You are on page 1of 18

高分子論文集 (Kobunshi Ronbunshu), Vol. 67, No. 1, pp. 10―27 (Jan.

, 2010)

〔総 合 論 文〕

量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

相馬 洋之1・黒子 弘道2・莊司 顯1

(受付 2009 年 9 月 3 日・審査終了 2009 年 10 月 13 日)

要 旨 本研究では,はじめに aR ヘリックス形 H-(Ala)18-OH および H-(Ala-Gly)9-OH の密度汎関数


理論による精密な構造最適化計算( B3LYP /6-31G ( d ))および GIAO-CHF 法による最適化構造に対する
1
H, 13C, 15N, 17O 核の遮蔽値計算(B3LYP/6-311G(d, p))を行った.その結果,最適化構造計算により得ら
れた aR ヘリックス形ポリペプチドの精密な二次構造パラメーター(q=-62 °
, c=-43 °
),水素結合パラ
メーターおよびアミノ酸残基固有の計算化学シフト値が X 線・中性子線回折データおよび固体高分解能
NMR による実測化学シフト値(特に,主鎖カルボニル炭素,a 炭素およびアミド窒素)とよく一致するこ
とを明らかにした.次に, L- プロリン( Pro )残基を含む aR ヘリックス形モデルポリペプチド H- (Ala )8 -
Pro-(Ala)9-OH の最適化構造計算と合成ポリペプチド H-(Phe-Leu-Ala)3-PheC-Pro-AlaN-(Phe-Leu-Ala)2-
OH の固体高分解能 13C および 15N NMR の測定結果より,Pro 残基が aR ヘリックス中に巻き込まれた構
造が安定に存在することを実証し,本研究で用いた精密な量子化学計算法がタンパク質やポリペプチドの
二次構造および三次構造の解析に極めて有効であることを示した.

になってきた10)~23).
1 緒 言
このように,多種の測定方法の特性を生かし,必要に
タンパク質は 20 種類の標準アミノ酸が連なることで 応じてモデルペプチドを用いる手法は,タンパク質の構
ペプチド鎖を形成し,そのペプチド鎖の折りたたみに 造解析において今でも盛んに行われている.現在のタン
よってその立体構造が決定されている.その立体構造は パク質の構造解析技術がかなり進歩したことにより,新
タンパク質の機能と密接に関わっているため,タンパク たに理論的な解析方法を導入することでそれらの解析方
質の立体構造の解明は生体の機能を解明する上で非常に 法が飛躍的に進展することが期待できる.このような理
重要な意義を持っている.タンパク質の立体構造に関す 由から,本研究では,高分子モデルペプチドに対し従来
る実験的研究は,タンパク質全体の構造解析を行うため 全く行われていなかった精密な量子化学計算を適用し,
の基礎情報を得る手段として,化学合成した部分ペプチ その詳細な二次構造解析を行うことを目的とする.
ドセグメントを用いる手法が以前から行われ,その方法 これまでのタンパク質における計算化学の適用は,分
が有益であることが証明されている. 子力学,分子動力学,そして量子化学計算の半経験的方
一方,これまで,タンパク質の立体構造を決定する手 法で多数行われ,多くの有用な結果が与えられてきた
1),2) 3) 4)
段として, X 線回折 ,中性子線回折 ,溶液 NMR が,非経験的量子化学計算での研究例は近年までそれほ
や固体高分解能 NMR5)~9)などさまざまな手法が用いら ど多くはなかった.これは,タンパク質という分子が巨
れ,それぞれ多大な成果が得られてきたが,それぞれの 大であるため,その計算コストを抑えるために実験的
測定法・解析法は万能ではなく,一つの測定法のみで構 なパラメーターが必要であったことが最も大きな原因で
造解析を完成させるには当然のことながら困難を伴う場 あった.しかし,近年の計算機の急速な進歩により,
合が多い.近年,この中の固体高分解能 NMR による研 ab initio 法や密度汎関数法の適用も徐々に増加してい
究が盛んに行われるようになり,その固体 NMR 化学シ る.ただし,これまでの精密計算はアミノ酸 1 ~3 残基
フト値とタンパク質の二次構造との関係もある程度明確 程度の小さな分子に限られる場合が多かった24)~29).し
かし,その局所的な分子モデルから得られた情報には,
1 群馬大学大学院工学研究科応用化学・生物化学専攻( これまでに明らかにされていなかった有益な情報が存在
3768515 桐生市天神町 151)
2 奈良女子大学大学院人間文化研究科共生自然科学専攻( することが明らかになりつつある.
6308506 奈良市北魚屋西町) 先に述べた通り,タンパク質の構造解析に対する計算

10
量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

化学の適用はこれまで分子力学,分子動力学,そして量 が,その最大確率分布値(q=-62°
, c=-41°
)はアミノ
子化学計算の半経験的方法が主流であったが,その精密 酸残基の種類(ただしグリシン残基とプロリン残基を除
な構造を解明するためには量子化学の原理に基づき,さ く)によらず一定である.このように,実測と Pauling
らに電子相関を考慮した密度汎関数法の適用が望ましい らの提唱した a R へリックスの二面角との間で約 5°
の差
のは明らかである.これまでに密度汎関数法を用いた局 が見られる.これら実測二面角の微妙なずれは,天然タ
所的な構造解析は行われているが,高分子量モデルペプ ンパク質は単結晶状態において結晶水によってとり囲ま
チドを分子設計して,その最適化構造計算を適用する研 れている(水溶液中の環境と似ている)ために生じると解
究は行われていない. 釈されている39).すなわち,タンパク質の主鎖カルボニ
一方,これまで,固体高分解能 NMR による 1H, 13C, ル酸素(Oi)は,4 残基離れたアミドプロトン(Ni+4-Hi+4)
15
N および 17O 核の等方性化学シフト値および化学シ と水素結合を形成し a R へリックスの安定化に寄与する
フトテンソル主値が合成ポリペプチドや天然タンパク ほか,主鎖カルボニル酸素と水分子や他の極性側鎖との
質 の局所 的二 次構 造に 依存 する こと が証 明さ れて い 相互作用のため,水素結合の方向が Pauling のモデルよ
12),13),16)~23),30)~33)
る .したがって,実測の化学シフト値 り離れた構造をとりやすくなり,その結果,実際の主鎖
と計算化学シフト値を比較することにより,タンパク質 二面角(-62°
, -41°
)が古典的な二面角(-57°
, -47°
)と
の二次構造と電子構造との関連性を解明する研究は非常 異なっていると説明されている.
に重要である. しかし,この説明は本当に正しいのだろうか この
本報では,密度汎関数法を用いて,モデルホモポリペ 問題は a R へリックスの本性を解明する上で極めて重要
プチド H-(Ala)18-OH に関して精密な構造計算を行い, である.そこでこの問題を解決するために,本研究では
aR ヘリックスの詳細な構造パラメータを導き,ポリ(L- 精密な量子化学計算を行い, a R へリックス形ホモポリ
アラニン)の実測値と比較して,計算で得られた二次構 ペプチドの最適化構造を得ることを目的とした.このた
造パラメーターの信頼性を検討する.ここで分子モデル め,(1)計算に用いるモデル分子として,分子一本鎖で安
として用いた H-(Ala)18-OH は,密度汎関数法で計算す 定な a R ヘリックスを形成する残基数を有する高分子量
る分子としてはかなり大きな分子であり,この大きさの ポリペプチドを分子設計し,(2 )できる限り精密な量子
分子の精密な構造計算が可能であることを証明する意味 化学計算法を採用して,最適化構造計算を行い,その構
でも重要な研究である. 造パラメーターの精確度・信頼性を実験結果と比較した.
このような大きさの分子の二次構造計算を密度汎関数 そこで本章では第一に,(1 ) a R へリックス形ポリ( L-
法で行うためには,計算機の性能の向上が必要不可欠で アラニン)に着目し,L-アラニン 18 量体を計算モデルと
あったが,近年の計算機性能の著しい進歩により予想を した.L-アラニンは,不斉炭素を有する最小の標準アミ
超える大きな分子の計算も可能になり,信頼性の高い構 ノ酸であり, a R へリックス形成能が高く,ここで得ら
造解析が可能となった.本報では,筆者らが最近行った れる結果はグリシンとプロリンを除く他の標準アミノ酸
研究成果34)~36)をまとめて報告する. についても共通して適用できることが期待できる.本章
では,a R へリックス構造の一般的な各種パラメーターを
2 量子化学計算を用いた a へリックス形
導くことが目的なので,このような特徴を持つ L- アラ
ポリ(L-アラニン),H-(Ala)18-OH,の
ニン残基を用いることは非常に有効であると考える.a R
構造最適化計算と遮蔽値計算34)
へリックス形 H-(Ala)18-OH は分子内水素結合によって
2.1 緒言 安定化された分子であることは特に重要である.この分
37)
1951 年に L. Pauling ら によって提唱された右巻き 子内水素結合によって,外部の影響に左右されにくく,
a R へリックスは非常に重要なタンパク質の二次構造の 内部の構造に依存する傾向が強い分子となっており,
一つであり,彼らが提唱した主鎖二面角(q=-57°
, c= a R へリックスは一本鎖で安定化される点に着目する.
)が a R へリックスパラメーターとして今でも広く
- 47 ° 第二に,近年の計算機器の著しい性能向上により,量
用いられている. 子化学計算によって比較的大きな分子の精密な構造計算
一方,これまで中性子線回折法や X 線回折法による が可能となり,これにより a R へリックスなどのより詳
タンパク質の結晶構造解析が盛んに行われ,タンパク質 細な二次構造パラメーターの算出が可能となった.本章
の一次構造(アミノ酸配列)および二次構造(主鎖コンホ では密度汎関数法を用いモデルポリペプチド H-(Ala)18-
メーション)に関する精密な実験データが集積されてき OH に関して精密な構造計算を行い,量子化学計算に基
た.プロテインデータバンク( PDB )38) に登録されてい づく詳細な a R へリックスの構造パラメーターを導き,さ
る種々の天然タンパク質の aR へリックス部分の主鎖二 らにこの結果をポリ(L-アラニン)の実測値と比較する.
面角( q, c )は,その内部と末端部位等により変動する ここでモデルとして用いた H-(Ala)18-OH は,密度汎関

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 11


相馬・黒子・莊司

Figure 1. The optimized structure of a single a R-helical H-(Ala)18-OH molecule.

数法で計算する分子としては非常に大きな分子であり, ンタンのメチン実測値 1.87 ppm (1 H CRAMPS )( TMS ;


このためには計算機の性能の向上が必要不可欠であった d = 0 )49) , 29.47 ppm (13 C CP-MAS )( TMS ; d = 0 )50) に合
が,近年の計算機性能の著しい進歩によりはじめて計算 わせ,計算化学シフト値の基準として用いた.このとき
可能になった.本研究は高分子の精密な構造計算が可能 の遮蔽値と計算化学シフト値との変換パラメーターは,
1
であることを証明する意味でも重要な研究である. H : 32.03 ppm, 13C : 177.77 ppm と決定した.一方,15N
本研究では,構造最適化計算は密度汎関数理論(DFT の基準は,基準物質として用いた 15NH4NO3, 15NH4Cl
Density Functional Theory)40)~42)により行い,基底関数 がともに構造最適化計算の困難な分子であるので, a R
系は 6-31G(d)を用いた.なお,DFT 計算において用い へリックス形ポリ(L- アラニン)の実測値13)と a R へリッ
た 交 換 相 関 汎 関 数 は Becke に よ る 交 換 汎 関 数 と Lee, クス形 H- ( Ala )18 -OH の遮蔽値計算結果から求め,15 N
Yang, Parr による相関汎関数を用いた B3LYP ( Becke's 核の基準(変換パラメーター 213.21 ppm )とした.17 O
three parameter hybrid method-Lee Yang Parr correlation の基準は,基準物質として用いた水を精密に構造最適化
functional)41),42)を適用した.また,最適化構造の NMR することが困難なため,a R へリックス形ポリ(L-アラニ
遮蔽値は,GIAO(Gauge-included atomic orbital)-CHF ン)の実測値13)と a R へリックス形 H-(Ala)18-OH の遮蔽
( Coupled Hartree-Fock )法43)~47) により, 6-311G ( d, p ) 値計算結果から求め,17O 核の基準(変換パラメーター
基底関数系を用いて算出し,実測の NMR 化学シフト値 237.33 ppm)とした.
と比較検討した. 2.2.2 試料および固体高分解能 NMR 測定
2.2 実験 aR へリックス形を有する高分子量(1-13C)ポリ(L-アラ
2.2.1 計算方法 ニン)( 20 13 C ラベル)は, n- ブチルアミンを開始剤と
H-(Ala)18-OH モデルの計算には Gaussian 03 Rev. D. し, N- カルボキシ - ( 1-13C ) L- アラニン無水物(( 1-13C )
01 プログラム48) を用いた.構造最適化計算は B3LYP / Ala-NCA )と天然存在比の L-アラニン -NCA を混合しア
6-31G ( d ),遮蔽値計算は B3LYP / 6-311G ( d, p )により セトニトリル中で重合して得た12),13),23).
13
行った. C CP-MAS NMR ス ペ ク ト ル は , Bruker DRX 600
構造最適化の初期値34)は,結合長および結合角につい (共鳴周波数150.93 MHz)を用いて測定した.13C 化学
ては GaussView 2.1 における L- アラニン(Ala )残基の標 シフトテンソル主値は,低速回転により得られたスピニ
準値(結合長(nm)0.145(N-C<C a), 0.152 (C<C a-C ′
), ングサイドバンドより解析した.一次基準を TMS ( d =
a b
0.134(C ′
-N), 0.153(C<C -C ), 0.126(C ′
=O), 0.100 0 )とし,二次基準としてアダマンタン(29.47 ppm )を用
a a b b
(N-H), 0.109(C<C -H , C -H ), 0.096(O-H), 0.143 いた.測定誤差は±0.3 ppm である.
(C ′ )120 (H-N-C< C a,
-O )結合角(° C<C a-C ′
=O, 2.3 結果および考察
a a
N-C ′
=O, N-C ′
-C<C , H-N-C ′
, C′
-N-C<C ), 111(N-C 2.3.1 a R へリックス形 H-(Ala)18-OH の最適化構造
<C a-C b, N-C<C a-C ′
), 110(N-C<C a-H<C a), 109(H< H- ( Ala )18 -OH の 最 適 化 構 造 分 子 モ デ ル を Figure 1
C a-C<C a-C ′
, H<C a-C<C a-C b ))を用い,また,主鎖 に示す.
)は-57.0(f: C ′
二面角(° -N-C<-C ′
), -47.0(c: N-C< ここでは,密度汎関数法を扱うには現時点では非常に
a a a
C -C ′
-N), 180.0(v: C<C -C ′
-N-C<C )を用いた. 大きな分子であるアミノ酸 18 残基からなる aR へリッ
また,アダマンタン(C10H16)を同条件で最適化計算と クス形 H-(Ala)18-OH の構造最適化計算に成功し,その
遮蔽値計算を行い,1 H, 13C それぞれについて,アダマ 立体構造およびその詳細な構造パラメーターを得ること

12 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

Table 1. Dihedral angles (q, c and v) of the optimized aR-heli-


cal H-(Ala)18-OH polypeptide

Residue q (°
) c (°
) v (°
)
1
Ala -11.5 -165.8
2
Ala -59.4 -37.0 -179.4
3
Ala -62.5 -35.3 177.4
4
Ala -67.2 -40.4 174.8
5
Ala -61.0 -42.3 178.2
6
Ala -61.7 -43.3 178.1
7
Ala -60.9 -43.2 178.3
8
Ala -61.7 -42.5 178.0
9
Ala -62.0 -41.7 177.7
10
Ala -62.1 -42.8 177.4
11
Ala -61.3 -42.5 177.8
12
Ala -61.5 -42.7 177.9
13
Ala -61.6 -42.0 177.6
14
Ala -61.7 -42.9 177.5
15
Ala -60.6 -44.1 179.4
16
Ala -61.2 -36.6 177.2 Figure 2. The relation between the Oi…H i+4 distance [RO…H]
17
Ala -70.2 -27.2 -175.3 and the Oi…Ni+4 distance [RO…N] in the optimized structure of
18
Ala -97.6 -18.5 a R-helical H-(Ala)18-OH (●). The triangle (▲) indicates the
relation between RO1…H4 and RO…N in the 310-helix region.

ができた.Figure 1 に示す最適化構造の特徴として,第 よる古典的な a R へリックスの主鎖二面角(q =- 57 °


,c
一に分子の中央部分で一定の繰り返し規則構造を形成す )37) と約 5 °
=- 47 ° 異なり,むしろ PDB38)に登録されて
ることが挙げられる.これは i 番目 C ′
= O と i + 4 番目 いるタンパク質の aR へリックスにおける二面角と非常
N-H との間で分子内水素結合を形成し,典型的な a R へ に良く一致する.以上の結果は,H-(Ala )18 -OH が一本
リックス構造をとっていることが確認できる.したがっ 鎖でしかも真空中での最適化構造であり,水溶媒や側鎖
て,当初の第一の目的である典型的な a R へリックス構 極性基の影響をもたない系での計算結果であることを考
造の詳細な構造パラメーターの検証が可能となった. えると, q=- 62 °
, c =- 43 °
の値が a R へリックス構造
一方,分子の両末端部では典型的な a R へリックス構 固有の典型的な二面角であることを示唆している.した
造はくずれ,特に N 末端の 1 番目 Ala 残基カルボニル がって,ポリペプチド・タンパク質の持つ典型的な a R
(1Ala C ′
=O)は,a R へリックス形と 310 へリックス形水 へリックスの基本特性を得ることができたといえる.
素結合を同時に形成するという特徴が見られた.すなわ 2.3.3 a R へリックス形 H- ( Ala )18 -OH の水素結合パ
ち, N 末端の 1Ala C ′
= O と 4Ala N-H で水素結合した ラメーター
1 5
310 へリックス,および Ala C ′
=O と Ala N-H で水素 a R へリックス形 H- ( Ala )18 -OH の最適化構造におけ
結合した a R へリックスが共存している.この N 末端部 る各種水素結合パラメーターに関して考察する, aR へ
の構造は a R へリックスの安定化に 310 へリックスが関 リックス形 H-(Ala)18-OH の分子中央部の平均的な水素
与していることを示唆している.また,C 末端部では 15 結合距離はそれぞれ 0.205 nm ( O … H ) , 0.303 nm ( O …
18 残基の Ala C ′
= O は分子内の水素結合を形成せず, N),また,水素結合角は 160°
(∠N-H…O), 149°
(∠C ′

分子鎖末端部の構造の特徴をうかがうことができる. O … H )と算出した.これらの値のうち,水素結合距離
2.3.2 a R へリックス形 H- ( Ala )18 -OH の主鎖コンホ 0.303 nm(O…N)は a R へリックス形ポリ(L-アラニン)の
メーション X 線法により導かれた O … N 距離( 0.287 nm )37) と異な
H- ( Ala )18 -OH の最適化構造における主鎖二面角を り,近年行われ PDB に登録された中性子回折法による
Table 1 に示す.ここで算出された最適化構造に基づい 研究結果とよく一致することから,本研究の計算結果は
て,分子内部の 6 ~ 13 番目 Ala 残基部分の a R へリック 正確な距離情報を与えており,本計算がタンパク質やポ
スの構造パラメーターの平均値を, a R へリックスの典 リペプチドの a R へリックスの構造解明に非常に有効で
型的な値として用いることとする. あると判断できる.
量子化学計算により算出された a R へリックス構造中 次に, O … H 水素結合距離( RO…H )に対する O … N 水
央部の主鎖二面角の平均値を計算すると, q =- 61.6 °
, 素結合距離( RO…N )相関を Figure 2 に示す. Figure 2 に
c=-42.6 °
の値が得られた.これらの値は Pauling らに 示すように, RO…H と RO…N の間には直線関係が見られ

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 13


相馬・黒子・莊司

ることから,本来の水素結合距離 RO…H の代わりに従来 141 151 °


, 147 162 °
付近の比較的狭い範囲に集中し,各
用いられてきた RO…N でも有効であることが確認できた. 平均値としてそれぞれ,149°
,160°
が得られた.特に,
さらに,典型的な aR へリックスの水素結合距離( RC…H N 末 端 Ala 残 基 に お け る ∠ C ′
= O … H と ∠ N-H … O
と RC…N )はそれ ぞれ, 0.317 nm, 0.418 nm と求 まり, ( Figure 3 の▲印の部分)の値( 121 °
, 150 °
)は上記値と異
C′
=O …H-N で形成される二面角(ここでは水素結合二 なり,これは 310 へリックスと a R へリックスの二次構
面角と呼ぶ)は 154°
となった.これらの値はタンパク質 造の違いを反映するものと解釈できる.
の詳細な構造解析および未解決の水素結合の研究におい 2.3.4 a R へリックス形 H- ( Ala )18 -OH の計算化学シ
て非常に重要な情報源となるものと期待できる. フト値
さらに,典型的な a R へリックス構造における水素結 H-(Ala )18-OH の最適化構造計算によって得られた典
合角についても研究を行った.水素結合角∠C ′
= O …H 型的 aR へリックス部の各遮蔽値,計算化学シフト値に
と∠ N-H … O は, Figure 3 に示すように,それぞれ, 換算した値の平均値,および実測の 1H および 13C 化学
シフト値と化学シフトテンソル主値を Table 2 にまとめ
る.実測 NMR 化学シフト値として,溶液 NMR ではな
く固体高分解能 NMR の値を用いる理由は,固体高分解
能 NMR の測定値は溶液 NMR のような溶媒効果を受け
ることがなく,また分子のゆらぎが極めて小さい固体状
態ではコンホメーション固有の化学シフト値が得られる
ためで,分子の外部の影響を加味していない今回の量子
化学計算で算出された計算結果と比較するには最も有効
な測定手段であると考えられるからである.したがっ
て,実測と計算結果の比較は主鎖構造に関してのみ信頼
性が高く有効であるが,側鎖構造に関しては,まだ信頼
性が低いと考えられる.
はじめに, a R へリックス形 H- ( Ala )18 -OH の最適化
構造における 13C 計算化学シフト値と,ポリ( L- アラニ
ン)の 13C 実測化学シフト値の比較を行った.算出され
Figure 3. Plots of angle Ci′=O…Hi+4 against angle Ni+4-H… = O, C a 計 算 化 学 シ フ ト 値 は そ れ ぞ れ ,
た主鎖の C′
Oi in the most probable hydrogen-bond angles of the optimized 176.15 ppm, 53.29 ppm となり,13 C 実測化学シフト値
structure of a R-helical H-(Ala)18-OH (●). The triangle (▲) (それぞれ, 177.0 ppm, 53.2 ppm )と約 1 ppm 以内の範
indicates the relation between angle C1′
=O…H 4 and angle N4-
囲で非常に良い一致を示した.一方,側鎖の C b 化学シ
H …O1 of the 310-helix region.

Table 2. Mean values of 1H, 13C, 15N, and 17O nuclear shielding constants of typical optimized aR-helical H-(Ala)18-OH polypeptides,
their transformed chemical shifts and tensor principal values from the standard materials, and experimental chemical shift (tensor) values
for aR-helical poly(L-alanine) measured in the solid state

Nuclear shieldings (ppm ) Chemical Shifts (Calculated) Chemical Shifts (Measured) d (ppm)
d (ppm)
siso s11 s22 s33 diso d11 d22 d33 diso d11 d22 d33
N a)
H 24.19 17.92 24.27 30.37 7.84 14.11 7.76 1.66 8.0
Ha 27.87 25.4 26.12 32.09 4.16 6.63 5.91 -0.06 4.0a),b)
Hb 30.39 25.69 29.6 35.89 1.64 6.33 2.43 -3.78 1.4a),b)
C′ 1.62 -75.38 -6.48 86.72 176.15 253.15 184.25 91.05 177 241.3 189.2 100.4
176.8c) 243c) 194c) 94c)
176.6d) 251.8d) 185.2d) 92.8d)
Ca 24.48 102.65 126.58 144.21 53.29 75.12 51.19 33.56 53.2
53.3d) 72.0d) 51.9d) 36.0d)
b
C 65.63 152.73 160.8 183.36 12.14 25.04 16.97 -5.58 15.6
15.8d) 26.7d) 18.4d) -2.3d)
N 114.41 2.32 152.84 188.08 98.8 210.89 60.37 25.13 98.8e) 204e) 54.4e) 38e)
O -65.67 -335.03 -178.62 316.63 303 572.4 416 -79.3 303f) 595f) 435f) -121f)
a) b) c) d) e) f)
Ref. 17). Refs. 18) and 30). Ref. 19). Ref. 31). Refs. 12) and 13). Ref. 16).

14 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

フト値は計算値 12.14 ppm と実測値 15.6 ppm との間で な構造パラメーターおよび遮蔽値は,13C 等方性化学シ


およそ 3.5 ppm の差が生じた.これは,当初から予想 フト値のレベルにおいては良い一致が得られた.これら
できたことであるが,今回の量子化学計算が一本鎖の の結果は,今後のタンパク質立体構造解析において量子
H- (Ala )18 -OH 分子の計算であるため分子間相互作用の 化学計算が非常に有効な情報源となることを示唆してい
影響が全く考慮されていないことが原因と考えられる. る.また,今回用いたような大きなポリペプチド鎖に対
1
第二に, H 計算化学シフト値を比較すると,主鎖 して,密度汎関数法, GIAO-CHF 法を用いることで,
H , H および H b 計算化学シフト値がそれぞれ, 7.84
N a
詳細かつ信頼性の高い結果が得られたことは非常に意義
1
ppm, 4.16 ppm であるのに対して, H 実測化学シフト のあることであり,これらの計算方法および成果は将来
値はそれぞれ, 8.0 ppm, 4.0 ppm と,これらの差は 0.2 のポリペプチド分子およびタンパク質の構造研究に大い
ppm 以内と小さいが,一方,側鎖 H b 計算化学シフト値 に貢献するものと期待できる.
および実測値はそれぞれ 1.64 ppm と 1.4 ppm とわずか
3 量子化学計算を用いた H-(Ala-Gly)9-OH の
に大きく,分子間相互作用の影響があることが伺える.
構造最適化と遮蔽値計算36)
第三に,15 N 計算化学シフト値について比較を行っ
た.前述のようにこれらの基準値を計算のみから求める 3.1 緒言
のは困難であるので, aR へリックス形ポリ( L- アラニ 2 章においては, a R へリックス形ホモポリペプチド
ン)の実測値の基準物質 15NH4NO3 ( d = 0 )の遮蔽値を H-(Ala )18-OH に対する密度汎関数法による構造最適化
213.21 ppm とした.この基準値はこの章以降において と計算化学シフト値の算出に成功し,その結果がタンパ
15 15
も N 計算遮蔽値を N 計算化学シフト値に換算する ク質の PDB の構造パラメーターおよび固体高分解能
際に用いた.この結果,15N 計算等方性化学シフト値は =O および Ca の実測化学シフト値
NMR による主鎖 C ′
必然的に計算値と実測値が一致することとなるが,化 と非常に良く一致することを示した.ホモポリペプチド
学シフトテンソル主値はそれほど良い一致は得られな においては同種のアミノ酸残基どうしが隣接している
かった. が,コポリペプチドでは同種および異種のアミノ酸残基
第四に,17 O 計算化学シフト値も 15N と同様に,ポリ が隣接する.そしてその場合のそれぞれのアミノ酸残基
(L-アラニン)の計算化学シフト値が水(d=0)を基準とし に特徴的かつ信頼性の高い情報が量子化学計算で得るこ
た実測値(303.0 ppm)と一致するように決定した.この とができるかどうかが次の課題となる.そこで本章で
ときの換算パラメーターは 237.33 ppm である.この結 は,この問題を解決するため,L-アラニンとグリシン残
果でも,等方性化学シフト値は必然的に一致するが化学 基からなるコポリペプチドモデル H- ( Ala-Gly)9 -OH に
シフトテンソル主値は良い一致を示さなかった.した ついて,密度汎関数法での構造最適化と化学シフト値の
15 17
がって, N および O 化学シフト値については,厳密 計算を行った.
な基準物質の計算および基底関数の検討が必要であると Gly 残基は, 20 種類の標準アミノ酸残基の中で,唯
思われる. 一,不斉炭素を持たず,その立体障害が最も小さいこと
最後に,ポリ(L-アラニン)のカルボニル 13C 化学シフ から,他の標準アミノ酸とは区別して扱われることが多
トテンソル主値について比較検討を行った.ポリ(L- ア い.ここで用いたモデルは,Ala 残基と Gly 残基が交互
ラニン)の 13C 化学シフトテンソル主値はポリペプチド に配置した分子であり,これまでシルクモデルとして盛
の二次構造および水素結合に関する研究を行う上で極め んに研究が行われてきたペプチドでもある51).このよう
て重要な情報を提供するパラメーターである.本研究で なシルクモデル化合物を用いた研究により,繊維化した
は, Table 2 に示すように, d11 = 253.2 ppm, d22 = 184.3 シルク II 型構造は b- シート構造53) であることが明らか
ppm, d33 =91.1 ppm の計算値19)が得られている.これら となっているが,繊維化前のシルク I 型構造については
の値は,筆者らの実測値( d11 = 243 ppm, d22 = 194 ppm, いくつかの構造が提唱されている51),54)~60).
d33=94 ppm)とは,わずかに異なっている.しかし,最 ホモポリペプチド H-(Ala)18-OH と同様にコポリペプ
近の Ramamoothy ら32) の実測値( d11 = 251.8 ppm, d22 = チド H- ( Ala-Gly )9 -OH について密度汎関数法によって
185.2 ppm, d33=92.8 ppm)とは,非常に良い一致を示し 精密な構造を算出しその有効性を議論することは,今後
ている.この両者の実測値の相違は何に起因するのか, の量子化学計算を用いたタンパク質の構造研究に必要不
今のところ明確な解答は得られていないが,この点につ 可欠である.ここでは,コポリペプチドについてアミノ
いては今後さらなる検討が必要である.しかしながら, 酸残基の構造特性が量子化学計算によって正確に得られ
32)
Ramamoothy ら の実測値は今後の化学シフトの研究 るかどうかについて研究した.さらに,密度汎関数法を
に希望を抱かせる結果であり,注目に値する. 用いて得た最適化構造について算出した計算化学シフト
以上のように,量子化学計算に基づいて得られた正確 値と固体高分解能 NMR により測定した実測化学シフト

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 15


相馬・黒子・莊司

Figure 4. The optimized structure of a single a R-helical H-(Ala-Gly)9-OH molecule.

値を比較することで,タンパク質構造解析に対する量子 Ala-PEG-PS を購入し,まず Fmoc 基をピペリジンで脱


化学計算の信頼性および有用性を検証する. 保護した.続いて,活性化剤 HATU を用いて 2 番目の
3.2 実験 Fmoc-Xaa-OH ( Xaa =アミノ酸)をカップリングしたの
3.2.1 計算方法 ち,キャッピング反応を行い,この操作を繰り返した.
計算方法は前項 2.2.1 で述べた方法と同様に行った. 合成終了後, 95 トリフルオロ酢酸(TFA )を用いて 18
Gly 残基の初期値は, L- アラニン残基と同様に, Gauss 量 体 ペ プ チ ド を PEG-PS 樹 脂 か ら 切 断 し , ジ エ チ ル
36) 15
View 2.1. のグリシン残基の値を用いた . N 化学シ エーテルで結晶化,洗浄し,最終的な合成ペプチドであ
フトの基準物質となる 15NH4NO3, 15
NH4Cl の正確な遮 る FLA-11G を得た.
蔽値計算はいずれも困難であるため,本研究では a R へ 3.2.3 固体高分解能 NMR 測定
15
リックス形ポリ( L- アラニン)の実測値と 2 章で導いた N CP-MAS NMR ス ペ ク ト ル の 測 定 は , Bruker
H- ( Ala )18 -OH の aR へリックス中央部領域における遮 DSX300 固 体 NMR 分 光 計 で 4 mm CP-MAS プ ロ ー ブ
蔽値から N 核の基準を定めた. を用い,共鳴周波数 30.42 MHz で測定した.測定条件
3.2.2 試料の合成 は,CP 接触時間を 2 ms ,繰り返し時間を 6 s とした.
本研究で用いた試料 H-(Phe-Leu-Ala)2-Phe-LeuC-Ala- 15
NH4NO3 を基準( d = 0.0 ppm )とし,15 NH4Cl ( d = 18.0
N C
Phe-Gly-Ala - (Phe-Leu-Ala )2 -OH, (FLA-11G )(Phe : ppm )を二次基準とした.15 N 化学シフトの実験誤差は
(1-13C )標識 L- フェニルアラニン残基 AlaN : (2-15N )標 ±0.5 ppm である.
識 L- アラニン残基)の合成に以下の試薬を用いた. 9- 3.3 結果および考察
フルオレニルメトキシカルボニル( Fmoc )基で保護した 3.3.1 a R へリックス形 H-(Ala-Gly)9-OH の最適化構
L-アラニン(Fmoc-Ala), L-ロイシン(Fmoc-Leu), L-フェ 造
ニルアラニン( Fmoc-Phe ),および固相合成用樹脂の a R へリックス形 H-(Ala-Gly )9 -OH の最適化構造の分
Fmoc-L-Ala-PEG-PS ,ペプチド合成用活性化剤である 子モデルを Figure 4 に示す.この結果より, aR へリッ
O- ( 7- アザベンゾトリアゾール) -1,1,3,3- テトラメチル クス形 H- ( Ala-Gly )9 -OH の最適化構造において, Ala
ウロニウムヘキサフルオロホスフェイト( HATU )は, 残基と Gly 残基の間で構造パラメーターが一致する部
日本パーセプティブ・リミテッド社より購入した. 9- 分と,異なる部分があることが明らかとなった.
フルオレニルメトキシ-N- サクシニミジカルカルボネー H- ( Ala-Gly )9 -OH の 最 適 化 構 造 は , 2 章 で 得 た H-
ト ( Fmoc-ONSu ) お よ び Fmoc 基 で 保 護 し た グ リ シ ン (Ala )18 -OH の最適化構造とほぼ同一の立体構造をとる
( Fmoc-Gly )はペプチド研究所(株)より購入した.( 1- ことが明らかとなった.ただし, N 末端部の水素結合
13
C )標識 L- ロイシン( LeuC )および 15N 標識 L- アラニン 部位は異なっており,H-(Ala)18-OH では N 末端 Ala 残
(AlaN)は MSD ISOTOPES 社より購入し,Fmoc 化は当 基カルボニルが 310 ヘリックスと a R ヘリックスの二つ
研究室で行い,ペプチド合成に用いた.また,試薬類は の水素結合を形成していたが, H- ( Ala-Gly )9 -OH では
ペプチド合成用の特級(一部のみ一級)および HPLC 用 310 ヘリックスのみであった.この相違については,現
を使用した. 在検討中である.
ペ プ チ ド 固 相 合 成 は PerSeptive Biosystems 社 製 の 3.3.2 a R へリックス形 H-(Ala-Gly)9-OH の主鎖コン
PEPTIDE SYNTHESIZER 9050 PLUS を使用し行っ ホメーション
た.Fmoc 化アミノ酸を PEG-PS 樹脂に導入した Fmoc- a R へリックス形 H-(Ala-Gly )9 -OH の最適化構造の主

16 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

Table 3. Dihedral angles (q, c and v) of the optimized aR-heli-


cal H-(Ala-Gly)9-OH polypeptide

Residue q (°
) c (°
) v (°
)
1
Ala -11.5 -165.4
2
Gly -61.2 -31.8 177.0
3
Ala -56.5 -32.5 177.8
4
Gly -65.1 -39.7 174.4
5
Ala -64.2 -40.7 175.6
6
Gly -60.3 -45.0 177.8
7
Ala -61.5 -43.4 178.2
8
Gly -61.2 -43.7 177.0
9
Ala -61.8 -42.3 177.8
10
Gly -62.2 -43.1 176.5
11
Ala -62.1 -42.0 177.8
12
Gly -61.8 -44.0 176.1
13
Ala -61.4 -43.1 178.2
14
Gly -60.2 -43.9 176.3 Figure 5. The relation between the Oi…H i+4 distances
15
Ala -63.9 -39.1 177.6 [RO…H] and the Oi…Ni+4 distances [RO… N] in the optimized
16
Gly -58.7 -31.9 174.7 structure of a R-helical H-(Ala-Gly)9-OH. (○) and (□) indi-
17
Ala -85.1 -33.9 -168.2 cate the Ala residue (Ala…Ala hydrogen-bond) and Gly
18
Gly -151.1 19.1 residue (Gly…Gly hydrogen-bond), respectively; (△) indi-
cates the 310-helix of the 1Ala…4Gly hydrogen-bond; (◇) indi-
cates the a R-helix-like hydrogen-bond of the 15Ala(C′
=O)…
18
Gly(OH ).
鎖二面角を Table 3 に示す.a R ヘリックスの中央部の主
鎖二面角(q, c の平均値)は Ala 残基が(-62°
, -43 °
),
Gly 残基が(- 62 °
, - 44 °
)で,両残基間で明確な違いは
見られなかった.この結果は aR ヘリックス形コポリペ
プチドの主鎖二面角は構成するアミノ酸残基の種類によ
らず基本的には一定であることを示唆している.これに
対し, H- (Ala-Gly )9 -OH の両末端部の主鎖二面角は H-
( Ala )18 -OH の値と比べ微妙に異なり,両末端部では構
成アミノ酸残基の性質により異なる二面角をとることが
示唆された.
次に,主鎖の原子間距離を比較すると, Ala 残基と
Gly 残基との間で違いは全く見られなかった.さらに,
結合角∠N-C a-C ′に着目すると,Ala 残基(約 111.9°
)と
Gly 残基(約 113.4°
)の間に僅かではあるが差が確認され
た.また, H- ( Ala-Gly )9 -OH の Ala 残基の∠ N-C a-C ′ Figure 6. Plots of angle Ci′ =O…H i+ 4 against angle Oi…
値は, H-(Ala )18-OH の値と一致し,隣接アミノ酸残基 H-Ni+4 in the most probable hydrogen-bond angles of the
optimized structure of a R-helical H-(Ala-Gly)9-OH. (○) and
による相違は見られなかった.
(□) indicate the Ala residue (Ala…Ala hydrogen-bond) and
3.3.3 a R へリックス形 H-(Ala-Gly)9-OH の水素結合 Gly residue (Gly…Gly hydrogen-bond), respectively; (△)
パラメーター indicates the 310-helix of the 1Ala…4Gly hydrogen-bond; (◇)
a R へリックス形 H-(Ala-Gly )9 -OH の最適化構造にお indicates the a R-helix-like hydrogen-bond of the 15Ala(Ci′
=O)
…18Gly(OH).
ける各水素結合パラメーターについて考察する,水素結
合距離(RO…H と RO…N の関係)を Figure 5 に,水素結合
角(∠N-H…O と∠C′
=O…H の関係)を Figure 6 にそれ 適化構造と異なる点は両末端の水素結合である. N 末
ぞれ示す. 端 に 着 目 す る と , H- ( Ala )18 -OH で は 1Ala C ′
=O と
4
第一に, H- ( Ala-Gly )9 -OH の最適化構造の全体的な Ala N-H で水素結合した 310 へリックス,および 1Ala
水素結合部位を見る限り,末端の一部を除いて, H- = O と 5Ala N-H で水素結合した a R へリックスを共
C′
(Ala )18 -OH と基本的に一致しており,a R へリックス構 有する部位が存在するが, H- ( Ala-Gly )9 -OH の最適化
造が維持されていることがわかる.H- (Ala )18 -OH の最 構造では 1Ala C ′
= O と 4Gly N-H の水素結合による 310

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 17


相馬・黒子・莊司

Table 4. Mean values of 1H, 13C and 15N isotropic chemical shifts of typical optimized aR-helical H-(Ala-Gly)9-OH polypeptide, and ex-
perimental chemical shift values measured using high-resolution solid-state NMR

Chemical shifts value, d(ppm)

Sample Ala Gly Ref.


a b a b N a a a′ N
C′
=O C C N H H H C′
=O C N H H H

H-(Ala-Gly)9-OH 176.30 53.50 12.23 101.15 4.22 1.61 8.04 171.56 43.87 84.45 3.88 3.67 8.09
Calculated
H-(Ala)18-OH 176.15 53.29 12.14 98.80 4.16 1.64 7.84
(Ala)n 177.0 53.2 15.6
19)
176.8 171.7
31)
176.6 53.3 15.8
11)~ 14)
98.8
17)~ 19),30)
Measured 176.4 52.4 14.9 98.6 3.9 1.4
N a) 17),18),31)
(Ala )n 4.0 1.4 8.0
(Ala, GlyN)nb) 177.2 53.5 16.1 172.0 45.0 84.2 15)

(AlaN, Gly)nc) 98.6 13),18)

FLA-11Gd) 101.8 This work


a) N 15 b) N N c)
(Ala )n (99 atm 2- N isotope labeled poly(L-alanine)). (Ala, Gly )n (copolymer composition Ala 80, Gly 20). (AlaN, Gly)n
(copolymer compositionAlaN 20, Ala 60 , Gly 20). d) FLA-11G(Phe-Leu-Ala)2-Phe-Leu C-Ala-Phe-Gly-AlaN-(Phe-Leu-Ala)2.

へリックスが存在するのみで,1Ala C ′
=O と 5Ala N-H このように, H- ( Ala-Gly )9 -OH では Ala 残基と Gly
での水素結合は形成していない.また,C 末端に着目す 残基の主鎖二面角に明確な違いは見られなかったが,水
ると, H- ( Ala )18 -OH では 15Ala C ′
= O は水素結合を形 素結合角と水素結合二面角など水素結合パラメーターに
成していないのに対し, H- ( Ala-Gly )9 -OH においては おいては残基の種類により明確な違いが現れた.今後さ
15 18
Ala C′
= O は Gly O-H と水素結合を形成する.以上 らに種々のアミノ酸残基に対する水素結合パラメーター
の結果は,H-(Ala)18-OH と H-(Ala-Gly)9-OH の両者の の特性を明らかにする必要がある.
構造特性の違いと考えられるが,この詳細については現 3.3.4 aR へリックス形 H-(Ala-Gly )9-OH の計算化学
在検討中である. シフト値
第二に,水素結合距離を見ると,aR へリックス形 H- コポリペプチド H- ( Ala-Gly )9 -OH の最適化構造にお
( Ala-Gly )9 -OH で は Ala 残 基 間 水 素 結 合 距 離 (2i-1 Ala ける 1H, 13C, 15N の各計算化学シフト値と,過去の研究
= O と 2i+3Ala N-H ,ただし i ≧ 1 )と Gly 残基間水素
C′ における実測値を Table 4 にまとめた.これらの計算化
2i 2i+4
結合距離( Gly C ′
=O と Gly N-H ,ただし i ≧ 1 )の 学シフト値は,先述のように GIAO-CHF 法により算出
みで構成され,両者の間に差は見られなかった.また, した遮蔽値を基準に補正したものである.さらに,以下
この場合には,Ala と Gly 残基間の水素結合は存在しな の考察で用いる化学シフト値は,典型的な aR へリック
いことがわかる.そして Figure 5 に示すように,水素 ス構造を形成している最適化構造の中心部分 7 番目 Ala
結合距離 RO…H と RO…N の間には直線関係が成り立つこ 残基から 12 番目 Gly 残基までの平均値である.
とを明らかにした.これにより H-(Ala)18-OH の場合と 初めに,13 C 計算化学シフト値は Ala 残基と Gly 残基
同様に, RO…H と RO…N の相関関係が得られる.一方, で明確な違いを示し, aR へリックス構造におけるアミ
その水素結合角と水素結合二面角は Ala … Ala 残基と ノ酸残基の特性値が得られた.カルボニル C ′
= O の計
Gly … Gly 残基との間で僅かな差が観察された( Figure 算値では, Ala 残基 176.30 ppm と Gly 残基 171.56 ppm
6 ).安定な aR へリックスの中心部分における水素結合 が得られた.これらを aR へリックス形ポリペプチドの
角を見ると,∠ N-H … O は Ala … Ala 残基で約 163.6 °
, 実測値, Ala 残基の C ′
= O ( 176.9 ppm )および Gly 残基
Gly … Gly 残基では約 160.7 °
となり,∠ C ′
= O … H では =O(172.0 ppm15)),と非常に良く一致する.また,
の C′
Ala…Ala 残基で約 151.0°
であるのに対して Gly…Gly 残 C a の 計 算 値 , Ala 残 基 の 53.50 ppm, Gly 残 基 の 43.87
基 で は 148.3 °
となリ,両者の差はいずれも約 3°
あっ ppm は, a R へリックス形ポリペプチドの実測値すなわ
た.一方,N 末端の 310 ヘリックス部分における∠N-H ち Ala 残基( 53.1 ppm )および Gly 残基( 45.0 ppm15) )と
… O = 129 °
, ∠C′ は aR ヘリックス部分と
= O …H =160 ° ほぼ一致する.一方,Ala 残基の側鎖 Cb の計算値 12.23
は明らかに異なり,二次構造を反映していると考えられ ppm は, H- ( Ala )18 -OH の最適化構造の Cb 計算化学シ
る.また,水素結合二面角∠ C ′
= O … H-N は Ala … Ala フト値( 12.1 ppm )とよく一致する.以上の結果から,
残基で 150 °
付近であるのに対して Gly … Gly 残基では ホモポリペプチドとコポリペプチド間における 13C 化学
160°
付近と差が見られた. シフトは着目するアミノ酸残基の種類とコンホメーショ

18 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

ンに依存し,隣接アミノ酸残基の種類にはほとんど依存 まなアミノ酸残基が連なる天然タンパク質に対してもこ
しないことが量子化学の計算結果でも明らかになった. の一連の研究は適用できることが示された.したがっ
ただし,C b 化学シフト値は aR へリックス鎖の外側に位 て,今後のタンパク質構造解析における量子化学計算の
置し分子間の影響を受けやすい部分であるので,厳密に 信頼性と有効性の一端を証明できたと言えよう.
評価するためには分子間の影響を考慮したさらなる研究
4 量子化学計算による aR ヘリックス形 Pro 残基
を行う必要がある.
含有ポリペプチドの構造最適化と遮蔽値計算35)
次に,アミド窒素 N の化学シフト値に着目すると,
これは主鎖コンホメーション,アミノ酸残基の種類およ 4.1 緒言
び隣接アミノ酸残基の影響が強く反映されることが過去 2 および 3 章において,精密な量子化学計算を用いて
の研究で判明している11)~16).したがってここでは,前 aR へリックス形ポリペプチド H- ( Ala )18 -OH および H-
章のホモポリペプチドでは明らかにできなかった Ala (Ala-Gly)9-OH の最適化構造を算出し,それぞれの二次
残基が Gly 残基から受ける影響や Gly 残基が Ala 残基 構造パラメーターを解析し,その有効性を明らかにした.
から受ける影響を評価する. 本章では, 20 種類の標準アミノ酸の中で極めて特異的
まず,Ala 残基の 15N 計算化学シフト値は平均 101.15 な構造を有する L-プロリン(Pro)残基の特性について検
ppm で , こ れ は ホ モ ポ リ ペ プ チ ド H- ( Ala )18 -OH の 証する.L-プロリンは第二級アミノ酸(イミノ酸)である
98.80 ppm と比べ明らかに異なる.両者の相違は,主鎖 ため,Pro 残基は他のアミノ酸残基とは異なり水素結合
コンホメーションはいずれも aR へリックス形 Ala 残基 に関与するアミド基を持たない.さらに,主鎖と側鎖が
15
の N 計算化学シフト値であることから,隣接するアミ ピロリジン環によって固定され61)~67),このため,主鎖
ノ酸残基の違いによる効果であると考えられる.そこで 二面角 q がかなり制限され,立体障害も大きい.した
Table 4 に 示 し た -Gly-Ala- 配 列 を有 す る H- ( Phe-Leu- がって,タンパク質の中では Pro 残基はこれまで扱っ
Ala )2 -Phe-LeuC-Ala-Phe-Gly-AlaN- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH てきた系とは異なり,むしろ aR へリックス構造を壊す
の 15N CP-MAS NMR スペクトルを測定した結果, Gly 傾向が強く,Pro 残基で途切れてしまうことになる68).
N
残 基 に 隣 接 す る Ala 残 基 の 実 測 値 は 101.8 ppm で あ このような特異性を有する Pro 残基が aR へリックス
り,この値は計算化学シフト値と非常によく一致した. に巻き込まれた構造が安定に存在するかどうかは興味深
続 い て , Gly 残 基 の 15N 計 算 化 学 シ フ ト 値 は 平 均 い問題であり,この問題を理論計算と実験の両面から検
84.45 ppm で,これは Ala 残基の影響を受けた Gly 残基 証することは意義深い.
の 15N 化学シフト値である.Ala 残基の場合と同様に, 本章では,第一に,この特異な環構造を持つ Pro 残
隣接 Ala 残基の影響を受けた Gly 残基の NMR 実測値 基 が aR へ リ ッ ク ス 形 中 に 導 入 さ れ た H- ( Ala )8 -Pro-
15)
は 84.2 ppm であり,ここでも計算値と実測値が一致 ( Ala )9 -OH のとりうる安定構造とその周囲残基の二次
する結果が得られた. 構造特性を量子化学計算により解明する.同時に得られ
最後にアミドプロトン HN に関して計算化学シフト値 た最適化構造における遮蔽値計算を行い,13C, 15N 核の
を Gly 残基と Ala 残基で比較してみると,両者の間で 計算化学シフト値を得る.第二に,安定な aR へリック
ほとんど差が見られなかった.ペプチド結合を形成する ス構造をとる H-(Phe-Leu-Ala)6-OH(ただし,Phe :L-
カルボニル炭素やアミド窒素が明確な変化を示す中,ア フェニルアラニン残基Leu : L-ロイシン残基Ala : L-
ミドプロトンがほとんど変化しないのは特徴的である. アラニン残基)の中央部に Pro 残基を導入した試料 H-
以上のように本章では,コポリペプチド H-(Ala-Gly)9- ( Phe-Leu-Ala )3 -PheC-Pro-AlaN- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH
OH の最適化構造を計算し,それぞれのアミノ酸残基に ( FLA-11P と略す.ただし, PheC : ( 1-13C )標識 L- フェ
特徴的な二次構造特性を明らかにすることができた.ま ニルアラニン残基AlaN : (2-15N)標識 L-アラニン残基)
た,典型的な aR へリックス部分における主鎖二面角 を合成し,その安定構造を固体高分解能 13C および 15N
は,Ala 残基と Gly 残基の間でほぼ一致したのに対し, NMR 測定により検証する.
化学シフト値は明確に異なることが明らかになった.こ 4.2 実験
の結果は NMR による主鎖部の実測の化学シフト値とも 4.2.1 計算方法
よく一致することから,今回の計算の信頼性が二次構造 計算に用いる aR ヘリックス形モデルポリペプチドと
に関して非常に高いことが強く示唆された.また,2 章 して H- (Ala )8 -Pro- (Ala )9 -OH を分子設計し,初期構造
におけるホモポリペプチド H-(Ala)18-OH に続き,コポ パラメータとして Ala 残基については( q, c )=(- 57 °
,
リペプチドに対して密度汎関数法を導入し,最適化構造 - 47 °
) , Pro 残基についてはあらかじめエネルギー計
を計算し,構造パラメーターや計算化学シフト値の算出 算によって得た値( q, c )=(- 61 °
, 150 °
)および(- 61 °
,
に成功し,実測値と良い一致を示したことから,さまざ -30°
)を採用し,ピロリジン環の環構造と組合せて,次

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 19


相馬・黒子・莊司

Figure 7. The optimized structure of No. 1 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH (bent structure). (Proc=75.4°


, ring
conformation: Up).

に示す四つのモデルペプチドの初期構造を設計し,最適 4.2.3 固体高分解能 NMR 測定


13
化構造計算および遮蔽値計算を行った. C CP-MAS NMR ス ペ ク ト ル の 測 定 は , Bruker
No. 1  Pro 残基 q =- 61 °
, c = 150 °
,環構造 Up DSX300 固体 NMR 分光計で, 2.5 mm CP-MAS プロー
型, ブを用い,共鳴周波数 75.48 MHz で測定した.測定条
No. 2  Pro 残 基  q = - 61 °
, c = 150 °
,環構造 件は,CP 接触時間を 3 ms,繰り返し時間を 6 s とした.
Down 型, MAS 速 度 は 10000 Hz , 積 算 回 数 は 7000 回 と し た .
No. 3  Pro 残基 q =- 61 °
, c =- 30 °
,環構造 Up TMS を基準( d= 0 )とし,アダマンタン(d =29.47 ppm )
型, を二次基準とした.13 C 化学シフトの実験誤差は± 0.3
No. 4  Pro 残 基  q = - 61 °
, c = - 30 °
,環構造 ppm である.
15
Down 型 N CP-MAS NMR ス ペ ク ト ル の 測 定 は , Bruker
以上 4 つのモデルの計算には Gaussian 03 プログラム DSX300 固体 NMR 分光計で 4 mm CP-MAS プローブを
を用いた.計算は前章と同様に行った. Ala 残基, Pro 用 い , 共 鳴 周 波 数 30.42 MHz で 測 定 し た . 測 定 条 件
残基の初期値は, Gauss View 2.1 における標準値を用 は,CP 接触時間を 2 ms ,繰り返し時間を 6 s とした.
いた.また主鎖二面角 v は 180 °
とした.さらに環構造 MAS 速 度 は 3000 Hz , 積 算 回 数 は 6000 回 と し た .
部の二面角 x は, Up 型環構造の場合は, x1 ( N-Ca-C b- 15
NH4NO3 を基準( d = 0.0 ppm )とし,15 NH4Cl ( d = 18.0
g a b g d b g d
, x2 ( C -C -C -C )= 16 °
C )= - 4 ° , x3 ( C -C -C -N ) = ppm )を二次基準とした.15 N 化学シフトの実験誤差は
, x4 ( C g-C d-N-Ca )= 21 °
- 22 ° とし, Down 型環構造の場 ±0.5 ppm である.
合は,x1=30°
, x2=-35°
, x3=26°
, x4=-10°
とした. 4.3 結果および考察
13 15
また, C, N 化学シフトの基準値の算出は前章と同 4.3.1 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH の最適化構造
様に行った. H- ( Ala )8 -Pro- ( Ala )9 -OH の各 モデル の最 適化構 造
4.2.2 試料の合成 No. 1 ~ No. 4 を そ れ ぞ れ Figures 7 ~ 10 に 図 示 す る .
試料 FLA-11P の合成に用いた試薬およびペプチド固 Figures 7~10 に示すように,最適化構造は No. 1 と No.
相合成法は 3.2.2 項と同様である.合成終了後,TFA を 2 のような分子の中心部 Pro 残基付近で折れ曲がった V
用い て 18 量 体ペプ チド を PEG-PS 樹 脂から 切断 し, 字型構造(「折れ曲がり構造」とする)と, No. 3 と No.
ジ エチル エー テル で結 晶化 ,洗 浄し ,最 終ペ プチ ド = O と (i+4)N-H
4 のような中心部 Pro 残基の前後で iC ′
H- ( Phe-Leu-Ala )3 -PheC-Pro-AlaN- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH 間で水素結合が安定化され, Pro 残基が aR ヘリックス
(FLA-11P)を得た. 形に巻き込まれた構造(「巻き込まれた構造」とする)の

20 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

Figure 8. The optimized structure of No. 2 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH (Bent structure). (Proc=


80.1°, ring conformation: Down).

Figure 9. The optimized structure of No. 3 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH (Included a R-helix structure). (Proc=
-35.7° , ring conformation: Up).

二種類に大別されることを見出した.ここではそれら最 ), (-77.1 °
75.4 ° , 80.1 °
)であるのに対し,巻き込まれた
適化構造の詳細について考察する. 構造( No. 3 と No. 4 )ではそれぞれ(- 62.4 °
, - 35.7 °
),
4.3.2 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH のコンホメーション (-64.6°
, -33.1°
)が得られた.
H- ( Ala )8 -Pro- ( Ala )9 -OH の最適化構造の主鎖二面角 この結果から,折れ曲がり構造と巻き込まれた構造で
(q, c)について見ると,「折れ曲がり構造」と「巻き込ま は Pro 残 基 の 二 面 角 c が 大 き く 異 な り , こ の 角 度 が
れた構造」との間で Pro 残基周辺の構造に特徴的な変化 Pro 残基の二次構造を決定し,分子全体の構造を大きく
が現れている.すなわち,Pro 残基の二面角(q, c)は, 変化させる重要な部分であることがわかった.この二面
折れ曲がり構造(No. 1 と No. 2 )ではそれぞれ(-79.0 °
, 角 c の変化によって主鎖の方向が大きく変わり, c が

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 21


相馬・黒子・莊司

Figure 10. The optimized structure of No. 4 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH (Included a R-helix structure). (Proc=
-33.1° , ring conformation: Down).

80 °
付近の場合,主鎖は Pro 残基付近で方向を変え,折 曲がり構造では aR-へリックスから大きく外れた二面角
れ曲がる方向に伸びることになる.一方, c が- 35 °
付 が多く見られ,しかもそれらは残基番号によってさまざ
近の場合,主鎖は aR へリックス鎖と同じ方向に伸びる. まな二面角をとることが明らかとなった.
このことによって Pro 残基が aR へリックスに巻き込ま 次に,各最適化構造の全エネルギーについて考察する
れた構造が安定化されると考えられる. と,折れ曲がり構造と巻き込まれた構造との間でエネル
また,最適化構造の環コンホメーションは次のような ギー値に明確な違いが見られた.エネルギー値が最も低
結果を示した. い最適化構造は巻き込まれた構造 No. 3 ( 0 kcal / mol と
No. 1Up 型(-10°
, 29°
, -37°
, 33°
) する)であるが,もう一つの巻き込まれた構造 No. 4(+
No. 2Down 型(28°
, -37°
, 31°
, -14°
) 0.6 kcal / mol )と エ ネ ル ギ ー 値 の 差 は 非 常 に 小 さ か っ
No. 3Up 型(-25°
, 38°
, -36°
, 21°
) た.しかし,折れ曲がり構造である No. 1 (+ 9.4 kcal /
No. 4Down 型(20°
, -35°
, 36°
, -24°
) mol )と No. 2 (+ 9.3 kcal / mol )は最安定構造 No. 3 との
この結果は,Pro 残基の環コンホメーションは Up 型, エネルギー差が大きく,この結果から折れ曲り構造は巻
Down 型のそれぞれが安定であり,環コンホメーション き込まれた構造よりかなり不安定であることが明らかと
の違いが主鎖コンホメーションに大きく依存するもので なった.ここで,No. 3 と No. 4 の巻き込まれた構造に
はないことを示している.このように,分子全体の二次 ついて詳しく調べてみると,両者はエネルギー的には僅
構造が大きく変化しても, Pro 残基の環構造における 差であるが,水素結合部位に若干の相違が見られ,この
Up と Down 型の変化は見られず,側鎖二面角をわずか 違いは Pro 残基の環構造の違いに起因すると考えられ
に変化させることで安定化していることは興味深い結果 る.また,折れ曲がり構造について詳しく調べてみる
といえる.また,Pro 残基はピロリジン環によって q 角 と,両者間で環型の違いに伴う水素結合部位およびへ
が制限されているにも関らず,その主鎖二面角 q, c の リックス軸方向の折れ曲がりの度合いにわずかな違いが
安定領域が aR ヘリックス領域に存在し,Pro 残基が aR 生じていることがわかる.このように,環コンホメー
ヘリックスに巻き込まれた安定構造をとり得るという計 ションの違いでこれらのような特徴が出ることは非常に
算結果は驚くに値する. 興味深い結果である.
ここまでは Pro 残基に注目し,その部分の構造特性 4.3.3 H- (Ala )8 -Pro- ( Ala )9 -OH の水素結合パラメー
と全体構造の相関を見てきたが,次に,分子全体の構成 ター
アミノ酸残基毎の主鎖二面角(q, c)について考察する. H- ( Ala )8 -Pro- (Ala )9 -OH の最適化構造におけるそれ
巻き込まれた構造では 2 章で述べた aR へリックス形 H- ぞれの水素結合様式を見ると,折れ曲がり構造では,全
( Ala )18 -OH における各 Ala 残基の( q, c )とほぼ同様な 体的に aR へリックスの水素結合が切断され,数か所の
値を示すことから,規則的 aR へリックス構造特有の(q, み残存する程度となっていることがわかる. aR へリッ
c )を維持していることが明らかとなった.一方,折れ クスに代わって 310 へリックスが大部分を占め,特に

22 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

Pro 残基の C 端側に多く存在する.この理由として, う な 10 番 目 Ala 残 基 Ca の 低 磁 場 シ フ ト は 見 ら れ な


Pro 残基が aR ヘリックス軸を折り曲げたことによる aR かった.これは 10 番目 Ala 残基の二面角 q, c 値が aR
へリ ック スの不 安定 化が考 えら れ, Pro 残基が aR へ ヘリックス形の値と変わらないことに起因すると考えら
リックスを壊しやすいという以前の研究結果68)と合致す れる.このことから Pro 残基を含むペプチド鎖の構造
る.さらに Pro 残基の前後(8 番目 Ala 残基 C′
=O と 10 を知るための一つの手段として,Pro 残基に隣接するア
番目 Ala 残基 N-H)で水素結合を形成する特徴も見られ ミノ酸残基の Ca 化学シフト値に着目することが有効で
る.このような水素結合の形成は aR へリックス軸を折 あることを見出した.
れ曲げる原因となっている. 4.3.5 固体高分解能 NMR による H-(Phe-Leu-Ala )3 -
これに対して,巻き込まれた構造では,Pro 残基の N PheC-Pro-NAla- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH の 二 次 構
側 Ala 残基に aR へリックス部位の水素結合の切断が見 造解析
られるものの,主鎖二面角はほぼ aR ヘリックス形の値 前節で述べた aR へリックス形に巻き込まれた Pro 構
と近い.一方,Pro 残基の C 側 Ala 残基では i 番目残基 造の存在を実験的に確認するため,ここでは安定な aR
C′
= O と( i + 4 )番目残基 N-H の水素結合が保持され, へリックス構造をとる H- ( Phe-Leu-Ala )6 -OH の中央部
典型的な aR へリックス形が最適化された. Pro 残基の に Pro 残 基 を 導 入 し た H- ( Phe-Leu-Ala )3 -PheC-Pro-
ピロリジン環コンホメーションが Up 型(No. 3 ), Down AlaN- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH ( FLA-11P と略す)を合成し,
型(No. 4)のどちらをとるかで Pro 残基の N 側水素結合 固体高分解能 13C および 15N NMR 化学シフト値を基に
部位は多少変化する.これはピロリジン環のコンホメー その安定構造を検証する.
ションの違いにより,Pro 残基の N 側隣接の 8 番目 Ala FLA-11P の 13C CP-MAS NMR ス ペ ク ト ル を Figure
残基や 7 番目 Ala 残基の二面角 q, c が若干変化するこ 11 に,15 N CP-MAS NMR スペクトルを Figure 12 に示
とが原因であると思われる.ただし, aR へリックス形 す.また,FLA-11P,ポリ(L-アラニン)(Poly(L-Ala)),
の水素結合をとっていない部分においても, C ′
=O… ポリ( L- フェニルアラニン)( Poly ( L-Phe ))の実測化学
H-N 間の距離は近接しているので,完全に aR へリック シフト値および各種計算化学シフト値を Table 5 にま
ス形が壊れている訳ではない. Pro 残基の C 端側は最 とめた.
適化構造 No. 3, No. 4 の両者で類似した構造となり, FLP-11P は, 11 番目に Pro 残基をおき,10 番目 Phe
aR へリックス形を形成したまま最適化されている.こ = O を 13C 標識し, 12 番目 Ala 残基アミド窒素
残基 C ′
の結果より,Pro 残基がアミドプロトンを持たないこと N を 15N 標識した試料である.まずは,FLA-11P の 13C
により aR へリックスの N-H 水素結合は途切れるが, CP-MAS NMR スペクトル( Figure 11 )より,10 PheC 残
C′
= O 水素結合は維持され, Pro 残基自身が aR へリッ 基の 13C 化学シフト値が 171.4 ppm, 15
N CP-MAS NMR
クス中に巻き込まれて安定化されることが量子化学計算 スペクトル(Figure 12)より, Ala 残基の 15N 化学シフ
12 N

より明らかとなった. ト値が 99.1 ppm と決定できた.しかしながら,従来の


4.3.4 H-(Ala)8-Pro-(Ala)9-OH の計算化学シフト値 知識からはどうしても,aR へリックス構造と 10PheC 残
折れ曲がり構造と巻き込まれた構造の変化に伴う Pro 基の 171.4 ppm が結びつかなかった.また,12AlaN 残基
残基および Pro 残基に隣接する Ala 残基の計算化学シ の 99.1 ppm についても,15 N 化学シフト値が二次構造
フト値の特性を調べた.その結果,主鎖の Ca, N およ の影響のみではなく N 側隣接アミノ酸残基の影響を受
b
び側鎖の C 化学シフト値に両者の差が顕著に見られた. けることから,この値から直接 FLA-11P が aR へリッ
まず,折れ曲がり構造における各 Ala 残基の Ca 化学 クス構造であるとは結論できなかった.したがって,
シフト値を調べると,8 番目と 10 番目 Ala 残基の Ca 化 FLA-11P の 二 次 構 造 解 析 に つ い て は , Figure 11 と
学シフト値が他の Ala 残基より低磁場シフトしている Figure 12 の結果のみからでは解明できなかった.
ことがわかった.これらは二面角 c が他と大きく異な しかしながら,上記 NMR 測定データは精密な量子化
ることに起因すると考えられる.一方,7 番目 Ala 残基 学計算の結果を用いることにより筋の通った解析が可能
の Ca 化学シフト値は高磁場シフトしているが,これは となった.前述のように, H- ( Ala )8 -Pro- (Ala )9 -OH の
7 番目 Ala 残基のカルボニル C ′
= O が水素結合を形成 最適化構造 No. 1 ~ 4 における計算化学シフト値の特徴
しないことと,Pro 残基の環コンホメーションによって を調べたところ, 9 番目である Pro 残基の直前直後の
生じた L- プロリン残基直前の数残基の二次構造変化が Ala 残基のシフト値に大きな特徴があることが確認でき
関わっていることに起因すると考えられる. た.一つ目の特徴は, Pro 残基直前の 8Ala 残基 C ′
=O
また,巻き込まれた構造の相関を調べたところ,8 番 の 13C 計算化学シフト値が,折れ曲がり構造と巻き込ま
目 Ala 残基 Ca 化学シフト値は折れ曲がり構造と同様に れた構造とで顕著な相違を示すことが挙げられる.すな
低磁場シフトしているが,折れ曲がり構造で見られたよ わち,折れ曲がり構造では,この値がほぼ 176 ppm で

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 23


相馬・黒子・莊司

Figure 11. 13C CP-MAS NMR spectrum of H-(Phe-Leu-Ala)3-PheC-Pro-AlaN-(Phe-Leu-Ala)2-OH


(FLA-11P).

Figure 12. 15N CP-MAS NMR spectrum of H-(Phe-Leu-Ala)3-PheC-Pro-AlaN-(Phe-Leu-


Ala)2-OH (FLA-11P).

あるのに対して,巻き込まれた構造では,ほぼ 174 ppm 磁場に現れる.


と お よ そ 2 ppm 高 磁 場 に 現 れ る . 二 つ 目 の 特 徴 は , そこで,これらの各 H- (Ala )8 -Pro- (Ala )9-OH 最適化
10 15
Ala 残基 N の N 計算化学シフト値がやはり折れ曲が 構造で算出された計算化学シフト値を基にして, FLA-
り構造と巻き込まれた構造とで顕著な相違を示すことで 11P の実測値を再考察し,その安定構造を解析した.前
ある.すなわち,折れ曲がり構造では,この値がほぼ 述のように,この試料は,11 番目 Pro 残基の直前 10PheC
105 ppm であるのに対して,巻き込まれた構造では, 残基を 13C 標識し,Pro 残基直後の 12AlaN を 15N 標識し
No. 3 で 95 ppm, No. 4 で 99 ppm とおよそ 610 ppm 高 た試料である.第一に,Figure 11 に示した FLA-11P の

24 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

Table 5. Calculated 13C and 15N chemical shifts of 8Ala, 9Pro and 10Ala residues in various optimized models and observed 13C and 15N
chemical shift values of FLA-11P, Poly(Ala), and Poly(Phe) by CP-MAS NMR measurements

Chemical shift value, d(ppm )


Model Residue
a
N C Cb C′
=O Cg Cd
8
No. 1 Ala 97.60 54.30 10.08 176.53
9
[Bent/Up] Pro 115.68 56.28 19.82 177.44 24.56 45.58
10
Ala 104.88 54.70 13.53 177.00
8
No. 2 Ala 93.58 55.41 9.17 175.85
9
[Bent/Down] Pro 113.29 58.72 23.83 176.89 24.40 46.16
10
Ala 105.18 54.53 14.24 176.94
8
No. 3 Ala 101.36 55.43 9.82 173.93
9
[Included/Up] Pro 115.79 64.42 28.68 176.23 24.92 47.02
10
Ala 95.07 52.39 12.05 176.18
8
No. 4 Ala 98.32 56.08 9.32 174.09
9
[Incluede/Down] Pro 116.51 64.01 27.26 176.07 24.17 46.76
10
Ala 99.25 52.99 12.08 176.01
FLA-11Pa) 10
Phe 171.4 a)
11
Pro
12
Ala 99.1 a)
a)
Poly(Ala) Alab) 98.8 a) 53.2 a) 15.6 a) 177.0 a)
Poly(Phe)a) Phec) 61.9 a) 36.3 a) 175.1 a)
a)
Experimental value. b) Refs. 11), 13) and 35). c) The 13C chemical shifts of Poly(L-phenylalanine) (mol. wt 5,00015,000), pur-
chased from Sigma-Aldrich Inc., were obtained from 13C CP-MAS NMR spectrum.

10
PheC 残基の実測値 171.4 ppm について考察する.一 隣接する 10Ala N の計算化学シフト値と比較する必要が
般にグリシン残基と L- プロリン残基を除く典型的な aR ある.このように,15N CP-MAS NMR の測定結果は,
へリックス形の C ′
= O 化学シフト値は, 176 177 ppm H- (Ala )8 -Pro- (Ala )9 -OH の Pro 残基が巻き込まれた構
10)
に現れることが知られている .しかし, Table 5 に示 造,しかも Down 環構造 No. 4 である可能性が最も高
すように,典型的な aR へリックス形ポリ(L-フェニルア いことを示唆している.
ラニン)の C′
=O 化学シフト値は,ポリ(L-アラニン)の 今回の実験では行わなかったが, Table 5 に示した量
シフト値よりもおよそ 2 ppm 高磁場に現れることがわ 子化学計算の結果を見ると,本来は H-(Phe-Leu-Ala )3-
かる.この理由は Phe 残基の側鎖コンホメーションに Phe-Pro-Ala- ( Phe-Leu-Ala )2 -OH の Pro 残基の Ca ある
起因するものと考えられる.また,ここで最も注目すべ いは Cb を 13C 標識した試料を合成し NMR 構造解析を
き点は H-(Ala)8-Pro-(Ala )9-OH モデルの巻き込まれた 行うことにより,さらに確実な構造決定を行うことがで
8 C
構造をとる Ala の計算値( 174 ppm )は典型的な aR へ きることがわかる.
リックス形 Ala 残基の計算値(176 177 ppm )よりも約 2 このように, H- ( Ala )8 -Pro- ( Ala )9 -OH のような Pro
~ 3 ppm 高磁場側にシフトしていることである.した 残基を含む単純かつ大きな単分子モデルを分子設計し,
がって, FLA-11P の Pro 隣接 10Phe C ′
= O 化学シフト 精密な量子化学計算を行い,精密な最適化構造と計算遮
値( 171.4 ppm )が典型的な aR へリックス形 Ala C ′
=O 蔽値を得ることが可能になったことは,今後の量子化学
より 4~5 ppm 高磁場シフトする実験結果は Pro 残基が 計算および高分子化合物の詳細な二次構造解析に大きな
巻き込まれた構造をとることによるシフト差および Phe 成果をもたらすものと考える.本研究では,構造が未知
残基と Ala 残基の違いによるシフト差の両方を考慮す であった試料の構造予測も,モデル化合物の量子化学計
ることにより無理なく説明できる.続いて, Figure 12 算と固体高分解能 NMR の実測とを併用することで可能
15
に示した FLA-11P の N CP-MAS NMR スペクトルに になる実例を示した.今後のペプチド,タンパク質の構
ついて考察する.実測の 12AlaN 残基の 15N 化学シフト 造研究の新しい指標になる結果であると考えている.
値( 99.1 ppm )は aR へリックス形ポリ( L- アラニン)の値
5 おわりに
( 98.8 ppm ) と ほ ぼ 一 致 す る . し か し , N 化 学 シ フ ト
は,その N 側隣接残基の影響を受けることが明らかに 本研究では,高分子量ポリペプチドの単純なモデル分
なっているので11)~15) , FLA-11P の 12AlaN 化学シフト 子を設計し,精密な量子化学計算を行い,最適化構造を
値は H- ( Ala )8 -Pro- ( Ala )9 -OH の最適化構造の 9Pro に 得ることによって,精密な二次構造パラメーターを得る

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 25


相馬・黒子・莊司

ことができることを実証することにより,今後のタンパ 20) M. Ashikawa, A. Shoji, T. Ozaki, and I. Ando, Macro-


ク質研究における基礎を確立することができた.さらに, molecules, 32, 2288 (1999).
21) D. K. Lee and A. Ramamoothy, J. Phys. Chem. B, 103, 271
その最適化構造について得られる計算化学シフト値と実 (1999).
測 NMR 化学シフト値を比較することで,タンパク質や 22) K. A. H. Wildman, D. K. Lee, and A. Ramamoothy,
Biopolymers, 64, 246 (2002).
モデルペプチドの構造予測が可能となることを示した.
23) H. Saito, R. Tabeta, A. Shoji, T. Ozaki, and I. Ando,
ここでは, aR ヘリックス構造についての研究であっ Macromolecules, 16, 1050 (1983).
たが,タンパク質にこの方法を適用させるためには,分 24) C. Pepe, S. Rochunt, J. P. Paumard, and J. C. Tabet, Rapid
Commun. Mass Spectrom., 18, 307 (2004).
子間相互作用を考慮したβシート構造や,側鎖構造を含
25) J. Casanovas, I. Jimenez, C. Cativiela, J. J. Perez, and C.
めた三次構造に関する研究も今後必要である.これらの Aleman, J. Phys. Chem. B, 110, 5762 (2006).
研究は現在,筆者らの研究室において進行中である.今 26) H. O. Hudaky, P. Hudaky, and A. Perczel, J. Comput.
Chem., 25, 1522 (2004).
回示した一連の研究はまだ始まったばかりであるが,こ 27) D. M. Upadhyay, A. K. Rai, A. N. Singh, and A. Kumar,
の研究が基盤となり,量子化学計算を用いたタンパク質 Spectrochimica Acta, Part A, 66, 909 (2007).
の二次・三次構造の研究が将来さらに発展することが期 28) Y. Che and G. R. Marshall, Biopolymers, 81, 392 (2006).
29) Y. K. Kang, J. S. Jhon, and H. S. Park, J. Phys. Chem. B,
待できる. 101, 17645 (2006).
30) A. Shoji, H. Kimura, T. Ozaki, H. Sugisawa, and K.
文 献 Deguchi, J. Am. Chem. Soc., 118, 7604 (1996).
31) Y. Wei, D. K. Lee, and A. Ramamoorthy, J. Am. Chem.
1) J. C. Kendrew, R. E. Dickerson, B. E. Strandberg, R. J. Soc. 123, 6118 (2001).
Hart, D. R. Davis, D. C. Phillips, and V. C. Shore, Nature, 32) K. A. H. Wildman, D. K. Lee, and A. Ramamoorthy,
185, 422 (1960). Biopolymers, 64, 246 (2002).
2) M. F. Perutz, H. Muirhead, J. M. Cox, and L. C. G. 33) K. A. H. Wildman, E. E. Wilson, D. K. Lee, and A.
Goaman, Nature, 219, 131 (1968). Ramamoorthy, Solid State Nucl. Magn. Reson., 24, 94
3) J. Habash, J. Raftery, R. Nuttall, H. J. Price, C. Wilkinson, (2003).
A. J. Kalb, and R. Helliwell, Acta Crystallogr., Sect D: Biol. 34) A. Shoji, H. Souma, T. Ozaki, H. Kurosu, I. Ando, and S.
Crystallogr., D56, 541 (2000). Berger, J. Mol. Struct., 889, 104 (2008).
4) R. Timkovich, D. Bergmann, D. M. Arciero and A. B. 35) H. Souma, A. Shoji, and H. Kurosu, J. Mol. Struct., 889,
Hooper, Biophy. J., 75, 1964 (1998). 237 (2008).
5) E. R. Andrew, A. Brandbury, and R. G. Eades, Nature, 182, 36) H. Souma, Y. Shigehisa, H. Kurosu, and A. Shoji, J. Mol.
1659 (1958). Struct., 891, 58 (2008).
6) E. R. Andrew, A. Brandbury, and R. G. Eades, Nature, 183, 37) L. Pauling, R. B. Corey, and H. R. Branson, Proc. Natl.
1802 (1959). Acad. Sci. U. S. A., 37, 205 (1951).
7) S. R. Hartmann and E. L. Hahn, Phys. Rev., 128, 2042 38) PROTEIN DATA BANK, Research Collaboratory for
(1962). Structural Bioinformatics. http://www.tcsb.org/pdb/.
8) J. S. Waugh, L. M. Huber, and U. Haeberlen, Phys. Rev., 39) J. S. Richardson and D. C. Richardson, in “Prediction
20, 180 (1968). of Protein Structure and the Principles of Protein
9) J. Schaefer, E.O. Stejskal, and R. Buchdahl, Macro- Comformation” G. D. Fasman, Ed., Premium Press,
molecules, 10, 384 (1977). (1989), Chapter 1.
10) A. Shoji, T. Ozaki, H. Saito, R. Tabeta, and I. Ando, 40) W. Kohn and J. Sham, Phys. Rev. A: At., Mol., Opt., Phy.,
Macromolecules, 17, 1472 (1984). 140, 1133 (1965).
11) A. Shoji, T. Ozaki, T. Fujito, K. Deguchi, and I. Ando, 41) A. D. Becke, J. Chem. Phys., 98, 5648 (1993).
Macromolecules, 20, 2441 (1987). 42) C. Lee, W. Yang, and R. G. Parr, Phys. Rev. B: Condens.
12) A. Shoji, T. Ozaki, T. Fujito, K. Deguchi, S. Ando, and I. Metter. Mater. Phys., 37, 785 (1988).
Ando, Macromolecules, 22, 2860 (1989). 43) R. McWeeny, Phys. Rev., 126, 1028 (1962).
13) A. Shoji, T. Ozaki, T. Fujito, K. Deguchi, S. Ando, and I. 44) R. Ditchfield, Mol. Phys., 27, 789 (1974).
Ando, J. Am. Chem. Soc., 112, 4693 (1990). 45) J. L. Dodds, R. McWeeny, and A. J. Sadlej, Mol. Phys., 41,
14) A. Shoji, S. Ando, S. Kuroki, I. Ando, and G. A. Webb, in 1419 (1980).
``Annual Reports on NMR Spectroscopy'', G. A. Webb, 46) K. Wolinski, J. F. Hilton, and P. Pulay, J. Am. Chem. Soc.,
Ed., Academic Press, London, (1993), Vol. 24, p55. 112, 8251 (1990).
15) A. Shoji, T. Ozaki, T. Fujito, K. Deguchi, I. Ando, and J. 47) K. Ruud, T. Helgaker, K. L. Bak, P. Jørgensen, and H. J.
Magoshi, J. Mol. Struct., 441, 251 (1998). A. Jensen, J. Chem. Phys., 99, 3847 (1993).
16) A. Takahashi, S. Kuroki, I. Ando, T. Ozaki, and A. Shoji,
J. Mol. Struct., 442, 195 (1998).
17) H. Kimura, T. Ozaki, H. Sugisawa, K. Deguchi, and A.
Shoji, Macromolecules, 31, 7398 (1998).
18) A. Shoji, H. Kimura, and H. Sugisawa, in“Annual Reports
on NMR Spectroscopy”G. A. Webb, Ed., Academic Press,
London, (2002), Vol. 45, p. 69.
19) N. Asakawa, S. Kuroki, H. Kurosu, I. Ando, A. Shoji, and
T. Ozaki, J. Am. Chem. Soc., 114, 3261 (1992).

26 高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010)


量子化学計算を用いたポリペプチドの精密な二次構造解析

48) M. J. Frisch, G. W. Trucks, H. B. Schlegel, G. E. Scuseria, 54) T. Konishi and M. Kurokawa, Sen-I Gakkaishi, 24, 550
M. A. Robb, J. R. Cheeseman, J. A. Montgomery Jr., T. (1968).
Vreven, K. N. Kudin, J. C. Burant, J. M. Millam, S. S. 55) B. Lotz and H. D. Keith, J. Mol. Biol., 61, 205 (1971).
Iyengar, J. Tomasi, V. Barone, B. Mennucci, M. Cossi, G. 56) B. Lotz and F. C. Cesari, Biochimie, 61, 205 (1979).
Scalmani, N. Rega, G. A. Petersson, H. Nakatsuji, M. 57) H. Saito, R. Tabeta, T. Asakura, Y. Iwanaga, A. Shoji, T.
Hada, M. Ehara, K. Toyota, R. Fukuda, J. Hasegawa, M. Ozaki, and I. Ando, Macromolecules, 17, 1405 (1984).
Ishida, T. Nakajima, Y. Honda, O. Kitao, H. Nakai, M. 58) S. A. Fossey, G. Nemethy, K. D. Gibson, and H. A.
Klene, X. Li, J. E. nox, H. P. Hratchian, J. B. Cross, C. Scheraga, Biopolymers, 31, 1529 (1991).
Adamo, J. Jaramillo, R. Gomperts, R. E. Stratmann, O. 59) S. Kishi, A. Santos Jr., O. Ishii, K. Ishikawa, S. Kunieda, H.
Yazyev, A. J. ustin, R. Cammi, C. Pomelli, J. W. Ochterski, Kimura, and A. Shoji, J. Mol. Struct., 649, 155 (2003).
P. Y. Ayala, K. Morokuma, G. A. Voth, P. Salvador, J. J. 60) T. Asakura, J. Ashida, T. Yamane, T. Kameda, Y.
Dannenberg, V. G. Zakrzewski, S. Dapprich, A. D. Daniels, Nakazawa, K. Ohgo, and K. Komatsu, J. Mol. Biol., 306,
M. C. Strain, O. Farkas, D. K. Malick, A. D. Rabuck, 291 (2001).
K. Raghavachari, J. Foresman, J. V. Ortiz, Q. Cui, A. 61) F. A. Momany, R. F. Mcguire, A. W. Burgess, and H. A.
G. Baboul, S. Clifford, J. Cioslowski, B. B. Stefanov, G. Scheraga, J. Phys. Chem., 79, 2361 (1975).
Liu, A. Liashenko, P. Piskorz, I. Komaromi, R. L. Martin, 62) R. Balasubramanian, A. V. Lakshminarayanan, M. N.
D. J. Fox, T. Keith, M. A. Al-Laham, C. Y. Peng, A. Sabesan, G. Tegoni, K. Venkatesan, and G. N. Ramachan-
Nanayakkara, M. Challacombe, P. M. W. Gill, B. Johnson, dran, Int. J. Protein Res., 3, 25 (1971).
W. Chen, M. W. Wong, C. Gonzalez, and J. A. Pople, 63) D. F. Detar and N. P. Luthra, J. Am. Chem. Soc., 16, 2671
Gaussian 03, Gaussian, Inc., Wallingford CT, 2004. (1977).
49) S. Hayashi and M. Mizuno, Solid State Commun., 132, 443 64) V. Madison, Biopolymers, 16, 2671 (1977).
(2004). 65) E. J. Milner-White, L. H. Bell, and P. H. Maccallum, J.
50) S. Hayashi and K. Hayamizu, Bull. Chem. Soc. Jpn., 64, 685 Mol. Biol., 228, 725 (1992).
(1991). 66) D. Pal and P. Chakrabarti, J. Mol. Biol., 294, 271 (1999).
51) N. D. Lazo and D. T. Downing, Macromolecules, 32, 4700 67) L. Vitagliano, R. Berisio, A. Mastrangelo, L. Mazzarella,
(1999). and A. Zagari, Protein Sci., 10, 2627 (2001).
52) R. D. B. Fraser and T. P. MacRae, In“Conformation in 68) P. Prevelige Jr., G. D. Fasman, in“Prediction of Protein
Fibrous Proteins and Related Synthetic Polypeptides”, Structure and the Principles of Protein Comformation”, G.
Academic Press, New York, (1973), p. 293. D. Fasman, Ed., Premium Press, (1989), Chapter 9.
53) R. E. Marsh, R. B. Corey, and L. Pauling, Biochim.
Biophys. Acta., 29, 5102 (1955).

[Comprehensive Papers]
Precise Structural Analysis of Polypeptides by Quantum Chemical Calculation
Hiroyuki SOUMA1, Hiromichi KUROSU2, and Akira SHOJI1
1
 Department of Chemistry and Chemical Biology, Graduate School of Engineering, Gunma University (151, Tenjin-cho, Kiryu 376
8515, Japan)
2Graduate School of Humanities and Sciences, Nara Women's University (Kitauoya-Nishimachi, Nara 6308506, Japan)
We computed the optimized structure of aR-helical polypeptides, H-(Ala)18-OH and H-(Ala-Gly)9-OH, based on the molecular orbital
calculation with density functional theory (DFT/6-31G(d)), and then the 1H, 13C, 15N and 17O nuclear shieldings of those optimized struc-
tures based on the GIAO-CHF method with B3LYP/6-311G(d, p). In conclusion, we demonstrated that the precise quantum chemical cal-
culation is extremely useful for the secondary and tertiary structural analysis of some proteins and polypeptides. We demonstrated con-
cretely that the precise secondary structural parameters (q=-62° , c=-43° ), hydrogen bond parameters and the calculated isotropic 13C
and 15N chemical shifts of the main-chain for the optimized structures were greatly in good agreement with the data by X-ray (or neutron)
diffraction analysis and the chemical shifts by high-resolution solid-state NMR. Furthermore, we successfully demonstrated that the L-pro-
line residue is certainly included in the aR-helix conformation by the quantum chemical calculation and by the 13C and 15N NMR chemical
shifts.
KEY WORDS Quantum Chemical Calculation / Density Functional Theory / High-Resolution Solid-State NMR / aR-Helix /
Polypeptide / Copolypeptide / L-Alanine / Glycine / L-Proline /
(Received September 3, 2009: Accepted October 13, 2009) [Kobunshi Ronbunshu, 67, 10―27 (2010)]
2010, The Society of Polymer Science, Japan

高分子論文集, Vol. 67, No. 1 (2010) 27

You might also like