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妹紅 は右 腕を 頭に そ えて いた 。腕 で防 い でな ければ

直後 、真 っ赤 な波 が 蓮子 たち を襲 い、 そ のま ま背 後へ

流れていく。永琳がいつのまにか広間から廊下に出て、
蓮子たちの 傍にいた 。

頭に直撃だ っただろ う。
「で しょ う!

「あ……あ 、し、師 匠。こ、こ れって。 こんな」

そ う でし ょう 妹紅 。や っ ぱり あな たは

よくわかっ ている。 その通りよ 」

鈴 仙は 震え てい た 。蓮 子は 漠然 とし か 目の 前の 出来

事を 把握 でき てい な いが 、鈴 仙に なる と かえ って その

輝 夜は 喜色 を満 面 に浮 かべ た。 嗜虐 と 興奮 に酔 った
目だ。

怖さがはっ きりとわ かってしま うのだろ う。

け たた まし い輝 夜 の笑 い声 と、 腹の 底 から 絞り 上げ

「さあかか っていら っしゃい」
「言われな くてもな ァァァ」

るような妹 紅の雄叫 びが重なる 。

「こ りゃ あち ょっ と …… ふた りと もど っ かネ ジ一 本飛

妹 紅の 両手 に魔 方 陣が 宿る 。そ こか ら 膨大 な熱 気が
生ま れる 。蓮 子は 背 筋に 太い 棒を 突っ 込 まれ た気 がし

「馬鹿な子 。どうし てわざわざ 挑発なん て」

てゐです ら、額に 汗を浮かべ ていた。

んじゃった ねえ」

フ ジヤマヴォ ルケイノ 」

た。もう、 視界には 赤い炎しか なかった 。

蓬莱「凱風 快晴

永 琳は 唇を 噛ん だ 。表 情は 曇っ てい る が、 呼吸 にも

姿勢にもま ったく乱 れはない。

敷に は傷 ひと つつ い てい なか った 。時 々 光の 刃や 丸い

天丸「壺中 の天地」

そ っと 、包 み込 む よう な涼 風が 蓮子 の まわ りを 包ん

石、 火の 鳥が 蓮子 た ちの とこ ろへ も飛 ん でき たが 、ま

炎 の波 が収 まっ た 後、 視界 がは っき り して きた 。屋

だ。 鈴仙 やて ゐ、 他 の兎 たち もそ の中 に 入っ てい た。

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わり には られ た薄 い 膜の 前で すべ て消 え てい った 。ま
るでスクリ ーンを見 ているよう だった。
蓮 子は 、恐 る恐 る 永琳 を見 た。 永琳 は 憂い を含 んだ
目で 、戦 って いる ふ たり を見 てい る。 正 確に は、 輝夜
だけを。

「うふふふ 」

今 度は はっ きり と 笑っ た。 炎に 包ま れ た輝 夜の 口が
三日月型に 広がる。

「何を笑っている。もう、お前の負けは決まって……」

高々と噴き上がっていた炎の柱が、急激にしぼんだ。

(ひ ょっ とし てこ の ひと が一 番凄 いん じ ゃな いの ……) 炎は 何か に吸 い寄 せ られ るよ うに 、沈 ん でい く。 妹紅

黒、では ない。

は足下に視 線を落と した。何か がそこに 欠けていた 。

その まま 高々 とつ る しあ げる 。輝 夜は 炎 の柱 に呑 みこ

白、でも ない。

弾 丸の 海を かき 分 け、 妹紅 が輝 夜の 首 をつ かん だ。

まれた。美 しい黒髪 が、激しく 燃え盛る 。

“欠如”が、“在った”。

そ う呟 いた 輝夜 は 炭化 した 死体 とな っ て、 妹紅 の手

「始まるわ 」

炎が吸い 込まれた 。さらに、 妹紅の右 足首も。

「どうした 輝夜、今 夜も私の勝 ちか」
妹 紅も また 、楽 し そう だっ た。 目を 爛 々と 輝か せ、
炎に悶える輝夜を見つめる。死なない者同士の戦いに、
仮初めの終 わりが近 づこうとし ていた。

から 畳の 上に 落ち る 。妹 紅の 訝し げな 顔 が、 やが て焦
りを含んで いく。

ふ と、 かす れた 笑 い声 がし た。 それ は 、妹 紅だ けで
ない 。全 員の 耳に 届 いた 。激 しい 弾幕 の 応酬 のさ なか

「な、なん だと。こ れは……ぬ 、抜け… …」

鋭い 刃と 化し て妹 紅 に収 束す る。 妹紅 は ズタ ズタ に切

右足が動かない。周囲を旋回していた五色の弾丸が、

にあって、 はっきり と聞こえた 。
永琳が弾 かれたよ うに顔を上 げる。
「……輝夜 ッ!」

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ヒビが入 る。

を、 嫌と いう ほど 実 感し てい た。 永琳 は 所々 に浮 かん

なが ら、 蓮子 は自 分 がた だの 足手 まと い に過 ぎな いの

て ゐが たま りか ね て叫 んだ 。て ゐに 手 を引 っ張 られ

そ れは 永琳 の作 り だし た膜 の、 ごく わ ずか な部 分に

でい る欠 如を よけ な がら 、食 事の 間へ 入 って いく 。て

り裂かれた 。

生じ た。 糸の 切れ 端 のよ うな 小さ な欠 如 、そ れで 充分

ゐはそれを 見て目を 丸くした。

「ち ょ、 ちょ っと 、 何そ の変 な裂 け目 、 あん たで も駄

亀 裂は 瞬時 に膜 全 体に 広が る。 膜は 硝 子の よう に砕

合い 、時 空の 無限 の 高低 差を 生み 出す 。 それ を幾 重に

「隣 接す る空 間同 士 で永 遠と 須臾 を極 限 まで 引っ 張り

と にか く“ そ れ” に触 れな

だった。永 琳の顔色 が変わる。
「み んな 、逃 げな さ い!

け散 った 。屋 敷の 至 ると ころ に裂 け目 が 口を 開く 。折

も束 ねて 作ら れた 裂 け目 。あ の輝 夜が 作 った のよ 。し

目なの!? 」

れる 、割 れる 、ズ レ る。 裂け 目を 基点 に 、建 物が 倒壊

かも、おそ らくは念 入りに」

いで!」

していく。

かな かっ た。 暗黒 で も、 光で もな い、 何 もな い状 態。

び込 んだ 。襖 を開 け た先 に、 何も なか っ たの にも 気づ

とに かく 逃げ よう と 、適 当な 部屋 の襖 を 開け て中 に飛

えられた。兎はその場に固まってしまった。別の兎は、

いんなら、 もうどう しようもな いんじゃ ないの」

「虚 無、 かぁ 。天 下 の、 いや 天上 の八 意 様が かな わな

と呼ぶ」

ら私 は輝 夜の 作り だ した これ も、 同じ よ うに “虚 無”

「昔 、物 語で これ と 似た よう なも のが あ った わ。 だか

「そんな… …」

そのまま、 その兎は 呑み込まれ 、見えな くなった。

「大丈夫よ 。触れな ければいい のだから 」

不 意に 現れ た欠 如 から さけ きれ ず、 ひ とり の兎 が捉

「これ、手 がつけら んないわ。 永琳、何 とかしてよ 」

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れ、 バラ バラ にな っ てい た。 もう 一方 の 等身 大の 炭に

くるものじ ゃないわ 、輝夜」

「自 分で 制御 でき な いよ うな もの を、 こ んな に産 みま

うね」

近づく。

「い いじ ゃな いの 、 私は 、あ なた さえ こ こに いれ ばい

食 事の 間に は、 ふ たつ の死 体が ある 。 一方 は切 断さ

「輝夜、い い加減に しなさい」

「だから、 いると言 っているで しょうに ……!」

いんだから 」

「こ れは 、遊 びと い うに は危 険す ぎる わ 。不 老不 死の

「言 葉じ ゃな い、 意 志じ ゃな い、 私は 、 確定 され た事

先程の膜 が、輝夜 の死体を包 み込む。

者すら、欠 けさせて しまうなん て」

く。

「で も現 にあ なた は 一歩 も動 けな いで い る。 あの 八意

「まるで子 供ね」

実が欲しい の」

「ちがっ… …!」

永琳 がね 。た かだ か 、月 の姫 ひと りの 前 で、 何も でき

黒 焦げ のモ ノに 触 れる 。そ の瞬 間、 永 琳は 目を 見開

「そうね、 永琳」

ないでいる 」

「私は始め から、あ なたには何 もできな いわ」

天 井に 欠如 が走 り 、崩 れ落 ちる 。剥 き 出し にな った
夜空 に輝 夜が 浮か ん でい た。 永琳 が触 れ てい たの はも

「だから、そういう感情の話をしているんじゃない!」

の左耳を半ばまで切り裂いた。耳から流れ落ちる血が、

はや ただ の炭 だっ た 。炭 は崩 れ、 渦に な り、 永琳 にま

の媒介だっ た。

畳の上に染 みを作る 。

輝 夜の 手に ある 蓬 莱の 玉の 枝か ら、 光 が走 る。 永琳

「くっ」

「輝 夜、 落ち 着い て 。あ なた は感 情の 話 しか さっ きか

とい つく 。か つて 輝 夜だ った その 死体 は 、強 烈な 虚無

「あ っは はは はッ 、 さす がの 永琳 も動 き が取 れな いよ

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らしていな い」
永琳は左 手に弓を 、右手に矢 を持つ。
「まったく 、わがま まなお姫様 だこと」
弓に矢を つがえる 。満月のよ うに引き 絞る。
力に満ち 満ちた矢 が、放たれ る。

「輝夜…… 」

永 琳は その 名を 呼 ぶ。 聞い てい る方 ま で寒 々と する

ような、心 細げな声 だった。
「えい…… りん」

畳 の上 に大 の字 に なっ た輝 夜の 唇が 震 える 。そ の端

からは、濃 い、赤黒 い液体が垂 れている 。

「そうよね輝夜。あなたも、これを望んでいたのよね。

「そういえ ば、あな たを撃つの ははじめ てね」
矢はまっ すぐに輝 夜の胸を貫 いた。

だか ら私 が出 てき た 。私 だけ を、 あそ こ から 引き ずり
出した」

そ の直 後、 永琳 は 虚無 に飲 み込 まれ た 。輝 夜は まっ
さかさまに 地に落ち る。

「そう…… なの、か しら」

永琳は虚 無の裂け 目を見る。

配だ けが 続く 。そ れ は音 を立 てな いが 、 誰に とっ ても

「輝夜。私は、月の執行人から殺されるあなたを見て、

広 間は 静ま り返 っ た。 屋敷 が虚 無に 蝕 まれ てい く気

明らかだった。目で見るものより、耳で聞くものより、

苦しんだわ 。今でも 時々思い出 す」
「そう、ご めんなさ い」

鼻で嗅ぐも のより、 明らかだっ た。
どれほど の時が過 ぎたろうか 。

「い いの 。い いの よ 。そ れに して も、 本 当に 、苦 しか

永琳の手 に、弓と 矢が現れる 。

あとで殺し たけど」

った 。胸 を掻 き毟 っ た。 あの 執行 人が 、 羨ま しく て。

裂 け目 から 白い 手 が躍 り出 た。 指は 宙 を掻 く。 爪を
立て、空間 を歪め、 体を引きず り上げる 。
永 琳は 上半 身ま で 姿を 現し た。 その 姿 は、 半ば 透き
通っていた 。

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うして地上 まで私に ついてまわ ってるっ てわけね」

「ま あそ んな とこ ろ だろ うと 思っ てた わ 。そ れで 、こ

「驚かない のね」

「そう」

ったの。こ の手で」

後悔 して いる 。だ っ て私 は、 あな たを 、 撃ち 殺し たか

言うんだか ら間違い ない」

やつ は決 まっ て詐 欺 師さ 。し かも タチ の 悪い ね。 私が

「フ ン、 自分 が一 番 純粋 だっ て言 うの か い。 そう いう

純粋な八意 永琳よ」

しがらみ、怯え、見栄、そういったものを取り払った、

っと も忠 実な 欲望 と 言っ た方 がい いか し らね 。色 々な

「違 わな いわ 。私 は 八意 永琳 よ。 正確 に は、 彼女 のも

再び、屋敷は輝夜の魔法から解き放たれた。。

「そう。実に不毛な望みだわ。救いがたいわ、本当に。

「詐欺師の あなたが よく言うわ 」

「私 ね、 輝夜 。あ な たを 不老 不死 にし た こと を今 でも

ねえ輝夜、 これで終 わりにしま しょう」

「詐 欺師 だか らさ !

永琳は手 を口元に 当て、くす くすと笑 う。

「自分で言 っててむ なしくなら ないのか しら」

詐欺師はね 、ひとを 幸せにする んだよ」

た だ、 私は いい 詐 欺師 だ。 いい

「何言って んだッ! 」
て ゐは 叫ん だ。 眦 をつ りあ げ、 顔を 真 っ赤 にし て、
叫んでいた 。
あんたた ちは……」

「な らな いね !

「違う、そ んなんじ ゃない!

「あっちの イナバは ご不満なよ うよ、永 琳」

も充 実し てん のさ 。 永琳 が輝 夜を 殺し た い! ?

オー

私 の嘘 はね 、外 側も 立 派だ が、 中身

「永琳って 言うな。 そいつは違 う」

輝夜 、あ んた のと こ ろに いる んだ 。憎 い から か、 後ろ

ケー 、そ れは 構わ な い。 だか らど うし た 。な ぜ永 琳が

てゐを見る と、その まま目を閉 じた。

めた いか らか 、そ ん なの はね 、何 もほ ん との こと を説

て ゐは 、そ の永 琳 を指 差す 。輝 夜は 興 味な さそ うに

屋敷全体が 、みしり と音を立て た。

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明しちゃい ないんだ !」

分な のよ 、こ うい う 人間 には 。あ なた み たい に長 生き

「当 然、 そこ のお 嬢 さん も見 える わね 。 目に 入れ ば十

憑依 かっ。逃げ て蓮…… ツッ」

は闇に閉ざ された。

て ゐが みな まで 言 い終 える より も先 に 、蓮 子の 視界

「しまった !

てゐは息 を呑む。

している妖 怪だった ら、わかる わね」

「てゐ、あ なた、誰 に向かって しゃべっ てるの」

私は 八 意永 琳に 向か

永琳は苛 立たしげ に眉をひそ めた。
「う るさ いな お前 じ ゃな いよ !
って 言っ てい るん だ 。虚 無の 裂け 目の 向 こう で、 こっ
ちに出てこ ようと足 掻いている 永琳にね 」
裂け目の 奥から、 鼓動が聞こ えた。

形 の見 えな い影 が 矢の よう に襲 って く るの を、 蓮子
はぼんやり と感じて いた。

永 琳の 顔が 一瞬 、 恐れ にゆ がむ 。そ れ から 表情 が消
える。

(あ あ、 やっ ぱり そ うだ 。永 琳さ んは 、 本当 は、 私の

い。

影 は蓮 子の 中に 入 ろう とし てい るよ う だ。 痛み はな

目を……)

「そこまで よ、嘘つ き兎」
唇 が耳 まで 裂け る 。無 表情 のま ま。 水 に溶 かし た絵
の具 のよ うに 、解 け てい く。 どろ どろ の 流体 が、 てゐ
に向かって くる。

蓮子 はほ っと した 。 この まま ずっ と見 え なく なる ので

蓮 子は 空を 見上 げ た。 閉ざ され た視 界 が晴 れ渡 る。

すぐにそ の場から 飛びのく。 流体は弾 けた。

はな いか と恐 れて い た。 だが その 安心 感 も、 別の 不安

「ふん、肉 体のない カケラなん ざ長持ち しないよ! 」

「観念しな よ。すぐ にそこから 永琳が出 てくる」

に取って代 わる。
(この空は ……何? )

「あなたは 私が見え る?」
流体は再 び永琳を 象る。

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なのに、 夜ではな かった。

黒かった 。

なか った 。一 番大 き く、 おい しそ うな 実 は、 背伸 びし

れが いつ 頃か ら生 り 始め たも のな のか さ っぱ りわ から

いた 。普 段、 庭の 木 など に注 意を 払わ な い輝 夜は 、そ

中は まだ 熟し てい な かっ たよ うだ 。そ れ でも 舌を 刺激

っぱ い果 汁が 口中 を 満た す。 実が 大き か った だけ で、

実に わず かに つい た 泥を 手で 払っ て、 か ぶり つく 。酸

輝夜は小走りで追いかける。桃は少しして止まった。

「あら。あ らあら」

らも離れ、 地面を転 がった。

がっ ても ぎ取 る。 そ の拍 子に 桃は 枝か ら も輝 夜の 手か

ても 中指 と薬 指の 先 が少 しつ くく らい だ った 。飛 び上

な ぜな ら、 まわ り の建 物も 道も 、自 分 の手 もよ く見
えるからだ 。
暗 くな いの に、 黒 い空 の下 、蓮 子の 意 識は 浮か んで
いた。

「ああもう 、何もす ることがな いわ」
気 づく とそ う口 に して いた 。だ が、 そ う唇 を動 かし
たのは蓮子 の体では なかった。
別の存在 の思念と 入り混じる ……

する苦さを 輝夜は楽 しんだ。

庭 を出 ると 、正 面 は広 場だ 。こ こで 月 の重 要な 儀式

が行 われ る。 左右 に まっ すぐ 伸び た道 に は、 砂利 が整

ら、 五日 前と 七日 前 と八 日前 と、 二週 間 前。 他は 何を

** *

然と敷き詰 められて いる。

退 屈に いて もた っ ても いら れな くな っ て、 庭先 に出

して いた かし ら。 眠 って でも いた のか し ら。 夢の 中で

「右 は昨 日も 行っ た 。お とと いも 、そ の 前も 。そ れか

た。 庭先 には いつ に なく 桃の 木が たわ わ に実 をつ けて

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でや って これ ない 。 じゃ あ何 のた めに あ るの かと 輝夜

た。 高い 塀に 阻ま れ るよ うな 犯罪 者は そ もそ もこ こま

治的 中心 であ る月 の 都の 中で も、 さら に 中心 部に あっ

整然 と続 いて いる 。 輝夜 の起 居す る住 ま いは 、月 の政

左 に曲 がる こと に した 。高 い塀 が、 道 と同 じよ うに

者は 誰も いな い。 へ こん だせ いで 、輝 夜 の目 線の 位置

まで 傾い てい たの だ 。輝 夜は 周囲 を見 回 す。 見て いる

巨大 なも のが 落下 し たか のよ うだ った 。 その せい で道

ずの 塀が 、大 きく へ こん でい た。 何か そ こに 見え ない

てい た。 左を 見る と 、今 まで まっ すぐ な 平面 だっ たは

歩 いて いて 、な ぜ かよ ろめ いた 。道 が 左側 に傾 斜し

欲望するこ とが普通 のひとより も少し下 手だった。

は周 囲の 者に 聞い た こと が何 度か ある が 、は かば かし

よりも低く なった塀 を、やすや すと乗り 越えた。

右に行った 気がする わ」

い答えが返 ってきた ことは一度 もなかっ た。

まと した お役 所手 続 きと 大仰 な歓 迎が 必 ずセ ット でつ

他 人の 家を 訪問 す るこ とは あっ ても 、 それ はこ まご

習い 事で 長い こと 通 った 道だ し、 気に 喰 わな い奴 が何

いて きて いた 。こ う やっ て他 者の 領域 に 侵入 する のは

そのまままっすぐ左に進むと、綿月家の屋敷につく。

人か いる ので 、途 中 で輝 夜は 右に 折れ 、 閑静 な住 宅街

苔 むし た、 石造 り のア ーチ がそ びえ て いる 。緑 の蔦

初め てだ った 。ま し てや 、曲 がっ た塀 を 乗り 越え るの

てい ない 経路 もあ る はず だ。 知ら ない 方 、知 らな い方

が、 灰色 の石 の肌 を 這い ずり 回っ てい る 。月 の都 によ

に入 った 。碁 盤目 状 に道 が張 り巡 らさ れ た住 宅街 だ。

へと つと めて 輝夜 は 歩く 。そ うす れば そ うす るほ ど、

くあ る、 定規 で引 い たよ うな 作り では な い。 天然 のご

はなおさら だった。

まわ りに は知 った も のし かな いこ とを 思 い知 らさ れ、

つご つと した 雰囲 気 を残 しつ つも 、確 か にひ との 手が

順列 組合 わせ の計 算 をす れば 、ま だ一 、 二度 しか 通っ

輝夜は暗澹 とした気 分になった 。

生ま れた 時か ら何 不 自由 しな いで 生き て きた 輝夜 は、 入ったと思 わせる全 体の調和が 感じられ た。

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古い。そ れも恐ろ しく。

な ぜな ら輝 夜は 従 うか ら。 言い つけ に 、規 則に 、法

則に 。ど れだ け手 前 勝手 にふ るま って い るよ うに 見え

輝 夜は 、永 遠と 須 臾を 操る 程度 の力 を 生ま れ持 って

度のものだった。その限りにおいて、まわりの月人も、

を操 るが 、彼 女自 身 は永 遠で はな い。 能 力と はそ の程

見た瞬間 、輝夜は それを直感 した。

いた 。周 囲の 者は 誰 しも その 能力 に驚 嘆 し、 輝夜 をほ

鬼子 とも いえ るこ の 姫を どう こう しよ う とい うつ もり

ても 、彼 女な りに “ 則” を順 守し てい た 。彼 女は 永遠

めそ やし た。 だが 、 輝夜 は自 分の 能力 が 何の ため にあ

はなかった 。

彼女に時を戻すことはできない。そして他の誰にも。

彼女は目 の前の古 さに圧倒さ れていた 。

るの かわ から なか っ た。 手慰 みに 使っ て みた こと もあ
るし 、確 かに それ は まわ りか ら見 れば 驚 くよ うな 効果
を示したが 、輝夜は 何とも思わ なかった 。
皿が 落ち ても 割れ な いと か、 外に 置き っ 放し にして

り含 んだ 海水 を空 家 に置 いて いた らい つ の間 にか そこ

にな った りと か、 地 上か ら輸 入し てき た 穢れ をた っぷ

子 供の 指先 で摘 ん でし まえ るよ うな 芽 が瞬 時に 巨木

建物 の表 面に 窓が ず らり と並 んで いる 。 縦に 数え ると

手に は四 角ば った 巨 大な 建物 が威 圧感 を 放っ てい る。

をく ぐる と、 同じ よ うに 古び た石 畳が 続 いて いる 。右

ら輝 夜を 圧倒 した 。 手の 届か ない もの だ った 。ア ーチ

こ の蔦 に覆 われ た 、雄 大な 石造 りの ア ーチ は、 だか

で月 人と よく 似た し かし まっ たく 性質 の 異な る生 き物

五つ ある から 五階 建 てだ 。横 は、 際限 が なか った 。視

いた魚が腐 らないと か、決して 折れない 刀とか。

が暮 らし 始め てい た りと か。 その 生き 物 には しか るべ

界の 果て まで 続い て いる よう だっ た。 窓 には 人影 があ

った 。同 じよ うな 部 屋が ずっ と並 んで い るよ うだ 。部

き処置が与 えられた 。
輝夜は畏 れられて いた。同時 に、侮ら れてもいた 。

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屋の中は何十人もいたり、二、三人しかいなかったり、

いけ ば、 そこ で終 わ りだ った 。果 ての 方 の辺 は正 確に

く先 の方 まで 行き た かっ たの で、 横移 動 を繰 り返 しな

そろ って いる わけ で はな く、 でこ ぼこ だ った 。な るべ

あ の人 影が 本当 に そこ にい ると は、 ど うし ても 輝夜

がら 、奥 へと 進ん で いく 。ま だ建 造中 ら しい ブロ ック

誰もいなか ったりと 様々だった 。

には 思え なか った 。 遠く で、 黒く ぼん や りし た影 とし

池 の先 は崖 にな っ てい て、 その 先は 厳 めし い岩 肌と

には 、水 がま った く 入っ てい なか った 。 覗き こも うと

る言 葉な のに 、い つ の間 にか 違う 言葉 に なっ てい る。

豊か な緑 を持 った 山 だっ た。 大量 に山 を 彩る 緑す ら、

か見 えな いか らで も ある し、 言葉 が何 と 言っ てい るか

つかめそう で、つか めない意味 のもどか しさがある 。

何か 無愛 想で 威圧 的 だっ た。 そう いう 意 味で は、 背後

思ったが、 足がすく んでしまい そうで、 やめた。

左 側に 視線 を転 じ ると 、そ ちら は四 角 く区 切ら れた

にあ る、 窓の たく さ んあ る長 大な 建物 と 同じ 印象 を輝

わか らな いか らで も あっ た。 どこ とな く 聞き 覚え のあ

池が 碁盤 目状 に広 が って いた 。池 の広 さ はだ いた い一

夜は受けた 。

よ うや く、 輝夜 は その 疑問 を口 にし た 。あ まり に当

辺が 、輝 夜の 足で 二 十歩 ほど 。水 は緑 色 に澱 んで いて

両手 を広 げた くら い の幅 だ。 普通 に歩 い てい る分 には

たり 前す ぎる 疑問 だ った ので 、今 まで 思 いつ かな かっ

「ここはど こなの」

落ち るこ とは ない だ ろう が、 手す りも 何 もな いの で少

た。

底の 深さ はわ から な い。 池と 池の 間の 通 路は 、輝 夜が

し怖 い。 輝夜 は碁 盤 目状 の池 の方 へ足 を 進め た。 右側

そ う、 ひと りご ち る。 ひと りご とは 輝 夜の 癖と いう

「月は、月 よね。で も、迷い込 んだみた いだわ」

が、 池の 方は わり と すぐ 果て が見 えた 。 輝夜 も正 確に

か、 習慣 だっ た。 彼 女に 話し かけ てく れ るひ とは 数え

の石 の建 物の 方は 、 どこ まで も続 いて い るよ うだ った

数え たわ けで はな い が、 だい たい 池十 個 分ほ ども 奥に

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色の髪の毛 が揺れる 。

そ の言 葉を 聞く と 、そ の目 は大 きく 見 開か れた 。銀

とき 、傍 にい て一 緒 に考 えて くれ るの は 、ひ とり ごと

「あなた、 これが見 えないの」

きれ ない くら いた く さん いる が、 何か 考 えに 耽り たい

を言う自分 と、それ を聞く自分 しかいな かった。

銀 髪の 少女 …… と いっ ても 輝夜 より か なり 大人 びて

いた …… は、 構え た 弓を 揺ら した 。矢 の 先は 、確 かに

たまに物足りないな、と思うことが、ないではない。
輝夜は両 腕を前に 突き出す。 手を広げ る。

輝夜の喉を 正確に捉 えていた。
「見えるわ 」

山 の緑 が、 ぼそ ぼ そ、 と音 を立 てて 落 ちて いく 。ヘ
ラで こそ ぎ落 とさ れ るよ うに 、少 しず つ 。岩 肌の 色合

輝夜は自信を持ってうなずいている。弓矢の少女は、
ふと笑みを 漏らした 。

いが 変わ る。 より 薄 くな る。 静か に、 音 もな く、 山が
割れる。緑 が粉微塵 になる。

とももっと 別のもの かしら」

それ

輝夜は幼 い子供の ように声を 上げた。

「あなたが ここを作 ったの」

「見 える って 、何 が 見え てい るの 。こ の 鏃が ?

首筋に何 かを感じ た。

「ま あ、 だい たい そ うね 。あ なた が変 な いた ずら した

「わあ、わ あ」

振り向く と、目が あった。

その山も、 私が長い ことかけて 作ったの よ」

弓 矢の 少女 の視 線 を追 い、 輝夜 は背 後 の山 を振 り返

じわりと 、輝夜の 内側が悦び に満たさ れていく。
いた。そ う思った 。

「あらごめ んなさい 」

る。今は荒 れ果てた 岩山と呼ぶ にふさわ しい。

って溢れで た。

「い いの よ。 数万 年 後に はど うせ そう な って たで しょ

悦 びが 輝夜 の中 で いっ ぱい にな ると 、 口か ら声 とな

「やっと、 会えた」

201

横から声を かけた。

輝 夜の 声を 、永 琳 は無 視し て歩 く。 輝 夜は 永琳 の真

「そこまで してあげ よっか」

「ねえって ば」

うから。そ のうち、 ただの砂の 山になる でしょうよ 」

「結 構で す。 経過 を 観察 する のが 楽し い のに 。評 判通

「八意永琳 」

「あなたは ?」

「話してい るうちに ね。蓬莱山 輝夜」

「あら、知 ってるじ ゃないの。 私が誰か 」

「あなたに 使ったわ けじゃない から」

「私に効く とは思わ なかった」

「だから、 そういう 能力だって ば」

「いつの間 に……は っきり言っ て気味が 悪いわね」

みを浮かべ ている。

永 琳は ぎょ っと し て隣 を見 た。 輝夜 は にこ やか な笑

「やごころ……うーん、どこかで聞いたことはあるわ」

「そ れで も、 気づ く もの と思 って いた わ 。姫 の能 力、

りね、月の 姫様の無 風流っぷり は」

「気のせい じゃない かしら」

少し甘く見 ていたか しら……」

歩幅 を広 くと り、 足 運び も速 い。 対し て 、輝 夜は ゆっ

「ああ、あ れは私」

「あの建物 は何?

誰が作った の?」

「私 も全 部知 って い るわ けじ ゃな いわ 。 わか る範 囲な

「ねえ、あ なた色々 知ってそう ね。教え てよ」

「偉いひと がよく言 ってたよう な」
そ して 偉け れば 偉 いひ とほ ど、 その 名 を、 常に 畏れ
とともに口 にしてい た。ような 気がした 。

くり のん びり と歩 く 。こ うな ると もは や 習慣 の差 だ。

「全部?」

ら教えてあ げます」

あっという 間にふた りの距離は 広まった 。

「全部」

永 琳は 輝夜 に背 を 向け 、通 路を 歩い て いく 。永 琳は

「あ、待っ てよ」

202

でもないこ とするわ ね」

「あ の建 物と 全知 を 一緒 にす るな んて 、 お姫 様も とん

「……やっ ぱり全部 知ってるん じゃない 」

っておくな んて」

「勿 体な いで しょ う 。せ っか くの 思い 出 をそ のま ま放

「なんでそ んなこと するの」

のひとつを 永琳は開 ける。

学 び舎 には 、間 隔 を置 いて 扉が 設け ら れて いた 。そ

戻った。輝 夜は暗い 灰色の建物 を指差す 。

「校 舎に 入っ てみ る ?

ふ たり は池 のブ ロ ック から 、は じめ の 石畳 の通 路に

「この大き な建物… …」

思うわ」

って いう か、 まあ 、 意思 はな いわ ね。 私 が再 生し てい

「繰 り返 して いる だ け。 ああ …… そう ね 、生 きて いる

「だって生 きてるっ て」

「本当よ。 だっても うあれ以上 何の変化 もないもの 」

「嘘でしょ う」

「永遠に」

「どのくら い?」

「ええ」

いるの」

「あ の学 び舎 の窓 に 映っ てい るひ とた ち って 、生 きて

つけられる 性格なん でしょうね 」

た回 数よ り、 そっ ち の方 が多 い。 そう い う役 割を 押し

「私 はひ とか らよ く 師匠 と呼 ばれ るわ 。 名前 を呼 ばれ

「何か教え ているよ うに見える わ。先生 ?」

「あれは過 去の私。 あれも。あ あ、そっ ちもね」

「あなたが いるわ」

はそれぞれ 部屋によ って違う。

影が ある 。中 に、 永 琳に 似た 少女 もい る 。来 てい る服

どこ まで も続 く部 屋 。閉 め切 られ てい る 部屋 には 、人

中の造りも、外と一緒で無骨だった。灰色の廊下と、

輝夜は永 琳が開け た扉の隙間 から中に 駆け込んだ 。

近く で見 ると も っと わか ると

「学び舎、 と私は呼 んでいる」

るだけだか ら」

203

翌 日、 輝夜 の住 ま いに 八意 永琳 が現 れ た。 久方 ぶり

に永 琳が “自 室” か ら出 てき たと いう の で、 月の 上層

「部屋に入 ってもい い?」
「やめた方がいいわ。部屋の中は水で満たされている。

部は大騒ぎ した。

(何これ… …誰かの ……記憶! ?)

***

彼ら はそ の水 の中 で しか 生き られ ない か ら、 あな たが
部屋を開放 した瞬間 流れ出て、 全部なく なる」
「……そう なの?」
「作 り直 すの は結 構 な手 間。 空い た部 屋 なら 入っ ても
いいわ」

別に いいけど、 何を知り たいの」

「じゃあ、 そこで私 を教えてよ 」
「あなたを ?

得 体の 知れ ない 世 界の 映像 が、 蓮子 の 体に 流れ 込ん

でく る。 少女 は月 と 言っ た。 とす れば 、 あそ こは 月な

「そうねえ 、色々」
「そ んな 漠然 とし た リク エス トに は答 え かね るわ 。次

のだろう。

って まし たか ら。 ず っと 、昔 ……

まで に何 を勉 強し た いの か、 ちゃ んと は っき りさ せて

から、ずっ と)

きり と… …な の?

(姫 …… 私は 、こ れ はお 師匠 さん …… あ のと き、 はっ

おきなさい 」
「は あい 。こ こへ は 、ど うや って くれ ば いい の?
き方がよく わからな い」

彼女 自身 もお ぼつ か ない 。立 って いる か 座っ てい るの

意 識は 途切 れ途 切 れだ 。そ れが 蓮子 の もの なの か、

つものよう に部屋で ゴロゴロし ていると いいわ」

かわ から ない 時点 で かな り朦 朧と して い るの はわ かる。

「い いわ 。今 度は こ っち から 出向 くか ら 。あ なた はい

「はあい」

204

そ う、 なぜ こん な 状態 に今 なっ てい る のか 。こ こが
どこなのか 。
目が、見 えない。
暗 闇に 閉ざ され て なお 、映 像は 流れ 込 んで くる 。声
は聞 こえ る。 過去 の か、 今の か。 それ ら が混 じり 合っ
て判別がつ かない。
み んな の顔 が万 華 鏡の よう に弾 け、 そ ろい 、思 いも
しない形を 結ぶ。
竹林で笑 ったてゐ 、その綺麗 な髪の毛 。
兎 たち を叱 って ま わる 鈴仙 。震 える 鈴 仙。 その 、絞
り込んだレ ンズのよ うな赤い瞳 。
湯 気を まと いつ か せ、 満足 げな 溜息 を もら す永 琳。

その 手が 離れ るこ と は、 決し てな いと 思 う。 汗ば んだ

手か らは 、蓮 子と い るこ との 幸せ が伝 わ って くる 。そ

う、それが ひとりよ がりでなけ ればいい のだけど… …
ねえ、メ リー。

「蓮子ォォ ッ!」
てゐが叫 ぶ。

練丹「水銀 の海」

蓮 子の 体が 浮き 上 がる 。重 い白 銀の 液 体が 暴風 雨の

如く 荒れ 狂う 。て ゐ は吹 き飛 ばさ れな い よう 、身 を床

に伏 せた 。真 正面 か ら逆 らっ てど うに か なる 相手 では

ない 。弾 幕を 圧縮 し て自 分の 上に かぶ る 。も う一 枚、

その、豊か な肢体。
流 れる 黒髪 が肌 を くす ぐる 。臓 器を 散 らか す輝 夜。

自分の皮を増やすように。剥がれても大丈夫なように。

短 い悲 鳴が 聞こ え る。 鈴仙 が壁 に叩 き つけ られ 、そ

「きゃっ」

視界は銀一 色になっ た。

畳にこびり ついた赤 。夢の中で 、学び舎 をさ迷う姫 。

そ して 、事 ある ご とに 境目 を見 つけ 出 して は、 蓮子
の手 を取 る友 人。 い や、 手を 取る のは い つも 蓮子 か。

205

「ふ ん、 あん たも 下 手な りに 、な んと か 今の をし のい

きりしてい るようだ 。

る。 苦し そう に肩 で 息を して いる が、 ま だ意 識は はっ

のま ま床 に倒 れた 。 てゐ は素 早く 鈴仙 の もと へ這 い寄

が無 意識 に結 託し て 、そ いつ だけ 引き ず り出 した 。そ

呑み こま れる 前に 一 部が 抜け 出し た。 あ るい は、 輝夜

てい るだ ろう 。あ れ は永 琳の かけ らだ 。 本人 が虚 無に

今頃 てゐ も鈴 仙も こ の世 にな く、 すで に 戦い は終 わっ

意思 を持 って いれ ば 、こ んな 大味 な手 段 は取 らな い。

「さあ行く よ。って 、聞いてん の、鈴仙 」

ようはある 。

れが 蓮子 に憑 依し た 。だ とす れば 、ま だ どう にか やり

だんだね」
て ゐは ぽん ぽん と 鈴仙 の頭 を軽 くた た いて やる 。銀
の嵐はひと まず収ま ったようだ った。
蓮子 は目 を閉 じた ま ま、 宙に 浮い てい た 。そ の少し

や緑 の大 弾が 生み 出 され る。 てゐ はた め 息を つき 、首

でい る。 周囲 では 新 たな 弾幕 が形 成さ れ つつ ある 。青

うし よう もな いじ ゃ ない 。こ んな の私 は 望ん でい ない

「嫌 だ、 何こ れ、 何 よも う、 こん なの 、 私の 力じ ゃど

は頭の耳を 畳んで、 亀のように うずくま った。

て ゐの 声が 鈴仙 に は届 いて いな いよ う だっ た。 鈴仙

を横に振っ た。

のに。私は ただ、静 かに、静か に……」

上に 、半 透明 の永 琳 が、 どこ か朦 朧と し た表 情で 佇ん

「も う憑 依は 完成 し てる とみ た方 がい い か。 鈴仙 、立

「鈴仙!」

て ゐは 鈴仙 を引 き 起こ して 、頬 をは た いた 。そ れで

って 、こ れじ ゃあ ど うし よう もな い。 と りあ えず 波長
ずら せそ うな 分は ず らし てよ 。そ れで 早 いと ここ の屋

「嫌 だ嫌 だ、 ああ 嫌 だ。 嫌だ よも う。 ほ っと いて よ。

も、鈴仙は頭を抱えたままその場から動こうとしない。

今蓮 子に 乗り 移っ て いる モノ 、あ れは 永 琳本 人では

ほっ とい て。 私を ひ とり にし てお いて 。 ひと りに しな

敷から逃げ よう」

ない 、て ゐは そう 確 信し てい る。 本人 が 明確 な削 除の

206

いで。ああ 嫌だ嫌だ 嫌だ……」
「ああもう っ」
てゐは苛 立ちもあ らわに舌打 ちする。
「こうして いる間に も輝夜が」
永 琳は 蓮子 を動 か し、 倒れ た輝 夜の 傍 らに 立っ た。

応 える 声も 永琳 だ 。右 手で 無造 作に 左 肩を えぐ り取

る。 ぽっ かり と空 い た肩 から 血管 が飛 び 出し て、 そこ
から血がび ゅるりと 出る。

「私は解き 放たれた だけ。お前 という理 性から」

永琳の体 はますま す薄れつつ あった。 矢を番える 。

矢に 手を 伸ば す。 不 意に 、左 肩に 黒い 手 形が つく 。永

上げるが、震えて、言葉にならない。
「輝夜、あなたの

輝 夜は 薄く 眼を あ け、 永琳 を見 上げ た 。小 さな 声を

「さあ、輝 夜。終わ らせましょ う」

琳は よろ めく 。何 か 目に 見え ない もの に 、後 ろか ら強

永遠 を、 一本 ずつ 、 この 矢で 縫い とめ て あげ る。 完璧

輝夜 の胸 から は、 鋭 い矢 尻が 生え てい る 。永 琳は その

く引っ張ら れている ようだった 。

に。 身動 きも でき な いほ ど。 何も 考え た り感 じた りで

「おい、月 人」

矢先が、喉 に向く。

きないほど に」

「くっ…… これは」
半透明の 永琳は顔 を歪める。
「恥ずかし いまねは やめなさい 」
声 が響 く。 黒い 手 形は 、ま すま す深 く 永琳 の肩 に喰

矢先 に火 が灯 る。 炎 は瞬 時に 広が り、 矢 はた ちまち

燃え 尽く され た。 永 琳は 表情 を変 えぬ ま ま、 振り 向い

い込む。
「お 前は 、私 が内 に 秘め 続け たも の。 こ こで 図々 しく

た。

の私が許さ ない」

「そ いつ は私 の獲 物 だ。 永遠 を終 わら せ るこ とは 、こ

顔を出すな んて、こ の私が許さ ない」
声は、永 琳の声だ った。
「何を勝手 な」

207

玉が 疾っ た。 永琳 の 姿が 完全 に消 え、 蓮 子の 手が 火の

は首 をぐ るり と回 す 。そ れか ら軽 く腕 を 振る と、 火の

立っ てい た。 つな が った 感触 を確 かめ る よう に、 少女

純粋 に熱 く、 純粋 に 巨大 な火 の玉 を撃 ち 放っ た。 反動

た。右腕にありったけの力をこめて、細工も何もない、

離を とっ てい た。 逃 げた 、と は自 分で 認 めた くな かっ

妹 紅は 怖気 が走 っ た。 反射 的に 蓮子 を 蹴り つけ 、距

顔を上げる 。目が、 かすかに開 く。

玉を 遮っ た。 黒い 帽 子が 火風 に煽 られ て 吹き 飛ば され

で右腕が焼 けた。

バ ラバ ラに 切り 裂 かれ てい たは ずの 少 女が 、そ こに

る。 帽子 の下 の髪 は 、茶 色で はな く、 銀 色に 変化 して

間を 、さ らに 完膚 な きま でに 破壊 した 。 燃や した 。天

爆 風が 、す でに 原 型が わか らな くな り つつ あっ た広

「銀 色の 人間 、言 っ てお くが 手加 減し な いよ 。ま ぁ、

井だ けで なく 、前 方 から も外 の景 色が 見 えた 。見 える

いた。目は 、閉じら れていた。

怪我 した らす まん 。 今お 前に 憑依 して い る医 者に 治し

範囲 の庭 はす べて 焼 け焦 げて いた 。膜 に 包ま れた 蓮子

つぅー、と膜に切れ目が入り、
“銀色の”蓮子が出て

その目は開 かれてい た。

は、さっきまでと同じように身を縮めていた。ただし、

てもらうん だな」
直 後、 炎の 激流 が “銀 色の ”蓮 子を 呑 み込 んだ 。白
い髪 を振 り乱 し、 妹 紅が 飛び かか る。 蓮 子は 激流 の中
で目を閉じ たまま、 涼しい顔を していた 。

ブ ラウ スの 左側 は 焼け てし まっ たら し く、 左腕 が剥

くる。

炎 の塊 と化 した 両 の拳 を続 けざ まに 打 ち込 む。 蓮子

き出 しに なっ てい た 。ス カー トも 、左 側 が少 し焼 けて

「おおおぉ ぉおおぉ おっっ!」

は身 を縮 め、 わが 身 を膜 で覆 った 。構 わ ず妹 紅は その

おり、左足 のふとも もがあらわ になって いる。
だが、そ れだけだ った。

上か ら攻 撃を 加え る 。膜 を打 ち破 るま で 永遠 にで も殴
り続 ける つも りだ っ た。 うつ むい てい た 蓮子 が、 ふと

208

妹紅は開 いた口が 塞がらなか った。
相 手は 永琳 本体 で はな い。 さっ きの 兎 が言 うに は、
永琳 が虚 無に 沈む 前 に飛 び出 した かけ ら が、 蓮子 に憑
依しただけ の相手な のだ。
正直、も う少しど うにかなる と思って いた。
「嘘だろ… …」
呆然とな る。

天呪「アポ ロ13」

産霊「ファ ーストピ ラミッド」

大 弾四 つが 妹紅 の 周囲 に展 開さ れ、 そ こを 基点 に正

四面体の壁が出現する。壁にはたちまちヒビが入るが、

それ でも 〈銀 色〉 の 攻撃 を一 時的 にで も 押し とど めて
いた。

「こ の時 間の 歪み は 、今 のと ころ 竹林 内 部で どう にか

収ま って いる 。た だ これ 以上 手を こま ね いて いれ ば、

外へ 漏れ る。 そう な った とき 、幻 想郷 の 他の 連中 がど

う動 くか 、私 にも わ から ない 。そ れま で にケ リを つけ

出さ れる 。ふ たつ の 満月 が散 って いく 。 逃げ 場の ない

緑髪 の間 から は二 本 の角 が突 き出 てい る 。彼 女は 妹紅

焼 け崩 れた 瓦礫 を 踏み 越え 、上 白沢 慧 音が 現れ た。

ないと」

密度 だ。 妹紅 は確 実 に追 い詰 めら れて い た。 余力 はま

の肩をたた き、口の 端に笑みを 浮かべた 。

〈銀 色〉 のま わり に 満月 のよ うな 弾幕 が 二重 に生み

だ残 って いた 。に も かか わら ず、 抵抗 す る気 が失 せて

「ど うし た妹 紅、 ず いぶ ん簡 単に 諦め る よう にな った

「けっ…… 」

な。お前の 執念の炎 はそんなも のなのか 」

いた。彼我 の力量の 差を思い知 らされた 。
触 れれ ば消 し飛 ば され てし まう であ ろ う弾 丸が 、妹
紅を押し包 む。

妹 紅は 顔を 安堵 に ほこ ろば せた が、 す ぐに それ を引

209

危ないから 下がって いろよ」

「な、何で今頃ここに来た。お前は戦闘向きじゃない。

頼むよ先生 」

「ほら、今のうちだ。これでいくらかは時間を稼げる。

〈銀色〉の 弾は再度 行く手を阻 まれる。

ピラミッドの内側を、カラフルな弾幕で包み込む。

「お やお や、 遠目 に 見て もお 前の 怖が り よう が見 て取

「仕 方な いな 、妹 紅 の頼 みと あっ ては 断 るわ けに もい

っ込めた。

れた から 、友 人の 危 機を 見捨 てて は置 け ぬと 慌て て駆

くまい」

妹紅は輪状に炎を生み出す。それは赤い紐となった。

「本体にま っしぐら だ。妹紅、 後ろは頼 んだぞ」

周囲を包 み込む弾 幕の中、慧 音は一点 を見出す。

けつけたと いうのに 、そのいい ようはな いな」
「なんだと 」
「ほ ら、 こう して い る間 にも 私の 力で は もう 押し とど
められない ぞ」

つけ る。 慧音 の髪 が 、ス カー トの 裾が 、 ゆら りと 浮き

お互 い背 中を 合わ せ て、 腰の とこ ろで し っか りと 結び

幕が中に入 ってこよ うとしてい る。

上が る。 犬歯 が鋭 く 伸び る。 竜の よう に 激し く優 美に

ピ ラミ ッド の至 る とこ ろに 亀裂 が走 る 。隙 間か ら弾

「ふ ん、 あい つと 似 たよ うな スペ ルだ か ら使 いた くな

しな る鱗 弾列 が二 条 、線 路の よう にま っ すぐ 〈銀 色〉

「お前じゃ ないんだ 、拾い喰い はしない 」

「腹壊すな よ、先生 」

「さあ、通 路は作っ た。あとは どれだけ 喰えるかだ 」

へ伸びる。

いんだがな 」
妹 紅が 腕を 振る と 、華 やか な色 合い の 弾が 次々 と現
れる。

蓬莱「瑞江 浦嶋子と 五色の瑞亀 」

「喰いにく かったら 焼いてやる よ」

210

慧 音は 身を 屈め た 。フ ァー スト ピラ ミ ッド と五 色の
瑞亀 を、 ふた りは 同 時に 解く 。次 の行 動 に全 力を 注ぎ

~ ネクストヒ ストリー 」

こむ。一斉 に〈銀色 〉の弾幕が 流れ込ん でくる。

新史「新幻 想史

地 を蹴 る。 鱗弾 の 列で 区切 られ た区 画 のみ を、 慧音
は吸 い込 んだ 。弾 幕 の中 に空 白の 通路 が でき る。 次の
瞬間には、新たな弾幕で埋め尽くされるだろう。だが、

~ フジヤマヴ ォルケイ ノ」

その隙を妹 紅は逃さ ない。

蓬莱「凱風 快晴

とにしてや る!」

激 突で 、慧 音も 妹 紅も 激し く脳 を揺 さ ぶら れた 。一

瞬、 前後 不覚 にな る 。気 づい たと きに は 、ふ たり とも

倒れていた。慧音は左の角が折れていた。
〈銀色〉もま

た倒れてい たが、傷 ひとつつい ていなか った。

「くっ…… 当てるつ もりは」

「違 うな 、慧 音。 折 りに 来た のさ 、そ い つは 。で 、憑
依を解除で きたのか 」

銀 髪の 蓮子 はゆ ら りと 立ち 上が る。 今 の衝 突の 影響

など 微塵 も感 じさ せ ない 、よ どみ のな い 動き に、 妹紅

も慧 音も 呆気 に取 ら れた 。妹 紅の 顎の 先 から 、汗 が落

ちる 。な おも 立ち 向 かお うと 前に 出る 慧 音を 、腕 で制
した。

出す 。慧 音が 喰い と った 一本 の通 路を 、 炎を 吹き 散ら

「だ がど こま で逃 げ る?

私もそうす る」

「も う、 いい 。慧 音 、あ とは 逃げ るこ と だけ 考え ろ。

しながら駆け抜ける。目指す一点、
〈銀色〉を捉えんと

とこ ろに 無数 の虚 無 の裂 け目 があ る。 私 はそ れで ここ

噴 火の 反動 に全 力 を注 ぎ込 む。 膨大 な 瞬発 力を 生み

する。

へ来るのが 遅れたん だ」

屋 敷の 外に も 、竹 林の 至る

「宇 佐見 蓮子 、お 前 への 八意 永琳 の憑 依 、な かっ たこ

211

「私 が見 たと きは ま だ小 さか った し、 そ こま で影 響を

「屋敷の中 だけじゃ なかったの か」

「あの元凶 がどうか したか」

「そうじゃ ない。輝 夜が」

妹 紅は はっ とし て 辺り を見 回す 。確 か に、 畳の 上に

「いないん だ」

とつ 潰し てい って い た。 しか しこ こま で 悪化 した ら、

倒れ てい たは ずの 輝 夜が いな い。 焼け 残 った 広大 な屋

与え るも のじ ゃな か った が、 気に なっ た から ひと つひ

もう 竹林 のも 私の 手 には 負え ない だろ う 。不 可視 のも

敷を振り返る。〈銀色〉も同時にそちらを向いてい た。

赤 い半 透明 の球 体 がふ たつ 、跳 ねて い る。 中に 輝夜

いくつかあ るみたい だからな」
「……さて 、これは 、逃げ切れ るかな」

すぐ目の 前で、
〈銀色〉は手を振りかざしている。そ

懸命 に兎 玉を 内側 か ら叩 いて いる 。そ の 先を 、誰 かが

うひとつには鈴仙がいる。こちらは意識があるようで、

がい る。 胸を 矢に 貫 かれ たま ま、 目を 閉 じて いる 。も

こに 大弾 が現 れる 。 その まわ りに 大弾 が 集ま る。 さら

走っ てい た。 足と 、 白い 丸い 尻尾 だけ が 見え たが すぐ

「わからん 」

にま たそ のま わり に と、 どん どん 増え て いく 。妹 紅と

に屋敷の奥 に消えた 。兎玉もあ とに続く 。

あっとい う間のこ とだった。

慧音は茫然 と、
〈銀色〉の手のひらに積もった山のよう
な弾を見上 げた。
「… …慧 音、 私が 合 図し たら 一目 散に 走 れ。 途中 、裂

「て ええ ぇぇ ゐ!

け目 につ かま ろう が 知っ たこ とか 。こ れ 喰ら うよ りま
しだ」

のよ 、な んで 屋敷 の 中に 戻る の。 早く 逃 げな いと 、師

どこ 行く

「なあ、妹 紅」

匠が追いか けてくる わよ!」

ちょ っと 、出 して よ !

「なんだ、 遺言には 早いよ」

212

「当 たり 前だ よ、 追 いか けて くる よう に 仕向 けて るん
だから」
て ゐは 、廊 下や 壁 、空 中に 口を 開け た 虚無 の裂 け目
を、 器用 に避 けて い く。 ほと んど 走る 速 度を 落と して
いな い。 昨夜 蓮子 を つれ まわ して 、虚 無 の萌 芽が あり

井へと幾重 にも張り 巡らされて いく。

「天網蜘網 捕蝶の法 」

「甘いよっ !」

可視 の虚 無も てゐ の 目に は印 のお かげ で 見え るし 、輝

「所 詮は 無思 慮な か けら だね え、 この 手 の技 術、 永琳

い。

て ゐは うね うね と 動き 回り 、決 して 糸 に捉 えら れな

夜と 鈴仙 を運 んで い る兎 玉に も、 そこ は 自動 的に 避け

本人 に比 べた ら、 ま るで 月と スッ ポン 、 地上 の因 幡と

そう なと ころ には 兎 印を 施し てお いた 。 他の 者に は不

るようにプ ログラム してある。

月のイナバ さね!」

網を駆け 抜け、突 破する。

「何 でこ こま でし な きゃ いけ ない の。 姫 様抱 えて 師匠
から 逃げ るな んて 、 火が つい た爆 弾抱 え てい るよ うな

前方 左手 の襖 が音 も なく 開い た。 白シ ャ ツに ネクタ

「逃がさな いわ」

そして髪 の色は… …

イ、黒スカ ートの少 女が姿を現 す。

ものよ」
兎玉から出ることを諦めた鈴仙は、半泣きで尋ねる。
「うん、い い例えだ 。鈴仙ちゃ んにして は」
「てえええ ええ…… ぁぐっ」

雰囲気がま ったく違 った。

〈 銀色 〉は 口を 開 いた 。声 は蓮 子の も のだ った が、

かっ てし まう 。て ゐ の眼 前に 、一 本の 糸 が張 って あっ

「ひぃっ、 し、師匠 ……」

兎 玉が 急停 止し た せい で、 上顎 と下 顎 が激 しく ぶつ

た。 糸は すぐ にそ の 数を 増や す。 床か ら 壁、 壁か ら天

213

「師匠じゃ ないやい !

髪が銀 色なだけ だよ」

逃げ出した 。

たて ゐや 兎玉 が破 裂 して いく 。破 裂し た 後に は何 も残

〈銀 色〉 もま た全 方 位に 弾幕 をば ら撒 い た。 被弾し

わからない のかしら 」

らない。〈銀色〉は唇を噛んだ。

「あ なた たち がど う 足掻 いて も無 意味 だ と、 どう して

「わかって ます、わ かってます よぉ!」
「い いや わか らな い ね、 あん たな んか 怖 くな い。 かか
ってきな〈 銀色〉! 」

た。 どち らも 、寸 分 たが わぬ てゐ だっ た 。そ のふ たり

廊下 の奥 へ消 えて い った 。て ゐは ふた り にわ かれ てい

て ゐを 正面 から 撃 ち抜 くは ずだ った 矢 は、 その まま

げ場所も確保できる。狙撃される可能性もあるが、
〈銀

もい い。 丁字 廊下 の 合流 点な ら、 見通 し も利 くし 、逃

ひと つし かな い部 屋 は論 外。 ふた つ以 上 あれ ば考 えて

をや め、 突き 当た り の壁 に背 中を 預け た 。出 入り 口が

て ゐは 廊下 が丁 字 型に 差し かか った と ころ で跳 ぶの

のて ゐが 、さ らに ふ たり のて ゐに 分か れ る。 輝夜 と鈴

色〉相手なら、てゐは自分が先に気づく自信があった。

〈銀色〉 は無言で 矢を番え、 放つ。

仙が入った 兎玉も、 それぞれ同 じ数だけ 増えていく 。

「こ れで しば らく は 大丈 夫。 あい つは 師 匠じ ゃな い。

兎 玉の ひと つは 静 かな もの だ。 輝夜 は ずっ と目 を閉

体の私とそ れ以外の ダミーの区 別なんて つくもんか 」

ザル だよ 、ざ っと 十 分の 一以 下。 あい つ なん かに 、本

くら いは ある 。下 手 する と半 分以 上に 。 けど ね、 他が

確か に弾 幕の パワ ー は物 凄い 。き っと 師 匠本 人の 半分

鼠 算式 に増 えて い った 何十 もの てゐ が 、一 斉に 口を
三日月形に 歪める。

脱兎「フラ スターエ スケープ」

て ゐが 、輝 夜が 、 鈴仙 が、 蜘蛛 の子 を 散ら すよ うに

214

……」

「ね え聞 いて るか い 、あ いつ をそ んな に 怖が るこ とは

てゐは兎玉 を開いて やった。

じている。もうひとつが、さっきからずっとうるさい。

よ。 姫様 人質 にし て 、あ の師 匠を 翻弄 し てい るあ んた

い奴 を上 から 見て 笑 って るん でし ょう 。 今だ って そう

でし ょう 、頭 いい も のね 。そ れで 、私 み たい に要 領悪

よ。 あん た、 慌て た り焦 った りし たこ と ある の。 ない

「な んで っ!

あ ん たは いつ もそ う余 裕 たっ ぷり なの

「もう嫌だ ぁ、帰り たいよぉ、 うちに帰 して」

った。

もな って よ。 いい 迷 惑だ わ。 こん な駄 目 な兎 、も うい

嬉し いで しょ うね 。 でも それ に巻 き込 ま れる 私の 身に

は確 かに すご いわ よ 。え え認 めて あげ る わ。 嬉し い?

「うちはこ こだよ、 鈴仙」

いじ ゃな いの 。私 は 、た だ、 静か に暮 ら した いだ け。

兎 玉か ら出 てき て も、 鈴仙 が言 う内 容 は変 わら なか

「知 って るわ よぉ 。 なん でこ んな んな っ ちゃ った のよ

たいだけな のに。な んで、なん で邪魔す るのよッ! 」

みん なと 、姫 様や 師 匠や …… あん たと 、 笑っ て暮 らし
こ の非 常時 に。

ぉ」
「一 から 十ま で説 明 して やろ うか ?

ばす。

て ゐは 、目 を細 め 、ほ ほえ んだ 。鈴 仙 の頭 に手 を伸

ころから話 は始ま… …」

「邪魔して るのは、 私じゃない よ」

まず はね 、姫 様も 永 琳も とん でも ない 欲 張り だっ てと

「なんでっ 」

れる 。て ゐは 口を 閉 じる 。殺 傷能 力に お いて 、鈴 仙は

「わ かっ てる わよ 、 私だ って この 状況 、 どう にか でき

頭をなでようとするてゐの手を、鈴仙ははねつけた。

「わかって るわよ! 」

遥か にて ゐを 上回 る 。し かし 今、 てゐ の 目に 恐怖 の色

るも んな らど うに か した いわ よ。 でも ど うす れば いい

銃 を象 った 鈴仙 の 人差 し指 が、 てゐ の 眉間 に添 えら

はない。

215

「だっから わかって るって!」

師匠の一部 だよ」

「相 手は 師匠 じゃ な いよ 、鈴 仙。 蓮子 に ひっ つい た、

の。師匠に なんかか ないっこな いよ」

「そうだよ 」

「……そっ か」

「うん」

たわね」

「そ の前 に姫 様を 射 よう とす ると き、 蓮 子か ら出 てい

てゐは、鈴仙の肩に腕を回した。走り回ったせいで、

「さ っき から わか っ てる ばっ かり 言っ て るけ ど、 鈴仙
ちゃんわか ってない よ」

敷にまだま っとうな 時間が残っ ていれば 、の話だが 。

に沈 黙が 流れ た。 時 間に して 、十 数秒 。 もし 、こ の屋

鈴 仙は 両手 で髪 を 掻き 毟る 。し ばら く 、ふ たり の間

った い。 てゐ は自 分 のう なじ に手 を回 し て、 首飾 りを

る。 鈴仙 の頬 は熱 か った 。汗 で濡 れた 髪 の毛 がく すぐ

ゐは それ を自 分の 腕 で直 に感 じ取 った 。 頬と 頬を つけ

と濡 れ、 そこ に髪 の 毛が 何本 もへ ばり つ いて いた 。て

お互 い汗 をか いて い る。 鈴仙 のう なじ は 汗で べっ とり

「落ち着い た?」

外した。

「それもわ か……あ あもう!」

「……ええ 」

「これは、 あんたが いないと駄 目なんだ 」

してやった 。

鈴 仙は 首を うつ む かせ て、 てゐ がか け やす いよ うに

「方法はあ ると思う んだ」
「ええ…… 私も今、 それを考え ていた」
「ははっ、 やっぱり イナバ同士 、気が合 うねえ」
「不 死の あい つか ら 攻撃 され たと き、 師 匠、 一度 蓮子
の中に引っ 込んだわ 」
「うん」

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背後 の壁 から 、轟 音 が響 く。 てゐ は弾 か れた ように
立ち上がっ た。壁に 亀裂が走り 、次の瞬 間砕け散る 。
「三方から のは計算 してたけど ……そこ かい」
弾 幕は 唐突 に始 ま った 。て ゐは 床を 跳 ね、 壁に 張り
付き、天井を蹴り、狭い廊下を縦横無尽に跳び回った。

いた。夜の 星が永遠 亭の廊下を 覗き込む 。

「いい加減 、あなた にはうんざ りよ、て ゐ」

〈 銀色 〉の 顔が 苛 立た しげ に歪 む。 そ の顔 は、 蓮子

と永琳が入 り混じっ ている。

「ふん、月の頭脳がそんな顔してちゃ、似合わないよ」

回る。〈銀色〉の弾は、輝夜を避けているようだった。

げている、 人参の」

「そ うい えば 、幸 運 のお 守り はど うし た の。 いつ も提

てゐはた たらを踏 みながら、 床に着地 する。

もっ とも 、こ の乱 戦 でど こま でそ れが 正 確に でき るか

「さあ、な くしてし まったのか な。つい てないね」

それ につ られ るよ う に、 輝夜 の収 納さ れ た兎 玉も 跳ね

は疑 わし い。 てゐ が 逃げ 回る 先々 の廊 下 は弾 幕に 蹂躙

「いつまで 逃げられ ると思って いるの」

〈 銀色 〉の 目は 、 てゐ の右 足首 を見 て いた 。か かと

「そう長く ないこと は確かね」

「さあね、 いつまで だと思う」

されていく 。
たちまち 瓦礫の山 となった廊 下に、
〈銀色〉はたたず
んでいる。 てゐの姿 を一瞬見失 う。
「こっちだ よ」

の辺りから 血が流れ ている。

「あ んた の弾 幕の 密 度も 相当 なも んだ か ら、 ちょ っぴ

上下逆になったてゐの顔が〈銀色〉の眼前に現れる。
天井に、さ かさまの てゐが立っ ている。

り避けそこ なってし まったよ」

「そ う… …わ りと 深 そう だけ れど 。も う 満足 に跳 べな

てゐは肩 を竦めて みせる。

「っく…… !」
腕 を振 り払 う。 真 上は 盲点 だっ た。 す ぐに てゐ は顔
を引 っ込 め、 天井 を 蹴る 。直 後、 天井 に 大き な穴 が開

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「やってみ たら?」

いでしょう ね」

「うわわっ 、危なっ 」

落ちた。飛 んできた 刃を、慌て て転がっ てかわす。

「今 、あ なた の顔 は 苦痛 に歪 んで いる 。 油汗 って 言う

弾幕が、 いったん 止んだ。

撒か れた 。て ゐは ま たも 跳ぶ 。そ の後 に 赤い 点々 が続

のか しら 。珍 しい わ ね。 嘘偽 りな い、 本 心か らの もの

て ゐの 言葉 が始 ま るよ り先 に、 青白 い 光の 刃が ばら

く。 体や 首を ひね り 、か ろう じて かわ し てい く。 さっ

誤解 を生 むか らや め てく れな いか なー 、 そう いう 言い

をあなたが 見せるな んて」

てい うの !?

方」

きまでより も、回避 がギリギリ になって いる。

じゃ なく て、 あん た が自 分で きち んと 傷 つけ たい んで

「目 の焦 点が 合っ て いな いわ よ。 もう 、 あな たに これ

「ま るで 私が いつ も 嘘を 言っ てい るみ た いじ ゃな いか。

しょっ」

以上構って いられな い」

「ち ょ、 うわ っ、 何 あん た、 姫様 に当 た って もい いっ

「そうよ。 よくわか っているじ ゃない」

「そうかい 、私もだ よ」

傷 つ いた ら嫌 なん でし ょ 、私 の不 注意

「にしちゃ、もっと、遠慮、しそうなもんだけどねっ」

「終わらせ るわ」

〈銀色〉 は足を踏 み出す。

〈銀色〉 はため息 をつく。
「単にあな たの動き が鈍くなっ ているだ けよ」

矢を構え る。狙い を定める。

て ゐの 口に はは っ きり 笑み が湛 えら れ てい る。 対照

「〈銀色〉、なぜ撃たない?」

てゐを睨 む。てゐ の唇が片方 、つりあ がる。

「っとと」
壁 には りつ いた と ころ で、 激痛 が走 っ た。 今ま でも
断続 的に 足の 痛み は 続い てい たが 、こ れ は一 瞬思 考が
吹っ 飛ぶ ほど の痛 み だっ た。 てゐ は体 勢 を崩 して 床に

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「知ってる よ、撃て ないんだよ ね」

的に、〈銀色〉の表情は固い。

い。ま、この兎玉が行方を眩ませるには十分な時間さ」

れな いけ ど、 兎一 匹 縊り 殺す のに 苦労 す るほ どじ ゃな

ばれ ばほ どけ る。 そ のあ とも 体に 痺れ と か残 るか もし

そ う言 って てゐ は 輝夜 の入 った 兎玉 を 蹴飛 ばす 。そ

「ひと呼吸 置いてい るだけよ」
「違うね、 クスリが 効き始めた のさ」

た。

のま ま床 に倒 れ込 む 。も う立 つこ とす ら かな わな かっ

と、 緑だ 。そ れは 血 管の よう に〈 銀色 〉 の体 中を 覆っ

「薬 …… 違う ッ。 私 には あら ゆる 薬は 効 かな いも の。

〈 銀色 〉の 体に 、 糸の よう なも のが 這 って いる 。黄

ていた。

催眠術のよ うな何か ……」

のカタチを ね」

「だから今 言ったじ ゃない、
“借”りてるだけだよ。元

「……捕ま えたよ」

借符「大穴 牟遅様の 薬」

て ゐは 沈ん でい こ うと する 意識 を無 理 やり 引き 上げ

だっ た。 右足 首か ら 流れ 出る 血は とど ま ると ころ を知

よう とし て、 言っ た 。何 かし ゃべ って な いと もう 駄目

じがらめに 縛られる 。

らな い。 藤原 妹紅 な らい ざ知 らず 、た だ の長 生き 妖怪

糸が太く なった。
〈銀色〉の体が、黄と緑の帯でがん

「へへっ、 どうにか こうにかっ てとこだ ね」

兎であるて ゐに、こ の傷で動き 回るのは 辛すぎた。

〈銀色〉の髪の毛が茶色になった。
〈銀色〉の、いや、

「無駄なこ とを」

兎玉は廊 下の闇に 紛れようと している 。

「これはっ 」
「体 に害 毒が ない か ら、 散布 され ても 気 づく のに 遅れ
るん だよ ねえ 。効 力 はた いし たこ とな い 。ち ょい と力
に制 限つ ける だけ 。 あん たの 力な ら、 そ の拘 束は がん

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蓮子 の頭 上に 、半 透 明の 永琳 が浮 かぶ 。 弓を 限界 まで
引き絞って いる。
「肉 体を 縛っ ても 無 駄よ 。私 の射 程を 見 くび りす ぎ。
あな たが 血ま みれ の 足で 、倒 れる まで 抵 抗し ても 、結
局なんの意 味もなか ったわね」
(その通り さ)
てゐは口 の端をわ ずかにゆが めた。
(肉 体を 縛る だけ じ ゃ、 意味 がな かっ た 。い っぺ んあ
んたを引き ずり出さ ないと、い けなかっ た)
笑っ たつ もり だっ た 。だ が、 それ だけ の 力も もうな
かっ た。 ただ 、か す れた 声で 呟い た。 そ れは 呻き 声と
ほと んど 変わ らな く 、何 を言 って いる の かま った く聞
き取れなか った。
「今だ鈴仙 」
ただひと り、波長 を自在に操 る兎を除 いては。
銀 の弾 丸は 、狙 い 過た ず、 蓮子 の胸 を 背後 から 撃ち
抜いた。

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