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境内は酷い有様だった。緋想の剣の暴発で、衝撃波が

「見ての通り。私の要石が誰かの仕業でこんなものにな

は散らばり、無数の妖怪が一点を見つめていた。その視

で、よく声が通った。天子は突き刺すような視線を、強

大きな声ではない。しかし、静かな空気で境内の隅ま

ったわ」

線の先には、いつの間にか天子が仁王立ちしている。胸

固なその身一つで受け止めている。

嵐のように駆け巡ったのだから。各々が持ち込んだ料理

を張り、堂々と腰に両手を当てていた。

この中に犯人は居るわ」

「最初は紫だと思ったわ。でも、違うみたい。だから、

が 肺 に 空 気 を 詰 め る と 、紫 の 脳 裏 に 嫌 な 予 感 が 過 ぎ っ た 。

「だから、どーした」

さすがの紫もこれには眼を丸くした。すぅー、と天子

「天地プレス」

冷淡な声は誰のものだろう。恐らくは誰しもが思って
いる言葉だった。

天子は右手に取り出した緋想の剣を空に掲げた。要石
は落ちてこない。それを分かっていながら、いや、だか

「どーしたもこーしたも無いわ。犯人探しよ。でも、す

語るにつれ、叫ぶような口調だった。

ことにするわ!」

んごい苛立ってるの。面倒だから、纏めて貴女達を潰す

らこそ。あえて巨大なプリンを落とす。
月の光を遮り、夜から闇へ。境内が暗くなるのも束の
間。すぐに誰かの攻撃でプリンは破砕する。
甘い匂いと破片が降り注ぐ。境内の静けさが汚れ、つ

へっ、と誰かが笑う。雑踏が生まれ、先陣を切るよう
に星熊

いでに人妖たちも汚れていく。避ける素振りもない。今
更だったからだ。それもまた、天子にとっては分かりき

「 お 前 天 人 な ん だ ろ ? 聞 く に 堪 え な い 傲 慢 さ だ な 。良 い

勇儀が歩みでた。

っていた事だった。

よ、戦ろうじゃな――」

3

「〝神槍〟スピア・ザ・グングニル」

立ち止まり、杯の酒を呑んでいた勇儀に電撃を放つ。

軽々と手の甲で払いのけた。

ぱすん、と間の抜けた音。勇儀は糸のような鋭い電撃は

紅の槍。轟音がとぐろを巻いて、槍が投擲された。

「くくっ。多勢は気が引けたんだけど、お前も強そうだ

月を遮るようにレミリアが上空で身を翻す。手には真

「ふんっ」

「……鬼、ですか。安心しました」

ね」

が突き刺さって、消えていく。

「あン?」

天子は嘲り、軽く跳ねて後退する。その二歩手前に槍

「まずは鬼二人、ね。貴女達にそんな器用な事が出来る

「ええ、ですから、ただ力任せな者に負ける道理はない
と言いました」

と思ってないわ。だから、迅速に倒してあげるわよ!」
そう叫ぶも、風切り音が一つ。叫んでる合間にレミリ

は身を潜める。代わりに芯を冷やした視線を向ける。

勇儀は空に哄笑した。ひとしきり笑い、不意に笑い声

瞬間。

「生意気だよ」

アは天子の眼前に姿を見せたのだ。

レミリアの横っ腹に鋭利な円錐形が打ち込まれる。

戻 る 。打 ち 込 ん だ 衣 玖 は た め 息 を つ い て 、肩 を 落 と し た 。

ていった。円錐形のそれは、ぐるん、と解けて赤い衣に

「なんでしょうか? 今回ばかりは貴女の我侭に愛想が

「衣玖」

勇儀はゆっくりと歩き出す。

杯が放り投げられる。弧を描き、からん、と落ちた。

「総統領娘様、貴女はまた……。呆れてモノも言えませ

尽きそうです」

苦しげに顔を歪め、彼女の体が蝙蝠になって散らばっ

んよ、っと」

4

鋭く勇儀の首を薙ぐ。

ゆ ら り 、と 緋 色 の 衣 が 踊 る 。緩 る や か な 軌 道 か ら 一 転 、

ない」

「 貴 女 が 勝 つ 事 は な い か ら で す 。今 の 私 は 強 い で す よ ? 」

「かもね。でも、衣玖はいつも付き合ってくれてるじゃ

「それは総統領娘様がとんでもない事しかしないからで

あっさりと勇儀は緋色の衣を掴んだ。そして、笑って
答える。

す」
「うん。だから、衣玖。――いつもありがとう。感謝し

「そぅかい。私は強い者が――好きだ」

「盟友」

てるわ」
衣玖はパチクリと眼を瞬かせて、天子を見つめた。や
んわりと柔らかい笑みがそこにはあった。
「……天子が、ありがとう、と言った……?」
淡々とした表情で衣玖は、自分の頬を両手で触る。
「おいおい、余所見してて良いのか?」
手を伸ばせば届く距離まで、勇儀は詰めていた。それ

が勝ったら戦ってくれてありがとうって言ってやるよ」

「感謝されたのがそんなに嬉しいのかい。だったら、私

ていた。

でしょ。全員って訳じゃないけど、沢山の妖怪相手に有

「知ってるわよ。でも、紫さえも吹き飛ばすような威力

「待ってよ、それだとまた暴発しちゃうよ」

剣に手を伸ばす。

呼ばれ、天子は振り返った。にとりが慌てて、緋想の

「お気遣いありがとうございます。ですが、それには及

効よねぇ」

でも衣玖の意識には入らない。ただ自分の頬の熱を感じ

びません。何故なら――」

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「駄目だって! それじゃ、盟友が危ないじゃない! 五
分、時間を頂戴。そしたら、私がちゃんと使えるように
するから」
天子の視界の片隅に、レミリアの姿が入り込む。横目
で一瞥すれば、レミリアは腕を組んで見下していた。
「五分。それ以上は待てないわよ」

「っ」

紅い大きな爪を頭部で受け止め、天子は顔を歪める。

捕まえようと手を伸ばし――だけど、レミリアは離れな
がらも、胸元を蹴り飛ばす。

「ふん。所詮はこの程度だろ」

詰めた息を吐き出し、天子は胸を押さえた。

「別にそんなのただのオプションよ。土台である私は普

い訳が出来たわね」

「要石もなく、緋想の剣もない。負けるには丁度良い言

る。

女を見送った後、タイミングを見てレミリアは話しかけ

緋想の剣を手に、にとりは神社の方へ戻っていく。彼

両手でレミリアを突き飛ばしたのだ。かひゅ、と気が漏

い音に、鈍い音が混じる。地を踏んだ天子が思いっきり

ながら立ち止まり、舌打ちをした。チッ、と小気味の良

い、タイミングを失ってしまう。レミリアは勢いを殺し

りに無防備な動作で、つい呆気に取られた。リズムが狂

てやろうと腕を広げた。ふと、天子は身を投げた。あま

レミリアはまた駆け出す。今度は両の爪で挟み打ちにし

「弱い者イジメは好きじゃあ、ないんだけど、ね」 と、

通に強いわ。油断して、一瞬で負けても言い訳ぐらいは

れる。レミリアの視界が一瞬だけ、反転し、前後不覚に

「っ、任せてよ!」

聞いてあげるから安心していいわ」

陥った。

だった。それは吸血鬼も同じ。だから、天子はさらに追

生き物には呼吸が必要で、吐いたら吸うのは自然な事

「はっ、どの口がそれを――言う!」
敷石を踏み砕き、レミリアが飛び出す。直進でありな
がら、見切れぬ速度で。

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そのまま軌道を修正。下方に押しやり、地面へと踏みつ

撃する。無遠慮な前蹴りがレミリアの腹部に減り込み、

「ふぅん、便利な体ね」

けが抜けていく。

腕、頭。真っ黒な人型は泥を落とすかのように、黒色だ

再度、構築した体でレミリアは顔を歪める。苦しみじ

ける。
「っっ!」

体が弛緩しているのだ。加え、呼吸よりも攻撃を優先。

「 正 直 舐 め て た ! 嗚 呼 、苦 痛 が 愛 し い 。や は り 戦 い は 面

孔を真っ赤に染めて、裂いたように口端を吊り上げた。

レミリアは慌てて腕を振るうも、満足に力が入らない。 ゃない。歓喜の笑みだった。眼球の白目を真っ黒に、瞳

それがいけなかった。天子は、腰を曲げ、右腕でレミリ

白い。デモンズフォーク!」

妖夢。半人半

霊の少女は天子に背を向け、レミリアと対峙する。

てきて、その刀で槍を切り伏せた。魂魄

レミリアの突き出す槍を遮るように、彼女は突然落ち

声音だった。

気合の込めた声が生まれた。天子もレミリアとも違う

「頭上花剪斬」

は笑みを貼り付ける。ただ、背筋には冷や汗が垂れる。

いに徒手空拳は厳しい。そう分かっていながらも、天子

右手に真っ赤な三つ又の槍を具象させる。武器の間合

アの攻撃を打ち払う。人間と妖怪の肺活量は圧倒的に違
う。それでも、中身の空気を出されれば、苦しみを覚え
るのは必然。例え、吸血鬼だろうとも。
――不味い、とレミリアが冷や汗を浮かべる。
「遅い!」
天子の左手がレミリアの額に振り下ろされていく。ば
さり、と傘を広げたような音が生まれ、同時にレミリア
の体が崩れた。蝙蝠の群れが逃げるように散っていく。
十歩分の間合いを置いて、蝙蝠たちは集い始め、人の
形を模していく。地に付いた足が生まれ、膝、腰、胸、

「……なんで、貴女が?」

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「次は吸血鬼。お前の番だ!」

「ちょっと待て、なんでそんな嫌な順番なのよ?」

妖夢は背中越しで答える。
「分からないです。分からないけれど、幽々子様が斬れ

「 う る さ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ い ! 私 だ っ て 、そ ん な の 斬 り た く な

気を取り直すようにレミリアは鼻を鳴らす。

られれば、痛いだろう。

しかし、酔っていても妖夢の剣に宿った気は鋭い。斬

る負えない。

思い浮かばない。というよりも、話しかけるのも諦めざ

流石のレミリアも閉口する。口に出せる言葉が何一つ、

れと言ったら斬るんだ妖夢って」

いわよ。でも、幽々子様が……、師匠も泣きながら、斬

ば分かると言ったような気がしました」
ひっく、と妖夢は気管をひくつかせた。あ、これは酔
ってるわねぇ、と天子は宴会の中、保護者である幽々子
の姿を探す。
居た、と天子は幽々子の視線と交わった。幽々子は境
内の上空でふわふわと浮遊していた。彼女はうふふ、と
笑いながら蝶のようにひらひらと手を振った。
「 お い 、半 人 前 。い き な り ど う し た の ? 呑 み す ぎ て ト イ
レが分からないのか?」

「五月蝿い! 寄れば斬る! 逃げれば斬る!」

「とりあえず、私をそんな小汚いモノと同列に扱った償

らしている。

「……それじゃあ、私にどうしろって言うのよ」

レミリアは不敵な笑みを浮かべている。

「……トイレは斬った。遅かった」

「ぐだぐだ囀るな! 良いから掛かってきなさい!」

いは取ってもらおうか」

「は?」

「最初からそう言いなさいよ……」

対して、妖夢は胡乱な眼差しでふらふらと上半身を揺

「白玉楼に進入した油虫も斬った。中々素早かった」
「……駄目でしょ、こいつ」

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呆れながら地を這うレミリアの爪と、妖夢の剣が交差
していった。
その場の状況から残された天子は、目の前の戦闘を呆
然 と 見 つ め た 。な ん で こ う な っ た の だ ろ う か ? 妖 夢 の 行

「貴女が作ったんじゃないのね。というか、朝早くに人
使いが荒いわね」

「 そ れ だ け 楽 し み に し て た っ て 事 で し ょ ? 嗚 呼 、キ ス メ 。
仇は絶対取るから」

に氷柱を入れられたような感覚に襲われた。有無さえ言

味 方 さ せ た の だ ろ う か ? そ う 考 え て い る と 、天 子 は 脊 髄

れると思わないことね」

「うん、とーぜん。でも、私の相手して五体満足で居ら

「それはお気の毒に。……死んでないんでしょうがね」

ほろり、とヤマメは重箱から外した右手で眼を擦る。

わず、すぐにその場から逃れた。ぞわり、と黒い煙が蛇

「あっそ。じゃあ、そっちこそ、腕の一本や二本、欠損

為は幽々子の指示。ならば、どうして、幽々子は妖夢に

のように地を張って、首を傾げた。

「 ん ん ? あ あ 、良 い 良 い 別 に 。だ っ て 、私 は 土 蜘 蛛 だ も

しても諦めなさいよ」

土色の洋服と、黒い肌着の少女がケタケタと笑い始め

の。瘴気を恐れないならこの手足。千切ってみたら?」

「ありゃりゃ。バレちゃったん」

ヤマメは手に重箱を持っていた。中

たモノが入っていた。今は、クリーム色の半固体でグチ

身にはお節料理とも思えるような、色鮮やかな料理だっ

た。

メは片手でスカートを捲ったのだ。その中は真っ黒だっ

天子は眼を疑った。何をするのかと見ていれば、ヤマ

る。少女は、黒谷

ャグチャになっている。

「〝瘴符〟フィルドミアズマ」

へと襲い掛かる。

ぶわり、と大きく広げた風呂敷のように〝黒〟が天子

「料理はシッチャカメッチャ。あげく、プリンで汚され
て……。あーあ、折角朝早くから、キスメに作ってもら
ったのになぁ。残念」

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「あー、くそぅ。アイツ土蜘蛛じゃん!」

天子がまとめて相手をすると言ったのだけど。さすがに

多勢で押しかけるつもりはないらしい。しかし、それで

も天子の言葉を受け、順番待ちしているような雰囲気が
流れていた。

「いくら頑丈でも体力に限界はあるのでしょうね」

ふと、紫は独り言のように呟く。にとりが見やると、

瘴 気 を 撒 い た ヤ マ メ を 見 つ め 、空 気 が 不 味 い と 舌 を 出 す 。

「ねぇ。隙間妖怪さんって」

な表情だった。

その横顔には微笑がない。何かを見定めるような、真剣

「河童さん」

「なにかしら?」

スパナでネジを巻きながら、にとりは眼を尖らせた。

「ありゃ、どうかしたの?」

刀身にはネジが刺さっていた。

疑問は口に出さずとも、考えれば答えは出る。彼女が

――盟友を心配してるんじゃないの?

「……ううん、なんでもない」

「どんな具合かと見に来たのよ」

何 故 、 に と り の 様 子 を 見 に 来 た の か 。 即 ち 、 そ" う い う 〟

微笑と共に紫はにとりの手元を覗き込む。三つほど、

「あともう少しだね。でも……」

と黒い靄を避ける姿があった。土蜘蛛に、もう一人。異

感を覚えていた。まるで、お互いが嫌っているのを、確

にとりは紫と天子のやり取りを見て、なんとなく違和

事だろう。

様に存在感のない少女を相手に立ち回っていた。それか

認し合うような態度に。

にとりは天子の方を向いた。そこにはハート型の弾幕

ら 周 り を 見 渡 せ ば 、天 子 を 剣 呑 な 眼 で 見 つ め る 人 妖 た ち 。

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っ て い く 。遠 く で「 あ 、河 童 だ ! 」 と 、ヤ マ メ が 嬉 し そ

水弾を幾重にも生み出し、弾幕と共に土蜘蛛へと向か

「ええ、大嫌いよ。亡き者にしたいぐらい」

うな、だけど苦いような声で答えた。

「盟友の事が嫌いなの?」

「ふーん。そっか」

「渡せって言われてもねぇ」

悔しげに歪める。地底の妖怪はまとめてにとりが引き離

紫はなんとはなしに天子の方を見た。そして、表情を

「そうよ」
か ち ゃ り 、と 最 後 の ネ ジ を 締 め る 。無 骨 な 出 来 だ っ た 。
単純に緋想の剣にネジが嵌ってるような出来合いだ。

したのだろう。その隙に、天子の頭上から大きな錨が落

ちていたのだ。遠くで柄杓を持った水兵服の少女がほく

それでも中には出力を安定させるバイパスの補完と、
強度の増加が行われている。

そ笑む。そして、天子は圧し潰された。

「小町」

「それって改造を直した訳じゃないんでしょ?」
「 う ん 。改 造 し き っ た ん だ よ 。勿 論 、後 で 全 部 直 す け ど 、
元から倉庫にでも置いてあったのかな? メンテ不足だ
ったよ」
「つまり?」
「前よりも強化されてるって事だよ。んじゃあ、はい。
盟友に渡してきてね」

られた。錨ごと引き寄せられる光景を見ながら、映姫は

天子は潰され、そして新たに具象した錨の内側に乗せ

ずに駆け出した。

傍に佇む部下を呼ぶ。

にとりは無造作に放り投げた。紫が受け止める姿も見

「 洪" 水 〟 ウ ー ズ フ ラ ッ デ ィ ン グ 」

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突如、小町の行く手を遮るように銀色のナイフが刃を

輝かせた。驚きながらも大鎌を振って、一気に包囲を壊

「へぅ? あ、いえいえ寝てないですよ? ええ、ホント
ホント」
す。

けが出ている。その手は、結界を生み出し、容易く攻撃

天子の背後に小さな穴が開いていた。そこから右手だ

「四重結界」

いた。

距離を操ろうと、しかし、あるモノを見て全身の力を抜

頭の中で無理という言葉が浮かぶ。それでも小町は

距離の移動、間に合うだろうか?

はその奥、天子の行く末を見つめていた。

澄ました表情で咲夜は告げた。それでも、小町の視線

気になって止めてしまいましたわ」

「サボタージュがお得意の死神が急いでるものですから、

代わりに一人のメイドが空中に姿を見せる。

すると、散らばるナイフが忽然と姿を消していった。

「……今は勤務中なので何も言いません」
「それは良かった。あ、いえ、寝てませんって」

水蜜と雲居

立ちながら眠るという器用な小町を無視して、映姫は
とある方向を指差した。その先には村紗
一輪が居る。
「あの天人を――」
「了解ですよっと」
状況を見た小町の返答は素早かった。何故なら、宙に
投げられた天子を、雲で出来た巨大な腕が殴ろうと、振
りかぶっているからだ。
距離を操り、宙を駆ける。時間にすれば、二秒もかか
らないだろう。高速よりも早く、しかし、それすらも時
が止まってしまえば意味を成さない。
「なっ」

を受け止め、削っていく。

「あーあ。なんだよ、結局ソレかい」

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「ソレって何かしら?」
「いや、私と映姫さまの秘密事だ。教える訳にはいかな

「なんだい。メイドっていえばもっと慎ましいモノかと

「それは是非とも、聞いてみたいものね。興味あるわ」

を握った。

る。咲夜はとぼけた表情で左手にも、同じようにナイフ

咲夜は右手を振った。空の手に無数のナイフが握られ

感が大きくなっていき、不意に途絶えた。代わりに周囲

もなかった。ただ、危機感だけを肌で感じている。威圧

が何なのか、雲山と呼ばれる入道雲の妖怪だとは思って

しかった。ぼんやりした視界に何かが迫ってくる。それ

ズキと痛む。大した怪我ではないけれど、それなりに苦

天子は霞んだ視界で浮遊感を味わっていた。頭がズキ

瘴気にやられたのだろうか。

思えば、意外にでしゃばって来るね」

で風が荒れ始めた。

いねぇ」

「ま、折角の宴会なんだから楽しみたいでしょ」

「まったく。貴女は馬鹿な事しかしないのね」

気弱になっているのだろうか。疑問に思い、紫は天子の

弱々しい声音だった。脈絡の無さに紫の笑みは失せる。

で悪かったわ」

「紫。神社壊して悪かったわね。それで要石も打ち込ん

慮なく嘲笑を浴びせた。

天子の背後で隙間が開いていく。全身を見せた紫は遠

「それもそうだな」
死神とメイドが対峙し、辺りを覆う弾幕音が一層、騒
がしくなっていった。
地上でも喧騒が生まれていた。とある蓬莱人がいつも
のように例の如く、殺し合いを始めていた。先ほどまで
の剣呑とした雰囲気が薄れ、境内の至る所で弾幕ごっこ
が行われ始めていくのだった。

顔色を伺う。声音とはかけ離れて、天子の視線は硬いも

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いた。

だから。一輪にとっては、隙間妖怪の悪名だけを知って

れば、世界を裂いて現れるような妖怪なんて知らないの

入に様子を伺っている。何せ、地底に居た村紗にしてみ

のだった。その先には村紗と一輪がいる。二人は紫の乱

「……」

えたのは私よ」

「私も、悪かったわね。貴女に嘘をついたわ。要石を変

嘆する。

ども、閻魔は嘘を付かない。やれやれ、と紫は内心で感

怖かった」

「でも、紫が一番怒ってたじゃない。怖かったわ、凄く

いわよ」

ず、謝っておくわ。ごめんなさいね」

もみなかったわ。私には想像もつかない事ね。とりあえ

「まさか、私の言葉を信じてこんな事するなんて思って

あ り 、怒 っ て い る よ う で も あ る 能 面 の よ う な 表 情 だ っ た 。

天子は振り向いた。笑いそうでもあり、泣きそうでも

「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」

「驚いたわ」

「そんなの霊夢に謝りなさいよ。私に告げても意味はな

「違う。誰かが本気で怒っているのが怖かっただけよ。

いつもの微笑を携え、答える。

言葉の割には天子の表情は変わらない。だから、紫も

て怖いものね。知ってはいても、理解はできてなかった

「ええ、そうでしょうね。大勢相手に喧嘩売るぐらいな

そんな事をした自分を嫌いになりそうなぐらい。不安っ

わ」

を 。簡 潔 に「 嘘 を 吐 い た ら 舌 を 抜 き ま す 」 と 書 か れ て い

しおらしい天子の態度なればこそ、今しか言えない言葉

し い か ら 、別 の 言 葉 で ご ま か そ う と し て い る ん だ ろ う か 。

と意識した。やはり、怒っているのだろう。それでも悔

悠然とした態度でありながら、紫は内心を見透かそう

紫は悔悟の棒に書かれていた言葉を思い出す。珍しく、 ら、最初から白状してれば良かったわ」

た。紫は舌を抜かれるのは嫌だった。誰でも嫌だろうけ

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「紫が原因な事ぐらい、知ってたわよ。驚いたって言っ

ような笑い方だった。

を浮かべ、くすくすと喉を鳴らした。それは、紫がする

天子は能面を剥ぎ取ったのだ。ニヤリ、と嫌らしい笑み

様 々 な 状 況 を 考 え 、だ け ど 、ど れ も 当 て は ま ら な か っ た 。

「閻魔さまに言われて、気が付いたのよ。私はこの宴会

から教えてくれるかしら」

私が元凶だと分かったのかしら? 今後の参考にしたい

「なんて馬鹿なのかしら……。それにしても、どうして

況の流れで、結局天子は賭けに勝ったのだ。

を覚えるなんて可能性は少なかったのだけど。様々な状

見やる。村紗と一輪の姿は無かった。

言いながらも、天子は横目で対峙していた二人の方を

で一人だって」

たのは、思っていたよりも早かったって事だから」
早かった? 何を指しているのだろう。
紫は頭が良い。というよりも、知識の豊富さ以上に頭
の回転が速いのだ。だから、すぐに天子の言葉の意味に

をするわけね」

「まさか……やられたわ。道理でこんな勝ち目のない事

「私は霊夢や魔理沙と比べて、他の妖怪たちと繋がりが

いよう、天子はしっかりと告げた。

繰り広げられている。どこからか響く、爆発音に負けな

辺りには宴会中の騒音よりも五月蝿い弾幕ごっこが

「そりゃそうでしょ。誰が好き好んでボロボロにされな

まったく無いわ。だから、そんな私を構うような輩は、

気づいた。

きゃいけないの。まぁ、そんな状況でも紫が名乗り出な

紫しか居ないのよ。嫌がらせかもしれない。単純にから

が出来たわ」

かって遊ぼうとしたのかもしれない。それでも、繋がり

ければ、お終いだったけどね」
天子が宴会中の人妖全てに喧嘩を売ったのは、全てが
紫に白状させる為だけのモノだった。ただ、紫が罪悪感

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天子との繋がり。ソレは、にとりはヤマメの瘴気を水
弾で流し飛ばしているところだった。
「だから、貸し借りゼロ。これでチャラにしてあげるわ
よ」
――嗚呼、悔しい。紫は素直に頷きたくなかった。微
笑を深め、見下すような眼に変える。
「だったら、要石を戻さないと言ったら?」
突然、天子は笑い出した。天人ともあろうものが、お
腹を抱え、恥ずかしげもなく大口を開けて笑ったのだ。
「あっはっはは。なによそれ、今言う台詞?」
何気なく天子は紫の肩に触れた。自分の体を支える為
だけど、紫にしてみれば、その手は存外重かった。
今度こそ、紫は観念したように首を横に振った。

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