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第1章

基礎知識

1.1 行列の定義と代数的性質
定義 1.1. 縦に m 個,横に n 個の数を並べたものを (m, n) 行列 といい,次のように書く:
 
a11 a12 ... a1n
 a21 a22 ... a2n 
 
A= . .. .. ..  .
 .. . . . 
am1 am2 ... amn

または簡単に A = (aij ) と書く.縦の長さと横の長さが等しい行列を正方行列という.


 
3 4
 
例えば (3, 2) 行列は,
−1 1
 である.
0 2

定義 1.2. (m, n) 行列 A, B の和を A + B := (aij + bij ) と定義する.つまり成分ごとに数を足していく.


∑n
(m, n) 行列 A と,(n, l) 行列 B の積を AB := ( k=1 aik bkj ) と定義する.ただし,行列 A の横の長さと行
列 B の縦の長さが一致しないとき,積は定義されない.

定義 1.3. 実数 k に対して,スカラー倍,すなわち行列 A の k 倍を kA := (kaij ) と定める.

注意 1.4. このような奇妙な行列の積を定義することに戸惑うかもしれないが,積は以下命題 1.9 に述べる結


合法則を満たしていると嬉しい.その結合法則の有効性は線形写像の概念を得るとわかる.

特別な行列として次の単位行列(これは正方行列であることに注意)
 
1 0 ... 0
0 1 ... 0
 
E = . .. .. .. 
 .. . . .
0 0 ... 1

と,次の (m, n) 型零行列  


0 0 ...... 0
0 0 ...... 0
 
O = . .. .. .. 
 .. . . .
0 0 ...... 0

1
がある.

定義 1.5. n 次正方行列 A に対し,AX = XA = E を満たす行列 X が存在するとき,この X を A の逆行


列といい,A−1 と表す.逆行列を持つ行列を正則行列という.
( )
3 4
例 1.6. は逆行列をもつ.一方で,
−1 1
 
1 2 3
4 5 6
5 7 9

は逆行列を持たない.

以上のことをまとめる.

命題 1.7. (m, n) 型行列には和:+ とスカラー倍と呼ばれる演算が定義され以下をみたす.


1) 結合法則:
(A + B) + C = A + (B + C),

および交換法則:
A+B =B+A

をみたし,零行列は
A+O =O+A=A

をみたし,全ての行列 A は和についての逆元 −A = (−aij ) を持ち,

A + (−A) = (−A) + A = O

をみたす.
2) 実数 c に対して,行列 A のスカラー倍 cA が定義され,1A = A かつ a(bA) = (ab)A をみたす.また次
の分配法則
(a + b)A = aA + bA, a(A + B) = aA + aB

をみたす.ただしここで現れた a, b は実数で,A, B は (m, n) 型行列.

注意 1.8. 上記の性質(結合法則や交換法則,零の存在,スカラー倍の分配法則など)をみたすモノの集まり
のことをベクトル空間という.つまり,(m, n) 行列の全体はベクトル空間である.

命題 1.9. 積が定まる限り,行列の積は以下をみたす.
結合法則:(AB)C = A(BC).
分配法則:(A + B)C = AB + BC, A(B + C) = AB + AC.
n 次行列であれば,AE = EA = A がなりたつ.

注意 1.10. n 次行列の全体は,常に積が定まり,単位行列を持ち,さらに上記のように分配法則を持つ.常
には逆行列を持たないことに注意.上記のような結合法則,分配法則,単位行列の存在を満たすベクトル空間
を代数や多元環などという.つまり n 次行列の全体は代数である.

2
さて,2 次正方行列がいつ逆行列をもつのか,すなわち正則なのかを考える.
( ) ( )
a b x y
A= , X=
c d z w

に対して, ( )
ax + bz ay + bw
AX =
cx + dz cy + dw
( )
1 0
である.AX = となる X の条件を考える.
0 1

 ax
 + bz = 1 ......⃝
1

cx + dz = 0 ......⃝
2

 ay + bw = 0 ......⃝
3

cy + dw = 1 ......⃝
4

と番号をつけて,
d⃝
1 − b⃝,
2 a⃝
2 − c⃝,
1 d⃝
3 − b⃝,
4 a⃝
4 − c⃝,
3 により,


 (ad − bc)x = d

(ad − bc)z = −c
. (∗)

 (ad − bc)y = −b

(ad − bc)w = a


 x = d


ad−bc
 z = −c
(i)ad − bc ̸= 0 のとき, ad−bc
と変形できる.よって,
 y
 = −b

 ad−bc
 a
w = ad−bc
( )
1 d −b
X=
ad − bc −c a

となる.実際に計算すると,XA = E も成り立つので,この X が A の逆行列である.


(ii)ad − bc = 0 のとき,上の (∗) から a = b = c = d = 0, これは AX = E の状況に反している.すなわち,
上の連立一次方程式は解を持たない.よって A は逆行列を持たない.よって次の定理が成り立つ.
( )
a b
定理 1.11. 2 次の正方行列 A = が正則であるための必要十分条件は ad − bc ̸= 0 であること.この
c d
( )
1 −b
d
とき A の逆行列は X = ad−bc .
−c a

1.2 連立一次方程式と行列の基本変形
行列の応用として,基本的なものが連立一次方程式の解の考察である.例えば次の連立一次方程式を考
える: 
 2x + y − 5z = −1
x − y + z = 0 . (∗)

3x − 6y + 2z = −7

3
今までは文字の消去を目的として式に番号を降り,方程式の足し引きをしていただろう.しかし行き当たり
ばったりである感触が否めなく,全体として見通しも悪い.また我々は今まで,例えば次のような連立一次方
程式を考えることは無かった: 
 2x + y − 5z = −1
x − y + z = 0 . (∗∗)

x + 2y − 6z = −1

これの解は,x = 34 z − 1, y = x + z; ただし z は任意,と表されるべきであるが,問題は係数にある数がどの


ような場合にそもそも解は存在するのか,存在するならばいつ解が (∗) のような一意的な数の組となり,(∗∗)
のような任意の定数を含む形に表されるのかということである.これを語るには行列の言葉を使うのが良い.
まずは準備として行列の基本変形と階数 (rank) の説明をする.次の 3 種類の特別な正方行列を考える.

定義 1.12. 以下の 3 種類の正方行列を基本行列という.


 
1 (i 列) (j 列)
 .. .. .. 
 . . . 
 
 (i 行) ... 0 ... ... ... 1 
 
 .. .. 
 . 1 . 
 
 .. .. .. 
Pn (i, j) =  . . . ,
 
 .. .. 
 . 1 . 
 
 (j 行) ... 1 ... ... ... 0 
 
 .. 
 . 
1
 
1 (i 列)
 .. .. 
 . . 
 
(i 行) . . . c 
 
 .. 
Qn (i; c) = 
 .  ; ただし c ̸= 0,

 .. 
 . 
 
 .. 
 . 
1
 
1 (j 列)
 .. .. 
 . . 
 
 (i 行) ... 1 ... c 
 
 .. .. 
Rn (i, j; c) =  . . .
 
 1 
 
 .. 
 . 
1
混乱の恐れがなければ,上の基本行列は P, Q, R と省略して書くことにする.

命題 1.13. 上記 3 つの基本行列は正則である.

基本行列の意味を考える.まずは基本行列を左から掛けるという操作を考える.n 次正方行列 A に,左か


ら P を掛けると,A の第 i 行と第 j 行が交換される.同様に左から Q を掛けると,A の第 i 行が c 倍され,

4
左から R を掛けると,A の第 i 行に第 j 行の c 倍が加わる.
次に右から掛けるという操作を考える.n 次正方行列 A に,右から P を掛けると,A の第 i 列と第 j 列が
交換される.同様に右から Q を掛けると,A の第 i 列が c 倍され,右から R を掛けると,A の第 i 列に第 j
列の c 倍が加わる.
以上をまとめて,次の命題を得る.

命題 1.14. 上記 3 種類の行列を左からかけることを行基本変形 (または単に行変形) という.右からかけるこ


とを列基本変形(または単に列変形)という.2 つをまとめて単に基本変形という.基本変形は次の 6 種類の
変形である.
(左 1)2 つの行を入れ替える.
(左 2)ある行に 0 でない数を掛ける.
(左 3)ある行に他のある行の定数倍を加える.
(右 1)2 つの列を入れ替える.
(右 2)ある列に 0 でない数を掛ける.
(右 3)ある列に他のある列の定数倍を加える.

基本変形という操作により次の重要な定理を得る.

定理 1.15. 任意の (m, n) 型行列 A は,基本変形を何回かすることで,次の (m, n) 型行列


 
1
 1 
 
 .. 
 . 
 
Fm, n (r) = 
 1 

 0 
 
 .. 
 . 
0
に変形される.ただし斜めに並ぶ 1 は r 個であるとする.またこの r は基本変形の仕方に依らない.この r
を行列 A の階数または rank といい,rank A と表す.

この定理は,いくつか具体例を確認することが理解するために一番良い方法であると思う.

     
0 2 4 2 1 2 3 2 1 −5 −1
     
例 1.16. (i)
1 2 3 1 
,(ii)−2 −3  
−4,(iii)1 −1 1 0.
−2 −1 0 1 2 2 4 3 −6 2 −7

(i),(ii) を解説する.(iii) は各自に任せる.


(i)
     
0 2 4 2 1 2 3 1 1 2 3 1 1
(2 行),1 (3 行)
(3 行)+2(1 行)
1 2 3 1 −−−−−−−−−−→  0
1 行と 2 行を入替
2 4 2 −−−−−−−−−→ 0 2 4 2 −2−−−−−3−−−→
−2 −1 0 1 −2 −1 0 1 0 3 6 3
     
1 2 3 1 1 2 3 1 1 0 −1 −1
(3 行)−(2 行) (1 行)−2(2 行)
0 1 2 1 −−−−−−−−→ 0 1 2 1 −−−−−−−−−→ 0 1 2 1
0 1 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0

5
 
1 0 0 0
(3, 4 列)+(1 列), (3 列)−2(2 列), (4 列)−(2 列).
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 0 0 .
0 0 0 0

基本変形の雰囲気は伝わったと思う.注意であるが,基本変形は行けるところまで行変形で進め,最後に列
変形を行うようにする.後々基本変形の応用として,逆行列をの求め方や連立一次方程式の解き方を学ぶが,
その際は列変形を行ってはいけない.みだりに列変形を行うと悪い癖が付いてしまう.
(ii)
     
1 2 3 1 2 3 1 0 −1
(2 行)+2(1 行), (3 行)−2(1 行) (3 行)+2(2 行), (1 行)−2(2 行)
−2 −3 −4 −−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2  −−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2
2 2 4 0 −2 −2 0 0 2
   
1
(3 行)
1 0 −1 1 0 0
(1 行)+(3 行), (2 行)−(3 行)
−2−−−→ 0 1 2  −−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 0 .
0 0 1 0 0 1

この正方行列を行変形のみで基本変形する手法は重要である.行基本変形とは左から正則な
 P, Q, R たち

1 2 3
 

を掛ける操作であった.掛けた行列たちをまとめて P̃ と表そう.上の例 (ii) において A = −2 −3 −4

2 2 4
とすると,P̃ A = E となったのである.つまり P̃ は A の逆行列である.つまり A−1 = P̃ である.このこと
から次の逆行列を求める手法を得る:P̃ を単位行列 E に掛けて P̃ を具体的に得る.変なことを行っているよ
うだが,E に対し A に施した行基本変形と同じことを行えば逆行列 A−1 = P̃ が得られるということである.
具体例を見れば雰囲気が掴めるであろう:
(ii)’    
1 2 3 1 00 1 2 3 1 0 0
(2 行)+2(1 行), (3 行)−2(1 行)
 −2 −3 −4 0 10  −−−−−−−−−−−−−−−−−−→  0 1 2 2 1 0 
2 2 4 0 01 0 −2 −2 −2 0 1
 
1 0 −1 −3 −2 0
(3 行)+2(2 行), (1 行)−2(2 行)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−→  0 1 2 2 1 0 
0 0 2 2 2 1
   
1
(3 行)
1 0 −1 −3 −2 0 1 0 0 −2 −1 1
2
(1 行)+(3 行), (2 行)−2(3 行)
−2−−−→  0 1 2 2 1 0  −−−−−−−−−−−−−−−−−→  0 1 0 0 −1 −1  .
1 1
0 0 1 1 1 2 0 0 1 1 1 2
 
−2 −1 12
 
上記から,E に行変形を施すと,右半分側の行列になると分かった.よって逆行列は   0 −1 −1 であ

1
1 1 2
るとわかる.
ここまでの議論を次の定理としてまとめておこう.

定理 1.17. 正方行列  
a11 a12 ... a1n
 a21 a22 ... a2n 
 
A= . .. .. .. 
 .. . . . 
an1 am2 ... ann

6
について,A の右側に n 次の単位行列を置いた (n, 2n) 次の行列を考え,A の部分に行基本変形を行い,A の
部分を単位行列へと変形できたとする.変形が終われば,右側部分には A の逆行列が出来上がっている.

直ちに次がわかる.

系 1.18. n 次正方行列 A が正則であるための必要十分条件は,rank A = n であること.

注意 1.19. だまされた気がする人のために,一応行変形により P̃ A = E となったとき,P̃ はたしかに逆行


列,つまり AP̃ = E も成り立つことを確かめる.P̃ は行基本変形による行列の積なので正則,よって P̃ −1 を
持つ.P̃ A = E に注意して,AP̃ = (P̃ −1 P̃ )AP̃ = P̃ −1 (P̃ A)P̃ = P̃ −1 P̃ = E を得る.

注意 1.20. 上記では行変形により,逆行列を構成した.列変形を行うとどうなのかという疑問が湧くであろ
う.列変形を行うなら,  
1 2 3
 −2 −3 −4 
 
 2 2 4 
 
 1 0 0 
 
 0 1 0 
0 0 1

から出発し,A に列変形を施せば,同様に逆行列が得られる.*1 ただし行変形と列変形を混ぜてしまうとうま


くいかない.なぜならば,行った行変形たちを P̃ , 列変形たちを Q̃ とすると,P̃ AQ̃ = E と変形されるが,
これでは A の逆行列がわからない.

さて,連立一次方程式の消去法(または掃き出し法)の説明をおこなう.上記の (ii) で掃き出し法のイメー


ジはつかめたと思う.左上に簡単のために数字1をおき,1 行をホウキとみて邪魔な 2 行,3 行の 1 列目にあ
る数字をキレイにするのである.

定義 1.21. 次の連立一次方程式


 a11 x1 + a12 x2 + ... + a1n xn = c1

 a21 x1 + a22 x2 + ... + a2n xn = c2
.. (∗)

 .


am1 x1 + am2 x2 + ... + amn xn = cm

について,    
a11 a12 ... a1n a11 a12 . . . a1n c1
 a21 a22 ... a2n   a21 a22 . . . a2n c2 
   
A= . .. .. ..  , Ã =  .. .. . . .. .. 
 .. . . .   . . . . . 
am1 am2 ... amn am1 am2 . . . amn cm

とする,A を連立一次方程式 (∗) の係数行列,Ã を拡大係数行列という.

*1 行変形の手法を勧める,やればわかると思うが横長の行列の方が見やすい.

7
補題 1.22. 拡大係数行列 Ã に行変形を何回か行ったのち,列の入れ替えを行うと,
 
1 0 ... 0 b1, r+1 . . . b1, n d1
 0 1 ... 0 b2, r+1 . . . b2, n d2 
 
 .. .. .. .. .. .. .. 
 . . . . . . . 
 
B̃ = 
 0 0 ... 1 b2, r+1 . . . b2, n dr 

 0 0 ... 0 0 ... 0 dr+1 
 
 .. .. .. .. .. .. 
 . . . . . . 
0 0 ... 0 0 ... 0 dm

の形へと変形される.ただし,r は係数行列 A の階数である.

この補題もいくつか具体例を確かめることで理解するのが良いと思う.
   
0 3 3 −2 −4   0 2 1 1 −4
  2 −2 0 2  
 1 1 2 3 2     1 2 4 0 1 
例 1.23. (i)

, (ii) −1
  2 −2 
1 , (iii)

.

 1 2 3 2 1   1 4 5 1 0 
−1 −1 2 1
1 3 4 2 −1 1 3 4 2 −1

行変形のみでキレイにしていくと最終的には次の形になる.
 
1 0 1 0 7
 0 1 1 0 −2 
(i) : B̃ = 
 0

0 0 0 0 
0 0 0 1 −1

3 列と 4 列を入れ替えれば補題での形の行列を得る.
さて (i) の拡大係数行列に対応する連立一次方程式


 3y + 3z − 4w = −4

x + y + 2z + 3w = 2
(∗)

 x + 2y + 3z + 2w = 1

x + 3y + 4z + 2w = −1

を考えると,上の行変形でキレイにする操作は,方程式の足し引きなどによる方程式系の求解と同様の操作で
あるから,B̃ が表す連立一次方程式は,

 x + z = 7
y + z = −2

w = −1

である.よって上記の (∗) の解は任意の定数 α を用いて,

x = 7 − α, y = −2 − α, w = −1

である,ベクトルの形で書けば,      
x 7 −1
 y  −2 −1
  =   + α 
z   0  1
w −1 0

8
である.このベクトルの形による解の表示は重要である.解が図形的にどのような形をしているのかを想像
 
7
 
−2
すると(四次元空間なので絵に描けるわけではないが),四次元空間内の一点  
  を通る直線であると想
0
−1
像できる.直線や平面といったまっすぐな形が現れるような数学的対象の研究であるということが線形代数
(linear algebra) という言葉の由来である.
(ii),(iii) は各自に任せるが一応答えだけ書いておくと,それぞれに対応する連立一次方程式の解は,(ii) は
x = −3, y = −4, z = −3,(iii) は解を持たない.
ここまで解説した基本変形を用いた連立一次方程式の解や,逆行列を求める手法を消去法あるいは掃き出し
法という.

注意 1.24. (重要)
補題 1.22 では最後に列の入れ替えを行い所定の形の行列を手に入れたが,この列の入れ替えを含めて,連
立一次方程式を解く際には列変形をおこなってはならない.拡大係数行列のそれぞれの数字には隠れている
が,それぞれの文字 x1 , x2 , . . . , xm の係数である,という情報が含まれている.たとえば列変形により z の
係数の数字を y の係数に足してもうまくいかないのは明らかだろう.
列の入れ替えは,分かっていてやるのであれば問題はないのだが(どの文字の係数であるか,という情報を
入れ替えるだけなので),ミスの元であるのでやはりやめた方がよい.補題 1.22 で列の入れ替えをしたのは,
命題としての綺麗さのためだけである.

9
第2章

行列式とその応用

2.1 行列式の定義
まずは行列式の定義を行う.それに伴って必要となる抽象的な事柄をいくつか述べる.得られる行列式の定
義自体もその意味はすぐには分からないだろうが,頑張ってついてきてほしい.
最初に集合と写像を定義しよう.しかし,この部分についてはよくわからなければ無理に理解しなくてよ
い.本質的に線形代数の学習に必要ではなく,またそのうち慣れると思うからである.しかし高等数学への入
門ということで一応このような言葉も紹介する.

定義 2.1. 数学において集合というのは数学的なモノの集まりのことである.例えば実数全体(: R で表す)


や, 自然数全体(: N で表す)というのは集合である.集合に入っているモノのことを元という.a が集合 A
の元であるとき,a ∈ A と表す.集合は記号で次のように表す:

A = {a ∈ A| 条件となる命題 }.

例えば 0 以上 1 以下の実数全体は集合であるが,記号としては次のように表す:

{a ∈ R|0 ≤ a ≤ 1}.

定義 2.2. 集合 A から集合 B への対応 f が写像であるとは,A の元 a に対応 f を当てたとき,ただ一つの B


の元 b が f (a) = b として定まることである.記号では f : A → B と表す.

例えば
f : R → R; f (x) = x2

は写像である.一方で,

f : R → R; f (x) = y, ただし y は 2 乗すると x になる実数,

は写像ではない.なぜならば,負の実数 x に対して 2 乗すると x になる実数は定義されないということ,ま


たたとえば x = 4 に対して対応する y は 2 と − 2 の二通りあり,y が一つに定まらない.

定義 2.3. 写像 f : A → B が全射であるとは,任意の B の元 b に対して,f (a) = b となる A の元 a が存在


することである.単射であるとは,B の各元 b に対して,f (a) = b となる a が存在すればただ一つしかない
ことである.つまり,f (a1 ) = f (a2 ) ならば a1 = a2 が成り立つことである.全射かつ単射な写像のことを全
単射という.全単射 f に対し,逆写像を f −1 (b) = a; ただし f (a) = b として定める.

10
注意 2.4. 自分のノートなど,他人に読ませる気がないメモ書きならば,上記のような集合に関する記号は好
きに使えばいいが(任意のという意味の ∀ や,存在するという意味の ∃ など,調べれば出てくるであろう.),
人に読ませる気がある答案などでは濫用はお勧めできない.他人が書いた数学記号による文章というのは学生
が思っている以上に非常に読みにくい.

定義 2.5. 集合 {1, 2, . . . , n} から {1, 2, . . . , n} 自身への全単射な写像 σ を n 文字の置換という.言い換


えれば,1, 2, . . . , n を並び替える操作のことを置換という.置換の種類は全部で n! = n(n − 1) · · · 1 個ある.

置換 σ があって,
σ(1) = i1 , σ(2) = i2 , . . . , σ(n) = in

が成り立つとき, ( )
1 2 ... n
σ=
i1 i2 ... in

のように表す.上の記号は行列ではないので,混同しないように注意が必要である.

定義 2.6. 二つの文字を交換し,ほかの文字については動かさないものを互換という.例えば,

σ(1) = 2, σ(2) = 1, σ(3) = 3, . . . , σ(n) = n

は互換である.

命題 2.7. 任意の置換は何個かの互換の合成によって表される.

Proof. 置換というのは言ってしまえばあみだくじのことである.あみだくじは平等,つまり自分が引くこと
のできない “くじ” が存在しないことは感覚的に明らかだろう.互換というのはあみだくじの中にある各横線
に対応する.あみだくじが横線の組み合わせによって作られることは,置換が互換の合成によって表されてい
ることに対応する.
この命題を真面目に証明するのは少し大変である.このくらいのいい加減さで許してほしい.

定義 2.8. 置換 σ が偶数個の互換の合成で表されるとき,符号として +1 を当てる.奇数個の互換の合成で表


されるとき,符号として −1 を当てる.置換 σ の符号を,sgn σ と表す.
( ) ( )
1 2 3 1 2 3
例 2.9. の符号は −1, の符号は +1.
2 1 3 2 3 1

注意 2.10. 置換をあみだくじと対応させる見方から,置換の符号の視覚的な計算の仕方を得る.例えば
( )
1 2 3
,
2 3 1

の上下同じ数字同士で線を引っ張るのである.そして交点の個数を数え,交点の個数が今は 2 個となるが,置
換の符号は (−1)2 と計算できる.

定義 2.11. 次の n 次正方行列  
a11 a12 ... a1n
 a21 a22 ... a2n 
 
A= . .. .. .. 
 .. . . . 
an1 an2 ... ann

11
の行列式を ∑
sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · anσ(n)
σ:置換

と定義する.正方行列 A の行列式は det(A) または |A| で表される.

例 2.12.
a11 a12
= a11 a22 − a12 a21
a21 a22
( ) ( )
1 2 1 2
である.上の定義と見比べると,第一項は置換 に関する項で,第二項は置換 に関する項だ
1 2 2 1
とみれる.

a11 a12 a13


a21 a22 a23 = a11 a22 a33 + a21 a32 a13 + a31 a12 a23 − a13 a22 a31 − a23 a32 a11 − a33 a12 a21
a31 a32 a33
である.この式の視覚的な覚え方(教科書 p. 87)をサラスの方法,またはたすき掛けという.4 次以上の行
列の行列式ではこのような,たすき掛けのような覚え方は無いので注意すること.

見ての通り,4 次以上の行列式を求めるのは手計算では困難である.4 次であれば,24 個の項をミスなく,


符号含めて正確に計算するというのは難しいが,できないことはないだろう.しかし 5 次の 120 個の項では
絶望的である.では難しいながらも簡明化する手法はないのだろうかということだが,その手法を §2.3 で解
説する.まずは本質的に必須な内容ではないと思うが,知っておくと色々と便利な事項を次の節で解説する.

2.2 行列式の性質
この節では正方行列を n 個の n 次の縦ベクトルの組として表すことがある.すなわち,

(a1 , a2 , . . . , an ); 各 ai は n 次縦ベクトル,

のように表す.分かりやすさのためにこの表記ではコンマを使う.

命題 2.13. 行列  
a11 a12 ... a1n
 a21 a22 ... a2n 
 
A= . .. .. .. 
 .. . . . 
am1 am2 ... amn
に対して,次の (n, m) 行列  
a11 a21 ... am1
 a12 a22 ... am2 
 
At =  . .. .. .. 
 .. . . . 
a1n a2n ... amn
を A の転置行列という.正方行列 A に対し,|At | = |A| が成り立つ.

Proof. 2 次や 3 次の正方行列で具体的に確かめると,雰囲気がつかめるであろう.証明は一般に次のように
なる. ∑
|A| = sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · anσ(n) .
σ:置換

12
σ が置換全体を動くとき,σ −1 も置換全体を動くので,

|A| = sgn σ −1 · a1σ−1 (1) a2σ−1 (2) · · · anσ−1 (n)
σ:置換

とも表せる.σ −1 (1), σ −1 (2), . . . , σ −1 (n) は全体としては 1, 2, . . . , n に一致している.これを小さい順に


並べ替えておいて,各 i に対し σ −1 (i) = k として上の式を書き直せば,

|A| = sgn σ · aσ(1)1 aσ(2)2 · · · aσ(n)n
σ:置換

となる.この右辺は |A | のことであるから |A| = |At | である.


t

注意 2.14. この命題から,行列式の列に関する性質は行についても同様に成り立つことがわかる.

命題 2.15. (1) 行列式は各列で成分が和の形に表されているとき分解できる.すなわち,

det(a1 , a2 , . . . , ai + a′i , . . . , an ) = det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an ) + det(a1 , a2 , . . . , a′i , . . . , an )

が成り立つ.(2) 行列式は各列が実数 c 倍されたとき,その c を外に出せる.すなわち,

det(a1 , a2 , . . . , cai , . . . , an ) = c det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an )

が成り立つ.

Proof. (1) について,

det(a1 , a2 , . . . , ai + a′i , . . . , an )

= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · (aiσ(i) + a′iσ(i) ) · · · anσ(n)
σ:置換

= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · aiσ(i) · · · anσ(n) (2.1)
σ:置換

+ sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · a′iσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
= det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an ) + det(a1 , a2 , . . . , a′i , . . . , an ).
(2) について,
det(a1 , a2 , . . . , cai , . . . , an )

= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · caiσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
∑ (2.2)
=c sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · aiσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
= c det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an ).

注意 2.16. 上の命題の性質:和について分解できること,及び実数倍を外に出せること,を各列について線
形であるという.どうでもいい話だが,この命題の日本語での説明はどうすればいいのか非常に困った.線形
性というものを先に説明してから上の命題を述べるのが本来の数学の在り方のように思うが,それでは仰々し
い.かといって,det は和とスカラー倍について compatible である (この数学用語の意味も日本語だとよくわ
からない.いい感じになるとでも訳すべき?) というしか,私はもはや思いつかない.

13
命題 2.17. 2 つの列を入れ替えると,行列式の符号が変わる.すなわち,

det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an ) = − det(a1 , a2 , . . . , aj , . . . , ai , . . . , an )

が成り立つ.

Proof. i と j を入れ替える互換を τ とすると,


det(a1 , a2 , . . . , aj , . . . , ai , . . . , an )

= sgn σ · a1τ σ(1) a2τ σ(2) · · · aiτ σ(i) · · · ajτ σ(j) · · · anτ σ(n)
σ:置換 (2.3)

= sgn τ sgn τ σ · a1τ σ(1) a2τ σ(2) · · · aiτ σ(i) · · · ajτ σ(j) · · · anτ σ(n)
σ:置換

ここで,σ が置換の全体を動くなら,τ σ も置換の全体を動くので,



sgn τ σ · a1τ σ(1) a2τ σ(2) · · · aiτ σ(i) · · · ajτ σ(j) · · · anσ(n) = det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , aj . . . , an )
σ:置換

である.よって,sgn τ = −1 と合わせて,

det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an ) = − det(a1 , a2 , . . . , aj , . . . , ai , . . . , an )

を得る.

最後に次の命題を述べてこの節を終わる.

命題 2.18. n 次行列 A, B に対し,|AB| = |A||B| が成り立つ.

Proof. 2 次で具体的に計算し,それで納得してもらいたい.一般の次数で証明するのはそこそこ大変である.
証明方法は抽象的なモノが好みなら [長谷川 04] または [齋藤 66] を,地道に計算して確かめたいなら [佐武 58]
または [川久保 99] を参照すること.
( ) ( )
a b x y
A= , B=
c d z w
とする. ( )
ax + bz ay + bw
AB =
cx + dz cy + dw
となる.よって,
|AB|
= (ax + bz)(cy + dw) − (ay + bw)(cx + dz)
= (acxy + bczy + adxw + bdzw) − (acyx + bcwx + adyz + bdwz)
(2.4)
= bczy − bcwx + adxw − adyz
= (ad − bc)(xw − yz)
= |A||B|.

系 2.19. A が正則行列のとき,逆行列 A−1 の行列式は |A−1 | = 1


|A| となる.

Proof. AA−1 = E である.上記の命題から,1 = |E| = |AA−1 | = |A||A−1 | となる.よって |A−1 | = 1


|A| で
ある.

14
2.3 行列式の展開
この節では行列式の展開という,行列式の計算をするためのアルゴリズムを一つ紹介する.注意してほしい
のが,そのアルゴリズムは理論的には優れているが,実際の計算では全く役に立たないということだ.*1 また
応用としてクラメルの公式を紹介する.クラメルの公式は連立方程式の解を公式の形として表せるもので,理
論的に有用である.計算手法としては消去法をすればいいが,抽象的な議論をする際にそれでは困るだろう.
実際 3 次方程式の解の公式を学んでいない我々は,与えられた3次方程式が簡単に因数分解できないとき,そ
れ以上代数的に議論することができない.3次方程式の解の求め方を,簡単な解が少なくとも一つ求められる
ときでのやり方しか知らないからである.*2
一方でクラメルの公式も,実際に解を求めるとなると全くの役立たずである.計算量のオーダーは O(n2 n!)
で(O の中身に比例した回数計算するという意味)
,例えば 20 元の連立一次方程式の解は今の処理能力をもつ
家庭用の計算機でも 30 年かかる.

定義 2.20. n 次正方行列 A の第 i 行,第 j 列を除いてできる n − 1 次の行列の行列式 (:= Dij ) に,符号


(−1)i+j をかけたものを行列 A の第 (i, j) 余因子といい,記号で ãij := (−1)i+j Dij とする.

定理 2.21. 次が成り立つ.

|A| = a1j ã1j + a2j ã2j + · · · + anj ãnj


(2.5)
= ai1 ãi1 + ai2 ãi2 + · · · + ain ãin
また 1 行目の式を第 j 列,2 行目の式を第 i 行に関する行列式の展開,または余因子展開という.

例 2.22. 証明に入る前に具体例をいくつか見てみよう.この定理は実際に 4 次くらいの行列で展開を行い,


具体例を通して理解することが重要である.
 
0 1 2
1 2 3
2 3 0
について上の公式通りに余因子展開してみると,

0 1 2
2 3 1 2 1 2
1 2 3 =0· + (−1) · 1 · +2·
3 0 3 0 2 3
2 3 0 (2.6)
= −(−6) + 2(3 − 4)
=4
である.一方サラスの公式(あるいは行列式のそもそもの定義)を用いて行列式を求めると,

0 1 2
1 2 3 =0·2·0+1·3·2+2·1·3−2·2·2−3·3·0−0·1·1=4
2 3 0

*1 現実に手計算で求めるには 4 次の行列式が限度であろう.計算量のオーダーは O(n!) で,結局は大きい n では役立たずなアルゴ


リズムである.
*2 一般に 3 次方程式の解の公式は古くから知られている,気になる人は Wikipedia をチェック.5 次以上の方程式の解の代数的な

公式は存在しないことも有名である(ガロア理論) .解析的手法による求解法は存在するので,このあたり誤解しないでもらえると
ありがたい.

15
となり,確かに一致していることがわかる.上の余因子展開の意味は,行列式の定義をみるとだんだんわかっ
てくる.定義通りに 3 次の行列式を計算すると,

a11 a12 a13


a21 a22 a23
a31 a32 a33 (2.7)
= a11 a22 a33 − a11 a23 a32 − a21 a12 a33 + a21 a32 a13 + a31 a12 a23 − a31 a22 a13
であるが,a11 で最初の 2 項を括ってみると,符号付きで,番号が重ならないように積を取った和が現れる.
これは 2 次の行列式の式に他ならない.まとめると,

= a11 (a22 a33 − a23 a32 ) − a21 (a12 a33 − a32 a13 ) + a31 (a12 a23 − a22 a13 )
a22 a23 a a13 a a13 (2.8)
= a11 − a21 12 + a31 12
a32 a33 a32 a33 a22 a23
となる.これは余因子展開に他ならない.

Proof. 1 列に関する余因子展開を証明しよう,他の列,および行についての展開も同様である.命題 2.15


より,

|A|
 
a11 a12 ... a1n
 a21 a22 ... a2n 
 
= . .. .. .. 
 .. . . . 
an1 an2 ... ann (2.9)
     
a11 a12 ... a1n 0 a12 ... a1n 0 a12 ... a1n
 0 a22 ... a2n  a21 a22 ... a2n   0 a22 ... a2n 
     
= . .. .. ..  +  .. .. .. ..  + . . .  .. .. .. ..  ,
 .. . . .   . . . .   . . . . 
0 an2 ... ann 0 an2 ... ann an1 an2 ... ann
ここで,第 i 項の行列式において,行を次々と交換することで第 i 行を一番上に持ってくると,
     
a11 a12 ... a1n a21 a22 ... a2n an1 an2 ... ann
 0 a22 ... a2n   0 a12 ... a1n   0 a12 ... a1n 
    n−1  
= . .. .. ..  −  .. .. .. ..  + . . . (−1)  .. .. .. .. ,
 .. . . .   . . . .   . . . . 
0 an2 ... ann 0 an2 ... ann 0 an−1, 2 ... an−1, n
(2.10)
行列式の定義と余因子行列の定義から,

= a11 D11 − a21 D21 + · · · + (−1)n−1 an1 Dn1


(2.11)
= a11 ã11 + a21 ã21 + · · · + an1 ãn1
とまとめられる.

この余因子展開の手法を用いれば,掃き出し法とは異なる逆行列を求める手法を得ることができる.

定義 2.23. ãji を (i, j) 成分とする行列(添え字の順番に注意)


 
ã11 ã21 ... ãn1
 ã12 ã22 ... ã2n 
 
à =  . .. .. .. 
 .. . . . 
ã1n ã2n ... ãnn

16
を A の余因子行列という.

次が成り立つ.

定理 2.24. AÃ = ÃA = |A|E

Proof. AÃ を具体的に計算してみよう.(i, i) 成分は定理 2.21 から


 
ãi1
( 
)  ãi2 

ai1 ai2 . . . ain  .  = ai1 ãi1 + ai2 ãi2 + · · · + ain ãin = |A|
 .. 
ãin

と計算できる.一方で (i, j) 成分 (i ̸= j) は,
 
ãj1
( ) 
 ãj2 
ai1 ai2 ... ain  .  = ai1 ãj1 + ai2 ãj2 + · · · + ain ãjn
 .. 
ãjn

である.これは,A の第 j 行を第 i 行で置き換えた行列の行列式に等しい.命題 2.17 から,同じ行がある行


列の行列式は 0 である(命題 2.17 において,ai = aj とせよ).よって,上の式は 0 である.
まとめると,  
|A| 0 ... 0
 0 |A| . . . 0 
 
AÃ =  . .. .. ..  = |A|E
 .. . . . 
0 0 ... |A|

となる.ÃA = |A|E も同様である.

系 2.25. 正方行列 A が逆行列を持つための必要十分条件は, A の行列式が 0 でないことで,そのとき逆行列



は |A| である.

注意 2.26. この系は定理 1.11 の一般化であることがわかるだろう.

クラメルの公式を解説してこの節を終える.
次の n 個の文字に関する n 本の連立一次方程式


 a11 x1 + a12 x2 + · · · + a1n xn = b1

 a21 x1 + a22 x2 + · · · + a2n xn = b2
..

 .


an1 x1 + an2 x2 + · · · + ann xn = bn

を,      
a11 a12 ... a1n x1 b1
 a21 a22 ... a2n   x2   b2 
     
A= . .. .. ..  , x =  ..  , b =  .. 
 .. . . .   .  .
an1 an2 ... ann xn bn

について,
Ax = b

17
と表そう.以下では A は正則であるとする.上の式は余因子行列 Ã を用いて次のように変形される.

x = A−1 b
1
= Ãb
|A|
 
ã11 ã21 ... ãn1

1  12ã ã22 ... ã2n 

=  . .. .. ..  b
|A|  .. . . .  (2.12)
ã1n ã2n ... ãnn
 
b1 ã11 + b2 ã21 + · · · + bn ãn1
1  
 b1 ã12 + b2 ã22 + · · · + bn ãn2 
=  .. 
|A|  . 
b1 ã1n + b2 ã2n + · · · + bn ãnn
となる.最後のベクトルの第 j 成分は,定理 2.21 から,行列 A の第 j 列の代わりに b を置いた行列
 
a11 ... b1 ... a1n
 a21 ... b2 ... a2n 
 
Aj =  . .. .. 
 .. . . 
an1 ... bn ... ann
の行列式の第 j 列の余因子展開に等しい.よって次の定理を得る.

定理 2.27. 正則行列 A に関する連立一次方程式

Ax = b

の解は
a11 ... b1 ... a1n
|Aj | 1 a21 ... b2 ... a2n
xj = = . .. .. , (j = 1, 2, . . . , n)
|A| |A| .. . .
an1 ... bn ... ann
となる.上記の式をクラメルの公式という.

2.4 行列式の図形的意味
( ) ( )
a b a b
命題 2.28. 次の一次独立なベクトル x = ,y = により張られる平行四辺形の面積は行列式
c d c d
の絶対値に等しい.

Proof. x と y のなす角を θ とする.x, y で張られる平行四辺形の面積は,S = |x||y| sin θ である.ここで S 2


を考える.
S 2 = |x|2 |y|2 sin2 θ = |x|2 |y|2 (1 − cos2 θ) = |x|2 |y|2 − (x · y)2

である.具体的に成分を計算すれば,
S 2 = (ad − bc)2

a b
となる.よって S は行列式 の絶対値 |ad − bc| に等しい.
c d

18
上記の命題と同様に,3 次元でも平行六面体の体積は 3 次正方行列の行列式として表せる.証明は教科書の
ように外積を用いて証明するのが一般的であろうが,一般化につなげるためにもっと泥臭い方法で証明する.

命題 2.29. 次の一次独立なベクトル
     
a b c
x =  d  , y =  e  , z = f 
g h i

で張られる平行六面体の体積は行列式
a b c
d e f
g h i

の絶対値に等しい.

Proof. 証明の方針は前の命題と同様に,底面となる x, y で張られる平行四辺形と,その平行四辺形に対し垂


直な z の成分を計算して体積を考察することである.その垂直な成分は外積を用いて簡単に計算することもで
きるが,その証明は教科書に任せる.
vx = x
|x| とする.つまり x 方向の長さ 1 のベクトルを取る.次に y ′ = y − (y · vx )vx とする.この y ′ は vx
y′
に垂直である.vy = |y ′ | として長さを 1 にそろえておく.
まず次が成り立つ:x, y で張られる平面と,vx , vy で張られる平面は等しい.実際 vx , vy で張られる平
面は,
avx + bvy ; a, b は実数

であるが,
avx + bvy = a|x|x + b|y ′ |{y − (y · vx )vx } = {a|x| − b|y ′ ||x|(y · vx )}x + b|y ′ |y

となる.よって vx , vy で張られる平面は,x, y で張られる平面に含まれる.逆も同様であるから x, y で張ら


れる平面と,vx , vy で張られる平面は等しい.
さて我々の最初の目標は,

z = a + b ; a は x, y で張られる平面に垂直, b は x, y で張られる平面内のベクトル

として表示しなおすことである.上記の y ′ の表示をまねて

a = z − {(z · vx )vx + (z · vy )vy }

としよう.この a は vx , vy の両方に垂直である.b = (z · vx )vx + (z · vy )vy とすれば,x, y で張られる平面


と,vx , vy で張られる平面は等しいという事実から,これが求める表示である.
この a を具体的に計算していく方針ではうまくいかない.a の成分表示が煩雑すぎるからである.そこをう
まく回避しなくてはいけない.  
a b c
A = d e f  = (x, y, z)
g h i

に対し,
à = (x, y, a)

19
とする.ここで,上記の b は x, y で張られる平面に含まれるという事実から,b = αx + βy と表示しておく.
ここで 3 列目に 1 列目の α 倍を加える列基本変形を P1 とする.また,3 列目に 2 列目の β 倍を加える列基本
変形を P2 とする.このとき,
A = ÃP1 P2

が成り立つ.行列 A の行列式について次のような変形ができる:

det(At A) = det(P2t P1t Ãt ÃP1 P2 )


= det(P2t P1t ) det(ÃÃt ) det(P1 P2 ) (2.13)
t
= det(ÃÃ ).

次に A から 3 列目を取り除いた行列を D = (x, y) として計算を続ける:


( t) ( t )
t D DD Dt a
det(Ã Ã) = det{ t (D, a)} = det( t
a aD at a

となる.ベクトル a は x, y に垂直なので,D t a = 0, at D = 0 である.よって


( )
Dt D 0
det(Ãt Ã) = det = det(Dt D)|a|2
0 at a

ここで, ( t) ( 2 )
x |x| x·y
det(Dt D) = det{ t (x, y)} = det = |x|2 |y|2 − (x · y)2
y y·x |y|2

である.これは x, y が貼る平行四辺形の面積 S の 2 乗である.以上をまとめると,

det(A)2 = det(At A) = det(Ãt Ã) = S 2 |a|2 = (体積)2

である.よって,平行六面体の体積は det(A) の絶対値に等しい.

注意 2.30. 上の証明で重要な手法はまず,ベクトル x, y, z から,x の方向を固定し次々と互いに垂直な長さ


1 のベクトルたちを作ったことである.一般に次がいえる:
一次独立な Rn のベクトル a1 , a2 , . . . an が与えられたとき,次のようにして互いに垂直な長さ 1 のベクト
ルが得られる.
a1
(1)e1 = |a1 | とする.
e′2
(2)e′2 = a2 − (a2 · e1 )e1 として e1 に垂直なベクトルをとる.e2 = |e′2 | として長さを 1 にする.
e′3
(3)e′3 = a3 − (a3 · e1 )e1 − (a3 · e2 )e2 として e1 , e2 に垂直なベクトルをとる.e3 = |e′3 | として長さを 1 に
する.
(4) 以下同様に繰り返す.
この手法をシュミットの直交化法という.この直交化法は具体的に与えられたベクトルに対して計算した
いわけではない(一般には煩雑すぎる).内積の定まっているベクトル空間には,長さ 1 の互いに垂直な基底
(正規直交基底という)が存在するという事実が数学的には嬉しい.

注意 2.31. n 次元の平行多面体の体積を定義しよう.平行多面体 P は x1 , x2 , . . . , xn で張られるとす


る.シュミットの直交化法により,互いに垂直な長さ 1 のベクトル a1 , a2 , . . . , an−1 がとれる.ここで
∑n−1
a = xn − k=1 (xn · ak )ak とすると,上の命題と同様に,a は xn の x1 , x2 , . . . xn−1 に垂直な成分である.

20
そこで帰納法の仮定として,x1 , x2 , . . . xn−1 で張られる n − 1 次元の多面体 P ′ の体積 vol(P′ ) は定義された
ものとして,vol(P) = |a|vol(P′ ) と定義する.実際 1 次元の体積(長さ)はよく知る定義で与えられるので,
帰納法から n 次元の平行多面体の体積が定義される.
こうして定義した n 次元の平行多面体の体積についても,行列式の絶対値に等しいという命題は一般化され
る.証明は上記の 3 次元の場合と,記号的には全くの同様である.

命題 2.32. Rn 内の,k 個の一次独立なベクトル x1 , x2 , . . . , xk で張られる平行多面体の体積 V は,

A = (x1 , x2 , . . . , xk )

に対し,
V 2 = det(At A)

をみたす.特に k = n のとき,
A = (x1 , x2 , . . . , xn )

に対し,
V = | det(A)|

である.

Proof. k に関する帰納法を仮定し,3 次元の場合と形式的に同様に証明する.

21
第3章

固有値と対角化

3.1 ベクトル空間と線形写像
この節では行列を写像とみなすところから始まる,線形写像という抽象的なモノを定義するが,それの解釈
を考えるとすなわち行列である,というところがこの節での主眼である.こうして線形代数は単なる行列の学
問ではなくなり,現代数学の基本的足りうる道具になる.

定義 3.1. 集合 V が次の 2 条件 (I), (II) を満たすとき,V を複素線形空間,あるいは複素ベクトル空間と


いう.
(I)V の任意の 2 つの元 x, y に対して和という演算により第 3 の元 x + y が定義されて次をみたす:
(1)(x + y) + z = x + (y + z); 結合法則,
(2)x + y = y + x; 交換法則,
(3) 零ベクトル: 0 が存在し,0 は V の全ての元 x に対して 0 + x = x をみたす.
(4)V の任意の元 x に対し,x + x′ = 0 を満たす元 x′ が存在する.これを x の逆ベクトルといい,−x で表す.
(II)V の任意の元 x と任意の複素数 a に対し,x の a 倍というもう 一 つの元 ax が定義されて次をみたす:
(5)(a + b)x = ax + bx,
(6)a(x + y) = ax + by,
(7)(ab)x = a(bx),
(8)1x = x.

注意 3.2. 上の条件を覚えようとしてもなかなか理解できないであろう.要するに,ベクトル空間というのは
足し算と複素数倍が定義され,その演算は我々になじみ深い良い感じな性質を満たすものである,ということ
である.
また,上の複素数の部分を実数にすべて置き換えたものを,実線形空間,あるいは実ベクトル空間という.
誤解がなければいずれも単に線形空間,あるいはベクトル空間という.

例 3.3. 色々な具体例をみてベクトル空間に馴染むのがよい.
(1) よく知られているように,R2 (R3 ),つまり普通のユークリッド平面(空間)はベクトル空間である.
(2)(a1 , a2 , . . . , an ); ai は実数,として上のユークリッド平面を一般化した集合 Rn を考えるとこれはベク
トル空間である.
(3) 複素数を成分に持つ (m, n) 行列全体はベクトル空間となる.

22
(4) 複素数全体 C は実ベクトル空間である.
(5) 定数項が 0 である連立方程式の解の全体:Ax = 0 はベクトル空間となる.
(6) 実数係数の一変数多項式の全体:


n
ak xk ; n は任意の自然数,
k=1

で表されるモノ全体はベクトル空間となる.
(7) 次の k 階斉次微分方程式

dk y dk−1 y dy
k
+ ak−1 (x) k−1 + · · · + a1 (x) + a0 (x)y = 0; a0 (x) ̸= 0,
dx dx dx
の解の全体はベクトル空間となる.

定義 3.4. V, V ′ をベクトル空間とする.写像 T : V → V ′ が線形写像であるとは,複素数(実数)a と 2 つ


の V のベクトル x, y に対し,
T (x + y) = T (x) + T (y),

T (ax) = aT (x),

が成り立つことをいう.また全単射な線形写像 T に対し,その逆写像 T −1 も線形写像であることに着目し,


全単射な線形写像を同型写像という.2 つのベクトル空間 V, V ′ に対し,同型写像 T : V → V ′ があるとき,
V, V ′ は同型であるという.
特に V から V 自身への線形写像を線形変換という.

3.2 基底と線形写像の行列表示
定義 3.5. V をベクトル空間とする.v1 , v2 , . . . , vm ∈ V が次を満たすとき一次独立であるという:

c1 v1 + c2 v2 + · · · + cm vm = 0 ならば c1 = c2 = · · · = cm = 0.

一次独立でないとき一次従属であるという.

定義 3.6. ベクトル空間 V において,順番付きのベクトルの組 {v1 , v2 . . . , vn } があって次の条件をみたす


とき,{v1 , v2 . . . , vn } を基底という.また自然数 n を次元という.
(1) 任意のベクトル v がこれらの一次結合で表せる:

v = c1 v1 + c2 v2 + · · · + cn vn となる c1 , c2 , . . . , cn が存在する.

(2) 上記の表示は一意的である,すなわち:

c1 v1 + c2 v2 + · · · + cn vn = c′1 v1 + c′2 v2 + · · · + c′n vn ならば,c1 = c′1 , c2 = c′2 , . . . , cn = c′n .

言うなれば,基底というのは一次独立かつベクトル空間の全ての元を一次結合により表示できるベクトルの
組のことである.(1) で現れた c1 , c2 , . . . , cn を,v の座標という.また上の n が有限の自然数であるとき,
V は有限次元であるという.

23
定理 3.7. 線形写像は基底による座標表示に対し,行列を掛ける操作に対応する.すなわち,基底を一組固定
した下で線形写像と行列は一対一に対応する.

Proof. V , W を有限次元ベクトル空間とする.{v1 , v2 . . . , vn }, {w1 , w2 . . . , wm } をそれぞれの基底とす


る.線形写像 T : V → W について基底の行き先を,
 
ϕ1j

m
( ) 
 ϕ2j 
T (vj ) = wi ϕij = w1 w2 ... wm  . 
i=1
 .. 
ϕmj
とする.T の線形性から一般のベクトル v の行き先は, 上の基底と v の座標,及び ϕij たちにより,

∑n ∑
n ∑
n ∑
m
T (v) = T ( vj x j ) = T (vj )xj = wi ϕij xj
j=1 j=1 j=1 i=1
 
  x1
ϕ11 ϕ12 ... ϕ1n   (3.1)
( ) ..   x2 
= w1 w2 ... wm  .   .. 
 . 
ϕm1 ϕm2 ... ϕmn
xn
となる.

この定理からわかるように,線形写像というのは本質的には上記の行列
 
ϕ11 ϕ12 ... ϕ1n
 .. 
A= . 
ϕm1 ϕm2 ... ϕmn
のことである.ベクトル v に対し,(m, n) 行列 A を左から掛ける写像 v 7→ Av はもちろん線形写像であ
る.よって,線形写像というのは行列を左から掛ける操作に他ならない,という結論を得る.ただし,そ
の座標表示は基底の取り方によって変わることに注意しなければならない.基底を一つ {v1 , v2 . . . , vn },
{w1 , w2 . . . , wm } と固定したとき,T に対応する行列 A を,基底 {v1 , v2 . . . , vn }, {w1 , w2 . . . , wm } に
関する行列表示または表現行列という.

注意 3.8. 1.4 で行列の積を奇妙な形で定義する理由に言及していた.線形写像 S, T の合成 S ◦ T を,


S ◦ T (v) := S(T (v)) と定義しよう.ここで,それぞれの線形写像に対応する表現行列を A, B としよう.v
の座標表示を v = x = (x1 , x2 , . . . , xn )t としたとき,結合法則から (AB)x = A(Bx) が成り立つ.よって
積 AB は合成写像の表現行列となっていることがわかるであろう.このように,行列を線形写像のことと思
うとき,我々の行列の積は非常に理にかなっているのである.
( ) ( )
2 1 0
例 3.9. R の基底 , に対し,R2 のベクトル v を角度 θ だけ回転する線形写像の行列表示を求て
0 1
( ) ( ) ( ) ( )
1 cos θ 0 − sin θ
みよう. を角度 θ だけ回転した点は である.また を角度 θ だけ回転した点は
0 sin θ 1 cos θ
である.よって回転を表す行列は,定理 3.7 から,
( )
cos θ − sin θ
sin θ cos θ
であるとわかる.

24
回転行列のもつある側面を一般化して,次の直交行列を得る.

定義 3.10. 正方行列 A が,At A = E をみたすとき,直交行列という.

この定義を見ただけでは意味がよくわからないが,次の特徴づけで理解できるようになるだろう.

命題 3.11. 正方行列 A について以下は同値である.


(1)A は直交行列.
(2) 任意の n 次列ベクトル x に対し,||Ax|| = ||x|| である.ただし,|| · || でベクトルの大きさを表す.
(3) 任意の n 次列ベクトル x, y に対し,Ax · Ay = x · y .ただしここの · は内積を表す.

Proof. (1) ならば (2) を示す.


一般に,列ベクトル x, y の内積は x·y = xt y と転置を用いて表せる.また行列の積の転置は,(AB)t = B t At
をみたす.このことに注意して計算すると,||Ax||2 = Ax · Ax = (Ax)t Ax = x = xt At Ax.ここで A は直
交行列という仮定から At A = E なので,||Ax||2 = xt x = ||x||2 を得る.ベクトルの大きさは常に正なので,
||Ax|| = ||x|| を得る.
(2) ならば (3) を示す.
||x + y||2 = (x + y) · (x + y) = ||x||2 + x · y + ||y||,および ||x + y||2 = ||Ax||2 + Ax · Ay + ||Ay|| である
が,(2) の仮定から,||x|| = ||Ax||, ||y|| = ||Ay|| であるから x · y = Ax · Ay を得る.
(3) ならば (1) を示す.x · y = Ax · Ay = (Ax)t Ay = xt At Ay = x · At Ay より,x · (E − At A)y = 0.こ
こで x, y は任意に選んでいるので,At A = E が従う.

また直交行列というのは,文字通り “直交” する.

命題 3.12. A が直交行列のとき,A = (a1 , a2 . . . , an ) と列ベクトルたちで表すとき,この列ベクトルたち


は直交する.

Proof. A が直交行列,すなわち At A = E をみたすとき,


 
a1 · a1 a1 · a2 . . . a1 · an
 a2 · a1 a2 · a2 . . . a2 · an 
 
At A =  . .. .. ..  = E
 .. . . . 
an · a1 an · a2 ... a n · an

ai · aj = 1 i=j
よって, が成り立つ.つまり列ベクトルたちは互いに直交する.
a · a = 0 i ̸= j
i j

命題 3.13. 二次直交行列は次のいずれかの形である:
( ) ( ) ( )( )
cos θ − sin θ cos θ sin θ cos θ − sin θ 1 0
, (= ).
sin θ cos θ sin θ − cos θ sin θ cos θ 0 −1
( )
a b
Proof. A = とおいて At A = E を解く.
c d
( )
a2 + c2 ab + cd
At A =
ab + cd b2 + d2

25
より,まず a2 + c2 = 1, b2 + d2 = 1 が成り立つので,θ, ϕ を用いて,

a = cos θ, c = sin θ, b = cos ϕ, d = sin ϕ

と表せる.加法定理から,

ab + cd = cos θ cos ϕ + sin θ sin ϕ = cos(θ − ϕ) = 0.

よって,
π 3π
ϕ=θ+ + 2kπ, またはθ = ϕ + + 2kπ
2 2
が成り立つ.前者なら b = − sin θ, d = cos θ .後者なら b = sin θ, d = − cos θ である.
( )
1 0
注意 3.14. は x 軸で鏡にする変換:(x, y) 7→ (x, −y) である.このことに注意すれば,2 次の直
0 −1
交変換というのは回転,または回転と鏡映の合成である.

次の節で使う一次独立性を用いた正則行列の解釈を述べてこの節を終えよう.

命題 3.15. 正方行列 A を列ベクトルごとに表示して,A = (v1 , v2 , . . . , vn ) と表す.A が正則であるため


の必要十分条件は,v1 , v2 , . . . , vn が互いに一次独立であること.

Proof. A が正則のとき,連立一次方程式 Ax = 0 を考えると,両辺に A−1 を掛けて,x = 0 を得る.これは,

x 1 v1 + x 2 v 2 + · · · + x n vn = 0

をみたす x1 ,x2 ,. . . ,xn は 0 のみであるということに他ならない.つまり v1 , v2 , . . . , vn は互いに一次独


立.逆に v1 , v2 , . . . , vn が互いに一次独立のとき,連立一次方程式 Ax = 0 は解を x = 0 しか持たないが,
これは基本変形による連立一次方程式の解法を思い出せば,A は行基本変形により単位行列 E へと変形され
ることを表す.

3.3 固有値と対角化
この章では行列の成分として暗に複素数値を仮定していたが,それはこの固有値というのが一般には複素数
値まで取りうるからである.教科書では固有値として実数をもつ行儀のいい行列しか扱っていないが,理論的
には複素数まで広げた方が綺麗であろう.
この対角化と呼ばれる手法を学ぶことが,たいていの課程における線形代数の講義の目標であると思う.そ
れは数理的な応用範囲の広さが大きいと思われる.常微分方程式でこの対角化はすぐに使われることになるだ
ろうが,例えばリーマン幾何学,複素幾何学でも基本的な道具の一つになっている.

定義 3.16. V を複素ベクトル空間,T : V → V を線形変換とする.次をみたす 0 でないベクトル v を固有ベ


クトルという:
ある複素数λにより,T (v) = λv となる.

この λ を T の固有値という.

以降簡単のために,線形写像は定理 3.7 により,行列 A を左から掛ける操作のことと思おう.行列 A の固


有値を求める手法を解説する.

26
命題 3.17. λ が行列 A の固有値ならば det(A − λE) = 0 となる.逆に,λ に関する多項式 det(A − λE) の
根*1 は固有値となる.

Proof. λ が行列 A の固有値,すなわち,あるベクトル v に対し,

Av = λv

が成り立つとする.この式は直ちに (A − λE)v = 0 と変形される.A − λE が逆行列をもつとき,v = 0 とな


り v は固有ベクトルであるということに反する.よって A − λE は正則ではない,つまり det(A − λE) = 0
となる.
逆に λ は多項式 det(A − λE) = 0 の解であるとする.λ に関する仮定から,行列 A − λE は正則ではない.
つまり行列 A − λE の rank は n より小さいので,連立一次方程式 (A − λE)x = 0 は非自明な解をもつ.こ
の解により座標表示されたベクトルを v とすれば,Av = λv が成り立ち,λ は固有値であるとわかる.

上記の多項式 det(A − λE) = 0 を固有多項式,その解を特性根という.


固有ベクトルを使った行列の対角化というものを見てみよう,例を見れば雰囲気はわかるはずである.

例 3.18.  
2 −1 0
A = −1 2 −1
0 −1 2

の固有多項式は,

2−λ −1 0
|A − λE| = −1 2−λ −1
0 −1 2−λ (3.2)
= (2 − λ)3 − 2(2 − λ) = (2 − λ)(λ2 − 4λ + 2)

である.特性根 2 に関する固有ベクトルを計算しよう.v = (x, y, z) として,連立一次方程式 Av = 2v を解


くと,解は 

1
v = α 0 
−1

である.実際上記の連立一次方程式は,
 
0 −1 0
(A − 2E)v = −1 0 −1 = 0
0 −1 0

となり,y = 0, −x − z = 0 となる.これをベクトルの形で表せば,
   
x 1
y  = x  0 
z −1

*1 λ が多項式 F の根であるとは,F に λ を代入したとき F (λ) が 0 になること.λ が方程式 F (x) = 0 の解であるとは F (λ) = 0


となること.似ているようだが慣習上言葉遣いを区別する.

27
 
1
 
である.よって特性根 2 についての固有ベクトルの 1 つとして v2 =  
 0  が得られる.
−1
 
1
√  √  √
同様に特性根 2 + 2 の固有ベクトルの 1 つとして,v+ =  
− 2 が得られ,特性根 2 − 2 の固有ベク
1
 
1
√ 
トルの 1 つとして,v− =  2

 が得られる.
1
ここで固有ベクトルを並べた行列を
 
1 1
√ √1
X=  0 − 2 2
−1 1 1

とする.積 AX を考えるのであるが,X は A の固有ベクトルを並べている,という事実に気を付けながら変


形を行う.

AX = A(v2 , v+ , v− )
= (Av2 , Av+ , Av− )
√ √
= (2v2 , (2 + 2)v+ , (2 − 2)v− ) (3.3)
 
2 0√ 0
= (v2 , v+ , v− ) 0 2 + 2 0√ 
0 0 2− 2

となる.ここで,後に証明するが,命題 3.22 より固有値が異なる固有ベクトルは互いに一次独立.よって命


題 3.15 より上記の X は逆行列を持つので,上の式に左から X −1 を掛けると,
 
2 0√ 0
−1 
X AX = 0 2+ 2 0√ 
0 0 2− 2

と対角化される.

一般化すると次の定理を得る.

定理 3.19. n 次正方行列 A に対し,互いに一次独立な n 本の固有ベクトル v1 , v2 , . . . , vn が存在するとき,


その固有ベクトルを並べた行列 X = (v1 , v2 , . . . , vn ) は,
 
λ1
 λ2 
 
X −1 AX =  ..  , ただしλi は固有ベクトル vi に対応する固有値
 . 
λn

と対角に固有値が並ぶ行列へと変形される.

この定理の証明は上記の具体例を通して分かったと思う.この定理の証明の要点は式 (3.3) のように,X は

28
固有ベクトルを並べているところに気を付けると,
 
λ1
 λ2 
 
AX = X  .. 
 . 
λn

となるが,今固有ベクトルは互いに一次独立という仮定から X −1 が存在するので,それを両辺に掛けるとい
うことである.

注意 3.20. この対角化という操作が嬉しい肝となる部分は,行列 A を “V の基底を一つ w1 , w2 , . . . , wn


と固定した際の,線形写像 T の表現行列” だと思ったとき分かりやすくなる.X は上記の通り固有ベクト
ルの,基底 w1 , w2 , . . . , wn に関する座標表示を並べたものとする.新しい基底として,固有ベクトルたち
v1 , v2 . . . , vn が得られるであろうが,この異なる基底により,ベクトル v を,

v = x1 w1 + x2 w2 + · · · + xn wn , v = y1 v1 + y2 v2 + · · · + yn vn (∗)

と二通りの表示をするとき,    
x1 y1
 x2   y2 
   
 ..  = X  ..  (∗∗)
 .  .
xn yn

となる.すなわち,X は基底の座標表示の変換を与えている.(上記 (∗) において v = vi として,対応する


(∗∗) をみたす X はどのような成分を持つ必要があるかを考えると,自ずと X とは固有ベクトルを並べた行
列であるとわかる.)
線形写像 T の,基底 w1 , w2 , . . . , wn に関する表現行列が A ということを,
   
x′1 x1
 x′2   x2 
   
 ..  = A  ..  , (この左辺は T (v) の基底 w1 , w2 , . . . , wn に関する座標)
 .   . 
x′n xn

と表示した際に,上記の基底の取り換えを行えば,
   
y1′ y1
 y2′   y2 
   
X  .  = AX  .  , (この左辺は T (v) の基底 v1 , v2 , . . . , vn に関する座標)
 ..   .. 
yn′ yn

を得る.両辺に X −1 を掛けて,    
y1′ y1
 y2′   y2 
   
 ..  = X −1 AX  ..  .
. .
yn′ yn

よって,固有ベクトルたちによる新しい座標のもとでの線形写像 T の表現行列は X −1 AX である.


まとめると,対角化というのは基底を取り換えた先に線形写像の表現行列として,対角行列を得るという操
作である.

29
注意 3.21. 正則でない行列は固有値として 0 を持つ.当然だがその場合も対角化されうる.つまり対角化可
能かどうかと,その行列の正則性は関係ない.

上の説明でごまかした部分を証明しよう.

命題 3.22. 行列 A の異なる固有値に対する固有ベクトルは互いに一次独立.

Proof. 相異なる固有値を λ1 , λ2 , . . . λk とし,各々に対応する固有ベクトルを一つずつ v1 , v2 , . . . , vk と


選ぶ.この v1 , v2 , . . . , vk が一次従属と仮定すると,ある番号 i で,v1 , v2 , . . . , vi−1 は一次独立だが,
v1 , v2 , . . . , vi は一次従属となる.よってある c1 , c2 , . . . , ci−1 により,

vi = c1 v1 + c2 v2 + · · · + ci−1 vi−1 (∗)

が成り立つ.(∗) の両辺に行列 A を掛けると,

λi vi = c1 λ1 v1 + c2 λ2 v2 + · · · + ci−1 λi−1 vi−1

を得る.一方で (∗) の両辺に λi を掛けると,

λi vi = c1 λi v1 + c2 λi v2 + · · · + ci−1 λi vi−1

を得る.2 つの式の辺々を引いて,

c1 (λi − λ1 )v1 + c2 (λi − λ2 )v2 + · · · + ci−1 (λi − λi−1 )vi−1 = 0

を得る.v1 , v2 , . . . , vi−1 は一次独立より,cj (λi − λj ) = 0, j = 1, 2, . . . , i − 1 が成り立つ.固有値


は今互いに異なるとしたので,cj = 0(j = 1, 2, . . . , i − 1) である.これは式 (∗) に矛盾である.よって
v1 , v2 , . . . , vk は一次独立となる.

応用として二次形式の標準形を解説する.まずは対称行列に関する次の命題を述べておく.

命題 3.23. 対称行列:At = A なる行列,は直交行列により対角化可能.

Proof. A を対称行列とし,その固有値を λ, µ とし,対応する固有ベクトルを x, y とする.

λx · y = Ax · y = (Ax)t y = xt At y = xt Ay = xt µy = µx · y

λ ̸= µ より x · y = 0.よって対称行列の,相異なる固有値に対する固有ベクトルは直交する.対称行列 A が
対角化可能なとき,すなわち固有ベクトルを並べた行列 X により X −1 AX = E となるとき,その X は命題
3.12 より直交行列である.

注意 3.24. 実は対称行列は常に対角化可能である.しかし証明はこの講義の目標とする内容を若干超えてし
まう.興味がある方は [川久保 99] が分かりやすい.

定義 3.25. n 個の文字 x1 , x2 , . . . , xn に関する斉 2 次式:



aij xi xj
i, j=1, 2, ..., n

を二次形式という.ただし,xi xj の係数と xj xi の係数を別の数字とする必要はないので,aij = aji として


おく.

30
 
x1
 
 x2 
 
二次形式は (i, j) 成分を上記の aij とする対称行列 A により,x =  .  に対し,xt Ax と表せる.行列の
 .. 
 
xn
対角化という操作は注意 3.20 で言及したように,基底の取り換えにより表現行列 A を対角化することであっ
た.その操作を思い出し,二次形式を A の固有ベクトルたちによる新しい座標で表しなおすことを考えよう.
上記の対称行列の固有ベクトルを並べた行列 X に対して,固有ベクトルによる新しい座標 y は,y = Xx で
得られる.するとこの y に対し二次形式は,

xt Ax = (X −1 y)t AX −1 y = y t (X −1 )t AX −1 y

である.ここで,A は対称行列なので X は直交行列より,X −1 = X t である.よって,


 
λ1
 λ2 
 
xt Ax = y t XAX −1 y = y t  ..  y; λi は A の固有値
 .  (3.4)
λn
= λ1 y12 + λ2 y22 + · · · + λn yn2

の形へと変形できる.つまり二次形式は狙い通り対角化されたのである.

定義 3.26. 上記の得られた最後の式:

λ1 y12 + λ2 y22 + · · · + λn yn2

を,二次形式 xt Ax の標準形という.標準形は二次形式を表す行列を対角化することで得られる.

例 3.27. x2 + y 2 − z 2 + 4xz + 4yz の標準形を求めよう.


この二次形式に対応する行列は,  
1 0 2
A = 0 1 2 .
2 2 −1

固有方程式は
λ−1 0 −2
0 λ−1 −2 = (λ − 1)(λ − 3)(λ + 3)
−2 −2 λ+1

である.対応する固有ベクトルを求める.固有値 1 に対応する固有ベクトルは,
   
x x
A y  = y 
z z
 
1
 
を解くと,x + y = 0, z = 0 より,固有ベクトルとして,−1 
 がとれる.同様に固有値 3 に対する固有ベ
0

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   
1
1
   2 
クトルは,   1 
1 が,固有値 −3 に対する固有ベクトルは, 2  がとれる.よって新しい座標を,
1 −1
 1

1 1 2
X = −1 1 1
2

0 1 −1

に対し,  ′    
x x x + y + 21 z
y ′  = X y  = −x + y + 1 z 
2
z′ z y−z

とすれば,標準形が x′2 + 3y ′2 − 3z ′2 と求められる.

注意 3.28. より高次の二次形式では固有値を求めることは一般に不可能である.よって標準形を求めること
もできない.ではどのように考えて二次形式を研究すればよいのかという話だが,固有値の正負にのみ着目
するのである.シルヴェスタの完成法則という定理により,基底の線形変換での取り換えにより二次形式を
α1 y12 + α2 y22 + · · · + αn yn2 の形に直したとき(今は一般の基底の取り換えなので,αi は固有値とは限らない),
αi たちの内,正の値となっているものの個数(上の例なら 2 個)は標準形のそれに等しい.つまり,標準形は
求められなくとも,標準形の正の係数が何個あるかという情報は求められるかもしれない.実際それだけであ
れば上記の例であればラグランジュの方法により,

x2 + y 2 − z 2 + 4xz + 4yz = (x + 2z)2 + y 2 − 5z 2 + 4yz = (x + 2z)2 + (y + 2z)2 − 9z 2

と求められる.この “個数” にのみ依存する性質を数学的に調べていけば何かしら面白いことがわかるであろ


う,そう期待して数学の研究をしていくのである.標準形の係数が全て正な二次形式を正値,係数が全て非負
な二次形式を半正という(負値,半負値も同様).この言葉はリーマン幾何学,あるいは複素幾何学で現れる
幾何的対称の特徴づけとして重要なクラスである(私が今勉強(研究)しているのは半正).

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今後の学習について

講義ノートを書くにあたって参考にした教科書は参考文献のページに載せた.ここでは線形代数を学び終え
た後に学習する分野をいくつか紹介する.紹介する書籍については私は全部を読んだわけではない.そのため
紹介内容は流し読みした感想であるとか,友人の書評であるとか,そういったものもあるのであまり信用しな
いでほしい.
線形代数の参考書
この講義ノートの構成は殆ど [長谷川 04] と [齋藤 66] の内容を高専の教科書に合わせて再編したものとなっ
ている.私が教科書を眺め,足りない,あるいは一般化がなされていないといった内容を付け加え,数学の専
門書の現代的なスタイル:定義,定理,証明という流れ,に合わせてこのノートを構成した.線形代数の内容
で紹介しきれなかったことは多々ある.それについての勉強は [長谷川 04] でやってほしい.この参考書は本
文が学習段階によって難易度を調整し分かりやすいということがお勧めできるポイントの 1 つであるが,線形
代数の「気持ち」,つまり何のための数学操作であるのか,ということについて誤解を恐れず書いていること
も分かりやすいポイントだと思う.また関連分野の書評が数多く載っており,今後の学習に大いに役立つであ
ろう.また線形代数のさらに進んだ内容については
山本哲郎,行列解析の基礎,SGC ライブラリー, 2019.
も興味がある人にお勧めする.
一般の文献
微積分の基本と線形代数の基本を学び終えれば,スムーズに学習を始められる分野がぐっと広がる.大学へ
の編入などを考えている学生も居るであろうから,まずは数学科の学生が 2 年次までに勉強する内容を紹介し
よう.
・ 線形代数
・ 微積分
・ 集合論(基本事項)
・ 位相空間論
この 4 分野は数学科の学生にとって必須な基礎,数学を語る言葉のようなものである.ただし集合論は専
門分野としての集合論もあるので,それとは区別するために基本事項と書き足した.この 4 分野に限らず,
Youtube に講義動画が上がっていたり,大学が公開している講義動画があったりするだろう.それで勉強す
るのもお勧めする.
線形代数と微積分はすでにある程度学んだであろう,しかし一部欠けている内容として,微積分を語る基本
的な言葉として,ϵ − δ 論法がある.これを学べる微積分の参考書をいくつか紹介する.
杉浦光夫,解析入門 I,II, 東京大学出版会, 1980.
微積分,ベクトル解析,複素解析の 3 分野が書かれている重厚な専門書である.初めてこの分野を勉強するに

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は内容が詳しすぎて向かないであろう.辞書として使うか,ある程度勉強したのちに読むと自分の中の理論が
整理されるのに良い本である.
田島一郎,イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書) ,共立出版,1978.
ϵ − δ 論法のみ手短に勉強したい人にはこれを勧める.本としてページ数も少ない割に十分説明が丁寧なので,
理解しやすいだろう.これを読めば微積分の基本事項を学んだ学生らには微積分は充分であると思う.基礎ば
かり勉強しても飽きるであろうから,ひとまず先に進むのが私はいいと思う.
笠原 晧司,微分積分学, サイエンス社,1974.
これは私が読み込んだ本である.杉浦は重厚過ぎて自習に向かないが,これはそれほどは内容が多すぎない.
かといって簡単すぎない,丁度いい本である.上の田島一郎を読めば十分であると書いたが,高専の教科書に
は書かれていない重要事項が 2 つある(陰関数定理とラグランジュの未定乗数法).数学を専門にすれば後々
使う重要となるであろう事項なので,ここで専門的な教科書を読み勉強しておくのもお勧めする.

集合論と位相空間論は大学の 2 年次で学ぶ高等数学を学ぶ基礎となる言葉である.位相空間論がでてこない
分野は存在しない.数学科に編入する場合はこの内容を身につけておかねばならない.
松坂和夫,集合・位相入門,岩波書店,1968.
内田伏一,集合と位相 (増補新装版) ,裳華房,2020.
この 2 冊は昔から定評のある位相空間論の参考書である.好みが分かれると思うので,好きな方を読めばよい
と思う.私の意見としては,松坂は説明が丁寧であるが,悪く言えば冗長で読みにくいかもしれない.内田は
松坂に比べると説明が簡素ではあるが,分かりにくいというほどでは無いと思う.

大学の 2 年次に勉強する内容としては次があげられる.このあたりからそれぞれ学生の好みが分かれ始める
ところである.
・複素解析
・常微分方程式(基本的な方程式の解法)
・曲面論
・群論
・位相幾何学(初歩部分)

複素解析は昔からたくさんの参考書が出版されているので,図書館で読みやすい本を探してほしいところだ
が,性格が異なる何冊かを挙げておこう.
高橋礼司,複素解析,東京大学出版会, 1990.
野口潤次郎,複素解析概論,裳華房,1993.
神保道夫,複素関数入門,岩波書店,2003.
野村隆昭,複素関数論講義,共立出版,2016.
神保がこの 4 冊の中だといちばん易しい本であろう.工学部や物理学科に進む学生にはこれを勧める.数学
科に進む学生は留数定理以降の内容(リーマンの写像定理,ピカールの定理,モジュラー形式)にも興味を持
つかもしれないので,ほか三冊を勧める.野村は級数に関する話題にも詳しい.微積分の本で勉強すれば良い
のではあるが,まだ十分に身についていない段階で複素解析の勉強を始める学生が殆どであろうから,この話
題に詳しいのはありがたい.高橋は対して級数に関する話題は殆どないが,数論的な話題が豊富である.代数
や数論が好きな学生にはこれを勧める.野口潤次郎は私が読み込んだ本である.著者が複素解析を専門として

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いることからか,級数に関する部分,メインとなるコーシーの積分定理の内容が程よく詳しい.それ以降の内
容としても幾何的な話題や数論的な話題がバランスよく載っている.

柳田英二, 栄伸一郎,常微分方程式論,朝倉書店,2002.
実は私はこの本を大学 2 年のときに読んで以降,「常微分方程式の解の一意性」以外の事項を全く使っていな
いので,内容を殆ど忘れてしまった.そのためこの分野についてあまり詳しく語れない.この本は解法が中心
の話題,つまり基本的な本であるから,もう 3 冊研究レベルに到達するための本を挙げておく.
堀畑和弘, 長谷川 浩司, 常微分方程式の新しい教科書,朝倉書店,2016.
吉沢太郎,微分方程式入門,朝倉書店,2005.
坂井秀隆,常微分方程式,東京大学出版会,2015.

小林昭七,曲線と曲面の微分幾何,裳華房,1995.
曲面論の定番である.幾何学専門の学生であっても必須の内容ではないこともあり,曲面論は講義で聞いて終
わりという学生も多いが,幾何学を専門にするならできれば勉強した方がよいと思う.微分幾何は現在ではこ
の本のような発見的な語り口ではなく,天下り的に概念が定義されていくため入門が難しい.この本の内容を
学んでおくとそれがいくらか緩和されると思う.

雪江明彦,群論入門,日本評論社,2010.
代数学は大きく群論,環論,体論,ガロア理論と分けられるが,大学の代数学はこのガロア理論を目標に講義
される.代数学の参考書は最近この雪江が人気である.代数学の参考書は人によって合う,合わないがあると
思うので,いくつか参考書を紹介する.
森田康夫,代数概論,裳華房,1987.
私はこの本を読みこんだ.一冊に上記の群論からガロア理論まで載っているのがうれしい.
松坂和夫,代数系入門,岩波書店,1976.
代数学は難しい参考書が多い中,松坂は比較的読みやすいと思う.
代数学はガロア理論だけではない.表現論や代数幾何学など,関連分野が多様である.自分の興味に合わせ
てどんどん勉強を進めていくことが大事だと思う.

位相幾何学については 2 年後期から 1 年半かけて,主に位相幾何と多様体論に分かれて講義される.2 年後


期で講義されるのはこの位相幾何の初歩部分(主に基本群)である.
I. M. シンガー , J. A. ソープ,トポロジーと幾何学入門,培風館,1995.
位相幾何と多様体論両方の基礎事項が一冊にまとまっている本としてこれを上げておこう.現在は出版されて
おらず,ネットでプレミア価格になってしまっているのが残念である.そのため次も候補として挙げておく.
杉原厚吉,トポロジー,朝倉書店,2019.
この本は位相幾何の初歩部分の話題が中心である.
一樂重雄,位相幾何学,朝倉書店,2019.
枡田幹也,代数的トポロジー,朝倉書店,2002.
田村一郎,トポロジー,岩波書店,1972.
上記 3 冊は大学 3 年に講義される位相幾何を中心の話題とした,最近定評ある本である.

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さて数学の書籍ばかり紹介したが,線形代数は非常に応用の広い道具である.例えば物理の量子力学は,数
学的側面を見ればほぼ線形代数による理論といってもいいと思う.何冊か物理の専門書も含め紹介しておく.
清水明,量子論の基礎,サイエンス社,2003.
長年定番の入門書である.
近藤慶一,量子力学講義 I ,共立出版,2023.
専門書としてのスタイルは数学書の体裁を取っているので,私にとっては非常に読みやすい.物理の本として
どうなのかはよくわからないが.

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参考文献

[長谷川 04] 長谷川浩司, 線型代数 改訂版,日本評論社, 2004.


[齋藤 66] 齋藤正彦, 線型代数入門, 東京大学出版会, 1966.
[佐武 58] 佐武一郎, 線型代数学, 裳華房, 1958.
[川久保 99] 川久保勝夫,線形代数学, 日本評論社, 1999.
[教科書] 高遠節夫ほか,新線形代数, 大日本図書, 2021.

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