You are on page 1of 23

「東 京 大 学 言 語 学 論 集 」32(2012.

9)85-107

アスペクト形 式 「ている」の成 立 につ いて

野 田高広

キー ワー ド:ア スペ ク ト形式 テイル 文法化 融合 再分析 関係節化 古典 日本 語

要旨

本稿 は 、野 田(2010)に 対 しての批 判で あ る福嶋(2011)へ の回答 、お よび 疑 問点 の提示 を中心 と

す る。 『
今 昔物 語集』 のア スペ ク ト形 式 「
て い る」 「
てあ り」につ いて 議論 した野 田(2010) で の 「V

テイル 」 とい う表記 に 対す る批判 に つい て回 答 した上で 、文法 化 、関係 節化 な どの 問題 の考 察 を通 し

て 「
てい る」 のア スペ ク ト形式 と して の成立 につ いて 議論す る。 「
てゐ た り」 か ら 「
て い る」へ の 変

化 が融 合 ・再分 析 に よる段 階的 なプ ロセ ス と して捉 え られ るこ と、お よび 、具 体的 意味 の抽 象化 を経

つつ も、両形 式 の間 には現 在 の状態 を表す構 文 と しての同一 性 が認 め られ るこ とを示 す。議 論 を通 し

て、中世 以前 か ら見 られ る 「
て ゐた り」を現代 日本 語 の 「
てい る」に連 続す るア スペ ク ト形 式 として

記 述す るこ との妥 当性 を主 張す る。

1.は じめ に

「て い る」「
て あ る」が 現代 日本 語 の ア スペ ク ト形 式 の 中心 的 な存 在 と して 現在 も盛 ん に研 究

が 進 め られ て い る こ とは 言 を侯 た な い が 、 これ は古 典 日本 語 に お い て も同様 で あ り、 と りわ け

金 田一(1976)以 来 、 現 代 日本 語 の ア スペ ク ト研 究 と関 わ りを 持 ち なが ら様 々 な観 点 か ら論 じ

られ て き てい る。 例 えば 、 室町 期以 降 の江 戸 語 と上 方語 の 「
て い る」 「て あ る」 を調 査 分析 し、

主 語 の有 生 性 に よ る両 形 式 の使 い分 け に東 西 差 が 認 め られ る とい う重 要 な点 を指 摘 した 坪 井

(1976)は 「てい る」 「て あ る」の 体系 的 な 通時 研 究 の先 縦 と して位 置 づ け られ 、 ま た、上 代 か


ら現 代 ま で の 「
て い る」 「
て あ る」 「
て お る」 を対象 に、 それ らの ア スペ ク ト的 な意 味以 外 に も

お り」 の卑 語 性や 格 表 示 な ど多 方 面 に わた る示唆 的 な議 論 を展 開す る柳 田(1991)が それに

継 ぐ もの と して 挙 げ られ る。 「
て あ る」 と関わ りが あ る 「た り」を含 め る と、言 語形 式 の対 立 を

重 視 して 中古 語 のテ ンス ・ア スペ ク トの諸 形 式 を総 合 的 に扱 い 、 古代 語 で は進行 相 の意 味 を動
詞 の 基 本形 が 表 してい た こ とを指 摘 した鈴 木(1992)や 、存 在 文 、形 容 詞 文 、動 詞 文 とい う述

語類型の中で 「
存 在様 態 」 を 中心 にア スペ ク ト的 意味 を組 織 す る野 村(1994;2003)が 挙げら
れ 、 さ らに 、 金水(2006)に 結 実 す る存 在 動 詞 を 中 心 とす る金 水 氏 の 一 連 の 論考 は 「て い る」

て あ る 」 の研 究 に とって も看 過 で きな い重 要 な成 果 で あ る。 それ に加 えて 、野 村(1994)の

存 在様 態 」 を援用 して 議 論 を展 開 し、室 町後 期 の 口語的 資料 の 「てい る」 「
て あ る」 は、本 動
詞 「い る ・あ る」の影 響 が 強 く、文 法 化 の度 合 い が低 い とい う点 を指 摘 す る福 嶋氏 の諸 論 考(2000;
2002;2004;2005)が 挙 げ られ る。

一85一
野 田 高広

この よ うな背 景 の も とで 、 野 田(2010)で は 『今 昔 物 語 集』 を対 象 にア ス ペ ク ト形 式 「Vテ

イ ル 」 と 「Vテ アル 」 との 差 異 性 に 着 目 して 意 味論 的 な 考 察 を試 み た。 先 行 研 究 で の 両 形 式 の

記 述 で は 主語 の有 生 性 や 事 態 の 限 界性 が 中心 に据 え られ る こ とが多 い が 、 これ らの 道 具 立 て で

は説 明 が 困難 な 「て あ る」 の 有 生物 主語 の 例 は少 なか らず 存在 す る。

(1)峰 二篭 居 テ、偏 二後 世 ヲ思 テ 、念 仏 ヲ唱へ 乏宜 ケル ニ...(『今 昔 物 語 集 』三 一 ・二 三;岩 波 日本

古 典 文学 大系5巻288頁)

(1)のよ うな有 生 物 主語 に も 関 わ らず 「
て あ る」が 用 い られ る例 は 、従 来 の枠 組 み で は説 明 す る
こ とが で きな い と思 われ るが 、 拙 論 で は主 格名 詞 の意 図性 や 事 態 の個 別 性 とい う意 味 素性 を組

み 合 わ せ る こ とに よ って 説 明 が 可能 とな る こ とを主 張 した(2節 で 詳 述)。

野 田(2010)は 「
て い る」 「て あ る」の 選択 要 因 を明 らか にす る こ とに 主 眼 が あ り、両者 が ア
ス ペ ク ト形式 か否 か とい う点 に つ い て は何 も述 べ て お らず 、ア スペ ク ト形 式 と して の 「て い る」

の 成 立 時期 に つ い て も一 切 議 論 して い ない 。 しか し、 福 嶋(2011)は そ の 不 問 に付 した こ とに

対 して 批 判 を試 み てお り、 「Vテ イ ル 」の 表記 の下 で 取 り扱 う形 式 の 大 半 は 「た り」 を伴 う 「

ゐ た り1で あ る とい う点 を指 摘 した上 で 、近代 語 の ア スペ ク ト形 式 と して の 「
て い る」 の 成 立

は15世 紀 を待 た な け れ ば な らない と主 張す る。これ は、前述 の福 嶋 氏 の 諸 論 考 で は 室 町 時 代 前

後 の 「て い る」 「
て あ る」 が ア スペ ク ト形 式 と して未 発 達 で あっ た こ とを 論 じて い る の に 、『今

昔 物 語集 』 の時 代(1120年 以 降 成 立)に ア スペ ク ト形 式 の 「
て い る」が 存 在 す るの は 時期 的 に

噛 み 合 わ ない か らで あ る。 「
て ゐ た り」 と 「て い る」 とを同 等 に 扱 って よい か とい う問題 は3

節 で述 べ る と して 、何 を基 準 にア スペ ク ト形 式 と認 め るか とい うの は言 語 学 的 に重 要 な 問題 で

あ る こ とは言 うま で も な く、 ま た 、 ア スペ ク ト形 式 の 通 時相 を研 究 対 象 とす る筆 者 の 立 場 と し

て は、研 究 の 立 ち位 置 を定 め る意 味 で もそ の 基 準 に対 して の態 度 を 明確 に示 して お く必 要 が あ

る だ ろ う。 そ こで本 稿 で は 中世 日本 語 にお け る 「て ゐた り」 か ら 「て い る」 へ の変 化 に焦 点 を

絞 り、 ア スペ ク ト形 式 と して の 「
て い る」 の 成 立 につ い て 形 態 ・意 味 の 両 面 か ら議 論 す る。 そ

の結 論 と して 、 形態 変化 を経 て は い るが 、 「て ゐた りJ「て い る」 の 両形 式 は共 に ア スペ ク ト形

式 で あ る こ と を否 定 す る必 要 は な く、 両形 式 の 連続 性 を認 め た 上 で 記述 す るべ き で あ る こ とを

主 張す る。

本 節 に続 く2節 で は野 田(2010)の 大 枠 を示 し、3節 で は福 嶋(2011)の 批 判 の 中核 を 占 め

る拙 論 で の 「Vテ イル 」 とい う提 示 の 問題 に対 して 回答 す る。4節 で は 、 フ ラ ン ス語 の 単純 未

来 形等 を例 に 「
ゐ た り」 か ら 「
い る」 へ の意 味 ・形態 的 変 化 を単 一 的 な構 造 へ の融 合 と再 分 析

を 経 る連 続 的 なプ ロセ ス と して記 述 す る こ とが 可 能 で あ る こ と を示 す。5節 で は 、意 味 の抽 象

化 と関係 節 化 の問 題 を通 して 「
て い る」の 意 味 につ い て 議 論 し、『今 昔 物 語集 』で の 「
て ゐた り」

も現 代 語 の 「てい る」同様 に アス ペ ク ト形 式 と認 め られ る根 拠 を提 示 す る。6節 は 結論 で あ る。

2.野 田(2010):『 今 昔 物 語 集』 の ア ス ペ ク ト形 式Vテ イ ル ・テ ア ル に つ い て

福 嶋(2011)で は拙 稿 の 中 心 的 な論 点 に 対 しては ほ とん どふ れ られ て い な い の だ が 、本 稿 の

一86一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 につ い て

議 論 の 前 提 とな る 野 田(2010)の 概 要 を 示 す。 野 田(2010)は 、従 来 注 目 され る こ とが 少 な か
っ た 古 典 日本 語 の 「て い る」 と 「
て あ る」 との ア スペ ク ト的 な意 味 の 差 異 に 着 目 し、 そ の 分 類

に 際 して 意 図 性 と時 空 間 的 な個 別 性 を 統合 的 に扱 う点 が特 徴 で あ る。 『今 昔 物 語 集1』 に 出現 す

る動 詞 に 後接 す る 「
て い る」 「
て あ る」 を比 較 検 討 した 結 果 、個 別 的 な 場 面 で(=[+時 空間的

個 別 性])、 あ る動 作 ・状 態 が 主 格 に立 つ もの に よっ て 意 図 的 に保 持 され る場合(=[+主 格維

持 性])に 「て い る 」 が選 択 され る傾 向 が 強 い 点 を指 摘 した 。

そ の 分 類 に 際 して は 、 まず 、 従 来 の意 味 カ テ ゴ リー を捉 え な お し、 主 格 維 持 性 と限 界 性(具

体 的 な 状 態 変 化 を伴 うか 否 か)と い う二 つ の 意 味 素 性 を 基 準 と して 立 て た 。 そ して 、個 別 具 体
的 な場 面 で の 「て い る」 「
て あ る」の ア スペ ク ト的 な意 味 を動 作 継 続1、 動 作 継 続2、 結 果維 持 、

結 果 状 態 の4種 類 に分 類 した(表1)。

表1「 て い る 」 「て あ る」 の 意 味 分 類

主格維持性 限界性
動作継続1 十 一

動作継続2 一 一

結果維持 十 十

結果状態 一 十

表1に あ る よ うに、 動 作 継 続1と 動 作 継 続2と は 限 界性 が 「一」、 つ ま り具 体 的 な 状 態 変 化

を と もな わ な い 点 は 同 じだ が 、 両 者 は 主格 維 持 性 の有 無 に よ っ て対 立 して い る。 現 代 語 で 示 せ

ば 以 下 の よ うに な る(野 田2010:2,3よ り)。

(2)須 原君 は 現 在 本 を読 ん で い る。 … 動 作継 続1

(3)孫 助 は 現 在 うた た 寝 を して い る。 … 動 作継 続2
(4)東 四 郎 は 現 在 上 司 に しか られ てい る。 … 動 作継 続2

主 格 に 立 っ もの に よ る意 図 的 な 維 持 的 動 作 で あ る(2)は動 作 継 続1に 属 し([+主 格 維 持 性])、


一 方 、主 格 に立 つ も の に よ る意 図的 な動 作 とは解 釈 しが た い(3)や 、主 格 に 立 つ も の が動 作 の受

け手 で あ り、 能 動 的 な 動 作 主 とは解 釈 で き な い(4)の よ うな 例 は 、[一 主 格 維 持 性]で あ る動 作

継 続2に 分 類 され る。

結果維持」 と 「
結 果 状 態Jは 主 格 維 持 性 に よっ て 分 かれ る点 で は2種 の 動 作 継 続 と同様 だ

が 、事 態 を 限界 的 な もの と捉 え る とい う点 が 異 な る。(5)で は 主格 に 立 つ 「
猫 」 に よっ て 隠 れ た

後 の 状 態 が 維 持 され て い る(=結 果 維 持)の に 対 して 、(6)では 「


川 」 に よ って 濁 っ た 後 の 状 態
が 維 持 され て い る とは解 釈 され な い(=結 果 状 態)。

1野 田(2010:4)で 述 べた よ うに
、『今 昔物 語 集』(1120年 以降成 立)を 資料 と して 選 択 したの は 、時 期 的 に 「 た
り」 「
っ」「 ぬ 」 を 中心 とす るア スペ ク ト体 系 か ら 「 てい る」 「
て あ る」 「た 」 を 中心 とす る近代 的 な 体 系 に移 行
して い く初 期 の段 階 に あ り、「 て い る」「て あ る」の原 初 的 な段階 を示 す の に適 した資 料 だ と考 え るか らで あ る。
ま た 、同時 期 の作 品 に比 して 、広 範 な動詞 の種 類 にわ た る 「
て い る」 「
て あ る」 の用 例 が採 集 で きる とい う利 点
もあ る。

一87一
野田 高広

(5)先 ほ どか ら猫 が警 戒 して木 陰 に隠 れ て い る。 …結果維持

(6)昨 日の 台風 で川 が ひ ど く濁 っ てい る。 …結果状熊

以 上 の分 類 基 準 に加 え て、事 態 の 時 空 間 的 な個 別 性 の 基 準 も合 わせ てVテ イ ル ・テ ア ル の 使

用 の分 布 につ い て示 した(図1)。 『今 昔 物語 集 』の 時 代 に はVテ イル の使 用 が 、[+個 別 性+

主格 維 持 性]で あ るBに 限 定 され て お り、そ れ 以外 の場 合 に は 「


て あ る」 が選 択 され る傾 向 が

強 い とい うの が野 田(2010)の 結 論 で あ る2。 さ らに 、 『四 河 入 海』 な どのデ ー タ を 参 考 に 、 時

代 を降 る と選 択 要 因 と して の 「
個別 性 」 が弱 ま り 「
主格 維 持 性 」 を主 軸 とす る体 制 に傾 斜 して
い く とい う通 時 的 な 見 通 しを 立 て た。

図1で 、動 作継 続1と 結 果 維 持 の 両者 がVテ イ ル の選 択 傾 向 の強 いBに 属 して い る よ うに 、

少 な く と も 『今 昔 物 語集 』 の 時 代 に お い て は、 限 界性 が形 式 選 択 に関 与 して い な い とい う点 を
こ こに 付 け加 え て お き た い。

図1『 今 昔 物 語 集 』 の 「て い る」 「て あ る」 の使 用 領 域

3.福 嶋(2011)の 批 判:「Vテ イル ・テ ア ル 」 とい う表 記 に つ いて

福 嶋(2011)の 全 体 の 論 旨は 、 ア スペ ク ト形 式 と して の 「て い る」 が い つ成 立 した か 、 お よ
び 、 「て い る」 を含 む 近 代 語 の 「
時 間 表 現 の体 系 」が 現代 語 に 向 か っ て どの よ うに推 移 して い っ

た か 、 とい う2点 に 集約 され る。 野 田(2010)へ の 批判 は前 者 の 「て い る 」 の成 立 に つ い て の

議 論 の 中 に含 ま れ る もの で あ り、 そ の批 判 は主 と して論 述 で用 い る 「Vテ イル 」 の 言及 対象 の

問 題 に向 け られ て い る よ うに 思 われ る。そ の 点 を 明確 にす るた め に 以 下 に 該 当箇 所 を 引用 す る。

野 田高 広(2010)が 論 文 中 で挙 げ て い る 『今 昔 物語 集 』 の∼ テ イ ル の用 例 を み る と、筆

者 が み る限 り、 そ の ほ とん どが 、 明 らか に、 ∼ テ イル の用 例 で は な く、 ∼ テ ヰ タ リの用 例
で あ る。 この 点 、 決 定 的 な 問題 が あ る と思 われ る。(福 嶋2011:127)

一 見 して 分 か る とお り
、13例 中 、(18×20)(23)を除 く10例 が、 ∼ テ イ ル で は な く、 ∼ テ
ヰ タ リの 例 で あ る。 さ らに 、 全 例 ∼ テヰ タ リとい うこ とで も ない こ とか ら、 両形 式 を 区別

2工 藤(2002:7S76)
、安 ・福 嶋(2005:140-141)で は 、 日本 語の ア スペ ク ト体 系 は存 在動 詞 か ら文 法 化 した 形
式 を 中核 とす る と述 べ て いる が 、 「太 子 二三 人 ノ妻 有 リ。(『今 昔物 爵 集』 二 ・四)」 の よ うな所 有 を表 す 「あ り」
の 存在 や 、英 語 にお い て 肋 昭 で 表 され るパ ー フ ェク ト ・習慣 の 意味 が 「 て あ り」 に よっ て表 され て い た こ とを
考 慮 に入 れ る と、 「
て あ り」 が優 勢 な中世 前期 の 日本 語 では所 有動 詞 か らの 文法 化 に よっ て説 明す る こ とも可 能
で あ る。

一88一
アス ペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 に つ い て

な く扱 っ て い る こ とが分 か る。 ここ か ら、野 田高 広(2010)の 報 告 に あ っ た 、Vテ イ ル の

用 例 数182例 も 、 ほ ぼ 同 じ よ うな 状 況 で は な い か と推 定 で き る。 なお 、筆 者 が 『今 昔 卿 語

集 』 で確 認 してみ た が 、 ∼ テ イル の例 が ま とま って 存 在 す る とい う事 実 は 無 か っ た こ とを

付 け加 え てお く。/当 然 の こ とな が ら存 在 動 詞 イ ル を形 式 の 中 に組 み 込 む ∼ テ イ ル とい う

形 式 と、 古代 語 の形 式 で あ る ∼ タ リの 状態 性 を保 持 して い る と考 え られ る ∼ テ ヰ タ リ とい

う形 式 は 、別 の形 式 で あ る。(福 嶋2011:128)

繰 り返 す が 、 存在 動 詞 イ ル を 含 む ∼ テ イル と、∼ タ リの状 態 性 を保 持 した 「
ヰ タ リ」 と

い う存 在 表 現 を含 む ∼ テ ヰ タ リとは 、関 連 が あ る と して も 明 らか に別 の形 式 で あ る...(福

嶋2011:130)

野 田 高広(2010)が ∼ テ イ ル の 例 と して い る もの は 、実 は 、 ほ とん ど∼ テ ヰ タ リの例 で

あ る。 『今 昔 物 語 集 』 の 中 に は 、 ア スペ ク ト形 式 ∼ テ イ ル の ま とま った 用 例 は な い。(福 嶋

2011:132)

この よ うに 、 野 田(2010)で の 「Vテ イ ル 」 に つ い て 、 そ こ で扱 われ て い るの は 「
て ゐた り」

で あ っ て 「て い る 」 で は な い の だ と繰 り返 し主 張す る。 これ は字 義 通 りに み れ ば も っ とも な指

摘 で あ っ て 、 た しか に 『今 昔 物 語 集 』 に お い て 「た り」 や 「ぬ」 「
て 」 を後 接 しな い 「
て ゐ る」
の 用例 は少 な く、 以 下 を含 め た10例 程 度 しか見 当た らな い。

(7)其 ノ妹 ヲ質 二取 テ 、刀 ヲ 差 充 テ 抱 テ 居 ケ リ。 家 ノ人 此 ヲ見 テ 驚 キ騒 ギ 、(『今 昔 物 語 集 』
二 三 ・二 四 、 岩 波 日本 古 典 文 学 大 系4巻267頁)

(8)舅 、「
只 御 セ 。 己ガ 侍 ム ニハ ヨモ 然 ル 事 不 有 」 トイヘ バ 、悪 シ ク 思 テ 居 二 、生 贅 、 「吉 々 、

己 ガ命 ヲバ 不 断 。」 ト言 テ 、(『今 昔物 語 集 』 二 ・八 、 同4巻438頁)

さ らに 、助 動 詞 「け り」や接 続 助 詞 ・終 助 詞 の 後接 例 を 除 い た 「
… テ 居 ル 。」 とい う形 で の純 粋

な 単 独 用 法 に 限 定 す る と、 『今 昔物 語 集 』 に は そ の よ うな文 末 用 法 は1例 も存 在 しな い。

詳 細 は4.1で 述 べ るが 、「
ゐ た り」か ら 「ゐ る」とい う変 化 につ い て は 、筆 者 も金 水(1982;1997)

等 を始 め とす る先 行 研 究 に 同 意 す る立 場 に あ る。そ して 、拙 論 で の 「Vテ イ ル 」 とい う表 記 は 、
これ ら先 行研 究 に対 す る反 発 で は な く、 「
て ゐ た り」 と 「
て い る」 の連 続 性(後 述)を 認 め る立

場 か らの 、 両 者 を代 表 した 形 で の表 記 で あ る こ とを明 記 して お き た い 。 野 田(2010)で は これ

らを前 提 と して 、 い わ ば暗 黙 の 了解 と して議 論 して い た の で あ る。 そ の 意 識 は、 拙 論 の用 例 掲

出の際に 「
た り」 を含 む 形 で 付 した 下線 や 、 用 例(30)(以 下(9)と して再 掲)に つ い て の 注14
に 述 べ た 「(30)はタ リ後 接 形 で は な い の だ が 、 ヌ形 に よ っ て 「∼ て ゐ た り」 とほ ぼ 等 価 の ア ス
ペ ク ト的 意 味 を表 して い る と判 断 し鶴 」とい う文 言 に も現 れ て い るの だ が 、紙 幅 を惜 しまず に

本 文 中 に明 記 す る必 要 は あ った か も しれ ない 。

(9)「 … 此 ノ国 二渡 リ給 テ 、 甲斐 元 テ 返 ナ ムハ 、 震 旦 ノ為 二 面 目元 カル ベ シ」 ト、返 々 ス 恥
シ メ云 ヒ聞 カ セ テ 、 我 レハ 又 本 ノ所 二 隠 レニ 匿茎 。 暫 許 有 レバ 、 人 ノ音 多 ク シテ 下 ヨ リ

一89一
野田 高広

登 ル 。(二 〇 一二;4q147)

そ もそ も、 古 典 日本 語 に限 らない 諸 分 野 の研 究者 を対 象 とす る学 術 誌 にお い て 、 そ の よ うな

前 提 を明 記 せ ず 誤 解 を招 く よ うな形 で 論 じた の は 問題 で あ った し、 さ らに は 、 「Vテ ア ル 」 とい

う表 記 に つ い て も、『今 昔 物 語 集 』の時 代 の動 詞 の 活 用 体 系 を 考慮 に入 れ れ ば 、そ の 代表 形 と し

て は ラ変 活 用 形 の 終 止 形 で あ る 「あ り」 とす る のが 適 切 で あ って 、 「Vテ ア リ」 と示 す 必 要 が あ
っ た と も言 え る。

しか し、た とえ 野 田(2010)で 提 示 の仕 方 に不 備 が あ っ た こ とを認 め た と して も、『今 昔 物 語

集 』 の 「て ゐ た り」 は近 現 代 の 「
て い る」 に連 続 す る ア スペ ク ト形 式 と して扱 うべ き だ と考 え

る。 これ につ い て 次 節 以 降 で 詳 細 に 述 べ て い く。

4.「 ゐ た り」 と 「い る」 の 連 続 性

福 嶋(2011)は 柳 田(1991)な どの 先行 研 究 を紹 介 しつ つ 、 ア スペ ク ト形 式 と して の 「て い

る」の成 立 は15世 紀 以 降 で あ る と主 張 す る。前節 の 引用 か ら も、そ の根 拠 と して は 「


て ゐ た り」

と 「
て い る」 とい う形 式 上 の 相 違 が 重 視 され て い る の は明 らか で あ る。 この 形 式 的 な違 い を 重

視 す る立 場 で あ るな らば15世 紀 前後 に不 連 続 面 を認 め る こ とに な る か も しれ な い が 、両形 式 の

連 続 性 を認 め る筆 者 の立 場 か らは そ の よ うに 考 え る こ とはで き ない 。 福 嶋(2011)に よ る批 判
の うち 、「Vテ イルjと い う提 示 の 問題 に つ いて 述 べ た3節 に 続 い て 、本 節 で は 「て ゐ た り」「て

い る」の 構 成 要 素 で あ る 「ゐた り」「い る 」の変 化 に焦 点 を 当て て 、統 語 的 な観 点 か ら福 嶋(2011)

の 指 摘 の 問 題 点 を論 じる。

4.1.「 ゐ た り」 か ら 『い る 」 へ の 推 移

こ こで 、 柳 田(1991)、 金 水(1997;2006)を 参 考 に存 在 動 詞 「い る」 の 中 古 か ら中 世 以 降 へ

の 形 態 と意 味 の 変 化 につ い て ま とめて お く。

い る1は 古 くは 動 い て い る状 態 か ら静 止 状 態 へ の変 化 を表 す 完 結 相 ←pe漉 面ve)動 詞で

あ った た め に、 変 化 後 の現 在 の状 態 を表 す た め に は非 完 結 相(=㎞per舳ve)を 表 す 「た り」

が 後 接 す る必 要 が あ っ た3。 しか し、 時 代 を 降 り、 「
た り」 が 「
た 」 へ の 形 態 変 化 と と もに 単 純

過 去 を表 す よ うにな っ て い くの に した が って 、 「
ゐ た(り)」 とい う形 式 で は非 完 結 的 な 意 味 を

表 わ す こ とが 困難 に な っ た。 も はや 「
ゐ た(り)」 とい う形 式 で は以 前 の よ うに現 在 の 存 在 を表

す こ とが で き な くな り、そ の移 行 期 にお い て は 「ゐ た(り)」 形 式 が現 在 と過 去 との 曖 昧 性 を孕

む こ とに な っ た ので あ る。そ こで 、「
い る」が 単 体 で非 完 結 的 な 意 味 を表 わ す よ うに な っ た。 「

た り」 か ら 「い る 」へ の 変化 の要 因 は こ の よ うに 説 明 され る4。

さ らに 、金 水(1997:248-249)で は 、 「ゐ た りJか ら 「ゐ る」 へ の 移行 の 中間 段 階 と して 、現

在 の存 在 を表 す 「い た 」 を想 定 してお り、以 下 の よ うな 例 を挙 げ る。

3野 村(2007:56≒58)は 金水(2006)で 上代の 「


ゐ る」 を変化 動 詞 とみ なす こ とに疑 義 を呈 す る。 実 際 に 『今

昔 物 語 集』 に も 「
ゐ る 」 自体 が非 完結 的(状 態 的)な 意 味 を表す 例 は存 在 して お り、 慎 重 な検討 を要 す る問 題
で はあ る が、 当面 の 議論 で は金 水(2006)の 説 に従 う。
4「 た り」 の通 時 相 につ いて は 山 ロ(2003:225→271)参 照

一90一
ア スペ ク ト形 式 「て い る」 の成 立 に つ い て

(10)処 士 ハ ツ カ バ レイ テ 登 ソ 夫 トモ タイ テ イ タ女 ヲ処 女 ト云 フ ト同 者 ソ(孟 求抄 〈
寛永
一 五年 製 版 本 〉・六 ・三 九 オ)

(11)尺 蟻 ノ虫(=し ゃ く と りむ し)ノ カ 、ウテ昼 Σ ハ ノ ヒウ用 ソ 臥 龍 ハ トハ ウ用 ソ(孟 求

抄 〈古活 字 本 〉・一 ・5ウ)

(10×11)はそ れ ぞれ 、 「
処 士」 「
尺 蟻 ノ虫」 につ い て の語 釈 を施 して い る箇 所 で あ り、 「
使われ な
い で い る」 「
か が ん で い る」 とい うよ うに 現在 の状 態 を表 す 例 と して 挙 げ られ て い る。 この よ う

な 現 在 の 状 態 を表 す 「
い た 」 を設 定 す る こ とに よ って 「
ゐ た り」 か ら 「い る」 へ の 形 式 の 推 移

が よ り自然 に 説 明 され そ うな の だ が 、そ の よ うに考 え る場 合 、「
似 る」な どの 一 部 の 動 詞 群 の存

在 が 問 題 に な っ て くる。 なぜ な ら、 これ らの 動詞 は 現 在 を表 す 「た 」 の 段 階 を 有 しな が ら も、

い る」 の よ うに後 世 に 単独 で 現在 の状 態 を表 す よ うに は な っ て い な い か らで あ る。

この 現 在 の 状 態 を表 す 「た 」 に 関 して補 う と、 此 島(1973:246≒247)は 「
現代 にはない よ う

な動 作 態 的 な用 法 」 と して 以 下 の 例 な どを 挙 げ る。

(12)漢 書 ニハ 項 字 ヲ削 タ ゾ(史 記 抄 ・一 三)

(13)あ る犬 、 肉 を含 ん で川 を 渡 るに 、 そ の 川 の 真 中 で 、蝕 だ 肉 の影 が 水 の 底 に映 つ た を見

れ ば..(天 草 本 伊 曽保 犬 が 肉 を含 ん だ 事)

(14)...か えつ て わ が名 を 汚す に似 左1(天 草本 伊 曽保 ・獅 子 と鼠 の事)

(15)...わが 母 に く らひ つ くは ま こ とに 畜類 に も劣2左(天 草本 伊 曽保 ・母 と子 の 事)

此 島(1973)は これ らに つ い て 、 「
現 代 な ら存 在 態 「… て い る 」(「知 っ て い る ・削 っ て い る」等)

に 当 る表 現 」 と して お り、 さ らに は 、 「
…に似た人」 「
畜 類 に も劣 っ た 人 」 の よ うな 現 代 語 の連

体 修 飾 用 法 に つ い て 「古 い 存 在 態 の 用 法 が 局 限 され て連 体 法 に 残 存 して い る」と も述 べ て い る。

話 を戻 す と、 「
似 る」 な どが 「て い る」 や 「て あ るJの 後 接 が 義 務 的 に な って い く5のに 対 し

て 、 「い る」に 限 っ て ル 形 の 現 在 用 法 が 許 容 され る よ うに な る とい うの は不 均 衡 な の で あ る。そ

こ で金 水 氏 は存 在 動 詞 の 「あ り」に 注 目 し、古 くか ら単 独 で 現 在 の存 在 を表 す こ とが で きた 「あ

り」 か らの類 推 に よっ て 現在 の 存 在 を表 す 「
い る」 が 現 れ た の で は な い か と推 測 す る。 以 下 に

そ れ ぞれ の形 態 の推 移 を示 す。

(16)平 安時代 室町時代前後 近現代

→ → 廓に る
に・
た り に・
た(に 一て あ り,に ・
て い る) ,に ・
て い る


ゐ・
た り → い 一た →

あ り → あ り →

さ らに 、金 水(1997)で は 、こ の 、現 在 の 存 在 を表 す 「いた 」のみ が現れ る 資 料 は 存 在 せ ず 、

s『 四 河入 海』(1534年 成 立)の 「
似 る」 に は
、「た」 と ともに 「 て い る」 「て あ る」 も存 在 す る。
・其 ヲ物 ニ タ トヘ バ 蚕 ノ綴 籏 二陛 ゾ 蚕 老 テ煮 ラ レウ トスル 時二 籏 ホ サ レタニ鎚 ゾ(四 河3巻550頁 ※
勉誠 社 『抄 物 大 系別 巻 四 河入海 』 の巻数 と頁凱 以 下同)
・ヨイ 青一 二 似 タ ゾ 小 人 ドモ ガ サル 人 二似乏迫kゾ(四 河2巻444頁)
・サテ 蛾 珠 ニモ似 テ アル ガ 是 ヲバ 文登 ノ海 上 ヨ リ得 テ 有ル程 二_(四 河4巻863頁)

一91一
野田 高広

室町 期 にお いて はむ しろ過 去 を表 す 「
い た 」の 方 が 多い こ とに つ い て も注 意 を促 して い る よ う

に 、 実際 に は 当時 の ア スペ ク ト形 式 は新 旧の形 態 が 混在 して い るの だ が 、 これ は新 た な段 階 に

推 移 して い く さま を表 して い る と考 え られ る(cf.Hopper&TraUgott2003:124-126)。

この よ うに存 在 動 詞 「
ゐ た り」 はア ス ペ ク ト形 式 「た り」 の 意 味 変化 に伴 っ て 「い る」 へ の

形態 変 化 を遂 げて い る。 これ を存 在 動 詞 の 通時 相 と して見 る場 合 、 この 「
ゐ た り」か ら 「
い る」
へ の形 態 変 化 には 連 続 性 を認 め な けれ ば な らな い と筆 者 は 考 え る。 ア スペ ク ト体 系 の推 移 を研

究す る立 場 と して 、 この 形態 変 化 を言語 形 式 の 発 達 の連 続 的 な 局 面 と して記 述 す る こ とが 十 分

に 可能 で あ る こ とを 次節 以 降 で示 す 。

4.2.文 法 化:融 合 と再 分析

本節で は 「
ゐ た り」 か ら 「い る」 へ の変 化 が連 続 的 な 段 階 と して捉 え られ る こ と を示 す 。 以
下 で は 、そ の 変 化 を 単 一 的 な構 造 へ の融 合(fUsion)の プ ロセ ス と、 「
た り」 の意 味 変 化 に伴 う

再分 析(reanalysis)の プ ロセ ス とい う二 つ の段 階 に 分 け て説 明 す る。

まず 最 初 に 、 第 一段 階 の融 合 の プ ロセ ス につ い て考 え る た め に、 フ ラ ン ス語 の 単 純 未来 形 の

文 法 化 に つ い て紹 介 したい(Hopper&Traiigott2003:52「55)。 現 代 フ ラ ンス語 の 単純 未来 形9ε

chatierut')は ラテ ン語 に 起 源 が 求 め られ 、 ラテ ン語 で は以 下 の よ うに 人称 ・数 ・時 制 が屈 折 に

よ って 融 合 的 な形 で表 され た。

(17) cantabo
sing-1SG:FUT
'I will sing'

この よ うに ラテ ン語 で は 単 純未 来 の意 味 は 融合 的 な 形式 で表 され て い た の が 、 時代 を 降 る と以

下 の よ うにhabeo(所 有 、所 属 す る)に 動 詞 の不 定 形 が後 接 した 形 に 交 代 し、 さ らに 、3世 紀 か


ら6世 紀 の 間 に は(19)の よ うにhabeoが 動 詞 に後 置 され る よ うにな って い く6。 これ が フ ラ ンス

語 のjechanteratな どの ロマ ンス 諸 語 の屈 折 的 な形 態 に引 き継 がれ て い る。

(18) Haec habeo cantare


these have-1SG:PRES sing-INF
'I havethese thingsto sing'

(19) ... et quad sum essere habetis


... and what be-ISO be-INF have-2PL
'and what I am
, you haveto/willbe'

これ は 時 系列 的 に は(20)の よ うに捉 え られ る。 この うち 、kOntabhumosは 再 構 され た形 で、

bhtanosは`weare'に あ た る 動 詞 形 態 で あ る。 こ の 存 在 動 詞 が 後 置 され た 形 が ラ テ ン 語 の

α謝 助 伽 鱈 の祖 形 だ と推 定 され て い る。 前 述 の経 緯 に よ りロマ ンス 諸語 の 単 純 未 来形 の起 源 は

6こ こに 引用 した のは7世 紀 の文 献だ が変 化 はSC世 紀 に進行 した と推 測 され て い る


一92一
ア スペ ク ト形 式 「て い る」 の成 立 に つ い て

ラ テ ン語 のcanta7ehabemusに 求 め られ る わ けだ が 、 さ らに 、現 代 フ ラ ンス 語 で は 、単 純 未 来 形

chanteronsと 近 接 未 来 を表 す と され る"aller+動 詞 不 定 形"が 競 合 す る形 とな っ て い る。

(20) renewal (Hopper & Traugott 2003:9)

Pre LatinLatinFrench
*?
*kanta bhumos > cantabimus
cantare habemus > chanterons. allons chanter > i

こ こで 注 意 した い の は ラ テ ン語 とフ ラ ンス 語 とい うそ れ ぞれ の 時 代 にお い て 、 α魏励 肋 据 ノ

cantarehabemus,chanterons/allonschanterと い うよ うに融 合 的 な形 式 と迂 言 的 な 形 式 が並 存

して お り、 そ の 中 の 迂 言 的 な 形 式 が 融 合 的 な 形 式 へ と変 化 を遂 げ て い る 点 で あ る。 この ラテ ン

語 か ら フ ラ ンス 語 へ の 推 移 の プ ロセ スは 以 下 の よ うに捉 え る こ とが で き る(Hopper&Traugott

2003:54.55)。

(21) Classical Latin [[cantarel habeol'


LateLatin [cantarehabeo]>
French[chant-e-r-ail

古 典 ラテ ン語 に お い て は[[cantare】habco]と い うよ うに 、主 動 詞habに 補 部(complement)と


して 動 詞 不 定 形 のcantaneが 従 属す る よ うな統 語 構 造 をな して い た の が 、義 務 や 未 来 を表 す 文脈

に お い て 多 用 され る 中 で 、[cantarehabeo】 とい う隣接 した構 造 が未 来 を表 す 形 式 と して捉 え ら

れ る よ うにな って い く。 こ の プ ロセ ス の 中で 形 態 素 間 の境 界 が な くな り音 韻 的 な 弱 化 が起 こっ

て 単 純 未 来 形 が 成 立 した とされ る7。

こ こで 日本 語 に話 を戻 す と、前 節 で 紹 介 した 「
ゐ た り」 か ら 「い る 」 へ の 変 化 の第 一一段 階 と

して 、 「
ゐ た り」 の 内的 な構 造 変化 を想 定 して み る。す なわ ち、 「ゐ た り」が 非 完 結 的(状 態 的)

な意 味 で 多 く用 い られ る うち に 、[[ゐ]た り]と い う階 層 的 な 構 造 か ら[ゐ た り]と い う単 一

的 な構 造 へ 変 化 し、形 態 素 の境 界 が な くな った とい う過 程 で あ る。 これ は 意 味 的 な対 応 関係 を

み る と、[[ゐ]た り]と い う分 析 的 な段 階 は完 結 相 動 詞 と して の 「ゐ る」 に非 完 結 相 化(状 態

化)形 式 の 「
た り」 が後 接 した結 果 状 態(止 ま る とい う変 化 後 の 状 態)と い う意 味 が 対応 し、

ま た一 方 、融 合 して 単一 構 造 とな っ た[ゐ た り]の 段 階 は 、 過 去 の 変 化 が 捨 象 され た 現在 の 存

在 とい う意 味 が対 応 す る。こ の分 析 的 な[[ゐ]た り]か ら融 合 的 な[ゐ た り]へ の構 造 変 化 は 、

上 代 に は 「ゐ る 」に 「
た り」 が後 接 す る 例 が存 在 せ ず 、 「
ゐ た り」 とい う語 連 続 が 現 れ る の が 中

古 以 降 で あ る とい う事 実(金 水2006:53)か らも予 測 され る こ とで あ ろ う。


しか し、実 際 に は 平安 時代 以 降 で も、結 果 状 態 的 な もの と現 在 の 存 在 を表 す も の とは 混 在 す

る よ うで あ る。 例 え ば 、以 下 の(22)の 「見 レバ 」 に明 示 的 な よ うに 眼 前 の 存 在 を描 く 「ゐ た り」

7こ の変 化 につ い て補 う と
、 フラ ンス 語 の単純 未 来形 が 体系 的 に現 れ 出す の は 『ス トラス ブー ル の 宣誓(Les
sermentsdeSimsbowg)』(842年)か ら とい うこ とで 、 この単純 未 来形 へ の移 行 が促 進 され た背 景 と して 、 ラテ
ン語 の 単純 未 来形 の 三人 称単 数 形 と一 人 称複 数 形が 単純 過 去形 のそ れ ら と形 態的 に 紛 らわ しいた めに 忌避 され
た とい う事 情 が あ る(渡 辺2009:124)。

一93一
野田 高広

の例 が み られ る一 方 で 、 金水(2006:53)か らの用 例(23)の よ うに 、 平 安 末 期 で も 「


座 る」 とい

う語 彙 的 意 味 を保 ち 、 着座 の 結 果 状 態 を表 す 例 は 存 在 す る(語 彙 的 意 味 の 問題 に つ い て は5.1
で述 べ る)。

(22)...馬 ヨリ下 リテ 、其 小 家 二入 ヌ。見 レバ 、姫 一 人昼 塑 。馬 ヲモ 引 入 テ タ立 ヲ過 サム トスル ニ 、家

ノ内二 平 ナ ル 石 ノ、碁 枠 ノ様 ナ ル 有 。(『


今 昔 物 語集 』二 六 ・
一 三;4巻450頁)

(23)我 モ 人 モ 皆ハ チ スノ花 ノウヘ ニヰ タリ(法 華 百座 聞 書 抄 ・


オ ー 八 八)

これ は 解 釈 的 に微 妙 な問 題 で あ り、 そ の 推 移 を 直線 的 に辿 るの は難 しい と思 われ る が 、平 安 か

ら鎌 倉 期 の 用 例 につ い て 「
特 定 の 空 間 に お け る 静止 ・滞 在 の維 持 とい う意 味 は 、存 在 表 現 、特

に空 間 的 存 在 文 に極 めて 接 近 して い る とい うこ とも間 違 い ない(金 水2006:54)」 と説 かれ る よ

うに 、「ゐ る」へ の 変 化 の 前 段 階 と して の 空 間 的 存在 文 へ の傾 斜 を想 定 す る の は無 理 な こ とで は

ない だ ろ う。 平安 ・鎌 倉期 で の 分 析 的 な[[ゐ]た り]と 融 合 的 な[ゐ た り]と の 並 存 は 、 前者

か ら後 者 へ の 推 移 の 過 渡 的 な 段 階 を反 映 す る もの と して 捉 え られ る。

次 に、平 安 時 代 の 「ゐ る」にお い て 「た り」の 後接 傾 向 が非 常 に強 か っ た 点 を示 す 。金 水(2006:


152)の 表7に よ る と、『源 氏 物 語 』 で は 「
ゐ た り」 や 尊 敬 語 を介 す る 「ゐ た まへ り」 と合 わせ

て97例(ゐ た り58例;ゐ た まへ り39例)が 見 られ る の に対 して 、 「


た り」 「
た ま へ り」 を後 接

しな い 例 は23例 とな っ て お り、 「ゐ る」 の 全例 に対 す る 「
た り ・り」 の 後 接 例 の比 率 は80.8%

とい う高 い 数 値 を示 す8。 こ の後 接 例 の比 率 が 高 い こ と を示 す た め に、 表2に 鈴 木(1999)の

表1・Ilよ り使 用 頻度 の 高 い 動 詞(30ト ー クン 以 上 の全 例)を 抜 粋 す る。

表2鈴 木(1999:左1-5)よ り
1
基本形 つ ぬ1き けり た り ・り た り ・り/総 数

い ふ(言) 103 2 6 14 8 6.02%

か く(書) 20 2 39 63.93%

かた らふ(話) 50 1 0.00%

き こゆ(聞) 406 414 5 31 52 10.36%

とふ(問) 32 0.00%

のたまふ(宣) 215 3 8 14 12 4.76%

ま うす(申) 53 1 1 5 3 4.76%

いつ(出) 39 54 2 8 7.77%

か へ る(帰) 17 19 6 0.00%

8「 籠 りゐ る」 「
っ いゐ る」 等 の複 合動 詞 で は、 「
た り ・り」 の 後接 率 は67.9%で あ り、複 合 動詞 以 外 の 「
ゐ る」
と比 して若 干低 い 数値 を示す(ゐ た り78例;ゐ た まへ り91例;そ れ 以外80例)。 ま た、 『源氏 物 語』(岩 波新
日本 古 典文 学 大系)を 確 認 した とこ ろ、以 下 の よ うな 「 てj後 接 例が 見 られ る。 鈴 木(1999)は 考 察対 象 を 主
節 末 用 法 に限 定 して お りこれ らは集 計 に は加 え られて い ない のに 対 して 、金 水(2006)で は従 属 節 での 使用 も
対 象 に な って い る よ うで あ る。金 水(2006)の 数 値 か ら これ らの 「
て」 の例 を除 外 すれ ば、 「た り ・り」後 接 例
の比 率 は さ らに高 い も の とな るだ ろ う。
・渡 殿 の戸 口に しば しゐ て 、声 聞 き知 りた る人 に物 な どの た まふ。(竹 河:4巻280頁)
・東 の 渡殿 に あ きあ ひ たる 戸 口に人 々あ また孟1エ、 もの語 りな どす る所 に_(蜻 蛉:5巻311頁)

一94一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の成 立 につ い て

まかつ(罷 出) 14 1 13 1 1 8 21.05%

まゐ る(参) 87 5 24 6 97 44.29%

わた る(渡) 35 26 2 48 4324%

語 彙 的 な ば らつ き は 見 られ る もの の 、動 詞 一 般 に 較 べ て 「ゐ る」 の 「た り ・り」 後 接 率 が 高 い

こ とは 明 らか で あ る。 この 中の 「
書 く」 に つ い て は 、以 下 の(24×25)のよ うに 、書 い た 結 果 で あ

る文 字 の 存在 に 焦 点 が あ る 例 へ の偏 りを示 す の だ が 、 これ は後 世 の 「
字 が(<を)書 い て あ る」

とい う構 文 へ の 特 殊 化 の 前段 階 と して捉 え られ るだ ろ う。 な お 、 「
ま ゐ る」 「
わ た る」 な どの 移

動 動 詞 へ の 後 接 例 も比 較 的 高 い 数値 を 示 してお り興 味 深 い が 、 それ で も 「
ゐ る」 の 比 率 の 半 分

程 度 で あ って こ こで の 議 論 で は 問 題 に な らな い。

(24)帰 り給 ひ て、まつ この 袋 を 見給 へ ば 、唐 の ふせ む れ うを縫 ひ て、「上 」とい ふ 文 字 を、上 に書 き

並 。(橋姫 ・
岩 波 新 日本 古典 文 学 大 系4巻333頁)
(25)「 あは れ 知 る心 は 人 に をくれ ね ど数 な らぬ 身 に消 えつ つ ぞ ふ る/代 へ たらば 」と、ゆへ ある紙

に書 き湿 。(蜻蛉 ・同5巻296頁)

この よ うに、 「ゐ た り」 ま た は 「た まふ 」 を介 す る 「ゐ た まへ り」 とい う 「た り ・り」 を 後接

す る形 式 が 平安 時 代 にお い て あ る程 度 一 般 化 して い た こ とは確 か な よ うで 、『源 氏 物 語 』の状 態

か らす る と、「ゐ た り」とい う形 式 で の 単一 構 造 化 は 遅 く と も平 安 時 代 の 中 期 に は か な りの 程度

進 行 して い た と考 え られ る9。形 態 変 化 は伴 わ な い もの の 、 この[[ゐ]た り]か ら[ゐ た り]


へ の 単 一構 造 化 の プ ロセ ス は 、 ラテ ン語 か らフ ラ ンス 語 の 単純 未 来 形 へ の 変 化 過 程 に 見 られ る

融 合 の過 程 と同様 に考 え られ るだ ろ う10。

次 の 段 階 と して 、 単 一 的 な構 造 を なす に 至 っ た 「
ゐ た り」 か ら 「
い る」 へ の 変 化 は再 分 析 の
プ ロセ ス と して 捉 え られ る。 こ こで 、 フ ラ ンス語 の 否 定 構 文neVpasの 変 化 を と りあげ た い

(Hopper&Traugott2003:65-66)。 も と も とフ ラ ンス 語 の否 定構 文 はneVと い う形 で表 す こ と
が で き(以 下(26)の1)、 μr`step'は 移 動 動詞 の否 定構 文 で 任 意 に用 い られ る強 意 を表 す 形 式

で あ っ た(II,III)。 そ れ が 時 代 を降 る と移 動 動 詞 以 外 に も用 い られ る よ うに な って い き(IV)、

neVpas全 体 が 否 定 構 文 と して 定 着 し、pmはneと 共 に義 務 的 な成 分 とな る(V)。 そ して 、 次

の段 階 で は再 分 析 的 に πεが 任 意 成 分 と して 捉 え られ る よ うに な り、現 代 の 口語 で は μ 雄が 義 務

的 な成 分 と解 釈 され 、Vpasと い う形 で否 定 を表 す こ とが で き る よ うに な って い る(VD。

(26) I. ne V

9「 ゐた ま へ り」 とい う複 合 的 な形 式 につ い て単 一構 造化 が進 行 した とい うの は雑 駁 に過 ぎ るか も しれ ない

金水(2006)、 鈴 木(1999)の デ ー タに含 まれ てい るこ ともあ って 言及 したが 、 語彙 交 代 を伴 う 「(て)ご ざあ
り]へ の推 移 な どの背 景 を考 慮 す る必 要 があ る こ とか ら も 「
ゐた まへ り」 につ い て は保 留 と して 、 こ こか らの
議論 は 「
ゐ た り」 に絞 る。
置oここで は問 題 に しな いが
、「ゐた り」の 単 一構 造化 の プ ロセ スを 、存 在動 詞 とい う語彙 項 目へ の変 化 と考 えれ
ば 、文 法 化 とい うよ りむ しろ話 彙 化(1erdicalization)とす るぺ きか も しれ ない。

一95一
野田 高広

II. II ne va (pas).
He not goes (step)

III. ne V (pas)

IV. ne V (pas)
II ne sait pas.
he not knows not

V. ne V pas

VI. (ne) V pas, or V pas


II salt pas.
he knows not

この 中 で重 要 な の は 、neV(Pas)と い うよ うに も とも とpmは 付 加 的 な 要 素 で あ っ た の が 、neV

pas全 体 が 単一 的 な構 文 と して解 釈 され る よ うにな っ た 結 果 と して 、 そ の 後 の 段 階 で は否 定 の


意 味 の 中心 がpasに 転 移 して(cf."llnesait)、 現 代 口語 フ ラ ン ス語 で はneが 任 意 的 な要 素 とな
って い る点 で あ る。

この フ ラ ンス 語 の 否 定 構 文 の 変 化 に 即 して 「
ゐ た り」か ら 「
い る」へ の 変 化 につ い て示 す と、

平 安 ・鎌 倉 期 に現 在 の存 在 を表 す 形 式 と して 単 一的 な構 造 をな して い た 「ゐ た り」が 、「
た(り)」
の テ ンス 的 意 味 の 獲 得 に 伴 い 「
居 る+過 去助 動 詞jと 分 析 的 に 解 釈 され る よ うにな り、従 来 表

して い た 現 在 の 存 在 とい う意 味 との 不整 合 か ら 「
た(り)」 自体 が 脱 落 した とい う こ とに な る。

Hopper&TraUgott(2003)で は 、neVlmsと い う単一 的 な構 造 か らneが 任 意 成 分 で あ る(ne)V

μ凋 へ と変 化 した 直 接 的 な 要 因 は 示 され て い な い が 、 日本 語 の 「ゐ た り」 か ら 「い る」 へ の変
化 は ア スペ ク ト形 式 の 「
た り」 の 変化 との相 互 作 用 か ら説 明 され る。 これ は 、 フ ラ ン ス語 の否

定構 文 に お い て 、否 定 の 意 味 の 中 心 が 、ne→ne(V)pas→pasの よ うに 転 位 して い った の と

同 じよ うに 、従 来 「
ゐ・た り」 の 中 で 「た り」が 担 って い た 非 完 結 的(状 態 的)な 意 味 が 、現 在

の 存在 を 表す 単 一構 造 「ゐ た り」全 体 に転 位 し、 そ の 後 の 「た り」 の 意 味変 化 に 起 因 す る再 解

釈により 「
ゐ一た り」 の 中の 「ゐ る」 に転位 した とい う こ とに な る(ゐ た り → ゐた り → ゐ

ゑ)。
この よ うに 「
ゐ た り」 か ら 「
い る 」へ 推 移 は 単 一構 造 へ の融 合 と再 分析 に よっ て 段 階 的 に捉

え られ る こ とが で き る の だ が 、 さ らに 、 この 単 一 構 造 へ の 変化 とい う観 点 か らは 、 前 述 の 現 在

の 状 態 を 表 す 「た」につ い て 以 下 の よ うに考 え る こ とが で き る。先 に金 水(1997)や 此 島(1973)

か ら引 用 して 述 べ た よ うに 、抄 物 ・キ リシ タ ン資 料 ・狂 言 台本 に見 られ る現 在 の状 態 を表 す 「た 」

は 、 「ゐ る」 の ほか 、 「
似 る」 「
聲 ゆ」 な どの 具 体的 な動 作 を表 さな い 動 詞 へ の 偏 りを示 す 。 「

る」が 「た り」後 接 形(「 ゐ た り」)で の使 用 頻 度 が 非 常 に 高 か っ た の は 前 述 の 通 りで あ り、 「


る」 に つ い て も 『今 昔 物 語集 』 の 用 例 を確 か め る と否 定形 や 接続 助 詞 「て 」 の 後接 形 を 除 けば

殆 どの 例 が 「
た り」 後 接 形 で あ らわ れ る。 これ らの 動詞 へ の義 務 的 とい っ て も よい 「
た り」 の

一96一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 に つ い て

使 用は、「
動 詞+た り」 とい う形 で の 単 一 的 な構 造 へ と変 化 す る契 機 と して 捉 え られ る。 「い た 」
「にた 」 とい う過 渡 的 な形 態 は そ の融 合 的 な構 造 の残 存 で あ り、 これ ら は単 一 的 な構 造 を 保 ち

っ っ 、 「ゐ た り〉 い た 」 「に た り〉 に た 」 とい うよ うに語 末 に音 声 的 な弱 化 が起 こ っ 払 その一

方で、「
行 く」 「
食 ぺ る」な どの 具体 的 な 動作 を表 し うる動 詞 は 「
ゐ る」 「
似 る 」の よ うに 「た り」

が 後 接 す る義 務 は な く 、 そ の頻 度 も低 か っ た と考 え られ る。 こ の拘 束 性 の低 さの た め 、 単 一 的

な 構 造 と して は捉 え られ る こ とは な く、「
動 詞+過 去助 動 詞 」とい うよ うに 分析 的 に 捉 え られ や

す か った 。 そ の 結 果 、現 在 を表 す 場 合 に は 「た 」 が避 け られ 、 「て い る」 「て あ る」 な ど の形 式
ヘ ス ムー ズ に移 行 で き た11。この 室 町 期 に見 られ る現 在 を 現 す 「た 」 の 出 現(残 存 と も言 え る)

は 、「
ゐ た り」に お い て 融 合 が 進 行 して いた 傍 証 と して も捉 え られ るだ ろ う。裏 づ けが 必 要 な の

は 当然 で は あ る が 、現 段 階 で は この よ うに 考 え て い る。

こ こ ま で 、「ゐ た り」か ら 「い る」へ の 推移 が連 続 的 な構 造 変 化 と して捉 え られ る こ とを示 し

て きた 。 野 田(2010)で 「Vテ イ ル 」 とい う抽 象 的 な表 記 を用 い た の は この 連 続 性 を重 視 して

の こ とで あ る。 「
て ゐ た り」 と 「て い る 」は形 態 が異 な る こ とに は ま っ た く異 論 は な い が 、現在

の状 態 を表 す 構 文 と して の連 続 性 を 重 視 す る筆 者 の立 場 か らはそ こ に不 連 続 面 を設 定 す る こ と

に大 きな 意 味 は な い と考 え る。

これ に関 連 して 、 福 嶋(2011)は 以 下 の よ うに も述 べ る。

.。.∼テ イ ル と∼ テ ヰ タ リの 関係 は 、 ∼ タ と∼ タ リの 関係 ほ ど直 接 的 で は な い(形 態 の 一

部 が 消 失 した とい うレベ ル で は な い)。(福 嶋2011:130)

こ の部 分 の前 に は 「
『万葉 集』 にお け る ∼ タの 研 究 」 とい うよ うな論 文 の タ イ トル は 考 え られ な

い 旨 が述 べ られ て い る。 「
『万葉 集 』 の タ」 が 奇妙 だ とい う点 は筆 者 も同意 で 、 この 場 合 はや は

り 「
『万 葉集 』 にお け る∼ タ リ」 な ど と しな けれ ば な ら ない と思 う。 しか し、そ の 根 拠 は福 嶋 氏

とは大 き く異 な る。確 か に 、福 嶋 氏 の述 べ る よ うに、 「た り」 と 「た 」 の 関係 は 「


形 態 の一 部 が

消 失 した とい う レベ ル 」 か も しれ な い し、 ま た 、助 動 詞 「た り」 が ま る ま る欠 落 してい る の だ

か ら 「て ゐ た り」 と 「て い る 」 との 関 係 は 「形 態 の一 部 が 消失 した とい う レベ ル で は な い 」 か

も しれ な い。 しか し、福 嶋(201Dの 「
直 接 的jが どの よ うな 意 味 で 用 い られ て い る と して も 、
「け り」 と交代 す る と共 に 単 純 過 去 とい うテ ン ス 的意 味 を獲 得 す る に 至 る 「
た り」 か ら 「た 」

へ の 変化 は 、現 在 の(動 作 の)存 在 とい う意 味 的 な 同 一性 を保 つ 「(Vて)ゐ た り」 か ら 「(V

て)い る 」へ の 変化 に 較 べ て 遙 か に 大 きい12。

ま た 、福 嶋(2011)は 「て い る 」 の成 立 に つ い て以 下 の よ うに述 べ て い る。

存 在 動 詞 イル の成 立 が15世 紀 以 降 とされ て い るの で 、存 在 動詞 イ ル を組 み 込 む 形 式 で あ

る ∼ テ イル の成 立 も、15世 紀 と考 え られ て い る。(p.121)

11現 代 請の
、「 似 る」 を含 む 「 第 四 種 の動 詞 」(金 田一 童950》に も同様 の議 論 は成 り立 っ。 これ らの動 詞 は 単一
構 造 へ の変 化 が進 行 して い る ため 、 も し将 来 「 て い るjが 新 形式 に交 代 して も、 これ らに 後接 す る 「
て い る」
は残存 す る可能 性 が 高い の で はな い だ ろ うか。
12ここで は 「 ゐ た(り)」 全 体 を問 題 に して い るの で あっ て
、「 ゐた り」 の 中 の 「
ゐる」「 た り」 とい う構成 要 素
に限 っ てみ れ ば大 き な変 化 を伴 って い る こ とは言 うま で もな い。

一97一
野 田 高広

これ は金 水(1982)や 柳 田(1991)を 踏 ま え た 上 で述 べ られ て い る。 これ が 形 式 面 に限 定 して

の記 述 で あ る な らば もっ とも な こ とで あ るが 、本 動 詞 と補 助 動詞 との 意 味 ・形 式 面 で の 関 係 か

ら考 え る とこ の見 解 は大 き な問 題 を孕 ん で い る と言 わ ざ る を得 な い。 あ る語 彙 形 式 が な ん らか
の変 化 を遂 げ た場 合 、 そ れ を要 素 とす る文 法形 式 も並 行 して 変化 を 遂 げ るか ど うか とい うの は

自明 だ とは言 い が た い 問 題 だ か らで あ る。 例 え ば現 代 語 の 「
て い る」 に お い て 、 そ の 構 成 要 素

で あ る 「い る」 が も し今 後 新 た な 意 味 や 形態 の変 化 を遂 げ た場 合 に 「
て い る」 も影 響 を受 け て

意 味や 形 態 の変 化 を被 るか とい うと必 ず しもそ う とは 言 えな い よ うに 思 わ れ る。 しか し、 そ う
か とい っ て本 動 詞 と補 助 動 詞 との 間 に相 互 作用 的 な もの は 全 くな い と も言 い 切れ な い だ ろ う。

当然 、両 者 の 使 用 環 境 は異 な るの で あ っ て 、少 な く と も、 あ る形 式 が 文 法 形 式 と して確 立 して

い る場 合 にそ れ が 常 に本 動 詞 と並 行 して 変化 す る とい う論 理 的 根拠 は 見 当た らな い よ うに 思 わ

れ る。 本 節 で は暫 定 的 に本 動 詞 の 「い る 」 を ア スペ ク ト形 式 「て い る」 の 要 素 の 「い る」 と同

等 に扱 っ てい るが 、 ア スペ ク ト形 式 が 受 け る本 動 詞 の 意 味変 化 の影 響 に つ い て は議 論 の余 地 が

大 い に残 され てい る。

5.語 藁 形 式 と文 法 形 式

「ゐ た り」 と 「
い る」 の 連 続 性を 示 した4節 に続 い て 、本 節 で は 野 田(2010)で 扱 った 「

ゐ た り1と い う形 式 をア ス ペ ク ト形 式 とみ なす べ きか 否 か につ い て検 討 す る。 本 節 で の議 論 を

通 して 『今 昔物 語 集 』 の 「て ゐ た り」 に は 、後 世 の 「
て い る 」 「て あ る 」 と同様 、ア ス ペ ク ト形

式 とみ なす の に十 分 な 根 拠 が あ る こ とを示 す 。

5.L意 味の抽象化

最 初 に、 「て い る 」の構 成 要 素 で あ る 「
い る」 が語 彙 的 意 味 を保 存 して い るか否 か に つ い て 考

え てみ たい 。これ ま で 見 て きた よ うに 、福 嶋(2011)は 形 態 面 の 変化 に 重 きを 置 く立 場 に あ る。

それ ゆ え野 田(2010)に お い て 「て ゐ た り」 と 「
て い る」 の 二 つ の形 式 を 「Vテ イ ル 」 とい う

同一 の表 記 で示 した 点 に批 判 が 集 中 す るの は も っ ともな こ とで あ り、 ア ス ペ ク ト形 式 と して の
「て い る」の 成 立 を15世 紀 以 降 だ とす る福 嶋 氏 の主 張 は そ の 形 態 を重 視 す る立 場 か らの 当然 の

帰 結 で あ る と も言 え る。 そ して 、 この 形 態 面 を重 視す る立 場 は 意 味 の 方 面 に も波 及 して い る よ

うで あ り、実 際 に、 野 田(2010)で 扱 う 『今 昔物 語 集 』 の 「
て い る」 の 例 に つ い て 、 そ れ ら は

本 動詞 的 な意 味 を表 す もので あ って 、 ア スペ ク ト的 な意 味 を担 って い るの で は な い とい うよ う

な 主 張 も見 られ る(p.128の 脚 注3)。 しか しな が ら、そ の 一 方 で 、 ア ス ペ ク ト形 式 と して解 釈

が 可 能 な 例 の存 在 を認 め てい る よ うな側 面 もあ る。 以 下 に引 用 す る。

可 能性 と して 、『今 昔物 語 集 』の ∼ テ ヰ タ リや ∼ テ ア リを ア スペ ク ト形 式 と して捉 え て 、記

述 を試 み る とい う方 向 もあ り得 る とは 思 う。た だ し、そ れ は 、∼ テ イル の研 究 で は な い し、

何 よ り、 先行 研 究 を検 討 して か らの 議 論 で あ る。(福 嶋2011:131脚 注)

こ の よ うな 意 味(=ア スペ ク ト的 意 味)で は、用 例 の解 釈 しだ い に よ っ て は 、『今 昔 物 語集 』

一98一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 につ い て

(あ る い はそ れ 以前 の 資 料)に も 、 ∼テ イ ル の例 が み られ る とい お うと思 え ばい え な くも

な い。 しか し、仮 に そ の よ うな例 を も っ て 、∼ テ イ ル の 成 立 を考 え る研 究(あ るい は 、 ∼


テ イル の成 立 は 、存 在 動詞 イル に先 行 す る とい う研 究)を 行 った と して も 、用 例 は か な り

限 定 され た も の に な るだ ろ う。(福 嶋2011:132)

この よ うに 、 若 干 の 歯 切 れ の 悪 さは あ る もの の 、福 嶋(2011)は 拙稿 の 「
て ゐ る」 「
て ゐ た り」

とい う形 式 に っ い て 、 少 な く と もそ の 全 使 用 例 が 本動 詞 的 な用 法 で あ る と主 張す るわ けで は な
い よ うで あ る。

こ こで 野 田(2010)の 背 景 を述 べ る と、 そ こで は 「て い る 」182例 ・「
て あ る」427例 の 用 例

を採 集 した 上 で 検 討 して い る。 デ ー タの 中 には 本 動 詞 と して も解 釈 し うる もの も多 く含 まれ る

が そ れ ら を選 別 す る こ とは あ え てせ ず に、 い ず れ に も解 釈 され る もの も含 め 広 範 な 例 を分 析 対

象 と して い る。そ して、挙 例 に際 して は、そ こ に常 に 付 きま と う選 択 の 恣 意 性 を避 け るた め に 、

使 用 頻 度 の高 い前 接 動 詞 の例 を そ の全 例 が確 認 で き る よ うな 形 で 提 示 し、 そ う して 「て い る」
と 「て あ る 」 の 違 い を抽 出 して い る13。前接 動詞 の種 類 が 一 部 に限 定 され て い るの は こ の事 情

に よ る。

さて 、野 田(2010)で 扱 っ た 「Vテ イ ル 」 にお い て 、 「ゐ た り」が 本 動 詞 的 な意 味 を表 して い

る か 否 か とい う問題 に 戻 る と、筆 者 の 立場 と して 、ア スペ ク ト形 式 と して の意 味 を認 め る と同

時 に 、本 動 詞 的 な意 味 が観 察 され る こ とに つ い て も否 定 しない とい う立場 を とる。

(27)其 ノ屋 二 将入 レテ ス ヘ ツ。■(諸 本 欠 字)ヲ 持 来 テ 食 ス レバ 、僧 此 ヲ食 ヒ型 程二、

男 、僧 二 「暫 ク 此 テ御 セ。 己ガ 元 ラム程 二努 々 此 レ不 臨 給 フナ 」 ト云 置 テ...(一 九 一三 三;
4-128)[野 田(2010):用 例(19)]

(28)程 元 ク投 返 シ遣 セ タ リケ レバ 、佐 太 、 「物縫 シ テ居 タ リ ト聞 ク ナベ ニ 、疾 ク縫 テ 遣 セ タル

カ ナ」 ト、 鹿 ラカ ナ ル 音 シテ 讃 メテ 、 取 テ 見 ル ニ...(二 四一五六;4-354)[野 田(2010):

用 例(20)]

福 嶋(2011)に も挙 げ られ る これ らの 例 に お い て 、「
食 べ なが ら/裁 縫 しな が ら、座 って い る(じ
っ と して い る、静 止 して い る)」 とい うよ うに強 硬 に 「
ゐ た り」の 語 彙 的 な意 味 を 主 張す る立 場

もあ り うるが 、 筆 者 と して は ア スペ ク ト形 式 と して 動 作 が 進 行 中で あ る意 味 を表 しっ っ も、 そ

れ で も 「ゐ た り」 の語 彙 的 な意 味 は保 存 され てい る と考 え る。 この ど ち ら とも捉 え られ る とい

う点 が重 要 な の で あ り、この 曖 昧 性 が あ るか ら こそ 意 味 的 な変 化 が進 行す る。これ に 関 して は 、

現 代 語 の 「て い る」 で さえ純 然 た る ア スペ ク ト形 式 で あ る と は言 い が たい 側 面 が あ る。

(29)向 こ うに 人 が 立 っ て い る。

(30>公 園 で 子 ど もた ち が 遊 ん で い る。

13原理的には内省が利かないはずである古典語資料の意味を、作品の解釈を通 して分析するとい う再帰的な作


業 を繰 り返 して得 られ たものであ り、その 「
分析」の対象 は広範な動詞タイブにわたる全例に及ぷ ことを強調
しておきたい。

一99一
野田 高広

この よ うに 「て い る」は項 と して 二格 もデ 格 もいず れ も と る こ とが で き る。 しか し、厳 密 に は 、


二格 を と る(29)につ い て 、 この 「
い る」 を存 在動 詞 とみ な して 「向 こ うに人 が い る 」 とい う存

在 文 と同 様 だ と い うこ とが 可能 で あ る一 方 で 、デ 格 を と る(30)は 「??公園 で 子 供 た ち が い る」

とい うよ うにデ 格 の ま まで は 不 自然 に な る。 これ は 「
遊 ぷ 」 が 典 型 的 な 動 作 を表 す 動 詞 で あ る

とい う語 彙 的 な 要 因 に よ る もの で あ り、(30)の後 項 動 詞 の 「
い る」 に は 存 在 動 詞 の意 昧 は 希 薄

だ と考 え られ る。 続 い て 前 項 動 詞 に 注 目す る と、(29)の 「
立つ」は 「
い る」 と二格 を共 有 す る

と考 え る こ とは で きず 、 「向 こ うに人 が い た」が 問題 な いの に対 して 、 「??向こ うに人 が 立 っ た」

とい うの は 不 自然 で あ る。 一 方 の(30)では 、 「
公 園 で 子 供 た ちが 遊 ん だ 」 は言 え る が 、 「??公園

で子 供 た ちが い た 」 は 不 自然 で あ る。 この よ うに 、前 項 動 詞 の語 彙 的 な制 約 は 無視 で き な い も

の で あ り、 様 々 な タイ プ に わ た る個 々の 動 詞 を一 律 に扱 うわ け に は い か な い。 それ ゆ え、 古 典

日本 語 につ い て も項 構 造 な どの要 因 も考 慮 に入 れ て分 析 す る必 要 が あ る こ とは言 うまで も な い。

こ う した 問題 は看 過 で き な い もの で あ り、詳 細 な検 討 が必 要 に な っ て く るの だ が 、 こ こ で は 、

て ゐ た り」に観 察 され る存 在 動 詞 的 な 意 味 は現 代 語 の 「てい る」に も観 察 され るの で あ って 、

古 典 語 資 料 に 限 定 され る も ので はな い 点 を指 摘 す るに と どめ る14。

次 に 、複 合 動 詞 か らア スペ ク ト形 式 へ の連 続 性に つ い て考 えて み た い。 「
い く ・しま う」な ど
の よ うな 、語 彙 的 意 味 に移 動 経 路 を含 む 動 詞 は 、そ れ らが複 合 動 詞 の 後 部 要 素 に位 置 す る 場合 、

語 彙的 な意 味 を保 存 しつ つ 、 後 項動 詞 の表 す 移 動 の意 味 が ア ス ペ ク ト的 な 意 味 へ とメ タフ ァー

的 に拡 張す る傾 向 が 強 い と説 かれ る(大 堀2002:192)。 移 動 動 詞 の 「い く」 「くる 」 や 使 役 移

動 動詞 の 「しま う」 につ いて は この 説 明 が あ て は ま るが 、存在 を表 す 「(て)い る」 は 元 々移 動

を含 ま な い表 現 で あ り、経 路 か ら相 へ とい う拡 張 は確 認 しに くい よ うに思 わ れ るか も しれ ない 。
しか し、 「(て)い る」 で も、経 路 とい うこ とは で き ない が 、 空 間 か ら時 間 へ の転 化 は起 こ っ て

い る。例 え ば、 「
庭 に猫 が寝 て い る」 とい う文 は、現 在 時 の 、猫 が 特 定 の場 所 に と どま っ て い る

時 間 幅 を考 慮 に入 れ る こ とに よ っ て初 め て成 立 し うる表 現 で あ り且5、
そ こで は 「
い る」 に含 ま

れ る アス ペ ク ト的 な 要 素 が 前項 動 詞 の時 間 的側 面 に作 用 し、 現在 に お け る 「
寝 る」 とい う動 作
の 持 続 とい う意 味 と して 現 れ て い る。 空 間 的移 動 に時 間 が 伴 うとい うの は理 解 しや す い が 、 そ

れ と同 様 に空 間 的 な 存 在 に も時 間 の経 過 は随伴 す るの で あ り、 時 間経 過 を 考慮 に入 れ な い 空 間

的 な存 在 とい うの は原 理 的 に 不 可能 なの で あ る。 そ れ ゆ え、 「
て い る」 に つ い て も 「
て しま う」
「て く る」 同 様 に 空 間 的 意 味 か らの拡 張 が 起 こっ てい る と考 え て よ い だ ろ う。 さ らに言 え ば 、

空 間 座 標 で の 移 動 が な い 「い る」 とい う動 作 は 、時 間 的 経過 を 考慮 に入 れ て初 め て認 識 され る

とい う点 で 、 純 粋 な ア スペ ク ト標 識 とな る条件 を備 えて い る とい っ て よ い か も しれ な い。 こ の

よ うに、 空 間 的 移 動 の 有 無 とい う違 いは あ る もの の、 後 項 動詞 の時 間的 要 素 が前 項 動 詞 に対 し

て ア スペ ク ト形 式 的 な働 き を担 う点 にお い て 、 「
て い る」 は 「て しま う」 な どの ア スペ ク ト形 式

と同 様 に考 え られ る。 「
い る」 が移 動経 路 を表 さな い点 を加 味 すれ ば 、 「
て い る」 につ い て は空

14観 点 は異 な るが
、 山下(1996:4243)で も現代 日本 藷 の 「てい ない 」 につ いて本 動 詞 的 な もの と補助 動 詞 的
な もの との並 存 を認 め てい る。
IS「 中 国 にはパ ンダが い る」の よ うな恒常 的 な 「 い る」は ここでは 問題 に しな い
。現代 日本語 の 習慣 相 とル形 ・
テ イ ル形 の 閤題 につ い て は野 田(2011)で 論 じてい る。

一100一
ア スペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 に つ い て

間 的 静 止 か ら時 間的 持 続 へ の 写 像 を 想 定 すれ ば よ い だ ろ う。
ま た 、 中 古 ・中 世 の 資料 に お い て 、 「
消 ゆ」 の よ うな 不在 に 帰結 す る意 味 を 表 す 動 詞 や 、 「

くJの よ うな 移 動 様 態16を 表 す 動 詞 の 後 接 例 が 存 在 しな い 点 も重 要 で あ る。 こ の制 約 は 、 空 間

的 に 一 定 の位 置 に と どま っ た 状 態 に あ る とい う 「ゐ た り」 の語 彙 的 な意 味 と衝 突 す る こ と に求

め られ る。 これ らは 「
て ゐ た り」 が ア ス ペ ク ト形 式 で あ る とす る 立場 に とっ て は 反 証 とな り う

るが 、 ア スペ ク ト的 な 意 味 が 動 詞 文 の 存 在 理 由 だ と考 え る な らば 、 そ こ で 問 題 に な るの は語 彙

的 な 意 味 の 濃 淡 だ け で あ る。 これ らの現 象 は 語 彙 的 な意 味 が保 存 され て い る こ と を示 して い る
と考 えれ ば 十 分 で あ ろ う。

な お 、 『今 昔物 語 集 』 に か ぎ らず 、 『源 氏 物 語 』 な どの 中 古 作 品 で は 、 そ の 場 面 で の存 在 や 座
っ てい る こ とが 前 提 とな って い る よ うな文 脈 に も 「
て ゐ た り」 な どの 形 式 は 使 用 され て い る よ

うで あ る。 この 談 話 的 意 味 に 関わ る問 題 は解 釈 的 な 作 業 を 通 して示 して い く しか ない 。 これ に
つ い て は稿 を改 めて 論 じたい と思 う。

5.2.連 体修飾節の制 限

福 嶋(2011)は 『今 昔 物 語 集 』 の 「て ゐ た り」 が ア ス ペ ク ト形 式 で あ るか 否 か とい う問題 に
つ い て、 「
同 資 料 中(=『 今 昔 物 語 集 』)の ∼ テ ヰ タ リと∼ テ ア リを無 条 件 に ア スペ ク ト形 式 と

して よい わ け で は な い(福 嶋2011:131)」 と も述 べ て い る。 こ の文 言 か らは 、福 嶋(2011)は


「て ゐ た り」 「て あ り」 をア スペ ク ト形 式 とは 原則 と してみ な さな い 立場 に あ る よ うで あ る。そ

して 、福 嶋(2011)が 「
て ゐ た り」「
て あ り」が ア スペ ク ト形 式 で は な い とす る根 拠 は 、山 下(1990)

の議 論 に求 め られ る。 以 下 に 山 下(1990)の 論 旨が 端 的 に述 べ られ て い る金 水(2006)か らの
一 節 を 引用 す る。

山 下(1990)に よれ ば 「一て ゐ る(ゐ た り)J「 一て あ り」 が連 体 修 飾 を構 成 す る場 合 、

主名 詞 に は 主語 か 場 所 、時 間 を 表 す名 詞 しか来 られ ない とい う。一 方 、 「一た り」 に は こ の

よ うな制 約 は 見 られ な い。 これ は 、 「ゐ る(ゐ た り)」 「あ る」 が存 在 を表 す 本 動 詞 の用 法 を

未 だ保 存 して い る こ と を表 す 、す な わ ち文 法 化 が 十 分 進 ん で い な い こ とを表 す と見 られ る。

(tfi271〈2006:271)

これ は 福 嶋(2011)に も引 用 され る部 分 で もあ り、 こ の 山 下(1990)の 連 体修 飾 節 に 関 して の

議 論 は、 福 嶋 氏 が 『今 昔 物 語 集 』 の 「てゐ た りJが ア スペ ク ト形 式 と して未 発 達 で あ る(も し

く はア スペ ク ト形 式 で は ない)と す る意 味 的 ・統語 的 な根 拠 だ と考 え られ る。 そ こ で 、以 下 で

は 山 下氏 の連 体 修 飾 節 の議 論 につ い て検 討 す る。

山 下(1990)は 中世 か ら近 世 に わ た る詳 細 な 用 例 調査 に基 づ き 、 奥 津 敬 一 郎 氏 の 連 体 修 飾 節

につ い て の説 を取 り込 み つ つ 、興 味深 い議 論 を展 開 して い る の だ が 、 こ こで は 、 山下(1990)
の議 論 を さ ら に整 理 ・発 展 させ て い る 山下(1996)を 取 り上 げ る。 同論 文 は 『今 昔 物 語 集 』 の
「て ゐ た り」 「て あ る」 の 文 を対 象 に して 、連 体修 飾 節 の主 名 詞 は 「
程」 「
間 」 な どの抽 象 的 な

16「??太 郎 は公 園 に歩 いた 」の よ うに これ らの動詞 は移動 そ の もの は表 しに く く


、「太 郎 は公 園1血 エ 歩 い た」

太郎 は公 園 に歩 いて い っ た」 の よ うに 方向 を表 す後 置 詞や 経路 を表す 表 現 が必 要 に な る。

一101一
野田 高広

名 詞 や 主 格名 詞 句 に 限 られ て お り、 目的 語 は主 名詞 に で き ない とい う指 摘 か ら始 ま り、 そ の傾

向 が どの よ うに 推 移 して い くか に つ い て 、抄 物 や キ リシ タ ン資 料 、 浄 瑠 璃 台 本 な どの 中世 以 降
の 資 料 の 調 査 結 果 に 基 づ き 山 下(1990)の 議論 を深 化 させ て い る。 これ は統 語 的 な側 面 か ら 「て

い る」 「
て あ る」を扱 っ た論 考 で、 と りわ け関 係 節 化 の 問題 と して類 型 論 的 に も非 常 に興 味深 い

もの で あ るが 、 原 理 的 な 問題 を 抱 え て い るの も確 か で あ る。 まず 、 第 一 に 、従 属 節 と主節 とを
一 律 に扱 うこ とに 問 題 が あ る

K㏄ ㎜&Comrie(1977)で は名 詞 句 の 関係 節 化 の可 否 に よ る階 層(nounphraseaccessibility

hierarchy)が 定 め られ て い る。

(31)主 語 〉 直接 目的語 〉 間 接 目的語 〉斜 格 〉 属 格 〉 比 較 の 対 象

あ る言 語 にお い て 、(31)の階 層 の 中 で 下位 に位 置 す る名 詞 句 が 関係 節 化 で き る 場 合 、 そ の 上 位
の 名 詞 句 は す べ て 関 係 節 化す る こ とが で き、 逆 に 、 あ る階 層 に位 置 す る名 詞 句 が 関 係 節 化 で き

な い 場 合 、 そ れ 以 下 の 階 層 の名 詞 句 は 関係 節 化 で きな い。 この よ うに関 係 節 化 が 可 能 な名 詞 句

は階 層 構 造 を な して お り、 これ は言 語 普 遍 的 な もの と され て い る。

K㏄ ㎜&Comrie(1977)は 言 語 普遍 的 な階 層性 に 主眼 が あ るの だ が 、 こ こで は、 関 係 節 化 で

き る名 詞 句 に は 制約 が あ り、 そ の制 約 が 言 語 に よっ て異 な る とい う事 実 に注 目 した い 。 こ こ か

らす れ ば 、 「
て い る」 「て あ る 」 を後 接 す る文 が 目的 語 を 関係 節 化 す る こ とが で きな い とい うの

も、 単 に 、 古 典 日本 語 に 見 られ る 関係 節 化 の 制約 だ と考 え られ る。 つ ま り、 そ の 制 約 は あ くま
で 関 係 節 で の 制 約 な の で あ り、 関係 節 化 で名 詞 句 の制 約 が あ る こ とが そ の ま ま主 節 で の 状 態 を

反 映 して い る とは 限 らな い の で あ る。例 え ば 、「
釘 が 曲 が っ た 」と 「曲が った 釘 」を比 較 す る と、

前 者 が 単 純 過 去 を表 す の に 対 して 、 後者 は 「さ っ き曲 が っ た釘 」 とい う場 合 は単 純 過 去 と表 す

とい え るが 、 時 間 副 詞 を伴 わ な けれ ば現 在 の 均 質 な状 態 に焦 点 が あ る ア スペ ク ト用 法 と して解

釈 す る こ ともで き る。 典 型 的 な 動 詞 で は な いが 、 先 に 引用 した此 島(1973:247)の 「… に似 た

人 」 の よ うな 例 は 現 在 の 状 態 で あ る こ とが よ り明 瞭 で あ ろ う。 この 現 在 の 状 態 を表 す 「た」 に
つ い て も、 「た り」か ら変化 した とい う通 時 的 な 背 景 を考 えれ ば、 これ は 「た り」 の用 法 を継 承

して い る ともい え る。 つ ま り、 連 体 修飾 節 で はテ ンス 的 な意 味 と と もに ア スペ ク ト的 な意 味 が

保 存 され てい る と考 え る こ とが で き る。 しか し、だ か ら とい っ て 「た 」 が テ ン ス形 式 と して未

成 熟 だ とは必 ず しも言 えな い だ ろ う。 関係 節 で古態 が 温 存 され て い る か ら とい っ て 、そ の形 式

が 主文 末 で も補 助 動 詞 化 して お らず 未発 達 で あ る とい う論 理 は成 り立 た な い の で あ る。

た だ し、 こ の よ うに考 え る場 合 、 一 方 の 「た り」 に制約 が 存在 しな い とい うこ とは 問題 にな

る。 な ぜ な ら、 「て ゐ た り」 「
て あ り」に 関係 節 化 の 制 約 が か か っ て い る の な ら、 「た り」 の 方 に

も同様 の 現象 が観 察 され る はず だ か らで あ る。 しか し、 先 に述 べ た の と同様 、 これ は 「た り」
に 関係 節 化 の制 約 が ない こ とを表 して い るに過 ぎず 、 この こ とが 、文 末 用 法 で ア スペ ク ト形 式

と して成 熟 して い る こ とを示 して い る とは 言 え ない だ ろ う。

しか し、 山 下 氏 の連 体 修 飾 節 での 主 名 詞 の 制 限 の 問題 は古 典 日本 語 研 究 に とっ て新 た な 知 見

を もた らす もの で あ り、今 後 は ア スペ ク ト形 式 を伴 う形 式 に限 らず 、 動 詞 単独 の 場 合 を も含 め

一102一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の成 立 につ い て

た古 典 語 の 関係 節 化 に つ い て の 十 分 な調 査 をす す め る必 要 が あ る。 単独 の 場 合 に さえ 、 どの 程

度 の制 約 が あ る の か が 明 らか で は な い の で 、 「
て ゐ た り」や 「た り」に 観 察 され る制 約 の 有 無 が

有 意 味 な こ とな の か ど うか が 分 か らな い か らで あ る17。こ の 問 題 は 、前 掲 の 、 古 い 用 法 が 残 存

して い る と され る 「
似 た 人 」 「曲が った 道 」な どの 現在 の 状 態 を表 す 連 体 用 法 との 関 わ りも あ っ

て 、 現代 日本 語 研 究 に とっ て も重 要 な 意 味 を もっ て く るだ ろ う。

第 二 の 問題 点 と して 、 「
補 助 動 詞 化 の 力 と、イ ル ・ア ル が 独 立 した動 詞 で あ る とす る力 がせ め

ぎ 合 い っ っ 一 進 一 退 を繰 り返 して い た(山 下1996:52)」 と述 べ る よ うに 、そ れ ぞ れ の時 代 の 資

料 につ い て 示 され る数 値 か らは 、 補 助 動 詞 へ の推 移 が 直線 的 な も の と して 捉 え が た い 点 も挙 げ

られ る。山下(1996)は 「て い る」「て あ る 」の 補 助 動 詞 と して の 認 定 基 準 と して 、有 生 性(㎝ ㎞acy)

を重 視 して お り、以 下 の よ うに述 べ る。

テ イ ル の イ ル が独 立 した 動 詞 で あれ ば こ そ 、連 体 用 法 で 下接 名 詞 に 制 限 が あ る と同 時 に、

主 格 名詞 の性 情 ←animacy)に 制 限 が あ る。も し、テ イル の イ ル が 補 助 動 詞 化 して い れ ば 、

イ ル は上 接 動 詞 に従 属 す る だ け の存 在 で あ っ て 、 自 らの た め の 主 格 名 詞 を 要 求 す るは ず が

な い。 従 っ て 現 代 語 のテ イ ル と同 じ よ うに非 情 物 が 主格 名 詞 で あ る用 例 が あ って も構 わ な

い はず な の で あ る。(山 下1996:50)

存 在 動 詞 「い る 」 の 主 語 の 有 生 制 約 は 古 代 語 か ら見 られ る もの で あ るが 、 山 下(1996)で は、

この制 約 が 中 世 か ら近 世 前 期 上 方語 の 「
て い る」に保 持 され て い る こ とを 問 題 に す る。 「
言 わば

背 中合 わせ の 関係 で あ っ て 、 片 方 だ け が 見 られ る とい うの は お か しい の で あ る。(p。50)jと 述
べ て い る よ うに、 関 係 節 化 の 制約 が緩 くな り目的 語 を 主 名 詞 とす る 関係 節 が 現 れ て くる の に も

関 わ らず 、「
雨 が 降 っ て い る」の よ うな 無 生 物 を主 格 名 詞 句 とす る例 は近 世 初 期 に な っ て も現れ

な い か らで あ る。 先 の 引用 か ら も分 か る よ うに 、 山下(1996)は 、 目的 語 を主 名 詞 とす る関 係

節の出現 を 「
て い る ・て あ る」 補 助 動 詞 化 の徴 証 とみ て お り、 補 助 動 詞 化 が 進 行 す れ ば 主 語 に

有 生 物 が 要 求 され る こ とは な く、結 果 と して 、「雨 が 降 っ て い るjの よ うな 無 生 物 主 語 の 例 が 出

現 す る はず で あ る と考 え て い る よ うで あ る。

しか し、 あ る言 語 形 式 が ア スペ ク ト的 な意 味 を獲 得 して い る こ と と主 格 名 詞 句 に有 生 制 約 が

あ る こ と とは 、 相 関 が な い とは 言 え な い ま で も18、基 本 的 に は 独 立 事 象 と考 え て よい と思 われ

る。 なぜ な ら、 ア ス ペ ク ト的 な意 味 を担 い つつ 、 かつ 、主 格 名 詞 句 の 有 生 制 約 を も っ た言 語 形

式 の存 在 は あ り う る し、有 生 性 の 制 約 を持 って い る こ とが 、 「て い る 」 とい う語 連 続 がア スペ ク

ト形 式 で あ る こ とを 阻 む 理 由 に は な らな い か らで あ る。 例 え ば 、 近 年 で は鷲 尾(2002)が 西欧

諸 語 の完 了形 式(havelbe,hebben/m:'nな ど)と の 共 通 性 を指 摘 す る 「
つ ・ぬ 」 は 、 従 来 、 意 図
的 な場 合 に 「っ 」 が 、 非 意 図 的 な場 合 に 「ぬ」 が選 択 され る とい うよ うに 、事 態 の 意 図 性 に よ

っ て そ の相 違 が説 明 され る こ と が多 い が 、 上代 か らこ の強 い選 択 傾 向 を示 す 両 形 式 にっ い て 、

17例 え ば
、ア スペ ク トに よ る分 裂能 格 性(splitergativity)を示 す 言 請 にお い て 、完 結 相 と非 完 結 相 とで関 係節
化 の 容認 度 が異 な るな らば 、 この議 論 に とって 非常 に 参考 に な るだ ろ う。
18進 行相 とい う意 味 カ テ ゴ リー を狭 義 に 捉 え るな らば
、有 生性 を前 提 とす る意 図性 との 相 関 は無 視 で き ない も
の とな る。

一103一
野田 高広

これ らが ア ス ペ ク ト形 式 で あ る こ とに異 を挟 む もの はい ない だ ろ う。 意 図 的 か 否 か とい う事 態

の タイ プ の 違 い に応 じた 強 い選 択 傾 向 を示 す 両形 式 は、「
上 接 動 詞 に従 属 す る だ け の 存在 」とは

考 えが た い の で あ る。
しか し、 そ うは 言 うもの の 、 山下(1996)で 近 世 中期 の 江 戸 語 資 料 と して 扱 う 『唐 詩 選 国字

解 』(服 部 南 郭 口述 、 文化11年 再 版 本 に よ る調 査)で は、 主 語 や 目的 語 を主 名 詞 とす る 関係 節

が 全71例 中の48例 を 占 め てお り、 「時 」 「
所 」 な どの 抽 象 的 な名 詞 句19の割 合 が 高 い 上 方 資料

に 較 べ て 際 立 っ た 数 値 を示 して い る。 先 ほ ど中世 か ら近 世 初 期 に つ い て は 関 係 節 化 の 制 約 と有

生 性 の 制 約 とは 独 立 事 象 だ と述 べ た が 、 この 『唐 詩 選 国 字 解 』 の 調 査 を 見 る と、 この 江 戸 語 で
の 関 係 節 主名 詞 の 制 限 の 弛 緩 が 、 他 方 の 無 生物 主 語 の 「
て い る 」 の 例 の 増加 と相 関 しない とは

言 い 切 れ な い よ うに も思 わ れ る。 これ に 関連 して、 坪井(1976)で は 、 「て い る」 「
て あ る」 の

主 語 の 有 生性 制 約 に っ い て 、 江 戸 語 と上 方語 とで は大 き な傾 向 の違 い を示 し、 江 戸 語 で は 時 代

を 降 るに 従 っ て 無 生 物 主 語 を と る例 が増 え て い くの に 対 して 、 上 方語 の 「て い る」 は 近 世 を通

じて 有 生 物 主 語 を保 ち続 け た こ とが報 告 され て い る。 こ こか らす れ ば 『唐 詩 選 国 字 解 』 の 結 果

は 東 西 差 の端 的 な 現 れ とい うこ と もで き る のだ が 、 も し、 江戸 語 にお い て 関係 節 化 制 約 と有 生

性 制約 の 弛緩 が 歩 を 同 じく して い る とす れ ば、 そ の 相 関 の 可能 性 を振 り払 うこ とは で き な くな

り、 さ らな る理 論 的 な整 備 が 必 要 に な っ て く るだ ろ う。 大 局的 に 見れ ば 関係 節 化 の 制 約 が 弛 緩

して い く とい う方 向性 は確 か で あ ろ うが、 当面 の 問題 と して 、近 世 前 期 江 戸語 に お け る関係 節

主名 詞 の制 約 が どの よ うに推 移 して い くか は今 後 の研 究 に待 た ざ る を得 な い。

福 嶋(2011)が 「
て い る」「て あ る」をア スペ ク ト形 式 とみ なす 拠 り どこ ろ と 目 され る 山 下(1990,
1996)は 、 「て い る」 「て あ る」 につ いて 独 創 的 な観 点 か ら議 論 され た も の で あ り、 関係 節 や 複

文 の研 究 に対 して新 た な視 点 を提 供 す る もの で あ る こ とに違 い は な い が 、従 属 節 で の 振 る舞 い

を そ の ま ま主 節 に適 用 す る 点 に 問題 が あ る こ とは これ ま で述 べ て き た とお りで あ る。 関係 節 で

のふ る ま い を 「て い る」 成 立 の根 拠 とす る以 前 に 、 不確 定要 素 が あ ま りに 多 い 古典 日本 語 の 関

係 節 や 複 文 構 造 につ い て の厳 密 な定 式 化 が 求 め られ て い る の は確 か で あ ろ う。

6.お わ りに

以 上 、本 稿 で は 福 嶋(2011)の 批判への回答をかねて、「
て ゐ た り」 か ら 「
て い る 」の 変 化 に

焦 点 を 当 て て論 じて き 彪 「
近 代 語 」の形 式 で は な い とい う根 拠 を も っ て 、『今 昔 物 語 集 』の 「

ゐ た り」 形 式 を現 代 語 に 通 じる 「て い る」 とは切 り離 して扱 うべ き だ と主 張 す るな らば 、 そ れ

は 中 古 と中世 の言 語 変 化 の 断 絶 を意 味す る。確 か に、 「た り」 「
つ 」 「ぬ」 を 中 心 とす る古 代 語 の

ア スペ ク ト体 系 と 「て い る」や 新参 の 「て しま う」な どを含 む15世 紀 以 降 の 体 系 との 隔 た りは

大 き い か も しれ な い 。 しか し、 そ の 大 き な推 移 の 中で 「て ゐ た り」 か ら 「て い る」 とい うよ う
に 形 式 を 変 え な が ら も、「Vテ イ ル 」は 動詞 の アス ペ ク ト的 な側 面 を表 す 言 語 形 式 と して 中世 以

前 か らの 意 味 を継 承 して きて い るの で あ る。「
近 代 語 」の 境 界 を 定 め る こ とは 合理 的 で 意 味 が あ

19K㏄nIm&Comrie(1977)で は 「
間」 「
程 」 の よ うな 動 詞 の 項 とな らな い 抽 象 的 な 名 詞 句 を 主 名 飼 とす る も の は

定 義 上 、 関 係 節 に 含 ま れ ず 、accessibilityhierarChyで は 対 象 と な らな い(K㏄ ㎜&Co面e1977:63-64)。

一104一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る 」 の 成 立 につ い て

る こ とか も しれ な い が 、 ア ス ペ ク ト体 系 の推 移 を記 述す る立 場 か らはそ れ ほ ど重 要 な問 題 で は

な い よ うに思 わ れ る。日本 語 は1300年 以 上 の歴 史 を辿 る こ とが で き る貴 重 な言 語 な ので あ って 、

形 態 変化 な ど も柔 軟 に取 り込 む よ うな形 で記 述 ・分析 を進 め た方 が益 す る も の も多 い の で は な

い だ ろ うカ㌔

福 嶋(2011)へ の 回 答 を中 心 とす る本 稿 で は あ るが 、議 論 を通 して 、本 動 詞 とア スペ ク ト形
式 の相 関や 、現 在 の 状 態 を表 す 「た 」、連 体 修飾 節 の 問 題 な ど、そ の周 辺 に 多 くの 問題 が横 た わ

っ て い る こ とに気 づ く こ とが で きた。 それ らにつ い て の 現 段階 で の考 え 、 ま た今 後 の研 究へ の

展 望 は で き る限 り記 して きた つ も りで あ る。 論 じ残 した 問題 は少 な くな い が 、今 後 は 精密 な調

査 分析 を 重ね て議 論 を深 めて い きた い と思 う。

参 考 文献

Andrew$A.D.(2007)Relativeclauses.lnT、Shopen(ed.).LangzaageT)epologソandSyntaeticDescrip-

tion,voL2:CompiexConsmetions,2ndedition,206■236.Cambridge:CambridgeUniversity

Press.

Bybee,J.,RPerkins,&W.Pagliuca(1994)7h短Evolut'onof(ヲ 猶㎜4耽'Tense,AspectandMndiりyin

theLanguqgeofthervorld.Chicago:universityofChicagoPress.

Hopper,P.J.&E。Traugott(2003)Gramnzaticdeation,2ndeditiotuCambridge:CambridgeUniver-

sityPress.

Keenan,E.L.&B.Comrie(1977)Nounphraseaccessibilityanduniversalgrammar.LingUiSn'cln-

gutzソ8(1):63-99.

安 平 鑛 ・福 嶋 健 伸(2005)「 中 世 末 期 日本 語 と現 代 韓 国 語 の テ ン ス ・ア ス ペ ク ト体 系:存 在型 ア

ス ペ ク ト形 式 の 文 法 化 の 度 合 い 」 『日本 語 の 研 究 』1(3):139-154.

大 堀 壽 夫(2002)『 認 知 言 語 学 』 東 京:東 京 大 学 出 版 会.

金 水 敏(1982)「 人 を 主 語 とす る 存 在 表 現:天 草 版 平 家 物 語 を 中 心 に 」 『国 語 と国 文 学 』59(12):

58ヨ73.

金 水 敏(1997)「 現在 の 存在 を 表 す 「
い た 」 に つ い て:国 語 史 資 料 と方 言 か ら 」 『日本 語 文 法 体

系 と方 法 』,245明262.東 京:ひ つ じ書 房.

金 水 敏(2006)『 日本 語 存 在 表 現 の 歴 史 』 東 京:ひ つ じ書 房.

金 田 一 春 彦(1950)「 国 語 動 詞 の 一 分 類 」 『言 語 研 究 』15:48-63.(金 田 一1976に 再 録)

金 田一 春 彦 【
編 】(1976)『 日本 語 動 詞 の ア ス ペ ク ト』 東 京:む ぎ 書 房.

工 藤 真 由 美(2002)「 文 法 化 と ア ス ペ ク ト ・テ ン ス 」 『シ リー ズ 言 語 科 学5日 本 語 学 と言 語 教

育 』,71-92.東 京:東 京 大 学 出 版 会.

此 島 正 年(1973)『 国 語 助 動 詞 の 研 究:体 系 と歴 史 』 東 京:桜 楓 社」

鈴 木 泰(1999)『 古 代 日本 語 動 詞 の テ ン ス ・ア ス ペ ク ト:源 氏 物 語 の 分 析 』 改 訂 版 東 京:ひ っ

じ書 房.(初 版1992)

坪 井 美 樹(1976)「 近 世 の テ イ ル と テ ア ル 」 『佐 伯 梅 友 博 士 喜 寿 記 念 国 語 学 論 文 集 』,537L60.東

一105一
野田 高広

京:表 現 祉

野 田高 広(2010)「 『今 昔 物 語 集 』 の ア スペ ク ト形 式Vテ イ ル ・テ アル に つ い て 」 『日本 語 の

研 究 』6(1):1--14.

野 田高 広(2011)「 現 代 日本語 の 習慣 相 と一 時性 」 『東 京 大 学 言 語 学 論 集 』31:197-212.

野 村剛 史(1994)「 上 代 語 の リ ・タ リにつ いて 」 『国語 国文 』63(1):28「51.

野 村剛 史(2003)「 存 在 の様 態:シ テイ ル につ い て 」 『国 語 国 文 』72(8):1-・20.

野 村 剛 史(2007)「 書 評:金 水 敏 著 『日本 語 存 在 表 現 の 歴 史 』 」 『日本 語 の研 究 』3(3):52-58.

福 嶋 健 伸(2000)「 中世 末 期 日本 語 の∼ テ イ ル ・∼ テ アル につ い て:動 作 継 続 を表 して い る場 台

を 中心 に」 『筑 波 日本 語 研 究 』5:121-134.

福 嶋 健 伸(2002)「 中 世 末期 日本語 の ∼ タ につ い て:終 止 法 で 状 態 を 表 して い る場 合 を 中心 に」

『国語 国 文 』71(8):3349.
福 嶋 健 伸(2004)「 中世 末 期 日本 語 の ∼ テ イル ・∼ テ アル と動 詞 基 本形 」 『国語 と国 文 学 』81(2):

47-59.

福 嶋 健 伸(2011)「 ∼ テ イ ル の成 立 とそ の 発 達 」 青 木 博 史[編】『日本 語 文 法 の歴 史 と変 化 』,

119-149.東 京:く ろ しお 出版.

柳 田征 司(1991)『 室 町 時代 語 資 料 に よ る基本 語 詞 の研 究 』 東 京:武 蔵 野 書 院.

山 口尭 二(2003)『 助 動 詞 史 を探 る』 東 京:和 泉 書 院.

山 下和 弘(1ggo)「 「
テ+イ ル 」 と 「
テ+ア ル 」 の連 体 用 法 」 『筑 紫 語 学 研 究』1:24摂36.

山 下和 弘(1996)「 中世 以 後 のテ イ ル とテ アル 」 『国語 国文 』65(7):39r54.

鷲 尾 龍 一(2002)「 上 代 日本 語 にお け る助 動 詞選 択 の 問題:西 欧 諸語 との 比較 か ら見 え て く る

も の 」 『日本 語 文法 』2:109-131.

渡 辺淳 也(2009)「 フ ラ ン ス語 お よび ロマ ンス 諸 語 に お け る単純 未 来形 の 綜合 化 ・文 法 化 につ

い て 」 『文 藝 言 語研 究(言 語篇)』55:123-144.

一106一
ア ス ペ ク ト形 式 「て い る」 の 成 立 につ い て

The Establishment of the Japanese Aspect Marker -te iru

Takahiro Noda

Keywords: aspect, -te iru, grammaticalization, fusion, reanalysis, relativization, Old Japanese

Abstract
This articleis primarilyintendedto respondto and raisesome questionsabout Fukushima(2011),a
critiqueof Noda's (2010) analysisof the aspectualforms-te iru and -te aru as they were used in Konjaku
Monogatarishu. After dealingwith Fukushima'sobjectionto my use of the term V-teiru,I will outline
how -te iru establisheditself as an aspectualform, payingspecial attentionto some issuesrelated to
grammaticalization
and relativization. I will argue that -te wi-tari,which was used mainlyduringthe
Heianperiod,can reasonablybe viewedas an incipientaspectualform that graduallyevolved,through
semanticbleaching,into -te iru in modemJapanesewithout,however,losingits identityas a construction
servingto expressstatesof affairsobtainingat the timeof utterance.

(のだ ・たかひろ 国文学研 究資料館非 常勤職 員;成蹊 大学非常勤講師)

一107一

You might also like