第八回

フ ル ー ト と い う 楽 器 に 惹 か れ 、
そ の 人 生 を フ ル ー ト 作 り に 懸 け る 職 人 た ち が
理 想 、 技 術 ─ そ し て 生 き 様 を 語 る 。

楽 器 に 魅 了され た
職 人 たち
ダヴィッド・チュー(David Chu)氏はアメリカに拠点を置く、竹と木製のフルート頭部管の職人で、Sideblown Technologies
社のオーナーである。
「初めて彼が作った頭部管に接して類い稀な音色、性格と個性を持つとわかった」とこのインタビューを取材したグーラ・チェロッ
ス・シェントイー氏は語る。チュー氏はさまざまなフルートと頭部管作りの経験を積んだ職人であり、
フルートの修理も行なっている。
彼の製作した頭部管はキース・アンダーウッド(Keith Underwood)、ゲイリー・ショッカー(Gary Schocker)、アンディ・フィント

(Andy Findon)、アラン・ワイス
(Alan Weiss)そしてバート・フェラー(Bart Feller)など有名なフルーティストが使用している。

Meis ter

ダ ヴ ィ ッ ト・チ ュ ー   前 編

取材:グーラ・チェロッス・シェトンイー(Gyula Czeloth-Csetényi)/翻訳:リー・コリン
記事・写真提供:The Journal of the British Flute Society(Pan)

フルートに出会い情熱が
わき上がった

─ チューさんは香港のお生まれで

住してからは公に演奏する機会はなく

すが、いつから音楽を始めましたか。

なりました。アリゾナにいたときには、

─ チューさんの会社、サイド・ブロ

C  初めてフルートを習ったのは14歳

オーケストラ、室内楽、またジャズやク

ーン・ テクノロジー(Side Blown

のときでした。その前はピアノを習っ

ラシックの リサイタルな ど を 頻繁 に 行

Technologies)にはユニークなロ

ていましたが、あまり好きではなくて、

なっていました。ロスに近いところで

ゴがついていますね。そのロゴの意

い つ も レッスンの 前日 ま で サボって い

住んでいたので、スタジオ音楽、作曲の

味を説明していただけますか(THE

て、それから気が狂うほど練習してレ

ほか、CM、映画、歌、レコーディングプ

FLUTE 編集部注:漢字 で 作 ら れ た

ッスンにいったものです。その後、フル

ロジェクト、ラジオそしてテレビのビジ

ロゴのこと)。

ートに出会い、恋に落ちたように好き

ネス音楽などのアレンジもよくしてい

ダヴィット・チュー(以下 C) そ れ は

になって、今までにない情熱が湧いて

ました。

二つの漢字を組み合わせたもので、一

きました。朝から晩まで練習をし、進

つは「横」もうひとつは「吹」という文

歩も速かったですね。そのときに習っ

字です。合わせると side blown「横で

ていたのはアメリカ人のティモシー・ウ

吹く」という意味があります。古風な中

ィルソン(Timothy Wilson)で、彼は香

─ 頭部管を作り始める前に、多く

国語で「フルート」のことを表しますね。

港フィルハーモニー管弦楽団の首席フル

のフルートメーカーでの経験を積ま

ーティストで、音作りや音楽性、フレー

れました。どのようにしてアリスタ

ジング、レパートリーについて重要な考

やバーカートやヘインズなどの会社

え方を教えていただきました。

と関わりを持ったのかお話いただけ

フェニックスからボストンへ

ますか。

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─ 現在は頭部管製作を行なわれて

C フェニックスで行なわれたフルート

いますが、今もフルートを演奏する

フェアで、私が竹で作った頭部管を展示

ことはありますか。

していた時に、バーカートの職人ジェー

C 1998年にアリゾナのフェニックス

ムス・フェ ーラン
(James Phelan)に

か ら マサチュ ーセッツの ボストンに 移

出会いました。その時、私はリリアン・

楽 器 に 魅 了され た 職 人 たち

取材を行なったグーラ・チェロッス・シェ
トンイー(Gyula Czeloth-Csetényi)氏

バーカートの 素晴 ら し い 頭部管 を 持っ

Tse)が私に、ウィリアム・ベネットを訪

ていて、フルートの物理的な原理とその

ねるよう薦めてくれました。その後ジ

作り方にすごく興味を持っていました。

ョエルのフルートがアリスタフルートの

フルート製作の情報があまり手に入ら

リッププレートを備えたことによって、

なかった時期だったのですが、ジム(ジ

壮大で華麗な音が出るようになりまし

ェームス・フェラン)は私を誘ってくれ、

た。こ れ は 私 が ほ か の フルートマスタ

1998年 に フェニックス か ら ボストン

ーから習ったこととベネット氏とのコ

に移住し、バーカートフルートのメンバ

ラボレーションで 実現 し た の で す。 そ

ーとなりました。

の 時同時 に フレンチフルートの 伝統 と

ボストンは アメリカの 中 で も フルー

大切さを学んだのです。それから私は

ト製作 の 中心地 で あ り、パウエルや ヘ

ボストン移って3年間バーカードでの経

インズなどの多くのフルートメーカーも

験を経て、アリスタフルートで働くこと

その地にあります。

になったのです。アリスタにいる期間

雇ってくれたのです。仕事の最後に私

バーカートで の 私 の 最初 の 仕事 は 磨

は短かったけど、そこで出会ったミゲ

は必ず店頭まで行って、すべてのフル

きで、たくさんやっていました。水を

ルとジュン・アリスタとの友情は長く続

ートが最善の状態であることを確認し

潤滑剤として使わず、ウェット・サンド

い て い ま す。 今 で も アリスタフルート

ていました。マネージャーのクリス・マ

ペーパー の み を 使 っ て 銀 の マウスピー

との契約は続いているし、ずっとパッデ

ッケンナが2006年にヘインズを離れ、

スを初めて磨いたことは、すごく不思

ィングも 提供 し て い ま す。アリスタの

私は彼の後任になり製作法も大きく変

議な感触でした。リリアンからはいろ

フルート作りはあまり科学的なもので

わりました。ウィリアム・ベネットのス

ん な ハンドメイドフルート の 製作方法

はなく、直感的なものでした。

ケールを 現行上 で 製作、特別 な 金 と 銀

を 教 わ り、ジムは 機械 と 工作処理関連

のフルートの伝統的な鍛造キィの製作、

三社にいて得たもの

19.5kt ゴールドと新しい銀合金などの

頭部管の製作へと変わっていきました。

C その後、私はフリーで何年間か仕事

しいスタイルの頭部管の試みなどを行

銀 や 金、プラチナの 頭部管 の 作 り 方 を

をし、様々なヴィンンテージフルートの

ないました。

勉強 し、そ れ か ら 数年間、300本以上

修理と修繕の仕事を行ないました。ア

を会社に提供しました。そして様々な

リスタの た め に 新 し い フルートの パッ

─ それぞれの会社はどのようなフ

音色の頭部管を作る経験を経て、私は

ドやコンサートフルートとアルトフルー

ルートの音を期待しましたか。

自分のために木製の頭部管を作ろうと

ト用の竹製の頭部管も製作しました。

C フルートの 音 に 関 し て は と て も 主

の磨き作業を教えてくれました。しか
し、仕事は次第にフルートとピッコロの

考え始めました。

紹介、ストロビンガーパッドの 使用、新

2003年 ご ろ は、私 は ヘインズの 下

観的、繊細 で 微妙 な も の で す。最初 の

実 は ボストンに 移住 す る 前、フェニ

請けとして修復作業を行なっていまし

振動は頭部管で引き出され、響き渡る

ックスに い た と き、トレド・シンフォニ

た。彼らは私の仕事を気に入ってくれ

音はボディと奏者の口腔内を通過しま

ー 奏者 の 親友 ジョエル・ツェ ー(Joel

て、私をパッディング部門の顧問として

す。同じボディでも違う頭部管を使う

グラナディラをサウスベンド旋盤に乗せて、

穴を開けて円筒にされた木材が、固定され

計測器の輪止めの穴に差し込んで、シルバー

頭部管用の大きさにしているところ

た台に支えられ必要な長さに切られる

の棒で固定される具合をチェックする

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楽 器 に 魅 了され た 職 人 たち

と違う音と響きが出る。同じ頭部管で

A=442、音が大き

も 違 う ボディを 使 う と、ま た 個性的 な

く、容易 に 演奏 で

表現になります。

きました。私はそ

バーカートフルートで は、私 は リリア

の スケール、 頭 部

ンに近い音を出す頭部管を作ることを

管 の テーパー と 歌

期待されていました。要求はすごく厳

口を勉強しました。

しかったですね。3オクターブすべてを

すべての組み合わ

通して、演奏と反応がすごくオープンで

せ の バランスが 良

自由に吹けること、特に高い音域におい

け れ ば、一 つ 一 つ

て。そして完成まで傷ひとつ許されま

の 音 を 正確 に ハー

せん。バーカートでは3つのスタイルで

モニー す る こ と が

それぞれ異なる頭部管を作っていまし

で き、フルート も

た。一つ目は明るい音色ではっきりとし

よ く 響 き、音調 を

た音、二つ目は伝統的でソフトな音、そ

合わせやすくなり

して三つ目は穏やかな音の頭部管です。

ま す。 私 は アリス

その作業にはすごく時間がかかりまし

タフルート で 木製

た。でも徐々に、歌口の性質、音、音色、

の頭部管を試験し、

ダイナミックな音域、響きやその繊細さ

彼 ら の 銀 の アリス

について分かるようになりました。

タの 頭部管 に 似 た

アリスタフルート に い た 時 は、頭部
管作りについてはさほど熱心ではあり

こ の インタビュ ー は イギリスフルート協会 の 雑誌「Pan」
2011年9月に掲載された記事を翻訳。イギリスフルート協会
(British Flute Society)
サイト http://bfs.org.uk/index.php

クオリティを備えることができたと思

り、検査者でもありました。そのとき

います。

に音楽が自分を表現する芸術であるよ

ま せ ん で し た が、彼 ら の フルートは 素

1950〜60年代 の ヘインズフルート

うに、フルート作りの芸術もその一環で

晴 ら し く、古 い フレンチフルートに 匹

は独特なサウンドを持っていてランパ

あると気づきました。自分の木製頭部

敵するほどのクオリティを作り出して

ルの 多 く の レコード、バッハや CPE バ

管を作るとき、私は自分が気に入った、

いました。スケールはもちろん現代の

ッハソナタでよく聴くことができます。

自分の演奏に合う頭部管を作りました。

私が会社に入った時の仕事は、歴史ある

幅広 い コアと 豊 か な 音色 を 探 し 続 け、

ヘインズフルートの 複製 を す る こ と と

私の口の動きに合う良いダイナミック

「今」に適する楽器作りを指導すること

レンジと素早い反応を求めていました。

でした。昔ながらの知識を大切にして、

リリアン・バーカートの元で働いてい

たくさんの自由と経験を新しい技術に

たとき、私は自分の銀のルイ・ロットの

活かしました。私の役目は作るよりも

頭部管 を コピーす る チャンスを 与 え ら

指導だったと言えます。そして、頭部管

れました。結果はかなり良く、ある程

職人に影響を与え、その経験で最もいい

度オリジナルの特徴を掴めました、でも

市場を見つけることも仕事でした。様々

私 は た だ 歌口 と リッププレートの 角度

なスタイルの頭部管を作りましたね。

をコピーしただけで、テーパー、組み立
てや金属の硬さなどは完璧に捕らえら

頭部管の外部のサイズは決まったところ。

─ 会社で働いていた時、自分のフ

れませんでした。ヘインズにいた時も

ルートの音のアイデアを実現する機

同じことに遭遇しました。私は1950

会はありましたか。

年代と60年代のヘインズのクオリティ

C  自分 の サウンドを 実現 す る チャン

を反映する頭部管を作ろうとして当時

スは限られています、私は製作に参加

の物に近づけはしましたが、完璧にそ

したことを懐かしく思っています。検

の物と同じにすることはできなかった

査では直接頭部管の音は調節するよう

のです。

ま だ 余分 な 部分 が あ る が、リッププレート

な作業はしません。私は初めて木製の

の穴を開けた後にさらに整えていく

頭部管を作ったとき、私は作り手であ

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(以下次号)