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目標インフレ率は 4%に引き上げられるべきか?1

Daniel Leigh 著

IMF のチーフエコノミストである O.ブランシャール(Olivier Blanchard)は、つい


最近発表した共著論文の中で、中央銀行は、深刻な不況期において名目金利引き下
げのヨリ大きな余地を確保するためにも、平時における目標インフレ率を 4%に設定
すべきではないだろうかとの提言を行った。本論説は、ヨリ高めの目標インフレ率
を設定していれば、日本経済が“失われた 10 年”
(“Lost Decade”)において喪失し
た産出量の規模は実際の半分で済んでいたであろうことを示す研究成果を紹介する
ことを通じて、ブランシャールの提言に支持を与えることになるであろう。

中央銀行家たちの世界における通念(conventional wisdom)では、金融政策の第一義的な
目標は低インフレ―例えば 1~2%程度のインフレ率―の達成に置かれるべきであり、その
他のマクロ経済的な諸目標の達成には低インフレの達成に次いだ二次的な重要性を与える
べきである、と見なされている。1996 年に世界中の中央銀行家たちを一堂に集めて開催さ
れたジャクソンホールカンファレンスでは、参加者たちの間において「金融政策の適切な
長期的な目標は、低位のあるいはゼロ%のインフレ率の達成にある、との同意が得られた」
(Kahn 1996)。実際のインフレ率の計測におけるバイアスの典型的な推計を勘案すると、実
際に観察されるインフレ率で見て 1~2%のインフレ率を達成することがほぼゼロ%のイン
フレ率の達成に対応することになる(Wynn and Rodriguez-Palenzuela 2002)。

しかしながら、今般の世界金融危機の余波を受ける中で、低インフレ率の達成を目標に掲
げている国の中には、景気の落ち込みを防ぐために名目金利を引き下げる余地を失ってし
まったような国もあった。いくつかのケースでは、望ましい名目金利はゼロ%以下の水準2で
あるようなケースもあった。例えば、アメリカ経済を対象として Rudebusch (2009)がテイ
ラールールに基づいて推計したところによると、2009 年中における FF 金利(フェデラル
ファンド金利)はー4%―ゼロ金利の制約のずっと下―である必要があった、ということで
ある。そこで以下のような質問が投げかけられることになる。もし中央銀行が(これまで
実際に目標としていたよりも)ヨリ高めのインフレ率の達成を目標としていれば、中央銀

1 (VOX, March 9, 2010)


Daniel Leigh, “A 4% inflation target?”
;http://www.voxeu.org/index.php?q=node/4734
2 訳注;つまりはマイナスの名目金利

1
行は景気の落ち込みに対処するための万能薬を手にすることができていたであろうか?、
と。

「金利引き下げ余地」
( “room to cut”
cut”)の価値(あるいは便益)に関する最新
の研究

IMF のチーフエコノミストである O.ブランシャールとその同僚らは、つい最近このサイト


において、政策当局はヨリ高めのインフレ率―具体的には、例えば 4%あたり―の達成を目
標とするよう検討してみてはどうだろうかとの提言を行った(Blanchard et al. 2010)。私自
身、以前の論文(Leigh 2009)において、ヨリ高めの目標インフレ率が設定されていたとすれ
ば、日本経済のパフォーマンス―日本経済は、1990 年代中頃に政策金利がゼロ%の下限に
達し、その後「失われた 10 年」
(“Lost Decade”)を経験することになった―は改善されて
いたであろうかという点を検討したことがある。特に、私はその論文において、日本経済
のデータから推計された標準的な DSGE モデルに基づいて反実仮想的なシミュレーション
(counterfactual simulations)を行った。以下の 3 つの発見はその研究から明らかになっ
たことである。

第 1 の発見;1990 年代の初期において日本銀行は大規模な政策の失敗を犯したという広く
受け入れられている見解とは反対に、モデルの推計が示唆するところでは、日本銀行は伝
統的なテイラー型の反応関数―特に、インフレ率の安定化に重きが置かれており、暗黙的
に 1%のインフレ率が目標として設定されている―に従って振舞っていた、ということであ
る。1990 年代初期における日本銀行の金利政策に関しては奇妙なところは何もない。図 1
は実際の政策金利の推移と推計されたテイラー型の反応関数から導かれる政策金利の推移
とを並べて掲げたものであるが、1990 年代初期における実際の政策金利がテイラー型の反
応関数から導かれる政策金利にピッタリと沿うかたちで推移していることが示されている。

2
図 1.日本経済:推計された政策金利(実線)と実際の政策金利(点線)
.日本経済:推計された政策金利(実線)と実際の政策金利(点線)

第 2 の発見;反実仮想的なシミュレーションの結果が示唆するところでは、もし目標イン
フレ率が 4%であったならば、日本銀行は名目金利に対するゼロ金利制約を回避することが
可能となったであろう、ということである。しかしながら、単に名目金利のさらなる引き
下げ余地を有していただけでは産出量(GDP)のパフォーマンスを大きく改善することに
はつながらなかったであろう。産出の安定化に対して(実際よりも)ヨリ重きがおかれな
いようであれば、目標インフレ率を 4%に設定することによって得られたであろう追加的な
名目金利の引き下げ余地は完全には活用されなかったことであろう。モデル内において、
ヨリ高めの目標インフレ率はインフレ期待の上昇につながるが、それに伴う産出の改善は
一時的なものにとどまることになる(図 2)

3
図 2.日本経済:4
.日本経済:4%の目標インフレ率;実際(実線)と反実仮想(点線)

第 3 の発見;ヨリ高めの目標インフレ率の設定に加えて、産出の安定化に対して敏感に反
応するような政策対応をとっていれば、マクロ経済のパフォーマンスは大きく改善してい
たであろうことを示す証拠がある。特に、シミュレーションの結果が示唆するところでは、
そのような政策対応が採られていれば、
「失われた 10 年」において日本経済が喪失した産
出量の規模は実際の半分程度で済んでいたであろう、ということである(図 3)

4
図 3.日本経済:4
.日本経済:4%の目標インフレ率+産出に対するヨリ大きな反応;
%の目標インフレ率+産出に対するヨリ大きな反応
実際(実線)と反実仮想(点線)

今日の政策当局者に対して 1990 年代の日本経済の経験が伝える教訓とは何


か?

どのようにすれば新たなる「失われた 10 年」を避けるための一助として金融政策を利用す
ることができるであろうか? 日本経済と似たような構造を有しており、また日本経済と
似たようなショックに晒されている経済の中央銀行に対しては、前節における分析結果か
ら、以下の 2 つの重要な政策変更の方向性が示唆されることになる。

*第 1 に、名目金利のヨリ大きな引き下げ余地を確保するために、目標とするインフレ
率を引き上げるべきである。

私自身の研究では、4%の目標インフレ率―現在先進国で受け入れられている規範よりは随
分と高めのインフレ率であるが、一般的にそれに伴うコストが大きいと見なされる水準よ
りはかなり低めのインフレ率―に焦点が当てられている。ここで、かつての FRB 議長であ

5
り、タカ派で知られたポール・ヴォルカー(Paul Volcker)が、1980 年代の初期において、
インフレ率が 4%近辺で安定したやいなや「勝利を宣言した」という事実を指摘しておくこ
とは価値があることであろう(Tobin 2002)。

*第 2 に、目標とするインフレ率を引き上げるだけでなく、産出の安定化に対するヨリ
積極主義的な政策対応(あるいはアプローチ)が必要である。

この点は、政策目標として産出(の変動)への反応を明示的に含むように中央銀行の法的
な責務(mandate)を拡張することが新たなる「失われた 10 年」を回避する助けとなるだ
ろうことを示唆している。

ところで、日本経済は、マイルドなデフレーションを 10 年にわたって経験した後の現時点
において、さらなるデフレ圧力の高まりにいかに対処するかという挑戦に直面している。
日本経済が抱えるこの挑戦はおそらくは(「失われた 10 年」を避ける以上に;訳者挿入)
ヨリ入り組んだ政策課題となることであろう。

<参考文献>

Blanchard, Olivier, Giovanni Dell’Ariccia, and Paolo Mauro (2010), “Rethinking Macro
Policy,” VoxEU.org, 16 February.
Eggertsson, Gauti (2006), “The Deflation Bias and Committing to Being Irresponsible”,
Journal of Money, Credit and Banking, 38(2), pp. 283-321, March.
Eggertsson, Gauti (2008), “Great Expectations and the End of the Depression”,
American Economic Review, 2008: 90(4).
Kahn, George A., 1996, “Achieving Price Stability: a Summary of the Bank's 1996
Symposium,” Economic Review, Fourth Quarter 1996, Federal Reserve Bank of
Kansas City.
Leigh, Daniel, 2009, “Monetary Policy and the Lost Decade: Lessons from Japan,” IMF
Working Paper 09/232.
Rudebusch, Glenn D (2009), “The Fed's Monetary Policy Response to the Current
Crisis”, Federal Reserve Bank of San Francisco Economic Letter Number 2009-17.
Tobin, James (2002), “Monetary policy”, in: Henderson, D R (ed.), The Concise
Encyclopedia of Economics, Liberty Fund Inc., Indianapolis.
Wynne, Mark A and Diego Rodriguez-Palenzuela (2002), “Measurement bias in the

6
HICP: What do we know, and what do we need to know?”, European Central Bank
Working Paper Series, 131.

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