Professional Documents
Culture Documents
∗
原田恒司
九州大学大学院理学研究院物理学部門
(Dated: 平成 15 年 11 月 19 日)
九州大学理学部物理学科 3 年次向け講義「一般相対論」の講義のための多様体の微分幾何学のまとめ。
必要最小限のことを簡潔に列挙した。適当な参考書を見る事が必要。
CONTENTS えば、球面はひとつの曲面であるが、それは曲がっていな
い「平坦な」面である平面とはどう違うのだろうか。
I. 多様体と座標近傍系 1 平面や曲面の場合、我々はそれらが(「平坦な」)3 次
元空間の中に埋め込まれているのを外から眺めて曲がって
II. 接ベクトルとベクトル場 2 いるとか平坦であるとかわかるのだが、我々が住んでいる
A. 接ベクトル空間と接ベクトル 2 4 次元の時空の場合、それを埋め込むべき自然な高次元の
B. ベクトル場 4 空間はない。それゆえ、高次元の空間に埋め込むことなし
にその空間の性質を記述する言葉を持たなければならな
III. 微分形式 4 い。そのような言葉は、多様体の微分幾何学によって与え
られる。
IV. テンソル場 5 多様体とは、局所的には Rn と見なせるような空間1 の
ことである2 。このことをもう少し詳しく述べてみよう。
V. アファイン接続と曲率テンソル 6 「局所的には Rn と見なせる」とは、空間の任意の 1 点
p に対して、p を含む開集合 U があって、この開集合 か
VI. Riemann 多様体と Levi-Civita 接続 7 ら Rn の開集合 U 0 への同相写像3 ϕ
VII. Killing ベクトル場 8 ϕ : U → U0 (1.1)
があることを意味する。そうすると、点 p には n 個の実
今までは等価原理を議論の基礎に置き、Newton の万有 数 ϕ(p) = (x1 , x2 , · · · , xn ) が対応する。これを点 p の局
引力の法則を一般化することによって Einstein 方程式を
導いた。電磁気学との類似点に注目し、「場の理論」とし
ての一般相対性理論を展開してきた。
1 以下で単に「空間」という場合、Hausdorff 空間である位相空間を意
一方で、一般相対性理論が記述する重力は、我々の時空
味している。集合 X の部分集合族 O が次の 3 つの条件を満たすと
の「歪み」の結果であり、我々が採用する座標系に依存し
き、O を X の位相と呼び、X と O の対 (X, O) を位相空間という。
ない、幾何学的な性質の結果である。歴史的には Einstein
• X ∈ O かつ ∅ ∈ O
は重力理論と Riemann 幾何学の間の密接な関係に気づく
ことによって一般相対性理論を完成させることができた。 • U1 , U2 , · · · , Uk ∈ O ならば U1 ∩ U2 ∩ · · · ∩ Uk ∈ O
この観点からは、一般相対性理論はいわば多様体の力学 • 任意の集合族
∪ {Uλ }λ∈A について、Uλ ∈ O (∀λ ∈ A) ならば
であって、曲がった時空を記述する数学がその自然な言葉 λ∈A Uλ ∈ O
I. 多様体と座標近傍系 が成り立つ。
3. Uα ∩ Uβ 6= ∅ であるような任意の α, β ∈ A について、座標変換
「曲がった」空間というときに、我々が最も想像しやす ϕβ ◦ ϕ−1
α : ϕα (Uα ∩ Uβ ) → ϕβ (Uα ∩ Uβ )
いのは、2 次元の曲がった「空間」である曲面だろう。例
は C r 級である。(r は自然数または ∞)
が成り立つとする。S を座標近傍系と呼ぶ。多様体は正し
くは座標近傍系を与えて決まるもので、正確には (M, S)
ϕ と書くべきものである。
多様体の定義は、多様体を覆っている座標近傍系の取り
方によるので、同じ幾何学的な対象に対して、異なった座
標近傍系を用いると、異なった多様体となり不便である。
X そこで座標近傍系の同値性を定義する必要がある。n 次元
多様体 M の 2 つの n 次元座標近傍系 S = {(Uα , ϕα )}α∈A
と T = {(Vβ , ψβ )}β∈B が同値であるとは、S と T の和集
U 合 S ∪ T がまた M 上の座標近傍系になることであると
定義する。このことは結局、Uα ∩ Vβ 6= ∅ である Uα ∈ S
と Vβ ∈ T に対する座標変換も (何回でも) 微分可能であ
ることを意味している。そして、2 つの同値な座標近傍系
FIG. 1. 座標近傍
S と T に対して、(M, S) と (M, T ) とは同一の多様体で
あると考える。このようにして、いろいろな (同値な) 座
傍といい、ϕ を U 上の局所座標系という。 標近傍系に対して、その選択に依存しない幾何学的対象と
多様体上に 2 つの座標近傍 (U, ϕ) と (V, ψ) が交わ しての多様体の概念を得ることができた。
っている場合に、共通部分 U ∩ V に属する点 p の 多様体上の関数とは、多様体の各点に対して、実数を対
位置は 2 組の局所座標で表される。(U, ϕ) に関する局 応させる写像である。多様体上の関数 f の微分可能性は、
所座標が (x1 , x2 , · · · , xn )、(V, ψ) に関する局所座標が 座標近傍系 S に属する任意の座標近傍 (Uα , ϕα ) に対して
(y 1 , y 2 , · · · , y n ) であるとき、これらの間の関係、すなわ
ち座標変換を考えよう。 f ◦ ϕ−1 0
α : Uα → R (1.6)
n
R の微分可能性 (つまり f ◦ϕ−1
α を省略して f (x , x , · · · , x )
1 2 n
U’ と書いたとき、この多変数関数の微分可能性) によって定
ϕ
義される。そして、関数の微分可能性は (同値な) 座標近
傍系の選び方によらないことを示すことができる。多様体
M 上のなめらかな関数全体の集合を F(M ) で表す。
M
ψ ϕ −1
U
n II. 接ベクトルとベクトル場
V R
V’
A. 接ベクトル空間と接ベクトル
f と g を点 p の開近傍で定義されたなめらかな関数で が成り立つので
あるとするとき、vc は次の性質を満足している。 ( ) ( )
∂ ∂ x̄ν ∂
(f ) = (p) (f ) (µ = 1, · · · , n)
1. p の十分小さな開近傍上で f = g であるとすると ∂xµ p ∂xµ ∂ x̄ν p
vc (f ) = vc (g) である。 (2.8)
であり、これは
2. a と b を実数とするとき vc (af + bg) = avc (f ) +
( ) ( )
bvc (g) である。 ∂ ∂ x̄ν ∂
= (p) (µ = 1, · · · , n) (2.9)
3. f g を f と g の積であるとすると vc (f g) = ∂xµ p ∂xµ ∂ x̄ν p
vc (f )g(p) + f (p)vc (g) である。 ( ) ( ) ( )
∂ ∂ ∂
を意味する。この式は , , · · · ,
また、曲線に沿う方向微分を抽象化して、上の 3 つの性質 ∂ x̄1 p ∂ x̄2 p ∂ x̄n p
を満足する対応 ( ) ( ) ( )
∂ ∂ ∂
が 1
, 2
,··· , の張るベクトル空間
v : f 7→ v(f ) (2.4) ∂x p ∂x p ∂xn p
に属していることを示している。この新しい基底で表した
を点 p における (形式的な) 方向微分と呼ぶ。 ときの接ベクトル v を
p を含む座標近傍 (U ; x1 , x2 , · · · , xn ) をひとつ固定した ( )
とき、p のまわりで定義されたなめらかな関数 f に、p に µ ∂
v = v̄ (2.10)
おける xµ(方向の偏微分係数 ∂f (p)/∂xµ ∈ R を対応させ ∂ x̄µ p
)
∂
る操作を と書く。 と書くと、
∂xµ p
( ) ∂ x̄ν
∂ ∂f v̄ ν = v(x̄ν ) = v µ (p) (ν = 1, · · · , n) (2.11)
:f →
7 (p) (2.5) ∂xµ
∂xµ p ∂xµ
となる。
この操作も上の 3 つの性質を満足している。 c に沿う方向微分の話に戻ろう。c(t) および f を局所座
点 p におけるすべての方向微分の集合を考えると、 標で表して
それは局所座標系に依らない R 上のベクトル空間を
d
定義
( する。こ
) ( のベ ) クトル空間の ( ) n 個の基底 として、 vc (f ) = f (x (t), · · · , x (t))
1 n
∂ ∂ ∂ dt t=0
, ,··· , を選ぶことができる4 。
∂x1 p ∂x2 p ∂xn p dxµ ∂f
= (0) µ (p) (2.12)
この n 個のベクトルの張る n 次元ベクトル空間を、点 p dt ∂x
における M の接ベクトル空間と呼び Tp (M ) という記号 と表すことができるので、
で表す。Tp (M ) に属するベクトルを点 p における M の
( )
接ベクトルと呼ぶ。点 p における M の接ベクトルは dxµ ∂
vc = (0) (2.13)
( ) dt ∂xµ p
∂
v = vµ (2.6)
∂xµ p のように基底ベクトルで展開した表式を得る。成分および
( ) ( ) ( ) 基底は局所座標系に依存するが、vc 自身は依存しないこ
∂ ∂ ∂ とに注意。それゆえ、
と , ,··· , の線形結合で表され
∂x1 p ∂x2 p ∂xn p
ることに注意。ただしここで µ についての和の記号を省 dc
= vc (2.14)
略した。v µ = v(xµ ) (µ = 1, 2, · · · , n) を v の成分という。 dt t=0
点 p のまわりで別の局所座標系 (x̄1 , x̄2 , · · · , x̄n ) を選ん
でも、同じ接ベクトル空間 Tp (M ) を与える。局所座標系 と書くことにしよう。
の選び方は、接ベクトル空間の基底ベクトルの選び方の違 f ◦ c(t) = f (c(t)) は (−, ) → R という「曲線」を表
すから、R 上の点 f (p) における接ベクトル空間 Tf (p) (R)
の接ベクトルを与える。接ベクトル空間 Tp (M ) の任意の
接ベクトル v は曲線 c を適当に選ぶことによって得られ
4 これら n 個のベクトルが 1 次独立であることは、関数 f として る。それゆえ任意の v ∈ Tp (M ) に対して対応する c を用
xµ (µ = 1, 2, · · · , n) を考えればわかる。 いた f ◦ c は Tf (p) (R) の接ベクトルを与える。このよう
にして関数 f は Tp (M ) から Tf (p) (R) への写像を与える。
4
∂ ∂
X|U = ξ µ , X|V = η µ (2.21) 5 ベクトル場 X に関数 f をかけて作られるベクトル場 f X と M 上の
∂xµ ∂ x̄µ
関数 Xf とを区別せよ。
と表されるとき、U ∩ V 上で
∂ x̄ν
ην = ξµ (2.22)
∂xµ
5
V 上の交代 k 次形式全体のなす集合を ∂ ∂
× ⊗ · · · ⊗ µr ⊗ dxν1 ⊗ · · · ⊗ dxνs
∂xµ1 ∂x
∧
K
(4.15)
V∗ (4.8)
のように表される。
∧
1
という記号で表す。特に V ∗ = V ∗ は双対空間である。
V 上の k 個の 1 次形式 η1 , · · · , ηk ∈ V ∗ を任意にとる V. アファイン接続と曲率テンソル
とき
多様体 M 上の 2 つのベクトル場 X 、Y に対して、M
η1 ∧ η2 ∧ · · · ∧ ηk : V × V × · · · × V → R (4.9) 上のベクトル場 ∇X Y を対応させる写像 ∇ が次の3つの
条件を満足するとき、∇ を M 上のアファイン接続という。
という記号で表される V 上の交代 k 次形式が次の式で定
義される。 1. ∇X Y は X と Y について線形な写像である。
微分形式 ω を局所座標表示すると、
∂x ∂xν
( λ )
∑ = ξµ
∂η
+ Γ λ
η ν ∂
(5.3)
ω= αµ1 ···µk dxµ1 ∧ · · · ∧ dxµk (4.13) ∂x µ µν
∂xλ
µ1 <···<µk
のように表される。
と表される。
V を R 上の n 次元ベクトル空間、V ∗ をその双対空間 ∇µ ≡ ∇ ∂ (5.4)
∂xµ
とするとき、V 上の (r, s) 型テンソルとは r 個の V ∗ と
s 個 V との直積から R への写像 と省略して表すと、
( )
T : V ∗ × ··· × V ∗ ×V × ··· × V → R (4.14) ∂η λ ∂
| {z } | {z } ∇µ Y = + Γλ µν η ν (5.5)
r s ∂xµ ∂xλ
共変微分の幾何学的な意味は平行移動という概念と結び が成り立つことを要請する。そうするとたとえば k 次共
付いている。一般の多様体では、異なる 2 点におけるベク 変テンソル場 ω に対して共変微分 ∇X ω は
トルが互いに平行であるかどうかを決める一般的な方法は
ない。我々ができるのは、ある点におけるベクトルを、そ (∇X ω)(X1 , · · · , Xk )
の点を通る曲線に沿って平行移動することである。そして ∑
k
度でも微分可能である)。 を満足する。
7 M の任意の点 p0 を初期値とする X の積分曲線の定義域が、プラス
また微分同相写像が存在するとき、M と N は微分同相で の方向にもマイナスの方向にもいくらでも延長できるとき、X を完備
なベクトル場という。
あるという。
微分同相写像 ϕ : M → N は M 上のベクトル場 X か
ら N 上のベクトル場 ϕ∗ X を
LX (Y ) = [X, Y ] (7.9)
である。
Lie 微分はベクトルばかりでなく、任意のテンソル場に
対して定義することができる。多様体 M 上の関数 f に
対して、
LX f = Xf (7.10)
が成り立つことを要請する。そうするとたとえば k 次共
変テンソル場 ω に対して Lie 微分は
LX (ω)(Y1 , · · · , Yk )
∑
k
= X (ω(Y1 , · · · , Yk )) − ω(X1 , · · · , [X, Yi ], · · · , Xk )
i=1
(7.12)
で与えられる。
微分同相写像 ϕ : M → M が Riemann 多様体 (M, g)
の等長変換であるとは、∀X, Y ∈ X(M ) に対して
LX (g) = 0 (7.14)