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           自殺は精神科医に任せれば良いのか?

  自殺は予防可能であるということになっている。国会で法律まで出来てしまった (平成
1 8 年、自殺対策基本法)。政府や医師会のキャンペーンの内容は、自殺の大半がうつ状態から
引き起こされるので、うつに気づいたら、また、自殺の前兆に気づいたら、精神科医に相談し
ましょう、というものである。その方針に基づいて、本年 4 月の診療報酬の改訂では紹介し
た非精神科医には 2 0 0 点が加算されることになった。確かに相談は良いだろう、精神科医に
とって自殺は日常的である。しかし、問題はその後である。本当に精神科医は自殺を的確に
予想し、的確に阻止出来るのであろうか? 
私の患者で自殺した人は、ここ 2 0 年で 5 6 人。1 ヶ月前の精神状態は、中程度以上のうつ
は 8 人に過ぎず、直前の診察時に自殺を心配して入院を勧めたのは、3 人のみであり、つまり
予測率は 5 %にしかならない。また、5 6 人中、自殺未遂で入院した人は 2 0 人であるが、その
2 0 人の内退院後 1 ヶ月以内の自殺完遂者が 4 人もいるのである。-つまり、私にとって自殺
は予想不能であり、阻止不能である。
一昔前までは、自殺は種々の要因が絡み合って起こる社会現象であり、予測は困難であり、
阻止は困難である、とされていた。自殺念慮はうつ状態では稀ならず出現するが、殆ど(8 割)
のうつ病者は自殺をしない。自殺念慮の強弱と自殺行為は直結しない。うつで自殺する人は、
なり始めか治りかけの、思いがけない時である、と言われていた。抗うつ薬は抑うつ気分を
軽くするが、自殺には効果がないどころか誘発する(自殺する元気を出す)場合も多いと
いわれていた。また、自殺企図で入院させられた患者が保護室で自殺した、などという事例
は多く、患者が本気で死ぬ気になれば、自殺は阻止不可能であり、うつで入院を希望する患
者の家族には必ず、
「精神科病院は自殺予防には無力である」、と言っていたものである。 こ
れが常識であった。
 私が時代に遅れているのだろうか?と思って調べてみたのであるが、SSRI など最近の抗
うつ病薬も自殺を誘発するし、うつの専門的入院治療であるストレスケア病棟でも、自殺は
決して少なくはない。
 自殺の予測も出来るようになった、とキャンペーンは言うのであるが、その予測の内容は、
薬物の影響下にある人、自殺企図の既往があり、自殺を仄めかす人、自殺の方法を考えてい
る人は危ない、という程度のもので、それも数年先の長期予後の予測にすぎず、差し迫った
短期の予測が可能になったということではない。
また、キャンペーンでは自殺予防の最後の手段は精神科への入院であるとするのである
が、入院後の患者のケアの方法には触れていない。現状での隔離や拘束では自殺は阻止でき
ないのは確実である。イギリスのガイドラインでは、マンツーマンの、フェイスツーフェイスの観察をスタッ
フがするのだと書いてあるが、これは日本では不可能だ。さらに、病院への入院自体が自殺
のリスクを高めることは分かっているのである。-もうだめだ、ついに入院までしてしまっ
た-と絶望を深めるのは分かり易い話である。
 いくら法律を作っても、科学的に確立した自殺予防の方法が現時点ではないのであれば、
「出来ないものは出来ない」といったほうが良いではないか、と私は考える。このままでは、
「自殺は精神科医の責任」、となってしまい、
「異常出産は産婦人科医の責任」と同じように な
ってしまいそうで不安である。
 社会学者デュルケームは 1 8 9 7 年に著した「自殺論」で、自殺予防の医療モデルを不可能と
し、社会的共同体で個々人の連帯を高めることが自殺予防の実践だ、と結論している。状況
は今も同じなのではないだろうか。

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