜を過ごす
ことになったのも、妖術のせいである。妻が不機嫌で夫に不従順なのも、妖術のせいで
ある。王子の態度が冷たく家来によそよそしいのも、妖術のせいである。呪術儀礼が効
力を発揮しないのも、妖術のせいである。実際、あらゆる個人に、あらゆる状況で、活動
のあらゆる分野にわたって降りかかる失敗や不運は、妖術のせいである[ibid:76]。

 上記のような事例を分析の対象にすることによってエヴァンズ=プリチャードは、後の
人類学的妖術研究の方向性を決定する有名な主張を導き出す。すなわち「妖術観念は人間と
不運な出来事とのあいだの関係を説明し、またそれによって人間が不運に対処できる既存
の手段を提供してくれる自然哲学」なのである[ibid:75]。彼は次のように述べる。

 われわれは作物や狩りや隣人の病気などについて話題にするが、こういった話題の
なかにアザンデ人は妖術の概念を挿入するのである。妖術が落花生を胴枯れ病にした
とか、妖術が獲物を逃がしたとか、妖術が誰かを病いにしたといった表現は、われわれ
の文化において胴枯れ病のために落花生がやられたとか、今シーズンは獲物が少ない
とか、誰かがインフルエンザにかかったというのと同じなのである。妖術はすべての
不運にかかわっており、それはアザンデ人が不運について語るときの常套句となって
いて、それを用いて彼らは不運を説明する[ibid:76-77]。

 以上、非常に手短ではあるが、
「妖術の定義」と「妖術を研究対象にするにあたり分析の 対
象とされる具体的な事例」はなんであるのかに重点をおいて、エヴァンズ=プリチャードに
よる妖術研究を概観してきた。ここで確認できることは、(1)アザンデ人が使用する言葉
をその意味内容に忠実に従って翻訳・定義したものが、妖術や呪術そして邪術という分析
用語だということ、(2)エヴァンズ=プリチャードが妖術という概念のもとで分析対象
にしたのは「日常生活上でなんらかの不運に見舞われたアザンデ人が行う、妖術という言葉
が含まれた語り」だったということの二点である。

 第二節 分類上の混乱

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 本節ではエヴァンズ=プリチャード以降の妖術研究を前節と同様の問題意識に基づいて
概観する。
 エヴァンズ=プリチャードに続いて発表された他の研究者によるモノグラフのほとんど
は、多かれ少なかれ分類上の混乱につきあたっていたといえる。研究者たちはエヴァンズ=
プリチャードが設定した妖術師と邪術師の区別にこだわり、それぞれの調査地に存在する
「神秘的な手段で隣人に害を及ぼす人物」[Turner 1964:324]を、この区別に基づいて分類
するという誘惑にかられていた。
 例えばミドルトンとウィンター[Middleton & Winter 1963]は、社会構造上の差異によ
って、当該社会が妖術信仰を採用するのか、または邪術信仰を採用するのかを説明しようと
していた。だからこそ、エヴァンズ=プリチャードが設定した妖術師と邪術師の区別に強く
こだわっていたといえる。彼らは次のように述べる。

 我々は、妖術信仰はその土地の居住集団の形態として(家庭の世帯よりも大きい)
単系親族原理が採用されている社会で利用されており、一方、邪術信仰は単系親族原
理 が 使 用 さ れ て い な い 際 に 利 用 さ れ る と い う 意 見 を 持 っ て い る [Middleton &
Winter 1963:11-12]。

 しかし、とりたてて社会構造上の差異に関心を寄せていなかった他の研究者たちも、エヴ
ァンズ=プリチャードによる妖術師 witch と邪術師 sorcerer の区別に捕われていたとい
える。
 実際に研究者たちが直面していたのは次のような状態であった。例えば、タンガニーカ湖
周辺に住むワンブグウェ族に関するモノグラフにおいて、人類学者のグレイが妖術師とし
て提示する人物たちは、その攻撃技術を加入儀礼を通して両親から伝授されるうえに、邪眼
evil eye などによって意図的に他人を攻撃するものと考えられている [Gray 1963:161-
162]。ワンブグウェの人々は彼らを mosave と呼称する。一方、ワンブグウェ社会では、占
いを生業にしている mwanga と呼ばれる人々も存在しており、彼らもまた神秘的な手段で
他人に害を及ぼすとみなされている。彼らに対してグレイは邪術師という訳語を与えてい
る。そして「現地における理論上では、妖術師と邪術師の区別は十分すぎるほど明らかであ
る」[ibid:143]とグレイは述べている。
 しかしここには不自然さがあるといえる。つまり通常であれば施術師もしくは占い師と
して翻訳されてもおかしくない mwanga を、グレイはわざわざ邪術師と訳しているように
思えるのである。それに、グレイが妖術師として訳してみせる mosave は、その意図的に他
人を攻撃するという特徴に注目するならば、むしろこちらが邪術師として訳されるのに適
当であることが分かる。すなわちここでは、妖術師と邪術師という二項対立をなにがなんで
も押し通そうするあまり、ワンブグウェ社会における mosave と mwanga などの存在に、
グレイが妖術師と邪術師のラベル貼りを強行しているといえるのである。

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 上記のような事例の他にも、導入する必要がないのにも関わらず、わざわざ邪術師という
語彙を紛れ込ませようとするモノグラフや[Jean La Fontaine 1963:192]、調査地におい
て妖術師と邪術師の区別が発見できないことをいちいち断るようなモノグラフ
[Beidelman 1963:61]などがある。
 このような状況から次のことが指摘できるだろう。研究者たちは自分自身の調査地にお
ける「神秘的な手段で隣人に害を及ぼす人物」を言い表す際に、妖術師と邪術師という区別
に否応なく言及し、どちらの用語を使用すればいいのかについて頭を悩ませてきたのであ
る。彼らは無意識的に妖術師と邪術師の二項対立を念頭にして、調査地における「神秘的な
手段で隣人に害を及ぼす人物」を眺めてしまっていたのである。
 調査地における神秘的な人物の多様性を妖術師と邪術師の二つの極において分類しよう
とする傾向。このことが研究にもたらす混乱と閉塞状態に関しては、既にターナーや浜本ら
が言及している[Turner 1964, 浜本 & 加藤 1982]。もちろんこのような試みはうまくいく
はずがない。ターナーが指摘しているように、「エヴァンズ=プリチャードがこの区別を 最
初に設けた際、彼は明らかにそれをアザンデ文化に制限するつもりだった」からである
[Turner 1964:318-319]。
 ターナーは Witchcraft and Sorcery in East Africa[1963]に寄稿している著者の各論
文を次々に取り上げ、
「定義上の問題に対する包括的もしくはラベリング的なアプローチ は、
社会的な領域の文脈における実際の行動についての探求から、妖術師もしくは邪術師とし
て信仰や実践を適切に分類するという強迫観念に研究をそらさせてしまう」[ibid:324]と
結論している。そして、調査地で人類学者が耳にする「神秘的な手段で他人に害を及ぼす人
物」の属性を列挙している。以下は、ターナーが列挙したその属性の要約である。

 (神秘的な人物が)害を及ぼし殺人を行なう能力は「先天的なもの」か「購入された
もの」か「学習されたもの」か「遺伝されたもの」か、その力は「即座に人を死に至らしめ
るもの」か「薬によって作り出されたもの」か。
「使い魔は使用される」か、そしてそれ は
「可視的なもの」か「不可視のもの」か。
「敵になんらかの物質を不思議な仕方で投入 す
る」か、敵意あるまじないは「夜間に行なわれる」か「昼間に行なわれる」か、
「呪祖に よ
る霊への祈願がある」か[ibid:324]。

 上記の各属性は、地域によってばらばらに「神秘的な手段で他人に害を及ぼす人物」へと
付与されている。人類学者たちは、彼らがそれぞれの調査地で遭遇した「神秘的な手段で他
人に害を及ぼす人物」に不規則に備わるとされているこれらの属性を、エヴァンズ=プリチ
ャードによって提唱された妖術師と邪術師の区別に収束させようと試み、モノグラフの一
部をそのための作業に費やしてきたのである。

 第三節 文脈に基づいた定義

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 本節では、近年のモノグラフにおける妖術という言葉の定義、または、その言葉が指し示
す内容を吟味する。
 近年における代表的な妖術研究者たちのほとんどが名を連ねる論文集である Magical
Interpretations, Material Realities : Modernity, Witchcraft and the Occult in
Postcolonial Africa[2001]の序文において、ムーアとサンダースは本節と同様の試みを行
なっている。彼らは「What is witchcraft?」という名の節を設け、
「我々が使う(妖術とい う)
用語によって我々は何を意味するのか?」[Moore & Sanders 2001:3]という問いを発し
ている。
 彼らは妖術という用語について、それが「さまざまな活動─しばしば無法なもの─をカバ
ーするために一般的に使用されてきたこと」、「多くの論文において、それはオカル ト
occult、呪術 magic、魔術 enchantment とほとんど交換的に使用されてきたこと」を指摘
する[ibid]。例えば、彼らは妖術という用語によってカバーされているものとして「ゾンビや
儀礼殺人、身体部位の販売や市場操作、一般的な神秘的な力や魔術のようなもの」といった
事象を取り上げている[ibid:3-4]。
 ムーアとサンダースは、妖術という用語によって示される事象が多岐にわたる原因を、初
期の人類学的な妖術研究において妖術という用語がかなりおおざっぱに定義されていたこ
とに求めている。彼らによると、初期の研究において妖術 witchcraft という言葉は「神と悪、
因果関係、占いや治療に関する地方的な信仰」[ibid]を指し示していたという。この定義自体
のおおざっぱさが、妖術という用語が指し示す内容を研究者たちが気軽に拡張するのを許
していると彼らは述べている[ibid]。
 次にムーアとサンダースは、妖術という用語はそれぞれの調査地の文脈において理解さ
れるべきであるという、昨今の研究者たちに広く共有されている見解を紹介している。これ
は、(1)調査地における現地の人々自身が、妖術(英:witchcraft 仏:sorcellerie)とい
う言葉を使用することを根拠に、人類学者も妖術という用語を使用するという考え方と、
(2)「witchcraft という言葉や呪術そして力と関係した現地用語は、必ずしも有害な活動
と関係しているわけではない」[ibid:4]という二つの考え方を含む。例えば、このような見解
はゲシーレ[1997]が明確に打ち出しているものである。
 カメルーンを調査しているゲシーレは、彼自身が妖術と邪術という用語を使用する理由
として、調査地の人々自身がこれらの用語を使用していることをあげている [Geschiere
1997:225]。多様な意味の広がりを持つ現地の概念に対する正当な翻訳ではないことを認
めつつも、当事者であるアフリカの人々が使用しているという理由で、これらの用語を自分
も使用すると彼は述べている1)。 もちろんゲシーレは、エヴァンズ=プリチャードが設定
した妖術師と邪術師の区別にこだわらない。彼は、この区別は彼の調査地では当てはまらな
い区別であるとし、妖術師と邪術師という二つの言葉を交換的に用いると宣言している
[ibid]。
 現地の文脈に基づいて分析概念を使用するという傾向は、調査地という現場のリアリテ
1)
 Meyer[1995]も同様の立場を採っている。

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ィに即した分析を行なうために有益なものであろう。ムーアとサンダースも、彼ら自身が立
てた「我々が使う(妖術という)用語によって我々は何を意味するのか?」 [Moore &
Sanders 2001:3]という問いに対する答えを、
「調査地の文脈によって決まるもの」とし て
いるように思える。彼らは「What is witchcraft?」と題された節を、次のように締めくくっ
ている。

 アフリカにおける妖術は、現地の文脈に特有であり、時代の中で著しく進化または
変化し、アフリカ的な近代の様式に特別に結び付いた、複雑な歴史的現象である
[ibid:5-6]。

 つまり、上記の立場は調査地における文脈に重きを置き、その上で妖術という分析用語の
使用不使用、そしてさらに妖術という言葉が意味する内容を決定しようとするものといえ
る。
 しかしながらここにはひとつ疑問が残る。そもそもここでは、人類学者たちが、なんらか
の現象に妖術という用語を対応させることができる理由が全く明らかにされていない。妖
術という言葉で指し示すことができるような対象が、あらかじめ調査地において人類学者
を待っているかのように話が進んでいるのである。「妖術は文脈に特有であり、時代の中 で
著しく進化しまたは変化」[ibid]するのならば、いったいどのようにして人類学者はなんら
かの現象に妖術というラベルを貼ることができるのだろうか。「著しく進化しまたは変化 」
したとしても、その本質として残るものがあたかも存在するかのようである。
 この点について、上記に引用したムーアとサンダースによる「witchcraft という言葉や呪
術そして力と関係した現地用語」という言明は示唆的である[ibid:4]。この言明も疑問を抱
かせる側面を有している。どうして調査地におけるなんらかの現地用語が、「witchcraft と
いう言葉や呪術そして力と関係」していることが分かるのであろうか。 
 調査地におけるなんらかの現地語と、「witchcraft という言葉や呪術そして力」とを関係
づけているのは、人類学者であろう。現地の人々自身が、witchcraft や sorcellerie という言
葉を使用しているのであれば、ムーアとサンダースによる言明は理解できる。しかし、それ
以外のケース、つまり、現地の人々が witchcraft や sorcellerie という言葉を使用していな
いケースもいまだ存在しているはずである。このようなケースにおいて、人類学者はどのよ
うにして妖術という言葉を当てはめるのに適当な現地用語を特定することができるのであ
ろうか。  

 第四節 オカルトとしての妖術

 前節では、近年の妖術研究における「妖術の定義」と「妖術を研究対象にするにあたり分析
の対象とされる具体的な事例」について検討してきた。そこで確認できたことは、妖術とい
う言葉が意味する内容は、調査地の文脈によって決まるというものであった。しかし、この

13
ような立場は次のような疑問を生じさせる。各調査地において人類学者は、どうしてなんら
かの現地用語に、妖術というラベルを貼ることができるのだろうか。妖術というラベルを貼
られ得るような本質的な特徴を備えた現象が調査地には存在しているのだろうか。本節で
はこの疑問について考察する。
 妖術を調査地における文脈に基づいて定義すること。ゲシーレはこのことを早くから主
張しつつも、他方ではオカルトフォース occult force という言葉の使用を提唱してもいた。
彼は、カメルーンにおける djambe という言葉を妖術と訳すよりも、オカルトフォースのよ
うな中立的な用語で訳したほうがより適切であると述べる[Geschiere 1997:14]。
 djambe とは、東カメルーンの Maka 社会の人々にとって力 force もしくは存在 being
であり、「その持ち主が霊や動物に姿を変えることを可能にし、殺人に利用できる一方で 病
気治療に役立ったり、人の威信を高める」[ibid:13]ものとされている。それは人の腹部にあ
ると考えられてる(ibid)。したがってゲシーレによれば、西欧の歴史的な文脈において悪の
観念と結び付いている妖術という言葉によって djambe を翻訳してしまうことは、この言
葉が指し示す本来の意味を覆い隠してしまう危険があるという(ibid)。そこで djambe の訳
語として彼が提案するのがオカルトフォースという言葉である。この言葉は妖術と異なり、
無色透明かつ曖昧で善悪の区別を読み手に想起させない2)。
 ここで注目するべきことは、djambe なる現地語がオカルトという言葉によって翻訳され
ていることである。オカルトという言葉は神秘的もしくは超自然的という言葉と同義であ
ろう。ゲシーレが djambe に対してこのような言葉を対応させる根拠はなんであろうか。
 ゲシーレのように、これまで妖術という言葉で指し示されてきた現象を、オカルトという
言葉で指し示す試みはコマロフ夫妻によってもなされている。
 1999年に発表されたコマロフ夫妻による研究において妖術は、オカルトエコノミー
occult economy と い う 概 念 の も と で 取 り 上 げ ら れ て い る [Comaroff & Comaroff
1999]。ここで使用されているオカルトエコノミーという言葉は、物質的な目的にむけて魔
術的な手段が行使される状況を指す[Comaroff & Comaroff 1999:279]。コマロフ夫妻に
よると、妖術に関する報告は、儀礼殺人やゾンビそして悪魔崇拝に関する報告と並び、アパ
ルトヘイト撤廃後の南アフリカにおいて急増しているという。ここでは妖術はオカルトと
いう言葉で指し示されるような現象の一部として扱われているのである。
 しかし、
「オカルト的な信仰と実践は、現在恐るべき高まりで、世界中で広く深刻に経験 さ
れている」[Comaroff & Comaroff 2000:316]というコマロフ夫妻の主張に対し、ムーア
とサンダースは次のような問いかけを行なっている。

 「オカルト」という単一の言葉のもとに、異なる出来事や現象をどのような根拠にも
とづいて、比較したり分析したりできるのだろうか?[Moore & Sanders 2001:13]

2)
 しかし、ゲシーレはオカルトフォースという用語を提案しながらも、現地の人々が witchcraft もしく
は sorcery という言葉を使用しているという、調査地におけるリアリティを優先するべきだとし、妖術とい
う用語をやはり使用していくと述べている[Geschiere 1997:14]。

14
 ムーアとサンダースの問いは次のように言い換えることが可能であろう。どのような基
準に基づいてなんらかの現象や言明をオカルトと断言することができているのだろうか。
確かにこの点については一切語らないまま、妖術研究に従事する研究者たちはオカルトと
いう言葉を分析概念として使用している。また上記のコマロフ夫妻のように、妖術をオカル
トという概念のもとで他の様々な現象とともに分析対象にしている。
 ここでは、なんらかの現象が詳しい説明もなく一方的に特定の用語で指し示されてしま
うという事態が生じているといえる。このような事態は「迷信」という言葉についてもあて
はまる。例えば、実験心理学者のスチュアートは、分析対象となるなんらかの言動が、どのよ
うな条件を満たしているときに迷信という言葉でそれはカテゴライズされえるのかという
問題を見過ごしたまま、さまざまな現象を迷信として記述している[スチュアート 1997]3)。
 少なくとも人類学者によるモノグラフを見る限り、次のことを指摘することができるの
ではないだろうか。人類学者は彼ら自身が同意することのできない、すんなりと受け入れる
ことができない慣行・習俗・言動に遭遇し、それらをリアルに受け止めている人々と、自分
自身との間に絶対的とも言いえるような距離を感じた際に、オカルトや迷信、そして妖術と
いう言葉を使用する。
 従来から、人類学のモノグラフにおいては、
「神秘的な」という形容詞とともに、妖術や 邪
術という言葉が使用されてきた。第二節で見たように、各調査地における「神秘的な手段で
隣人に害を及ぼす人物」[Turner 1964:324]をモノグラフ上で指し示すために、研究者た
ちは妖術や邪術という言葉を使用してきた。しかし、そもそも「神秘的な」という言葉、つま
り、オカルトという言葉は、何の断りもなくいきなり使用されている場合がほとんどである。
どのような特徴や性質がその条件として確認されたのかが明らかにされぬまま、
「神秘的 な」
という言葉が研究者によって持ち出され、調査地における特定の人物が、妖術師や邪術師と
いう言葉で指し示されてきたのである。上述のムーアとサンダースの問いは、この点を鋭く
突いているといえる。そして、この問いに対する私なりの答えが、人類学者の違和感もしく
は疎隔感である。オカルトや迷信そして妖術という言葉は、受け入れ不能あるいは同意不能
と思われる慣行・習俗・言動に出会った人類学者によって発せられているのではないだろ
うか。
 例えば、エヴァンズ=プリチャードの『アザンデ人の世界』には、我々(人類学者であるエ
ヴァンズ=プリチャードを含めた西洋人)と彼ら(アザンデの人々)の違いが強調して描
かれる場面が登場する。

 われわれにとって妖術とは、迷信ぶかいわれわれの祖先を悩ませ、困惑させたなに

3)
 オカルトや迷信といった言葉の対概念と考えられる合理性という言葉に関する研究はこれまで多くな
さ れ て い る 。 Lloyd[1990] 、 Hollis & Lukes[1982] 、 Overing[1985] 、 Wilson[1970] 、 Horton &
Finnegan[1973]。本来ならば、これらの研究を踏まえた上でオカルトや迷信という言葉について考察すべ
きではあるのだが、ここではこれらの研究については詳しく言及しない。

15
かである。しかし、アザンデ人は昼でも夜でも、いかなるときにも妖術に出会うことを
予期している[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:77]。

 アザンデ人が妖術について語るとき、われわれが自分たちの歴史上に登場する妖術
について語るときのように、それを不思議なものとしては語らない。妖術は日常の出
来事であり、妖術に言及することなしに一日が過ぎ行くことはない[ibid:76]。

 妖術は「客観的な存在ではない」[ibid:75]と断言するエヴァンズ=プリチャードにとっ
て、アザンデ人は「西欧人である迷信ぶかいわれわれの祖先」と同様であることが上記の引
用から読み取れる。もちろんエヴァンズ=プリチャードは、迷信という言葉はどのような際
に使用することができるのかという点については考察していない。迷信とそうでないもの
を彼がどのようにして区別しているのかは明らかにされることはない。
 上記のようなオカルトや迷信や妖術という言葉の使用のされ方は、
「呪術」や「儀礼」ま た
は「象徴表現」といった「大きなことば」[中川 2003:263]のそれと似ているかもしれない。
「大きな言葉」とは、
「比較を行なえば、必ず使わざるを得ない(中略)「真理」

「美」

「宗教」 、
「神話」

「都市化」

「暴力」など」の言葉であ る[ibid]。グッドならば、このような言葉を「便利
な言葉 odd job word」と呼ぶであろう[グッド 2001:35]。これらはその意味を明確に定義
されて使用されることはないが、雑多な事象をひとまとめにして含みこむことのできる文
字通り便利な言葉である。
 「呪術」や「儀礼」そして「象徴表現」という「大きなことば」に放り投げられていったのは、
人類学者がすんなりと受け入れることができない現地の人々の言動であった[浜本 1985,
2001; スペルベル 1984; 梅屋 2001]。人類学者にとって理解不能の事象がこれらのカテゴ
リーに含められていったのである。オカルトや迷信や妖術という概念もこれらの概念と同
様の運命を辿っているといえる。現地の人々が witchcraft という言葉を実際に使用してい
ようがいまいが、結局はその言動に「分からなさ」を感じた人類学者によって、現地の人々の
言動はオカルトや妖術という言葉で分類されうるのである。先に見てきたように近年では、
オカルトという言葉が妖術という言葉の代わりに積極的に使用されつつある。しかし、これ
らの言葉がどうして現地の人々の言動に対して付与されえるのか、または、これらの言葉は
どのような条件を満たしている事象に対して使用することができるのかという問題につい
てはどの研究者も語らない。
 つまり、この言葉が相変わらず表明するのは、現地の人々の言動に対する人類学者自身の
違和感なのである。

 第五節 合理的な我々と非合理な彼らという図式

 本節では、前節で行なった議論を踏まえて、我々と彼らの差異について考察し、妖術とそ
れを研究することに対する私自身の立場を示す。そうしたうえで「どのようにして当事者た

16
ちは妖術にリアルさを感じることができているのか」という本研究における課題を再確認
したい。
 前節においては、オカルトや迷信や妖術といった言葉を人類学者が使用する理由につい
て考察した。そこで我々は次のような推測を得ることができた。人類学者は、自らが違和感
や疎隔感を感じる現地の人々の言動を観察した際に、オカルトや迷信や妖術といった言葉
を使用している。
 仮に、オカルトや迷信や妖術といった用語が、自分自身が真に受けることができないよう
な主張、虚構もしくは荒唐無稽に思えるような言動に遭遇した人類学者によって使用され
るものであるとしたら、妖術という言葉の定義をする必要はなくなるといえる。なぜなら、
もともとなんらかの本質的な特徴を備えた事象に、妖術というラベルが貼られるわけでは
ないことになるからである。
 確かに、妖術という分析用語によって研究者たちが翻訳する現地用語には共通して抽出
できる特徴はある。それらの現地用語の多くは、力または原因として言い換えられることが
可能な何かである4)。 多くの調査地において人類学者によって妖術として翻訳されえるそ
のなにかは、病気や事故といった不幸な出来事を生じさせるもの、人の経済的社会的地位を
上昇させるものとして、現地の人々に捉えられている。
 しかし、調査地における現地用語は、このような力や原因といった特徴を備えているから
という理由のみに基づいて、妖術という言葉に翻訳されているわけではないと思われる。人
類学者が違和感や距離感を感じることができて初めて、なんらかの現地用語は、妖術という
言葉で置きかえられると考えるのが妥当である。
 上記のような推測は、エヴァンズ=プリチャードが設けた「神秘的概念」
「常識的概念」
「 科
学的概念」の三つの区別を見れば、あながち的外れなものではないことが分かる。以下に、こ
れらの区別を列挙する。

「神秘的概念」 = 現象に対して、観察や論理的推察からは導かれない、あるいは部分的にしか
導かれない、しかも現象がもたない超感覚的な属性を付与するような思考形
態[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:13]。

「常識的概念」 = 現象に対して、観察されたこと、もしくは観察から論理的に推察可能なこと
だけを付与するような思考形態。観察が不完全なために誤って受けとられて
いても、観察されていないなにかを主張するのでないかぎり、その概念は神
秘的概念とは分類されない。それは超感覚的力がつねに想定されている神秘
的概念とはやはり異なっている[ibid]。
4)
 現地の人々は、人類学者が妖術として翻訳し、さらに、力や原因という言葉で指し示すような現地語を、
はたして同じように力や原因という言葉で言い換えることがあるのかどうか疑問である。ゲシーレは現地
の人々の語りを要約する形で powers という言葉を使用しているようである[Geschiere 1997:1]。しかし、
エヴァンズ=プリチャードは現地の人々の語りとは独立した形で、すなわち彼自身の考えだけに基づいて、
(心的)力や原因という言葉を使用しているように思える[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:9,45-46]。

17
「科学的概念」 = 常識から発達したものではあるがはるかに方法論的であり、観察や推論のた
めのより優れた方法をもっている。常識は経験と手探りの方法を用いる。科
学は実験と論理学の方法を用いる。常識は因果関係の連鎖のうちのごく一部
だけを用いる。科学は因果関係の連鎖の全体もしくは常識よりもずっと多く
のことを観察する[ibid:14]。

 おそらくエヴァンズ=プリチャードは、上記の区別に基づいて、アザンデの人々がマング
(mangu)と呼ぶものを妖術として翻訳していると考えられる。すなわち、彼にとってマン
グ(mangu)は「神秘的概念」に含められるものであり、この判断を支えているのが「科学的
概念」なのである。ここではまさしく「科学的概念」は、
「ある概念を神秘的概念として分類 す
るかそれとも常識的概念として分類するかという問題が生じたとき、その判断を求める審
判者」である[ibid:14]。
 しかし、ここには問題がある。エヴァンズ=プリチャードが「科学的概念」の後ろ盾を利用
して、マング(mangu)を妖術すなわち「神秘的概念」として扱うその根拠が示されていな
い。自動的に初めからそうであると言わんばかりにマング(mangu)が「神秘的概念」に含
まれているように見えるのである。しかるべき厳密な検証作業を経た上で、このような判断
が下されているとは言い難い。
 彼が上記の三区分を行なう上で重視しているものとして「観察」をあげることができる。
観察とはつまり目で見てなんらかの存在をじかに確認するということであろうか。文字通
り、感覚的にその存在を認めることができるものが、
「常識的概念」と「科学的概念」に含め ら
れるのであろうか。もしそうであるならば、エヴァンズ=プリチャードは誤謬を犯している
ことになる。彼が定義するところの「科学的命題」には、科学者が肉眼でその存在を観察する
ことができるものの他に、肉眼で捉えることができないものも含まれているはずである。例
えば、ニュートリノ、クラス、点、マイル、命題、数、属性、事実、重力などがそうである5)。 エ
ヴァンズ=プリチャードは感覚的に観察不可能という理由から、これらを「科学的概念」か
ら除外するだろうか。そうではあるまい。エヴァンズ=プリチャードは、迷わずこれらを「科
学的概念」に含めるはずである。
 私の上記の判断はなんの根拠にも基づいていない。しかし私は、ニュートリノ、クラス、点、
マイル、命題、数、属性、事実、重力などを、エヴァンズ=プリチャードが設定するところの
「科学的概念」に躊躇することなく含めることができる。これは何故であろうか。 その一方
で私は、エヴァンズ=プリチャードと同様に、アザンデ人がその存在を語るところのマング
(mangu)、すなわち妖術を、上記の三つの概念のうち「神秘的概念」の方へ含ませることに
何の疑念も持たない。これも何故であろうか。
 エヴァンズ=プリチャードは「われわれのもてる科学的知識と論理学が、神秘的概念、常
5)
 これらの存在はクワイン[1984:390, 451]やベイトソン[ベイトソン 2000:80]から引用したもので
ある。

18
識的概念、科学的概念を決める唯一の審判者」と述べる一方で、
「しかしそれらの判断はけ っ
して絶対というわけではない」と述べ、
「科学的概念」が「神秘的概念」と「常識的概念」を区 別
する審判者として絶対的な基準とはならないことを付け加えている(ibid)。しかしそうし
ながらも、彼は審判者としての「科学的概念」の正しさをなかば盲目的に前提してはいない
だろうか。
 ここには、
「合理的な我々と非合理な彼ら」という区別がある。あからさまにこのような 区
別をモノグラフ上で表明する研究者は、フレーザーやタイラーらが活躍した人類学の黎明
期を除いて、現在ではほとんど見られないといってよい。しかし、妖術研究に従事する昨今
の研究者たちの中には、表明こそしないものの、
「合理的な我々と非合理な彼ら」という暗 黙
の了解をしっかりと抱えている者がいると考えられる。例えば、ある人類学者は調査地にお
いて邪眼の話を耳にし、次のように述べている。彼は邪眼の話に対する自らの構えを、やや
露悪的に披露する。

 午後の盛り時分、もう疲れたと宣言して、私の助手が寝に行く。なんという時間の無
駄か。かれは目をさます。しかし気分が悪いのをおぼえて、邪眼のせいかもしれないと
疑っている。(中略)どういうわけでこうしたことは私をうんざりさせ、唖然たらし
め、いらいらさせるのだろう。それなのに、私はこうしたことに関心をそそられ、それ
で頭がいっぱいになり、面白がるのである。(中略)邪眼が実在しないこと、こうした
ことはわかりきっている[スペルベル 1979:18]。

 さらに彼は次のように述べる。

 用いられた手段が、明示的であれ黙示的であれ、目的であるものに──それが認識、
コミュニケーション、生産のいずれであるかを問わず──明瞭に釣り合わないと思わ
れるあらゆる活動を、つまりその存在理由が私には捉えられないあらゆる活動を、象
徴的なものとみなしてノートするのだ。簡単にいえば、私がフィールドで用いる基準
は、実際、非合理性という基準なのだ。違うやり方をしている民族学者がいれば知りた
いものである[ibid:19-20]。

 「私がフィールドで用いる基準は、非合理性という基準なのだ」と公言してはばからない
上述の人類学者は、どうして邪眼が実在しないことをすぐに断言できるのだろうか。邪眼の
話は、彼によって一瞥されるなりすぐに非合理というラベルを貼られてしまっているよう
に思える。
 上記のような疑問を発するからといって、なにも私は、合理と非合理を区別する方法につ
いて思索しようとしているのではない。そうではなく、私が取り組みたいのは、人類学者が
調査地において遭遇した現地の人々のなんらかの言動を、どうして確信をもって非合理な
ものと判断しえているのか、という問題である。この確信はどこから生じてくるのだろうか。

19
また同じように、調査地における現地の人々もどのようにして妖術の存在に確信をもつこ
とができているのだろうか。私はこの二つの問題を同時に視野に入れて、リアリティについ
て考察してみたいのである。
 私の立場は医療人類学者のグッドのそれと同様である。グッドは「医学的知識が進歩して
いるというわれわれの確信がなぜ生じるのかを説明できて、(中略)異文化間の比較をす
るのにもっと役に立つような理論的枠組みを提示すること」を目論む[グッド 2001:14]。こ
こでの「医学的知識」とは我々が依拠する合理的なものであり、エヴァンズ=プリチャード
が定義してみせた「科学的概念」といえる。
 グッドは「医学の言語は経験的世界を映し出す単なる鏡ではない」とする[ibid:8]。科学は
自然のありのままの姿を正確に描写するのではないということである。
 しかしそう述べつつも彼は「われわれ自身の知識の体系は自然の秩序を反映していると
か、それは実験の成果の積み重ねから生まれた進歩する体系であるとか、われわれの生物学
的カテゴリーは、基本的に文化的で『類別的』であるというよりも、自然で『記述的』であると
いった強い信念を回避することは困難である。このようなことを心の奥底で当然の前提と
することによって、われわれの医学的知識の体系は正当なものとして認められている」とも
述べ[ibid:5]、我々が知らず知らずに「医学的知識」を絶対的に正しいものとして捉える傾向
について言及している。
 グッドは、我々が依拠する合理的な科学を、妖術の話と同列にし、けっしてどちらにも絶
対的な正しさを付与しないといえる。彼はそのような立場のうえで、科学の自明性が構築さ
れるメカニズムを明らかにしようとしているのである。
 科学と妖術に対する私の態度は、上記のグッドのそれと同様である。
 私はグッドの意見に沿う形で、探求を始めてみたい。しかし、その著書の随所において人
類学者の主知主義的な態度を批判するグッドとは異なり、実は私自身は、妖術は「客観的な
存在ではない」[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:75]と確信を持って考えている人間である。
 とはいえ、このこと自体は批判されるべきことではないと私は考える。むしろ、このよう
な私自身の状態─「妖術は実在するはずがない」と断言できてしまう状態─がいつのまにか
既に形成されてしまっているという事実を重視し、ひるがえって、私自身が違和感や距離感
を覚えてしまわざるをえないような妖術という存在をリアルに感じている人々が、いかに
してそうできているのか、そのメカニズムを解明してみたいと考える6)。

 第六節 第一章のまとめ

 本章では、人類学的な妖術研究において、妖術という言葉によって指し示される対象の内
6)
 このような問題意識は、浜本満氏との個人的なコミュニケーションからヒントを得て構築したもので
ある。浜本は次のように述べた。
「ある人はなぜそのような力の存在を『信じ』ているのだろうか」という問 い
は、
「私はなぜそのような力の存在をこんなにも頑固にも『信じ』ることができないのだろうか」という問 い
とワンセットで問われなければならない。 」

20
容を素描することを試みた。エヴァンズ=プリチャードによる古典的な研究書である
Witchcraft, Oracles and Magic among the Azande から、昨今の代表的な妖術研究者
が 寄 稿 し た 論 文 集 で あ る Magical Interpretations, Material Realities:Modernity,
Witchcraft and the Occult in Postcolonial Africa までの論考において、妖術という分析
用語が意味するものを概観した。
 その結果、次の三点を確認することができた。(1)エヴァンズ=プリチャードは、アザ
ンデの人々が不幸を引き起こすものとして言及する mangu という存在を妖術として翻訳
したこと。(2)さらに彼がアザンデ社会に限定して設けた妖術師と邪術師という区別が、
人類学的な妖術研究における標準的な区別として盲目的に継承され、研究者たちはそれぞ
れの調査地に存在する「神秘的な手段で他人に害を及ぼす人物」[Turner 1964:324]をこの
区別に基づいて分類することに集中してきたこと。(3)「神秘的な手段で他人に害を及ぼ
す人物」[ibid]という言葉がなんの違和感もなく使用されていることからも分かるように、
調査地におけるなんらかの人物と現地語を、妖術師または妖術として翻訳する人類学者の
多くが、表明するしないにかかわらず「合理的な我々と非合理な彼ら」という図式を内面化
したうえでそうしていること。すなわち人類学者が妖術として翻訳する、調査地におけるな
んらかの存在は、人類学者にとっては、客観的には実在しないものとして最初から判断され
ること。そして、以上の点を踏まえたうえで、私は自らの立場を次のように表明した。

 「本論文では、人類学者が妖術に違和感を感じることと、調査地における現地の人々が妖
術をリアルに感じることの二つの現象を、同じコインの表裏の関係として捉え、お互いがそ
のようなリアリティに生きることが可能になったメカニズムに注目していきたい。 」

 このように第一章では、妖術研究における妖術という分析用語が指し示す対象の輪郭と、
妖術に対する人類学者の立場、そして本論文を執筆する私自身の立場が示されたといえる。
 次の第二章では、妖術の存在を人々がリアルに感じるメカニズムを明らかにするという
本論文の課題に、いよいよ取り組んでいきたい。

21
第二章 物語論的アプローチによる妖術研究
 
 前章では、人類学者によって妖術という分析概念のもとで研究対象にされてきたものを
明らかにすることを試みた。結果として、次のような推測を得ることができた。

 「人類学者はなんらかの出来事を生起させる存在として調査地における現地の人々が言
及するものに対し「分からなさ」や「違和感」や「非合理性」を感じた際に、その存在を妖術と
いう言葉に翻訳し研究対象にする。 」

 また、前章では妖術研究に臨む私自身の立場についても言及した。すなわち、(1)人類
学者は彼等自身が妖術として翻訳する存在を真に受けることができないということと、
(2)調査地における現地の人々が、人類学者によって妖術として翻訳されるものの実在
を確信していること、という二つの現象を前にし、これら二つの現象を別々の問題として捉
えるのではなく、コインの表裏の関係として把握し、両者を同じ問題として扱うことを私は
表明した。私のこの立場は「人間がその中で生きているありとあらゆる幻想的なものの正体
の解明は、同様な幻想を生きている自分自身の解明と並行してなされねばならない」[浜本
1989a:86]という浜本満の考え方に準じるものである。
 本章では、人が妖術にリアリティをもつ機序についていちはやく取り組んできた浜本満
の研究を概観する。妖術研究の蓄積は膨大な数にのぼる。しかし私の知る限りでは、妖術が
当事者にとってリアリティとなるメカニズムを解明しようとする研究は、浜本の研究を除
いてほとんど皆無である。
「どのようにして当事者たちは妖術にリアルさを感じることが で
きているのか」という問いを掲げる本論文において、浜本による妖術に関する一連の論考を
取り上げるのはそのためである。
 本章の構成は次のようになっている。まず第一節において、90年代における妖術研究が
批判的に検討される。この作業により、次節で取り上げる浜本満の妖術論の、これまでの妖
術研究における位置付けが明らかになる。続く第二節では、ケニア東海岸部に居住するドゥ
ルマ族の妖術の事例に基づいた、「人を呪縛する物語の一般的な構造」に関する浜本満の 分
析を詳細に追う。そして第三節では、浜本論に検討を加え、本論文において有用と思われる
知見を抽出する。

22
 第一節 出来事を説明するものとしての妖術

 メアリー・ダグラスの編集による Witchcraft Accusations and Confessions が70年


代初頭に刊行されたのを境に、妖術に関する人類学的なモノグラフは以後急速に減少して
いく。しかし90年代以降、ゲシーレ[1997]を皮切りにして、人類学的な妖術研究はにわか
に活発化してきている。本節では、近年増加傾向にあるこれらのモノグラフを概観し、その
特徴の抽出とそれに対する批判的考察を行なう。
 90年代以降における妖術研究には共通の特徴を指摘することができる。これらの多く
は、妖術を資本主義経済や国家との兼ね合いにおいてとらえ、90年代以降のアフリカにお
ける近代化がどのような経過をたどっているのかについて考察するものがほとんどである
コマロフ夫妻[1993]を筆頭にして、アフリカ中の様々な地域から報告がなされている
[Geschiere 1997 ; Comaroff & Comaroff 1993, 1999 ; Ashforth 2000, 2001 ;
Meyer 1999 ; Parish 2000 ; Francis 2001 ; Masquelier 2000]。
 たとえばフランシス[2001]の以下の言明には、昨今の妖術研究者の立場が簡潔に示され
ている。

 多くの最近の研究が、カメルーンやアフリカ各地における、富の蓄積の不思議な出
所に関する妖術信仰の復活を、消費資本主義によって生成される貧困の世界化、不確
定性、不安とともに説明してきた。妖術は資本主義の衝撃のみによっては説明するこ
とはできないが、我々は資本主義を無視することもできない[Francis 2001:46]。

上述のフランシスと同様に、コマロフ夫妻は社会変化と妖術信仰の活発化とを結び付けて
いる。コマロフ夫妻はアパルトヘイト撤廃後の南アフリカにおいて増大している、魔術的な
思考のあらわれの一事例として、妖術師の疑いをかけられた年長者が若者に殺される事件
に触れている。このような妖術師殺しは、コマロフ夫妻が依拠する資料 Ralushai report7)
によれば、1985年から1995年の間では300件であったにもかかわらず、翌年19
96年の半年間だけで676件も生じているという[Comaroff & Comaroff 1999:285]。
コマロフ夫妻はこのような状況の背景として、アパルトヘイト撤廃後に訪れるはずであっ
たであろう世界に対する南アフリカの人々の楽観的な期待が裏切られたことを指摘する。

 (妖術師や儀礼殺人そしてゾンビであふれる南アフリカ:筆者註)社会は、自由事
7)
 妖術にまつわる暴力事件を調査するために、南アフリカ地方政府によって1995年3月に設立された
委員会、The Commission of Inquiry into Witchcraft Violence and Ritual Murders in the Northern
Province が発行した報告書。組織のメンバーは委員長である社会人類学者 N. V. Ralushai を筆頭に、法学
者、治安判事、弁護士、首長、南アフリカ伝統医療協会会長、神学者、警官など様々な分野の人間によって構成
される。報告書は288ページに渡り、そこには173地域42組織の代表者に対するインタビュー、フィ
ールドワークに基づいたデータ、150ページに及ぶ裁判記録、写真、地図が掲載されている。妖術に起因し
た暴力や儀礼殺人は蔓延していると報告書は結論付けている[Comaroff & Comaroff 1999:285 ; Isak
Niehaus 2001:191]。

23
業への楽観的な信念が初めて新自由主義的な経済の現実に直面した社会である。これ
らの社会が直面した現実とは、生産現場や労働者の需要の予測できない変化の現実で
あり、空間と時間と金の流れにたいする安定した統制を行使することに内在する困難
の現実であり、国家の不確かな役割の現実であり、純粋利益を度外視する、新たな団結
が実現するために参照する明確な方針をぬきにした、古い政治的団結の限界の現実で
あり、市民社会と近代的主体の本来的な性質を取り巻く不確定性の現実である[ibid:
294]。

またアスフォース[2001]は、南アフリカの一都市 Soweto における妖術言説と、それが与


える恐怖について報告している。Soweto の住人たちは、失業、貧困、治安の悪さ、アルコール
の濫用がもたらす暴力、HIV などの深刻な問題を抱えている。このような状況においては、
「懐疑的とされる人々の間でさえも、いかに不幸に意味を見い出そうとする努力と、不幸を
耐えうるものにしようとする努力が、容易に妖術の推測と結び付くのかが理解できる」とア
「もし も Soweto の人々が、お金や病気、そして早死に関する
スフォースは述べる。そして、
悩みから免れた生活をすることができれば、妖術を用いて彼等を苦しめることができると
いう他人に関心をなくすであろう」と語っている[Ashforth 2001:221]。
 さらに、上記のように消費資本主義と貧困問題に焦点を定めた研究だけでなく、最近の妖
術研究の中には、近代国家をも内包した研究も並存している。ゲシーレは、妖術と妖術師の
存在が国家的に認知され、地方の人々だけでなく、エリートや政治家たちまでもが妖術のイ
ディオムを使用するカメルーンの状況について次のように述べている。

 人々は金持ちを疑わしく思い、彼等と妖術を結び付ける。しかし、金持ちもまた、彼
等自身を嫉妬や親族の攻撃から守るために、その結び付きを推奨する。妖術概念が、不
可解な近代的変化でさえも、なにもかもを説明することができる万能薬になることが
できているのは、その曖昧な性質ゆえである。(筆者略)あらゆる種類の解釈をする
ことを許すこの流動性こそが、これらの言説が近代的な文脈においても説得力を持つ
理由である[Geschiere 1997:138-139]。

以上の他にも、ガーナにおけるペンテコステ派教会が、妖術と資本主義的な商品を結び付
けて考える人々を、独特の神学によって改宗していくプロセスを追ったメイヤー [1999]の
報告。ナイジェリアにおけるカニバリズムやゾンビの噂と、消費経済や貧富の差との関連を
扱ったマスクリエ[2000]の報告がある。このように妖術に関する研究は、90年代以降、に
わかに人類学の領域において再び活発化してきているといえる。
 これらの研究群の根底に共通して流れている主張は次のように要約することができるだ
ろう。

 「近代化または資本主義経済化(グローバリゼーション)がもたらす経済的不平等、貧富

24
の格差、そしてこれらの現象に関する不確定性を、アフリカの人々は妖術観念を用いること
によって理解しようとしている。 」

 このような考え方は、とりたてて新しいものとはいえない。このような見解は、第一章で
概観したエヴァンズ=プリチャードのそれと同型のものである。
エヴァンズ=プリチャードは妖術を、なんらかの不幸な出来事に遭遇したアザンデの人々
が、これらの事象を説明するために動員するものとし、妖術研究を行う上で非常に有用とな
る視座を提供した。たとえば、この視点に沿う形で長島信弘は、人が彼・彼女を襲う災いに
たいして行う説明を「災因論の体系」と名付け、西ケニアのテソ族がもつそれを明らかにし
ている[長島 1987:1]。
 90年代以降頻繁に刊行されている妖術に関する研究群は、上記の視点を受け継いでい
るといえる。そこでは妖術観念は、不可解な現象や不幸な出来事を理解可能なものにするた
めの語彙としてとらえられており、さらにそれは最近の研究群においては特に、近代や資本
主義、グローバリゼーションや国家といった項目と結び付けられて語られている。つまりこ
こでは、エヴァンズ=プリチャード以来の図式が、近代やグローバリゼーションという新た
な用語とともに繰り返されているのである。出来事を理解可能にするために妖術信仰は持
ち出される、という図式が繰り返し提示されているのである。

 第二節 人々の生きる経験を作りだす物語としての妖術

 前節で述べてきたような災因論的アプローチを乗り越えるかたちで、人類学における妖
術研究は新たな展開を見せている。浜本満は、物語という分析概念を使用しつつ、エヴァン
ズ=プリチャード以来の災因論の分析枠組みが見落としていた点に光をあてる。
 浜本は、妖術観念は不幸な出来事を説明するだけでなく、むしろ、不幸な出来事を作り出
すと主張する[浜本 1982]。妖術観念をその要素とする物語は、なんらかの理解不能な出来
事に直面している当事者たちによって確かに動員される。しかし、理解不能なものを理解可
能にするあかつきに、妖術の物語は、当事者たちに新たな世界の見え方(宇宙論的統覚
cosmological apperception)をも提供するのである[ibid:71]。
 妖術観念は、目下問題となっているところの不幸な出来事の、その生起した理由を説明す
るだけでなく、人々の経験をも新しく組織するという浜本の見解について、以下詳細に見て
いきたい。

  第一項 観念と出来事の経緯の相互反照性 

 ケニア東海岸部における詳細な事例に基づいて、浜本は、妖術の物語をはじめとした「人
を呪縛する物語の一般的な構造」の特徴を指摘している(浜本 1989b)。この特徴は(1)
観念と出来事の経緯の相互反照性、(2)論理階梯の混同、(3)自己実現的性格、の3つ

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に整理できると思われる。少々長くなるが、浜本が提示する具体的なドゥルマの事例を全文
引用させていただく。以下は、ドゥルマ人男性の話した妖術の話を浜本が要約したものであ
る。

 セカンダリー・スクールに在学中、彼自身認めているように、彼はけして模範的な
学生とは言えなかった。彼の関心は女性と関係をもつことにあり、その点にかけては
他の若者たちより一歩抜きんでていた。この目的で彼は「惚れ薬」の使用すら辞さなか
った。セカンダリー・スクールは終えたものの、彼の成績は彼に望ましい職を得させ
るには不充分なものであった。ちょうどその頃、近くの村の成人教育を担当する教師
が募集になった。彼はその職を、自分と同じ村に住むセカンダリー・スクール当時の
同級生と張りあうことになった。彼は見事競争に勝ってその職を手に入れることがで
きた。その同級生の父親は、彼が何か不自然な手段を使ったに違いないと触れまわっ
ていた(著者註:これは彼が妖術を使用したことをほのめかす中傷である)。
 彼の病気が始まったのは、それからまもなくであった。彼はさまざまな身体的不調
を訴えるようになり、病院へも行ったが、その結果はおもわしいものではなかった。治
ったと思ってもまた発病の繰り返しだったのである。彼は病院へは行くことをやめた
彼の症状はしだいにひどくなり、誰もが彼はもう長くないと考えていたという。占い
の結果、はじめはそれは憑依霊の仕業だとされた。ただちに治療儀礼が開かれた。しか
しその結果、彼には確かに憑依霊がついてはいたが、その霊は彼の病気に直接責任が
ないことが判明した。別の占いを諮問した結果、それは妖術であるとわかった。占いは、
それが占いの常であるように、誰が妖術使いであるかまでは明言を避けたが、彼とそ
の家族のものには、その正体は明らかであった。例の同級生の父親に相違ないのだ。こ
の男は、ここしばらく彼の屋敷を訪れず、彼が病気と聞いても見舞いにも来ていなか
った。彼の父親は占いの結果に激怒し、家族の人々はその男の屋敷へは立ち寄るまい
と話あった。
 彼に対してただちに治療が開始されたが、それはなかなか功を奏さなかった。治っ
たと思っても、またしばらくすると再び病気になった。彼の屋敷の人々はその男のさ
らなる攻撃を恐れた。彼の父と兄弟たちは、自分たちがその男の妖術の犠牲とならな
いように、呪医に高い料金を払ってクフィニュア・キルメと呼ばれる術を施してもら
ったほどである。これはあらゆる妖術使いの攻撃から身を守ることのできる術である
その後、呪医による治療のかいあって、彼は回復した。彼に攻撃をかけていたその男も
病気になったと聞いたが、それはその男の術が自らに返ってきた結果であるに違いな
い。彼らはついに勝ったのである。しかし彼の屋敷の人々はまだこの一件では腹をた
てており、今でもその男とは口もきかないし、道であっても挨拶もしない [浜本
1989b:39-40]。

 浜本は、上記の事例において、「われわれなら互いに関係づけてとらえることを拒むで あ

26
ろうはずの諸事実が、独特の関係性の中で結び付けられていること」
、「妖術は、その語り の
中で結びつけられるもろもろの出来事と相並んで、それらとは別に登場する一つの出来事
ではない」ことを指摘する[ibid:41]。そうしたうえで浜本は、
「妖術」によって、出来事の間 の
関連性が説明されていながら、それと同時に、そうした出来事の関連性そのものが「妖術」の
「唯一の証拠として」提示されてしまっていることを確認する。つまり、妖術の観念そのもの
が、諸事実を互いに結び付け、かつ、その結び付きを妖術観念自らが存在できる根拠にもし
ているのである。これが「観念と出来事の経緯の相互反照性」である。

 「私は職をめぐる競争で、ある男の妬みをかった」、そして「私は病気になった」。妖 術
の観念は、こうした形で呼応する二つの出来事のあいだの関係性に自らの根拠を負っ
ている。それは物象化した関係性そのものである。しかし逆に、妖術の観念の存在が、
こうした二つの出来事を関係づけている[ibid:48]。

 また浜本は、妖術の話と同じ構造を持つものとして、妄想患者の青年が語る「スパイ」もし
くは「陰謀」の物語に言及する。そして、
「彼の所持品がしばしば紛失すること、不審な間違 い
電話が何度もかかってくること、同僚の意味ありげな冗談、彼が入室したとたんに中断され
「たしかに実際にあった事実 」[ibid:42]ではあるものの、互いに関
たひそひそ話」といった、
係づけられそうもない事実が妄想患者の語りにおいては互いに結び付けられていることを
指摘する。そしてこのような青年の話が、
「妖術」の語りにおいて確認したのと同種の機制 ─
すなわち「観念と出来事の経緯の相互反照性」─をもつと述べる。

 彼は「陰謀」のせいで出来事がしかじかの経緯で起こったと語る。しかし同時に、出
来事がしかじかの経緯で起こったからこそそこに「陰謀」があるに違いないのだとも
語ってもいるのである。物語はこうして、救いようのない相互反照的な内部循環にお
ちいってしまう[ibid:43]。

  第二項 論理階梯の混同

 次に浜本は、
「スパイ」の物語にかわって、
「相性の悪さ」の物語を参照し、
「論理階梯の混 同」
について説明する。
 「相性の悪さ」の物語とは、些細な齟齬を経験していた夫婦が、自分たちの「相性の悪さ」に
気付いてしまったばかりに、それまでばらばらに存在していた取るに足らない齟齬を、「 相
性の悪さ」という観念を結節点として互いに関係付け、自分たちの「相性の悪さ」が原因で齟
齬が生じたと結論するに至るものである。ここでも「妖術」や「スパイ」の物語において確認
した「観念と出来事の経緯の相互反照性」を見て取ることができる。人々は
「「相性の悪さ」が
原因でしかじかの齟齬が起こっていると語り、しかじかの齟齬の間の関係づけを「相性の悪
さ」によって説明」することによって、
「実際には同時に、しかじかの齟齬がある仕方で互 い

27
に関連づけられて経験されているという事実そのものを「相性の悪さ」の唯一の根拠として
提出」してしまっている[ibid:45]。
 「論理階梯の混同」は、出来事の経緯が示す表情であるところの「相性の悪さ」が、出来事の
経緯とは異なる論理階梯に所属しているにもかかわらず、「当の出来事と相並んで存在し 、
それらの出来事をひき起こしたりする一つの実体として」登場していることに確認できる
事実である[ibid:45]。
「論理階梯の混同」は、
「妖術」や「スパイ」の物語にも確認することが で
き、浜本はこの点について次のように述べている。

 「妖術」であれ妄想における「スパイ」であれ、いずれもそうした出来事の経緯の中に
見てとられている、出来事の経緯が示す表情、出来事の形づくる関係態に言及してい
たのだ。それらが「原因」として語られるとき、そこに生じているのは同じ論理階梯の
混同である[ibid:46]。

  第三項 物語の自己実現的性格

 最後に浜本は、このような物語がもつ「自己実現的性格」を指摘する。

 妄想患者の経験において、現実がけっして妄想を裏切らないことはよく知られてい
る。なにが起ころうとそれは彼の確信を強めてしまうだけのことなのだ。妖術の語り
においても、同様な事態が見られる[ibid:46]。

 直接的に妖術告発が行われないドゥルマにおいて、事例中の青年とその親族たちは、青年
の同級生とその父親と一切言葉を交さなくなる。一方、同級生の父親は、このような青年ら
の態度にたいして当然のことながら敵意を抱くようになる。しかし、同級生の父親が示す敵
意は、青年らにとっては、同級生の父親が紛れもなく自分たちを憎んでいることを立証して
しまうものでしかなく、同級生の父親を妖術師としてみることをますます促すことになる
のである。かくして「相手が自分たちに敵意をもっているかもしれないという互いの懸念が、
現実に示された敵意によって次々に証明」されていき、「妖術の「物語」は、疑う余地のな い
「現実」になる」のである[ibid:46]。
 以上、浜本による妖術現象の分析を概観してきた。浜本は、妖術の観念は、不幸の出来事を
説明するためだけのイディオムではなく、
「自らを根拠づけるはずの現実を、じつは、自ら の
力で作り出して」おり[ibid:50]、
「出来事相互のあいだに単に見てとられるのを、おとなし く
待ってはおらず、出来事と相並んで存在する一つの実体として物象化し、いまだ関係づけら
れていない出来事の無秩序に自ら介入し、それらを関係づけ、逆にそのことによって自らの
存在を示すような、関係づけの原理そのものとして機能する」[ibid:48]ことを明らかにした
のである。
 そしてさらに浜本は「出来事の経緯が示す表情が物象化するメカニズム」の解明へと進む。

28
 関係性が実体としてとらえられる機制については、もっと徹底した議論が必要であ
る。そしてどのようなケースにこうした実体化、物象化がおこるのかについても、数多
くの事例を検討することによって明らかにせねばならない[浜本 1989a:85]。

 このようにして浜本は、不幸の説明原理として妖術をとらえる災因論の見落としていた
点─妖術観念は単なる不幸の説明ではなく、その観念が動員されることによって当事者た
ちに新たな世界の見え方(妖術と妖術師のリアリティ、つまり妖術師として目される隣人
との確執)を提供すること─に照明をあてている。

 第三節 浜本論の検討

 前節では、浜本による、物語という視点に基づいた妖術論を概観した。浜本はそこで「人を
呪縛する物語の一般的な構造」[浜本 1989b]を明らかにしている。この構造は、(1)観念
と出来事の経緯の相互反照性、(2)論理階梯の混同、(3)自己実現的性格、の三つの特
徴を備えていた。
 本節では、妖術がリアリティをもつメカニズムを解明するという本論文の目的にそって、
浜本の上記の知見に検討を加える。
 浜本は、エヴァンズ=プリチャードに始まる災因論的アプローチを次のように批判して
いた。8) 災因論的アプローチは、妖術を不幸な出来事を説明するものとしてしか捉えてお
らず、妖術がその語彙を耳にした人物をして新たな不幸─妖術師として目される隣人との
確執─を作り出させしめるということを見過ごしている、と。
 妖術は不幸な出来事を説明するための語彙であるだけでなく、新たな不幸を当事者たち
が実現していくのを促していくものであること。この知見は、浜本が明らかにした「人を呪
縛する物語の一般的な構造」のうち、三点目の「自己実現的性格」にあたる。
 本論文において、この「自己実現的性格」の知見は特に重要である。物語が、それが指し示
す内容の現実を、その物語に呪縛された人をして実現させしめるというプロセスを、この知
見は鮮やかに示している。ここでは、人々の実際的な活動が次第次第に妖術師の存在をリア
ルなものにしていくプロセスが描かれている。
 浜本が明らかにした他の二つの知見─「観念と出来事の経緯の相互反照性」と「論理階梯
の混同」─とのかねあいにおいて、この「自己実現的性格」について述べるならば次のように
なるだろう。 
 「観念と出来事の経緯の相互反照性」の知見は、妖術観念が出来事と出来事を結び付けて
8)
 浜本は『不幸の出来事』において、災因論的アプローチを別の観点からも批判している。その批判の内容
は「原因という言葉は妖術には本来そぐわない言葉であるにもかかわらず、災因論的アプローチは妖術を不
幸な出来事の原因として分析している。」というものである。本来原因という言葉は、出来事の経緯の中で 登
場してきたものに付与される言葉である。しかし、妖術というものは出来事の経緯に全く登場してこない。
しかしそれにもかかわらず、いつのまにか出来事を生起させた原因として人々に言及される不思議な存在
なのである[浜本 1989a:80]。

29
おきながら、その結び付き自体が他ならぬ妖術観念の存在を根拠付けるというものであっ
た。具体的に言えば、妖術観念が関係付けるものは「ある男の妬みをかった」や「私は病気に
なった」といった出来事であり[浜本 1989b:48]、またこれらの出来事の経緯が妖術観念の
存在を支えるのである。
 そして妖術は、実際に生じたこれらの出来事とは別に登場する出来事ではないにもかか
わらず、いつしかこれらの出来事と相並んで当事者の語りに顔を出してくる。出来事と出来
事を結び付け、これらの連なり全体に言及する言葉として存在しつつ、同時にこれらの出来
事群と同じ身分の位置に妖術観念がいつのまにか登場していること。これが「論理階梯の混
同」の知見が指摘するところであった。
 上記に見てきたような、妖術が出来事と出来事を結び付けるという現象に関して、浜本は
これを「物語的呼応」という言葉でも表現している[浜本 1985:122 ; 1989a:79]。妖術とい
う言葉は、それが耳にされるやいなや、
「ある男の妬みをかった」
「私は病気になった」とい う
出来事を、当事者に次々に想起させるのである。つまりここでは、妖術という言葉に他の出
来事が呼応して連想されているといえる。
 さらにここでは、「自分を妬み憎む男は自分に妖術をかけた」という出来事の呼応も指 摘
することができる。この出来事は「男は自分を憎んでいる」というふうに分かりやすく言い
換えることができる。
 物語とは出来事と出来事が結び付けられたものをいう。「自己実現的性格」の知見が指 摘
するのは、妖術観念と呼応し、物語の一構成要素としての身分を得たところの「男は自分を
憎んでいる」という出来事が、もはや単なる想定であることをやめ、現実化することである。
妖術という言葉に呼応した出来事のうちのひとつである「男は自分を憎んでいる」が、当事
者の言動によって実現させられていき、「妖術師として目される隣人との確執」という新 た
な不幸が生み出されるのである。
 このように、浜本の「自己実現的性格」の知見は、妖術という言葉によって連想されるとこ
ろのひとつの出来事が、その出来事を想起した当事者にその出来事通りの現実を実現させ
るプロセスを指摘しているといえる。
 浜本が明らかにした上記のような現象は、
「物語的呼応」という指摘は別にして、社会学 者
のマートンによって古くから指摘されてきた現象と同様と考えられる。当事者が抱える想
定通りに現実が実現されてしまうというこの現象に、マートンは「自己成就的予言」という
名称を与えている[マ-トン 1949]。この現象は、我々の日常生活において頻繁に見られる
ものといえる。

  第一項 自己成就的予言

 社会学者マートンが提唱した「自己成就的予言」の考え方とは「最初の誤った状況の規定
が新しい行動を呼び起し、その行動が当初の誤った考えを真実(リアル)なものとするこ
とである。 」[マートン 1949:384-385]

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 マートンは自己成就的予言の実例として次のような複数の事例をあげている。

 試験ノイローゼの場合を考えてみよう。きっと失敗するにきまっていると思い込ん
でしまうと、不安な受験生は勉強するよりも、くよくよして多くの時間を浪費し、いざ
試験にのぞんでまずいことになる。最初の誤った不安は、いかにももっともな不安に
変形してしまう。或いはまた、二国間の戦争は「不可避である」と信ぜられている場合
がある。この確信にそそのかされて、二国の代表者達の感情はますます疎隔し、お互い
に対手の攻撃的動きに不安を抱き、自分も防衛的動きをして、それに応ずることにな
る。武器、資材、兵員が次第に大量に蓄えられ、あげくには戦争という予想通りの結果
をもたらすのである[マートン 1949:384]。

 また、マ-トンはギュンナー・ミュルダールの『アメリカのディレンマ』を取り上げ、自己
成就的予言があてはまる事例として、白人による黒人にたいする差別的偏見にも言及して
いる。マ-トンによると「公平な白人の市民達は、黒人をその労働組合から排斥する政策を
支持して」おり、さらに「白人の見解は、もちろん偏見に基づくものではなく、冷厳な事実に
基づいている」という[マートン 1949:384]。白人が基づく事実とは何であろうか。それは次
のように要約できる。

 「黒人は、最近非工業地域の南部からやってきたので、労働組合方式の伝統や団体交渉の
やり方に習熟しておらず、そのため罷業破りをする」

 つまり、白人にとってスト破りをする黒人は「労働階級の裏切り者」に他ならず、労働組合
から締め出されて当然の存在なのである。
 しかしマ-トンは事態は逆の順序で起きていると指摘する。

 黒人は、彼らが罷業破りだから排斥されているというより、彼らが組合から(そし
て多くの仕事からも)排斥されたために罷業破りとなったのである[ibid:386]。

 マートンが明らかにしているのは、現実はこうであるというなんらかの想定─現実に対
するなんらかの思い込み─が、まさしく現実をそのような形で成型してしまうというプロ
セスである。現実に対する思い込みは、まさにその思い込みによって実現させられた現実を
目の当たりにすることでさらに強化される。
 この悪循環的なプロセスは、浜本が指摘する(物語の)「自己実現的性格」が示すプロセ
スと同様のものといえる。なぜならここにおいても思い込みによる現実の成型プロセスが
指摘できるからである。「男は自分を憎んでいる」という思い込みに基づいて相手の男に 示
された「コミュニケーションを唐突に絶ってしまう」[浜本 1989b:46-47]という当事者に
よる実際の行為は、現実に自分を憎むように相手の男を促してしまう。そして今度は、自分

31
たちが誘発した男の敵対的な反応を目にすることによって、当事者は自らの思い込み─男
は自分を憎んでいる─をさらに強めていくのである。

   第二項 妖術という存在の自明性 
 
 しかし、マ-トンがあげる事例と、浜本が扱う妖術の事例には大きな違いがある。妖術は
客観的には存在しない9) のにもかかわらず、あたかもそれが実在するかのように人々が捉
えている点で、マ-トンが取り上げる事例と浜本が扱う事例は異なっているのである。 妖
術という我々の目から見れば到底その存在を認めることができないものが、浜本が取り上
げる物語には含まれている。そして、妖術の物語に呪縛されている当事者たちは、妖術を我々
のようには否定できない。この理由を説明できなければ本論文の目的は達成されたとは言
い難い。
 浜本が明らかにした物語の「自己実現的性格」は、妖術の物語が指し示す内容の現実を人々
が自ら実現させていくプロセスを捉えているものではあるが、そもそも人々が、妖術の物語
に引き込まれることができている理由を説明するものではない。
「妖術の存在」や「それを 使
用することができる妖術師の存在」、そして「隣人がその妖術師であるという可能性」、こ れ
らのことに信憑性を感じることがなければ、物語は「自己実現」していくことがそもそもで
きないはずである。
 人々が妖術のその実在を真に受けることができるのは何故だろうか。 また逆に、どうし
て我々は妖術の実在を真に受けることができないのであろうか。 前者の問いについては
さておき、後者の問いはなにも、ひそかに近代物理科学の正しさに依拠する我々だけに当て
はまる問いではないといえる。妖術にリアルさを感じない人々は我々の他にも存在する。
 例えばボツワナで調査を行なう人類学者の菅原[2000]は、調査地における人々が妖術の
物語に呪縛されない事例を報告している。
 グイ族とバントゥ系農牧民カラハリ族との混血であるキューマという名の人物が、彼の
親族や仲間の死を邪術の物語によって説明したという。10) しかし、それを聞いた周囲の人々
は誰一人としてそのような物語に引き込まれることはなかったそうである [菅原
2000:171-173]。菅原が調査する地域は、グイと呼ばれる人々とガナと呼ばれる人々が住む、
ボツワナの中央カラハリ動物保護区一帯である。グイ族とガナ族はセントラル・ブッシュ
マンという通称で知られている[ibid:149]。
 キューマが語った物語の内容は、菅原によると以下のようなものである。長くなるが全文
引用する。

9)
 繰り返すが、妖術は客観的には存在しないと断言できること自体、不思議なことだといえる。しかし何
故か「われわれは経験的に妖術師が実在しえないことを知っている」のである[グッド 2001:20]。どうして
私はこのように判断することができるのか自分自身でも理解できないでいる。
10)
 菅原[2000]は妖術という用語と邪術という用語を同じものとして捉え、交換的に用いているようであ
る。

32
 1975年ごろのことである。大規模なヤギ所有者であるガナのツェマコと、グイ
の年長の男ホラリギョは共有関係(ナークアハ)を結んでいた。つまり、ツェマコは
ホラリギョの若い妻コヤケネと性関係をもち、男の子が生まれた。ここへツォワアバ
が訪問してきた。ツォワアバは、
「ツェマコとの共有関係なんかやめて、おれと共有 関
係をもとう」とそそのかした。ツェマコはこれを聞きつけて恨み、ホラリギョの家に呪
薬を仕掛けたらしい。
 その後、またツォワアバが訪問してきたが、ホラリギョやキューマが酒を飲んでい
る所には立ち寄らずに、コヤケネが一人でいるホラリギョの家に入った。どうやらそ
こで、彼はコヤケネを強姦したようである。その夜、ツォワアバは薬をホラリギョの小
屋に振りかけて去っていった。一人の女(調査助手タウーカの母)が夜中に目を醒ま
し、それを目撃した。
 しばらく経ったある朝、コヤケネは夫と採集に出かけた。夫と別れるときに、野生の
スイカが見つけやすいように草に火をはなってくれ、と依頼した。ホラリギョは言わ
れたとおりにし、採集を終えて家に帰った。しかし、夜がふけても妻は帰らなかった。
キューマが占いを行なって「女の人は死んでいる」と告げたが、だれも信じなかった。
 夜明けに男たちは捜索に出かけ、コヤケネの足跡をたどり、ついに彼女が火にまか
れて毛布を投げ捨てた場所を発見した。さらに進むと足の皮が焼けただれてはがれ落
ちていた。その先に、彼女は倒れていた。焼きあがってぶくぶくになった死体をかつい
で帰ることもできないので、その場に埋葬した。
 数日後の深夜、ホラリギョがこっそり外出するのに、キューマの妻が気づいた。キュ
ーマと、ホラリギョの前妻の息子の二人があとをつけると、彼は妻の埋葬場所で邪術
を行なっていた。ダチョウの卵の水筒に呪薬を入れて、砂の上に水筒を投げつけ、魔笛
(フクロウの翼の骨でつくる)を鳴らした。それを見届けたキューマたち二人はそっ
とひき返した。ホラリギョは、ツェマコの行なった邪術のために妻が焼死したと信じ、
復讐の邪術を行なったのだ。
 その後、十数年のあいだに、ツェマコの一族はあいついで死んでゆき、ついに199
0年にツェマコ本人も急死した。すべて、ホラリギョの邪術のせいである[ibid:172]。

 キューマの上記のような物語が、グイの人々には受け入れられなかったことに関し菅原
は「バントゥとブッシュマンという二つの文化の境界に立つキューマの知識は、いまだに資
源としての希少性をもっている」[ibid:173]と述べている。また彼は、
「グイは「妖術信仰」 と
いう世界解釈の方法に対しては、つよい抵抗力(もしくは耐性)を維持」[ibid]しており、
「容易にそれに「感染」しなかった」[ibid]とも述べている。
 バントゥ文化圏においては邪術の考え方が広く共有されている。このことは長島の研究
が明らかにするところである[長島 1987]。グイ族はバントゥ文化圏に属してはいない。し
かし大崎によると、約1世紀にわたって両者の間には接触が持たれているという [大崎

33
1996]。グイの人々も邪術に関する話を聞いたことがあると考えられるのである。また、グイ
の人々の間には、その錯綜した婚外性関係に起因して「たえず嫉妬や憤怒がうずまいて」い
る[菅原 2000:173]。人が人を憎む下地は整っているといえる。しかし、グイ社会においては、
人々はキューマによる邪術の物語に呪縛されることはないのである。
 どうしてグイの人々はキューマの物語に引き寄せられないのであろうか。人々が引き寄
せられないのであれば、物語が「自己実現」することはないであろう。一体何が、キューマに
よる邪術の物語が人々を呪縛することを妨げているのだろうか。邪術の物語が人を呪縛す
るためには、なにか他に別の要因・条件が必要なのであろうか。 
 物語が人を呪縛することを促す要因として、物語を構成する要素があらかじめ人々に受
け入れられている必要があると考えられる。妖術はこの世界に存在しているものとして「あ
る程度」人々によって受け入れられていなければ、その物語は人を呪縛することができない
であろう。それでは妖術はいかにして人々の間で市民権を得ることができるのであろうか。
 妖術がその存在感を人々にアピールできるような特殊な環境がここでは想定できるかも
しれない。
 妖術が人々に受け入れられやすくなるような環境、もしくは、妖術の存在が否定できなく
なるような環境。このような環境については、前節で概観したコマロフ夫妻の分析を創造的
に読み解いた浜本[2003]が最近言及している。
  
  第三項 コマロフ論再考─妖術の存在をリアルにする環境的条件

 浜本[2003]は、コマロフ夫妻の考え方をその可能性の中心において創造的に読み解いて
いる。コマロフ夫妻の主張については既に第二章で軽く触れたが、要約すれば次のようにな
る。
 アパルトヘイト撤廃後の南アフリカにおいては、
「物質的な目的のために魔術的な手段 に
訴える」事件が多発しているという[Comaroff & Comaroff 1999:279]。これらの事件は
具体的には、妖術師殺しや儀礼殺人、身体部位の販売といったものである[ibid]。なかでも、
妖術師殺しはコマロフ夫妻が依拠する Ralushai report によると、1985年から199
5年にかけては300件であったものが、1996年の半年間だけで676件にも増加し
ているという[ibid:285]。そしてコマロフ夫妻はこれらのオカルト的な事件が増加した原因
を、アパルトヘイト撤廃後に訪れるであろう自由で豊かな世界が実現しなかったことに対
する南アフリカの人々の失望に求める[ibid:294]。人々は富める人間を妖術使いとみなし、
また自身も「物質的な目的にむけて魔術的な手段を行使」するのである[ibid:279]。
 上記に要約したコマロフ夫妻の議論は、浜本によると「妖術信仰という社会的想像力の一
形態を、それを触発する物質的状況と関係付けることによって、その種の想像力の本性に新
たな洞察を加えるきっかけを提供している」[浜本 2003:41]という。
 想像力という言葉を用い、コマロフ夫妻の見解を踏襲して浜本は「物質的状況におけるあ
りとあらゆる変化は、予測不可能な形で、新たな想像力を解き放ちうる。それは社会的現実

34
の根本的な変質をもたらしうるし、それはさらに想像力の世界に乱反射する」[ibid]と述べ、
近代という時代こそを「こうしためくるめく乱反射が地すべり的な地殻変動を引き起こし
た時代」とする[ibid]。
 グローバル化が「物質的状況におけるありとあらゆる変化」をもたらすといえる。そして
この「変化」とは、富の出所が不透明になるような状態を指していると考えられる。この「こ
の富の謎、つまり、それがいったいどこからやってくるのかその不透明さ、それがいった誰
の手にはいるのか、その気まぐれさ、それがとる神秘的な形態、そのとらえどころのなさ、そ
こに埋め込まれた目的と手段との関係の不透明さ」[Comaroff & Comaroff 2000:298]が
人々をオカルト的な想像へ向かわせる。浜本はこう述べているように思われる。
 人の経済的な幸不幸を決定する要因は、グローバル化の進む今日においてはローカルな
場のみに存在しえず、自らの生活空間とは遠く離れた予想外の場所で生じた出来事をも含
みこむ。これまでグローバルな変化にさらされることのなかった地方に住む人々にとって、
出来事の因果関係に関する不確定性はにわかに増大する。このことが世界の仕組みに対す
る人々の想像の在り方に変化を及ぼし、人々を妖術の物語に呪縛されやすくしている。浜本
の見解はこのように要約することができると考えられる。
 しかし、はたしてそうなのであろうか。私は上記の浜本によるコマロフ論の創造的な読解
に対し三つの疑問をもっている。厳密に言うならば、浜本の見解ではなくコマロフの見解に
ついて三つの疑問を抱いている。以下、それらについて述べていきたい。

 (1)不確定性が増大しているという証拠の不在
 
 不確定性はいつの時代にもどんな場所にでも存在していたはずである。なにも、グローバ
ル化が進んだ今日を、不確定性が急激に高まった時期として捉える必要はないのではない
だろうか。ここには不確定性が高いか低いかをどのようにして観察者は測定し、そのことを
問題にすることができているのかという謎があると思われる。不確定性が増大しているこ
とを示す証拠はあるのだろうか。
 とはいえ証拠というものを提示するということは、それ自体困難な問題だと考えられる。
どのようなデータを提示することができれば不確定性が増大しているという主張を裏付け
ることができるのか、私は確信をもって断言することができない。しかし研究者であるなら
ば、コマロフ夫妻は不確定性の増加という言い回しを単独で使用するのではなく、読み手が
納得しやすいように、根拠となるなんらかのデータとともに使用するべきではないだろう
か。
 ムーア[1999]は観察者による図式的な解釈を戒めるようなコメントをコマロフ夫妻に対
して行っている。南アフリカにおけるオカルト的な現象の増加を、不確定な状況における反
応として描いて見せたコマロフ夫妻の分析に対して、ムーアは「コマロフ夫妻は、以前より
も高い期待の激しい連続と、結果として生じるより深い失望を実際に経験している、特定の
人々に関する証拠を提供していない」[Moore 1999:305]と違和感を表明し、次のような疑

35
問を発している。

 コマロフ夫妻は常軌を逸した活動から人々の心を読んでいるのだろうか?[ibid]

 妖術師殺しの増加という現象を一方で措定し、他方でグローバル化による不確定性の増
大という現象を措定し、これらを直線的に結び付けるようなコマロフ夫妻の図式的な説明
を前にして、ムーアは「そのような説明ができる証拠はあるのか?」と問い詰めているとい
えよう。しかし、この質問に対するコマロフ夫妻の答えは以下のようなものである。

 このような経験主義的な規範においては、近代人の社会的な思考に関する、最も不
朽の洞察のいくつか─マルクスによる商品の象徴化、ウェーバーによるプロテスタン
ト主義と資本主義の隆盛の間における類似性─は認められず、西洋科学もしくは科学
主義のまばゆい規範に従うところの証拠の要求によって、価値を減じられるだろう
[Comaroff & Comaroff 1999:308]。

 つまりコマロフ夫妻は、自分たちの主張には証拠など必要ないと答えているのである。こ
のような開き直りはいかがなものだろうか。このような態度は、研究者として非常に危うい
のではないだろうか。

 (2)Ralushai report の疑わしさ

 コマロフ夫妻は「南アフリカにおいてオカルト的な事件が増加している」と報告している。
しかし、この報告は南アフリカにおける事実を伝えているのだろうか。確かにコマロフ夫妻
は、その客観的な証拠として妖術師殺しの増加をあげている[ibid:285]。1985年から1
995年にかけては300件であったその総数は、1996年の半年間では676件にも
増加しているという。しかし、この数値はどのような統計に基づいているのだろうか。どの
ようにして行なわれた調査によってはじき出された数値なのだろうか。これらのことは明
らかにされていない。
 彼らが依拠する Ralushai report は、いままで黙視されてきた妖術師殺しの取り締まり
を強化することによって上昇させられたその検挙数を掲載しているのかもしれない。いま
まで一顧だにされないでいた自転車泥棒の取り締まりを徹底して強化することによって、
「少年犯罪の増加」を主張する犯罪白書と同種の手法が使用され、上記の数値が叩きだされ
ている可能性があるのである。
 ニーハウス[2001]は Ralushai report に対するデデレン[1996]の批評を、彼の論文上で
取り上げている。デデレンによると、Ralushai report は厳密な学術的調査の要件を満たし
ておらず、信頼性に欠く調査に基づいているという[Niehaus 2001:185]。コマロフ夫妻の
議論がオカルト的な事件の増加を前提にして初めて成り立つ議論であることを考えると、

36
Ralushai report の疑わしさは彼らにとって致命的なものとなるといえるだろう。

 (3)きっかけとしてのグローバル化と近代化

 「グローバル化が進むと、富の源泉に対する謎が深まり、人々はオカルト的な実践に乗り
出す」というコマロフ夫妻の主張は、観察者の勝手な想定にすぎないのではないか。地方の
人々は富の出所が不透明になったから、妖術信仰に引き寄せられるのではなく、単に昔から
富の出所について妖術の語彙を用いて思考してきたのを現在も続けているだけではないだ
ろうか。つまりグローバル化や近代化といった現象とそれらがもたらす不確定性の増大を、
コマロフ夫妻は強調しすぎているように思えるのである。グローバル化や近代化という事
態はあくまでもきっかけにすぎず、これらをことさら強調しすぎることは妖術信仰におけ
る中心的な問題から我々の目をそらさせてしまう可能性がある。
 確かにグローバル化や近代化は、突然の失業や、富裕な人々の予測不能な形での出現とい
った現象を実際に引き起こす。出来事が生起する因果関係の連なりが、まさしく世界規模で
広がっており、その連関を辿ることは一般市民にとってほとんど不可能な作業といえる。
 しかしだからといって、グローバル化や近代化を、人々が妖術信仰にリアルさを感じる原
因として提示することは、妖術信仰に関する「分からなさ」をごく部分的に説明したことに
しかならないのではないだろうか。なぜなら、富に関し妖術の語彙を用いて語るという同様
の行為は、グローバル化や近代化といった事態が指摘できない時代においても観察するこ
とができるからである。
 例えば、ラデュリ[1985]はアンシャン・レジーム期のフランスにおける人々が、隣人の経
済的金銭的な優越と自らに降りかかる経済的金銭的損失を、妖術と結び付けて語っていた
ことを明らかにしている。他人が裕福になるにつけ、妖術の話を持ち出す人々の様子は以下
の通りである。

 雨が降ったり雹が降ったりするたびごとにこの教区内で収穫するばかりになって
いた小麦や葡萄は、台なしにされた、ロックフォールの人びとはいまやそう語りあう。
しかし、フランソネットと彼女の祖母とが耕しているちっぽけな畑は、決まって以前
にも増して豊かになるのだ。この二人の女性によって得られる収穫は周囲全般の不作
のなかで対照的にみごとなのであった。彼女たちは畑の土を掘りおこすことも耕すこ
とさえほとんどしなかった。これらの奇跡は魔女の仕業を感じさせる。ヒロインにつ
いての超自然と呪術は、人びとに耳を貸させるようになる[E・ル=ロワ=ラデュリ
1985:39]。

 また人々は富を持つ者を告発しもした。

 娘時代の名をジェラルド・ボネといったこのミマレ夫人は、マンドラゴルを所持し

37
ているとして人々から告発された。
「ミマレの妻はマンドラゴルをもっているから、す
ることなすことすべてうまくいく」、隣人のひとりで二十七歳の大工はこういって い
る、同様に三十四歳の小借地農民は(中略)ミマレ夫人について、
「この人はなにを お
こなっても首尾よくいくとしても、その仕事に全力をつくしているわけではない」と
言っている[ibid:49]。
 
 上記の引用中に登場する「マンドゴラル」とは、西フランスと南西フランスにおいて、幸運
をもたらす植物として想像されていたものである。この植物の「根はいくつにも分かれ、あ
るいは二つに分かれているから、ひきぬくことはできない」ものだという[ibid]。
1785年頃のフランスにおいて上記に見るような状況が既に存在していたことを考え
るなら、コマロフ夫妻の見解は、やはりグローバル化や近代化という事態をあまりにも強調
しすぎたものといえるのではないだろうか。なぜなら、グローバル化や近代化の影響が指摘
できないような時代においても、妖術の語彙を用いることによって富の源泉について語る
人々は存在していたからである。

 隣人たちの語るところでは、この一家は通常の働きではとても実現されるはずがな
いほど富裕になるのである。このような致富は超自然の原因による以外には考えられ
ない! モンテスキュー村のミマレ家が十八世紀末に富裕な土地所有者でいるのは、
富裕になるのは、まさしくこの理由からなのである[ibid:51]。

18世紀に上記のように語る人々を、グローバル化や近代化という語彙で説明すること
は無理な話である。コマロフの分析は、グローバル化や近代化といった社会変化をことさら
重視しすぎているのである。
 以上、浜本によって好意的に読み解かれるところのコマロフ論を検討してきた。ここでは
相変わらず人々が妖術信仰を真に受ける理由が明らかにされていないと考えられる。グロ
ーバル化や近代化といった「大きなことば」を導入したからといって、妖術信仰について説
明したことにはならない。あくまでもグローバル化や近代化は、妖術という語彙が持ちださ
れるうえでのきっかけにすぎないのではないだろうか。むしろ、問題にすべきなのは、妖術
という語彙が持ちだされるのはいかにしてかという点であると私は考える。なんらかの出
来事に見舞われた際、どうしてここで妖術という語彙を当事者たちは持ちだすことができ
るのだろうか(どうして我々は妖術という語彙を持ちだせないのだろうか)。
 次章では、妖術の存在が当事者にリアルなものとして受け入れられる理由について考察
し、この問題に取り組むための方法と手がかりを私なりに提示したい。

 第四節 第二章のまとめ

 本章では、まず第一節において、90年代から活発化してきた妖術研究を批判的に検討し、

38
その傾向を次のようにまとめた。

 「近年の研究においては、妖術は不可解な現象や不幸な出来事を理解可能なものにするた
めの語彙としてとらえられている。特に、それは近代や資本主義、グローバリゼーションや
国家といった項目と結び付けられて語られる傾向にある。ここでは、エヴァンズ=プリチャ
ード以来の災因論的な図式が、近代やグローバリゼーションという新たな用語とともに繰
り返されているといえる。 」

 次に第二節では、妖術に関する浜本の一連の議論を取り上げこれを概観した。浜本の研究
は、最近の妖術研究が依拠している災因論的アプローチの欠点を指摘し、今後の妖術研究に
おいて有用となる視座を提供するものであった。浜本は「人を呪縛する物語の一般的構造」
の解明に取り組み、(1)観念と出来事の経緯の相互反照性、(2)論理階梯の混同、(3)
自己実現的性格、の三つの知見を導き出すことに成功している。
 続く第三節においては、浜本論について検討した。本論文に掲げる課題の性格上、私は浜
本が明らかにした上記の三つの知見のうち、三番目の知見─(物語の)「自己実現的性格」
─を重要視した。この知見は、従来の災因論的アプローチが見落としていた点であると同時
に、妖術と妖術師のリアリティが形成されていくプロセスの一部を忠実に描いていると考
えられる。この知見が指摘するような現象は、妖術の物語だけにあてはまるものではない。
マ-トンが「自己成就的予言」という名において古くから問題化してきたように、我々が生
きる現実も、同様のプロセスを経た上で構築されている部分があると考えられる。
 しかし、浜本論は当事者たちの間で妖術の物語が自己実現していくことを突き止めてい
るといえるが、物語の一構成要素である妖術という存在が、人々に受け入れられている理由
までは説明してくれるものでないと考えられる。はなからその存在を人々が認めてくれな
いならば、妖術の物語は自己実現していくことができないであろう。妖術がリアルに感じら
れるのはどうしてか。という本論文において掲げた問いに答えるためには、浜本の知見に加
えて、さらなる考察を行う必要がある。
 この根源的な問いに対する答えの候補として、コマロフ夫妻[1999 ; 2000]の見解を創造
的に読み解いた浜本[2003]による議論を取り上げ、妖術が否応なく存在感を持たざるをえ
ないような環境的な条件について、引き続き考察した。浜本は「想像力の変化」という観点か
ら、コマロフ夫妻によるオカルトエコノミーの考え方を読み解く。この分析を参考にしつつ、
妖術の存在が人々の間で市民権を得るような環境について検討を行なった。結果、次のよう
な結論を導き出すことができた。 
 
 「人々が生きる環境がどのように変化しようとも、そのことは妖術という存在がリアリテ
ィを持つための積極的な理由にはなりえない。なぜなら、グローバル化や近代化といった事
態が指摘できないような時代においても、妖術の語彙を用いて富の源泉について語る人々
はいたからある。 」

39
 
 このように、妖術のリアリティがいかにして作り出されるのかという問題に関する分析
は、肝心の部分で暗礁に乗り上げてしまっているといえる。環境的な要因の存在はあくまで
もきっかけにすぎず、人々が妖術をリアルに感じる理由はいまだ謎のままなのである。
 次章では、上記の問題を解決するための手がかりを、私なりに提出してみたい。

第三章 妖術研究の今後の展望

 前章で明らかになったのは、(1)近年の妖術研究の動向と、(2)これらの人類学的な
妖術研究における浜本論の位置付けとその内容、そして(3)浜本が明らかにした知見か
らこぼれ落ちる形で、妖術に関する「分からなさ」はいまだ存在していることの三点であっ
た。
 浜本は物語という分析枠組みのもと、妖術信仰の当事者の間で起きている分裂生成的な
現象をクリアカットに指摘している。しかし、自分を現実に憎むように隣人を知らず知らず
仕向けていくという現象がそもそも生じるためには、人々が妖術の存在を受け入れている
ことが条件として必須になってくる。妖術の実在感が人々に感じられないかぎり、浜本が指
摘するところの物語の「自己実現的性格」は観察することができないと考えられるからであ
る。妖術について全くリアリティをもつことができない人間が、隣人を妖術師として疑うこ
とができるだろうか。妖術は「客観的な存在ではない」[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:75]と
断言する人間が、妖術に怯えることができるだろうか。できないはずである。かくして、妖術
のこのリアルさがどのようにして醸し出されているのかを説明することが我々に残された
課題だといえる。
 私はこの課題に取り組むための手がかりを提示してみたい。本章では、妖術のリアルさが
醸し出されるのはいかにしてかという問いに対する答えを示すのではなく、この問題をど
のような角度から料理したらいいのかについて考察し、その選択肢を思いつくかぎり提案
する。
 妖術のリアリティに関する今後の研究の方向性は、大別して二種類あると考えられる。ひ
とつは、第二章において確認したように、浜本(1989a)が立てた問いに取り組んでいくと
いう方向である。すなわち、「出来事の経緯が示す表情が物象化するメカニズム 」 [浜本

40
1989a:85]の解明である。ふたつめの方向性は私が提案するものである。これは「語り口の
共有はいかにして可能か」という問いで表現することができる。
 浜本が設定した「出来事の経緯が示す表情が物象化するメカニズム」[ibid]の解明は、私の
能力の範囲を超える課題である。私にとってこの課題は、これに取り組む方法さえ思いつく
ことが出来ない難問である。
 上記の二つの方向性のうち、前者についてはすでに第二章で採り上げたので、本章では後
者について詳述する。この作業を通じ、今後の妖術研究の展望に関する私なりの意見を述べ
ることによって、本論文の締めくくりとしたい。

 第一節 語り口の共有はいかにして可能か

 妖術のリアリティを研究するための新たな方向性を示すために、 私は次のような問いを
立てたい。「語り口の共有はいかにして可能か」 本節ではこのようなアプローチの仕方 に
ついて詳しく述べる。
 ここで突然現われた「語り口の共有」という言い回しは少々唐突に思えるものかもしれな
い。この言い回しは、あるシンポジウムにおいて行なわれた人類学者同士による公開討論の
場で、浜本[1989b]が菅原の質問に対して行なった返答に含まれていた言い回しである。
 『フィールドからわかるということ』と題されたこのシンポジウムでは、調査地における
人類学者自身の経験や、そこで得られたデータから人類学者は何を理解することができる
のかという問題が話し合われた。
 その中で、パネリストの一人である浜本[1989b]は、
「フィールドにおいて『わからない』と
いうこと」という彼自身の発表において、調査地で妖術に関する語りを耳にした自分自身の
率直な感想を次のように述べている。

 それ(語り:筆者註)はあいも変わらぬ一種の疎隔感の源泉であった。フィールド
の経験のある方には私がいおうとしていることに、思いあたる筋があるのではないか
と期待している。それは単なる距離感というのとは異なっている。ある人々にとって
はリアリティーについての、あるいはリアリティーに関係した、あるいはリアリティ
ーそのものであるはずの語りが、自分にとっては単なる「おはなし」としてしか受けと
められないような状況で感じる、そうした状況そのものに対する一種の違和感のよう
なものだといえば、もっとはっきりするかもしれない。その語りが特に難解であると
か、飛躍しているとかいうのではない。ただの「おはなし」としてならいっていること
はよくわかる。しかしそれに対して、たとえば反駁しようという気すら起こさない程
度には、それは自分とは「関係ないおはなし」にすぎない。私はそれを「転写」あるいは
「転記」することはできても、自分の言説のなかに「引用」することはできない。それは
「他人性」の刻印を刻みつけられた語りであるといってもよい[浜本 1989b:36]。

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 浜本は上記のような自分自身の状態を「物語発生装置の作動」の不発として表現する
[ibid:51]。この状態はまさしく浜本が明らかにした「人を呪縛する物語の一般的な構造」の
知見における三番目の知見、(物語の)「自己実現的性格」が、人類学者である自分自身には
当てはまらない状態といえる。浜本は次のように述べる。

 この種の語りは、いったんそれに呪縛されるや、現実そのものがその語りを証拠づ
けるしかない形で展開するような自己実現的なメカニズムを内蔵している。まさにそ
れは現実を物語に一致させてしまう物語発生装置とでもいうしかない観念なのだ。そ
れは自らが生み出す関係性の網の目にわれわれを誘い込み、われわれがそれによって
呪縛されることをねらっている。それは語り手と聞き手の間に一つの現実を共有させ
ること、互いを承認させることをもくろんでいる。フィールドを訪れる人類学者の前
で起こるのは、こうした語りのもくろみの挫折にほかならない。物語発生装置の作動
は不発に終わり、語りは現実と無関係な単なる「おはなし」になってしまう。妖術によ
る語りは、荒唐無稽とはいわないまでも、とうてい理解不可能な、非合理的なものと映
る[ibid:50-51]。

 上に引用した浜本の見解に対し、菅原はその「非合理」という言葉に反応する。そして次の
ようなコメントを発する。

 停電になって、私は「ヒューズだ、ヒューズだ」と買いに走る。電気を知らないブッシ
ュマンさんにとっては非常に不可解な行動ではないかと考えたら、結局どういう因果
論を知識として持っているかという話に過ぎないのではないか。(中略) 「物語発
生装置の不発を経験する」という、そこに人類学というものを絞り込むことに非常な
危惧を感じるのは、彼らだって合理的なことはいうわけです。
「一見して非合理な信 念」
というスペルベルの言葉がありますが、一見して非合理なことを聞いた人類学者は身
構えて、その「地」である「合理的な会話」を理解するわけです。そうした自明的な了解
作用の恐ろしさを、いまのお話では取り込めないのではないのかという危惧を感じて
しまうのです[京都大学人類学研究会 1989:109]。

 これに対し浜本はこう述べる。

 完全な「不発」と完全な「成功」という二者択一があるのではなく、不発の原因として
は、語り口を共有していないだけなのです。(中略) 一般の人は妄想患者が意味あ
り気に述べ始めた時から、妄想であると瞬間的に決めつけますね。ところがその語り
の構造自体は「私たちは相性が悪い」というのと同じことなのです。結局語りそのもの
には本質の違いはなく、その本質はどちらも相互反照的な内部循環におちいっている
のです。だから夫婦が「私たちは相性が悪い」というとそうかそうかと親身になって聞

42
くのに、
「おれスパイに狙われとるねん」という話に「なにをいうか」という感じにな っ
てしまうのは、妄想患者の語り口を共有していないという違いなのです。曖昧ないい
方ですが、文化的に共有された物語装置とそこから逸脱した物語装置があるのかもし
れない。同じメカニズムで同じ語りを生成しても、文化的に逸脱している語り口は妄
想と決めつけられてしまう。だから相性の悪さという観念も、その語り口を共有して
いない人からすると非合理な妄想に映るはずだと考えます[ibid:110]。

 しかし菅原はなおも食い下がる。

 でも物理学のように、隠れた「力」というか、ある時代には個々の現象を共通して操
っているものとは気づかなかった存在が、次の時代には実証されてきたことを考えた
ら(私自身は超自然的な力の存在を信じてはいませんが)、妖術、あるいは妖術に代
表される超自然的な力を措定する語り口が、私たちが合理的だとして受け入れている
因果論の系列の語り口と比べて、それほど非合理といえるのだろうか。つまり、浜本さ
んの巧みな言説の中にも、合理性、非合理性という自然科学的思考になれ親しんでい
る者の直観による二項対立が忍び込んでいるのではないかという危惧感がぬぐいさ
れないのです[ibid:111]。

 浜本と菅原の違いはなんであろうか。上記の議論は次のように整理することができると
思われる。調査地における人々の妖術の語りに自明性を感じることができない、リアルにそ
れを受け取ることができない、と浜本は繰り返し主張している。こう述べる浜本に対し菅原
は、浜本が「合理的な我々と非合理な彼ら」という暗黙の前提に従って思考していると捉え
ているようである。両者はこの点ですれ違い続けているようにみえる。
 浜本による「非合理」という言葉は、
「しっくりこない」
「真に受けることができない」
「リ ア
ルに受け取れない」という意味において使用されている。しかし菅原は浜本が使う「非合理」
という言葉を、「初めから現地の人々を低能で遅れた者として見下し、己が依拠する自然 科
学の万能さに酔いしれる植民地主義的な人類学者」がその横柄で傲慢な態度を包み隠さず
披露する言葉として、理解しているように思える。
 浜本はあくまでも妖術の存在やそれに関係した諸々の語りを「リアルに感じられない」と
述べている。私に言わせれば、この点において、菅原は浜本と一致している。このことは「私
自身は超自然的な力の存在を信じていませんが」[ibid:111]という菅原自身の言葉から伺い
知ることができる。また、次のような言明からも、浜本と菅原の妖術に対する態度は一致し
ていることが分かる。菅原は第二章で概観した彼自身が報告するキューマの事例について、
次のように述べている。

 ここではっきり告白しなければなりません。私は、キューマの描きだした事柄のす
べてが<現実に>あったとは一度たりとも信じなかったのです。死はつねに私たちの

43
かたわらにあります。邪術と対抗邪術の壮絶な「とばしあい」などなくても、人は偶然
にあっけなく非業の死をとげるでしょう。それが、生活者としての私の信念です。その
意味で、キューマがこの現実に与える一貫性とは虚構でしかない、と私は判断せざる
をえません[菅原 2000:173]。

 上記の菅原による言明は、彼自身がキューマの邪術の語りをリアルに感じることができ
ないことを表明しているものである。
浜本が問題にしているのは、現地で耳にした妖術の語りにリアルさを感じられるかどう
「自明的な了解作用の恐ろしさ 」[京都大
かである。しかし菅原はそのことに気づいていない。
学人類学研究会 1989:109]という言葉を持ち出し、現地の人々の語りは理解可能だと繰り
返すのみである。浜本はその段階の話に「おはなし」という言葉によって既に言及している
にもかかわらず、である。つまり浜本は、菅原と同様の主張をしっかりと自分自身も踏まえ
たうえで、さらにその先にあるリアリティの話について述べているのである。
 シンポジウムの一場面を少々詳しく概観しすぎたかもしれない。しかし、この一場面には
本論文の課題と関わる重要な問題が含まれている。すなわち、
「語り口の共有」とリアリテ ィ
の問題である。浜本は「語り口の共有」がなされていないからこそ、妖術の語りにリアルさを
感じることができないと考えているといえる。そこで私は下記に述べるような問いを立て
たい。

 「妖術の語り口の共有はいかにして可能か?」

 「語り口を共有」[浜本 1989b:109 ; 110 ; 112]していないこと。このことは「物語発生装


置の不発」をもたらす。この状態は、たとえ妖術の語りのその内容を「おはなし」として理解
することができても、妖術の実在を認めることはできない状態といえる。どのようにして人
は、妖術の語りのその内容を「おはなし」として理解できなくなる状態になれるのであろう
か。いかにしたら人は、妖術の実在を認めざるをえなくなるような状態になれるのであろう
か。私はこの問題を、
「語り口の共有はいかにして可能か?」という問いの形で表現したい 。
 しかし、問いを立てることはできたものの、どのようにしてこの問いに取り組んでいけば
いいのか、その方法をいまだ見つけだせないでいる。しかし、この問いに取り組むために有
用と思われる事例はいくつか存在している。次節より、このような事例について検討し、上
記の問いに取り組むための方法を探ってみたい。

 第二節 ファヴレ=サアダの事例

 人類学者ファヴレ=サアダの民族誌はひときわ異彩を放っている。妖術信仰の調査者で
あるファヴレ=サアダ自身が妖術の存在をリアルに感じてしまうのである。
 この事例が私をひきつける理由は、オカルト的な物語に呪縛される当事者たちが、アザン

44
デ人や南アフリカの人々ではなく、
「我々」の一員であるというところにある。いわゆる現 地
の人々と称される人間たちが妖術信仰に代表されるオカルト的な物語をリアルに感じるこ
とをなかば自明視し、彼らがそのように存在している原因もしくはメカニズムを解明しよ
うとする研究者にとって、現地の人々と同様の状態を生きてしまった最も身近な隣人の存
在はショッキングではないだろうか。こともあろうに、その人物は人類学者なのである。ミ
イラ取りがミイラになるという表現がそのまま当てはまるような状況といえる。
 ファヴレ=サアダはどのようにして妖術にリアリティを持ってしまったのだろうか。頭
で理解するというレベルではなく(「おはなし」のレベルで理解するのではなく)、いかに
して妖術の存在をリアルに感じてしまうようになったのだろうか。私はこのような問いを
掲げずにおれない。
 本節ではファヴレ=サアダの著作 Deadly Words を読み解き、その内容を概観したうえ
で、この問題を解くための手がかりを模索したい。ファヴレ=サアダのケースは、妖術の語
り口を共有してしまうことができている事例といえる。これから見ていくように、このよう
なことが可能になった理由は明らかにされていない。私は安易な解答を提出することを避
け、この問題に取り組むための方法を提示することに専念したい。
 
  第一項 ボカージュにおける妖術信仰の概要

 ファヴレ=サアダが妖術信仰を調査したのは、西フランスのボカージュと呼ばれる農村
地帯である。ボカージュにおける妖術信仰の内容は次のようなものである。
 ボカージュでは、
「通常の不幸」と「連続した不幸」が区別される。病気、家畜の損失、破産 、
死。これらの出来事はそれが単独で生じる限り、通常の不幸としてみなされる。この際には、
「彼は飲みすぎるのが問題だ。

「彼女は腎臓ガンだった。

「私の牛は年老いていた。 [Favret-

Saada 1980:6]という反応以上のものが求められることはない。
 しかし、若い雌牛が死に、妻が流産し、子供に湿疹が出て、車が水路にはまり、バターが泡
立たなかったり、パンが膨れなかったり、ガチョウが逃げたり、結婚させたかった娘が断っ
たり、と連続して不幸が生じる際には、妖術が疑われる[ibid:6]。
 不幸の連続に気付いたボカージュの人々は、まず最初に医者や司祭に相談する。身体に関
する客観的な知識を司る医者は、不幸の連続を否定し次のように答える。「牛に予防注射 を
しなさい」
「奥さんを婦人科医に見せなさい」
「子供に脂肪分の少なめのミルクを与えなさ い」
[ibid] しかしながら人々は納得しない。医者はひとつひとつの不幸の原因を特定しはする
が、不幸の連続については何もしてくれないからである。
 次に人々は村の司祭に相談を持ちかける。司祭は悪魔祓いを人々に施してくれる。もしそ
れがうまくいき、不幸の連続がとまるならば、話はそれで終わりとなる。人々を襲った呪い
の威力は小さいものであったことになる。
 しかし、もしも司祭によるお払いが功を奏さず、依然として不幸が連続して生じ続けるの
ならば、いよいよ人々は妖術の語彙を口にし始める。この段階では、人々は妖術解除者

45
unwitcher と呼ばれる人々に助けを求める[ibid]。妖術解除者は(1)依頼人の苦しみと、
脅かされているという感覚を認め、(2)詳細な調査に基づき、依頼人の弱点を突きとめ、
(3)妖術を仕掛けてきた妖術師に対し反撃の用意を整える[ibid]。妖術解除者とともに依
頼人は、自分に呪いをかけたと思われる人物を特定し、その人物に対してこちらからも呪い
をかけるのである。
「発 話 speech や(身体的)接触 touch、そして眼差し sight」[ibid:111]など
 妖術師は、
の手段によって、攻撃を仕掛けてくると考えられている。例えば、こちらに悪意を持ってい
ると思われる人物と会話することは、それ自体危険な行為とされる。ある村人が子牛を売っ
ていたとする。その際に、
「その子牛を売ってくれ」と妖術師と思われる隣人から声をかけ ら
れたとする。この時点で、村人は既に呪われたことになるのである[ibid]。また、妖術師と思
われる人物との握手[ibid:114]や、そのような人物と目をあわせること[ibid:115]や肩を叩
かれること[ibid:117]も、妖術をかけられることとされる。
 人々は、妖術師として目される隣人との上記のような関わりが、彼らの身体や所有物に影
響を及ぼしていると解釈する。そこで妖術解除者は、妖術師によって依頼人にかけられた呪
いを代わりに引き受け、それを妖術師に返すのである。しかしこの儀礼はファヴレ=サアダ
によると、単に言葉だけで行なわれ[ibid:9]、誰でも実行できるようなものであり、著しく不
充分で不確かなものだという。
 以上がボカージュにおける妖術信仰の簡単な概要である。

  第二項 妖術研究に対するファヴレ=サアダの構え

 妖術研究に対するファヴレ=サアダの立場は、従来の妖術研究者のそれとは大きく異な
るといえる。彼女はこれまでの研究者のやり方を揶揄するように次のように述べる。

 社会科学者の目的は文化的な差異が存在する理由を説明することである。(中略)
民族誌家の仕事とは彼自身の(たまたま真であるところの)理論と、単なる信仰にす
ぎない百姓のそれとの差異を強調することである[ibid:5]。

 この言明から、彼女がいわゆる合理主義的な科学観と距離を置こうとしていることが分
かる。彼女はほとんどの民族誌家が依拠しているであろう理論、つまり科学に、
「たまたま 真
であるところの happens to be a "true" one」[ibid]という形容詞を添える。このことから、
彼女は「合理的な我々と非合理な彼ら」という暗黙の前提に捕われていないといえる。
また彼女は、
「妖術は話された言葉である。しかしこれらの話された言葉は力であり知識 や
情報ではない」[ibid:9]と述べ、これまでの人類学的な妖術研究において問題にされること
のなかった重要な点を指摘する。
 妖術に関する言葉は、情報を伝えるためだけに現地の人々によって使用されるのではな
く、相手を攻撃するために使用されると彼女は主張する。しかし従来の妖術研究者はこのこ

46
とに気付かずに、あくまでも妖術にまつわる情報を収集しようという構えでこれらの言葉
に臨んできた。この点について彼女は次のように述べている。
 
 妖術において話すことは伝えることではない。もしも情報が与えられるならば、そ
れは妖術解除者を殺そうとしている人物がどこに彼の一撃を向けたらいいのか知る
ためである。
「情報を与える」民族誌家、すなわち情報を使用することには何の意図 も
ないと主張するが、知識のために単純に知りたいとする人物は全く想定できない。と
いうのは、一つの言葉(そしてただの一言)は運命を束縛あるいは解放し、それを発
話する立場に己を置こうとする人は誰でも、恐るべきものになるからである。呪いに
ついて知ることは富をもたらし、更なる力をもたらし、そして恐怖の引き金をひく
[ibid:9-10]。

 妖術の語りが観察できる地域においては、妖術に関する語りはそれが発せられたとき既
に、話者たちを争いの中に招き入れるのである。妖術について純粋に知りたいと述べる民族
誌家は人々に疑いの目で見られる。妖術のことを口にする民族誌家は、人々を忌まわしい戦
いに、意図せずして誘ってしまっているのである。このような状況では必然的に、妖術にま
つわる争いに従事するのは現地の人々のみというわけにはいかなくなる。

 話された言葉については中立的な立場はない。妖術においては言葉が争いを引き起
こす。それについて話す人は誰もが好戦的であり、民族誌家も他の人々と同様である。
巻き込まれない観察者が存在する余地はない[ibid:10]。

 つまり妖術の語りに首を突っ込む民族誌家は、好むと好まざるに関わらず、妖術に関する
争いに引きずりこまれてしまうのである。ボカージュにおいては、「力を得るために妖術 に
ついて話す人間はいても、知識を得るために妖術について話す人間は存在しない」ため、民
族誌家は否応なく「妖術について語る人々と同様の権力関係に巻き込まれる」のである
[ibid:11]。そこは「対話者が民族誌家に喋らせて、ただちに彼の戦略を同定しようと試み、彼
の力を推定し、彼が敵か味方か、抱き込めるかもしくは潰せるかどうか予測」[ibid]し、
「有 能
な人物(妖術師・妖術解除者)もしくは無能な人物(犠牲者・呪われた人)」[ibid]に向け
て話しかける戦場なのである。したがって、このような状況で妖術を調査するファヴレ=サ
アダは必然的に次のような宣言をしなければならなくなる。

 全面的な争いが言葉によって行なわれるとき、人は別の種類の民族誌に従事するこ
とを決心しなければならない[ibid:12]。

 「別の種類の民族誌」とは何であろうか。 それは「民族誌家自身が発話の過程に巻き込ま
れ、その他大勢のうちのひとりとなり、(中略) 絶えずこの発話状況に立ち返り、そして

47
それに「捕われる caught ことによって」初めて書くことが可能になる「呪いに関する科学的
なレポート」である[ibid:14]。
 ファヴレ=サアダは「捕われる caught」という言葉を強調する11)。 これには理由がある。
従来の古典的な人類学と、デリダやフーコーやリオタールなどに代表されるようなポスト
構造主義者たちと、彼女は距離を取りたがっている。彼らの立場は「話題から完全に自由な
理論化する主体 a totally a-topical theorizing subject」[ibid:14]と呼びうるような立場
であり、ファヴレ=サアダはこの立場を否定的に捉えているのである。妖術は「客観的な存
在ではない」[Evans‐Pritchard, E. E. 2001:75]という立場で調査に臨み超越的な主体とし
て振舞うのではなく、妖術をリアルに感じ、まさに妖術に「捕われる caught」ことによって
「捕われ る caught」という言葉を強調することによって、彼女は宣言
民族誌を書くことを、
しているのである。
 さらに彼女は、ボカージュの人々が妖術について口を閉ざしがちであり、また、占い師の
もとへ相談に訪れた彼らが占い師ともどもその間のことを一切忘れてしまうことを理由に
調査者自らが自分自身の情報提供者になることを妖術言説を理解するための唯一の手段と
して提示する[ibid:22]。つまりここでは「民族誌家と現地の人々の間に距離は置かれない」
[ibid:23]のである。
「主観主義の誘惑に屈服する 」[ibid]ことによって、ファヴレ=サアダの
民族誌は完成するのである。

  第三項 妖術のリアリティ

 ファヴレ=サアダはこれまで述べてきたような構えのうえで調査に臨む。そしてその過
程で、妖術に恐怖を感じてしまうことになる。
 もしかしたらここでの順番は逆かもしれない。彼女は調査地において妖術をリアルに受
け取ってしまったからこそ、主観主義的な手法によって民族誌を書くことを宣言したと考
えられる。妖術信仰に対して主観主義的なスタイルに基づいて分析することを彼女が強調
するのは、調査地において彼女自身が妖術に呪縛されてしまったことが原因かもしれない。
 いずれにせよ、ファヴレ=サアダは妖術にリアリティを持ってしまった。この出来事は次
のような経緯の中で生じた。
 それはマダムフローラという名の妖術解除者が、ファヴレ=サアダを呪う妖術師がどこ
かにいることを彼女に告げたときであった。折しも、この発言は、同じく呪いによって自動
車事故死したピエールという名の青年について、インフォーマントの一人であるジョセフ
ィーヌという村人から彼女が話を聞いた直後であった。ピエールの死が呪いによるもので
あることを受け入れたファヴレ=サアダは、次に自分自身が呪い殺されてしまうことに恐

11)
Deadly words 全体に渡って、この「捕われる caught」という言葉をファヴレ=サアダは多義的に使用
している。(1)妖術の語りに否応無く巻き込まれ中立的な立場を維持することができないこと[Favret-
Saada 1980:14]。(2)自動車事故に連続して遭遇すること[ibid:127]。(3)妖術をリアルに感じるこ
と[ibid:31;61;62;133]。これらの三つのことが同じ「捕われる caught」という言葉によって表現されてい
る。

48
怖を感じる。

 彼(ピエール)はあたかも墓に入っていたかのように事故死した。私の妖術解除者
とここでの単純な一般常識によって、私は同様の結末に脅えさせられた。(中略)
私自身、妖術と関わるようになって以来、連続して自動車事故に「捕らわれた caught」
からである[ibid:127]。

 彼女が脅える様子は、次のような記述からも伺い知ることができる。

 ピエールの避けられない死について聞いたとき、私は呪われた人の言説に「捕われ
た」。 そのリアリティをあまりにも確信したので、私はこのドラマを「読み解く」別 の
方法があるかどうか考えもしなかった。私自身の死の可能性が事実になるという時の
そのリアリティは、私の個人的な目標が消滅するのに十分だった。それはあたかも、数
時間のあいだ、私は呪われた人々の主張を唯一の真実として受け入れたようなものだ
った[ibid:133]。

 「主観的な指標 subjective landmarks」[ibid]とは何であろうか。おそらく、ボカージュに


おける妖術信仰を観察する際に、人類学者ファヴレ=サアダがその拠り所として保持して
いた「科学的な物差し」のことであろう。それは第一章で確認したエヴァンズ=プリチャー
ドのいう「科学的概念」と同じものと考えられる。科学的な思考が支配する世界を生きてい
たファヴレ=サアダは、そこから離脱することを余儀なくされたのである。つまり彼女は上
記に見るように「捕われて」しまった。
 彼女は自分自身が妖術に感じた恐怖を堂々と告白しているといえる。彼女は、主観的な記
述を行なうことを宣言したうえで、以上のことを述べている。したがって、彼女のこのよう
な証言は客観的な証拠を全く必要としない。そのため、読み手は常に、彼女が嘘をついてい
るという可能性を拭いきれないといえる。
 しかし、もしも彼女が自ら記述しているように、妖術とそれがもたらす帰結をリアルに享
受することが本当にできてしまったならば、どうしてこのことは可能になったのであろう
か。私はこの点に注目したい。

  第四項 二つの答え

 どのようにしてファヴレ=サアダは妖術に恐怖を覚えることができるようになったので
あろうか。 ファヴレ=サアダはこの問いに対する答えを二つ提示しているように思える。
ひとつは「曖昧性 ambiguity」[ibid:62]であり、もうひとつは「自分が相手を殺すか、もしく
は自分が死なねばならない状況」[ibid:123]である。
 「曖昧性 ambiguity」について、彼女は次のように述べている。

49
 本書の目的のひとつは、呪いへの信仰に関して必要不可欠な曖昧性 ambiguity を
正確に記述することである。この曖昧性 ambiguity なしには、誰も「捕われる
caught」ことができない[ibid:62]。
 
 曖昧性 ambiguity とは、「妖術を信じていない」と断言しつつも「だがしか し but still…
(もしかしたら妖術はあるのかもしれない)」と他方で述べてしまうような、どっちつかず
の状態を指すと考えられる。彼女のこの主張は、ボカージュに住む、夫を亡くした村人の語
りによって根拠付けられている。

 私は知っています…。夫が呪いの犠牲者ではないことを。なぜなら宗教や科学や村
の人々はそのような力や可能性についてそう言うからです。だけど…呪いは一般には
存在しています[ibid:61]。

 このような、妖術に対して一貫した態度をとることができないという曖昧な状態が、妖術
が人を捕らえることを可能にするとファヴレ=サアダは述べている。この曖昧性
ambiguity が、妖術に人が捕われる条件のひとつといえる。
 さて、もうひとつの「自分が相手を殺すか、もしくは自分が死なねばならない状況」につい
ては、彼女は下記のように述べている。

 どのようにして20世紀の啓蒙運動の文化のもとで育った普通の個人が妖術の言
説に巻き込まれることができるのか人が不思議に思うとき(この疑問は他の人と同
様に私自身が自問しているものである)、この言説の不合理性に注意するだけでは答
えは出ない。(中略)もし妖術が人が殺すか死なねばならない状況─そしてシステム
の合理性に対する疑問がさほど重要視されない状況─を作り出すことを理解するな
らば、人は、誰もがそれに巻き込まれ得ることを理解し始めるだろう[ibid:123]。

 上記を読めば分かるように、人が妖術に呪縛される条件としてファヴレ=サアダは、「 自
分が相手を殺すか、もしくは自分が死なねばならない状況」を挙げているといえる。しかし、
上記の記述はやや言葉足らずで理解しづらい。「自分が相手を殺すか、もしくは自分が死 な
ねばならない状況」とは、具体的にはどのような状況なのか説明がなされていない。
 だいたい次のようなことをファヴレ=サアダは述べているのだろうか。相手を殺すか、も
しくは、自分が死なねばならない状況において、人は妖術の存在を受け入れざるをえなくな
る。なぜなら、殺すか死ぬかという切羽詰まった状況では、妖術が合理的かどうか問題にす
る余裕がなくなるからである。かくして妖術はこのような状況においてリアリティをもつ。
 しかし、このような読みを私が行なったとしても、上記のファヴレ=サアダの文章には、
つじつまが合わないと思えるような個所がある。この点については後ほど述べることにし

50
たい。
 以上に見てきたように、ファヴレ=サアダは妖術がリアリティをもつ条件を二つ提示し
ている。妖術を信じていないと言いつつ、他方でそれを信じていると言ってしまう状態、そ
して、呪いによって否応なく立たされてしまった「自分が相手を殺すか、もしくは自分が死
なねばならない」状態。ファヴレ=サアダは、人が妖術に捕われる条件として、このふたつを
挙げているといえる。
 
  第五項 ファヴレ=サアダの分析に対する疑問

 我々はファヴレ=サアダが妖術を調査する側である人類学者でありながら、調査地にお
いて妖術に恐怖を感じてしまったことを既に確認した。これは浜本が述べるところの「語り
口の共有」が起きている現象といえる。ファヴレ=サアダは、単なる「おはなし」や虚構では
ないものとして、ボカージュの人々による妖術の語りを受けとめたのである。彼女はボカー
ジュの人々と同様に、妖術師がかけた呪いに脅え、それが自らに死をもたらす可能性を恐怖
している。
 人類学者でありながら調査地における妖術信仰に呪縛されてしまったこの人物が、どう
してそうなることができるようになってしまったのか、私はその理由を知りたいと思う。も
ちろん、既に概観してきたように、ファヴレ=サアダは人が妖術をリアルに感じてしまうよ
「曖昧 性 ambiguity」[ibid:62]と「自分が相手を殺すか、もし
うになる条件を提示している。
くは自分が死なねばならない状況」[ibid:123]のふたつがそうである。
 しかし私はファヴレ=サアダが提示した上記のふたつの答えは、人が妖術に捕われる理
由を説明するものではないと考えている。なぜなら、これらふたつの条件は、人が既に妖術
をリアルに感じ始めているということを単に示すだけのものに思えるからである。
 もしも人が妖術に全く信憑性を感じず、精神科医のように最初から妖術の話を相手にし
ないならば、妖術の存在について曖昧な態度を示すことはないであろう。エヴァンズ=プリ
チャードやスペルベルのように、きっぱりと妖術の存在を否定するはずである。はっきりと
その存在を否定できるものに対して、脅えることはできるだろうか。少なくとも、ファヴレ
=サアダを除いて、私がこれまで言及してきた人類学者にとって、妖術に対して曖昧な態度
を取ることは無理な話であろう。したがって、妖術に人が捕われる条件として、「曖昧 性
ambiguity」をあげることは不適切なことだといえる。曖昧な態度を示すという行為は、も
う既に妖術を受け入れ始めているからこそ遂行できる行為である。
 同様に、妖術を非合理の産物だと考える人が、妖術によって「自分が相手を殺すか、もしく
は自分が死なねばならない状況」[ibid:123]に立たされることもありえないといえる。ファ
ヴレ=サアダは「妖術が「人が殺すか死なねばならない状況」を作りだす」[ibid]と述べてい
る。つまり、ここでも人はあらかじめ妖術の存在を了解していなければならないことになっ
「妖術が「人が殺すか死なねばならない状況」を作りだす 」[ibid]と
ている。そうでなければ、
はいえないはずである。ある存在について、それがはじめから存在しないと理解されてしま

51
っているならば、その存在は「自分が相手を殺すか、もしくは自分が死なねばならない状況」
をもたらすことができないであろう。
 以上の議論から次のことがいえる。ファヴレ=サアダは、自分自身がボカージュにおいて
妖術をリアルに感じたメカニズムを明らかにしていない。調査地において現地の人々が語
る妖術の話に、ただただ脅え、ただただ恐怖している自分自身の状態を、そのまま描写して
いるにすぎない。その描写された状態がまさに「曖昧性 ambiguity」[ibid:62]と「自分が相手
を殺すか、もしくは自分が死なねばならない状況」[ibid:123]という言葉で表現されている
のである。
 上記のファヴレ=サアダによる分析は、ボカージュの人々に対しては当てはまるかもし
れない。しかし妖術について調査するためにボカージュを訪れたファヴレ=サアダには、当
てはまりにくいものではないだろうか。彼女は、エヴァンズ=プリチャードやスペルベル、
そして浜本や菅原と同じように、妖術信仰を調査する人類学者である。ここで私が挙げた四
人の人類学者は、妖術の存在を否定し、それをリアルなものとして決して受け入れきれない
人々である。しかし同じ人類学者であるにもかかわらず、なぜファヴレ=サアダだけは妖術
をリアルに感じてしまえたのだろうか。これが分からない。
 いかにしてファヴレ=サアダは妖術に捕われたのだろうか。これこそが取り組むべき問
題といえる。彼女は、ボカージュの人々と自分自身が妖術に捕われてしまっていることを、
「曖昧性 ambiguity」[ibid:62]と「自分が相手を殺すか、もしくは自分が死なねばならない状
況」[ibid:123]という言葉を用いて、そのまま表現することに終始している。
「私は妖術は 信
じない。だがしかし…」と述べてしまえるということは、もうこの時点で既に妖術に捕われ
ていることであろう。しかし彼女はこの状況を「曖昧性 ambiguity」[ibid:62]という言葉で
表現するのみなのである。どうしてこのような状況に至ることができるのかについては、分
析がなされていない。
 もちろん、私はファヴレ=サアダが演技をしているという可能性を捨てていない。しかし、
もしもファヴレ=サアダが妖術をリアルなものとして受け入れ、それに恐怖することがで
きたということが事実であるならば、彼女のこの体験は妖術研究において非常に貴重な事
例になるといえる。なぜならこの事例は、現地の人々と人類学者という対立図式を無効にし、
人とリアリティに関する研究をより広い視野から行なうことを促すからである。
 これまで私は(1)妖術をリアルに感じる現地の人々と、(2)妖術をリアルに感じな
い人類学者(=科学的知識の正しさを確信する人類学者)という二項対立的な図式のもと
で、人とリアリティの問題について考察してきた。もっとも、分析は前者に対して行なわれ
てきたのではあるが、(1)と(2)を同じコインの表と裏の関係にあるものとして捉え、
このような差異が生じる不思議を常に念頭に置きつつ私は考察を進めてきた。しかしファ
ヴレ=サアダの事例は(1)と(2)の区別を無効にする。妖術にリアリティをもつこと
ができるのは現地の人々だけではないことをこの事例は示すからである。したがって我々
は(1)と(2)の区別を設定することをやめ、リアリティについてより広い視野から分
析することが可能になったといえる。むしろそうすることを余儀なくされているといえる。

52
妖術は現地の人々にとってのみリアルな存在というのではなく、我々もそれにリアリティ
を持ちえるものなのである。そうであるならば、コマロフ夫妻の研究に代表されるような、
調査地における「経済的、社会的状況」[浜本 1992:70]を強調して取り上げるようなアプロ
ーチの仕方では、妖術がリアルに感じられるメカニズムをあますことなく解明することは
不可能と断言できる。なぜならファヴレ=サアダは調査地における経済的、社会的状況には
何の影響も受けないと考えられるからである。彼女は 30 ヶ月間ボカージュに滞在しただけ
の い わ ば 旅 人 で あ り 、 経 済 的 な 生 活 の 基 盤 を そ こ に は 置 い て い な い [Favret-Saada
1980:4]。にもかかわらず、妖術をリアルに受けとめることができたのである。
 ここでは次のようなアプローチが求められているといえる。現地の人々と我々の間に壁
を設けることにより、調査地における経済的社会的状況にことさら注目するのではなく、現
地の人々と我々の両者に共通して指摘することのできる「妖術をリアルに感じるようにな
るメカニズム」を明らかにしようとすること。
 私は上記のアプローチを採用したい。そして「人が妖術をリアルに感じるようになるメカ
ニズム」を、ファヴレ=サアダがどのようにして妖術をリアルに感じることができたのかを
明らかにすることよって解明することを提案する。

 第三節 新しい妖術研究の視点─その方法と射程

 第一章で確認してきたように、妖術という用語を調査地におけるなんらかの対象にあて
がい、それがリアルなものとして当事者たちに言及される理由を、人類学者は明らかにしよ
うとしてきた。このような人類学者の営みは「合理的な我々と非合理な彼ら」という図式に
基づくものである。
「どうして客観的には存在しないものを彼らはリアルに感じることが で
きるのだろう?」人類学者はこのような疑問を抱えたうえで妖術信仰を調査してきた。
 上記のような人類学的な問いを引き続き継承しつつも、その一方で私は次のような疑問
も同時に発した。「どうして人類学者は妖術をリアルに感じることができないのだろう ?
(=どうして医学的知識に代表されるような近代科学の体系の正しさを、我々は確信する
ことができるのだろう?)」この疑問は、形は違えど、妖術を調査する人類学者が抱えてい
た疑問と同じつくりをしている。なんらかの命題の正しさがどのようにして確信されてい
るのかを問うている点で、上記の二つの問いは同じ構造をしている。一方の問いでは、妖術
とそれを利用することができる妖術師の存在に関する現地の人々の確信が問題にされてい
る。もう一方の問いでは、科学的な知識の正しさに関する我々の確信が問題にされている。
どちらの問いにおいても、現地の人々と人類学者のそれぞれが、妖術や科学的知識に対して
もつ確信のその源泉が問われている。
 グッドや浜本にならい、私はこの二つの問いを、同じコインの表と裏の関係にあるものと
して位置付けた。そのうえで私は、妖術信仰の当事者たちに焦点をしぼり、妖術のリアリテ
ィが醸し出されるメカニズムについて考察してきた。 
 しかし人が妖術をリアルに感じてしまうメカニズムはいまだ解明されていない。人類学

53
者による妖術研究は、これまで見てきたように、調査地の人々が妖術という存在を真に受け
ることができる理由をすっきりと説明できないでいる。グローバル化や近代化といった経
済的社会的な状況をその原因にできないことは第二章で既に見てきた通りである。しかし
それでも浜本によって、妖術現象が物語の自己実現的な働きによって形づくられるところ
までは明らかにされた。だが、肝心の妖術という存在が人々に受け入れられる理由をいまひ
とつ明確にできないでいる。妖術がその存在感を全くもたないような場所では、浜本が指摘
するところの物語の「自己実現的性格」は観察することができないであろう。妖術が人々の
間で市民権を得ることができている理由は不明のままなのである。
 ファヴレ=サアダの事例は、妖術研究のこのような閉塞状態を打ち破る、有力なヒントと
しての側面を備えているように思える。
 前節において我々が概観してきたのは、人類学者でありながら調査地における妖術信仰
にリアリティをもってしまった彼女の姿であった。ファヴレ=サアダはなぜ彼女自身が妖
術に捕われてしまったのかその理由を明らかにしてはいない。この理由を解明することが
今後の妖術研究における課題のひとつだと私は考える。
 残念ながら今のところ、私はなぜファヴレ=サアダが妖術の物語に呪縛され、妖術に恐怖
を感じることができたのかを、明快に説明する理論を用意していない。したがって本節では
この課題と深く関係していると思われる他の様々な事例とそれらに対する分析を取り上げ
ファヴレ=サアダの事例がどのような読みを観察者に許しているのかその選択肢のバリエ
ーションを素描するにとどめたい。
 最後に問題を再確認しておきたい。我々が明らかにするべきことは次の二点である。

 (1)ファヴレ=サアダはどのようにして妖術の実在を確信するようになったのか。
 (2)ファヴレ=サアダはどのようにして「妖術をかけられたこと」という出来事と「連
続して自動車事故にあうこと」という出来事の結び付きをリアルに感じるようになったの
か。

 以上の二点を解明するために有力なアプローチをこれから模索していきたい。

  第一項 サンタクロースの事例
 
 このような解釈が成り立つかもしれない──ファヴレ=サアダはボカージュにおいて妖
術と妖術師に関するリアリティを学習したのである。
 読者はこのような解釈を唐突かつ単純な見解とみなすかもしれない。しかし、メディアや
身近な人々を通し絶えずなんらかの情報を人が手に入れ、それらを事実として認識してい
ることは否定できないと考えられる。今回のファヴレ=サアダの事例もその一例として解
釈することはできないだろうか。
 ここで私が使用している学習という言いまわしには、それほど特殊な意味は込められて

54
いない。ファヴレ=サアダの事例が、次のような事例と同様のものである可能性を私は示唆
したいのである。
 発達心理学者の麻生[1996]は、人がサンタクロースという存在をリアルに感じる理由に
ついて考察している。麻生は大学の生徒に「サンタクロース体験」に関するレポートを課し、
多くの生徒がサンタクロースにリアリティをもっていたことを明らかにしている。そのう
ちのひとつを下記に引用する。

 私のサンタクロース体験でもっとも心に残っているのは、彼が私のもとに来なくな
った年、中学二年の時である。毎年12月25日の朝、プレゼントは私の足元の布団の
中に入っている。中学2年の朝いつもと同じように布団をめくったらプレゼントがな
い。布団の中にはないとわかっていたが、布団がかさばってできたふくらみを何度も
何度も確かめた。前に、布団の中ではなく、タンスの上にあったことがあったので、部
屋中の棚やタンスや机といった家具の上を確かめたがやっぱりない。その時、自分の
もとへは、二度と彼は来ないだろうということを悟った。何よりも悲しかったのは、自
分がもう子どもではなく大人になってしまったのだということを実感したからだ。涙
が出た。そして、すごく子どもじみているが、自分がその年にした悪事(そんなたいし
たことはしていない)に対して彼が怒っているのかもしれないと思ったりもした。自
分が何の汚れもない美しい世界から汚れた世界に足を踏み入れてしまったような感
覚にみまわれた。翌年、中学三年のクリスマスは恐怖だった。自分が大人になってしま
ったことを確認した年だった。その年の12月25日の朝、来るわけはないと思いつ
つも、もしかしたらという気持ちがあって、布団のふくらみがあるとやっぱりドキド
キした。でも次の瞬間、やっぱりと思った。でも、目は部屋中を探していた。すべてに、
あきらめがついたのは高校生になってからである。変に思われるかもしれないが、自
分のところに彼が来なくなった今でも、彼は現実にいると信じている。毎年手紙を書
き、枕許にアメなどと一緒に置いておくのが習慣だった。その返事の手紙は今でも大
切にとってある[麻生 1996:201-202]。

 麻生は子どもがサンタクロースをリアルなものと信じ込む理由として、ふたつ指摘して
いる。第一の理由は、サンタクロースが「物語」の産物に他ならないというものである。  
 ここでは注意が必要である。麻生が使用する物語という用語は、浜本が使用する物語とい
う言葉とその意味合いをやや異にしている。浜本が出来事と出来事の結び付きという意味
において物語という用語を使用しているのに対し、麻生は物語を命題とほぼ同じ意味で使
用している。
 麻生はブルーナー[Bruner 1990]に準拠しつつ、物語を「それが"本当の(true)こと"か"
想像の(imaginal)"ことかには無関係に、言い換えれば"フィクションの(fictional)"こ
とか"実体験的な(empirical)"ことかには無関係に、
「物語」としてのパワーをもつもの 」
[麻生 1996:192]と定義し、次のような言明を物語の例として列挙している。

55
 「田舎のおばあちゃんの所にはタマという名の猫がいる」

「この前、お父さんとお 母
さんと三人で動物園に行ってぞうさんを見た」

「アンパンマンがバイキンマンをや っ
つけて、子猫ちゃんを助けた」

「お父さんは今、会社でお仕事をしている」

「夜寝な い
「今度の夏には親戚の ○○ちゃんと海に行く」
子は、おばけの世界に飛んでいく」
、 、
「 ク
リスマスにはサンタさんがトナカイに引かれたそりに乗って空からやって来る」
[ibid]

 このように、麻生は物語を命題とほとんど同じ意味で使用している。そしてサンタクロー
スがリアリティをもつ一番目の理由として、サンタクロースが物語の産物であることを挙
げている。サンタクロースの物語は
「「物語」であることによって、あ る"リアリティ"を構成し
てしまう」[ibid:195]のである。 
 麻生が挙げる理由の二番目は、「周囲の者によるサンタクロースの物語の語りかけが、 継
続して行われること」というものである。「周囲の大人たちがサンタクロースの存在を自 明
のこととして、子どもたちに繰り返しその「物語」を語り聞かせていれば、子どもたちはまず
確実にサンタを信じ込むようになる」のである[ibid]。
 麻生の上記の主張は、すべてのありとあらゆる命題や言明を物語という言葉で指し示し
ている点で問題を抱えているといえる。これではわざわざ物語という特殊な用語を使用す
る意味がない。
 しかしサンタクロースという完全にフィクショナルな存在が多くの人々によってリアル
なものとして受け取られていたということを明らかにするとともに、言葉で指し示される
なんらかの存在が、周囲の人々によって言葉で指し示され続けていたという事実によって、
その言葉を耳にする人々にとってリアリティーを持つことを明らかにしている点で、麻生
の見解は示唆的と思われる。
 なぜなら「妖術は不幸な出来事を引き起こす」という物語を耳にしている人々も、ことさ
ら彼らが耳にしている語りが物語の形式を満たしているからではなく、妖術という言葉を
耳しているからこそ、妖術という存在に対してリアルさを感じることができている、とも考
えられるからである。ファヴレ=サアダも同様の機制に基づいて、妖術をリアルに感じるよ
うになったとはいえないだろうか。

 子どもたちが全面的に信頼している両親や保育所や幼稚園の先生たちが、「サン タ
クロースは存在している」と何度も熱心に語るからこそ、子どもたちはその「物語」の
世界へ身も心も引きずり込まれてしまうのである[ibid]。 

 また、サンタクロースが次第にその虚構性を露わにし、人々にとってリアルなものでなく
なる過程にも、上記の理由が当てはまることが指摘できる。すなわち、身近な人々がその存
在について今度は否定的に語るからこそ、サンタクロースの実在に関する確信が揺らぎ、や

56
がて人々はそれをリアルに感じなくなるのである。例えば、次に引用する生徒のレポートは
この状況を示している。

 私はサンタクロースの存在を、幼い頃は何の疑いもなしに信じていた。そんな私に
衝撃的な事件が起こった。小学校三年生ぐらいの時、近所の親友のSちゃんが、
「サ ン
タクロースなんていないよ、あれはお父さんやお母さんがプレゼントを買ってきてい
るんだよ」と私に教えてくれたのだ。私はショックのあまり、「そんなことはない !
サンタさんは絶対にいる!」と怒り出し、あげくの果てに「私、サンタさんが家の中を
通るところ見たもん。暗かったけど、あれがサンタさんや! お父さんやお母さんは
私の欲しい物なんて知らんもん」と大嘘までついて、泣きながらその友達と喧嘩した
ことがある[ibid:185]。

 ここで分かることは、個人がサンタクロースの実在を肯定するのも否定するのも、身近な
人々による語りが大きな引き金になっているということである。なんらかの命題の正しさ
は、周囲の人々次第ともいえるのである。妖術についてもこのことは当てはまらないだろう
か。妖術の実在を肯定する語りを耳にするからこそ、妖術をリアルに感じる。または、妖術の
実在を否定する語りを耳にするからこそ、妖術をリアルに感じなくなる。妖術の存在を否定
する「公的な理論」について、ファヴレ=サアダも同様の意見を述べている。

 司祭は神のみが、もしくは推測上の「悪霊」が不幸の連続を意図することができると
述べる。医者はこのような連続はただの幻想もしくは純粋な偶然であると主張する。
これらの公的な理論は、学校や教会や医療機関といった強力な機関によって支持され
ている。これらは社会的な秩序を構成し、この秩序が広がるので、社会的な「リアリテ
ィ」をも構成する[ibid:15]。

 周囲の人々がその存在について話しているのを耳にしたことがあるからこそ、その話さ
れている当の事物にたいして聞き手はリアリティを持ってしまうという、あからさまに単
純で素朴な説明が成りたつ可能性もあることをここでは指摘しておきたい。

  第二項 「狐」に憑かれた都市のビジネスマンの事例

 次に見る事例は、なんらかの事柄にたいする信じやすさが高まる身体的精神的要因の存
在を示唆するものである。いわゆるオカルト的な事柄に対して普段は懐疑的であるが、なん
らかの条件がそろうと呪縛されてしまう人の事例といえる。
  
 三九歳のある都市銀行の支店長は、同僚のなかでも出世がしらで、日ごろ精力的に
仕事をこなしていた。あるとき信頼していた部下が暴力団がらみで金銭上の不祥事を

57
おこし、関係官庁からその監督責任を問われ、不眠、イライラ感、小さな物音にもビク
ビクするといった神経衰弱の状態におちいった。
 やがて自分が自分でない感じがはじまり、そして何者かにあやつられていると感じ
るようになった。手がひとりでに動き、勝手に字を書いたり、動かされるのである(作
為体験:分裂病の代表的な症例)。まもなく頭のなかに声がはいってきて、
「死ね」 と
いわれた。その「声」はふつうに感じる声とはちがい、何か不気味な響きで、自分の背後
から聞こえるようでもある。
 この支店長は信仰というものはとくにもたないが、子どもと一緒に、近くにあるお
稲荷さんへ散歩することがときどきあって、声の主はどうやらその稲荷らしいと気が
ついた。その声が聞こえた三日目の夜から支店長はキツネが憑いたと確信するように
なった。その日から奇妙な言動が続き、外来を受診。キツネはいないほうがよいという
患者の申し出に、キツネを落とす薬をだしますと説明し、メジャートランキライザー
を処方した。患者は半年の服薬で職場に復帰した[高橋 1993:80-81]。

 上記の事例は精神科医である高橋によって記録されたものである。高橋によると、上述の
サラリーマンは一流大学出のエリートであり、普段は「合理的にものごとを判断」し、
「新 社
屋の建設で神主が祝詞をあげるのも迷信的だとおもうことすらあった」という[ibid:82]。高
橋はこの事例について「予想もしなかった幸運や不幸がおそってくると、人は超自然的な考
えに心を奪われることがある」と述べている[ibid:82-83]。
 このビジネスマンの事例は先に概観したサンタクロースの事例と同様に、語りの感染力
という点から解釈することもできると考えられる。高橋は次のように記述している。

 (支店長は:筆者註)祖母からいろいろ寝物語を聞かされて育った。そのなかに
「お狐さん」という言葉があり、何か不気味で、不思議なことを象徴する響きをもって
いた。子どものころの彼はお稲荷さんの前を通るとき、なぜかいつも脅えていたとい
う[ibid:81-82]。

 高橋の上記の記述から分かるように、このビジネスマンは幼い頃に祖母の口から「お狐さ
ん」という言葉を聞いていたという。
「お狐さん」が具体的にはどのような存在で祖母によ っ
てどのように語られていたのかは明らかにされていないが、ここでは次のことを指摘する
ことができるのではないか。
 つまり、ここにあるのは語りであり、
「お狐さん」という憑依霊の物語なのである。ビジ ネ
スマンは遠い昔に彼の祖母によって注入された「お狐さん」という憑依霊の物語に呪縛され
てしまったのである。
 憑依霊は妖術と同様に経験を形づくるための語彙であると浜本は述べている [浜本
1993]。例えば、ケニアのギリアマ族を調査している慶田は、憑依霊の物語と妖術の物語、さ
てはバオバブの木の精霊の物語までもが入れ替わりたち変わりに人々のリアリティとなる

58
状況を詳細に記述している[慶田 1994]。人々は出来事を理解可能にするために、もしくは、
幸せになろうと願いそのために最も適切で有効な手段を行使することができるよう、現在
自分たちが置かれている状態がどのような状態なのか知ろうと欲する。そのような切羽詰
まった心境にいる人々にとって、憑依霊や妖術や精霊の物語は説得力のある解答となりう
るのである。
 しかし私はいくぶん異なる見方を提示したい。上記のケースにおいては、語りではなく、
当事者であるビジネスマンの身体的精神的状況に注目することもできる。部下が暴力団と
トラブルを起こし、その責任を関係官庁から問われ、
「不眠、イライラ感、小さな物音にも ビ
クビクするといった神経衰弱の状態」[高橋 1993:80-81]に彼は陥っているのである。こ
のような心身ともに不安定な状態において、彼はキツネに憑かれたと述べているのである。
つまり、身体的精神的に不安定な状態に陥ったことと、
「お狐さん」という憑依霊の物語に 呪
縛されることに、なんらかの連関が想像できそうなのである。妖術をリアルに感じてしまっ
たファヴレ=サアダにも、このような点を認めることはできないだろうか。
 都市に生きるビジネスマンの脳へ埋め込まれたキツネもしくはお狐さんという名の憑依
霊の物語が、そのリアリティを後年になって持ち始めることができた条件として、身体的精
神的に不安定な状態になることを指摘できるのではないだろうか。そしてこのことはファ
ヴレ=サアダにも当てはまらないだろうか。このことを証明するためには、ファヴレ=サア
ダ自身のライフヒストリーを丹念に読み解き、彼女が調査当時どのような身体的精神的状
況にいたのかを明らかにする必要があるだろう。

 第二節 第三章のまとめ

 我々に残された課題は、妖術のリアルさがどのようにして醸し出されるのかを説明する
ことである。第三章ではこの課題を「妖術の語り口の共有はいかにして可能か?」という形
で表現し、この問いに取り組むにあたって非常に有益と思われるファヴレ=サアダの事例
を検証した。また本章では、妖術のリアルさが醸し出される理由ではなく、この問題にアプ
ローチするための方法を提示することに努めた。
 エヴァンズ=プリチャード、スペルベル、浜本、菅原ら四人の人類学者とは異なり、ファヴ
レ=サアダは調査地における妖術信仰にリアリティをもってしまった人類学者である。し
かし彼女がいかにして妖術の「語り口を共有」することができるようになったのかは不明で
ある。このことを説明することが今後の妖術研究における課題のひとつであると私は考え
る。
 私はこの課題へのアプローチをふたつ提示した。ひとつはサンタクロースのリアリティ
が形成されるプロセスとよく似たプロセスを、今回の事例にも読み込むという方法である。
もうひとつは、都市に生きるエリート銀行員がキツネに憑かれるという事例におけるその
銀行員に観察することができた身体的精神的不安定さを、ファヴレ=サアダも保持してい
たと仮定してみるアプローチである。

59
 前者のアプローチが単純のそしりを免れない内容のものであることは十分承知している
このような解釈では、ファヴレ=サアダが妖術をリアルに感じた理由をあますことなく説
明することはできないと私も考えている。なぜなら彼女よりも長い期間にわたって妖術信
仰を調査する他の人類学者が、一向に妖術をリアルに感じることがないという事実が厳然
としてあるからである。身近な人々による妖術の語りにたとえ浸されることがあったとし
ても、その語りに感染しない人類学者もいるのである。したがって私が提案する第一のアプ
ローチは単純すぎると思われる。
 また後者のアプローチも問題を抱えている。ファヴレ=サアダが妖術をリアルに感じた
原因を、身体的精神的不安定さに求めるという考え方は、正常な人間であればけして妖術の
語りをリアルに感じないであろうという差別的な意味合いを意図せずして含んでしまう。
つまり極端な例を出せば、精神異常者がそのようなものをリアルに感じてしまうのだとい
う乱暴な読みを許してしまうのである。もちろん精神異常もしくは精神病という概念その
ものも、これらの言葉が指し示すような実体が本当に存在しているのかどうかという問題
を抱えている。したがって私が提示する二番目のアプローチがとりわけ差別的なものとは
一概にはいえない。ただしこのアプローチで研究を進めるのならば、精神病12)や宗教的回心、
洗脳やマインドコントロール 13)といった事柄についても同時に考察しなければならないと
考えられる。 

12)
精神病、とりわけ精神分裂病(統合失調症)というカテゴリーの虚構性について論じる研究には以下の
ものがある。Waxler[1977a ; 1977b]、Warner[1985 ; 1988]、Barrett[1988a ;
1988b] 、Cohen[1992a ; 1992b]、Estroff[1981 ; 1989]、Jenkins[1988a ; 1988b ;
1991] 、Gaines[1992a ; 1992b]、内海[2003]、赤坂[1986a ; 1986b]、野田[1981]。
13)
関連性のある文献には以下のものがある。苫米地[2000 ; 2003]、西田[1995 ; 1998]、松本[1979]。

60
第四章 全体のまとめ
 
 我々は電磁波や放射能などの言葉を知っている。しかし、物理学の専門家でない限り、我々
はこれらの存在を実際に確認することはできない。
 にもかかわらず我々は、これらが実在していること、そしてこれらがどのようなものであ
るのか、なかば確信をもって理解している。例えば、電磁波は携帯電話に使用されているも
のだとか、放射能は有害なものであるといったことに我々は確信をもっている。しかし、こ
の確信はいったいどこからやってくるのだろうか。
 我々は電磁波や放射能に関して、メディアの流す情報をなかば鵜呑みにするほかないと
いえる。同じように、妖術に関する情報も、占い師や近隣の者を通して、鵜呑みにされている
だけではないだろうか。
 我々が電磁波や放射能の存在とその性質に関する多くの情報を、本や新聞やテレビとい
ったメディアを通して得てしまっているように、妖術もなんらかのコミュニケーション回
路を通じて、その存在とその性質が人々に理解されてしまっているだけではないだろうか。
 親や近隣の者が妖術の物語を語る。これを耳にすることによって、人々は妖術の存在を知
るようになるのである。もちろん、親や近隣の者も、彼らが語るのを耳にする者も、妖術の存
在とその働きについては半信半疑である。しかし、半信半疑であるということが既に妖術の
物語に呪縛されているということである。我々の多くは妖術の実在について半信半疑にな
ることさえできない。
 浜本が明らかにしたのは「人を呪縛する物語の一般的な構造」だけではない。妖術だけで
なく、我々が常日頃から使用している「相性の悪さ」という語彙も、それが実は「相性の悪さ」
の物語という形で、妖術の物語と同じように人を呪縛するものとして働く、物語の一構成要
素であることを明らかにしているのである。このことは、妖術という対象に対する人類学的
な研究の方向性を転換させるものではないだろうか。
 人類学者が調査地において遭遇するのは、現地の人々が彼らの語りの中において使用す
る独特の言いまわしと、それに伴って行なわれる具体的な実践である。例えば、病気になっ
たドゥルマ族の青年は、病気を自分自身を憎む隣人によってかけられた妖術によるものだ
と人類学者に語る。そして、妖術使いからの攻撃を防ぐために高い金を払って呪医からクフ
ィニア・キルメという対抗呪術を施してもらうのである。人類学者が目撃するのは、現地の
人々のこのような言動の数々である。当然のことながら、現地の人々が使う独特の言いまわ
しと彼らが見せつける行動に、人類学者は違和感を覚える。妖術などあるわけないと直感的
に判断し、「当事者たちはどのようにして妖術をリアルに感じているのだろうか?」とい う
問いを立てて調査を開始してみたりするのである。
 「相性の悪さ」という語彙を日本に来て初めて耳にした外国籍の人間が、
「当事者たちは ど
のようにして「相性の悪さ」をリアルに感じているのだろうか?」という問いを立てたなら
ば、我々はどう反応するだろうか。普段から何の疑問もなく当たり前のようにして使用して
いる「相性の悪さ」という語彙と、それが含まれた自分自身の語りは、あからさまに自然であ

61
るので、その外国籍の異邦人の問いをうさんくさく思うだけであろう。とはいえ、肝心の自
分たち自身も、どうして自分が「相性の悪さ」という言葉を違和感なく使いこなせてしまえ
るのか分からないのである。 
 私は、関係性がいつしか物象化し、出来事の外部に実在する物質的な何かとして存在しは
じめる仕組みを解明することはできない。物象化が起きていることを確認することはでき
ても、それが生じる理由を見つけ出すことは私の能力の範囲を超える。したがって、浜本が
今後の課題とした「出来事の経緯が示す表情が物象化するメカニズム」に私は触れない。
 私にできることは、「相性の悪さ」という言葉を何の違和感もなく既に使用できてしま っ
ている我々と同様に、調査地における現地の人々も妖術という言葉を何の違和感もなく普
通に使用しているという事実を重視し、妖術をリアルに感じるメカニズムを解明するとい
う本論文における問いを、次のように言い換えることである。我々はどのようにして妖術の
語彙が含まれた言い回しを違和感なく当たり前のように使用することができるようになれ
るのだろうか。その条件とはなんであろうか。どのようにしたら我々もファヴレ=サアダの
ように妖術の語り口を共有することができるようになるのだろうか。
 語り口を共有するとはつまり、妖術の語彙が含まれた他人の語りを耳にした際に、妖術と
いう存在に違和感を持たずにその話を受け入れることができるということである。なんの
抵抗もなく、妖術という存在を自明のものとして真に受けることである。このことはいかに
して可能となるのだろうか。
 人はただただ物語に呪縛されて生きているといえる。どんな場所においてもどんな時で
も、人を呪縛する物語は発見されえる。その意味では、コマロフ夫妻はムーアを、彼らが作り
だした物語によってうまく呪縛することができていないといえる。コマロフ夫妻も出来事
と出来事を無根拠的に結び付けて提示している。一方ではグローバル化を原因として措定
し、もう一方ではオカルト的な現象の増加をその結果として措定し、これらふたつの出来事
を結び付け我々に提示している。もしも例えば現時点ではこの物語に呪縛されていないム
ーアが、やがてコマロフ夫妻が提出する物語に呪縛されていくことがあるとしたら、そのプ
ロセスとメカニズムを解明しなければならない。これは私が今後の妖術研究の課題として
提示する課題と同じものである。
 研究者がつむぎだす理論もあまた存在する物語のうちのひとつであるという指摘は既に
なされている。厚東はマルクスの『資本論』を例に取り、研究者によって作りだされた物語が、
現実をその物語が示すような形で実現していく過程を描いている[厚東 1991:307]。また物
語はなにも調査地における現地の人々だけを縛るものではないとも考えられる。調査地に
おける人々と同様に、研究者もなんらかの物語に呪縛される存在ではないだろうか。なんら
かの現象について常に原因と結果を提示することをその生業にしているのならば、研究者
もなんらかの物語の呪縛から逃れられないはずである。この意味でニーチェの次のような
言明は示唆的である。

 原因と結果、といったような二元性は、おそらくありはしないのだ──実際にそこ

62
にあるのは一つの継続態なのであり、その若干の部分をわれわれが分離させるのだ
[ニーチェ 1993:207]。

 様々な出来事が存在するなかから我々は特定の出来事を抽出しそれらを結び付け、その
つながりそのもの、つまり物語を、多かれ少なかれ鵜呑みにして生きているのではないだろ
うか。
 極端に言えば、なんらかの大きな事件や、なんらかの理由が背後に存在しているからこそ、
人は物語にからめとられるというわけではなさそうなのである。ただ単に、彼が生活してい
る空間において、入手可能な物語が存在しており、それを耳にしているうちに、世界をその
ような物語を媒介にして眺め感じるようになっただけといえるのではないか。そこに積極
的な理由はないように思える。
 ただし、物語は万人を捕えるものではない。物語に呪縛される人もいれば、呪縛されない
人もいるのである。浜本や菅原が後者にあたる。そしてファヴレ=サアダは前者である。彼
女は妖術の物語に捕われることができてしまった。これがどのようにして達成されたのか、
この変化はいかなる条件のもとで生じるのか、この点に関する更なる検証が、今後の妖術研
究におけるひとつの課題といえる。
 今後の妖術研究においては、研究者から見て「独特」としか表現することができない(1)
なんらかの事物の実在、(2)出来事と出来事の結び付き、という二つのことが、いかにし
て当事者たちにリアリティをもって受け入れられているのかが問題の焦点になってくる。
 身近に生じた出来事を、人は他の出来事と関連させて理解している。この「関連させる」と
いう営みが物語ることに他ならない。関連するということは「A と B とが同一の“物語”の
部分あるいは構成要素に収まるということと同じ」[ベイトソン 2001:17]である。本稿にお
いて確認したのは、(1)人がそのような物語に呪縛されて生きているということと、(2)
それに呪縛されていく過程─浜本による物語の「自己実現的性格」であった。そして私は、こ
れからの妖術研究における課題として(3)物語の構成要素であるなんらかの実在が人々
に自明視される理由の解明、すなわち、ファヴレ=サアダが妖術の物語に呪縛されていった
プロセスの解明を挙げたい。以上をもって、本稿のまとめとしたい。

63
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