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日本における地生態学の

発展と今後の展望

目代邦康
財団法人 自然保護助成基金
2011.5.21 寒冷地形談話会「寒冷地形最前線」
専修大学サテライトキャンパス
発表の経緯
● 2010/10/12 澤田さんより
● 「目代さんには、小泉先生のご研究を中心にして、日本の地生態
学の簡単な経過をご発表いただければ幸いです。応用として、
自然保護に触れて頂いても良いかと思います。」

プログラム「高山の地生態学」

● 2010/10/13 目代より返信

「お声がけいただきまして,ありがとうございます.しかし,「高山
の地生態」なんて,私なんかが引き受けてもよろしいのでしょう
か?」

「保護の問題も絡めてお話しできればとおもいます.その際,必
ずしも高山に限らない部分もでてきます.」
発表の経緯

「日本における山地の地生
態学の一側面」として発表
を準備.大して内容が無い
ので,悩む.
● 5/6 松岡さんよりメール
● 「地学雑誌(予定)の特
集号を企画しました.対
象者は是非エントリーし
て下さい.」
● さらに悩む.

現在に至る.
日本の地生態学の研究レビュー
● 小泉武栄(1993)「自然」の学としての地生態学.-自然地理学の一つのあり方
-.地理学評論,66A,7478-797.
● 横山秀司(1995)景観生態学と地形.地形,16,227-236.
● 小泉武栄(1996)日本における地生態学(景観生態学)の最近の進歩.生物科
学,48,113-122.
● Koizumi T. (1996) Recent Progress of geoecology in Japan. Gegraphical
Review of Japan, 69B, 160-169
● 小泉武栄(2002)日本における地生態学研究.横山秀司編「景観の分析と保護の
ための地生態学入門」古今書院,39-50.
● 渡辺悌二(2004)山岳地生態系の脆弱性と地生態学研究の現状・課題.地学雑
誌,113,180-190.
現在の日本の地生態学の状況
● 渡辺(2004)
地学雑誌,に
よくまとめら
れている.
この発表の論点
● 日本の地生態学のスタートはどこか?
● 横山(1995:地形),小泉(1974:木曽駒ヶ岳高山帯の自然景観)
が日本で最初の地生態学の論文.
● 渡辺(2004:地学雑誌),1960年代には,吉野正敏が「地生態
学」を意識せずとも実質的に研究を進めていた.

● 現在の地生態学の位相を明確にする
● 中村太士ほか(2006:地形)「地生態学は,高山帯の植生を扱う
特殊な地理学もしくは生態学であるように思われてきた.」
● この「特殊な地理学,生態学」の位置付け
日本における地生態学的研究の萌芽
● 吉野正敏(1961)「小気候」地人書館,吉野の一連の研究(渡
辺,2004)

大場達之,鈴木由告による地形条件などを考慮した高山植物研究
(小泉,1993)
● 今西錦司(1969)「日本山岳研究」中央公論社,小林国夫(1963)
「日本アルプスの自然」築地書館.
日本の地生態学の黎明期(1)
● 小泉(1974)木曽駒ヶ岳高山帯の自然景観-とくに植生と構造土につ
いて.日本生態学会誌.

対象は景観.「構造土と植生との競合共存関係」.自然地理学的
景観研究.
● 「Native geoecology」.概念の輸入ではなく,現地観察による.
● 東京教育大院の修士論文が元になる.指導教員は町田貞.この
テーマに取り組む前は,卒論で新潟五頭山塊の断層地形を扱う
(有井琢磨指導).
● この論文の評価.
– 横山(1995:地形):日本で
最初の地生態学の論文.
– 岩田修二:小泉は自然地
理学の研究を生態学会誌
に出した
(1997年日本地理学会地生態学研
究グループ研究集会(?)での発
言.)
日本の地生態学の黎明期(2)
● 小泉(1979~:高山の寒冷気候下における岩屑の生産・移動と植物
群落)

「地形形成作用に注目し,これとの関連で植物群落の成立を考え
た」.テーマは高山植物の分布.自然地理学的高山植生研究

● 小泉(1974)と小泉(1979)以
降の研究との方向性の違い
小泉(1974)の生まれるきっかけ

● 1971年7月 五百沢智也,小泉武栄
(当時M1),水谷宣明,柳林実.
● 朝日岳~雪倉岳~白馬岳.
– 「五百沢さんは・・・地形や植物の生態につ
いて,ごく初歩的なことから親切に自然の
解説をしてくれた」(p.2)
– 「日本の高山帯にみられる美しい景色を全
部まとめてきちんと説明したい,・・・・その
きっかけになったのは・・・・五百沢智也さん
に連れられての白馬岳山行である」(p.61)
五百沢智也の自然の認識

現地観察と空中写真観察.
● 氷河地形などの高山地形の専門知識.

斜面プロセスにはあまり言及していない
● 雪氷の専門知識.
● 俯瞰的な自然環境の認識.
● 高山植物,土壌,蝶,鳥など高山の自然に対する
幅広い興味関心.
植生区分ごと
の平均積雪深
● 地形条件や気象
条件との対応を
検討.
● 空中写真で判読
する際のポイント
も明示.

五百沢(1972)
五百沢(1972)

小泉(1993)
五百沢(1972)
日本の地生態学萌芽期における
五百沢の役割
● 本発表の主張

五百沢智也の高山帯の自然環境に対する認識は,当時の院生に
強い影響を与え,日本における高山の地生態学を生むきっかけと
なった.

五百沢による地生態学の論文はない.しかし,日本の地生態学の
萌芽という文脈において,五百沢智也(1967)「登山者のための地
形図読本」山と渓谷社は,その後の研究の方向性を示している文献
といえる.そのため,日本の高山におけえる地生態学研究の前史と
して,五百沢智也を評価する必要がある.
小泉(1979~)へ影響を与えた研究
● 小泉(1979~)と,小泉(1974)との大きな違いは,
「地形形成作用」の評価.
● 砂礫地での斜面物質の移動量の測定.
● 高山植生地理学におけるRock Control
● 高山地形研究グループ(1974~)での活動の影響
(小泉は1975~78に参加).
● 高山地形研究グループ(1978)「白馬岳高山帯の
地形と植生」科研費報告書.
初期の「地生態学」の特徴
● 小泉(1974)と小泉(1979-1980)で一旦総括
(Koizumi 1980.Geoecology of the alpine zone of the Japan Alps.
Bulletin of Tokyo Gakugei University. Series Ⅲ).

その後,他の事例も調査するが,基本的に対象は,高
山植生.80年代はそれが続く.
● 80年代は,小泉より下の世代の,森林限界~高山
帯の植生研究も進む(沖津,水野,渡辺,横山).

本発表では,「高山植生地理学期」と命名.
高山植生地理学期の特徴
● 初期の地生態学の特徴を有する(渡辺,2004)
● 地生態学は,高山帯の植生を扱う特殊な地理学も
しくは生態学であるように思われてきた(中村ほ
か,2006)

● 1990年頃まで,生態学における森林の分布,構
造,更新などに関する研究のほとんどは,地形を
不動のものとして扱う(中村ほか,2006)

地形を動的なものとして扱う考えは,高山でない地
域(河川,低山など)で,生態学者によって適用さ
れていく.
1990年代 認知拡大期

高山植生地理学期が一旦落ち着く.
● 他分野への認知の拡大,方法論の受容.
● これまでの研究を総括し,次の課題の模索に入る.
● 1993年日本地理学会シンポジウム「自然地理学の存在
理由」で,植生地理学ではなく,「地生態学の立場から」
小泉が発表

地生態学に関する研究
レビューが多産.

日本地生態学研究グ
ループ設立(1996)→
教科書作成
日本の地生態学の研究レビュー

これまでにいくつかのレビュー論文
● 小泉武栄(1993)「自然」の学としての地生態学.-自然地理学の一つのあり方
-.地理学評論,66A,7478-797.
● 横山秀司(1995)景観生態学と地形.地形,16,227-236.
● 小泉武栄(1996)日本における地生態学(景観生態学)の最近の進歩.生物科
学,48,113-122.
● Koizumi T. (1996) Recent Progress of geoecology in Japan. Gegraphical
Review of Japan, 69B, 160-169
● 小泉武栄(2002)日本における地生態学研究.横山秀司編「景観の分析と保護の
ための地生態学入門」古今書院,39-50.
● 渡辺悌二(2004)山岳地生態系の脆弱性と地生態学研究の現状・課題.地学雑
誌,113,180-190.
渡辺(2004)の地生態学研究の区分
● 自然地理学的なドイツの伝統的地生態学
● 北米の広義の地生態学やドイツ地生態学連合を

中心とする応用的な地生態学
                   →応用地生態学
現在の地生態学研究の位相
● 諸研究の位置づけは,これまでのレビューで繰り
返し行われているので,別の視点からこの分野を
評価.
● 研究助成金の採択課題から,研究動向を探る.

● 用いたデータベース
● 国立情報学研究所の科学研究費補助金データベース
● 助成財団センターの民間助成決定課題データベース
方法
● DBで,タイトルまたはキーワードに「地生態」「地生
態学」「地生態系」「Geoecology」が含まれるもの
を抽出.
● 方法の妥当性
● 研究の系譜:引用,被引用関係.

日本の地生態学は,母集団となる文献が少なく,関係
性が明瞭に出ない.
● 助成金の供出≒研究の対外的な評価

共同研究の実施形態=研究者コミュニティーの動態
● 方法の問題点

院生の研究などは対象外になりやすい
● 体制に批判的な研究は対象外になる
結果
● 総件数21件.科研費17件,民間助成4件.
● 地生態をキーワードにした研究が現れるの
は,1987年より.

中華人民共和国の熱帯・亜熱帯における土地利用と植
生の生態学的諸因子の研究:吉野正敏(代表者),野
元世紀,中川清隆,牧田 肇,高橋英紀,白坂 蕃:科
研費海外学術研究 290万円,1987.
● 集落移転に伴なう村落の地生態的・社会構造的変化:
石井素介(代表者),横山秀司,長岡 顕,久保田義
喜: 科研費一般研究(C) 60万円,1987-1988
結果(1980年代)

期間:代表者:タイトル:金額
● 1987-1988:石井素介:集落移転に伴なう村落の地生態的・社会構造的変化:60
万円
● 1987:吉野正敏:中華人民共和国の熱帯・亜熱帯における土地利用と植生の生
態学的諸因子の研究:290万円
● 1989:門村 浩:アフリカにおけるサバンナの形成過程:1700万円
● 1989-1990:石井素介:災害・開発に伴なう集落移転の地生態的・社会構造的イ
ンパクト:250万円
結果(1990年代)
● 1992-1993:高橋伸幸:大雪山地域の周氷河現象とその環境に関する研究:180
万円
● 1992-1993:石井素介:被災地農山村における生態的環境悪化の実態と復興過
程における環境保全の諸条件の究明:190万円
● 1995-1997:斎藤功:ブラジル北東部における農牧的土地利用の強度と地生態系
の地域的変化:1900万円
● 1997-1998:大森博雄:地球温暖化による動植物相の競合関係の変化に関する
実験的研究:60万円
● 1997-1998:高岡貞夫:亜高山帯における林床型分布の成因論的検討に基づく
森林更新モデルの再構築:200万円
● 1997-1998:丸山浩明:ブラジル北東部における大干魃の時間的・空間的拡大と
緊急対策事業の展開:210万円
● 1997:小泉武栄:多摩地域におけるカンアオイ類の分布・生態と保護に関する地
生態学的研究:130万円
● 1997-1999:日本の山地景観の地生態学的研究:小疇 尚:1060万円
結果(2000年以降)
● 2000-2001:飯島慈裕:温帯高山・亜高山地域の気候変化に対する地生態系の
応答:200万円
● 2001:高岡貞夫:河畔林における地形変化と群落動態に関する地生態学的研
究:90万円
● 2003-2005:吉野(漆原)和子:社会構造の変化に伴う過放牧に起因する地生態
の変化:1170万円
● 2005-2007:渡辺悌二:南・中央アジアの山岳資源管理への地生態学的研究フ
レームワークの構築:859万円
● 2006:山縣耕太郎:カムチャッカ半島山岳地域における地生態学的研究:??
● 2007:渡辺悌二:中央アジア,パミール高原におけるジオ・エコツーリズム導入の
ための地生態学的研究:130万円
● 2008-2010:渡辺悌二:ソ連邦崩壊後のパミール高原地域の社会変容と持続的
自然資源利用:1768万円
● 2008-2010::手代木功基ナミビア半乾燥地域における「地生態系」と人間活動の
関係に関する研究:150万円
● 2011:渡辺悌二:中央アジアの貧困解消に向けた持続的山岳社会の構築:1768
万円
傾向

① 発展途上国などを対象とした地理学的総合研
究.
● 半乾燥地域など人々の暮らしが自然環境に強く影響さ
れる地域
② 災害や開発問題と自然との関わりについての
研究.
③ 山地,丘陵地の植生地理学(~2000年)
④ 問題解決指向の地生態学.(1995年~)
考察
● 地生態学を標榜している研究は,自然科学的な研究よりも,人
文,社会科学も含めたいわゆる地理学的な研究が多い(13/21
件).

● 海外研究が多い(11/21件).特に暮らしが自然環境の影響を
強く受ける地域では,地生態系の把握は必須であると思われ
る.

● 発展途上国を対象とした研究は,1990年代までは「環境条件
の解明」といった,いわゆる従来の地理学的な研究.1995年
以降は,対象地域は同じ発展途上国であるが,地域で発生し
ている問題解決の指向性が強く出ている.
考察
● 前述の高山植生地理学期終了の時期(~1990)の後,山地,
丘陵地の植生地理学への助成があり(1990年代),その後,そ
れも減少する.

● 生態学者は,地生態学というキーワードを使わない.
まとめ
● 前史(1960~70年代)

吉野などの気候学者による気候と植生の関わりについ
ての研究.

大場達之などの高山植物に関する研究.

五百沢智也による「高山の自然」の見方.
● 高山地形研究グループの活動
● 高山植生地理学期(1970~80年代)
● 小泉:植生地理学に地形プロセス(Rock Control)を導


地理学,生態学コミュニティーからの認知
まとめ
● 認知拡大期(90年代)
● 他分野に方法論が受容される.

総括と模索
● 問題解決型の学問へ(00年代)

社会的なコンフリクト解消のためのツールとなりうるか.
● 実践の最中.
今後の展望
● 異分野の研究者を繋ぐプラットフォームとしての役
割の可能性.
● 自然災害大国日本での独自の進化の可能性.
● 社会的なコンフリクト解消のためのツールになりう
るか.

論理性,定量化,わかりやすさ,将来予測が可能か.
● 寒冷地形談話会会員による高山植生地理学研究
は,山好きが多いので今後も続くであろう.

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