韓国における前近代時代の思想宗教に関する研究動向

                      
張源哲(韓国慶尚大学校 人文大学 教授)

儒教に関して

 韓国と中国の文化交渉については朝鮮時代からすでに箕子東来説または孔子東夷説などの
形態として多様な論議があった。現代においても、古代の韓・中間の儒教の交渉に関してはこ
のような主張を重視する論者がいる。韓国では朱子学の伝播時期と関連して定説となっている
元代の朱子学の導入が 15 世紀前後の韓国思想史に及ぼした影響について、80、90 年代から歴
史学、文学、哲学などの分野で多様な研究がなされてきた。
 朝鮮時代の朱子学の理論的特性に起因したものではあるが、既存になされた朱子学研究の傾
向もやはり、交流ないし交渉様相の解明よりは閉鎖的な枠のなかでの自己完結的である概念の
探求に注力してきた。それに反して朱子学と対立する陽明学については近来、活発な関心の対
象となってはいるが、依然として比重は微弱である。陽明学については主に導入時期と陽明学
についての儒学者の批判様相に研究の焦点を合わせてきた。同時に一部研究者による 19 世紀
以降の朝鮮陽明学の活動についての新しい照明が旺盛になされている。
 しかし、朝鮮儒学研究においてもっとも重要な問題は 17 世紀以降に新たに現れた、いわゆ
る実学の性格についてのものだ。実学研究の 2 つの争点は、前期の朱子学と実学の関係をどの
ように見るか、実学の成立過程についての問題である。ひとつめの争点については両者の連続
性を主張している立場と断絶を強調する立場に分かれる。
 ところで、最近は以前と違って、実学と外来思想との具体的な交渉様相に注目する傾向が現
れている。このような変化の遠因として韓・中間の国交正常化による学術交流の活性化をあげ
ることができる。特に2000年以降、個別書籍の具体的輸入と、その影響が注目されている。
このような研究動向は中国と日本にある海外資料についての接近と発掘を容易にしたという
状況の変化を反映しているのである。
 一方、研究主体と関連して注目される点は、このような一連の交渉様相についての研究が主
に漢文学をはじめとした文学研究者によってなされているという点である。これは清代の学術
および文化的変動など、たとえば燕行使の人的交流や書籍輸入などを通して、当時の朝鮮にど
んな影響を与えたかが具体的に現れるからである。このような研究成果をよりどころとして韓
国文学界の一部では従来の民族主義的観点からなされた文学史叙述についての批判と反省が
提起されている。
 反面、思想史研究の主力であるべき哲学および思想研究者たちはおおむね概念や命題または
学説と教理方面についての研究に注力している。その結果、交渉と同様に歴史的流れについて

は関心が少ないと言えるだろう。  朝鮮後期、特に 18 世紀、19 世紀の文化、および学術的変動を扱う最近の研究動向において 注目されることは、韓国と日本の関係を新しく照らすものである。茶山 丁若鏞(1762~ 1836)の日本儒学の需要に関する研究などが代表的な事例であり、 〈和漢三才図会〉の伝播と 受容についての関心は注目に値する。そのほかにも和刻本の伝来と受容についての関心も微弱 ながらも徐々に現れている。  最後に、最近もっとも注目すべき作業として、儒教文献資料の集大成といわれる〈儒蔵〉の編 纂が中国と連携して始められたという点がある。ここに、韓国の儒教文献として約 80 種が収 録される予定だという。 仏教に関して  韓国仏教は大体において中国を通じ伝来されたものであるというのが定説である。しかし、 単線的な 経路を想定してきた初期研究とは違い北方 経路、南方 経路など多 様な 説が提起されて いる。一方、唐時代から元時代に至る期間の韓・中間の仏教交渉については、主に留学僧や在中 活動僧侶についての個別研究が中心になっている。その研究は元曉が日本仏教に及ぼした影響 や日本に現存する関連資料についての発掘を中心に展開されている。  前近代、仏教研究と関連して特記すべき点は、韓・中間の国交正常化以降、一時期現地の学術 踏 査が積極的に進行されたという点だ。このような研究状況は自然に仏教の交渉 様相について の関心を呼び起こしている。このような関心を反映して代表的な研究事例として高麗大蔵経の 形成過程における中国大蔵経の受容に関する研究とか、朝鮮時代以降の日本などに大蔵経が伝 播された経路についての研究などが進められている。韓・中・日間の大蔵経の形成、流通、伝播 についての一連の研究は出版、書籍など、具体的な事例を通じ、思想や文化の交渉様相を把握す る 90 年代後半以降の韓国学界の共通した研究動向のひとつといえる。  最近、韓国仏教研究における交渉の観点として注視しなければならない現象は東アジア近現 代仏教についての積極的関心だ。その結果として特に日本の近現代仏教史の翻訳や東アジア近 現代仏教に関しての論議が多用になされていることだ。興味深いことは関連研究者の間に日本 近現代仏教についての関心が非常に活発な点だ。しかし、全体的に東アジアの近現代仏教につ いての関心と研究はまだ初歩的段階だといわなければならないだろう。  仏教の交渉様相についての研究と関連して最後に言及すべきことは、密教を背景に設立され た金剛大の人文韓国研究所の作業である。これは仏教原典から漢訳仏教として翻訳された過程 を体系的、全般的に研究し、検討しようとする作業が中心をなしている。仏教の文献学的研究が それほど活発ではなかった韓国の仏教学界としてみると、かなり注目すべき取り組みだと思わ れる。 .

  道教に関して  李能和(1869 から 1945)の〈朝鮮道教史〉以降、韓国の道教研究における争点となってい るのは固有性と独自性の問題だ。特に固有性を主張している立場では、中国の教団道教の伝来 以前に韓国にも既に‘仙道’などと呼ばれる固有信仰があったとし、このような信仰が韓国道教 の重要な特徴をなしていると主張する。この立場では朝鮮時代に成立した韓国の道教文献にお いて韓国のいわゆる、道脈を強調する部分によく現れているだろう。この立場を継承し、現在で も民族主義的性向を強く帯びた一部団体によって、韓国の独自的仙道思想を主張する研究が持 続的になされている。  一方、最近の韓国道教研究でもっとも注目すべきことは〈韓國道蔵〉の編纂作業である。この 事業が完成され結果がでれば、さまざまな面で意味をもつと思われる。しかし、全般的に韓国学 界では道教の多様な交渉様相についての研究は未だ不足している状況だ。但し、若い研究者を 中心として活発に外国の研究者との交流がなされている。その結果、一部学者は中国道教と韓 国、日本などの交渉様相についての解明こそが今後の韓国道教の重要な研究課題だと主張して いる。  加えて言えば道教と関連が深い民間信仰や神話の場合、その特性上、交渉や比較の観点が非 常に強調されている。神話研究の場合、比較神話学の観点が基本的に常識化されている。民間信 仰の場合、関連学会を中心に相当な研究がなされてきた。近来、韓国、中国、日本だけでなく蒙古 越南、東南アジアの民俗と信仰についても関心と研究を拡大している。  以上、前近代時期の思想および宗教の交渉様相について韓国の研究動向を簡略に総括してみ た。つぎに、近現代以降の様相について全般的な傾向を紹介すると次のようになる。  もっとも注目すべき点は、学会全体として東アジアについての関心と論議が相当に強調され ているという事実だ。90年代以降の韓国学会を風靡した、いわゆる東アジア談論が97年の 金融危機以降、しばらく沈滞期に入った。しかし、金融危機以降もアジア的価値、つまり儒教の 価値を現代的に解釈しようとする必要性によって提起された東アジアハブ論、そして、海外学 会の世界体制論や東アジア体制論などの影響によって東アジア談論が粘り強く提起されてお り、これと関連した多様な研究と論議がなされてきた。  特に、最近の韓国学術振興財団が国家的規模で推進している HK(人文韓国)事業では‘東ア ジア’を研究主題と設定する事例が大変多いという点が注目すべき点であろう。そして、このよ うな研究に共通して重視されている課題のひとつとして欧米文明が東アジアに導入される過 程で現れる‘概念史’‘翻訳史’と関連した問題があげられる。また、このような‘概念史’‘翻訳史’を 根拠とした問題意識では韓・中・日の漢字文明における相互交渉がなされている現象につい て、非常に関心が高まってきていることも新しい傾向だと言えよう。  次に植民地時期についての新たな研究が、日本の近現代の文化と思想についての関心と連結 .

されているという点も注目すべきことだ。それは、まず、日本の近現代思想および学術研究書に ついての翻訳状況を通してよく現れていると言える。たとえば、 〈日本学叢書〉のような体系的、 包括的な企画が進行されており、日本学と関連した各種の原典や研究書の翻訳および紹介が 90 年代末期から活性化している。一方では韓・日間の交渉様相についての研究も活発になさ れている。そのような傾向は韓国の思想、学術さらには文化全般に及ぶ日本の影響についての 本格的な関心として現れている。一方で一部の若い研究者は日本が蓄積している研究成果を韓 国の近現代研究の準拠の枠として積極的に活用しようとする傾向が現れている。  しかし、近現代研究において現れているこのような姿を客観的に評価しようとすれば、未だ 試行的段階にあると言わねばならないだろう。理由を挙げると次のようになる。ひとつめに交 渉様相についての研究がまだ初期段階にとどまっている。今後、関連した成果が蓄積され現象 の多様な側面が解明されれば研究の水準も向上するであろう。ふたつめには近現代の交渉様相 が非常に複雑なためである。たとえば、近代学術語の成立についての検討しようとするとき、次 のような側面-西洋における用語の意義と展開。翻訳された用語が既存文献において使用され てきた意味と用例。翻訳語が作られる過程。翻訳語が伝播され受容される過程-を基本的に見 極めなければならないだろう。同時にこのような過程を検討するとき、西洋語、古典漢文、日本 語、中国語など多様な言語資料を活用しなければならない。研究者の負担はいまさら言うまで もないだろう。みっつめは、未だ十分でない関連資料の整理が原因だといえる。基本的な整理が 完了した前近代の文献資料と違い、近現代の資料は未だ体系的な整理がなされていない。ただ、 近代デジタル化を通して、相対的な資料の接近が容易になった点は肯定できるだろう。  前近代の交渉がその担当者の範囲や影響を与える分野の側面において、相当な制限であると すれば、近現代の交渉は韓国、中国、日本を始めとした東アジア地域の成員すべてに新しい経験 だと言える。それは、この地域の多くの人に影響をあたえながら現在に至るまでの人間の生に おける全般的な領域に作用するからだ。さらに帝国主義、民族主義など多様な要因で、実際に交 渉様相が看過されたり歪曲されているという現象が相変わらずおきている点を考慮すれば、文 化交渉学の意義は非常に大きいといえるだろう。 .