You are on page 1of 8

アルタイ=カザフ牧畜社会における騎馬鷹狩猟の民族考古学

~無形文化遺産としての持続性に向けた複合研究~

Research Fellow, Watercope Project, University of Kassel, Germany

(助成当時:早稲田大学 大学院文学研究科博士後期課程史学(考古学)専攻 満期退学)

相馬 拓也

1.本調査研究の内容・目的・期間・方法

【内容】 本研究は、モンゴル最西端アルタイ山脈北部に位

置する、バヤン・ウルギー県(Баян-ӨлгийBayan-Ölgii)(図

1)の牧畜社会で継承される、イヌワシを用いた鷹狩の技法と

継承性についての民族考古学・生態人類学研究である。

「鷹狩」の技法は、おそらく 4000 年程度前にアルタイ山脈お

よび天山山脈など中央ユーラシア山岳地域の人々によって

考案された[Soma 2012a]。世界各地で実践される「鷹狩文

化」はその広範性や多様性から 2010 11 月、UNESCO

Conservation for the Safeguarding of the Intangible Cultural

Heritage 」 (無形文化遺産 ) と して正式に登録され た

UNESCO 2010a, 2010b]。

特にアルタイ系カザフ人(以下、アルタイ=カザフ人)によ

り継承される鷹狩では、猛禽類最大のイヌワシ(Golden

EagleAquila chrysaetos daphanea)のみを飼養・馴化し、狩

猟も騎馬により行われる(図 2)。その主な狩猟対象はキツネ

Vulpes vulpes)、コサックギツネ(Vulpes corsac)などの中型

獣にほぼ限定されており、日本や西欧のように水鳥や小動

物を積極的に捕獲するものではない[相馬 2012, Soma

2012b]。

いわばこの「騎馬鷹狩猟 」は、冬季にカザフの民族衣装に 不可欠な毛皮材の獲得を、その主目的に実践されてきた。

伝統的なカザフ・コミュニティでは、毛皮は慶弔事における

贈呈品としても価値を持った。さらに、かつてイヌワシを自ら

手なずけキツネを捕獲することは、「カザフ男児」としてのイ

ニシエーションでもあった。それは単なる「狩猟行為」ではな

く、民族固有文化の「社会実践」であったことから、時代を超

えて長らく継承されてきた。近年はアルタイ地域のカザフ人

にとって「民族文化の誇り」という象徴性を帯び、「無形文化

遺産」として確立され、現在にいたっている。

【目的】 本年度調査では無形文化遺産としての文化の持続

性および未来への継承をその見通しに据え、①騎馬鷹狩猟

の成立に不可欠な社会・文化的背景は何か、②騎馬鷹狩猟

きばたかがりりょう

に不可欠な生態基盤は何か、という 2 つの問題提起をした。

研究テーマの遂行上、生態人類学および民族考古学の調

- 327 -

査分析・解釈の手法が有効であり、以下の課題を実践した。

①鷹匠によるイヌワシ飼養・訓練、実猟技法について参与

観察を行った(実務面)。また社会面ではイヌワシの捕獲・入

手方法、保持のコスト、継承時期などを特定した(社会面)。

②県内 47 世帯の鷹匠家庭を含む牧畜活動従事者(以下、

マルチン)約 100 世帯を訪問し、家畜の種別構成率、子畜再

生産率、放牧面積、乗用馬保有数、夏冬営地の場所・移動

路などを特定した。鷹狩猟と「季節移動型牧畜活動」との相

互生産性について生態調査を実施した。

【方法】 集中的な現地滞在型フィールドワークの展開により、

鷹狩猟の現状と鷹匠の生活実態について、網羅的な記録を

行った。

1)半構成的インタビュー/参与観察

サグサイ村の若い鷹匠ジンスベク氏宅で、約 100 日間の

住み込み滞在を行った。滞在中、近隣の鷹匠およびマルチ

ンからコンセントを取得し、半構成的インタビューを広範囲

に実施した(横断調査)。また、イヌワシの飼養・訓練、社会

的役割、実猟活動などの参与観察・実見・記録を行った。加

えて熟練した古老へのインタビューを行い、狩猟・飼養技術

の古式について特定した(縦断調査)。

2)家畜頭数と種別構成率の把握/家畜の行動分析

各家庭における家畜所有頭数、種別構成率、子畜再生産

率、年間消費数を、聞き取り調査と統計局の内部資料にもと

づき特定した。また季節移動の生態要件と社会要件につい

ても、その現状を把握した。家畜の行動分析は、ヒツジもしく

はヤギの種オス(群内高順位)を選定し、その首に GPS 発信

機(Gamin 社製品 Map62sAstro220)を取り付け、一日の移

動距離、行動範囲、歩行・静止比率などを追跡した。

3)共同調査

ウルギーの行政政府と関係諸機関、地域の有力牧夫など

からの情報収集の必要から、モンゴル国立大学 S. バトトル

ガ教授(専門:文化人類学)と、各種情報および資料収集を

共同で行った(共同調査の経費は会計報告書に計上、成果

は共同論文として文末に記載した)。この共同調査により、

バヤン・ウルギー県の各行政諸機関・組織(以下記載)への

インタビューが実現した。

【インタビュー協力者】 ウルギー県検察庁長官、モンゴル =カザフ鷹匠協会会長および副会長、アルタイ・ツアー社 長、モンゴル=イスラーム協会会長、ムスリム同盟会長、社 会経済研究所所長、県立博物館館長ほか。

【期間】 ◎第 1 回フィールドワーク調査

2012 6 1 日~15 / 7 31 日~9 8 日(56 日間)

サグサイ村(図 3)を拠点に、近隣の鷹匠宅およびマルチ ン家族への訪問を通じて、イヌワシの飼育、給餌、訓練に加 え、冬営地・夏営地での生活誌全般、についての参与観察、 半構成的インタビューを行った。バトトルガ教授との第 1 回 共同調査(8 21 日~26 日)を行った。 ◎第 2 回フィールドワーク調査

2012 9 29 日~10 27 日(29 日間)

サグサイ村を拠点に、第 1 回フィールドワークを継続し、 アルタイ村、トルボ村、ボヤント村、ウランフス村などに巡検 を行った。また鷹具・民具の調査・収集も合わせて行った。 ◎第 3 回フィールドワーク調査

2012 12 17 日~2013 年月 1 11 日(26 日間)

サグサイ村の滞在先における家畜行動分析、さらにジン スベク氏の狩猟活動に同行し、参与観察を行った。またバト トルガ教授との第 2 回共同調査(2012 12 30 日~2013 1 4 日)を行った。 【期待される成果】 本研究の達成により、学術面として①騎 馬鷹狩猟の文化形成的側面、②アルタイ=カザフ鷹匠の生 活実態と現状、③鷹狩猟と牧畜活動の生業複合性とその生 態基盤、などの解明が期待される。これらは古代世界にお ける鷹狩猟の広まりや、遊牧社会の生業形態を類推する際 の実証的事例として分野を横断した汎用性がある。また社 会面として、無形文化遺産としての保護とその計画策定に向 けた生態人類学的・学術的根拠としての役割が期待される。

2.当該研究の状況:先学および自身の研究により既に解

明されていること、いないこと

アルタイ=カザフの鷹狩文化は、その基礎研究やアセス メントが急がれる一方、当該分野・地域についての先行研究 はほとんどなく、また学術的・科学的に統合された調査報告 もない。唯一 Бикумар1994a, 1994b]が 90 年代に鷹匠の「民 俗」全般を記録しているが、人々が参照できる状態としてほ とんど残されていない。 関連分野として、申請者自身によるキルギス共和国イシ ク・クル湖岸での鷹狩・鷹匠の調査から、鷹狩猟は牧畜社会 をその文化成立の前提(生態基盤)としている事が明らかと

- 328 -

なった[Soma 2007; 相馬 2008]。また 2011 年度から当該地 域サグサイ村における継続的な調査により、アルタイ=カザ フ騎馬鷹狩猟の歴史的深淵性、生態環境に依存した文化性 質、イヌワシ飼養と馴化方法、給餌における経済的負担など に加え、イヌワシ飼養と鷹狩猟の遂行のためには、同地の 牧畜活動と出猟実践の維持継続が不可欠であることが明ら かとなりつつある[Soma 2012a~d]。さらに、2000 年初めに は 400 名程度とされた鷹匠の現存数は[Баян-Өлгий Аймаг. 2003]、2013 1 月現在で推定 150 名以下に減少していると 考えられる。2011 年度の調査を通じて、「社会総体としての 保護・保全」の必要性という新たな課題が浮き彫りとなった。 上記の現状から、本年度調査では無形文化遺産としての 持続可能性に向けた複合研究を実施した。

3.臨地調査の結果①

鷹狩文化をめぐる社会的持続性

3-1. 鷹狩文化継承の多様性と地域差 鷹狩および鷹匠の詳細な民族誌については、昨年度報 告書および、文末に記載した成果一覧の論文中にて詳述し たため、本報告では騎馬鷹狩猟その存続に重要と思われる 社会・文化的側面について要約した。 県内には現在も 150 名程度の鷹匠がいると推測されるが、 その多くが狩猟行為を行わなくなっており、全く出猟経験の ない鷹匠が大部分を占めるようになっている。本年度の調 査では、47 名の鷹匠からイヌワシ保持・継承の時期を聞き取 り、地域別にその継承時期を特定した(表 1)。 サグサイ村では以前から鷹匠が多く存在し、その継承が 行われてきた。現在も 28 名の鷹匠が確認された。しかし昨 今、年に 2 度開催される「イヌワシ祭」(図 3)への参加と、観 光客へのデモンストレーションを主目的として鷹狩文化が継 続している背景がある。そのため出猟の伝統は廃れ、狩猟 経験がまったくない鷹匠がその大部分を占めている。さらに イヌワシ飼養についての知識がほとんどない「イヌワシ保持 者」が多数を占めるようになり、イヌワシの健康状態の低下 や後述する死亡例などが確認された。牧畜活動に従事しな い定住者の鷹匠は、全県でもサグサイ村に集中している。 トルボ村では鷹匠の現存数は 13 名のみだが、他地域で は行われなくなった出猟の伝統が継続されている。猟銃、 自動車、携帯電話等を動員し、イヌワシや騎馬に頼らない新 しい狩猟方法が継承発展した。また 8 名のうち 3 名が独自に 鷹狩を始めており、鷹匠家系以外の人が鷹狩を継続する伝 統が、かなり以前から定着していた。しかし 2000 年以降、新 たに鷹匠となる若い世代は 1 人もいない。そのため、鷹狩文 化と出猟の伝統の存続がもっとも危ぶまれる地域でもある。

アルタイ村では、鷹匠家系(故コマルカン氏一家)とその 親族による継承が一般的であり、鷹匠家系以外の鷹狩開始 はほとんど行われなった。村と周辺の現存数は 9 名であり、 その内コマルカン氏の親族が 5 名を占める(図4)。高名な鷹 匠でもあったコマルカン氏宅には多くの観光客や写真家が 訪問し、イヌワシ祭への参加は例年の行事となっている。た だし出猟は行われなくなっており、その継承も特定家族に 部分的といえる。 以上のように、3 村における継承と実践には地域性が見出 され、その地域ごとの保全や維持が必要と思われる。

3-2. イヌワシとヒナの取引 イヌワシとそのヒナの取引を通じた金銭的なやりとりは、地 域の鷹匠の間では頻繁に行われている(図 5)。カザフには かつて、ヒナを巣から直接捕えて飼養し、5 歳に達した春に 山へと返す伝統があった。しかし現在は罠を用いた成鳥の 捕獲や、他者からの購入が一般化しており、イヌワシのヒナ 捕獲技術の伝統喪失や、動物資源管理の観点から正負両 方の側面がある。また山へと返還する伝統は全く実践されて おらず、役目を終えてもさらに他者へと売却されている。ヒ ナの捕獲と取引は、地域の鷹匠にとって現金収入の手段と

なりつつある。巣立ち前のヒナは、100,000200,000MNT

6,00012,000 円)程度の相場で取引されている。そのため 営巣地を見つけても、その販売を目的としている際は鷹匠 に限らず他言することはない。 サグサイ村を例とすると、調査年度中 6 月に K 氏(51 歳) が 2 羽の雌ヒナを捕獲し、9 月まで自らの自宅で飼養した。 その後、成長した幼鳥 1 羽を B35 歳)氏へ、さらに 1 羽を KY38 歳)氏へ 100,000MNT(約 6,000 円)で売却した。また KE 氏(46 歳)宅でも 12 歳ワシが春に死んだため、5 月末に 独自にヒナを捕獲した。OA 氏(61 歳)宅でも 5 月頃にヒナを 購入し、高齢になった 13 歳ワシと世代交代を行っている。新 たなイヌワシ保有は ER 氏が成長(推定 34 歳)を罠で捕え、 D 氏親子が 6 歳ワシを購入した。飼養の負担から、イヌワシ を手放した MA 氏(25 歳)も 1 名確認された。こうしたやり取り の背景の一つに、イヌワシ保持による観光客誘致や、イヌワ シ祭への参加が挙げられる。また、伝統的な飼養方法が実 践されておらず、イヌワシの飼養中の死亡喪失が頻発する ようになったことも挙げられる。調査期間中、前述の KE 氏宅 で 12 歳ワシが、S 氏(54 歳)宅では 5 歳ワシ、B 氏宅でも 2 歳ワシが死に至った。S 氏は親戚の EB34 歳)氏から 3 歳ワ シを譲りうけ、EB 氏は成長を再び手に入れた。2011 8 月 からの保有ワシの変更点をまとめると、イヌワシの新規取得 2 羽、交代 5 羽、死亡による喪失 3 羽、売却 3 羽であった。 筆者は昨年度の拙論で、ヒナの捕獲・養育と 5 歳での山

- 329 -

への返還という伝統が、イヌワシの幼鳥死亡率を低下させ、 繁殖率に良い効果をもたらすと推察[Soma 2012b]。しかし 現状では、鷹狩用に捕獲されたイヌワシの一部はその飼養 中に死に至り、また転売等によって再び自然へ返されること はほぼなくなりつつある。こうした伝統の喪失は、将来的に イヌワシの生息環境と繁殖状況に悪影響を及ぼすと考えら れるため、ガイドラインや鳥獣保護の施行・管理の必要性が 求められる。

3-3. 考察:鷹狩文化継承の多様性について アルタイの鷹狩文化は、伝統的手法からの大幅な変更点 が随所に見いだされ、地域によってその継承への動機も多 様化している。「イヌワシ祭」の開催は、鷹狩文化の維持・存 続に大きく関与していることは、ウルギー全域に共通してい る。しかし文化保存に肯定的な影響力を誇る一方で、伝統 的な鷹狩文化の形骸化を加速ささせている。近年、その「脱 文脈化」の傾向は著しく、その性質的変容には正負ともに大 きな影響力を持っている。特に祭への参加は、サグサイ村 やアルタイ村の鷹匠たちにとって、イヌワシ保持のモチベー ションとなっている。しかし一方ではトルボ村のように、祭へ の参加経験者が皆無で、その関心もきわめて低い地域もあ る。また出猟行為自体はほとんどの地域で廃れてしまって いるが、トルボ村だけは自動車やオートバイを移動に動員し た「近代化」された狩猟方法が現在でも盛んに行われている (デルーン村でも一部の鷹匠による実猟が行われている)。 こうした現状を概観すると、鷹狩文化はその本質からの変 容形態をいわば「民族の表象」として、文脈の喪失を認めな がらも今後も継続するように思われる。ただし脱文脈化は後 述のように、鷹狩文化に不可欠な生態環境との相互依存の サイクルからの、あきらかな離脱であることは間違いない。

4.臨地調査の結果②

生態基盤としての移動牧畜

4-1. サグサイ村の家畜保有頭数の現状 サグサイ村と隣接する冬営地を中心に、125 家族の家畜 保有頭数を特定した。資料はウルギー県統計局の行った春 の調査に同行してデータを参照し、加えて家庭訪問と聞き 取りによりその正確な実数を補正した(表 2~表 4)。 ブテウ冬営地に限定して、47 世帯の家畜所有数を調査し たところ、成獣は計 3,691 頭、子畜は計 1,522 頭、全所有数 の合計は 5,213 頭であった(表 5)。成獣と子畜を合わせた平 均家畜所有総数はおよそ 110 頭となり、その内訳はウマ 4.1 頭(3.6%)、ウシ 9.4 頭(8.6%)、ヒツジ 40.4 頭(36.5%)、ヤギ 56.9 頭(51.2%)であった。ラクダ所有家庭は 3 家族 4

0.1%)のみで、その利用方法は運搬目的であった。全成獣

と子畜の比率は 70.8%29.8%であり、全体の 3 割程度を生 産性のない子畜が占めることが確認された。成獣と子畜の 構成率の差は、家畜種別毎に 0.60.7%以内の範囲となり、 種別では構成率に有意な差は見られなかった。 ブテウ冬営地は良好な牧草環境が整っている反面、その 常在家畜数はそれほど多くはない。合計家畜所有数 200 頭 以上のマルチンは、6 世帯のみ(n = 47 世帯中)であり、大多 数の 41 世帯は、200 頭以下の家畜所有者である。そのうち 半数以上の 27 世帯は、100 頭以下の小規模家畜所有者とな っている。ただし数量調査で協力を得られなかったブテウ西 端の 2 世帯(B 氏ほか 3 世帯/S 氏ほか 3 世帯)では、合計 1,000 頭以上の家畜が共同放牧されている[目視確認]。さら に EJ -350 頭/JT 450 頭/KJ 300 頭前後を所有 しており、裕福なマルチンに分類される。これらすべてを合 わせて概算すると、ブテウ冬営地全体の放牧頭数(成獣・子 畜)の概算は 12,00013,000 頭程度と推定される。 家畜の所有平均値「110 頭」の近似値を基準とし、201 頭以 上の所有者を「大規模家畜群保有者(Lg)」、200101 頭を 「中規模家畜群保有者(Mg)」、100 頭以下を「小規模家畜群 保有者(Sg)」の 3 グループを比較すると、ブテウ冬営地では 1,000 頭以上の成獣家畜保有者は 2 家族のみであり、Lg 6 世帯、Mg 14 世帯であり、Sg 27 世帯である。Lg では ヒツジの比率が有意に高くなるが、Mg および Sg 世帯ではヤ ギの比率が高くなる(表 2)。貧困層はヤギ放牧に依存して おり、対象とした 47 家族中半数以上が家畜保有頭数 100 頭 以下の貧困層に属すると考えられる。

4-2. 家畜の行動分析 GPS 機材を用いた家畜の行動分析により、家畜群の移動 距離、行動範囲、静止・歩行比率などが部分的に明らかとな った。酷寒状況の中で機材などに不備が生じたため、以下 2012 12 2228 日の 4 日間分のみを暫定的な結果と して報告する(2325 日は機材の不具合によりデータを紛 失した)(表 6)。 調査対象は 39 頭のヒツジ・ヤギの混牧群(ヒツジ 8 頭、ヤ ギ 31 頭)を対象とし、最高位にある種オスヤギ(図 9)を選定 して GPS 機器をその首に取り付けた。一日の平均歩行距離 は 1.13.1km で、気温と風量などによる顕著な影響を受け た。この距離に対応した採食範囲は 17,92567,643m 2 と算 出された。この数値からは、冬季は夏季に比べてきわめて 限定された範囲内しか採食歩行しないことが判明した。一日 の放牧時間内における移動活動時間は 1228%であり、7 割以上の時間を移動せずに採草・反芻するか、外壁や物陰 に寄り添って不活動となる。とくに猛烈な強風が吹いた 27

- 330 -

は、厩舎外に出しても家屋の外壁から離れようとしなかった。 一方、翌日 28 日は良く晴れ渡り、一日の歩行距離も増加し た。また 5 日間の追跡のなかで、混牧群は一度も同じ場所 での採食活動を行わなかった。これはヒツジ・ヤギ群が自ら 採食地を日々選定しているためと考えられる。 こうした日々の放牧活動に、朝晩の厩舎からの追い出し を除いて、家畜群保有者による人的介入は一切行われなか った。冬営地全体でも、牧夫同伴の小家畜群放牧は、2 家族 のみが確認された。家畜の自由選択にもとづく自然放牧で は、家畜群の効率的な肥育は期待できないと考えられる。し かしブテウ冬営地は北と東を河川で分断されており、小家畜 群が自ら渡河を行うことはない。また 4 月~10 月までの半年 間は湿地帯となり、良質な牧草が利用できるため、自然放牧 の手法が一般化したと考えられる。

4-3. 考察:イヌワシ保持に必要な最低家畜保有頭数 家畜保有頭数調査と家畜行動学的分析から、イヌワシの 保有は比較的裕福な Mg および Lg 世帯に限定される傾向 がある。 年間のヒツジ、ヤギの消費数はそれぞれ 1220 頭前後

が一般的である。典型的な Sg 世帯の KS 氏宅(男 20 歳、男

17 歳、男 10 歳、女 21 歳)では、2011 4 月~2012 3

の年間家畜消費量はウマ 1 頭、ウシ 1 頭、ヒツジ 12 頭、ヤギ

15 頭であった。イヌワシの 1 年間の給餌に必要な肉は、ヒツ

ジ(もしくはヤギ)68 頭分にもなる。つまり自己消費とイヌワ

シ給餌用で、ヒツジとヤギ合わせて少なくとも 35 頭程度の再 生産が見込めなければ、イヌワシの保持は困難と考えられ る。子畜の出生率は、成獣の保有頭数が 100 頭を下回ると 大幅に落ち込む傾向がある。その実数は年間の平均的な消 費頭数と同等、もしくはやや下回る。そのため MgLg 世帯 でない限り、家族を支えながらイヌワシを飼養することは生 活生計の面から困難を生じると考えられる。 ブテウ冬営地では、ほぼ全ての家庭でヒツジ・ヤギ群の 日々の放牧行動には人為的な管理をしておらず、人的介入 を伴わない「自然放牧」が行われている。この自然放牧では、 家畜群自らに採草地の選定や繁殖機会を任せているため、 毎年の家畜群の大幅な増産・増加は見込めない。こうした事 情に加え、出猟しないために獲物が確保できず、結果として 貧困家族にとってイヌワシへの給餌肉確保はきわめて大き な負担となっていると考えられる。

5.本研究課題の社会的意義

無形文化遺産としての持続性と保全

平成 24 年度の調査研究では、特に(1)社会的側面として

「鷹狩文化の継承の地域性と多様性」、また(2)生態的側面

として「牧畜生産の継続による生態基盤の必要性」、に焦点

を定め、無形文化遺産としての持続性に向けた論理的基礎

を築いた。これは、文化保護・整備を進める際の学術的根拠

として、今後のその社会的役割が期待される。

1)社会・文化的側面では、地域によって鷹狩文化の継承

性が多様化しており、その地域の文化継承に対応し、かつ

補完するような施策が必要であることが明らかとなった。とく

に「イヌワシ祭」への参加を視野としたイヌワシ保有者が増え

る一方で、伝統的な飼養・訓育の技術、出猟活動は行われ

なくっている。そのため脱文脈化の傾向が著しく、鷹狩文化

はいわば「ディスプレイ化」された民族表象の一部となって

いる。さらにイヌワシやそのヒナをめぐる取引が日常化して

おり、生物資源の管理も含めた対策が必要と思われる。

2)生態的側面として、牧畜生産の文脈の中で鷹狩を位

置づけると、牧畜活動による増産や子畜再生産の効率化は、

イヌワシ保持に要する給餌の負担を軽減すると考えられる。

しかし現状では、小規模な牧畜家庭でのイヌワシ飼養は困

難であり、毎年少なくとも 35 頭以上の子畜再生産、100 頭以

上の家畜保有数がない限り、その保持は困難と予想される。

こうした点から、家畜肥育と放牧管理の体系化、またイヌワシ

所有者への助成なども有効な施策になると考えられる。

平成 2324 年度の 2 ヵ年の調査期間を通じて本研究は、

アルタイ=カザフの鷹狩文化が自然環境や動物資源との共

生の上に不安定に成り立つ無形文化、いわば「自然遺産」

であることを複合的に追及した。その意味するところは、イヌ

ワシの生息環境の保護や、牧畜管理による給餌肉の確保と

乗用馬の保持・育成、伝統的技術の継承者の育成など、単

純な「文化遺産保護」「伝統復興」のような文化保存運動だけ

では、本来の文脈を維持しながら持続的に継続することは

難しい環境と相互依存的に成立し、一度失われると元に戻

せない不可逆的な文脈である以上、鷹狩文化は「保護運

動」ではなく存立環境を「保全」してゆく事前対策にこそ、そ

の存続の本質があるといえる。

本助成にもとづく成果

1)相馬拓也. アルタイ=カザフ鷹匠たちの狩猟誌:モンゴ

ル西部アグジャル山地における騎馬鷹狩猟の実践と技

法の現在’, ヒトと動物の関係学会誌 35, (in press). 2013.

(2) Soma, Takuya. ‘Ethnographic Study of Altaic Kazakh’, In.

falco (no.41): The Newsletter of the Middle East Falcon

Research Group, (in press). UK: International Wildlife

Consultants Ltd (sponsored by The Environmental Agency,

Abu Dabi). 2013.

- 331 -

(3) Soma, Takuya and Battulga, Suhee. ‘Heritage Tourism and

Altaic Kazakh Falconry in Western Mongolia: “The Golden

Eagle Festival” as an Axis of Cultural Alteration’, In Official

Proceedings of International Conference of Tourism and

the Shifting Values of Cultural Heritage: Visiting Pasts,

Developing Futures: edited by Mike Robinson, (in press).

Taipei: Ironbridge International Institute for Cultural

Heritage, the University of Birmingham, 2013.

(4) Soma, Takuya. ‘Ethnoarchaeology of Ancient Falconry in

East Asia’, In. Conference Proceeding of 3 rd Asian

Conference on Asian Studies (ACAS), (in press). Osaka

(Japan): The International Academic Forum (IAFOR),

2013.

■参考文献

Gombobaatar, S. & Usukhjargal, D. Birds of Hustai National

Park; Ulaanbaatar, Hustai National Park & Mongolian

Ornithological Society: 55. 2011.

Баян-Өлгий Аймаг. Баян-Өлгий - Аймагийн Гелер Зургийн

Цомог, Ұланбатыр, Гамма: 3. 2003. Бикұмар, Кәмәлашұлы. Қазақтың Дәстүраи Аншылығы, Өлгий: 1994a. Бикұмар, Кәмәлашұлы. Қазақтың Дәстүраи Аншылығы,

Өлгий: 1994b.

Soma, Takuya. ‘Kyrgyz Falconry & Falconers and its

Transition’. In Proceedings of Great Silk Road

Conference, Culture and Traditions, Then and Now,

130-139. Tashkent: Academy of Uzbekistan/ UNESCO,

2007.

Soma, Takuya. ‘Ethnoarchaeology of Horse-Riding Falconry’,

In The Asian Conference on the Social Sciences 2012

Official Conference Proceedings, 167-182. Nagoya

(Japan): The International Academic Forum (IAFOR),

2012a.

Soma, Takuya. ‘Intangible Cultural Heritage of Arts and

Knowledge for Coexisting with Golden Eagles -

Ethnographic Studies in “Horseback Eagle-Hunting” of

Altai-Kazakh Falconers’, In Proceedings of the

International Congress of Humanities and Social

Sciences Research, edited by Guy Tchibozo, 307-316.

Strasbourg (France): Analytrics, 2012b.

Soma, Takuya. ‘The Art of Horse-Riding Falconry by

Altai-Kazakh Falconers’, In HERITAGE 2012 (vol.2):

Proceedings of the 3rd International Conference on Heritage and Sustainable Development, edited by Rogério Amoêda, Sérgio Lira, & Cristina Pinheiro, 1499-1506. Porto (Portugal): Green Line Institute for Sustainable Development, 2012c.

<E-Book ISBN: 978-989-95671-8-4>.

Soma, Takuya. ‘Contemporary Falconry in Altai-Kazakh in Western Mongolia’ In The International Journal of Intangible Heritage vol.7, edited by Alissandra Cummins, 103-111. Seoul: The National Folk Museum of Korea,

2012d.

UNESCO. Convention for the Safeguarding of the Intangible Cultural Heritage; Nomination File NO. 00442, For

Inscription on the Representative List of the Intangible Cultural Heritage in 2010, Intergovernmental Committee for the Safeguarding of the Intangible Cultural Heritage (Fifth session, Nairobi, Kenya, November 2010), UNESCO: 1-28. 2010a. UNESCO. Falconry, a Living Human Heritage, 2010b. <http://www.unesco.org/culture/ich/index.php?lg=en&pg= 00011&RL=00732> (Accessed: 28 th February, 2013) 相馬拓也. 形象なき文化遺産としての狩猟技術:キルギス共 和国イシク・クル湖岸における鷹狩猟のエスノグラフィ, 国士舘大学地理学報告 16: 99-106. 2008.

相馬拓也. アルタイ=カザフ鷹匠による騎馬鷹狩猟:イヌワ シと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査, ヒトと動 物の関係学会誌 32: 38-47. 2012.

■図表

ロシア ウルギー市 モンゴル ウランフス村 サグサイ村 トルボ村 アルタイ村 中 国 0
ロシア
ウルギー市
モンゴル
ウランフス村
サグサイ村
トルボ村
アルタイ村
中 国
0
100km
©Google Earth

1 モンゴル、バヤン・ウルギー県、調査対象地域

図 2 狩場での騎馬鷹狩猟の風景 図 3

2 狩場での騎馬鷹狩猟の風景

図 2 狩場での騎馬鷹狩猟の風景 図 3 「イヌワシ祭 2012 」の様子 図 4

3

「イヌワシ祭 2012」の様子

図 3 「イヌワシ祭 2012 」の様子 図 4 アルタイ村の鷹匠たち - 332 -

4 アルタイ村の鷹匠たち

- 332 -

図 5 捕えられた 10 日齢前後のヒナ 図 6 追跡した 6 歳齢の種オスヤギ 表
図 5 捕えられた 10 日齢前後のヒナ 図 6 追跡した 6 歳齢の種オスヤギ 表
図 5 捕えられた 10 日齢前後のヒナ 図 6 追跡した 6 歳齢の種オスヤギ 表
図 5 捕えられた 10 日齢前後のヒナ
図 6 追跡した 6 歳齢の種オスヤギ
表 1 鷹匠の鷹狩開始年齢
Case*
Age**
Age of Beginning
1930’s
1940's
1950's
1960's
1970's
1980's
1990's
2000's
Region
Unknown
A1
75
A2
56
25
1981
A3
51
22
1983
A4
50
25
1987
Altai
A5
45
15
1982
A6
39
17
1990
A7
30
20
2002
A8
30
22
2004
B1
53
37
1996
Bogot
S1
95
30
1951
S2
74
20
1958
S3
71
22
1963
S4
66
30
1976
S5
65
25
1972
S6
61
30
1981
S7
55
15
1972
S8
54
30
1988
S9
51
35
1996
S10
51
30
1991
S11
47
39
2003
S12
46
26
1992
Sagsai
S13
44
25
1993
S14
40
22
1994
S15
36
15
1991
S16
34
17
1995
S17
32
25
2005
S18
28
16
2000
S19
27
10
1995
S20
25
15
2002
S21
22
22
2012
S22
20
16
2008
S23
17
11
2006
T1
90
30
1952
T2
70
15
1957
T3
65
19
1966
T4
58
43
1997
Tolbo
T5
54
40
1998
T6
49
20
1983
T7
46
42
2008
T8
45
23
1990
U1
80
30
1962
Unknown
U2
71
U3
63
46
1995
U4
56
15
1971
Ulaan-hus
U5
52
20
1980
U6
46
32
1998
U7
35
25
2002
n= 47 (person)
4
3
4
9
14
10
1
* In order of age at each region
** As of October 2012

- 333 -

2 サグサイ村とその周辺世帯 (n=125)の家畜保有頭数(規模・世帯別) based on Statistic Department as of May 2012

 

Household

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Lg

201

~

700

head

(n=15)

1 3

2 6 6

3 2 6

3,408

1,879

5,892

3

9 6

1 3 1

1,663

8 3 5

2,728

Mg 101 ~ 200 head (n=39)

36

249

304

2,378

2,526

5,493

11

83

126

1,112

1,089

2,421

Sg

0 ~ 100 head

(n=71)

9

187

350

1,263

1,592

3,401

1

65

158

607

800

1,631

Total

 

58

702

980

7,049

5,997

14,786

15

244

415

3,382

2,724

6,780

head

3 サグサイ村とその周辺世帯 (n=125)の家畜種別構成率(規模・世帯別)

 
 

Household

 

Adult

Juvenile

 

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Lg

201 ~ 700 head (n=15)

0.2%

4.5%

5.5%

57.8%

31.9%

0.1%

3.5%

4.8%

61.0%

30.6%

Mg 101 ~ 200 head (n=39)

0.7%

4.5%

5.5%

43.3%

46.0%

0.5%

3.4%

5.2%

45.9%

45.0%

Sg

0 ~ 100 head

(n=71)

0.3%

5.5%

10.3%

37.1%

46.8%

0.1%

4.0%

9.7%

37.2%

49.0%

Avarage

 

0.4%

4.7%

6.6%

47.7%

40.6%

0.2%

3.6%

6.1%

49.9%

40.2%

4 サグサイ村とその周辺世帯 (n=125)の子畜の平均出生数

 
 

Households

 

Adult

Juvenile

 

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Lg

201 ~ 700 head

(n=15)

0.4

6.4

8.7

110.9

55.7

181.9

Mg 101 ~ 200 head (n=39)

 

1.1

2.1

3.2

28.5

27.9

62.1

Sg

0 ~ 100 head

(n=71)

0.0

0.9

2.2

8.5

11.3

23.0

Total

 

1.5

9.4

14.2

147.9

94.9

266.9

head

5 ブテウ冬営地における家畜保有頭数(規模・世帯別)

 
 

Adult

Juvenile

 
 

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Camel

Horse

Cattle

Sheep

Goat

Total

Livestocks*

 

4

143

305

1,337

1,902

3,691

1

50

136

561

774

1,522 head

Avarage

 

0.1

3.0

6.5

28.4

40.5

78.5

0.0

1.1

2.9

11.9

16.5

32.4 head

Proportion

 

0.1%

3.9%

8.3%

36.2%

51.5%

0.1%

3.3%

8.9%

36.9%

50.9%

* total 47 households

 

Adult

Juvenile

6 種オスヤギのGPS追跡記録

 

December, 2012

22th (sat)

26th (wed)

27th (thu)

28th (fri)

 

Distance

1.7km

2.7km

1.1km

3.1km

Sphere

Range

17925sqm

17244sqm

1437 sqm

67643sqm

 

Total Grazing Time

2h05min

6h56min

4h59min

7h46min

Time

Stopping

35min

51min

13min

58min

Moving

1h29min

6h05min

4h46min

6h48min

Move/ Stop (%)

(28.3 / 71.7)

(12.3 / 87.7)

(4.5 / 95.6)

(12.5 / 87.5)

 

Average Speed

0.8km/h

0.4km/h

0.2km/h

0.4km/h

Speed

Moving Avrage

2.9km/h

3.1km/h

5km/h

3.2km/h

Max Speed

8km/h

6km/h

2.5km/h

5km/h

Moving Avrage 2.9km/h 3.1km/h 5km/h 3.2km/h Max Speed 8km/h 6km/h 2.5km/h 5km/h - 334 -

- 334 -

Moving Avrage 2.9km/h 3.1km/h 5km/h 3.2km/h Max Speed 8km/h 6km/h 2.5km/h 5km/h - 334 -