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ALS 患者への高用量硫酸モルヒネ投与

原  著 

筋萎縮性側索硬化症患者の呼吸苦に高用量の硫酸モルヒネ製剤を使用した1 例

熊野 文香* 高橋 和也** 八田 裕之* 池田 篤平** 駒井 清暢**

〔要約〕 症例は70歳女性.67歳で筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:ALS)を発症し,68歳時に終末


期治療目的に当院を紹介受診となった.疼痛と呼吸苦の緩和目的に morphine hydrochloride の投与が開始され,約半年
間症状の緩和がみられていたが,その後呼吸苦が増悪した.高用量の morphine hydrochloride 3 時間毎投与を行い対処
したが,呼吸苦(end–of–dose failure)の改善がみられなかったため,一期的に1 日2 回の morphine sulfate 投与の切り
替えをおこなった.morphine sulfate への切り替え後,副作用を認めることなく呼吸苦症状の安定化が得られ療養継続
が可能となった.
さらにmorphine sulfate投与時に,投与デバイスと溶媒も検討した.投与デバイスとして懸濁ボトルは有用であり,溶
媒にはヤクルト® が有用であった. (神経治療 34:463–466,2017)

Key Words:amyotrophic lateral sclerosis, morphine hydrochloride, morphine sulfate, palliative care

はじめに 症   例

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:ALS)で 患 者:70歳,女性


は,約半数の患者が呼吸苦を自覚し,強オピオイドの使用により約 主 訴:呼吸苦
.また,筋萎縮性
80%で症状緩和を得ることができるとされている1) 既往歴:高血圧,高脂血症,糖尿病のため amlodipine,sitaglip-
側索硬化症治療ガイドラインにおいても,ALS 進行期で呼吸苦を生 tin phosphate hydrateを服用中.
じている状態,または非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non– 家族歴:特記事項なし.
Steroidal Anti–Inflammatory Drugs)などの既存治療で十分な緩和 現病歴:X−1 年 4 月ごろから構音障害を自覚し,その後四肢の筋
が得られない苦痛に対してモルヒネ製剤の使用を推奨している .ガ 1)
力低下も出現したため近医を受診し,ALS と診断された.X 年夏頃
イドラインでは,モルヒネ製剤使用時,短時間作用型の morphine には筆談でコミュニケーションをとり,車いす自走で移動する生活
hydrochloride から開始し,その後 1 回有効量を確定させ,1 日必要 レベルとなったため,同年11 月療養目的に当院を紹介受診した.受
量(必要回数)が一定以上になる場合には morphine sulfate へ切り 診時,肩関節痛や腰痛が主訴であり,loxoprofen sodium hydrateの
替えるとよいとされている. 頓用が行われていたがコントロールは不良であった.また,呼吸苦
しかし,ALS 患者は嚥下障害のため食事や内服が経管投与されて はないもののすでに呼吸機能低下を認めていたため,外来での非侵
いる場合も多く,徐放性 morphine sulfate 製剤は特に薬液の作成や 襲 的 補 助 呼 吸 (NIPPV: noninvasive positive pressure ventila-
デバイスの選択などに注意する必要がある. tion)導入を試みたが,呼吸器に同調することができず,本人希望
今回,高用量 morphine hydrochloride を 3 時間毎に頻回投与され で呼吸困難時も呼吸器を装着しない方針となった.X 年 12 月に胃瘻
ていたにもかかわらず呼吸苦(end–of–dose failure(定期役の切れ 造設目的で当院に入院した際,呼吸機能は%VC 45.8%,FEV1.0%
目に出現した呼吸苦)
)を認めたALS患者に,緩和ケアチームが介入 46.4% と低下しており軽度の呼吸苦を認めていた.そのため,疼痛
することにより,徐放性 morphine sulfate 細粒製剤への切り替えを と呼吸苦の緩和目的に morphine hydrochloride 1mg/日の投与が開
行い,安全かつ有効であった症例を経験した.また,投与時の溶媒 始された.morphine hydrochloride の投与量を漸増し,56mg/日の
選択及び投与デバイスについても同時に検討したので報告する. 投与量で呼吸苦症状は比較的よくコントロールされていたが,疼痛
はloxoprofen sodium hydrateの頓用が継続されていたにもかかわら
ず日差変動が残存していた.X+1 年 7 月初旬から呼吸苦症状が再び
増強し,morphine hydrochloride を 300mg/日(1 日 6 回(日中 3 時
間毎)
)まで漸増したが呼吸苦症状の改善を認めなかったため,同年
* 国立病院機構医王病院薬剤科
9 月上旬に呼吸苦改善目的に当院緩和ケアチームへの介入依頼があ
** 国立病院機構医王病院神経内科
(2016 年 11月 7 日受付/2017 年 5月 19 日受理) り,緩和ケア薬剤師を中心に検討することになった.
http://doi.org /10.15082/ jsnt.34.4_463

神経治療 Vol. 34 No. 4(2017)


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Fig. 1 Clinical course


morphine hydrochloride
Morphine (mg/day) Double wavy lines indicate the period out
morphine sulfate of hospital.
A broken line and a solid line indicate
regularly oral intake of morphine forma-
tion.
White triangles indicate single uses of al-
prazolam.
Black dots indicate single uses of mor-
phine hydrochloride.

X䠉2 X䠉1 X X䠇1 X䠇2 X䠇3 X䠇4 X䠇5 X䠇6 (month)

Alprazolam 0.4mg/ Ɵme


intervention
morphine hydrochloride 18mg/ Ɵme

緩 和 ケ ア薬 剤 師 依 頼 時現 症 : 身 長 153cm,体 重 35.3kg,体 温 Table 1 Pharmacological profiles of morphine hydrochloride


36.8°C,血圧 111/67mmHg,脈拍 91 /分,整,SpO2 94.6%,呼気終 and morphine sulfate hydrate
末炭酸ガス濃度(end tidal CO2:EtCO2)42mmHg.一般身体所見 Morphine sulfate
Generic name Morphine hydrochloride
に特記すべき所見はなし.有声音の発声は可能であるが,言語には hydrate
ならずコミュニケーションは瞬きや頷きで行っていた.寝たきり全 Distributed morphine
Trade name Morupesu®
介助状態で胃瘻による経管栄養を行っていた. hydrochloride
検査所見:末梢血液一般検査に異常所見はなく,一般生化学検査
Release mechanism Immediate–release Sustained–release
で肝臓,腎臓機能に異常所見は認めなかった.
T max (h) 0.3–1.3 2.4–2.8
緩和ケアチーム介入後経過:緩和ケアチーム介入時,morphine
Half–life (h) 2.0–3.0 6.9 – 8.7
hydrochloride は 3~5 時間毎1 日 6 回の定期投与が行われていた.頓
用で使用されていた alprazolam や morphine hydrochloride の使用 Duration of effect (h) 3.0–5.0 8.0–12.0
時間に注目したところ,定期の morphine hydrochloride 投与直前の Dosing interval Every 4 hours Every 12 hours
時間帯に頻呼吸,全身の発汗を認めていたため(Fig. 1)
,mor- T max, Time of maximum concentration
phine hydrochloride の効果持続時間が短く呼吸苦が出現している
可能性を考え(end–of–dose failure)
,半減期の長い morphine sul-
fate の 300mg/日 (1 日 2 回) 投 与 へ の 等 量 切 り 替 え を 考 慮 し た
(Table 1)
.morphine sulfate は市販されている中で最も粒子径が 与での使い切りが可能であることから最終的に市販の乳酸菌飲料
小さく経管投与可能である徐放性細粒製剤(モルペス®)を用いた. (ヤクルト®)を選択し簡易懸濁の溶媒とした.さらにプラスチック
morphine sulfate の 投 与 法 に 関 し て, 水 に 難 溶 性 の morphine 製シリンジと懸濁ボトルでの投与を比較した結果,懸濁ボトルの方
sulfateを一度に大量投与すると経管チューブの閉塞リスクがあると がデバイス内の morphine sulfate 残留が少なかったことから懸濁ボ
,国分らの報告に従い数種類の乳製品やカゼイン含
考えられるため2) トルを投与デバイスとして選択した(Fig. 2)

有の経腸栄養剤を簡易懸濁のし易さの検討を行った.水は難溶で 速放性製剤である morphine hydrochlorideから徐放性製剤である
あったが牛乳,ヤクルト ,エンシュア・リキッド ,エンシュアH
® ® ®
morphine sulfate への変更後,頓用の morphine hydrochloride 使用
は,既報通り同等の簡易懸濁のし易さであった.食事用の経管栄養 回数に変化を認めなかったが,end–of–dose failure を示す投与直前
剤の一部を溶媒として使用する場合,当院では看護師が複数患者の の使用は目立たず,頓用薬使用時刻にばらつきが見られるように
経管栄養剤調整などと同時に溶解操作を行う必要があり,溶解後投 なった.そのため morphine sulfate の基礎量が不足していると考え
与までにある程度の時間が経過するため,morphine sulfate の徐放 morphine sulfate の投与量を 360mg/日(1 日 2 回)投与に増量した
効果が低減すると考えられた.そのため本症例では不適当と判断し 後,呼吸苦は著明に減少し,頓用morphine hydrochloride の使用回
た.病院食の一部として提供可能であること,全量が60mLと1回投 数も激減した(Fig. 1)
.また,一期的にモルヒネ製剤の切り替えを

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A. Syringe B. Suspending Bottle かった.高用量の速報性製剤から徐放性製剤への切り替え方法につ


いてのエビデンスはまだない.本例では一期的に morphine hydro-
chloride から morphine sulfate への全量の投与変更を行ったが,呼
吸機能低下,嘔気,便秘の悪化や意識レベル低下は見られなかった.
また,1 日2 回投与への変更であったが,1 日投与量360mgと高用量
にすることで end–of–dose failure を解消することができた.このこ
とからmorphine sulfateは比較的高用量の投与でも,1日2 回の投与
で有効血中濃度を維持できる可能性があると考えられる.
morphine sulfate は,経管投与の分散液に水を用いた場合,シリ
ンジ内(特にシリコンゴム部位)に morphine sulfateが 20% 以上残
.国分らはmorphine sulfate徐放性細粒製
存すると報告されている2)
剤(モルペス®)を用いた経管投与時のシリンジおよびカテーテルへ
の付着を検討し,乳製品や経腸栄養に含まれるカゼインNaの界面活
性作用がモルペス® 細粒のシリンジ内への付着を減少させると報告し
.本症例は,morphine sulfate 一回量が 150mg 時点でモル
ている2)
Fig. 2 Residue after administration of morphine sulfate ヒネ製剤の切り替えを行ったため,6%morphine sulfate 5 包を溶解
Arrows indicate the residue of morphine sulfate. させることが可能な溶媒量は約 20mL であった.一方,ヤクルト®
All photos were provided from Fujimoto Pharmaceutical Corpora- は,1 本 65mLの製品であるため1 回で使い切ることができ,衛生面
tion.
や利便性にも適していると考えられた.さらに今回,morphine
sulfate 投与時のデバイスとして懸濁ボトルを選択した.morphine
sulfate投与時にシリンジを用いると溶媒を工夫してもなお内筒のシ
行ったが,morphine sulfate への切り替え後も安静時の呼吸回数の リコン部分(ブランジャーの先端部分のガスケット)に morphine
変化や睡眠時無呼吸の出現も認めなかった.EtCO2 値の平均も,切 .これまでに
sulfateが付着し,デバイス内に残存していた(Fig. 2)
り替え前 48.7mmHg,切り替え後 48.0mmHg と変化を認めなかっ 報告された morphine sulfate の付着率の検討では,デバイスとして
た.他,副作用として吐き気や意識状態の低下もなく,便秘も下痢 シリンジやカップを使用しており懸濁ボトルを使用した検討は行わ
の増量程度で対応できる程度であった. れていない.morphine sulfate の付着防止にはガラスシリンジであ
その後半年以上安定して療養を行うことができている. れば付着しにくいといわれているが,現在一般的にシリンジのディ
スポーザブル化が進んでおり,また洗浄や滅菌の手間から現実的で
考   察
はない.懸濁ボトルは,シリンジに比較し容器の出口部分が傾斜に
筋萎縮性側索硬化症治療ガイドラインでは ALSの呼吸苦にモルヒ なっており,morphine sulfate が経管チューブに流れやすい構造に
ネ製剤の導入を推奨し,morphine hydrochloride の 1 日必要量が なっている.そのため morphine sulfate のデバイスへの残存が少な
10mg以上となる場合に,morphine sulfateを考慮するように勧めて く,適切な投与量で投与することができたと考えられる.
.荻野らは morphine sulfate 使用時,添付文書に従い 1 日 2 回
いる1) また,ALS は進行の早い疾患であり症状が週の単位で変化するこ
投与を行うが,進行期には症状緩和効果の持続3)を高めるため3回投 とも多く,患者の苦痛を取り除くためには迅速な原因究明,対応が
.本症例は,疼痛症状が不安定で
与とする場合もあるとしている4) 必要とされる.今回緩和ケアチームで介入することにより呼吸苦症
あ っ た た め, 早 期 に morphine sulfate へ の 切 り 替 え が 行 わ れ ず 状がmorphine hydrochloride の効果の切れ目の時間帯に出現してい
morphine hydrochloride の増量で疼痛や呼吸苦がコントロールされ ることに比較的早く気づくことができ対応できたと推測される.
ていた.緩和ケアチーム依頼時には1日量300mgの高用量morphine
結   論
hydrochlorideが使用されていた.一般的に速放性製剤を使用時,定
期鎮痛薬の切れ目に痛み・呼吸苦(end–of–dose failure)が発現す 高用量の morphine hydrochloride 3 時間毎投与が行われていたに
る場合にはオピオイド徐放性製剤の導入を含む定期投与量の増量, も関わらず,end–of–dose failure を認めていた ALS 患者に,一期的
または投与間隔の短縮のいずれかを行い鎮痛効果を評価することが に1日2回のmorphine sulfate投与の切り替えを有効かつ安全に行う
.しかし,本例は 3 時間毎の定期 morphine hydro-
推奨されている5) ことができた.morphine sulfate 投与時のデバイスとして懸濁ボト
chloride 投与まで投与間隔の短縮が行われていたにも関わらず, ルは有用であり,溶媒にはヤクルト® が有用であった.
end–of–dose failure が継続していた.一方,オピオイドが比較的大
量投与されている場合,新規オピオイドに変更する際には,一期的 [註]
(一般名) (商品名)
に全量の薬剤変更は行わず,数回に分けてオピオイドスイッチング morphine hydrochloride モルヒネ塩酸塩水和物
を 行 う5) と さ れ て い る. 通 常 morphine hydrochloride か ら mor- morphine sulfate モルペス
loxoprofen sodium hydrate ロキソニン
phine sulfate への切り替えは 1:1 で行うが,本症例のような高容量
amlodipine ソラナックス
であっても全量の薬剤変更を行ってよいのか,オピオイドスイッチ sitagliptin phosphate hydrate ジャヌビア
ングと同様の方法をとるべきかを検討したが明示された報告はな

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ALS 患者への高用量硫酸モルヒネ投与

本論文はCOI報告書の提出があり,開示すべき項目はありません. 京,2013,p70–72
2 )国分秀也,伊藤俊雅,村瀬勢津子ほか:硫酸モルヒネ徐放性細
謝辞:morphine sulfateのデバイスへの貼りつきの写真をご提供頂 粒(モルペス® 細粒)における経管投与時のシリンジおよびカ
きました藤本製薬グループエフピー株式会社楠井一成様に深謝いたし テーテルへの付着の検討.新薬と臨 52 : 461–469, 2003
3 )浦野義章,荻野美恵子:NPPV と終末期ケア.難病と在宅ケア
ます.また,国立病院機構本部山谷先生,国立病院機構金沢医療セ
18 : 17–20, 2013
ンター石田先生には論文作成にあたりアドバイスいただき感謝いたし
4 )荻野美恵子:NPPV と終末期ケア.難病と在宅ケア 17 : 21–25,
ます.
2011
本論文の内容の一部は第33 回日本神経治療学会総会で発表した. 5 )緩和 医療 ガイ ドライ ン委 員会 :定 時鎮 痛薬の 切れ 目の 痛み
(end–of–dose failure)のある患者において,オピオイドの定期
文   献 投与量の増量・投与間隔の短縮は,増量・投与間隔の短縮をし
1 )筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員会:Clinical ない場合に比較して,痛みを緩和するか? がん疼痛の薬物治療
Question 3–12 強オピオイド(モルヒネなど)はどのように使 に関するガイドライン.金原出版株式会社,東京都,2014,
用するか,筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン.南江堂,東 p175–176

A case of amyotrophic lateral sclerosis treated


with sustained high dosage morphine sulfate for refractory dyspnea

Ayaka KUMANO*, Kazuya TAKAHASHI**, Hiroyuki HATTA*, Tokuhei IKEDA**, Kiyonobu KOMAI**

* National Hospital Organization Iou Hospital, Department of Pharmacy


** National Hospital Organization Iou Hosppital, Department of Neurology

We report the case of a 70–year–old woman with amyo- fective, especially in preventing “end-of-dose failure”
trophic lateral sclerosis treated with a sustained high dyspnea.
dose of morphine sulfate for refractory dyspnea ; she was Additionally, we examined several different solvents
initially treated with high dose morphine hydrochloride and morphine sulfate injection devices for administration
for short intervals intermittently. The switch from treat- via enteral feeding tube. Administration of sustained mor-
ment with morphine hydrochloride to treatment with mor- phine sulfate dissolved in Yakuruto® by using a suspen-
phine sulfate was performed safely and was found to be ef- sion bottle was found to be convenient and effective.

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