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HUMAN DEVELOPMENT REPORT 2005

人間開発報告書 2005 概要
―岐路に立つ国際協力:
不平等な世界での援助、貿易、安全保障―
International cooperation at a crossroads:
Aid, trade and security in an unequal world

             国連開発計画(UNDP)


『人間開発報告書 2005』
 目次 (仮訳)

概要:岐路に立つ国際協力:不平等な世界での援助、貿易、安全保障

第1章 人間開発の現況
人間開発における前進と後退
シナリオ 2015—ミレニアム開発目標(MDGs)達成の見通し

第2章 不平等と人間開発
不平等はなぜ問題なのか
不利益の連鎖—国内の不平等
貧困層重視の成長(pro-poor growth)における人間開発の可能性

第3章 21 世紀の援助
援助の論拠を再考する
援助への資金提供—実績・問題・今後の課題
援助の質と有効性の不足
援助ガバナンスの再考

第4章 国際貿易—人間開発への可能性を解き放つ
相互依存する世界
不平等なルール:貿易制度はいかにして途上国を資することができるか
ルールを超えて:商品、新たなゲートキーパーとキャパシティ・ビルディング
ドーハを開発ラウンドにする


第5章 武力紛争—現実の脅威に焦点を当てる
21世紀の幕開けと武力紛争
紛争が起こる危険のある国々の課題
国際社会の対応
戦争から平和への、そして平和から安全保障への移行
安全保障の再定義と集団的安全保障の構築

統計資料編
人間開発指標表 全33表
『人間開発報告書』の統計資料について
テクニカルノート指標項目の定義
統計資料
各国の分類
指標項目一覧
各国の人間開発順位
人間開発指標表とミレニアム開発目標(MDGs)
 対照表


『人間開発報告書 2005』概要
━ 岐路に立つ国際協力:不平等な世界での援助、貿易、安全保障 ━

 2004 年は、自然の破壊的な力と、人間の熱意による再生の力
を示す出来事で終わった。インド洋一帯を襲った大津波で、30
万人を超える人々が命を落とし、何百万人もが家を失った。近代
の歴史における最悪のこの自然災害に対して、津波発生後数日の
うちに、これまでで最大規模の国際救援活動が開始されたが、こ
のことは、国際社会がよりいっそう努力することを誓約したとき、
全地球的連帯を通して何が可能であるかを示す出来事であった。

 今回の津波は、予測不可能で、予防もまず不可能な悲劇だった
が、明確に認識できる悲劇であった。しかし、悲劇の中には、恒
常的な問題であるために予測や予防は可能だが、認識されにくい
悲劇もある。1時間に、1200 人を超える子どもたちが、メディ
アの注目を集めることなく命を落としている。これは、津波が毎
月3回、世界で最も脆弱な住民である子どもたちを襲っているの
に等しい。子どもたちの死因はさまざまだが、その死因を調べる
と、圧倒的多数は1つの原因、つまり貧困であることがわかる。
津波と違って、貧困は防ぐことができる。今日の技術力、資金力、
そして蓄積された知識をもってすれば、極度な剥奪状況を克服す
るだけの能力が世界にはある。しかし、国際社会は、インド洋の
津波被害が小さく見えるほど大量の人命が貧困によって失われて
いる事実を見過ごしている。
 5 年前、新たなミレニアムの始まりの年、世界の政府は結束し
て世界中の貧困の犠牲者に対して注目すべき約束をした。国連サ
ミットで国家元首らはミレニアム宣言―「われわれの同胞たる男
性、女性、そして子どもを、悲惨で非人道的な極度の貧困状態か
ら解放する」ための厳粛な誓い―に署名した。この宣言は、世界
の人々が共有する普遍的人権と社会正義への誓いに根ざし、目標


達成期限の明確なターゲット(達成目標)に支えられた、大胆な
未来像を提供している。ターゲットとして定められたミレニアム
開発目標(MDGs)には、極度の貧困の半減、乳幼児死亡率の低減、
全世界の子どもへの教育機会の提供、感染症の蔓延防止、これら
の成果を上げるための新たなグローバル・パートナーシップ(全
地球的協力体制)の構築などが含まれ、目標達成期限は 2015 年
となっている。
 人間開発に必要なのは MDGs だけではない。しかし、MDGs は、
より公正で、貧困の少ない、安定した新しい世界秩序の構築に向
けての進捗状況を測ることのできる、非常に重要な基準を提供し
ている。2005 年 9 月、各国政府は、ミレニアム宣言署名後、再
び国連に集まり、2015 年へ向けた今後 10 年の方向性を示す計
画を立案することになっている。
 しかし、喜び合うような成果はあまりない。ミレニアム宣言が
署名されて以来、人間開発において重要な前進がいくつかあっ
た。貧困は削減され、さまざまな社会指標が改善された。MDGs
は、開発と、貧困との闘いを国際的な課題とし、それに国際的な
注目を集めてきたが、これは 10 年前には想像もできなかったこ
とである。2005 年は、貧困を過去へと葬り去るための世界的キャ
ンペーンがかつてなかったような規模で行われている。このキャ
ンペーンはすでに、主要先進8ヵ国首脳会議(G8)の期間中に、
援助と債務救済に関する進展という形でその足跡を残した。ここ
で得られた教訓は、人々の参加によって支えられた強力な主張は
世界を変えることができる、ということである。
 しかし、各国政府が 2005 年の国連サミットの準備を進める中
で提出した、進捗に関する総合的な評価は失望的なものである。
大半の国が MDGs のほとんどについて目標を達成する軌道から
外れている。人間開発はいくつかの重要な分野でつまずいており、
もともと大きかった不平等はさらに拡大している。人間開発の進
捗状況と、ミレニアム宣言が打ち出した野心的な目標との間の格
差を説明するのに、さまざまな外交的な表現や、儀礼的な言葉が
使われることだろう。しかしどんな言葉によっても、世界中の貧


しい人々に対する約束が破られつつあるという、単純明白な真実
が覆い隠されることがあってはならない。
 今年、2005 年は岐路の年である。各国政府は選択を迫られて
いる。1つの選択肢としては、時宜をとらえ、2005 年を「開
発のための 10 年」のスタート地点と位置づけることである。
MDGs の達成に必要な資金投資と政策が今整えば、ミレニアム宣
言の約束を果たすだけの時間はまだある。しかし、時間は刻々と
過ぎてゆく。9 月の国連サミットは、2015 年に目標が達成でき
るよう軌道に戻すためだけでなく、人々を分断している深刻な不
平等を克服し、新たな、より公正なグローバリゼーションをつく
りあげるために必要な思い切った行動計画を採択するための、重
要な機会にもなるだろう。
 もう1つの選択肢は、従来通りのやり方を続け、2005 年をミ
レニアム宣言の誓いが破られる年にしてしまうものである。これ
は、現在の政治指導者たちが MDGs を失敗に導いた指導者とし
て歴史に名を連ねることになる選択肢である。行動を起こさなけ
れば、国連サミットは、豊かな国々が口先ばかりの約束を重ねる
だけで実行が伴わない、仰々しい宣言を新たにする場になるだろ
う。それが、世界中の貧しい人々に悪影響を与える結果となるの
は明らかである。しかし、脅威と機会がますます密接に絡み合う
世界では、それはまた、世界全体の安全保障、平和、繁栄を危険
にさらすことをも意味するのである。
 2005 年のサミットは、ミレニアム宣言に署名した国々が、自
らが真剣に取り組み、そして、「旧態依然」とした態度を捨て去
ることができるかどうかを示す、重要な機会となり得る。今回の
サミットは、ミレニアム宣言は単に紙の上での約束ではなく、変
革を起こすための誓約であることを証明する時になる。そして、
投資資金を動員し、世界中の貧困という津波を食い止める防波堤
を築くために必要な計画を立案する機会となる。そのために求め
られるのは、5 年前に定めた未来像に従って行動する、政治的意
思である。


2005 年の『人間開発報告書』
 今年の報告書は、2015 年まであと 10 年というカウントダウ
ンの始まろうという年に、世界が直面している問題の規模につい
て報告し、また、富裕国の政府がグローバル・パートナーシップ
の一翼を担うためにどのようなことができるのかに焦点を当てて
いる。このことは、開発途上国の政府に責任がないと言っている
わけではない。その反対に、途上国の政府が主要な責任を有する
のである。国際協力でいかに巨額の援助を行おうと、人間開発を
優先し、人権を尊重し、不平等に取り組み、あるいは腐敗を根
絶することを怠っている政府の不策を穴埋めすることはできな
い。しかし、実際に行動を伴う協力への新たな公約がなければ、
MDGs は失敗するだろう。そしてミレニアム宣言は単なる口先だ
けの約束の1つとして、歴史のなかに葬り去られてしまうだろう。
 私たちは、協力のための3つの柱に焦点を当てるが、そのいず
れもが、早急な改革を必要としている。第1の柱は、開発援助で
ある。国際援助は、人間開発への重要な投資を行っている。この
投資の成果は、予防可能な疾病や死亡を阻止し、すべての子ども
に教育を受けさせ、ジェンダー不平等を克服し、持続可能な経済
成長の条件を整えることによって開かれる、人間の潜在能力に
よって測ることができる。開発援助は、慢性的な資金不足と、不
十分な援助の質という、2つの問題に苦しんでいる。そのどちら
の状況も改善されてきた。しかし、MDGs で定めた援助資金の不
足を解消し、その額面に見合う価値をより高めるには、まだなす
べきことは多い。
 第2の柱は、国際貿易である。貿易は、適切な状況のもとで
は、人間開発を強力に促進する触媒として機能することができる。
2001 年に開始された国際貿易機関(WTO)のドーハ「開発ラウ
ンド」交渉は、こうした条件を整備する機会を先進国政府に提供
した。その後4年が経過したが、実質的な成果は何も達成されて
いない。富裕国の貿易政策は依然として、貧困諸国と貧困者が世
界の繁栄を公平に享受するのを拒み、そして、ミレニアム宣言を


公然と破っているのである。貿易は、援助以上に世界の貧しい国々
と人々が受け取る世界的な繁栄の分け前を増やすうえで、大きな
力を持ち得る。その可能性を、不公正な貿易政策を通じて制限し
てしまうことは、MDGs への公約に反するし、それ以上に不当で、
偽善的な態度である。
 第3の柱は、安全保障である。武力紛争が何億人もの命を奪っ
ている。暴力的な紛争こそが、人権に対する組織的な侵害であり、
MDGs 達成への障害となっている。紛争の性格は変化し、集団的
安全保障への新たな脅威も出現してきた。ますます相互依存を深
める世界では、紛争の予防ができなかったことから生じる脅威、
あるいは、平和を達成する機会をつかみ損ねたことから生じる脅
威が、国境を超えて広がるのを阻止することはできない。より効
果的な国際協力を行うことができれば、人間開発を加速させ、真
の安全保障を実現するための条件を整えることにより、武力紛争
による MDGs 達成への障害を取り除くことができるであろう。
 国際協力の3つの柱のそれぞれについて新たな革新的な取り組
みを同時に行う必要がある。どの分野で失敗しても将来の進歩を
損ねることになる。武力紛争のために貿易に参加する機会が妨げ
られているような国々にとっては、国際貿易における実効性のあ
るルールもほとんど価値がないだろう。公正な貿易のルールがな
いところに援助を増やしても、最大限の成果は上がらないであろ
う。また、援助や貿易を通して達成できるはずである人間の福祉
の改善と貧困削減の見通しのない和平は、不安定なままであろう。

人間開発の状況
 15 年前に初めて出版された『人間開発報告書』では、その後
の 10 年の飛躍的な前進に期待を寄せていた。同書は、「1990 年
代は、人間開発のための 10 年として形作られていくことになる。
なぜなら、開発戦略の真の目的についてこのようなコンセンサス
が得られたことは、かつてほとんどなかったことだからである。」
と楽観的な予測を述べている。現在も、1990 年同様、開発に関


してのコンセンサスは存在する。現在のコンセンサスは、『ミレ
ニアム・プロジェクト報告書』、および、英国が後援している『ア
フリカ委員会報告書』の中で力強く表明されている。しかし残念
なことにこのコンセンサスは、まだ実際の行動には移されておら
ず、今後の 10 年にとっての不安材料となっている。過去の 15
年と同様に、今後の 10 年も、新たなコンセンサスで約束した目
標にはるかに及ばない程度にしか人間開発が達成できないのでは
ないか、という危惧が現実味を帯びている。
 最初の『人間開発報告書』以来、多くのことが達成されてきた。
全体的には途上国の人々は以前に比べ健康的になり、よい教育を
受け、また、貧困状況は緩和され、さらに、複数政党制の民主
主義の下で暮らせるようになっている。1990 年以降、途上国の
平均寿命は 2 年延びた。年間の乳幼児死亡数は 300 万人減少し、
未就学児童数は 3000 万人減少した。1 億 3000 万人を超える人々
が極度の貧困状態から脱した。これらの人間開発の進歩を過小評
価するべきではない。
 同様に、過大評価してもいけない。合計で 4 億 6000 万人と
なる 18 ヵ国の 2003 年の人間開発指数(HDI)は、1990 年の
HDI よりも低下した。これは、かつてなかった後退である。世界
経済がますます繁栄する中にあって、毎年 1070 万人の子どもた
ちが 5 歳の誕生日を迎えずに死亡し、10 億を超える人々が極度
の貧困状態にあって、1 日 1 ドル未満でなんとか生き延びている。
HIV/ エイズの世界的な蔓延が、人間開発後退の最大の原因になっ
ている。2003 年には HIV/ エイズで 300 万人が死亡し、新たに
500 万人が感染した。何百万人もの子どもが孤児になっている。
 グローバルな統合によって、国家間の相互の結び付きがいっそ
う深まっている。経済においては、相互依存の網目によって、貿
易、科学技術、投資を通してあらゆる国が結び付くにつれて、人
や国の距離が急速に縮まっている。人間開発においては、所得と
生涯における機会の不平等が深く、時にはより拡大しつつ国家間
の格差を際立たせている。人類の 5 人に 1 人は、1 杯のカプチー
ノに 1 日 2 ドル使うことを何とも思わない人がたくさんいる国々


で暮らしている。しかし他方では、5 人に 1 人が 1 日 1 ドル未
満で生活し、一張りの蚊帳がないために子どもたちが死んでいく
国々で暮らしている。
 21 世紀の初頭にあって、私たちは分裂した世界に暮らしてい
る。その分裂の大きさこそが、世界中の人間社会にとっての根本
的な課題となっており、その課題には、人としてどうあるべきか
という問題や、何が正義かという問題も含まれている。2005 年
にネルソン・マンデラ氏は次のように述べている。「広範な貧困
と反道徳的な不平等は、科学技術、産業、富の集積の分野で世界
が目覚ましい前進をしている現代において、誠に恐ろしい厄害で
あり、奴隷制度やアパルトヘイトと並ぶ社会悪として位置づけら
れるべきものである」。貧困と不平等という双子の厄害は、克服
可能である。しかし、これまでのところ、進歩の歩みは定まらず、
一様には進んでいない。
 貧困国だけでなく富裕国にとっても、この構図を変えることは
利益となる。人間社会を分断する富と機会の溝を埋めていくこと
は、だれかが勝者になるために必然的に敗者が生じることになる、
ゼロ・サム・ゲームとは異なる。貧しい国の人々が、健康で長生
きし、子どもにしかるべき教育を受けさせ、貧困から脱する機会
を拡大することが、豊かな国の人々の福祉を損なうことはないだ
ろう。それどころか、繁栄を共有し、集団的安全保障を強化する
のに役立つだろう。私たちが暮らす相互依存の世界で、豊かさの
中にあって大量の貧困者が存在する状況の上に築かれる未来とい
うのは、経済的に非効率的で、政治的に不安定で、道徳的に許さ
れることではない。
 あらゆる不平等の中でも、平均寿命の格差は最も根本的なもの
である。今日、ザンビアで生活している人は、1840 年に英国の
イングランドで生を受けた人に比べて 30 歳まで生存する確率が
低く、平均寿命の格差はいっそう拡大しつつある。この問題の中
心にあるのが HIV/ エイズである。欧州では、ペストの流行以降
最も急激に人口が減少したのは、第 1 次世界大戦中のフランス
においてである。平均寿命が約 16 年短くなった。これに対し、

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ボツワナでは、HIV/ エイズが原因で、平均寿命が 31 年も短くなっ
ている。HIV/ エイズはこうした直接的な人的損失をもたらすだ
けでなく、復興に必要な社会・経済インフラをも破壊している。
HIV/ エイズの治療法はまだ確立されていない。しかし、重大な
脅威が本格的な危機へと発展するまで国際社会が手をこまねいて
いなかったならば、何百万人もの命がすでに救われていただろう。
乳幼児死亡率ほど、人間開発の機会の格差を明確にとらえている
指標はないだろう。世界全体の乳幼児死亡率は低下しているが、
その速度は緩慢になり、富裕国と貧困国との間の乳幼児死亡率の
格差は拡大する一方である。乳幼児死亡率の低下が緩慢にしか進
まないために、人命が失われている。1990 年以降も 1980 年代
と同じ速度で乳幼児死亡率の低下が続いていたら、今年の乳幼児
死亡数は現状より 120 万人少なかったはずである。乳幼児死亡
数の割合が上昇している理由は、サハラ以南アフリカにある。こ
の地域は世界の出生数の 20%を占める一方で、乳幼児死亡数の
44%を占めている。しかし、乳幼児死亡率低下の鈍化は、サハ
ラ以南アフリカを超えて拡大している。グローバリゼーションの
最も顕著な「成功例」として知られる中国とインドを含む数ヵ国
では、富の創造と所得の向上が乳幼児死亡率の減少を加速させる
ことにつながっていない。人間開発における根深い不平等がこの
問題の核心にある。
 世界全体の所得分配の傾向についての議論は激化し続けている
が、不平等の度合いそのものについては、ほとんど議論の対象
になっていない。世界の最も裕福な 500 人は、最も貧しい 4 億
1600 万人の所得を合わせたよりも多くの所得を得ている。こう
した極端な事例に加えて、世界の人口の 40%を占める 1 日 2 ド
ル未満で生活している 25 億人の所得は、世界全体の所得の 5%
にすぎない。最富裕層 10%は、ほぼ全員が高所得国で暮らして
いるが、この層が世界全体の所得の 54%を占めている。
 世界の極端な不平等からわかるように、最富裕層から最貧困層
へほんのわずかの所得を再分配するだけでも、貧困削減に大きな
貢献ができることは明らかである。われわれが世界的な所得分

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配のデータベースを用いて推計した結果、1 日 1 ドル未満で生活
する 10 億人の人々を、極度の貧困線より上に押し上げるのに必
要な費用は 3000 億ドルであるが、この金額は、世界の最富裕層
10%の所得の 1.6%にすぎない。もちろん、この数字は固定的な
条件下での移転を想定したものである。持続性のある貧困削減に
は、貧困国や貧困者が極度の剥奪状況から脱却する道を自ら切り
開いていけるような、ダイナミックなプロセスが必要である。し
かし、われわれの住む著しく不平等な世界では、さらなる平等を
目指すことが、貧困削減や MDGs 達成へ向けた進展のための強
力な触媒となるだろう。
 MDGs の達成に向けて、世界全体が現在の状態で人間開発の道
を進んでいくとどうなるだろうか。この疑問に答えるために、国
別データを用いて、2015 年までにいくつかの主要な目標がどの
程度達成されているのか予測してみよう。予測の結果は希望が持
てるものではない。現在の傾向が続けば、MDG の各ターゲット
と成果との間に大きなギャップが生じるだろう。そのギャップを
統計的に示すことは出来るが、その陰には一般の人々の命と希望
が存在する。数字だけでは人間に関する損失をとらえることは決
してできない。しかし、私たちが出した 2015 年の予測は、その
損失の大きさを示している。途上国が現在の軌道を進み続けた場
合、予測されることは以下の通りである。

・乳幼児死亡率の削減に関する MDG ターゲットについては、


2015 年には、死亡することが避けられたはずの 440 万人も
の乳幼児の命が失われるだろう。この数字は、ロンドン、ニュー
ヨーク、東京の 5 歳未満児の合計数の3倍に相当する。今後
10 年間現在の傾向が続くと、あらゆる死亡原因のうち最も克
服しやすいはずの原因、つまり貧困によって、5 歳の誕生日を
迎えずに死亡する乳幼児数のターゲット値と、現在の傾向か
ら割り出した予測値との差は、4100 万人以上に達するだろう。
これは、世界の子どもたちを守るというミレニアム宣言の誓
いとはまったく合致しない結果である。

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・貧困を半減させるという MDG ターゲットと推計結果との差に
ついては、2015 年までに、1 ドル未満で生活する人々がさら
に 3 億 8000 万人増えることになる。
・現在の傾向が続けば、普遍的な初等教育に関する MDG ターゲッ
トは達成されず、2015 年になっても 4700 万人の子どもたち
が学校に行けないだろう。

 これらは、現在の傾向から単純に将来を推測した結果であるが、
この傾向が一定であるとは限らない。金融市場の金言にあるよう
に、過去の実績は将来の結果の指標とはならない。MDGs にとっ
て、この金言は明らかに良い知らせである。国連事務総長が述べ
たように、「MDGs は 2015 年までに達成可能である。だが、そ
れは、あらゆる関係者が今、旧態依然としたやり方を捨て、行動
を劇的に加速させ、拡大させる場合にのみ言える」ことである。
バングラデシュ、ウガンダ、ベトナムを含む世界の最貧国のうち
の数ヵ国は、急速な進歩が可能であることを示してきた。しかし、
富裕国は、世界全体の人間開発を開始するための十分な初期費用
を支援する必要がある。
 2005 年の国連サミットに向けて各国政府が準備を進めている
中で、このような 2015 年の予測は明らかに警告を発している。
直截に言えば、世界は明らかに人間開発の失敗へと向かっている。
それにより、避けられるはずの死、学校に通えない子どもたち、
失われた貧困削減の機会という損失が生じている。このような不
幸は予測可能でもあるし、回避可能である。もしも各国政府が
MDGs に対する公約を真剣に守ろうとするならば、従来のやり方
は通じない。2005 年の国連のサミットは次の 10 年に向けた新
たな方向性を示す計画を立案する機会となろう。

なぜ不平等は問題なのか
 国内の人間開発の格差も、国家間の格差と同じように驚くほど
大きい。このような格差は国内にも機会の不平等が存在すること

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を示している。ジェンダー、所属する集団のアイデンティティ、
財産の有無、住んでいる場所によって、平等な機会を得られない
人々がいる。このような不平等は不当である。同時に、これは経
済的な損失であり、社会的な不安定要素にもなっている。極端な
不平等を生み出し永続化させている構造的な力を克服すること
は、極度の貧困を克服し、社会の福祉を向上させ、MDGs の達成
への進展を加速させる最も効果的な道の 1 つでもある。
 MDGs そのものは、基本的人権への公約に根ざした国際的な目
的に合致した極めて重要な声明である。これらの人権、つまり教
育、ジェンダー平等、乳幼児期の生存、人間らしい生活水準への
権利は、もともと普遍的なものである。このことが、MDGs 達成
への進展が、家計所得、ジェンダーまたは住んでいる場所に関係
なく、すべての人々にもたらされなければならない理由である。
しかしながら、各国の政府は国別平均値を参考に進捗状況を測定
する。これらの平均値に頼るだけでは、富、ジェンダー、所属す
る集団のアイデンティティ、その他の要因による不均衡に根ざし
た不平等の存在が見えにくくなってしまう。
 本報告書で示されているように、極度の不平等への取り組みに
失敗したことが、MDGs 達成に向かう進展に対するブレーキとし
て働いている。MDGs の目標の多くで、貧困者や開発の恩恵を受
けられない者たちは大きく立ち後れている。国家横断的に世界の
状況を分析すると、全体の人口のうち最貧層 20%においては乳
幼児死亡率の減り方が、世界平均の半分以下であることがわかる。
乳幼児の死亡者数の中で最貧層 20%が占める割合が不釣り合い
なほど大きいため、MDGs 達成に向けた進捗度全体が遅くなって
いる。人間開発全体を前進させる一環として、貧困層が社会に追
いつける条件を整備すれば、MDGs の達成に向けたダイナミック
な刺激が新たにもたらされるであろう。またこのことは、社会的
不公正の原因に目を向けることにもつながる。
 不平等は何層にも絡み合っているために、人々が生涯逃れられ
ないようなさまざまな不利益を生み出す。所得不平等が拡大し
ている国々には、世界人口の 80%を超える人々が暮らしている。

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所得不平等が問題になるのは、1つには分配のパターンと貧困の
程度との間に関連性があるためである。不平等が大きい中所得国
であるブラジルの平均所得は、不平等が小さい低所得国であるベ
トナムの平均所得の 3 倍であるが、ブラジルの最貧層 10%の所
得は、ベトナムの最貧層 10%の所得よりも少ない。所得不平等
が大きいと成長が妨げられ、成長の恩恵のうち貧困削減に向けら
れる割合も低くなる。つまり、経済それ自体のパイの大きさも、
また、貧困層が手に入れることのできる 1 切れの大きさも小さ
くなってしまうのである。
 所得不平等は他の生存の機会の不平等とも相互に影響し合って
いる。貧しい家庭に生まれたことで人生における機会が狭められ、
場合によっては文字通り生存の機会そのものが脅かされることも
ある。ガーナやセネガルの最貧層 20%の家庭に生まれた乳幼児
は、最富裕層 20%の家庭に生まれた乳幼児よりも、5 歳未満で
死亡する確率が 2 倍から 3 倍高い。不利益は生涯人々について
回る。貧しい女性は教育や、妊娠中に妊産婦検診を受ける機会が
少ない。その子どもたちは生き残る機会も、学校を修了する機会
も少ない傾向にあり、こうした剥奪状況は世代を超えて伝わり、
半永久的に繰り返される。人生における基本的な機会の不平等は
貧困国に限られたものではない。世界で最も裕福な国である米国
の保健医療状況においても、富と人種に根差した大きな不平等が
表れている。国内の地域的格差も不平等のもう1つの要因である。
人間開発の断層は、同じ国でも農村地域と都市部、貧しい地域と
豊かな地域とを分断している。メキシコのいくつかの州の識字率
は高所得国の識字率に匹敵する。その一方、ゲレロ州などの「貧
困ベルト」と呼ばれる南部の諸州の先住民族の割合が多い農村地
域の市町村では、女性の識字率はマリと同程度である。
 ジェンダーは不利益を最もはっきりと示す指標の1つである。
このことはとくに南アジアの状況についてよく当てはまる。この
地域における多数の「失われた女性たち(missing women)」の
存在が、その問題の規模の大きさを証明している。不利益は誕生
の時から始まる。インドでは 1 歳から 5 歳までの乳幼児死亡率は、

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女児のほうが同年代の男児より 50%も高い。言いかえると、X
の染色体を 2 つ持って生まれたことが不利益となり、毎年 13 万
人もの命が失われている。パキスタンでは、就学率のジェンダー
格差が是正されれば、さらに 200 万人の女児に教育の機会が与
えられることであろう。
 人間開発の機会の不平等な分配状況を緩和することは、当然、
公共政策上の優先課題である。これは、本質的な意味を持つた
めに重要である。またこのことは、MDGs 達成への進展を促すた
めの手段ともなろう。最富裕層 20%と最貧層 20%との間の乳幼
児死亡率の格差を解消すれば、乳幼児死亡率は約 3 分の 2 にま
で減少し、1 年に 600 万人の命が救われることになる。それは、
乳幼児死亡率を 3 分の 2 削減し、1990 年の水準の3分の1に削
減するという MDG ターゲットを達成への軌道に戻すことにもな
ろう。
 より平等な所得分配は、貧困の削減を加速させる強力な触媒と
して作用するだろう。われわれは家計収支の調査をもとに、貧困
層 20%が、現在の国民所得に占める彼らの所得の割合の 2 倍に
相当する分配を今後の成長分から受け取るというパターンで、成
長の効果をシミュレートした。ブラジルの場合、この貧困層重視
の成長(pro-poor growth)のモデルでは、貧困を半減するため
の期間が 19 年縮小し、ケニアの場合は 17 年縮小した。結論と
して、低所得貧困層の削減に関して言えば、分配は成長と同じく
らい重要であると言える。この結論は低所得国だけでなく中所得
国にも当てはまる。所得分配が改善されなければ、サハラ以南ア
フリカで、2015 年までに貧困を半減するには、信じがたいほど
高い成長率が必要になる。この考察に加え、貧困削減の広範な戦
略の一環として示された不平等を緩和するという公約は、ドナー
国の人々の間で、なぜ援助が必要なのかについての議論を高める
ことになるであろう。
 所得分配の世界モデルを使い、規模をより拡大して各国のシ
ミュレーションを行うと、貧困削減のために不平等の緩和が果た
す潜在的な利点が明らかになる。このようなモデルを用いた場合、

16
1 日 1 ドル未満で生活する人々が将来の成長の取り分を倍増させ
ると、何が起こるだろうか。結果は次の通りである。1 日 1 ドル
未満で生活すると推定される人口が、2015 年までに3分の1、
つまり2億 5800 万人ほど減少する。
 これらのシミュレーションは、どのような成果を得られる可能
性があるかを示している。これらの成果を達成するためには、公
共政策において新たな方向性を打ち出すことが求められる。貧し
い人々が成長の恩恵の分け前をより多く受けることができるよう
に、公共サービスが貧困層にとって身近に入手あるいは利用しや
すく、経済的にも負担の少ないものとすることに、これまで以上
に重点が置かれなければならない。所得分配の改善を達成するた
めの青写真は1つではない。多くの国、とくにサハラ以南アフリ
カの国々にとっては、小規模自作農、および農村地域の潜在的生
産力を引き出すための措置が必要である。またより一般的には、
教育がさらなる平等を達成するための1つのカギになる。貧困層
に安全を保障し、貧困から脱するために必要な資産を与えるよう
な、社会的変化をもたらす財政政策も不可欠である。
 このことは、人間開発のいっそうの平等を実現することが容易
だということを示唆するものでは決してない。極端な不平等は、
貧しい人々が市場に参加する機会を剥奪し、社会的サービスを利
用する機会を制限し、彼らのいかなる政治的発言力も否定するよ
うな社会的構造に根ざしたものである。これらの権力の病理は、
市場に基づく発展や政治的安定にとって悪影響を及ぼし、また
MDGs 達成の障害にもなる。

国際援助—量の増加、質の改善
 国際援助は、貧困との闘いにおける最も効果的な武器の1つで
ある。今日、この武器は十分に活用されておらず、対象の絞り方
も非効率的で、改善を必要としている。国際援助システムの改革
は、MDGs 達成への軌道へと戻るために必要な根本的要件である。
 富裕国では、援助とは一方的な慈善行為であると考えられるこ

17
とがあるが、その考え方は間違っている。脅威と機会が密接に絡
み合う世界では、援助は道徳的義務であるとともに、繁栄の共有、
集団的安全保障、および共通の未来に対する投資でもある。今日、
十分な規模の投資が行われなければ、将来損失が生じるだろう。
 開発援助は、ミレニアム宣言で設定された開発のための「新た
なパートナーシップ」の中核に位置する。他のどのようなパート
ナーシップでも同様だが、それぞれの側に責任と義務がある。途
上国には、援助が最善の成果をもたらし得る環境を整える責任が
あり、富裕国は公約に基づき行動する義務がある。
 効果的な援助を行うには 3 つの条件がある。第 1 に、人間開
発の急成長を支援するのに十分な量の援助を行うことである。援
助は途上国の政府に対し、剥奪状況の悪循環を断ち切り、経済の
再生を支援するために必要な保健医療、教育、および経済インフ
ラへの複合的な投資資金を供与するものであり、その資金は、財
源の不足を埋め合わすことができる規模である必要がある。第 2
に、援助は、予測可能で、取扱い費用が安く、 援助額に見合う
価値のある援助が提供されなければならない。第3に、効果的な
援助には「当事国のオーナーシップ(主体性)」が必要である。
途上国は、援助によって最善の結果がもたらされ得る条件を整え
るという、主要な責任がある。援助の量の増加と質の改善につい
て前進が見られる一方で、上述の3つの条件は、いまだに1つも
満たされていない。
 ミレニアム宣言が署名されたとき、開発援助というコップは
4分の3が空になり、そのうえ、どこからか漏れている状態で
あった。1990 年代、援助予算は大幅な削減の対象になり、サハ
ラ以南アフリカの1人当たり援助額は3分の1へと減少した。今
日、援助財源のコップの半分が満たされるまでに回復しつつある。
2001 年のモンテレー開発資金国際会議は、援助回復のスタート
地点と位置づけられた。モンテレー会議以降、援助は実質ベース
で年に 4%、つまり 120 億ドル(2003 年恒常ドルベース)増加
した。現在、富裕国全体では、国民総所得(GNI)の 0.25%が援
助資金に充てられている。これは、1990 年の割合には及ばない

18
が、1997 年以来増加している。2010 年までに 0.51%にまで増
やすという欧州連合(EU)の公約にはとくに期待が持てる。
 しかし、増加見込額がすべて拠出されたとしても、MDGs の達
成に必要な援助額にははるかに及ばない。その不足金額は 2006
年の 460 億ドルから 2010 年には 520 億ドルへと増加する見込
みである。こうした援助資金の不足は、MDGs 達成に必要とさ
れる費用をまかなうために、5 年間で援助を倍増させる必要のあ
る、サハラ以南アフリカでとくに大きい。段階的な援助額の増大
によって援助資金の不足分を埋めることができなければ、政府が、
MDGs 達成に必要とされる規模で人々の福祉の改善と経済回復を
進めるために、保健、教育、インフラなどに投資をすることはで
きないであろう。
 富裕国は、援助の必要性を公に認めながらも、これまでのとこ
ろ、行動はその言葉と一致していない。主要先進 8 ヵ国(G8)は、
OECD の開発援助委員会(DAC)の 22 ヵ国中援助額の対 GNI 比
で最下位に位置するイタリア、米国、日本の 3 ヵ国を含む。そ
の一方で、世界一の援助国である米国が、2000 年以降、80 億
ドルの援助の増額を行い、現在サハラ以南アフリカへの最大ド
ナーとなっているということは、明るいニュースである。より
野心的なターゲットを設定していることも歓迎すべき現象であ
る。しかしドナーは、援助ターゲットに関して十分な行動をとっ
てはいない。主要ドナー国の中には、ターゲットは設定したもの
の、その後、具体的な拠出資金額を確約できなかった国もある。
MDGs を達成するには、今後の 10 年は、過去の 15 年とはまっ
たく異なる変革を示す必要がある。1990 年以降、富裕国は、こ
れまで以上に豊かになっているにもかかわらず、援助を増大する
努力はほとんどなされてはこなかった。富裕国の 1 人当たり所
得は 6070 ドル増加したが、1 人当たり援助額は 1 ドル「減少」
しているのである。こうした数字は、グローバリゼーションの勝
者は、敗者への援助を優先することにより自らも利益を得たはず
であるにもかかわらず、援助を優先させてはこなかったというこ
とを示している。

19
 援助の慢性的な資金不足は、公共支出における優先順位が適正
でないことを反映している。集団的安全保障は、貧困と不平等と
いう根本的な原因への取り組みに、今まで以上に比重を置くよ
うになっている。しかし、富裕国は援助に 1 ドル費やすごとに、
軍事予算には新たに 10 ドルを割り当てているのである。2000
年以降の軍事支出の増加分を援助に充てたとしたなら、援助額
を対 GNI 比 0.7%にするという、国連の積年の目標は十分満たさ
れるだろう。軍事力による安全保障ではなく、人間の安全保障に
注目してこなかったことは、人命を脅かす最大の脅威に対する取
り組みに投資が十分なされていない、という事実に表れている。
年間 300 万人が命を奪われる疾病である HIV/ エイズに対する現
在の支出は、軍事支出の 3 日分なのである。
 MDGs の達成に必要な援助総額は、拠出可能な額なのかという
疑問が時々示される。最終的には、何が拠出可能なのかというこ
とは、政治的に何を優先するかという問題である。しかし、必要
とされる投資額は、富裕国の富に比して妥当な額である。今後の
10 年間に、26 億人がきれいな水を利用できるようにするために
必要とされる年間 70 億ドルという額は、欧州諸国で人々が香水
に使う金額よりも少なく、米国における緊急性のない整形外科手
術への支出額よりも少ないが、これは、1 日に推定 4000 人の命
を救うことのできる金額なのである。
 ドナーは、援助の質に関する問題と取り組む重要性を認識して
いる。2005 年 3 月、援助効果向上に関するパリ宣言(The Paris
Declaration on Aid Effectiveness)は、新たな取り組みの進捗状
況を監視(モニタリング)するために設定されたターゲットに沿っ
て、ドナーが援助の有効性を向上させていくための重要方針を定
めた。援助協調は向上しつつあり、ひも付き援助は減少し、被援
助国のオーナーシップにいっそう重点が置かれている。しかし、
良い実践例は、宣言された原則に比べはるかに少ない。拠出され
る援助額は依然として拠出誓約をはるかに下回っており、貧困削
減のための財政計画を危うくしている。同時に、ある種のコンディ
ショナリティの形態が、被援助国のオーナーシップを弱め、援助

20
の流れを遮断していることもよくある。ドナー側が被援助国の制
度を利用することに消極的なことが、取扱い費用を膨らませ、被
援助国の能力を弱めている。
 ひも付き援助は、依然として貧困を重視した開発援助にとって
最も深刻な悪弊の1つである。被援助国に公開市場の利用を認め
ず、開発援助をドナーからの物資やサービスの供給に結び付ける
ことから、ひも付き援助は援助額に見合う価値を有していない。
多くのドナーがひも付き援助を減らしてきたが、その慣行はまだ
広く残り、またその実態については過小報告されている。われわ
れが控え目に見積もっても、ひも付き援助であるがために低所得
国に発生する費用は、50 ~ 70 億ドルになる。サハラ以南アフ
リカは 16 億ドルの「ひも付き援助税」とでもいうべきものを支
払っている。
 分野によっては、モンテレー会議で打ち出された援助の「新た
なパートナーシップ」は、うわべだけのもので、実態は旧来のパー
トナーシッップと何ら変わらないのではないかと、懐疑的に見ら
れている。責任と義務の不均衡も依然として存在している。被
援助国には、MDGs の達成に向けた目標を設定し、IMF から年 4
回の監視を受けることになっている予算目標を達成し、援助国か
ら課された途方に暮れるような数々の条件を満たしたうえに、取
扱い費用を増やし、援助額の実質的価値を下げてしまうドナーの
やり方に応じることが求められている。その一方で、ドナー側は
自らに達成目標を課していない。そのかわり、ドナーは援助の量
に関するおおまかで、拠出確約のない公約をし(そのほとんどは、
のちに無視されてしまう)、援助の質の改善について、よりおお
まかであいまいな公約をする。被援助国とは異なり、ドナーは罰
則を科せられることなく公約を破ることができる。実際のところ、
「新たなパートナーシップ」は一方通行なのである。必要なのは、
ミレニアム宣言の約束を果たすという公約に基づいて、被援助国
だけでなく、ドナー側も行動する、本当の意味の「新たなパート
ナーシップ」である。
 今年は、このパートナーシップをしっかりと確認し、開発援助

21
協力を新たな方向に導く機会をもたらす年となるだろう。援助国
はまずモンテレー会議で行った公約を尊重し、次にそれに基づい
て行動しなければならない。そのために必要な主要事項は次のと
おりである。

・2015 年までに援助額の対 GNI 比 0.7%を達成するためのスケ


:ドナーは援
ジュールを設定する(そしてそれを持続させる)
助額の対 GNI 比の最低水準を 2010 年には 0.5%とし、2015
年には目標を達成できるような拠出公約を行わなければなら
ない。
・持続不可能な債務に取り組む:2005 年の G8 サミットは、重
債務貧困国(HIPCs)の債務について大きな展開をもたらした。
しかし、多数の低所得国が依然として、債務返済金(債務元
利支払い金)を支払わなければならないという緊急の問題に
直面していることなど、いくつかの問題が残っている。債務
危機を最終的に決着させるには、対象国の拡大や MDGs 達成
のために提供される資金に見合う債務返済額を設定するなど
の取り組みが必要である。
・政府(援助)事業を通じて、予測可能な、多年度にわたる資金
供与を行う:援助効果向上に関するパリ宣言の原則に立って、
安定した援助の流れを提供し、被援助国の国内制度を通じて
活動し、被援助国政府の能力を増大するために、ドナーはよ
り野心的な達成目標を定めなければならない。2010 年までに、
少なくとも援助の 90%は、単年度または多年度の枠組みで合
意された予定表に従って実行されなければならない。
・コンディショナリティを合理化する:援助のコンディショナリ
ティは、被援助国の援助受託者としての責任と、国内制度を
通じた報告の透明性に焦点を合わせることにし、広範にわた
るマクロ経済の達成目標を強調したり、制度構築や国の能力
構築についての厳しい公約に重点を置くのは控える。
・ひも付き援助をやめる:ひも付き援助に関連した援助資金の浪
費に対する簡単な対処方法は、ひも付き援助を 2006 年に廃止

22
することである。

貿易と人間開発—その連携を強化する
 援助と同じように、貿易も人間開発の強力な触媒として機能し
得る可能性がある。適切な状況で貿易が行われれば、国際貿易は
MDGs の達成に向けた進展を加速させる強力な推進力を生み出す
ことであろう。問題は、不公平なルールや国内および国家間の構
造的な不平等が組み合わされることによって、貿易が本来持って
いる人間開発を促進するための潜在的な力が、発揮されずにいる
ことである。
 国際貿易はグローバリゼーションを推進する最も強力な動力源
の 1 つである。貿易の形態は変化しつつある。世界の製造業輸
出に途上国が占める割合は持続的に増加しており、技術力の格差
を埋めてきている国もある。しかし、構造的な不平等は根深く、
場合によっては拡大さえしている。サハラ以南アフリカはこれま
で以上に進歩から取り残されている。今日、人口 6 億 8900 万
人が住むこの地域が世界の輸出に占める割合は、人口 1000 万人
のベルギーが占める割合よりも少ない。もし、サハラ以南アフリ
カが輸出において、1980 年と同じだけのシェアを享受できたと
したら、外国為替差益は 2003 年の援助受取額の約 8 倍になる
だろう。ラテンアメリカ諸国の多くもまた、取り残されつつある。
グローバルな統合が富裕国と貧困国の格差是正を推進していると
いう主張は、他の分野と同じように、貿易の分野でも誇張された
ものに過ぎない。
 人間開発の観点からいうと、貿易は開発の手段であり、貿易そ
のものが目的ではない。貿易の伸び、GNI に占める貿易の割合、
および貿易自由化に関する指標は、人間開発の状況を示す代用指
標にはならない。しかし残念なことに、これらの指標が人間開発
を表す指標であるかのように扱われることが増えている。貿易へ
の参加は、生活水準を向上させる真の機会を提供するものではな
い。市場の「開放」と輸出の増大を示す最大のモデルであるメキ

23
シコやグアテマラは、人間開発を加速させた例としてはそれほど
目を引くものではなかった。貿易の増大は広範な人々への福祉に
常に恩恵をもたらすとは限らなかった。このことから、各国が世
界市場に組み込まれていく諸条件について、より多くの注意を払
う必要性があることがわかる。
 より公正な貿易ルールの確立が、とくに市場へのアクセスにお
いては役に立つことであろう。ほとんどの場合課税形態として、
単純な累進制の原則が採用されている。つまり、儲ければ儲ける
ほど、税金を多く支払うことになる。ところが富裕国の貿易政策
はこの原則を頭からはねつけている。世界最大の貿易障壁が、い
くつかの最貧国の前に立ちはだかっている。一般的に言って、富
裕国に輸出している途上国が直面する貿易障壁は、富裕国相互が
貿易する場合に直面する貿易障壁の 3 ~4倍になる。このよう
な貿易政策における理不尽な等級付けは、他の分野にも拡大して
いる。たとえば、EU は世界の貧困国に対して市場開放するとの
公約を重視している。しかし、貿易特恵の適格性を決定する EU
の原産地基準は、これら貧困国の多くの機会を最小限に抑えるこ
とを目的にしているように思われてならない。
 農業はとくに関心の高い分野である。1 日 1 ドル未満で生活す
る人々の 3 分の 2 が農村地域で生活や就労をしている。そのため、
彼らが生計を得ている市場、生計手段、そして貧困からの脱出の
見通しさえも、農産品取引を管理している貿易規制の影響を直
接受けやすい。世界貿易機関(WTO)の農業交渉で取り組むべ
き基本的な問題は、次の3語に集約される。つまり rich country
subsidies(豊かな・国の・補助金)の問題である。世界貿易交
渉の最終ラウンドで、富裕国は農業補助金の削減を約束した。と
ころが、それ以降も先進国は農業補助金を増やしてきた。現在、
先進国は貧困国の農業に対して 1 年に 10 億ドルを少し超える程
度の援助を行っているが、自国の農業に対しては、1 日に 10 億
ドル近くもの補助金を出して、国内で農産物を過剰生産させてい
る。これ以上に不適切な措置を想像するのも難しいほどである。
富裕国の補助金が貧困国の小規模農家が依存している市場を破壊

24
し、彼らの農産物価格を下げ、彼らが世界貿易から得られるはず
の利益が公平に分配されるのを阻んでいることが事態をいっそう
悪くしている。ブルキナファソの綿花農家は、年間補助金とし
て 40 億ドル以上も受け取っている米国の綿花生産者と競合して
いる。一方、EU の共通農業政策(Common Agricultural Policy:
CAP) は世界の砂糖市場を混乱させるだけでなく、欧州市場に途
上国が参入することを拒んでいる。富裕国の消費者や納税者は、
世界のいくつかの最貧国の生計手段を破壊するような財政政策の
中に閉じ込められている。
 WTO のルールは、分野によっては、途上国が直面する不利益
を組織的に増大させ、先進国にいっそう有利な世界統合へと偏向
させる恐れがある。その一例が、貧困国が生産性を上げ、世界
市場において成功を収めるために必要とされる工業政策や技術
政策を積極的に進める余地を制限する一連の規制である。現在
の WTO 体制では、かつて東アジア諸国の急速な成長を支えた政
策のほとんどがルール違反になってしまう。知的所有権に関する
WTO のルールは、2 つの点で脅威になる。技術移転のコストが
上昇する点と、それによって医薬品の価格が押し上げられ、貧困
層の公衆衛生が危険にさらされかねない点である。WTO サービ
ス交渉では、富裕国は金融業および保険業に携わる企業のために
投資機会の創出を模索する一方で、貧困国にとって明らかに利益
となる分野、つまり労働力の一時的移転では、貧困国の取引の機
会を制限している。熟練労働者および未熟練労働者の流れが少し
増加するだけで、年間 1570 億ドル以上が創出されると推測され
るが、これはその他の分野での自由化よりもはるかに大きな利益
を貧困国にもたらし得る。
 WTO 交渉のドーハ・開発ラウンドは、多角的な貿易ルールと、
人間開発および MDGs への取り組みとの連動を開始するための
機会を提供している。しかし、これまでのところ、その機会は有
効活用されていない。4年間の交渉が行われたが、実質的には何
の進展も見られない。なされたことと言えば、富裕国が求めたバ
ランスを欠いたアジェンダに時間を費やし、農業補助金の問題を

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解決することに失敗しただけであった。
 世界貿易における不平等の根本的な原因には、どんなに優れた
農業貿易ルールでも取り除けないものがいくつかある。不十分な
インフラや限られた供給能力といった根深い問題に取り組む必要
がある。富裕国は「キャパシティ・ビルディング(被援助国の能
力構築)」という援助アジェンダを打ち出した。しかし残念ながら、
富裕国が自国にとって戦略的に有益とみなした分野の能力構築に
援助を集中させるといった不健全な事態が生じている。長年にわ
たる問題の中には、国際貿易アジェンダでは解決できないものさ
えある。商品市場、とくにコーヒー市場での深刻な危機がその例
である。エチオピアでは、1998 年以来コーヒーの価格が下落し
続けているために、コーヒー生産者1世帯の年間所得が 200 ド
ルも下がった。新しい貿易構造が出現したことにより、農業分野
でのより公平な貿易に対する新たな脅威が生み出されている。複
数のスーパーマーケット・チェーンが富裕国の農業市場の入り口
で物流を統制するゲートキーパーとなっており、途上国の生産者
を先進国の消費者に結び付ける役割を果たしている。しかし、小
規模農家は、スーパーマーケット数社の買い付けから排除されて
いるため、貿易と人間開発との連動は弱いものとなっている。も
し小規模農家が各地の世界市場により公平な条件で参入しやすく
なるような構造を作り出すことができれば、貧困に対する世界的
な取り組みの中で民間セクターが重要な役割を果たすことが可能
になるであろう。
 貿易と人間開発との結び付きを強化していくには、長期的な取
り組みが必要である。ドーハ・ラウンドは、その取り組みを開始
し、ルールに基づいた貿易制度の信頼性と正当性を確立する良い
機会である。さまざまな状況から見て、ドーハ・ラウンドの重要
性は極めて高く、失敗に終わらせるわけにはいかない。世界が共
有できる繁栄を築くためには多国間制度が必要である。それは単
に公共の利益を促進するだけでなく、公正でバランスよく機能す
るものでなければならない。
 2005 年 12 月に予定されている WTO 閣僚会議では、最も急

26
を要するいくつかの問題に取り組む場が設けられる。大半は技術
的な課題だが、実際に必要とされているのは、WTO のルールが
人間開発にとってより多くの利益をもたらし、被害をより少なく
とどめるための枠組である。ドーハ・ラウンドで WTO のルール
の不均衡がすべて解消されると期待するのは、非現実的である。
しかしそこでは、今後のラウンドが多角的システムの中心に人間
開発を置くことを目指すうえでの素地をつくることは可能であろ
う。ドーハ・ラウンドの成果を評価するための主な基準には次の
ようなものがある。

・富裕国政府の農業補助金を大幅に削減し輸出補助金を禁止す
る:直接的および間接的な輸出補助金を即時禁止する。加えて、
OECD の生産者支援概算によって測定されている農業への支援
については、生産額の5~ 10%を超えないようにする必要が
ある。
・途上国の輸出に対する障壁を大幅に削減する:富裕国は、途上
国からの輸入品に対する関税の上限を、富裕国の平均関税率
である 5 ~ 6%の2倍を超えないようにしなければならない。
・特恵措置を受けられなくなる国に対する保障を行う:富裕国の
いくつかの途上国の輸出に対する特恵措置がもたらす利益は
全体として限定的なものである一方、場合によっては、それ
らの特恵措置が廃止された場合、途上国に対し高い失業率や
貿易収支への打撃をもたらす可能性がある。特恵措置の廃止
によって影響を受けやすい脆弱な国々が負担する調整コスト
を削減するために、調整基金を創設しなければならない。
・人間開発のための「政策の場」を保護する:多角的ルールを、
当事国の貧困削減戦略に反した形で課さないことが重要であ
る。これらの貧困削減戦略には、現地の特性に配慮し、民主
的かつ参加型の政策プロセスを通して作られた国際的な慣行
を取り入れるべきである。とくに、富裕国で補助金の対象と
された輸出産品との不公平な競争から、途上国が自国の農業
生産者を保護する権利は、WTO のルールにおいて尊重されな

27
ければならない。
・地域貿易協定における「WTO プラス」措置を回避することに
取り組む:とくに投資や知的所有権の分野では、いくつかの
地域貿易協定が WTO の規制以上の義務を課している。これら
の協定においては、貧困削減を目的に策定された各国の政策
を尊重することが大切である。
・労働力の一時的移動に関するサービス交渉に改めて焦点を当
「開発ラウンド」では、急速な金融部門の自由化よりも、
てる:
途上国の労働者が富裕国の労働市場に参入しやすくなるよう
なルール作りへといっそう重点をシフトさせるべきである。

進歩の障壁となる武力紛争
 1945 年、米国国務長官、エドワード・R・ステッティニアスは、
人間の安全保障に関する 2 つの基本的な構成要素とそれらの関
係を次にように指摘した。「平和を求める闘いは、2 つの前線で
行われなければならない。第1は安全保障の前線であり、その勝
利は恐怖からの自由を意味する。第2は経済的、社会的な前線で
あり、その勝利は欠乏からの自由を意味する。両方の前線で勝利
することによってはじめて、世界の恒久的な平和を保障し得る」。
この理論に基づき、米国は国際連合創設の中心的な役割を担うこ
とになった。
 60 年後、そして冷戦の終焉が新たな平和の時代の幕開けとな
ることが期待されてから 10 年以上が経過した今、安全保障への
関心が再び国際的な議題の中心となっている。国連事務総長報告
書『より大きな自由を求めて』が述べているように、われわれは、
貧困と武力紛争の破壊的な相互作用が、それらの直接の犠牲者だ
けでなく、国際社会全体の安全保障に対してもまた、深刻な脅威
を与えるような時代に暮らしている。
 富裕国の多くの人々にとって、グローバルな不安という世界全
体の安全保障への懸念は、テロリズムや組織的犯罪の恐怖と結び
付いている。このような脅威は確実に存在する。しかし、「恐怖

28
からの自由」が最も後れているのは途上国である。多くの途上国
で貧困と武力紛争とが引き起こす相互作用が、おびただしい数の
人命を奪い、MDGs の達成に向けた進展を妨げている。この相互
作用に終止符を打ち人間の安全保障を確立しなければ、世界中に
深刻な結果がもたらされることであろう。相互依存の世界では、
武力紛争による脅威は、どれほど強固に国境を守ろうとも国境を
越えて拡大する。貧困国における開発の問題こそが、世界の平和
と集団安全保障を守るための闘いの最前線にある。現在の戦闘計
画で問題なのは、軍事戦略が過度に発展している一方で、人間の
安全保障に関する戦略は未だ整備されていないという点である。
 紛争の本質は変化している。人類の歴史上、最も多くの血が流
された 20 世紀の特徴的な出来事は、まずは国家間の戦争、次い
で 2 つの超大国間の武力紛争に発展する危険を抱えた冷戦の恐
怖であった。今日、この種の恐怖は、おもに政府が弱体化するか
腐敗している貧困国で起こる、小型武器を用いた局地的な紛争や
地域紛争に取って代わられた。今日の紛争で犠牲となるのは、ほ
とんどが民間人である。世界全体で見ると、今日の紛争件数は
1990 年より少なくなっているが、しかしその一方で、貧困国で
発生する紛争の割合が増大している。
 武力紛争による人間開発の損失については未だ十分に理解され
ていない。コンゴ民主共和国(DRC)で、紛争によって直接的あ
るいは間接的に死に至った人の数は、第1次世界大戦と第2次世
界大戦の英国人の死者数を「合算した」数字を何と上回っている。
スーダンのダルフール地域では、100 万人を超える人々が紛争
のために行き場を失った。これらの事件をはじめとする紛争の直
接的犠牲者に対しての国際的な関心は定期的に寄せられることに
なる。しかし、武力紛争による人間開発への長期的な影響は、ま
だ十分には明らかになっていない。
 紛争は栄養状態と公衆衛生を悪化させ、教育制度を破壊し、暮
らしを崩壊させて、将来の経済成長を停滞させる。HDI に基づ
いて「人間開発低位国」に分類される 32 ヵ国のうち、22 ヵ国
が 1990 年以降のいずれかの時点で紛争を経験している。MDGs

29
の 2015 年達成の軌道から外れてしまうとわれわれが予測したグ
ループの中で、武力紛争を経験した国が占める割合は非常に大き
い。乳幼児死亡率を削減する試みが後退しているか停滞している
52 ヵ国のうち 30 ヵ国は、1990 年以降紛争を経験している。こ
うした多大な損失そのものが、人間の安全保障を構築し、MDGs
の達成に向けた進歩を加速させるのに欠かせない基本的な3つの
要件、つまり、紛争予防、紛争解決、および紛争後の復興、の障
害になっている。
 人間の安全に対する不安と武力紛争によって生じる問題の一部
は、元をたどると弱体化して脆弱で破綻しつつある政府に行き着
く。安全保障の危機から国民を守れず、基本的なニーズを満たせ
ず、正当とみなされる政治制度を確立できない、という失敗が複
合的に重なり合っているのが、紛争が起こりやすい国家によく見
られる特徴である。地域間あるいは集団間に広がる深刻な不平等
を原因にして、暴力が引き起こされている事例もある。外的要因
もまた紛争の原因になっている。アフガニスタンやソマリアなど
の「破綻」国家の場合、独自の戦略的目標を達成しようとして介
入してきた外部の勢力を国内に受け入れたことも、紛争の要因の
1つになった。武器の輸入や天然資源の売却による資金の流れが
一握りの利益集団に独占されていることも、紛争が長期化し、激
化するのを助長する。紛争が起こる恐れのある国にとって、政治
的なリーダーシップは状況を変えるための必要条件となるが、十
分条件ではない。富裕国の政府もまた、リーダーシップを発揮す
る必要がある。
 援助に対する新たなアプローチは今後の新たな出発点となる。
弱体化した脆弱な国家は、援助資金を効率よく使えるようになる
ための能力開発に対する援助を十分には受けていない。加えて、
援助資金の流れも極めて予測不能な状態にある。援助の流れは、
制度や政策環境を考えれば仕方がないと正当化できる水準よりも
40%も低いというデータもある。援助の時期を見極めることも
新たな問題である。援助国は、紛争直後の時期には、しばしば人
道援助に対して大きなコミットメントを行う。しかし、その後の

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数年間の経済回復に対しては援助国は消極的で、支援を引き続き
行わないことがよくある。
 鉱物その他の天然資源の輸出が武力紛争を引き起こすのではな
い。小型武器でもない。しかし、天然資源や小型武器の市場は、
武力紛争を持続させる手段を供給できるのである。これらの紛争
の当事者を市場から閉め出せば、平和に必要な条件をつくり出す
のに役立つ。コロンビアからアフガニスタン、西アフリカ諸国に
至るまで、宝石や木材の輸出が紛争の資金源となり、国家の能力
を蝕んできた。ダイヤモンドを対象としたキンバリーの認定制度
が示すように、認定法によって彼らが輸出する機会を封じること
もできる。小型武器で 1 年に 50 万人を超える人命が失われてい
る。その犠牲者の大半は世界の最貧国の人々である。しかし、死
をもたらす小型武器の貿易を規制する国際的な取り組みの成果は
限定的である。規制の実施は依然として不十分で、規制が守られ
るか否かは各国の自発的意思にゆだねられている。そのため、大
きな法の抜け穴から、ほとんどの武器取引が規制を逃れることに
なる。
 武力紛争がもたらす人間開発の脅威に対する富裕国の最も効果
的な取り組みの 1 つは、各地域のキャパシティを支援すること
だろう。ダルフールの危機において、もし十分な規模と装備を備
えたアフリカ連合の平和維持軍、とくに民間人を守ることを目的
に確固とした指揮のもとに編成された平和維持軍が対処していた
としたら、たとえ紛争は避けられなかったとしても、規模を抑え
ることはできたかもしれない。ダルフールが最も激しい危機に見
舞われていたときに、フランスと同等の面積を持つこの地域でダ
ルフール人 150 万人の身に何が起こっているかを監視していた
のは、300 人にも満たないルワンダとナイジェリアの部隊であっ
た。効果的な早期警戒システムの構築から介入までを行えるよう
に、紛争地域の地域的対応能力を確立することが依然として人間
の安全保障にとっての緊急課題になっている。
 武力紛争の脅威に対処するうえで最も費用効率の高い方法が、
紛争予防であるとしたら、復興の機会を逃さないことも、次善の

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策として相当に効果がある。和平合意がなされても、それが暴力
の再燃への序章となるケースが多い。実際に、いったん武力紛争
から抜け出した国の半数が、5 年以内に再び戦争状態に逆戻りし
ている。この循環を断つためには、長期にわたり安全を保障し、
復興を監視し、そして競争力のある市場の発展と民間セクターへ
の投資を促すような状況をつくり出す、政治的および財政的な取
り組みが必要である。このような取り組みは常にはっきり見える
ものではない。
 MDGs が「欠乏からの自由」への進展に焦点を当てている一方
で、依然として、世界は「恐怖からの自由」を広く享受できるよ
うにしていくための一貫した行動計画を持っていない。国連事務
総長報告書『より大きな自由を求めて』が論じているように、テ
ロリズムの脅威に対する軍事行動の問題にとどまらず、貧困や社
会崩壊、そして内戦がグローバルな安全保障に対する脅威の中核
的な要素であるという認識に基づき、集団的安全保障の枠組みを
再構築することが、緊急に求められている。脅威の削減に必要と
される主な取り組みは次のとおりである。

・援助に関するニューディール政策:紛争の危機にさらされてい
る国、あるいは紛争後の国への援助を中断することは、正当
化できるものではない。援助の中断は、当事国の人間の安全
保障にも、また、グローバルな安全保障にも悪影響を与える。
GNI の 0.7%という目標を達成するためにより広く必要とされ
るものの1つとして、ドナーはよりいっそうの援助努力を約
束すべきである。その援助は、長期的な財政的公約に裏打ち
された高い予測可能性を有するものでなければならない。ド
ナーは援助割当の条件について、また、紛争の危険がある国
への投資を削減する理由について、これまで以上に透明性を
高めなければならない。
・より透明性の高い資源管理:天然資源市場は紛争の資金源にな
り、時として説明責任のある政府にも悪影響を与えることが
あるため、鉱物の輸出に関わる多国籍企業は、その市場関係

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者として、透明性を高めるべきである。英国が主唱して開催
されたアフリカ委員会が提唱した、海外の多国籍企業の不正
取引に対して調査を認める国際的な法的枠組みを、すでに実
施されている米国の法律を見習って、優先的に制定しなけれ
ばならない。
・小型武器の流通の遮断:2006 年の小型武器問題再検討会議で
は、小型武器市場を規制して、武力紛争が発生している地域
への武器供給を抑制するための包括的武器貿易条約に同意す
る機会が提供されることになる。
・地域のキャパシティの確立:サハラ以南のアフリカ諸国にとっ
て、緊急事態に備え、財政支援、技術支援、後方支援を通じ
て機能する待機軍として、アフリカ連合の平和維持軍を編成
することが緊急の優先課題である。
・国際的な一貫性の確立:国連事務総長の報告書『より大きな
自由を求めて』では、集団安全保障に対する総合的なアプロー
チという観点から戦略的枠組みを策定するために、国際平和
構築委員会(International Peace Building Commission)の設
立を求めている。そのアプローチの一環としてグローバル基
金を設立し、紛争直後の緊急援助と長期的な復興への移行過
程に対し、長期的かつ予測可能な財政援助を行うべきである。

                             
 人間開発を研究する歴史学者が 2005 年を振り返るとしたら、
2005 年は転換期と呼べる年であったと指摘することであろう。
国際社会は今、今後の 10 年を真の「開発の 10 年」となし得る
政策と資源を動員することができるという、かつてなかったよう
な貴重な機会を手中にしている。ミレニアム宣言で目標を掲げた
ことにより、世界各国の政府は、グローバリゼーションに新たな
姿を与えること、世界の何百万人もの貧困者や弱者に新たな希望
を与えること、繁栄と安全を共有するための条件を整えるのに必
要な道筋を決めることができた。もしこのまま旧態依然のやり方
を続けることになれば、大量な貧困に傷つき、深刻な不平等に分

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断され、だれもが安全を脅かされる世界だけが待つことになる。
21 世紀の初頭のこの曲がり角にあって、政治的リーダーシップ
が発揮されなければ、豊かな国も貧しい国も将来の世代において
高価な代償を支払うことになるであろう。

 本報告書は、われわれがいかに取り組むべきかを考えるための
基礎を提供する。国際協力における3つの柱に焦点を合わせるこ
とで、本書は優先的に取り組むべき問題について、そして、成功
を手に入れるために何が重要かについても光を当てている。疑い
の余地がないのは単純な真実、つまり、世界が共同体として、貧
困を根絶し、国や人を隔てている大きな不平等を克服する手段を
持っているということである。われわれが署名したミレニアム宣
言から5年が経った今、まだ答えられていない根本的な問いは、
はたして世界各国の政府が、全世界の貧困者に対する公約を実行
する決意を持っているのか否かというものである。もし決然たる
リーダーシップによって、人類が共有できる利益に向かって進む
時があるとしたら、それは今をおいて他にはない。

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< HDR 関連書籍>

(1990 年—2005 年)および一部の『人間開発報告書』の基


『人間開発報告書』
本論文、
『国別人間開発報告書』は、http://www.undp.org でご覧いただけます。

Human Development Report CD-ROM : 2000-2002


『人間開発報告書』CD-ROM: 2000-2002
2000 年から 2002 年の『人間開発報告書』を一つにまとめたものです。このほ
か、UNDP2002 Human Development Awards for Excellence を受賞した『アラ
ブ人間開発報告書』
、インドネシア(2001)
、ボリビア(2002)
、チリ(2002)

ボツワナ(2000)
、ネパール(2001)の国別人間開発報告書(National Human
Development Report)を収録しています。英語版のみ。

入手先 :
United Nations Publications
Tel: +1-800-253-9646, +1-212-963-8302   Fax: +1-212-963-3489
Email アドレス ニューヨーク : publications@un.org 欧州 : unpubli@unog.ch
ホームページ : http://unp.un.org

Journal of Human Development : Alternative Economics in Action


人間開発ジャーナル : もう一つの経済学の台頭
2000 年に発刊された本誌は、相互評価方式の雑誌として、人間の可能性、成
長と市場などについて新たな視点を提供しています。本誌は、人間開発に役立
つ、より広い概念や測定方法に関する未発表論文を掲載しています。掲載論文
では、地球規模の課題を初め、国内や地域の課題があつかわれています。人
間開発は、従来型ではない新たな経済アプローチのための「思想集団」となり
つつあり、本誌はこの「人間開発派」の擁護者や批判者のための橋渡し役を果
たしています。

入手先 :
Calfax Publishing, Taylor and Francis Ltd.
Email アドレス : journals.orders@tandf.co.uk
ホームページ : http://www.tandf.co.uk/journals

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人間開発報告書のテーマ

1990 年 人間開発の概念と測定
1991年 人間開発の財政
1992 年 人間開発の地球的側面
1993 年 人々の社会参加
1994 年 「人間の安全保障」の新しい側面
1995 年 ジェンダーと人間開発
1996 年 経済成長と人間開発
1997 年 貧困と人間開発 : 貧困撲滅のための人間開発
1998 年 消費パターンと人間開発 : 人間開発のための消費とは
1999 年 グローバリゼーションと人間開発 : 人間の顔をしたグローバリゼーション
2000 年 人権と人間開発
2001年 新技術と人間開発 : 新技術を人間開発に役立てる
2002 年 ガバナンスと人間開発
2003 年 人間開発報告書 -ミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向けて-
2004 年 人間開発報告書 -この多様な世界で文化の自由を-

『人間開発報告書』の日本語版は(株)国際協力出版会(Tel: 03-3372-6771,
Fax: 03-3372-6840, http://www.jicp.co.jp)が発行しています。

『人間開発報告書』の英語版は、オックスフォード大学出版局株式会社(Tel:
03-3459-6489, Fax: 03-3459-8661, http://www.oupjapan.co.jp)
で入手できます。

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人間開発報告書 2005 概要
2005 年 9 月

監修:秋月 弘子(亜細亜大学教授)
   二宮 正人(北九州市立大学助教授)
発行:国連開発計画(UNDP)
渋谷区神宮前 5-53-70 UN ハウス 8F
http://www.undp.or.jp

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