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外来通院中の慢性の統合失調症患者の 2 0 年予後

             鶴田聡 サンピエール病院 精神科

〒 3 7 0 - 0 8 5 7 高崎市 上佐野町 7 8 6 - 7

Twe n ty year s’ Follow u p of Am b ula n t Chr o nic Schi zo p h r e nics

Ts u r u t a Sato s hi San pie - r u Ho s pital Dep a r t m e n t of Psychiat ry

7 8 6 - 7 Kamisa n o - ch o Tak as aki Jap a n

抄録:外来通院中の慢性統合失調症患者 1 5 0 例をプロスペクティブに 2 0 年間フォローし

た。死亡 2 3 例を含むドロップアウトは 6 6 例。フォロー完了例は 8 4 例で、うち入院が

一度もなかった例は 4 7 例であった。主な症状は変化し、薬物は増え、サポートは減り、

仕事は減り、生活適応レベルは低下して、最終評価で A”(GAF71 以上 ) とされた例は 1 5

例 (18%) で、 B”(GAF61 ~ 7 0) とされた例は 3 4 例 (41%) で、 C”(GAF51 ~ 6 0) とされた

例は 6 例 (7%)で、 D”(GAF31 ~ 5 0) とされた例は 1 2 例 (14%) で、 E’(GAF30 以下 ) とさ

れた例は 1 7 例 (20%) であった。再発は平均4 .1 回であった。服薬態度や病識は変化しな

かった。 

観察開始時の評価項目では、生活適応レベルと仕事と入院既往の回数とがその後 2 0

年間の再発数や入院率や 2 0 年後の生活適応レベルと関連していた。
Key Wor d s: lo ng - te r m follow u p, ch r o nic sc hi z o p h re nia, p r o s p ective s t u dy

はじめに

長期外来通院中の統合失調症患者やその家族に病気の見通し(予後)を聞かれること

が多いが、あいまいな返事しかできないのが現状である。一般に、統合失調症患者の病状

は発症後 1 0 年をすぎると改善してゆくとされるが 6) 、対象を外来に継続的に通院中の慢

性期の患者に絞っての実証的な研究は見当たらない。筆者は、日常診療のなかで、長期外

来通院中の慢性統合失調症患者 (ICD - 9 10) 2 9 5) の予後をプロスペクティブにフォローする

ことにした。発症後 1 0 年以上の統合失調症患者は 1 5 0 例あり、この 1 5 0 例を 1 0 年間継

続的に観察した結果は以前報告した 7) が(フォロー完了 1 3 1 例)、今回は同じ患者のその

後 1 0 年の経過をおった結果を報告する。
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対象と方法
1 9 8 8 年 6 月 ( 以後観察開始時と記す ) で、筆者が主治医または主治医に準じる役割をし

ている患者で、定期的に外来通院ができている、発症後 1 0 年以上の統合失調症患者

( ICD - 9 10 2 9 5 )は 1 5 0 例あり、この 1 5 0 例 ( 観察開始時平均年齢 4 2.5 歳、初発年

齢 2 5.2 歳、罹病期間 1 7.2 年 ) を 1 0 年間継続的に観察した結果は以前報告した 7) が、

今回はさらにその後 1 0 年の経過をおった結果を報告する。観察開始時から 3 年間

( 1 9 8 8 年 6 月から 1 9 9 1 年 6 月まで:以後Ⅰ期と記す)日常診療を行いながら診察のた

びに患者の生活適応レベル、症状(陰性症状、思考障害、妄想、幻聴、抑うつ、心気症

状)、仕事、サポート体制、症状に対するコーピング、病識、薬物量、服薬態度を
AMDP5) に準じて評価していき、 1 9 9 1 年 6 月にカルテを参考に 3 年間を総合して評価点

をつけた。その後は再発や入院回数などを調べながら観察を続け、 1 0 年後に至る 3 年間

( 1 9 9 5 年 6 月から 1 9 9 8 年 6 月まで:以後Ⅱ期と記す)にⅠ期と同じ基準で評価し 、
1 9 9 8 年 6 月に評価点をつけ 1 0 年予後とし、同様に 2 0 年後に至る 3 年間( 2 0 0 5 年 6

月から 2 0 0 8 年 6 月まで:以後Ⅲ期と記す)に評価し、 2 0 0 8 年 6 月に評価点をつけた。

 Ⅱ期評価が可能であったのは 1 3 1 例で、ドロップアウト 1 9 例の内訳は、死亡 7 例 ( 自

殺 4 例、突然死 2 例、肺炎 1 例 ) 、転院 8 例、不明 4 例、であったが、Ⅲ期評価が可能で

あったのは 8 4 例で、ドロップアウト 4 7 例の内訳は、死亡 1 6 例 ( 自殺 4 例、癌 3 例、

肺炎 1 例、窒息 2 例、熱中症 1 例、肝硬変 1 例、悪性症候群 1 例、心筋梗塞 1 例、不明死


2 例 ) 、転院 9 例、不明 2 2 例、であった。

評価項目の定義など:Ⅰ期生活適応レベルは江熊 3) の分類と GAF1) に準じて、 A (常時社

会的寛解状態にある: GAF71 以上)、 B (時に不適応を起こすこともあるが安定した生

活: GAF61 ~ 7 0 )、 C (入院は必要ないが社会的適応が不安定: GAF51 ~

6 0 )、 D (時に入院が必要になるほどに不安定: GAF31 ~ 5 0 )、に分類し、 A = 4

点、B= 3 点、 C = 2 点、 D = 1 点とした。Ⅱ期はⅠ期同様に分類し、Ⅱ期で A と評価され

た例をA’とし、 B と評価された例を B’とし、 C と評価された例をC’、 D と評価された例を


D’ とし、Ⅱ期に入院中であり退院の見込みがない( GAF30 以下)と評価された例を E

とし、 E=0 点とした。そしてⅢ期も同様にⅢ期に A と評価された例を A’’ とし、 B と評価

された例を B’’ とし、 C と評価された例を C’’ 、 D と評価された例を D’’ とし、Ⅲ期に入

院中であり退院の見込みがないと評価された例を E’ とし、 E’= 0 点とした。


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 症状は常時ない場合を 0 点、時に出現する場合を 1 点、常時ある場合を 2 点とし、その

時期に 1 番目立った症状を主な症状とした。症状変化は6つの症状の評価点総合の時間経

過による変化が、減少した例(改善)で1点、増加した例(増悪)で- 1 点とした。

仕事は常時まったくしない場合を 0 点、時にアルバイト程度を 1 点、日常的に仕事に

出かけている場合を 2 点とし、女性の場合は家事も仕事にいれた。定年後は本人の社会参

加程度が本人の意思と一致している場合を 2 点とした。サポート体制は身近にまったく相

談者のいない場合を 0 点とし、あまり頼りにはならないが相談者のいる場合を 1 点とし、

頼りになる相談者が身近にいる場合を 2 点とした。症状に対する意識的なコーピング 2) や

病識 5) は皆無の場合を 0 点、時にみられる場合を 1 点、常時みられる場合を 2 点とした。

薬物量はその患者のその時期に症状安定時の平均的な処方を稲垣ら 4) に従ってクロールプ

ロマジン換算 (mg) し、服薬態度は常時拒薬の場合を 0 点、時に拒薬の場合を 1 点、拒薬

のほとんどみられない場合を 2 点とした。

 症状が変化し、社会的な適応に支障を来し、本人または主治医が薬物変更を提案するよ

うな状況を臺 9) に従って「再発」と定義した。再発や入院の回数は、Ⅰ期開始時~Ⅱ期終

了時の 1 0 年・Ⅱ期終了時~Ⅲ期終了時の 1 0 年の期間における回数で、 1 9 9 8 年、



2 0 0 8 年の評価時にカルテを参照し評価した(前回報告時 7
の再発 ・ 入院の観察経過年

数はⅠ期終了後~Ⅱ期終了時の 7 年であったが、今回はⅠ期開始時~Ⅱ期終了時として、

観察経過年数 1 0 年として計算し直した)。統計学的な検討は、実数の比率はχ2 検定で行

い、評価点の平均値の比較は t 検定で行い、いずれも有意水準は 5 %とした。

結果

全 1 5 0 例の経過を表 1 、図に示す。Ⅰ期で A と評価された例は 3 4 例 (23%) 、 B は


4 1 例 (27%) 、 C は 4 9 例 (33%) 、 D は 2 6 例 (17%) であった。 1 0 年フォロー完了例は

1 3 1 例で、Ⅱ期で A’ と評価された例は 2 4 例 (18%) 、 B’ は 3 4 例 (26%) 、 C’ は 3 8 例

(29%) 、 D’ は 1 8 例 (14%) 、 E は 1 7 例 (13%) であった。 1 0 年ドロップ例は 1 9 例で、

Ⅰ期で A と評価された例は 3 例 (16%) 、 B は 5 例 (26%) 、 C は 6 例 (32%) 、 D は 5 例


(26%) であった。 2 0 年フォロー完了例は 8 4 例で、Ⅲ期で A’’ と評価された例は 1 5 例

(18%) 、 B’’ は 3 4 例 (41%) 、 C’’ は 6 例 (7%)、 D’’ は 1 2 例 (14%) 、 E’ は 1 7 例 (20%)

であった。総ドロップ例 6 6 例のⅠ期でのレベルは、 A と評価された例は 11 例

(17%) 、 B は 1 8 例 (27%) 、 C は 2 1 例 (32%) 、 D は 1 6 例 (24%) であった。さらに、

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Ⅰ ~ Ⅲ 期 の 生 活 適 応 レ ベ ル の 単 純 平 均 で 5 段

階 に 分 け る と 、 4 点 以 上 が 10 例 (12%) 、 3 点 以 上 4

点 未 満 が 19 例 (23%) 、 2 点 以 上 3 点 未 満 が 33 例
(39%) 、 1 点 以 上 2 点 未 満 が 16 例 (19%) 、 1 点 未 満 が 6

例 (7%) で あ っ た 。 ま た 、 レベル評価が常に A(AA’A’’ :Ⅰ期もⅡ期も


Ⅲ期も A 評価)の例は 1 0 例 (12%) 、常に A または B ( BB’B’’ 以上)のレベルの例は 2 2

例 (26%) 、常に A または B または C ( CC’C’’ 以上)は 4 5 例 (54%) であった。


20 年 フ ォ ロ ー 完 了 率 は 56 % 。 ド ロ ッ プ 例 は
観 察 完 了 例 に 比 し 、 観 察 開 始 時 の 生 活 レ ベ ル
が 有 意 に 低 く ( 観 察 完 了 例 平 均 2.7 、 ド ロ ッ プ
例 平 均 2.2 、 t 検 定 で p < 0.05) 、 コ ー ピ ン グ が 低 く
( 観 察 完 了 例 平 均 0.7 、 ド ロ ッ プ 例 平 均 0.3 、 t
検 定 で p < 0.05) 、 仕 事 も 低 か っ た ( 観 察 完 了 例 平

均 1.2 、 ド ロ ッ プ 例 平 均 0.7 、 t 検 定 で p < 0.05) 。 A

と 評 価 さ れ た 例 の ド ロ ッ プ 率 は 3 2% で あ り 、 B

は 44 % 、 C は 43 % 、 D は 6 2% で 、 A と 評 価 さ れ た

例 の ド ロ ッ プ 率 は そ れ 以 外 の 例 の 率 ( 47 % )
と χ2 検定で 有 意 差 が あ り 、 B 以 上 ( A ま た は B ) と

評 価 さ れ た 例 の ド ロ ッ プ 率 ( 37 % ) は C 以 下

( C ま た は D ) と 評 価 さ れ た 例 の 率 ( 49 % ) と
有 意 差 が あ り 、 C 以 上 と 評 価 さ れ た 例 の ド ロ

ッ プ 率 ( 40 % ) は D の ド ロ ッ プ 率 と 有 意 差 が

あ っ た 。
Ⅰ 期 と Ⅱ 期 、 Ⅰ 期 と Ⅲ 期 、 Ⅱ 期 と Ⅲ 期 の A

か ら E ま で の 比 率 を χ2 検定で比較すると、 Ⅰ 期 と Ⅱ 期 、
Ⅰ 期 と Ⅲ 期 で 有 意 差 が あ っ た が 、 Ⅱ 期 と Ⅲ 期
で は 差 が な か っ た 。
表 2 に 示 す ご と く 、 主 な 症 状 の 比 率 も 変 化
し て い て 、 Ⅰ 期 と Ⅲ 期 で は χ2 検定で 有 意 差 が あ っ
た が 、 Ⅱ 期 か ら Ⅲ 期 へ の 変 化 は 有 意 で は な か
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っ た 。 Ⅰ 期 と Ⅲ 期 の 比 較 で 、 主 な 症 状 が 陰 性
症 状 で あ る 例 と そ う で な い 例 の 比 率 が χ2 検定で有意
差があり、また、主な症状が 思 考 障 害 で あ る 例 と そ う で な
い 例 の 比 率 に も 有 意 差 が あ っ た 。
経過フォロー完了例の全例と生活適応レベル別の統計学的一覧を表 3 に示す。全例に

おいて経過前後で有意差があった項目は、 薬 物 量 、 サ ポ ー ト 、 仕
事 、 生 活 適応レベルであった。 服 薬 態 度 や 病 識 に は 有 意
な 変 化 は な か っ た 。 症状変化は悪化傾向を示した(症状変化がマイナ
スであった)。
Ⅲ期の生活適応レベル別に経過前後で項目を検討すると、服薬態度は B’’ 群で有意に

改善し、病識は B’’ 群で改善し E’ 群で増悪し、コーピングは B’’ 群で改善し D’’ 群で増悪

していた。

生活適応レベルの経時的変化

表 4 に示すように、生活適応レベルはⅡ期からⅢ期へもかなりの変動があり(A’から E の

比率と A’’ から E’ の比率がχ2 検定で有意差あり)、改善 2 2 例、悪化 2 8 例であるが、Ⅱ

期でA’と評価された例がⅢ期で A’’ と評価される率、 Ⅱ期で B’以上(A’または B’ )の

例がⅢ期で B’’ 以上と評価される率、Ⅱ期で C’以上の例がⅢ期で C’’ 以上と評価される

率は順に 4 8 %、 7 1 %、 7 4 %で、Ⅱ期で B’以下がⅢ期で A” と評価される率 、Ⅱ期

でC’以下がⅢ期で B’’ 以上と評価される率、 Ⅱ期で D’ がⅢ期で C’’ 以上と評価される

率 ( 順に 9 %、 5 3% 、 4 4 % ) より有意に高く、Ⅰ期からⅡ期にかけての変動よりは安定

していたといえる(Ⅰ期からⅡ期では C 以上がC’以上になる率が 6 9 %、 D がC’以上にな

る率は 7 1 %で有意差なし。なお、 D’ から C’’ 以上になる率は 4 4 %で、 D がC’以上に

なる率 7 1 %に比し有意差あり)。

表 5 に示すように、生活適応レベルの変化と症状変化はあまり関連がなかった(レベ

ルが改善しても症状は改善しない例が圧倒的多数で、レベルが増悪しても症状が必ずしも

増悪せず、症状が改善してもレベルは同じ例が多数で、症状増悪してもレベルが増悪しな

い例の方が多い)。症状変化がなくても生活適応レベルが増悪した例が 1 5 例 (18%) もあ

った。

表 6 に示すように、年齢による再発数の違いはⅡ~Ⅲ期でも明白であるが、年齢によ
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る生活適応レベルの違いはⅠ・Ⅱ期では明瞭であったが、Ⅲ期では差がなくなっていた 。
6 0 ~ 6 9 歳の群では、Ⅰ期に比し生活適応レベルが有意に低下したが、症状変化は他の

例に比し少なかった。

再発や入院について
20 年 フ ォ ロ ー 完 了 例 で 、 期 間 中 入 院 の 皆 無
だ っ た 例 は 47 例 ( 56 % ) 。 再 発 の 無 か っ た 例
は 18 例 ( 21 % ) 。 Ⅰ 期 ~ Ⅱ 期 の 10 年 の 再 発 回
数 の 平 均 は 2.0 回 で 、 Ⅱ 期 ~ Ⅲ 期 の 10 年 で 2.1 回
で あ っ た 。  全例で観察開始時における再発既往率 ( それ以前に再発したこと
のある例の割合)は 8 5 %で、観察期間 2 0 年での再発率は 7 9 %( Ⅰ 期 ~ Ⅱ

期 7 3 %、 Ⅱ 期 ~ Ⅲ 期 6 8 %)で有意な差はなかった。Ⅱ期でA’の例のその
後 1 0 年の再発率は 2 9 % (Ⅰ 期で A の例のその後 1 0 年の再発率 3 9% に比し有意差なし)

で、Ⅱ期で B’以上の例のその後 1 0 年の再発率は 4 1%(Ⅰ 期で B 以上の例のその後 1 0 年

の再発率 5 5 %に比し有意に低い ) であった。

全例で観察開始時の入院既往率(それ以前に入院したことのある例の割合)は 4 3 %

で、観察期間 2 0 年での入院率は 4 4 %であった。Ⅱ期でC’以上の例のその後 1 0 年の入

院率は 2 6 % (Ⅰ 期で C 以上の例のその後 1 0 年の入院率は 2 6 % ) で、Ⅱ期で D’ 以上

の例のその後 1 0 年の入院率は 2 9 % (Ⅰ 期で D 以上:つまり全て、の例のその後 1 0 年

の入院率は 2 7 % ) であった。

  2 0 年予後の評価項目として、 2 0 年間の再発数と 2 0 年間の入院率と 2 0 年後の生活

適応レベルの3項目をあげ、これら 3 項目と観察開始時の種々の評価項目との関連の有無

を表 7 に示す。 2 0 年予後 3 項目全てで有意差がでる評価項目は、観察開始時適応レベル、

仕事、入院既往の回数で、 2 項目で差がでる評価項目は薬物量、病識、サポート、主な症

状で、 1 項目で差がでる評価項目は年齢、服薬遵守、再発既往で、コーピングは 3 項目と

もに関連がなかった。ただし、コーピングの有無が不明の例はそれ以外の例に比し、再発

数が少なく( 1.6 : 4.6 )、Ⅲ期での生活適応レベルが高かった (2.8 : 2.0) 。

考察

経 過 観 察 中 の 患 者 評 価 の 変 化 の 検 討
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薬物の増加は Ⅱ 期 ~ Ⅲ 期 の 1 0 年に著しいが、新薬の追加投与による。

サポートが下がったのは、大半が患者の親の死亡や重大な身体病の発病によるもので、患

者には親に代わりうるサポーターは少ない。仕事は、 就 業 維 持 は 4 割 で 、
2 0 年間に仕事のレベルの上がったのはたったの 3 例であった。再発時に仕事がなくなる

ことが多いが、それ以外にも、患者の勤めていた中小企業の倒産や、不況に関連したリス

トラも少なくなく、一度リストラされると患者に次の就職はなかった。定年後再就職した

例は 3 例あるが、いずれも 1 年以内に辞めてしまっていた。

筆者は患者の病識やコーピングを高めるような診療を行っているつもりであったが、

統計的には証明されなかった。コーピングではその有無がはっきりしないような例のほう

生活に上手に対処しているようにも感じられたが、統計でそれを裏書するような結果とな

った。病識レベルは、生活適応レベルに一致しているように見え、生活適応レベルが下が

る例では病識も一緒に低下するようであり、また、思考障害が目立つようになると病識は

低下し、教育効果は余り見られなかった。また、寛解が長く持続するうちに自分の病歴を

否認し始める例があり、病識をテーマに診療することの難しさを感じた。

慢性期の症状も変化する。主な症状が寛解であった 2 5 例で、持続して寛解していた

のは 1 5 例にすぎず、寛解患者の 4 0 %がフォロー中に入院した。また、慢性期の幻覚妄

想は程度が軽くなることはあっても決して消失はしなかった。陰性症状や思考障害が目立

ってきているが、これは痴呆類似の進行性の認知障害の存在 8) を思わせるものであろう。

ド ロ ッ プ ア ウ ト や 入 院 の 検 討
ド ロ ッ プ ア ウ ト が 多 く 、 特 に 後 期 ( Ⅱ ~ Ⅲ
期 ) は 47 例 で 、 前 期 ( Ⅰ ~ Ⅱ 期 ) の 17 例 に 比
し 多 か っ た 。 後 期 は 死 亡 例 と 、 不 明 例 も 目 立
っ た 。 死 亡 は 加 齢 に 伴 っ て の 増 加 で あ ろ う 。
不 明 は 、 後 期 に は 確 か に 老 齢 の た め に 患 者 の
通 院 が 難 し く な っ て 、 と か 、 合 併 症 の 管 理 が
当 院 で は 難 し く な っ て 、 と か い う 例 も あ る が
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そ れ に 加 え 、 病 院 の 近 隣 に 開 業 医 が 増 え 患 者
が 病 院 を 選 び や す く な っ て い る こ と も 関 連 し
て い る と 考 え ら れ た 。 ド ロ ッ プ ア ウ ト 前 後 の
状 況 が 筆 者 に 伝 わ っ て く る 範 囲 で 推 測 す る に
転 院 例 や 不 明 例 の う ち に は か な り の 割 合 で 他
院 へ の 入 院 に 至 っ て い る 例 が あ り そ う で あ る 。
入 院 は 、 前 期 は 35 例 で 、 後 期 は 37 例 あ り 、
入 院 理 由 は 類 似 し て い て 、 い ず れ も 大 半 は 精
神 症 状 悪 化 に よ る 入 院 で あ り 、 ま た 、 退 院 で
き な い 理 由 も 両 方 類 似 し て い て 、 サ ポ ー ト 不
足 と い う よ り も む し ろ 、 症 状 が 回 復 し な い た
め と 考 え ら れ た 。

予後予測因子の検討

 慢性の症状の安定した継続的通院例を対象とした研究であるので、入院例や発病初期例

も含む今までの研究より良い予後を予測したが、前回の報告と同様に、予測に反した結果

となった。今回のデータで見る限り、継続的通院は予後の良い指標にはならない。ただし、

今回の研究は方法論的に、対象患者が筆者の担当患者だけであるなど問題が多いので、あ

まり一般的に通用する結論ではないのかもしれない。

今回のデータで予後予測因子を検討する(表7)と、観察開始時の生活適応レベルと

仕事の有無と、入院既往の有無が重要となった。観察開始時に A と評価されれば、 2 0 年

予後は B’’ 以上が期待できそうであり、観察開始時に B と評価されれば、 2 0 年予後は


C’’ 以上が期待できそうであるが、観察開始時に C であるか D であるかは 2 0 年予後とは

関係なさそうである。入院の既往がなければその後の入院の可能性は低く( 2 1 %)、入

院 2 回以上入院したことがあればその後の入院の可能性は高い( 8 8 %)。再発の既往は

しかし再発の予測とはならなかった(再発既往のない例でも再発既往のある例でも 8 割は

再発した)。前回 1 0 年予後で筆者が注目した年齢は、 2 0 年予後では、再発数以外には

関連せず、それ程特出した予測因子ではなくなっていた。

主な症状として、寛解は良好な 2 0 年予後を予測するが、抑うつや心気症には有意な

関連はなかった。主な症状は余り予後とは関連しない、ということのようである。
pg. 8
コーピングの有無は予後に無関係で、コーピングの有無不明の例がむしろ予後良好と

される結果が出たが、これは、コーピングには言語化されるものとされないものがある、

ということであるのかもしれない。

文献
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pg. 9
pg. 1 0
表 1   慢 性 統 合 失 調 症 患 者 150 例 の 生 活 適 応 レ
ベ ル の 変 化
Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 3回の評価の単
純平均*  (84
( 150 ( 131 ( 84 人)
人 ) 人 ) 人 )
A 23% A’ 18% A” 18% 4点 12%
B 27% B’ 26% B” 41% 3 以上4未満 23%
C 33% C’ 29% C” 7% 2 以上 3 未満 39%
D 17% D’ 14% D” 14% 1 以上 2 未満 19%
E 13% E’ 20% 1 点未満 7%

Ⅰ 期 と Ⅱ 期 、 Ⅰ 期 と Ⅲ 期 は 各 群 の 比 率 に 有 意
2
差 あ り (χ 検 定 で p<0.05) 。
*   A ~ A”=4 点、 B ~ B”=3 点、 C ~ C”=2 点、 D ~D”=1点、 E ~E’=0点として
計算 . 。

表 2  各期における主な症状一覧
Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 ドロッ
プ 66
150 131 84
寛解 48(32%) 35(27%) 21(25% 23(35%)
)
陰性症状 18(12%) 25(19%) 20(24% 11(17%)
)
思考障害 2(1.3%) 15(11%) 11(13% 0(0%)
)
幻聴・妄想 26(17%) 20(15%) 14(17% 11(17%)
)
抑うつ 10(6.7%) 8(6%) 4(5%) 4(6%)
心気症状 25(17%) 15(11%) 8(10%) 9(14%)
引きこもり 21(14%) 13(10%) 6(7%) 8(12%)

ド ロ ッ プ の 症 状 と は 、 ド ロ ッ プ 患 者 の Ⅰ 期 で
の 主 な 症 状 を意味する。
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Ⅰ 期 と Ⅱ 期 、 Ⅰ 期 と Ⅲ 期 で は 症 状 の 比 率 に 有
年齢 再発 入院 薬物量 服薬態度 病識 コーピン サポート 仕事 再発 生活適応レベル 症状
既往 既往 グ 回数 変化
# # #%
全例(84) 41.4 2.1 0.9 333→683 1.6→1. 0.9→0. 0.7→0. 1.4→0.9 1.2→0.5 4.1 2.7→2.4→2.2 -0.4
#
6 9 6

# # %
A''(15) 45.1 1.4 0.2 269→362 1.8→1. 1.3→1. 1.7→1. 1.3→1.2 1.7→1.1 1.0 3.8→3.4→4 0.1
9 3 9
# # #%
B''(34) 40 2.2 0.7 304→625 1.6→1. 0.9→1. 0.5→0. 1.3→1.1 1.2→0.6 2.9 2.5→2.6→3 0.1
# # # #
8 0 6
# #
C''(6) 39 1.3 0.8 207→666 1.5→1. 0.7→1. 1.2→0. 1.8→2.0 1.2→0.5 4.3 2.8→2.5→2 -0.3
5 1 8
# # #%
D''(12) 42.7 2.3 1.7 372→760 1.7→1. 1.0→1. 0.8→0. 1.7→0.5 1.2→0.2 7.9 2.4→2.1→1 -0.6
# #
6 0 5
# # # #%
E'(17) 40.5 2.6 1.2 466→1031 1.6→1. 0.7→0. 0.4→0. 1.6→0.4 0.8→0.0 6.6 2.4→1.5 →0 -0.8
# #
3 2 1

2
意 差 あ り ( χ 検 定 で p<0.05 ) 。

              陰 性 症 状 と そ れ 以 外 の 症 状 の
2
比 率 に 有 意 差 あ り ( χ 検 定 で p<0.05 ) 。
思 考 障 害 と そ れ 以 外 の 症 状 の 比 率 に 有
2
意 差 あ り ( χ 検 定 で p<0.05 ) 。

表 3  経過フォロー完了例全例とⅢ期の生活適応レベル別の統計一覧

年齢は観察開始時年齢

再 発 既 往 、 入 院 既 往 は 観 察 開 始 時 以 前 の 再 発
入 院 の 回 数 を意味する。

再 発 回 数 は 20 年 間 の 観 察 期 間 中 の 回 数 を意味する。

pg. 1 2
服 薬 態 度 、 病 識 、 コ ー ピ ン グ 、 サ ポ ー ト 、 仕
事 、 は 0、 1、 2 点 で 評 価 。
生 活 適 応 レ ベ ル は A ~ A”=4 、 B ~ B”=3 、 C ~
C”=2 、 D ~ D”= 1 、 E ~ E’= 0 と し て 計 算
症 状 変 化 は 、 6 つ の 症 状 の 評 価 点 総 合 の 時 間
経 過 に よ る 変 化 が 、 減 少 し た 例 ( 改 善 ) で 1
点 、 増 加 し た 例 ( 増 悪 ) で - 1 点 と し た も の
の 平 均 値

→ は 、 Ⅰ 期 → Ⅲ 期 、 を 意 味 す る 。 生 活 適 応 レ
ベ ル で は Ⅰ 期 → Ⅱ 期 → Ⅲ 期 、 を意味する
#   Ⅰ 期 に 比 し 有 意 差 あ り ( t 検 定 で p<0.05 )
を意味する。

%   Ⅱ 期 に 比 し 有 意 差 あ り ( t 検 定 で p<0.05) を意
味する。

pg. 1 3
表 4   Ⅱ 期 と Ⅲ 期 の 生 活 適 応 レ ベ ル の 変 化
A’ B” C’ D’ E’ ドロッ
プ(47)
’ ’ ’ (17
(15 (3 (6) (12 )
) 4) )
A'(24 10 7 1 1 2 3
)
B'(34 1 11 2 3 3 14
)
C'(38 4 12 2 4 4 12
)
D'(18 0 3 1 4 1 9
)
E(17) 0 1 0 0 7 9

表 5  生活適応レベル、生活適応レベル変化と症状変化

症状改善 症状同じ 症状増悪

A'(21) 0 4 17
B'(20) 1 11 8
C'(26) 2 23 1
D'(9) 2 7 0
E(8) 3 5 0
レベル改善(22) 1 19 2
レベル同じ(34) 5 16 13
レベル増悪(28) 1 15 12

「症状同じ」は6つの症状の評価点の総合点が同じを意味する。

表 6  年齢別の再発数、生活適応レベル、症状変化の一覧

                  ( 年齢は観察開始時 )
再発数 生活適応レベル 症状
Ⅰ~Ⅱ期 Ⅱ~Ⅲ期
既往 Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期


pg. 1 4
年 齢 は 観 察 終 了 時 の 年 齢
&   同 じ 列 の そ れ 以 外 の 年 齢 群 に 比 し
有 意 差 あ り (t検定でp<0.05)を意味する。
#   Ⅰ 期 に 比 し 有 意 差 あ り (t検定でp<0.05)を意
味する。

表7   観察開始時の評価項目と 2 0 年間の再発数・入院率や 2 0 年後の生活適応レベル

との関連
再発数 ( )内は回数 入院率 ( )内は% 生活適応レベル ( )内は評価点
開始時レベ A(1.5)<B(2.5)<C(6.7)・D(5.8)* A(26)<B(35)<C(61)<D(60)** A(3.0)>B(2.3)>C(1.5)・D(2.2)***

年齢 39 以下>40~50>50 以上 (-) (-)                
薬物量 300mg 未満(3.2)<300mg 以上(5.1) (-) 300mg 未満(2.8)>300mg 以上(1.5)
服薬遵守 0・1 点(4.8)>2 点(3.1) (-) (-)
病識 0 点(6.0)>1・2 点(3.2) (-) 0 点(1.7)<1・2 点(2.5)
コーピング (-)     (-) (-)        
サポート (-) 1 点(56)>2 点(36)>0 点(13) 0・1 点(2.6)>2 点(1.9)
仕事 0・1 点(4.9)>2 点(2.0) 0 点(71) >1 点(55)>2 点(37) 0 点(1.4)<1 点(2.2)<2 点(2.6)
入院既往 0 回(2.2)<1 回(4.2)<2 回以上(8.9) 0 回(21)<1 回(63)<2 回以上 0 回(2.7)>1 回(1.7)>2 回以上(1.6)
(88)
再発既往 (-) 0 回(13)<1 回(43)<2 回以上 (-)
(56)
主な症状 寛解(3.8) <抑うつ(7.4)・幻聴妄想 (-)       寛解(2.8)>その他(1.9)
(6.8)

*   A(1.5)<B(2.5)<C(6.7) ・ D(5.8) は、 再 発 数 A 群 平 均 1.5 回、 B 群 2.5 回、 C 群 6.7 回、


D 群 5.8 回 で、 A 群 と BCD 群 の 間、 AB 群 と CD 群 の 間 に 有 意 差

が あ る ( t 検 定 で p<0.05 ) こ と を 意 味 す る。

**  A(26)<B(35)<C(61)<D(60) は、 入 院 率 A 群 26% 、 B 群 35% 、 C 群 61% 、 D 群 60% で、 A 群

と BCD 群 の 間、 AB 群

と CD 群 の 間、 ABC 群 と D 群 の 間 に 有 意 差 が あ る ( t 検 定 で p<0.05 )

こ と を 意 味 す る。

***   A(3.0)>B(2.3)>C(1.5) ・ D(2.2) は、 生 活 適 応 レ ベ ル A 群 3.0 点、 B 群 2.3 点、 C 群

1. 5 点、 D 群 2.2 点 で、 A 群

と BCD 群 の 間、 AB 群 と CD 群 の 間、 に 有 意 差 が あ る ( t 検定で

pg. 1 5
p<0.05 ) こ と を 意 味 す る。

(-) 有 意 差 な し を 意 味 す る。

pg. 1 6

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