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<報告>
『音楽分析の歴史―ムシカ・ポエティカからシェンカー分析へ』の出版
Publication of “The History of Musical Analysis – from Musica Poetica
to Schenkerian Analysis”
久保田 慶一
KUBOTA Keiichi

 本書は、ヨーロッパの17世紀から20世紀の30年代の音楽分析の歴史を概観している。音楽や音楽作品がどのよ
うに聴かれ、またどのように考察されてきたのかを、 4人の音楽理論家を 「視座」として論じた。4人の理論家とは、
ジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)
、ハインリヒ・クリストフ・コッホ(1749-1816)、フーゴー・リー
マン(1849-1919)
、ハインリヒ・シェンカー(1868-1935)の4人である。
 音楽分析の歴史において、理論家は同じような問題や課題に出会い、その時代の科学や思想などの影響を受け
て、それぞれに回答を見出してきた。そしてこの回答がまた次の世代の問題や課題となり、学問史としての音楽
分析の歴史が構成されてきたと言えるだろう。

キーワード:音楽分析、音楽理論、音楽理論史、学問史

1.音楽分析とは
 分析 Analysis とは、
「ある事象を分解して,それを成立させている成分・要素・側面を明らかにすること」(『広
辞苑』)と、一般的に定義されている。従って音楽分析とは、「音楽を分解して、それを成立させている成分・要
素・側面を明らかにすること」であると言える。音楽分析が対象とする「音楽」という事象は必ずしも音楽作品
だけではない。演奏や演奏を聴いたときの心的経験、作品を生み出した創作者の創作プロセス―これは主題や動
機の操作という音楽技法的プロセスだけでなく、創作を支え促す心的プロセスでもある―も、対象となる。要す
るに、音楽作品を中心とした創作・演奏・聴取(受容)という3つの側面やこれらの相互関係を、音楽分析は明
らかにしようとするわけである。こうして音楽分析は何らかの視点から作品を「分解」するわけであるが、分解
するだけでは音楽分析にはならない。分解して得られた「成分・要素・側面」を再び「統合 Synthesis」して、
音楽事象の個別性や普遍性を「説明 Explanation」しなくてはならないからだ。
 音楽作品はそれが成立した時代、あるいはそれ以前の理論で分析すべきであるという、歴史主義的な主張も可
能であろう。また音楽理論のそれぞれの体系は音楽分析に理論的正当性を与えるが、音楽作品の分析可能性ある
いはそれによって何らかの意味を発見することで、理論的妥当性を獲得することも否定できない。何か意味ある
ものを発見できない音楽分析は理論的妥当性をもっておらず、それを支える音楽理論は理論的な正当性をもたな
いからである。

2.音楽分析史を問う意味
 音楽分析と音楽理論の関係は相互依存的である。すなわち、音楽分析はなんらかの理論に立脚して行われ、他
方で、音楽理論は自ら妥当性を証明するために音楽分析を必要とする。少なくとも17世紀から20世紀の30年代と
いう時代に限定すれば、両者に共通していたのは、「音楽作品とは何か」という問いかけと言えるかもしれない。
音楽理論史や音楽分析の歴史的考察というのは、なぜ人々が音楽作品を完結した所産としてみるようになったの
か、そしていかにしてそれが―理論的に―可能になったのかという問いかけに答える営みと言えるだろう。

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 音楽作品を説明する理論を問うのが、音楽分析論であるならば、音楽分析の歴史を問うことも、音楽分析の対
象である。従って音楽分析論の歴史も、それ自体がひとつの音楽分析論になると言えるかもしれない。ある音楽
分析がなぜ、このような形で、なぜこのような時代に、誕生したのかを、音楽分析論的に説明することが、音楽
分析論の歴史となるであろう。
 音楽分析の歴史には、同じような問いが何度も反復して現れているのが、理解できるであろう。音楽と感情、
音楽と言語、音楽作品と有機体、音楽と時間などの問題が、その時代の思想や学問や科学との関連において、幾
度となく論じられているからである。こうなると、音楽分析の歴史的背景を知ることなくして、それぞれの音楽
分析の方法を理解することが難しいと言っていいのかもしれない。音楽分析の歴史を問うことは、現代の我々の
音楽の享受の仕方を相対化するだけでなく、また過去の分析を我々自身が再評価して利用してみることも、可能
にしてくれるであろう。

3.音楽分析史の範囲
 ヨーロッパにおける学問知は、中世・ルネサンスの時期、17/18世紀の古典主義の時期(科学革命と啓蒙主義
の台頭)そして近代という、3つに区分されることがある。さらに19世紀末から20世紀初頭に大きな転換期を迎
えたことが知られている。このような3つの区分に対応するかのように、音楽理論史にも、次のような3つの伝
統を指摘することができる。
 第1の伝統は古代ギリシャからルネサンスまでで、音程や音階の構造についての思弁的な考察が行われた。こ
の時代にとって、音楽は自然科学そのものであった。第2の伝統は17世紀と18世紀の期間で、言語に関連した修
辞学、文法、構文法、修辞学の各メタファーを援用しながら、音楽の構成(旋律、和声、統語)を成文化するこ
とが試みられた。その分、音楽理論は実践的な性格を強くした。音楽理論、とりわけ和声理論は、自然科学に支
えられた音楽実践論であることが求められた。第3の伝統は18世紀末から現代に至る。理論の対象は個々の音楽
作品に向かい、さらに聴者の経験に基づく解釈へと向かうことになった。ニコラス・クック(1950- )の言葉を
借りれば、音楽分析は現象をそのまま再現することではなく、「直接に経験した、それゆえに音楽の自明な本質
を補完すべきなのである」として、音楽分析は演奏に匹敵する創造的な行為であると自らを主張したのである。
 創作史との関連で音楽分析の歴史を構想することも可能である。ハンス・ハインリヒ・エッゲブレヒト(1919-
99)は、未だに書かれていない音楽分析史について、次のように述べていた。

 音楽分析の歴史はまだ執筆されていないが、もし執筆するとなると、音楽書が音楽作品について説明すること
にどのような役割が担わされていたのかという視点で書けばいいであろう。その場合、音楽分析の歴史は、次の
ような流れとなるであろう。キーワードだけを挙げてみるならば、音楽作品は規範、見本、批評の対象、作曲法
の対象、学問的分析の対象という順で、説明されてきたのだ。この流れは、作品の個別化と密接に関連している。
すなわち、作品概念の成立と歴史、さらに類型的(無名性、規範、様式)なものから個性的で意味をもった構造
へという道のりである。このような流れは事実として存在しており、次のような問いにも答えることができるの
である。すなわち、どうして音楽分析が登場したのが比較的遅い時代だったのか、そして古い時代の音楽を分
析する場合には、どのような視点が必要なのかについて、答えてくれるのである。(Eggebrecht, Hans Heinrich
1979 Zur Methode der musikalischen Analyse (1972), in: Sinn und Gehalt: Aufsätze zur musikalischen Analyse,
Wilhelmshaven, pp.7-42, pp.38f.)

 ここで指摘された流れは、『音楽分析の歴史―ムシカ・ポエティカからシェンカー分析へ』(春秋社、2020年)
でもほぼ踏襲されることになる。第1~4章では作品は規範や見本として分析され、第5章では批評の対象とな

国立音楽大学研究紀要55
「音楽分析の歴史―ムシカ・ポエティカからシェンカー分析へ」の出版 279

り、第6~8章では作曲法の教授のための分析が行われた。そして第9章では様式の検証のための分析が行われ
ることになる。
 「音楽分析の歴史」が17世紀にはじまるのは、この時期にはじめて特定の音楽作品―オルランド・ディ・ラッ
ソー(1532-94)のモテット―を分析したヨアヒム・ブルマイスター(1564-1629)の著書『ムシカ・ポエティカ』
(1606年)が出版されたからである。「分析」という言葉が音楽書に登場したのも、これが最初である。
 20世紀の30年代までとしたのは、この時期に登場したさまざまな前衛的試みによって、「音楽作品」という伝
統的概念が崩壊し、17世紀以来の音楽分析の伝統も同時に断絶を強いられたからである。17世紀から20世紀の30
年代までの間に、言語や弁論と音楽の類似性から音楽作品を観察した音楽分析から、音楽作品内の規則性や法則
性へと視点が移り、さらに音楽の力動性や聴者の聴的経験へと、音楽分析の対象は変化していった。言語や弁論
との類似では、音楽の聴取やそれによる効用が論じられたことを考えると、音楽分析の歴史は音楽の聴き手へと
再び、観察の方向を向けなおしたと言えるのかもしれない。
 人は音楽をどのように聴いてきたかという、音楽分析の歴史のテーマは、人と音楽とのつながりへの理解へと
向かい、畢竟、音楽の知、ムシカ・スキエンティアそのものになるのであろう。

目次

はじめに
第1章:言語としての音楽
 第1節:言語と音楽
 第2節:ブルマイスターの『ムシカ・ポエティカ』
 第3節:ラッソーのモテットの分析
 第4節:20世紀の音楽解釈学
第2章:文法としての音楽
 第1節:文法と音楽
 第2節:マッテゾンの旋律分析
 第3節:リーペルの旋律・形式分析
 第4節:コッホの旋律分析
 第5節:旋律論の時代
第3章:弁論としての音楽
 第1節:弁論と音楽
 第2節:マッテゾンによるマルチェッロのアリアの分析
 第3節:フォルケルの分析
 第4節:コッホの修辞学的形式
 第5節:ジャンル形式論への移行
 第6節:後世への影響と評価
第4章:論理としての音楽
 第1節:論理と音楽
 第2節:ラモーの和声理論の成立以前
 第3節:ラモーの和声理論

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 第4節:ラモー受容
 第5節:現代の和音記号の誕生
 第6節:リーマンの和声分析
 第7節:ヒンデミットの和声理論
 第8節:ベートーヴェンの『ピアノソナタ』(作品53)の分析
 第9節:ネオリーマン理論
第5章:精神としての音楽
 第1節:18世紀の音楽批評と音楽分析
 第2節:ホフマンによるベートーヴェンの『交響曲第5番』の評論
 第3節:ホフマンの音楽分析
 第4節:シューマンによるベルリオーズの『幻想交響曲』の分析
 第5節:音楽分析史における音楽批評
第6章:時間としての音楽
 第1節:音楽の時間論
 第2節:リュトモポエイア
 第3節:モミニ
 第4節:レイシャ
 第5節:ハウプトマンの韻律論
 第6節:リーマンの韻律分析
 第7節:リーマン以降のリズム論
第7章:有機体としての音楽
 第1節:有機体と音楽
 第2節:マルクスの形式生成論
 第3節:シェーンベルクによる自作品の分析
 第4節:第2次大戦後の展開
第8章:表象としての音楽
 第1節:音楽と表象
 第2節:ゲシュタルト心理学
 第3節:エネルギー主義
 第4節:ハルムの音楽観
 第5節:クルトの音楽観
 第6節:その他のエネルギー主義者
 第7節:シェンカーの音楽観
 第8節:J.S. バッハの前奏曲を分析する
第9章:様式としての音楽
 第1節:様式と音楽
 第2節:還元法
 第3節:有機体としての様式
 第4節:パレストリーナ様式の生成
 第5節:様式分析論

国立音楽大学研究紀要55
「音楽分析の歴史―ムシカ・ポエティカからシェンカー分析へ」の出版 281

 第6節:トポス分析
おわりに
今後の学びのために(日本語参考文献リスト)

2021年3月

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