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蒼い空が広がっている。

彼女の事は輝夜も知っていた。
「どもー。清く正しい射命丸

文です」

偶には外に出ろ。

「あら、珍しい顔。こんな所でどうしたの?」
たはは、と文は苦笑する。

これは、憎くて殺したい程愛しい人の言葉だ。素直に
従ってる訳ではないのだけど、輝夜は人里に居た。

「いえいえ、それはこっちのセリフですよ。貴女が里ま

で足を運ぶなんて珍しい。どうかしたんですか?」

人が集まれば喧騒が生まれる。輝夜は大通りの隅っこ
で、人が行き交う様を眺めていた。永琳から薬を受け取

「道案内よ」

文は膨らんだ上着のポケットから一つ、丸いソレを取

「嗚呼、では輝夜さんもお一つどうでしょうか?」

「記者さんこそ、なんで此処に?」

に細めた。

文は瞳を「貴女も物好きですねぇ」と、言わんばかり

始、笑みが浮かんでいる。

その一言で十を知ったように文は頷いた。口元には終

った男性を、里まで送り届けたのだ。
竹林では因幡達が喧嘩をしているのだろう。普通の人
間が巻き込まれれば、怪我をしてしまう。
聞けば、一人娘の為に永遠亭まで訪れたらしい。
もし、その帰りに死んでしまえば怨霊にでもなってし
まうのだろう。
怨霊は薄暗く、とても五月蝿い。輝夜の嗜好として、
竹林は静かな方が好きだ。

り出した。

「夏みかんです。今は春ですが。私としては冬のミカン

さわさわ、と風に竹の葉が擦れ合う音がとても耳に馴
染む。竹林の中で眠るのは心地良い。

こそ至高だと思うのですが、さっぱりした夏ミカンも美
味いものですよ」

「おや、これは珍しい」
人ごみから抜け出て、誰かが近寄っていく。

3

「……ミカン買いに来たの?」
「ええ。そうですよ?」
なんでもないように告げると、文は皮も剥かずに、ミ
カンを二つに折り別ける。
どうぞ、と手渡されたミカンを輝夜は受け取った。
「ミカン好きなの?」
「ええ、好きですよ?」
輝夜の質問もそこそこに、文は皮を剥いてミカンを口
にする。
「うわっ」
文は酸っぱい、と顔を顰めた。そして、トントンと頭

つい、手の中で持て余したミカンを訝しげに見つめた。

「食べないなら私が食べましょうか?」

「貴女は人にあげた物を返せって言うの?」
「ははっ、冗談ですよ」

文は苦笑して首を横に振るった。

しかし、ミカンに注ぐ視線には冗談は混じっていなか
った。

やれやれ、と輝夜はミカンの皮を剥く。

一つ指でつまみ、口元へ運ぶ。しかし、中々口にする
決心は付かなかった。

酸っぱい食べ物は何故、躊躇ってしまうのだろう。

梅干よりも、蓬莱の禁薬の方がまだ口にしやすかった気

食事に梅干が出ても、輝夜は決して手は出さなかった。

「ココが疲れた時にこそ、甘い物を取るべきですよ」

がする。

を人差し指で突付きながら言葉を紡ぐ。

「でも、これ酸っぱいんでしょう?」

「酸っぱいって言われると食べづらいわね」

「なるほど。輝夜さんはアリクイという動物を知ってい

「ミカンですよ?」
有無とすら、輝夜の口からは言葉が出なかった。

輝夜さんは甘い蟻と酸っぱいミカン、どち

名前の通り蟻を食べるそうです。蟻は甘いそ

ますか?
うですよ?

まるでミカンを食べるのは世界の常識だと言ってい
るようだ。

4

「……貴女は何を唐突に怖い事言ってるの?」

らを食べたいですか?」
「 蟻 。」

「貴女、喧嘩売ってるの?」

絶 対 に 頭 お か し い わ 。良 い

甘いでしょう?」

「その為にわざわざ蟻まで捕まえて……考えられない」

ギャップを楽しんで貰いたかったのですよ」

「酸っぱい酸っぱいと思い込んで、実は甘かった。その

し始める。

ぽいっ、と摘んだ蟻を放り捨てて、文もミカンを口に

ンの程よい甘さが広がったのだ。

甘かった。酸っぱいと思っていたら、口の中にはミカ

「どうです?

楽しんでいたのだ。

文は嬉しそうに笑っていた。輝夜の反応を心の底から

輝夜は眼を瞬かせて文を見る。

「……ぅっ」

そして、一息でミカンを口に放り込む。

決心を固める為に輝夜は深く息を吸って吐く。

わよミカン食べるから」

「 っ 、 何 が ” 蟻 。” よ … … ?

冗談じゃ、ない?」

「ははっ、冗談じゃないですよ?」
「……え?今、なんて――?
文の視線は輝夜から地面へと移ろう。蟻を探している
のは明白だった。

と、文は首を傾げ

「うわ、本気で探してるわ。信じられない」
何故、そんな事を言うのですか?
る。
その行動さえも白々しい。本気で蟻を食わせるつもり
だ。
「まぁ、本気にしないでくださいね」
膝を屈め、文は蟻を摘んで見せ付ける。言ってる事と
やってる行為が正反対だ。
輝夜だって、里の子供が虫を取って自慢するぐらいの
事は知っていた。
だけど、文は輝夜に蟻を食わせて自慢するのだろう。
本気で性格が悪い。いや、本気で頭が悪い。

5

い事は出来ないです」

かったですよ。蟻にだって命はあるのですよ。そんな酷

「いえいえ、本気で蟻を食べてもらおうなんて考えて無

無いですね。いや、それにしても……」

「あの方と比べられると、輝夜さんを楽しませる自信は

「まだ妹紅の方が、冗談が上手かったわ」

で見つめ始める。

文は眼を白黒させながら、輝夜を足元から頭の天辺ま

と思うの」

「輝夜さん。話しやすくなりましたね。以前は超然とし

「……今、そこら辺に蟻を放り捨てた人の言葉じゃない

「まぁ、小さい事は気にしない。――――蟻だけに」

ていて、ただ人形がくすくす笑っているような人だと思

「お姫様だったからね」

一人、口元を抑えて笑いを堪える文。

「貴女、名前は?」

「随分と俗物的なお姫様になりましたね。でも、良いと

っていましたが」

「さっき名乗ったと思いますが、良いでしょう。射命丸

思いますよ?

無性に輝夜はこの場所から立ち去りたくなった。

文です」

くなる。これも妹紅さんのお陰ですね」

内心で舌打ちをしながら、文はさらに言葉を紡ぐ。

輝夜は着物の袖で口元を覆って、笑い始める。

「ふ、ふふふ」

表情から何かを読み取ろうとしてるのだろう。

しかし、視線はしっかりと輝夜を捉えている。輝夜の

あははは、と軽やかな笑みで文は告げた。

籠に閉じ込められていては、鳥も飛べな

「そう。射命丸さん。二度と私に話しかけないでね」
ニッコリと言い放ち、輝夜は踵を返した。
「嗚呼、待ってください。冗談です、冗談ですから許し
てください」
不意に小うるさく、ザラついた土煙が舞う。風を撒き
散らしながら文は飛び跳ね、輝夜の眼前に回りこんだ。
つい、輝夜は溜め息を洩らしてしまう。

6

「でも、一体誰が妹紅さんを殺したんでしょうかね?
犯人は見つからない。妹紅さんを殺すなんて可能な人は

妹紅は死んだ。

限られていると思うのですが」
―――――藤原
死ねないのに、死んだ。
今頃は地獄にいるかもしれない。

た。

輝夜には永琳が居た。

永遠を前に、心は容易く砕けてしまう。

永遠に生きるはずだった妹紅は、永遠に匹敵するよう
な罰を受けているのだろう。

同種が傍に居るという意味は、輝夜にとって恐ろしい

するだけで膝が笑い出す。

暗闇に包まれるような、独りで時を過ごす恐怖。想像

永琳が居なくなってしまえば―――。

ぐらいに大きい。

「さぁ。私も知らないわ。嗚呼、妬ましいわね。死んで
しまえて」
輝夜は文の横を通り過ぎる。背中を見せつけ、里の外
へと進み行く。
文が追ってくる気配は無かった。ただ最後に、と文は

「妹紅は今までどう過ごしてきたの?」

殺し合いの終わる頃合だった。

尋ねる。
「輝夜さんは大丈夫なのでしょうか?拮抗する相手が居

月が雲に隠れた夜。真っ暗な竹林での行為だった。

刺した右手を引く。

輝夜は妹紅の上に乗っていた。ぬるり、と腹部に突き

なくても」
輝夜は答えなかった。
文には、答えないのが答えだと言っているように思え

7

暗闇の中で互いの熱を感じながら、ごぽりと、妹紅は
口から血を溢しつつ答える。

輝夜に自分の髪を遊ばれても、妹紅は言及しなかった。

今更だった。中身を全て晒しているのだから。

「別に誰かの血じゃなくても良かったんだ。自分の血で

気にした様子もなく、妹紅は言葉を紡ぐ。

かった。ただ自分の手が焼ける痛みを感じ続ける。

も良かった」

輝夜が掴み千切った臓物が燃え始めた。輝夜は離さな

「狂ってたよ。三百年ぐらい経ってからだな。どうしよ

「誰かの血なんてダメよ」

妹紅の胸から泉のように血が溢れ出す。

妹 紅 の 胸 に 突 き 刺 し た 。指 が 熟 れ た 桃 を 穿 つ よ う な 感 触 。

輝夜は墨のように黒く焦げた右手を揃える。そして、

うもなかった。いっそ、こうして体をグチャグチャにさ
れたいと思った」
死ねないけどな、と妹紅は綺麗に赤く笑った。腹部か
ら生まれる炎で笑顔が照らされる。

ねっとりとした液体が火傷に障り、びりびりと皮膚が

引きつるような痛みが生まれた。

ソレを眩しいと輝夜は思った。橙に染まる白髪に左手
を伸ばして触れる。

妹紅は答えなかった。火のように赤い瞳孔がゆっくり

「私が居るわ」

「まさか。体が崩れていくんだ。心が割れると、体にも

と広がる。眼球の張りが損なわれ、瞳孔は拡散していく

「よく大丈夫だったわね」

ヒビが入る。それを血で埋めようと、馬鹿みたいに妖怪

のだ。

血が輝夜の指と指の間から滴った。血で熱を持った股

と、体を合わせていく。

それでも、綺麗な眼球だと輝夜は思った。舌で抉ろう

を殺してきた」
「そう」
砂を掬って落とすように、輝夜は白髪の感触を堪能す
る。

8

のこそばゆさを感じながら、妹紅の頬に手を添える。

右目の瞼を伏せて、妹紅は訝しげに尋ねる。

ただ、輝夜は仰向けに寝転んだままなのだけど。

「おい、どうした?」

不意に妹紅の全身が燃え始めた。ごほっ、と輝夜は咳き
込んだ。

「うんー?妹紅は凄いわねぇ……」

やれやれ、と妹紅は立ち上がって、輝夜の元へ歩いて

だ。

に揺れている。ユラユラと、二人を見下ろしているよう

輝夜は右手を空に伸ばす。竹の葉が幽鬼の如く不気味

冷えるわね」

「独りっきり。私は耐えられないと思うの。……今日は

「何がだよ」

「っかはっ!ひゅ、げほ」
炎が肺に入り込んでいく。苦しげに咳を重ねる度に、
炎は輝夜の体内へ。
文字通り、胸が焼ける。
息が出来なければ、人は死ぬ。くらり、と頭の中が歪
み、全身が弛緩した。
輝夜がゆっくりと倒れていく。
ゆらり、と炎が身動ぎする。

いく。
「ほら。さっさと起きなよ」

一本の棒が、妹紅の右手が持ち上がった。そして、輝
夜の喉を突いた。鈍い音を立てながら、輝夜の体は無造

「むーりー。起こして。というか、背負って」

もう一度、妹紅はやれやれと呟く。

作に後ろへ倒れ込む。
暫らくはそのままだった。

そして、輝夜は両手を妹紅へと伸ばす。

輝夜の手を引っ張って、上半身を起こした。

妹 紅 は 上 半 身 を 起 こ し 、「 あ ー 」 と 喉 を 慣 ら し た 。

まるで赤子のような様に、妹紅は口元を歪めてしまう。

「あー…」

輝夜も同じように呻く。

9

「本当に輝夜大丈夫か?」

妹紅は恥ずかしそうに顔を俯かせ、小さく何か呟くも、

「大丈夫も何も、妹紅が居れば問題は無いわ」

「うっさい、馬鹿!死ね!」

「ふーん。へぇ、可愛らしいわねぇ」

トントン、と自分の頭を指で示しながら妹紅は尋ねる。 どれも言葉になっていない。

「じゃあ、私が居なくなったら?」

「 さ っ き ま で 殺 し あ っ て た じ ゃ な い 。ま だ 足 り な い の ? 」

「あっそ。私は大ッ嫌いだよ」

「言っとくけれど、私は妹紅の事が好きよ」

あははは、と輝夜はケラケラ笑い出す。

るぐらい死ね!」

「ああ、足りん!もっと死ね!くだらない事言えなくな

「……え?」
ふっ、と苦笑しながら妹紅は輝夜に背を向けた。そし
て、膝を屈めて背中を見せる。
「早くしろよ」
催促され、輝夜は両手を妹紅の肩に回す。
「ねぇ……妹紅って」

不機嫌そうに顔を顰めて、妹紅は赤い唾を吐く。
「で?何が言いたい?」

「んー?どうした?」
妹紅は輝夜を背負い、膝を伸ばす。

「んー、千年以上生きてて経験がないのは――」
「そっちじゃない!」

そのまま迷うことなく永遠亭への帰路についた。
「 妹 紅 っ て 、” お ぼ こ ” な の ? 」

「ふぇ?」

あー、もー、と妹紅は舌打ちをする。

「っな、な、―――」
突然、何を言い出すのか?

妹紅が言いたい事はそうじゃなかった。

何せ、長い付き合いなのだ。輝夜が何を思ったのかぐ

何か言葉を返そうにも、こんな時に限って見つからな
い。

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らいは分かってしまう。
「 さ っ き の 話 。も し 一 人 に な っ た ら ど う す る の か っ て 話 」

妹紅は答えなかった。

「死にたい?」

わ」

輝夜の心に亀裂が生まれる、体が崩れていく気がした。

「あー、そっち?てっきり猥談でもしたいのかと思った

「そんな話、お前となんかしたくない」

夜風が体の隙間に入り込むようだった。ズキズキと、

そんな冬の日の出来事。

胸の中が苦痛で疼く。

「 そ う ? ま ぁ 、良 い わ 。独 り は 嫌 よ 。怖 い も の 。だ か ら 、
――――私も妹紅とそんな話はしたくない」
「……そっか」
妹紅は輝夜の考えが大体分かる。
つまり、その逆も然り。
静寂が降りる。
ただ、竹の葉が囁く音と妹紅の雑踏が響いていた。
「ねぇ、妹紅」
「なんだよ?」
喉を鳴らし、輝夜は緊張した面持ちで口を開く。
心がヤメロと叫んでいた。
だけれども、永夜の異変からずっと言おうと思ってい
たことだった。

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