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稲 架 干 し ・脱 穀 期 間

地域おこし協力隊 か つ ての 美 し い 千 枚 田 の 景

協力隊のお仕事とは?
協力隊への問い合わせや

さいぼぅ庵までお越しく
平成二十二年 十月 一日

編集責任者:清田 豊

の 途 中 に は、 台 風 も
地域おこし協力隊新聞
所在地:上山2634

依頼のある方は、八伏
katti@sonraku.net

yuu1975@gmail.com

とはなんぞや? 観 を よ みが え ら せ 、 維 持 し て
発行所:さいぼぅ庵

や っ て き て集 中 豪 雨
が 降 っ た りで 、 田 ん 何をしてくれるんや? い く 為 の 組 織 作 り も 現 在 の 使
ぼ の 足 場 の状 態 は 万 と 、 皆 様 の 中 に は そ 命 で す 。棚 田 再 生 だ け で な く
ださい。

全 と は 言 いが た か っ ん な 疑 問 を お 持 ち の 上 山 地 区全 体 の 活 性 化 を 推 進
た も の の 、稲 架 掛 け
方 も 居 ら れ る か と 思 し て い きま す 。 相 談 し て み た
秋は収穫の祭典
戻 し て の 収穫 と な っ はしっかり立ち並び、
たそうです。 美 味 し い お米 に し て います。 い 事 が あり ま し た ら 、 八 伏 ”
月 日
12
4

上山収穫祭 こ れ が ま た上 山 の 土 く れ て 、 棚田 団 と 上 さ い ぼ ぅ庵 ” ま で お 気 軽 に お
地に合っていたのか、 山 の 人 々 とと も に 、 地 域 お こ し 協 力 隊 の 越しください。
上山に稲架干しが並ぶ
非 常 に お いし い と 好 秋 の 収 穫 の喜 び を 分 現在の活動は、ここ
評です。 か ち 合 え た事 は 、 私
上山地区での棚田再
達 新 米 の 協力 隊 隊 員

九月 十 一 日 か ら 十 稲 架 ( は ぜ) 干 し を 今年のお米の種類 脱穀作業 に と っ て は大 変 な 喜 生事業がメインになっ


二 日 に か けて の 上 山 行 う 為 、 朝か ら 稲 架 今年 の 棚 田 団 の お 稲の 収 穫 を 終 え 、 びでした。 ています。主に不耕

は 、 朝 か らに わ か に 掛 け 用 の 竹と 脚 を 用 米 は フ ク ヒカ リ だ そ 稲 架 干 し 期間 を 終 え 収 穫 を 終え た 田 ん 作となっている畑や
稲 刈 り の 気運 に 包 ま 意しました。 う で す 。 昨年 は ア キ た 後 は い よい よ 脱 穀 ぼ の 一 部 では 、 こ れ その周辺の草刈など
れていました。 昔 は 都 市近 郊 の 農 タ コ マ チ だっ た そ う から耕して野菜をやっ

です。 を行ったり、棚田団
こ こ 八 伏 と薬 師 堂 で 村 部 で も 見ら れ た こ で す が 、 敢え て 昔 の 1 8 日 ・1 9 日 と て み よ う と考 え て い
も 朝 早 く から コ ン バ の 風 景 を 再び 目 に す 作 り 方 に 戻す と い う ます。 と協力し不耕作地を
2 5 日 ・ 26 日 に は

イ ン や バ イン ダ ー の ることが出来た喜び。 事 で 、 フ クヒ カ リ に 再 び 棚 田 団の 面 々 も 借りて開墾し水田や
準 備 に 取 り掛 か っ て 外 部 か ら 来た 人 間 の やってきて 里山再生! 畑作をしています。
い る 棚 田 を見 か け ま 目 線 の 一 つと 言 う こ 古民家貸して

1 2 年 ほ ども 放 置 さ
した。 と で 知 っ ても ら え た も 務 め て いる わ れ ら け る 上 山 古民 家 再 生 て く る で あろ う 上 山
こ の 日 、協 力 隊 は らと思います。
れ て き た とい う 脱 穀 ください。 が @ か っ ち隊 長 は 建 プロジェクトとして、 入 植 希 望 者の 活 動 拠
機 を 始 動 して 作 業 を

上 山 棚 田 団と 行 動 を 進めました。 築 の プ ロ でも あ り 、 薬師堂”いちょう庵” 点 の ひ と つに も な っ
と も に し 、稲 刈 り と 年 代 も の の脱 穀 機 は 地域おこし協力隊は、 現在の住まいである” があります。 て い き ま す。 来 年 に

ま だ ま だ 現役 で 、 上 棚田団の母体ともなっ さ い ぼ ぅ 庵” は 、 再 こ こ は 村 と外 部 か ら は 再 び 協 力隊 の 募 集
山 の 人 々 と同 じ く ら て い る 協 創 L LP
と密 生 中 の 古 民家 の 一 つ き た 人 の 交流 拠 点 と が 予 定 さ れて い て 、
い 元 気 一 杯に 働 い て 接に関わっています。 です。 も な る べ く計 画 さ れ 彼 ら の 受 け入 れ 先 と

くれました。 こ の 協 創 LLの
P 代表 現 在 隊 長自 ら 手 が て い て 、 今後 も 増 え し て の 住 居が 問 題 と
な っ て き てい ま す 。

上山の蕎麦畑開花
蕎麦は少々の荒れ地 蕎麦の実を採っ て 協 力 隊 や 都市 部 の 人
なら難なく育つ強い植 食べられるようにする が 拠 点 と して 活 動 で
き る よ う に、 古 民 家

物で、 発芽に際して までには過程がいくつ


を 借 り 受 けて 再 生 し
今年の英田・上山に は水分もほとんど必要 もあり大変なこととは
て い け た らい い な と
は蕎麦の花が例年より ありません。 まさに 思います。 考 え て い ます の で 、

も多く見てとることが 再生してすぐの棚田に ただ、 大変なことも ど こ か 空 いて い る 古


できます。 はぴっ たりの植物と 地域の方々と一緒にワ 民家はありませんか?
草刈りをして、 土 いえるでしょ う。 イワイ楽しんで行う事 古 き 良 き 里山 の 雰 囲

気 を 残 し てい く た め
を耕し再生した棚田に 蕎麦を植えることによ ができれば、 それこ
に は 、 こ うい っ た 古
蕎麦を植えたためです。 る 利 点 は 、 【 再 生 し そが蕎麦を植えたなに

民 家 こ そ 必要 不 可 欠
これは美作市が進める た棚田の雑草を抑制】 よりの利点となります。 八伏の蕎麦の花 だ と 考 え てい ま す の
棚田再生事業の一環で 【 花が咲けば美観と 収穫のメドが立ちまし
九月二十八日撮影 で 、 不 要 な建 物 に 思
え て い て も、 一 度 相

あり、 地域おこし協 なる】そして・・・ たらお知らせいたしま 蕎麦を植えた場所


談 し て い ただ け た ら
力隊も協力させていた 【 食べることができ すので、 奮っ てご参 八伏・後迫・小山・金
八伏の蕎麦の花

と思います。
は ぜ 九月四日頃撮影 だいています。 る!】 加ください。 合・大芦池 相 談 先 は ”さ い ぼ ぅ
薬師堂での稲刈りと稲架干しの様子
十 庵”までよろしく 。
つれて、企業の環境 牛を入れ、棚田を昔の
あの!アミタホールディングズの 農」を行う地域では、 環境保全型の農業や
平成二十二年 十月 一日

課題を解決するコン その森林が持つ機能 環境教育の場を創出 姿に戻す再生事業と、


熊野英介氏が上山のさいぼぅ庵に来た! サルティング・アウ 再生した田畑を耕作し、
や空間を利用して、 することもできます。
収穫し、実り豊かな里
トソーシング業務を
村を再生していくため
あの!アミタホール
ディングズ㈱の熊野
中から上山の全貌を
見学してもらい、
るブランド力を身に
つけていきたいもの
拡大してきた。 英田上山棚田団と に、今後も地域おこし
近年は、農林水産
英介氏が上山のさい 一緒に雲海温泉につ です。 業などのコンサルティ
美作市地域おこし協力隊 協力隊は棚田団と村と
ぼぅ庵に来た(笑) かって将来のビジョ 今後こういった企 連携して活動に邁進し
ングや、手入れの行 こと の起こ りは石 こ の 棚 田 の風 景 に 癒 さ てまいります。
ンについて熱く語り 業のチカラをこの上 れ る 日 々 これ は 守 る べ
先日上山八伏のさ 合い、八伏@さいぼぅ 山棚田再生事業に注 き届かない森林に乳 黒さんが上山に移住
き景観です。
いぼぅ庵に日本をリー 庵にて囲炉裏で夜が 入していただけるよ 牛を放牧することに した事から始まりま こ の 景 観 をま も り つ づ
け て い る 地元 の 方 々 に 活動の書籍化
ドする環境コンサル ふけるまで”しし鍋 うに、我々は一生懸 よって森林管理の労 す。毎年大芦池の水 は 頭 が あ がり ま せ ん 。 棚 田 団 と 協 創 LLP
につ
ティング会社@アミ と山女”を肴に楽し 命一人の上山地元人 門を開く前に行われ せ め て そ のお 手 伝 い が

働力を補う「森林酪 で き れ ば ・・ ・ そ の 一 いて興味を持って下さっ
タホールディングス くワクワクするガチ として地元に貢献で ている水路掃除。 念 だ け で 活動 し て お り
農」など、自然資本 ま す 。 お 見か け の 際 は た方には、是非読んで
株式会社の熊野会長 ンコの宴をもたせて きるように、必死の その大変さを息子さ 気 軽 に お 声が け く だ さ

を活用した地域活性 頂きたいものがありま
が友人として上山に いただきました。 パッチでがんばるだ んと話してしまい、 いませ。
視察を兼ねて泊まり 翌日メールにて・・・ けです♪ 化にも力を入れてい す。現在出版予定の書
その話しを従兄であ
にいらしてください 熊野会長曰く『西口 村の皆様。これか 籍で、この 年の軌跡

る。

3
る西口和雄さんにし
ました! さん。上山は現代遺 らも笑顔と血と汗を と目指しているものが
た事から動き出した。
昼からお隣りの西 産になりうる空間で 流しながら再生に取 よく分かる
森林酪農

粟倉村と提携して作っ すよ!近いうちにこ り組んでいく覚悟で 「 愛だ( 英田) !上


た株式会社トビムシ こは化けますね♪』 す。今後とも地元の 「大 阪 の 若 い 衆 を
山棚田団ー限界集落な
「森林酪農」では、 呼ん でな 、コ コの

@森の学校の方々と と大絶賛してくださっ 皆様のご指導・ご協 んて言わせないー 」


智頭にある みたき園 ています。 力の程よろしくお願 利用されていない森 溝清 掃を 手伝 って というものを製作中で
を食事がてら見学し、 一日も早くそういっ い致します。 貰えんかのぉ? 」
林に牛を自然放牧す

す。めでたく出版でき
小雨降る中・・・ た夢と希望溢れる空 さいぼぅ庵 庵主
ることで、牛が下草 ましたら、是非村の方々
愛車のパジェロの車 間として世界に誇れ 西口和雄(かっち) 「そうやねんなぁ。
を食べ、倒木などを こう して 協 創 LLP
@ にも読んで頂きたいと

ちょっと、兄ちゃん 英田上山棚田団の 考えています。


蹄でならして地面を
アミタホールディングス@熊野会長と信頼資本財団@ アミタ株式会社 に相談してみますわ。」 活動が始まった
整えます。人は森林

鴨崎事務局長と西粟倉村地域おこし協力隊@東馬場 1977年の設立
洋さんと三滝園にてぱちり!この人ら普通にわろては を管理しやすくなる 棚田団の法人化
りますけどすごい人らですねんでっ!! 以来、多種多様な発 こうして詳しい事 伏は下段右の写真の
ばかりでなく、乳製 また里山再生の一つの
情を聞き知った西口 ような感じでした。

生品(廃棄物)から 窓口として、英田上山
品の販売や、雑穀な さんは口を開いた。 2010年8月には
「調合」という技術 棚 田 団 は NPO
法人 とし
どの林産物で新たな 下段左の写真のよう

によってセメント原 て生まれ変わります。
収益を得ることがで 「だったら協創の面々になっており、協力
料や代替燃料、金属 棚田団ともども協力隊
きます。 を現地に募ってしま 隊 が赴任したときに
原料といった地上資 の今後の活動を長い目
森林と人との距離 おうやないの。 は既にこのようになっ

源を製造する資源リ で見守っていただけま
が縮まり、生活に身 そこで溝清掃だけや ておりました。
サイクルに取り組み したらと思います。
なくて、いっその事、 都合 回近くに及ぶ、

60
近になることで、新

続けている。 あの放棄されている 地元の人との共同で


たに森林の魅力を人
また、その再資源 棚田を復活させてま の作業活動を通じて
が活用することがで

活動や生の声が見れる。
ツイッターで協力隊の
おうやないの。 の成果です。

化技術の一部は特許 んの元へ寄せられ、 地元の人々の活動の結


きるのです。森林を

かっち@mimasakasi
として認められ、 あの棚田が蘇った 協力隊の募集 担当者と面談の結果、 果が呼び込んだ一つの
適正に管理しながら、

だいち@kaky586
ゆう@YuusStyle
日本国内だけでなく ら、 その成果を通じて支 隊長として上山での活 成果なのではないかと
アミタホー ルディ シ ス テム を 創 る 取 り 新たなビジネスによっ そりゃぁぁぁ、見事

所の方から美作市が

TwitterID:
他のアジアの国々で 動を行っ ていく事とな 思います。上山にはま
ングス株式会社 組 み を行 っ て い る 総 て森林の価値を高め な光景やで!」 地域おこし協力隊と る。 地域おこし協力隊 だまだ手が回りきって
も活用されている。

ア ミ タホ ー ル デ ィ 合 環 境ソ リ ュ ー シ ョ る仕組みです。 いうものを募集する というも のは協 創 居ない耕作放棄地があ


企業の環境部門の LLP
ン グ ス ㈱は 、 循 環 型 ン企業の持株会社。 さらに、「森林酪 年前の 月の八 という情報が西口さ と英田上山棚田団と りますが、ヤギを入れ、

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業務が多様化するに