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人類は巨人という圧倒的な力をもった種族に殺戮され、巨人から身を守る為に大きな壁を築い た。 しかし壁は破られ巨人に母を殺され、沢山の人が死んだ。 それからエレンは力を手に入れた。巨人を削ぎ落とす力を、巨人に成る力を。 仲間も出来た…大切な人も出来た。 それからも沢山の人が死んでやっと全ての巨人を殲滅する事が出来た。 それは人類にとっての悲願であり、夢だった。 でもエレンはこの平和になった世界にいてはいけない存在になってしまった。皆巨人を見て恐 怖していたが滅びた後はエレンを見ると怯えるようになった。その皆の態度が自分を否定して いるような気がして悲しくてやるせなかった。 たくさんの仲間がエレンを守ろうとしてくれたが、エレンの処遇は悪くなるばかりで良くなる 事はなかった。だからエレンは決心した、この残酷な美しい世界に見切りをつける決心を。

脳裏に大切な人、リヴァイの顔が過る。 エレンとリヴァイは上司と部下の関係だった。それ以上の何かもそれ以下の何かも存在しなか った。 でもエレンは一方的(この表現がしっくりくる)にリヴァイに憧れや尊敬以上の気持ちを抱いて いた。

巨人最終掃討作戦の日、それは奇しくも初代リヴァイ班員の命日だった。 グンタ、エルド、オルオ、ペトラが亡くなった後も何度か精鋭を揃えリヴァイ班を結成したが 最終的には誰ひとり生き残る事はなかった。結局この数年はリヴァイとエレンふたりだけで行 動していた。 そんな班員達の墓を古城近くに建てた。といっても遺品や遺骨は全て家族に渡しているので土 の中には何もない。ただ十字の木がたてられそこに調査兵団の緑の外套を掛けて花が添えてあ るだけの、本当に形だけの墓だった。 作戦前日エレンが新しい花を持っていくとそこにはリヴァイがいた。偶に花を手向けにきてい るのは知ってはいたが実際に目にするのは初めてだった。 そこからポツポツと他愛ない話をしていく。ただエレンがひとりで喋っていただけなのだが、 そんな会話の中でエレンは3つリヴァイと約束した。ひとつは翌日の作戦でお互い必ず生き残 るというもの、これは果たす事が出来た。

しかし残りの2つは果たす事が出来なさそうだ。

後ろ髪を引かれる様に古城を振り返る。もうここにはリヴァイはいない、既に本部に移ってい た。それでもこの古城には数え切れない色々な思い出が詰まっていたから、最後にここを目に 焼き付けておきたかった。 暫くしてエレンはやっと馬を走らせた。ひとりで朝も夜もなく走り続け壁外に出ても変わらず 走り続けた。

外の世界はとても広かった。先なんてとてもじゃないが見えなくて、進んでも進んでも道は広 がっていた。

ある日川を見つけた。小さい頃外の世界を興奮気味に語るアルミンのいう通りに川に沿って進 んだ。 何日走ったのか、空気が変わる。風が強くなり、何処と無く肌に纏わりつく。草や水の臭いが 少し鼻を刺激する臭いに変わる。風以外の何かが大きな音を立てている。

「…これが、海…」 どれだけの時間そうしていたのか、ボーッとただ海を眺めるとやっと馬から降り砂地に足を踏 み入れる。 細かく柔らかい砂に足を取られながらなんとか進みやっと水の近くに立つ。 ブーツのまま波打ち際に立ち、波が押し寄せては引いていく時に体毎持っていかれそうな不思 議な感覚に陥る。 ふと水を手ですくい口に含むとあまりの塩気にひとりで噎せて咳き込む。涙が滲む程喘いでい ると、いつの間にか馬が近くまで来ており顔を寄せてきた。 滲んでいた涙はいつの間にか頬を伝いまるで決壊したダムの様に止まる事を知らない。ひとり

わーわー声をあげて泣いて、偶に慰めるように馬が鳴いた。 夜になってやっととまり痛む頭を無視して馬から鞍や無口や綱を取ってやる。今までずっと一 緒だった馬にひとつ礼を言うと尻を叩いて走るのを促した。最初はゆっくり歩いていたがその 内風を纏うように駆けていった。 本当にひとりになったエレンは暗い海を眺めた。 昼間とは姿をガラリと変え神秘的で波はまるでおいでとエレンの事を呼んでいるようだった。

エレンは誘われるようにしてゆっくりと海に入っていく。 そのうち海面が膝上を超え、ブーツの中に水が入ってきたが構うことなく進む。 腰まで浸かった時、誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返るがただ暗闇と静寂が満ちて いるだけだった。 「気のせいか…でも、…それでも」 最後にあの人に名前を呼ばれた気がした、エレンの幻聴だとしてもそれで満足だった。 「兵長、」 「…、約束守れなくて…御免なさい」 エレンの言葉は誰にも届くことはなく波音に消され、自由の翼は海の底深くへと沈んでいった。

緩やかにしかし確実に時が流れた、遥か未来。エレンはまたこの世に生を受けた、以前の生の 記憶を伴って。

人は輪廻転生するという。色んな宗教の教えになっているようだが簡単に言えば死んであの世 に還った霊魂が、この世に何度も生まれ変わってくることらしい。

「アルミンはやっぱりものしりだ」 「そんなことないよ。でもまたエレンにあえてよかった」

家の近くの幼稚園で嘗ての幼馴染みと再会したのもその輪廻転生によるものなのか、よく分か らないがただただエレンは嬉しかった。アルミンにも所謂前世の記憶がありふたりが顔を合わ せた瞬間号泣して先生を困らせたのはついこの間の話だ。 それからそれが当たり前のようにふたりでよく遊んだ、前世でもそうだったように。 幼稚園にミカサはいなかった。まだ幼い自分達に探す手立てはなく時間だけが過ぎた。 小学校へ入学する時、ミカサに会えた。 ミカサはエレンとアルミンに気付くと泣きながら飛び付いてきた。どうやらミカサにも記憶が あるらしい、ミカサの温もりを感じながらそんな事を考えたがすぐに再会の喜びの感情に掻き 消されエレンも少し涙した。 それからはやはり三人で過ごすようになった。生まれ変わってもミカサに勝てないのは悔しか った、アルミンの知識の深さに感心した、どうしようもなく平和な日常がただ愛しかった。

中学生になるとまた懐かしい顔触れと出会えた。 驚く事に同級生の半数近くが前世で同期であった104期生だった。 皆が皆前世の記憶がある訳ではなかったが取り分け仲の良かったと言うべきか、ただ縁が濃か ったと言うべきか、そんな仲間には記憶があった。 サシャはやはり食い気が凄かった、食べ物に困らない時代で彼女が困っているのは小遣いが食 欲に間に合わない事だった。 マルコは変わらず優しい心を持っていた、かと思えば人を纏める事が出来る優秀な人間だった。 クリスタは昔と変わらない女神の様な微笑みを湛えて、それでも強く自分の意志を持っていた。 コニーも変わらず人の意見に流されやすいが、人の弱さや優しさに敏感で手を差し伸べる事が 出来た。 ユミルは人と一歩距離を置いていたが、偶にその線を自ら飛び越え自分の本心をぶつけに来て くれた。 ジャンは相変わらずエレンに対してのみ喧嘩腰だった、でも八つ当たりの言葉の中にも真っ直 ぐな言葉や正論がしっかりとあった。 アニ、ライナー、ベルトルトはいなかった。前世では遺恨を残していたがまた会って話がした かったのにと残念に思った。 それからは自然そいつらと一緒に何かする事が増えた。 サ シャとコニーが馬鹿やって同じように転生したキース元教官に惨い罰を与えられたり、クリ スタの隠し撮り写真を売り捌いていた写真部にユミル筆頭で皆で乗り 込んだり、同じチームで 試合していた筈のジャンと喧嘩になって仲間なのに互いからボールを奪いあったり、それを見 ていたミカサにため息をつかれたり、深夜 の学校のプールに忍びこもうとしてマルコやアルミ

ンが入念に計画を立てたのに結局皆で騒いだせいで見付かって翌日罰としてプール掃除させら れたり。 とりとめもないような日々が過ぎ、季節は巡ってエレン達は高校生になった。私立の中高一貫 校だったので誰ひとり他校にいくことなくまた皆で同じ学校に通うことになった。

「そういえばもう調査兵団に入ってる頃だよな」 誰からともなくその話は始まった。 エレンがピクリと反応したのに気付くものはおらずそのまま会話は進んでいく。 「今思えば皆よくあの調査兵団に入ったよな」 「あの時はただそうするしかないって思ったから」 「サシャとコニーは泣いてたよな」 「泣いてねぇよ!あれは、その、鼻水が目から出ただけだ!」 「そうです!鼻水です!」 「それならクリスタも泣いてたよ」 「ユミルはなんで言うの、もう!」 「ミカサは平然としてたよね」 「エレンが調査兵団に入ると言った時から覚悟は出来ていた」

「そろそろ団長達にも会うのかな?」

この世界での人との出会い、特に前世で関わった人物との出会いは星の巡り合わせかそれとも 宿命か、前世で出会った齢近くにまたその人と出会う事が多かった。 そして別れは必ず訪れるものではなかった。その証拠にエレンやミカサの両親は元気にしてい る、しかしその一方でアルミンの祖父は数年前に他界していた。 アニ達の事を踏まえても前世で出会った人で今世会わない人もいれば、前世で死んだ齢よりも 長く生きる人もいるし、逆もいる。 運命的ではあるが必然ではなかった。

「団長か。前は見ただけで話した事はないからな」 「俺も少し話した位だったぞ?」 「ミケさんやハンジさんとは結構話したんですけど」 「ハンジさんか…」 「…強烈だったよね」 「強烈といえばリヴァイ兵長だろ?」 ガタンっ 何事だと思い皆音の発生源を見れば、ミカサが椅子を倒し立ち上がっていた。 「あのチビの名前を出さないで」 「っだから、兵長のことそんな風に言うのやめろって、言ってるだろ」 エレンは絞り出すように言葉を口にした。昔と変わらないミカサのリヴァイへの蔑称につい昔 の癖で諫める口調になってしまう。 皆ミカサの剣幕に圧倒され何かを感じとったのか話題は近々控えているテストの話へと変わり エレンは内心ほっと息をついた。

皆と出会ってから暗黙の了解というか、自然とそうなっている決まり事があった。 誰も彼も自分の、そして他人の最期について触れる事や詮索を一切しなかった。 あの酷い世界を生きた記憶を持っているだけでも精神的に参る時がある。それはふとした瞬間 に起こるフラッシュバックだったり、毎日の様に見る夢が以前の記憶の切れ端であったり。 だからその暗黙の了解はひとつの自己防衛だった。自分が自分でいる為の、そして自分が壊れ てしまわない為の。 だから誰も前世での自分の死に触れなかったし、巨人を殲滅し尽くした世界でひっそり死んだ エレンに言及する者もいなかった。

朝ミカサやアルミンと登校して教室の前で別れ、エレンが教室へ入ると珍しくコニーが既に席 に着いていた。 「おはよ、珍しいなこんなに早く来るなんて」 「はよ。いやー?実はキース先生の課題出てた事忘れててさ」 鈍い鈍いと周りから散々言われているエレンであったが流石にコニーが何を望んでいるのか察 してしまう。 「…見せねーぞ」 「そこをなんとか!」 「後でジャンに見せて貰えばいいだろ…」 「あいつ大会近くて朝練ギリギリまでするからそれから借りると間に合わないんだよ!」 「、ハァ…分かったよ。そのかわりジュースな」 「おう!さんきゅ!」 そう言ってエレンがノートを差し出すとコニーは意気揚々と写し始めた。 「丸写しはやめろよ、バレるから」 「分かってるって……あ!」 「なんだよいきなり大きな声出して…」 「そういえば、昨日学校の帰りにミケさんとハンジさんに会った」 「……は、」 コニーのその言葉に一瞬思考も動作も全て停止する。コニーはそんなエレンに気付く事なくノ ートに目をやりながらペンを動かし、口も動かしながら器用に全ての作業を進めていく。 「ミケさんが臭いで俺だって分かったんだと、あの鼻どうなってんだろうな。ふたり共記憶あ ってさ、周りの人間も前の面子がほぼ揃ってるらしいぞ」 俺達と一緒だよな、コニーはカラカラと笑っているがエレンはそうだなと乾いた笑いしか出な かった。

昼にコニーは皆に同じ話をしていた。 皆は一様に喜んでいてハンジ達の連絡先を聞かなかったコニーを張り倒していたけどエレンは それを聞いてひどく安堵したのだった。

コニーがハンジ達に会ったという駅に近付かない様にしていたが、そこまで気を回す必要はな

いのかもしれないと自嘲した。 ハンジやミケがコニーの連絡先を聞かなかったのは今世では関わるつもりはないという意思の 表れなのだろう。 (それにハンジさんやミケさんが居ても、兵長がいるとは限らないし…) もしかしたら生まれてない可能性もあるしどこか別の遠い場所で記憶もなく育っているかもし れない。それならそれでいいじゃないか、どのみち自分には合わせる顔なんてないのだから。 考えれば考える程胸の空虚感はますます広がり、エレンは無意識に胸を掴み首を傾げる。 「エレンどうかしたの?」 「いや、悪い。少し考え事してた」 これこっちでいいのか?と黒いファイルを振りながらアルミンに問えばそこの棚で大丈夫と返 ってくる。 アルミンから頼まれてた資料室の手伝いの最中に少し思考に耽りすぎた。いかんいかんと頭を 振り手際よく本やファイルを棚に戻していく。 窓からは心地良い風が吹いており、カーテンが靡く。下校中の生徒の喧騒も一緒に舞い込んで 不思議に思う。 「何か煩くないか?」 「そういえば、そうだね……あれ?」 「どうした?」 喧騒の原因を確める為に窓から外を見るアルミンが一点をただ見つめる。 「あの人、って…」 「…アルミン?」 固まるアルミンにいよいよ堪らなくなり名を呼びながらエレンも同じ窓から外を見る。

「…まさか、そんな…」

「…っリヴァイ兵長」 エレン達の視線の先には校門で生徒に声をかけるスーツ姿のリヴァイがいた。 眼下に確かにいるその人の事をそれでも俄には信じられなくてアルミンとふたりで呆然と見つ めた。 リヴァイはある男子生徒に声を掛けたが、声を掛けられた生徒は勢いよく頭を横に降ると慌て

てその場から去った。お世辞にも人相がいいとは言えないリヴァイなのできっと怯えられてい るのだろう。 (不機嫌そうな顔、変わらない…) 遠巻きに見ている生徒がざわついている中、彼に近寄るひとりの女生徒がいた。その女生徒の 後ろ姿に既視感を覚えながらもリヴァイと二、三やり取りをしたあとふたりして校舎に向かっ て歩を進めた。 「クリスタか?…………っ!アルミン、悪い!俺帰る!!」 「ちょっと、エレン!」 アルミンが何度も自分の名前を叫んでいたようだったが今はそれに応える時間すら惜しかった。 これはエレンの憶測でしかないがもしかしたらリヴァイは自分に会いに来たのでは、そう考え が至ると自然体は動き出す。

リヴァイから逃げる為に。

下駄箱は校門から近いからきっともう間に合わないしそこで張られでもしたらアウトだ。更衣 室に置いてあるボロい靴で裏門から出れば会わずに済むだろう。 走りながら逃げる算段を立てる。

それにしてもハンジやミケからコニーの事を聞いたに違いないが 、でもなんであの人がこんな所にいるのか。

(…兵長、俺は)

「生まれ変わっても、貴方にだけは…会いたくなかったっ!」

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