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1.

要旨

 この実験では、安息香酸、p-クロロフェノール、N,N-ジメチルアニリンの酢酸エチル溶液の抽出
法による分離と薄層クロマトグラフィー(TLC)による検出を行った。
まず、試料溶液(安息香酸、p-クロロフェノール、N,N-ジメチルアニリンの酢酸エチル溶液)20
mL に 10 %炭酸水素ナトリウム水溶液 20 mL を混ぜ静置すると、有機層 A と水層 B に分かれ
た。
次に、有機層 A に 2 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液 15 mL を混ぜ静置すると、有機
層 C と水層 D に分かれた。
最後に、有機層 C に 2 mol/L 塩酸 15 mL を混ぜ静置すると、有機層 E と水層 F に分かれた。
その後、水層 B,D,F から約 2 mL をそれぞれ別の試験管に取り、水層 B,D には 2 mol/L 塩酸 3
mL、水層 F には 2 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液 3 mL を混ぜた。さらに、それぞれに酢酸エチ
ル 2 mL を混ぜ静置した。
試料溶液と試験管の B,D,F のエチル層を TLC 分析したところ、試料溶液は 3 つ、B,D,F はそ
れぞれ 1 つずつの対応するスポットが確認され、それぞれの R f の値は 0.641、0.769、0.832 となっ
た。

2. 目的

抽出法により、安息香酸、p-クロロフェノール、N,N-ジメチルアニリンの酢酸エチル溶液からこれ
らの化合物を分離する。分離した 3 種類の有機化合物を、薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析する。

3. 原理

A. 抽出
一般に有機化合物は解離性基をもたない中性物質、カルボキシ基などを持つ酸性物質、
アミノ基などを持つ塩基性物質、または酸性・塩基性の両方の官能基をもつ両性物質に大
別される。解離性の物質は溶液の pH に応じて異なった解離状態を示し、2 種の溶媒間への
分配係数が変化する。解離基が解離しイオンとなった物質は極性が大きくなるため、極性溶
媒である水に対する親和力が大きくなり有機溶媒での抽出は困難である。しかし、 pH を変化
させ非イオン状態にすれば有機溶媒で抽出することができる。
カルボキシ基( p K a 4 ~ 5)は、pH2 の水溶液中では非解離型で存在し、ジエチルエーテル 、
酢酸エチルなどの有機溶媒で抽出されるが pH8 の水溶液では解離型となり有機溶媒での抽
出は困難である((1)式)。
−¿ C 6 H 5 COO
−¿+ H2 CO 3 ・・ ・(1)¿
¿
 
C 6 H 5 COOH + HC O3
        ( p K a 4 .2 ¿            ( p K a 6.4)

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しかし、通常フェノール類 ( p K a 9 ~10)は pH8 では非解離型であるため、有機溶媒での抽
出が可能である((2)式)。

−¿ C 6 H 5 O
−¿+ H 2 O ・・・ (2)¿
¿
 
C 6 H 5 OH +O H
         ( p K a 9.9)         ( p K a 15.7)
また、アミン類などの塩基性化合物は pH2 ではプロトン化されたイオン型、pH12 では遊離
した塩基となり、酸性物質とは溶媒抽出において反対の挙動を示す.

B. 薄層クロマトグラフィー

多孔質または表面に官能基を有する粒子を塗布したプレートや充填した管 (カラム)の一端に
試料混合物が溶けた溶媒を流すと、各化合物の構造により移動速度に差が生じ、それを利用し
た分離手段を液体クロマトグラフィーという。
なかでも薄層クロマトグラフィー(TLC)は、安価・簡便かつ分解能も高いため、有機化合物の
分析・分離によく利用される。目的、用途、対象となる化合物によって様々な吸着剤があり、その
製法も含めて多種多様な TLC が利用されている。
  吸着剤としては、ケイ酸のゲルであるシリカゲルは広範囲の有機化合物に有効である。シリカ
ゲル表面に存在するケイ素とヒドロキシ基からなるシラノール基が、試料物質の活性官能基との
間に形成する水素結合がシリカゲルの主要な相互作用である。したがって、酸素分子や窒素分
子を少数個もつ非イオン性分子に限って適用される。また、その結合力の差が移動速度の差と
なる。(Ⅲ,p157~158)
相対的移動率(Rf 値)に換算すれば、一定溶媒に対しては水素結合の大きさの差より各化合
物で固有の値を示すため比較、対照ができる。Rf 値は次のように算出する。
L
Rf=
Ls
( L :原点からのスポットの移動距離 Ls :原点からの溶媒の移動距離 )
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4. 実験方法
実験で用いた器具を以下の表 1 にまとめた。

表 1. 使用器具
器具名     個数/個
          100 mL 分液漏斗 1
          200 mL ビーカー 1
          100 mL ビーカー 1
           50 mL ビーカー 1
                試験管       3
           TLC プレート    複数枚
            TLC 展開層用サンプル管     1
           キャピラリー    複数本
           UV ランプ     1
           スタンド     1
           クランプ     1
           ドライヤー 1

 実験で用いた試薬を以下の表 2 にまとめた。

表 2.使用した試薬
           試薬名           数量/mL
試料溶液            20
10 %炭酸水素ナトリウム水溶液      20
2 mol/L 塩酸 15
2 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液      15
酢酸エチル            6
塩化ナトリウム         少量
※試料溶液は酢酸エチル、p-クロロフェノール、安息香酸および N,N-ジメチルアニリンの混合溶液
である。

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 実験で用いた試薬について以下の表 3 にまとめた。
表 3.用いた試薬の性質
試薬名(分子式)    式量    構造式     性質
 酢酸エチル 88.11 mp:-83.6 ℃ bp:77.11 ℃
 (C 4 H 8 O2 )    引火性の強い液体で、有機溶
                          媒と自由に混和する。(Ⅰ,p843)

 安息香酸  122.12             mp:122.4 ℃ bp:249.2 ℃


 (C 7 H 6 O2)                      無色の鱗片状あるいは針状結

晶。多くの有機溶媒に易溶。
(Ⅰ,p131,132)

p-クロロフェノール 128.56             mp:43.2~43.7 ℃ bp:220 ℃


 (C 6 H 5 ClO )                      結晶。エタノール、エーテル、

クロロホルムに易溶。
(Ⅰ,p678,679)
N,N-        121.18             mp:2.5 ℃ bp:194 ℃
ジメチルアニリン                   水に不溶。有機溶媒には可溶。
(C 8 H 11 N )                               (Ⅰ.p1047)

炭酸水素ナトリウム 84.01    N a HC O3      白色、単斜晶の結晶であり水溶液は


加水分解して微アルカリ性を示
す。(Ⅰ,p1370)

塩酸        34.46     HCl       塩化水素の水溶液。水溶液中では

塩化水素は完全に電離している。
目や皮膚に触れると炎症をおこ
す。(Ⅰ,p332,333)

水酸化ナトリウム  40.00     N a OH      mp:328 ℃ bp:1390 ℃


                            無色結晶。潮解性で水に易溶 。
溶けるときに多量の熱を発生さ
せる。(Ⅰ,p1172,1173)

塩化ナトリウム   58.44     N a Cl  mp:800 ℃ bp:1413 ℃


                            食塩の主成分をなす無色結
晶。(Ⅰ,p320,321)
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実験操作

1.  分液ろうと内の試料溶液 20 mL に 10 %炭酸水素ナトリウム水溶液 2 mL を徐々に加え


CO2 の発生が止まるまで振り混ぜた。また、分離を早く進めるため NaCl を加え塩析を行っ
た。すると、有機層 A と水層 B に分かれた。水層 B をビーカーに取り出した。

2.  有機層 A に 2 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液 15 mL を加えて振り混ぜ静置し、有機層 C


と水層 D に分けた。水層 D をビーカーに取り出した。

3.  有機層 C に 2 mol/L 塩酸 15 mL を加えて振り混ぜ、静置し有機層 E と水層 F に分けた。


水層 F をビーカーに取り出した。
 
4.  水層 B,D,F から約 2 mL をそれぞれ別の試験管に取り、水層 B,D には 2 mol/L 塩酸 3
mL、水層 F には 2 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液 3 mL を加えた。そのすべてに酢酸エチル
2 mL を混ぜ静置した。以降これらの溶液をそれぞれ試験管 B,D,F とする。

5. 実験結果

TLC 分析を行った結果以下の図 1 のようになった。

図 1.TLC 分析の結果
図 1 において左から試験管 B,D,F である。B と D については左の点から順に試料溶液、試
料溶液とサンプルの両方、サンプルのみをスポットした。F については左の点から試料溶液、サ
ンプルである。

 次に、これらの結果より L および Ls を測定し、 Rf を計算すると次ページの表 4の

ようになった。
 
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表 4.実験結果より得られた L 、 Ls および R f の値
     サンプル       L/cm L s /cm Rf
     試験管 B      2.34     3.65      0.641
     試験管D      3.00     3.90      0.769
     試験管 F      2.58     3.10      0.832
6. 考察
  
○加える試薬の順序とそれぞれの反応について

まず初めに炭酸水素ナトリウムを試料溶液に加えたとき気体が発生した。これは安息香酸
が加えた炭酸水素ナトリウムより比較的強い酸であることより、安息香酸と炭酸水素ナトリウム
が反応したからだと考えられる。このことから安息香酸は電離しイオンとなり、水槽 B へ移動し
たと考えられる。この水層 B に強酸である HC lを加えることで電離していた安息香酸は元の状
態に戻り、抽出することができたと考えられる。

 次に、有機層 A に NaOHaq を加えたときの反応について考える。このとき有機層 A の p-ク


ロロフェノールと NaOH が中和反応を起こしたため、水層 D に p-クロロナトリウムフェノキシド
が移動したと考えられる。よって、この水層 D に HC lを加えたことによって再び p-クロロフェノー
ルが遊離し、抽出できたと考えられる。

 最後に有機層 C に HC lを加えたときの反応は、残った塩基性の N,N-ジメチルアニリンと酸


性の HC lが反応し塩を形成したと考えられる。そのため、N,N-ジメチルアニリン塩酸塩は水槽
へと移動した。よって、水層 F に強塩基である NaOH を加えたときもとの N,N-ジメチルアニリン
が遊離し、抽出できたと考えられる。

 もしこの順番ではなく試薬を試料溶液に入れた場合を考える。まず初めに NaOH を加えた


場合、強塩基性の NaOH は安息香酸と p-クロロフェノールの双方と反応を起こすため、分離す
ることができない。したがって、分離するためには NaOH よりも先に炭酸水素ナトリウムを加え
る必要があると考えられる。また、今回 HC lは N,N-ジメチルアニリンとしか反応しないため、加
える順序に影響はないと考えられる。

○塩析について

  実験操作 1 において分液漏斗を静置したときなかなか有機層と水槽に分離しなかっ たた
め、NaCl を少量加えると分離が早く進行した。この操作は塩析と呼ばれる。塩析は本来水和し
ているコロイドへ多量の電解質を加えることによって水分子を引き離し沈殿させる方法である。
今回の実験では水和した試料から水を引き離し反応を進行させ塩を形成するためにこの方法
を用いたのだと考えられる。
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○得られた R f 値について

  今回の実験で得られた R f 値の大小を比較すると、F>D>B、つまり N,N-ジメチルアニリン>


p-クロロフェノール>安息香酸であった。溶質分子とシリカゲルとの水素結合が強いほど溶質
分子はあまり移動しないため、 R f 値は小さくなると考えられる。したがって、今回使用した試薬
では安息香酸が最も水素結合が強いと考えられる。
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7. 設問
(1) 実験のフローシートを描け
 フローシートを描くと以下の図 2 のようになった。

試料溶液    

     炭酸水素ナトリウム aq を加える

                    
     N a
¿
¿

水槽 B               有機層 A

塩酸を加える          水酸化ナトリウム aq を加える

                        有機層C
              N a

試験管 B 水槽D

            塩酸を加える         塩酸を加える

                水槽 F
                   H +¿¿ 有機層 E
     試験管D

       水酸化ナトリウム aq を加える

                        試験管 F
図 2.実験のフローシート
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(2)それぞれの操作での反応式
  以下においてフェニル基を Ph ‐と表す。

○炭酸水素ナトリウムを加えたときの安息香酸との反応

Ph ‐ COOH + N a HC O 3 → Ph ‐ COO N a+ H 2 O+C O2

 ○試験管 B に塩酸を加えたときの反応

Ph ‐COO N a+ HCl→ Ph‐ COOH + N a Cl

 ○有機層 A に水酸化ナトリウムを加えたときの p-クロロフェノールとの反応

C 6 H 4 Cl (OH ) + N a OH →+C6 H 4 Cl ( O N a ) + H 2 O

 ○試験管 D に塩酸を加えたときの反応

C 6 H 4 Cl ( O N a ) + HCl→ C6 H 4 Cl ( OH )+ N a Cl

 ○有機層 C に塩酸を加えたときの N,N-ジメチルアニリンとの反応

Ph ‐ N ¿
 ○試験管 F に水酸化ナトリウムを加えたときの反応
+¿ H ¿¿
Ph ‐ N
 
(3) pKa の比較による反応の進行の予想

 炭酸の pKa は、pKa=6.4 である。これとそれぞれの pKa を比較して考察する。

○ フェノールは pKa=9.9 であり、炭酸の pKa よりも大きい。したがって、フェノールは炭酸よりも弱


い酸であるため、炭酸水素ナトリウムとは反応しないと考えられる。

○ P-ニトロフェノールは pKa=7.2 であり、こちらもフェノールよりも大きい。したがって、炭酸水素ナ


トリウムは反応しないと考えられる。

○ 2,4-ジニトロフェノールは pKa=4.1 であり、これはフェノールのものよりも小さい。したがって、炭


酸よりも強い酸であるため、炭酸水素ナトリウムとの反応が進行すると考えられる。進行すると
考えられる反応を以下に示す。
C 6 H 3 (OH )¿ ¿

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(4) 分配則

  溶液から目的物が抽出溶媒に転溶するのは、二溶液間に分配則が成立するからである。この
分配則は次のようにして定量化することができる。
  溶質W gが溶けているV mL の水溶液を、これと混ざらない溶媒 S mL で振り混ぜて溶質を抽
出することを考える。抽出平衡に達してから水溶液中に残っている溶質を
W 1 g とすると、分配比Dについて以下の式で表される。
W −W 1
有機溶媒中の全濃度 S
D= =
水溶液中の全濃度 W1
V
  これより、抽出されずに残る溶質W 1 は、

W 1=W ( DS+V V )
 となる。さらにこの残った水溶液から同様の条件で抽出を行った場合水溶液に残る溶質の質量
をW 2 g とすると、
( ) ( )
2
V V
W 2=W 1 =W
DS+V DS +V
 となる。したがって、同様の抽出をn 回行ったとき以下の式が成り立つ。

( )
n
V
W n =W
DS+V
上式より、より多くの溶質を抽出するためには、一度に大量の溶媒を用いて抽出回数を多くするよ
 

りも、少量の溶媒で抽出回数を多くした方が良いと考えられる。この点において注意して実験を行
えばより精度よく抽出ができる。(Ⅱp,109~111)

(5) 追加問題:UV 法以外の TLC 上の化合物検出法

 今回の実験では TLC 上の化合物を UV 法を用いて検出した。しかし、UV 法以外にも検出する


方法がいくつか存在する。それらについて以下に特徴とともにまとめる。

◇ヨウ素蒸気吸着法
  
ヨウ素蒸気を吸着させ、光の透過量から定量する方法である。また、この方法ではほとんど全て
の添加剤を検出することができる。(Ⅲ,p43)

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◇種々の発色試薬を用いた検出法
  
TLC の検出方法には、種々の発色試薬を用いて、それぞれに対応する化合物を発色させるとい
う方法がある。そのうちのいくつかの例を以下の表 5 にまとめる。また、いずれの試薬も噴霧するこ
とで用いる。

表 5.TLC 検出試薬
    発色試薬         スポットの色       被検物
2.7-ジクロロフルオレセイン      緑黄色       有機化合物全般
三塩化アンチモン         種々の色     ステロイド・カロチノイド
五塩化アンチモン         種々の色     ステロイド・カロチノイド
  ニンヒドリン          桃色~紫色     アミノ酸・アミン類
ドラーゲンドルフ試薬         橙色         アルカロイド
  エーリッヒ試薬          種々の色      トリプトファン誘導体
硫酸-重クロム酸ナトリウム       緑色        有機化合物全般
硫酸-重クロム酸カリウム      褐色~黒色      有機化合物全般
ジフェニルホウ酸の          種々の色       多くの天然物
β-アミノエチルエステル
(Ⅲ,p32、Ⅳ,p158~159)

8. 参考文献
Ⅰ 「化学大辞典」
   大木 道則  ほか 4 名  東 京化 学同 人  1989  p,131 ~132,320 ~321,332 ~333,678 ~
679,843,1047,1172~1173,1370
Ⅱ 「化学実験操作書 修正版」 
  化学実験研究会 廣川書店 1989 p,109~111
Ⅲ 「クロマトグラフィー分離システム 考え方,選び方」
   原昭二・森定雄・花井俊彦 編著 丸善株式会社 1981 年 p,32,43,157~158
Ⅳ「ペーパークロマトグラフ法の実際」
   柴田村治・寺田喜久雄 共著 共立出版 昭和 46 年 p,158~159

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