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基礎知識
1.1 行列の定義と代数的性質
定義 1.1. 縦に m 個,横に n 個の数を並べたものを (m, n) 行列 といい,次のように書く:
a11 a12 ... a1n
a21 a22 ... a2n
A= . .. .. .. .
.. . . .
am1 am2 ... amn
特別な行列として次の単位行列(これは正方行列であることに注意)
1 0 ... 0
0 1 ... 0
E = . .. .. ..
.. . . .
0 0 ... 1
1
がある.
は逆行列を持たない.
以上のことをまとめる.
および交換法則:
A+B =B+A
をみたし,零行列は
A+O =O+A=A
A + (−A) = (−A) + A = O
をみたす.
2) 実数 c に対して,行列 A のスカラー倍 cA が定義され,1A = A かつ a(bA) = (ab)A をみたす.また次
の分配法則
(a + b)A = aA + bA, a(A + B) = aA + aB
注意 1.8. 上記の性質(結合法則や交換法則,零の存在,スカラー倍の分配法則など)をみたすモノの集まり
のことをベクトル空間という.つまり,(m, n) 行列の全体はベクトル空間である.
命題 1.9. 積が定まる限り,行列の積は以下をみたす.
結合法則:(AB)C = A(BC).
分配法則:(A + B)C = AB + BC, A(B + C) = AB + AC.
n 次行列であれば,AE = EA = A がなりたつ.
注意 1.10. n 次行列の全体は,常に積が定まり,単位行列を持ち,さらに上記のように分配法則を持つ.常
には逆行列を持たないことに注意.上記のような結合法則,分配法則,単位行列の存在を満たすベクトル空間
を代数や多元環などという.つまり n 次行列の全体は代数である.
2
さて,2 次正方行列がいつ逆行列をもつのか,すなわち正則なのかを考える.
( ) ( )
a b x y
A= , X=
c d z w
に対して, ( )
ax + bz ay + bw
AX =
cx + dz cy + dw
( )
1 0
である.AX = となる X の条件を考える.
0 1
ax
+ bz = 1 ......⃝
1
cx + dz = 0 ......⃝
2
ay + bw = 0 ......⃝
3
cy + dw = 1 ......⃝
4
と番号をつけて,
d⃝
1 − b⃝,
2 a⃝
2 − c⃝,
1 d⃝
3 − b⃝,
4 a⃝
4 − c⃝,
3 により,
(ad − bc)x = d
(ad − bc)z = −c
. (∗)
(ad − bc)y = −b
(ad − bc)w = a
x = d
ad−bc
z = −c
(i)ad − bc ̸= 0 のとき, ad−bc
と変形できる.よって,
y
= −b
ad−bc
a
w = ad−bc
( )
1 d −b
X=
ad − bc −c a
1.2 連立一次方程式と行列の基本変形
行列の応用として,基本的なものが連立一次方程式の解の考察である.例えば次の連立一次方程式を考
える:
2x + y − 5z = −1
x − y + z = 0 . (∗)
3x − 6y + 2z = −7
3
今までは文字の消去を目的として式に番号を降り,方程式の足し引きをしていただろう.しかし行き当たり
ばったりである感触が否めなく,全体として見通しも悪い.また我々は今まで,例えば次のような連立一次方
程式を考えることは無かった:
2x + y − 5z = −1
x − y + z = 0 . (∗∗)
x + 2y − 6z = −1
命題 1.13. 上記 3 つの基本行列は正則である.
4
左から R を掛けると,A の第 i 行に第 j 行の c 倍が加わる.
次に右から掛けるという操作を考える.n 次正方行列 A に,右から P を掛けると,A の第 i 列と第 j 列が
交換される.同様に右から Q を掛けると,A の第 i 列が c 倍され,右から R を掛けると,A の第 i 列に第 j
列の c 倍が加わる.
以上をまとめて,次の命題を得る.
基本変形という操作により次の重要な定理を得る.
この定理は,いくつか具体例を確認することが理解するために一番良い方法であると思う.
0 2 4 2 1 2 3 2 1 −5 −1
例 1.16. (i)
1 2 3 1
,(ii)−2 −3
−4,(iii)1 −1 1 0.
−2 −1 0 1 2 2 4 3 −6 2 −7
5
1 0 0 0
(3, 4 列)+(1 列), (3 列)−2(2 列), (4 列)−(2 列).
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 0 0 .
0 0 0 0
基本変形の雰囲気は伝わったと思う.注意であるが,基本変形は行けるところまで行変形で進め,最後に列
変形を行うようにする.後々基本変形の応用として,逆行列をの求め方や連立一次方程式の解き方を学ぶが,
その際は列変形を行ってはいけない.みだりに列変形を行うと悪い癖が付いてしまう.
(ii)
1 2 3 1 2 3 1 0 −1
(2 行)+2(1 行), (3 行)−2(1 行) (3 行)+2(2 行), (1 行)−2(2 行)
−2 −3 −4 −−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2 −−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2
2 2 4 0 −2 −2 0 0 2
1
(3 行)
1 0 −1 1 0 0
(1 行)+(3 行), (2 行)−(3 行)
−2−−−→ 0 1 2 −−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 0 .
0 0 1 0 0 1
この正方行列を行変形のみで基本変形する手法は重要である.行基本変形とは左から正則な
P, Q, R たち
1 2 3
を掛ける操作であった.掛けた行列たちをまとめて P̃ と表そう.上の例 (ii) において A = −2 −3 −4
2 2 4
とすると,P̃ A = E となったのである.つまり P̃ は A の逆行列である.つまり A−1 = P̃ である.このこと
から次の逆行列を求める手法を得る:P̃ を単位行列 E に掛けて P̃ を具体的に得る.変なことを行っているよ
うだが,E に対し A に施した行基本変形と同じことを行えば逆行列 A−1 = P̃ が得られるということである.
具体例を見れば雰囲気が掴めるであろう:
(ii)’
1 2 3 1 00 1 2 3 1 0 0
(2 行)+2(1 行), (3 行)−2(1 行)
−2 −3 −4 0 10 −−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2 2 1 0
2 2 4 0 01 0 −2 −2 −2 0 1
1 0 −1 −3 −2 0
(3 行)+2(2 行), (1 行)−2(2 行)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 2 2 1 0
0 0 2 2 2 1
1
(3 行)
1 0 −1 −3 −2 0 1 0 0 −2 −1 1
2
(1 行)+(3 行), (2 行)−2(3 行)
−2−−−→ 0 1 2 2 1 0 −−−−−−−−−−−−−−−−−→ 0 1 0 0 −1 −1 .
1 1
0 0 1 1 1 2 0 0 1 1 1 2
−2 −1 12
上記から,E に行変形を施すと,右半分側の行列になると分かった.よって逆行列は 0 −1 −1 であ
1
1 1 2
るとわかる.
ここまでの議論を次の定理としてまとめておこう.
定理 1.17. 正方行列
a11 a12 ... a1n
a21 a22 ... a2n
A= . .. .. ..
.. . . .
an1 am2 ... ann
6
について,A の右側に n 次の単位行列を置いた (n, 2n) 次の行列を考え,A の部分に行基本変形を行い,A の
部分を単位行列へと変形できたとする.変形が終われば,右側部分には A の逆行列が出来上がっている.
直ちに次がわかる.
注意 1.20. 上記では行変形により,逆行列を構成した.列変形を行うとどうなのかという疑問が湧くであろ
う.列変形を行うなら,
1 2 3
−2 −3 −4
2 2 4
1 0 0
0 1 0
0 0 1
定義 1.21. 次の連立一次方程式
a11 x1 + a12 x2 + ... + a1n xn = c1
a21 x1 + a22 x2 + ... + a2n xn = c2
.. (∗)
.
am1 x1 + am2 x2 + ... + amn xn = cm
について,
a11 a12 ... a1n a11 a12 . . . a1n c1
a21 a22 ... a2n a21 a22 . . . a2n c2
A= . .. .. .. , Ã = .. .. . . .. ..
.. . . . . . . . .
am1 am2 ... amn am1 am2 . . . amn cm
*1 行変形の手法を勧める,やればわかると思うが横長の行列の方が見やすい.
7
補題 1.22. 拡大係数行列 Ã に行変形を何回か行ったのち,列の入れ替えを行うと,
1 0 ... 0 b1, r+1 . . . b1, n d1
0 1 ... 0 b2, r+1 . . . b2, n d2
.. .. .. .. .. .. ..
. . . . . . .
B̃ =
0 0 ... 1 b2, r+1 . . . b2, n dr
0 0 ... 0 0 ... 0 dr+1
.. .. .. .. .. ..
. . . . . .
0 0 ... 0 0 ... 0 dm
この補題もいくつか具体例を確かめることで理解するのが良いと思う.
0 3 3 −2 −4 0 2 1 1 −4
2 −2 0 2
1 1 2 3 2 1 2 4 0 1
例 1.23. (i)
, (ii) −1
2 −2
1 , (iii)
.
1 2 3 2 1 1 4 5 1 0
−1 −1 2 1
1 3 4 2 −1 1 3 4 2 −1
行変形のみでキレイにしていくと最終的には次の形になる.
1 0 1 0 7
0 1 1 0 −2
(i) : B̃ =
0
0 0 0 0
0 0 0 1 −1
3 列と 4 列を入れ替えれば補題での形の行列を得る.
さて (i) の拡大係数行列に対応する連立一次方程式
3y + 3z − 4w = −4
x + y + 2z + 3w = 2
(∗)
x + 2y + 3z + 2w = 1
x + 3y + 4z + 2w = −1
を考えると,上の行変形でキレイにする操作は,方程式の足し引きなどによる方程式系の求解と同様の操作で
あるから,B̃ が表す連立一次方程式は,
x + z = 7
y + z = −2
w = −1
x = 7 − α, y = −2 − α, w = −1
である,ベクトルの形で書けば,
x 7 −1
y −2 −1
= + α
z 0 1
w −1 0
8
である.このベクトルの形による解の表示は重要である.解が図形的にどのような形をしているのかを想像
7
−2
すると(四次元空間なので絵に描けるわけではないが),四次元空間内の一点
を通る直線であると想
0
−1
像できる.直線や平面といったまっすぐな形が現れるような数学的対象の研究であるということが線形代数
(linear algebra) という言葉の由来である.
(ii),(iii) は各自に任せるが一応答えだけ書いておくと,それぞれに対応する連立一次方程式の解は,(ii) は
x = −3, y = −4, z = −3,(iii) は解を持たない.
ここまで解説した基本変形を用いた連立一次方程式の解や,逆行列を求める手法を消去法あるいは掃き出し
法という.
注意 1.24. (重要)
補題 1.22 では最後に列の入れ替えを行い所定の形の行列を手に入れたが,この列の入れ替えを含めて,連
立一次方程式を解く際には列変形をおこなってはならない.拡大係数行列のそれぞれの数字には隠れている
が,それぞれの文字 x1 , x2 , . . . , xm の係数である,という情報が含まれている.たとえば列変形により z の
係数の数字を y の係数に足してもうまくいかないのは明らかだろう.
列の入れ替えは,分かっていてやるのであれば問題はないのだが(どの文字の係数であるか,という情報を
入れ替えるだけなので),ミスの元であるのでやはりやめた方がよい.補題 1.22 で列の入れ替えをしたのは,
命題としての綺麗さのためだけである.
9
第2章
行列式とその応用
2.1 行列式の定義
まずは行列式の定義を行う.それに伴って必要となる抽象的な事柄をいくつか述べる.得られる行列式の定
義自体もその意味はすぐには分からないだろうが,頑張ってついてきてほしい.
最初に集合と写像を定義しよう.しかし,この部分についてはよくわからなければ無理に理解しなくてよ
い.本質的に線形代数の学習に必要ではなく,またそのうち慣れると思うからである.しかし高等数学への入
門ということで一応このような言葉も紹介する.
A = {a ∈ A| 条件となる命題 }.
例えば 0 以上 1 以下の実数全体は集合であるが,記号としては次のように表す:
{a ∈ R|0 ≤ a ≤ 1}.
例えば
f : R → R; f (x) = x2
は写像である.一方で,
10
注意 2.4. 自分のノートなど,他人に読ませる気がないメモ書きならば,上記のような集合に関する記号は好
きに使えばいいが(任意のという意味の ∀ や,存在するという意味の ∃ など,調べれば出てくるであろう.),
人に読ませる気がある答案などでは濫用はお勧めできない.他人が書いた数学記号による文章というのは学生
が思っている以上に非常に読みにくい.
置換 σ があって,
σ(1) = i1 , σ(2) = i2 , . . . , σ(n) = in
が成り立つとき, ( )
1 2 ... n
σ=
i1 i2 ... in
のように表す.上の記号は行列ではないので,混同しないように注意が必要である.
定義 2.6. 二つの文字を交換し,ほかの文字については動かさないものを互換という.例えば,
は互換である.
命題 2.7. 任意の置換は何個かの互換の合成によって表される.
Proof. 置換というのは言ってしまえばあみだくじのことである.あみだくじは平等,つまり自分が引くこと
のできない “くじ” が存在しないことは感覚的に明らかだろう.互換というのはあみだくじの中にある各横線
に対応する.あみだくじが横線の組み合わせによって作られることは,置換が互換の合成によって表されてい
ることに対応する.
この命題を真面目に証明するのは少し大変である.このくらいのいい加減さで許してほしい.
注意 2.10. 置換をあみだくじと対応させる見方から,置換の符号の視覚的な計算の仕方を得る.例えば
( )
1 2 3
,
2 3 1
の上下同じ数字同士で線を引っ張るのである.そして交点の個数を数え,交点の個数が今は 2 個となるが,置
換の符号は (−1)2 と計算できる.
定義 2.11. 次の n 次正方行列
a11 a12 ... a1n
a21 a22 ... a2n
A= . .. .. ..
.. . . .
an1 an2 ... ann
11
の行列式を ∑
sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · anσ(n)
σ:置換
例 2.12.
a11 a12
= a11 a22 − a12 a21
a21 a22
( ) ( )
1 2 1 2
である.上の定義と見比べると,第一項は置換 に関する項で,第二項は置換 に関する項だ
1 2 2 1
とみれる.
2.2 行列式の性質
この節では正方行列を n 個の n 次の縦ベクトルの組として表すことがある.すなわち,
(a1 , a2 , . . . , an ); 各 ai は n 次縦ベクトル,
のように表す.分かりやすさのためにこの表記ではコンマを使う.
命題 2.13. 行列
a11 a12 ... a1n
a21 a22 ... a2n
A= . .. .. ..
.. . . .
am1 am2 ... amn
に対して,次の (n, m) 行列
a11 a21 ... am1
a12 a22 ... am2
At = . .. .. ..
.. . . .
a1n a2n ... amn
を A の転置行列という.正方行列 A に対し,|At | = |A| が成り立つ.
Proof. 2 次や 3 次の正方行列で具体的に確かめると,雰囲気がつかめるであろう.証明は一般に次のように
なる. ∑
|A| = sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · anσ(n) .
σ:置換
12
σ が置換全体を動くとき,σ −1 も置換全体を動くので,
∑
|A| = sgn σ −1 · a1σ−1 (1) a2σ−1 (2) · · · anσ−1 (n)
σ:置換
注意 2.14. この命題から,行列式の列に関する性質は行についても同様に成り立つことがわかる.
が成り立つ.
det(a1 , a2 , . . . , ai + a′i , . . . , an )
∑
= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · (aiσ(i) + a′iσ(i) ) · · · anσ(n)
σ:置換
∑
= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · aiσ(i) · · · anσ(n) (2.1)
σ:置換
∑
+ sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · a′iσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
= det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an ) + det(a1 , a2 , . . . , a′i , . . . , an ).
(2) について,
det(a1 , a2 , . . . , cai , . . . , an )
∑
= sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · caiσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
∑ (2.2)
=c sgn σ · a1σ(1) a2σ(2) · · · aiσ(i) · · · anσ(n)
σ:置換
= c det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , an ).
注意 2.16. 上の命題の性質:和について分解できること,及び実数倍を外に出せること,を各列について線
形であるという.どうでもいい話だが,この命題の日本語での説明はどうすればいいのか非常に困った.線形
性というものを先に説明してから上の命題を述べるのが本来の数学の在り方のように思うが,それでは仰々し
い.かといって,det は和とスカラー倍について compatible である (この数学用語の意味も日本語だとよくわ
からない.いい感じになるとでも訳すべき?) というしか,私はもはや思いつかない.
13
命題 2.17. 2 つの列を入れ替えると,行列式の符号が変わる.すなわち,
det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an ) = − det(a1 , a2 , . . . , aj , . . . , ai , . . . , an )
が成り立つ.
である.よって,sgn τ = −1 と合わせて,
det(a1 , a2 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an ) = − det(a1 , a2 , . . . , aj , . . . , ai , . . . , an )
を得る.
最後に次の命題を述べてこの節を終わる.
Proof. 2 次で具体的に計算し,それで納得してもらいたい.一般の次数で証明するのはそこそこ大変である.
証明方法は抽象的なモノが好みなら [長谷川 04] または [齋藤 66] を,地道に計算して確かめたいなら [佐武 58]
または [川久保 99] を参照すること.
( ) ( )
a b x y
A= , B=
c d z w
とする. ( )
ax + bz ay + bw
AB =
cx + dz cy + dw
となる.よって,
|AB|
= (ax + bz)(cy + dw) − (ay + bw)(cx + dz)
= (acxy + bczy + adxw + bdzw) − (acyx + bcwx + adyz + bdwz)
(2.4)
= bczy − bcwx + adxw − adyz
= (ad − bc)(xw − yz)
= |A||B|.
14
2.3 行列式の展開
この節では行列式の展開という,行列式の計算をするためのアルゴリズムを一つ紹介する.注意してほしい
のが,そのアルゴリズムは理論的には優れているが,実際の計算では全く役に立たないということだ.*1 また
応用としてクラメルの公式を紹介する.クラメルの公式は連立方程式の解を公式の形として表せるもので,理
論的に有用である.計算手法としては消去法をすればいいが,抽象的な議論をする際にそれでは困るだろう.
実際 3 次方程式の解の公式を学んでいない我々は,与えられた3次方程式が簡単に因数分解できないとき,そ
れ以上代数的に議論することができない.3次方程式の解の求め方を,簡単な解が少なくとも一つ求められる
ときでのやり方しか知らないからである.*2
一方でクラメルの公式も,実際に解を求めるとなると全くの役立たずである.計算量のオーダーは O(n2 n!)
で(O の中身に比例した回数計算するという意味)
,例えば 20 元の連立一次方程式の解は今の処理能力をもつ
家庭用の計算機でも 30 年かかる.
定理 2.21. 次が成り立つ.
0 1 2
2 3 1 2 1 2
1 2 3 =0· + (−1) · 1 · +2·
3 0 3 0 2 3
2 3 0 (2.6)
= −(−6) + 2(3 − 4)
=4
である.一方サラスの公式(あるいは行列式のそもそもの定義)を用いて行列式を求めると,
0 1 2
1 2 3 =0·2·0+1·3·2+2·1·3−2·2·2−3·3·0−0·1·1=4
2 3 0
公式は存在しないことも有名である(ガロア理論) .解析的手法による求解法は存在するので,このあたり誤解しないでもらえると
ありがたい.
15
となり,確かに一致していることがわかる.上の余因子展開の意味は,行列式の定義をみるとだんだんわかっ
てくる.定義通りに 3 次の行列式を計算すると,
= a11 (a22 a33 − a23 a32 ) − a21 (a12 a33 − a32 a13 ) + a31 (a12 a23 − a22 a13 )
a22 a23 a a13 a a13 (2.8)
= a11 − a21 12 + a31 12
a32 a33 a32 a33 a22 a23
となる.これは余因子展開に他ならない.
|A|
a11 a12 ... a1n
a21 a22 ... a2n
= . .. .. ..
.. . . .
an1 an2 ... ann (2.9)
a11 a12 ... a1n 0 a12 ... a1n 0 a12 ... a1n
0 a22 ... a2n a21 a22 ... a2n 0 a22 ... a2n
= . .. .. .. + .. .. .. .. + . . . .. .. .. .. ,
.. . . . . . . . . . . .
0 an2 ... ann 0 an2 ... ann an1 an2 ... ann
ここで,第 i 項の行列式において,行を次々と交換することで第 i 行を一番上に持ってくると,
a11 a12 ... a1n a21 a22 ... a2n an1 an2 ... ann
0 a22 ... a2n 0 a12 ... a1n 0 a12 ... a1n
n−1
= . .. .. .. − .. .. .. .. + . . . (−1) .. .. .. .. ,
.. . . . . . . . . . . .
0 an2 ... ann 0 an2 ... ann 0 an−1, 2 ... an−1, n
(2.10)
行列式の定義と余因子行列の定義から,
この余因子展開の手法を用いれば,掃き出し法とは異なる逆行列を求める手法を得ることができる.
16
を A の余因子行列という.
次が成り立つ.
と計算できる.一方で (i, j) 成分 (i ̸= j) は,
ãj1
( )
ãj2
ai1 ai2 ... ain . = ai1 ãj1 + ai2 ãj2 + · · · + ain ãjn
..
ãjn
クラメルの公式を解説してこの節を終える.
次の n 個の文字に関する n 本の連立一次方程式
a11 x1 + a12 x2 + · · · + a1n xn = b1
a21 x1 + a22 x2 + · · · + a2n xn = b2
..
.
an1 x1 + an2 x2 + · · · + ann xn = bn
を,
a11 a12 ... a1n x1 b1
a21 a22 ... a2n x2 b2
A= . .. .. .. , x = .. , b = ..
.. . . . . .
an1 an2 ... ann xn bn
について,
Ax = b
17
と表そう.以下では A は正則であるとする.上の式は余因子行列 Ã を用いて次のように変形される.
x = A−1 b
1
= Ãb
|A|
ã11 ã21 ... ãn1
1 12ã ã22 ... ã2n
= . .. .. .. b
|A| .. . . . (2.12)
ã1n ã2n ... ãnn
b1 ã11 + b2 ã21 + · · · + bn ãn1
1
b1 ã12 + b2 ã22 + · · · + bn ãn2
= ..
|A| .
b1 ã1n + b2 ã2n + · · · + bn ãnn
となる.最後のベクトルの第 j 成分は,定理 2.21 から,行列 A の第 j 列の代わりに b を置いた行列
a11 ... b1 ... a1n
a21 ... b2 ... a2n
Aj = . .. ..
.. . .
an1 ... bn ... ann
の行列式の第 j 列の余因子展開に等しい.よって次の定理を得る.
Ax = b
の解は
a11 ... b1 ... a1n
|Aj | 1 a21 ... b2 ... a2n
xj = = . .. .. , (j = 1, 2, . . . , n)
|A| |A| .. . .
an1 ... bn ... ann
となる.上記の式をクラメルの公式という.
2.4 行列式の図形的意味
( ) ( )
a b a b
命題 2.28. 次の一次独立なベクトル x = ,y = により張られる平行四辺形の面積は行列式
c d c d
の絶対値に等しい.
である.具体的に成分を計算すれば,
S 2 = (ad − bc)2
a b
となる.よって S は行列式 の絶対値 |ad − bc| に等しい.
c d
18
上記の命題と同様に,3 次元でも平行六面体の体積は 3 次正方行列の行列式として表せる.証明は教科書の
ように外積を用いて証明するのが一般的であろうが,一般化につなげるためにもっと泥臭い方法で証明する.
命題 2.29. 次の一次独立なベクトル
a b c
x = d , y = e , z = f
g h i
で張られる平行六面体の体積は行列式
a b c
d e f
g h i
の絶対値に等しい.
であるが,
avx + bvy = a|x|x + b|y ′ |{y − (y · vx )vx } = {a|x| − b|y ′ ||x|(y · vx )}x + b|y ′ |y
z = a + b ; a は x, y で張られる平面に垂直, b は x, y で張られる平面内のベクトル
として表示しなおすことである.上記の y ′ の表示をまねて
に対し,
à = (x, y, a)
19
とする.ここで,上記の b は x, y で張られる平面に含まれるという事実から,b = αx + βy と表示しておく.
ここで 3 列目に 1 列目の α 倍を加える列基本変形を P1 とする.また,3 列目に 2 列目の β 倍を加える列基本
変形を P2 とする.このとき,
A = ÃP1 P2
が成り立つ.行列 A の行列式について次のような変形ができる:
ここで, ( t) ( 2 )
x |x| x·y
det(Dt D) = det{ t (x, y)} = det = |x|2 |y|2 − (x · y)2
y y·x |y|2
20
そこで帰納法の仮定として,x1 , x2 , . . . xn−1 で張られる n − 1 次元の多面体 P ′ の体積 vol(P′ ) は定義された
ものとして,vol(P) = |a|vol(P′ ) と定義する.実際 1 次元の体積(長さ)はよく知る定義で与えられるので,
帰納法から n 次元の平行多面体の体積が定義される.
こうして定義した n 次元の平行多面体の体積についても,行列式の絶対値に等しいという命題は一般化され
る.証明は上記の 3 次元の場合と,記号的には全くの同様である.
A = (x1 , x2 , . . . , xk )
に対し,
V 2 = det(At A)
をみたす.特に k = n のとき,
A = (x1 , x2 , . . . , xn )
に対し,
V = | det(A)|
である.
21
第3章
固有値と対角化
3.1 ベクトル空間と線形写像
この節では行列を写像とみなすところから始まる,線形写像という抽象的なモノを定義するが,それの解釈
を考えるとすなわち行列である,というところがこの節での主眼である.こうして線形代数は単なる行列の学
問ではなくなり,現代数学の基本的足りうる道具になる.
注意 3.2. 上の条件を覚えようとしてもなかなか理解できないであろう.要するに,ベクトル空間というのは
足し算と複素数倍が定義され,その演算は我々になじみ深い良い感じな性質を満たすものである,ということ
である.
また,上の複素数の部分を実数にすべて置き換えたものを,実線形空間,あるいは実ベクトル空間という.
誤解がなければいずれも単に線形空間,あるいはベクトル空間という.
例 3.3. 色々な具体例をみてベクトル空間に馴染むのがよい.
(1) よく知られているように,R2 (R3 ),つまり普通のユークリッド平面(空間)はベクトル空間である.
(2)(a1 , a2 , . . . , an ); ai は実数,として上のユークリッド平面を一般化した集合 Rn を考えるとこれはベク
トル空間である.
(3) 複素数を成分に持つ (m, n) 行列全体はベクトル空間となる.
22
(4) 複素数全体 C は実ベクトル空間である.
(5) 定数項が 0 である連立方程式の解の全体:Ax = 0 はベクトル空間となる.
(6) 実数係数の一変数多項式の全体:
∑
n
ak xk ; n は任意の自然数,
k=1
で表されるモノ全体はベクトル空間となる.
(7) 次の k 階斉次微分方程式
dk y dk−1 y dy
k
+ ak−1 (x) k−1 + · · · + a1 (x) + a0 (x)y = 0; a0 (x) ̸= 0,
dx dx dx
の解の全体はベクトル空間となる.
T (ax) = aT (x),
3.2 基底と線形写像の行列表示
定義 3.5. V をベクトル空間とする.v1 , v2 , . . . , vm ∈ V が次を満たすとき一次独立であるという:
c1 v1 + c2 v2 + · · · + cm vm = 0 ならば c1 = c2 = · · · = cm = 0.
一次独立でないとき一次従属であるという.
v = c1 v1 + c2 v2 + · · · + cn vn となる c1 , c2 , . . . , cn が存在する.
(2) 上記の表示は一意的である,すなわち:
言うなれば,基底というのは一次独立かつベクトル空間の全ての元を一次結合により表示できるベクトルの
組のことである.(1) で現れた c1 , c2 , . . . , cn を,v の座標という.また上の n が有限の自然数であるとき,
V は有限次元であるという.
23
定理 3.7. 線形写像は基底による座標表示に対し,行列を掛ける操作に対応する.すなわち,基底を一組固定
した下で線形写像と行列は一対一に対応する.
∑n ∑
n ∑
n ∑
m
T (v) = T ( vj x j ) = T (vj )xj = wi ϕij xj
j=1 j=1 j=1 i=1
x1
ϕ11 ϕ12 ... ϕ1n (3.1)
( ) .. x2
= w1 w2 ... wm . ..
.
ϕm1 ϕm2 ... ϕmn
xn
となる.
この定理からわかるように,線形写像というのは本質的には上記の行列
ϕ11 ϕ12 ... ϕ1n
..
A= .
ϕm1 ϕm2 ... ϕmn
のことである.ベクトル v に対し,(m, n) 行列 A を左から掛ける写像 v 7→ Av はもちろん線形写像であ
る.よって,線形写像というのは行列を左から掛ける操作に他ならない,という結論を得る.ただし,そ
の座標表示は基底の取り方によって変わることに注意しなければならない.基底を一つ {v1 , v2 . . . , vn },
{w1 , w2 . . . , wm } と固定したとき,T に対応する行列 A を,基底 {v1 , v2 . . . , vn }, {w1 , w2 . . . , wm } に
関する行列表示または表現行列という.
24
回転行列のもつある側面を一般化して,次の直交行列を得る.
この定義を見ただけでは意味がよくわからないが,次の特徴づけで理解できるようになるだろう.
命題 3.13. 二次直交行列は次のいずれかの形である:
( ) ( ) ( )( )
cos θ − sin θ cos θ sin θ cos θ − sin θ 1 0
, (= ).
sin θ cos θ sin θ − cos θ sin θ cos θ 0 −1
( )
a b
Proof. A = とおいて At A = E を解く.
c d
( )
a2 + c2 ab + cd
At A =
ab + cd b2 + d2
25
より,まず a2 + c2 = 1, b2 + d2 = 1 が成り立つので,θ, ϕ を用いて,
と表せる.加法定理から,
よって,
π 3π
ϕ=θ+ + 2kπ, またはθ = ϕ + + 2kπ
2 2
が成り立つ.前者なら b = − sin θ, d = cos θ .後者なら b = sin θ, d = − cos θ である.
( )
1 0
注意 3.14. は x 軸で鏡にする変換:(x, y) 7→ (x, −y) である.このことに注意すれば,2 次の直
0 −1
交変換というのは回転,または回転と鏡映の合成である.
次の節で使う一次独立性を用いた正則行列の解釈を述べてこの節を終えよう.
x 1 v1 + x 2 v 2 + · · · + x n vn = 0
3.3 固有値と対角化
この章では行列の成分として暗に複素数値を仮定していたが,それはこの固有値というのが一般には複素数
値まで取りうるからである.教科書では固有値として実数をもつ行儀のいい行列しか扱っていないが,理論的
には複素数まで広げた方が綺麗であろう.
この対角化と呼ばれる手法を学ぶことが,たいていの課程における線形代数の講義の目標であると思う.そ
れは数理的な応用範囲の広さが大きいと思われる.常微分方程式でこの対角化はすぐに使われることになるだ
ろうが,例えばリーマン幾何学,複素幾何学でも基本的な道具の一つになっている.
この λ を T の固有値という.
26
命題 3.17. λ が行列 A の固有値ならば det(A − λE) = 0 となる.逆に,λ に関する多項式 det(A − λE) の
根*1 は固有値となる.
Av = λv
例 3.18.
2 −1 0
A = −1 2 −1
0 −1 2
の固有多項式は,
2−λ −1 0
|A − λE| = −1 2−λ −1
0 −1 2−λ (3.2)
= (2 − λ)3 − 2(2 − λ) = (2 − λ)(λ2 − 4λ + 2)
である.実際上記の連立一次方程式は,
0 −1 0
(A − 2E)v = −1 0 −1 = 0
0 −1 0
となり,y = 0, −x − z = 0 となる.これをベクトルの形で表せば,
x 1
y = x 0
z −1
27
1
である.よって特性根 2 についての固有ベクトルの 1 つとして v2 =
0 が得られる.
−1
1
√ √ √
同様に特性根 2 + 2 の固有ベクトルの 1 つとして,v+ =
− 2 が得られ,特性根 2 − 2 の固有ベク
1
1
√
トルの 1 つとして,v− = 2
が得られる.
1
ここで固有ベクトルを並べた行列を
1 1
√ √1
X= 0 − 2 2
−1 1 1
AX = A(v2 , v+ , v− )
= (Av2 , Av+ , Av− )
√ √
= (2v2 , (2 + 2)v+ , (2 − 2)v− ) (3.3)
2 0√ 0
= (v2 , v+ , v− ) 0 2 + 2 0√
0 0 2− 2
と対角化される.
一般化すると次の定理を得る.
と対角に固有値が並ぶ行列へと変形される.
28
固有ベクトルを並べているところに気を付けると,
λ1
λ2
AX = X ..
.
λn
となるが,今固有ベクトルは互いに一次独立という仮定から X −1 が存在するので,それを両辺に掛けるとい
うことである.
v = x1 w1 + x2 w2 + · · · + xn wn , v = y1 v1 + y2 v2 + · · · + yn vn (∗)
と二通りの表示をするとき,
x1 y1
x2 y2
.. = X .. (∗∗)
. .
xn yn
と表示した際に,上記の基底の取り換えを行えば,
y1′ y1
y2′ y2
X . = AX . , (この左辺は T (v) の基底 v1 , v2 , . . . , vn に関する座標)
.. ..
yn′ yn
を得る.両辺に X −1 を掛けて,
y1′ y1
y2′ y2
.. = X −1 AX .. .
. .
yn′ yn
29
注意 3.21. 正則でない行列は固有値として 0 を持つ.当然だがその場合も対角化されうる.つまり対角化可
能かどうかと,その行列の正則性は関係ない.
上の説明でごまかした部分を証明しよう.
命題 3.22. 行列 A の異なる固有値に対する固有ベクトルは互いに一次独立.
λi vi = c1 λi v1 + c2 λi v2 + · · · + ci−1 λi vi−1
を得る.2 つの式の辺々を引いて,
応用として二次形式の標準形を解説する.まずは対称行列に関する次の命題を述べておく.
λx · y = Ax · y = (Ax)t y = xt At y = xt Ay = xt µy = µx · y
λ ̸= µ より x · y = 0.よって対称行列の,相異なる固有値に対する固有ベクトルは直交する.対称行列 A が
対角化可能なとき,すなわち固有ベクトルを並べた行列 X により X −1 AX = E となるとき,その X は命題
3.12 より直交行列である.
注意 3.24. 実は対称行列は常に対角化可能である.しかし証明はこの講義の目標とする内容を若干超えてし
まう.興味がある方は [川久保 99] が分かりやすい.
30
x1
x2
二次形式は (i, j) 成分を上記の aij とする対称行列 A により,x = . に対し,xt Ax と表せる.行列の
..
xn
対角化という操作は注意 3.20 で言及したように,基底の取り換えにより表現行列 A を対角化することであっ
た.その操作を思い出し,二次形式を A の固有ベクトルたちによる新しい座標で表しなおすことを考えよう.
上記の対称行列の固有ベクトルを並べた行列 X に対して,固有ベクトルによる新しい座標 y は,y = Xx で
得られる.するとこの y に対し二次形式は,
xt Ax = (X −1 y)t AX −1 y = y t (X −1 )t AX −1 y
の形へと変形できる.つまり二次形式は狙い通り対角化されたのである.
定義 3.26. 上記の得られた最後の式:
を,二次形式 xt Ax の標準形という.標準形は二次形式を表す行列を対角化することで得られる.
固有方程式は
λ−1 0 −2
0 λ−1 −2 = (λ − 1)(λ − 3)(λ + 3)
−2 −2 λ+1
である.対応する固有ベクトルを求める.固有値 1 に対応する固有ベクトルは,
x x
A y = y
z z
1
を解くと,x + y = 0, z = 0 より,固有ベクトルとして,−1
がとれる.同様に固有値 3 に対する固有ベ
0
31
1
1
2
クトルは, 1
1 が,固有値 −3 に対する固有ベクトルは, 2 がとれる.よって新しい座標を,
1 −1
1
1 1 2
X = −1 1 1
2
0 1 −1
に対し, ′
x x x + y + 21 z
y ′ = X y = −x + y + 1 z
2
z′ z y−z
注意 3.28. より高次の二次形式では固有値を求めることは一般に不可能である.よって標準形を求めること
もできない.ではどのように考えて二次形式を研究すればよいのかという話だが,固有値の正負にのみ着目
するのである.シルヴェスタの完成法則という定理により,基底の線形変換での取り換えにより二次形式を
α1 y12 + α2 y22 + · · · + αn yn2 の形に直したとき(今は一般の基底の取り換えなので,αi は固有値とは限らない),
αi たちの内,正の値となっているものの個数(上の例なら 2 個)は標準形のそれに等しい.つまり,標準形は
求められなくとも,標準形の正の係数が何個あるかという情報は求められるかもしれない.実際それだけであ
れば上記の例であればラグランジュの方法により,
32
今後の学習について
講義ノートを書くにあたって参考にした教科書は参考文献のページに載せた.ここでは線形代数を学び終え
た後に学習する分野をいくつか紹介する.紹介する書籍については私は全部を読んだわけではない.そのため
紹介内容は流し読みした感想であるとか,友人の書評であるとか,そういったものもあるのであまり信用しな
いでほしい.
線形代数の参考書
この講義ノートの構成は殆ど [長谷川 04] と [齋藤 66] の内容を高専の教科書に合わせて再編したものとなっ
ている.私が教科書を眺め,足りない,あるいは一般化がなされていないといった内容を付け加え,数学の専
門書の現代的なスタイル:定義,定理,証明という流れ,に合わせてこのノートを構成した.線形代数の内容
で紹介しきれなかったことは多々ある.それについての勉強は [長谷川 04] でやってほしい.この参考書は本
文が学習段階によって難易度を調整し分かりやすいということがお勧めできるポイントの 1 つであるが,線形
代数の「気持ち」,つまり何のための数学操作であるのか,ということについて誤解を恐れず書いていること
も分かりやすいポイントだと思う.また関連分野の書評が数多く載っており,今後の学習に大いに役立つであ
ろう.また線形代数のさらに進んだ内容については
山本哲郎,行列解析の基礎,SGC ライブラリー, 2019.
も興味がある人にお勧めする.
一般の文献
微積分の基本と線形代数の基本を学び終えれば,スムーズに学習を始められる分野がぐっと広がる.大学へ
の編入などを考えている学生も居るであろうから,まずは数学科の学生が 2 年次までに勉強する内容を紹介し
よう.
・ 線形代数
・ 微積分
・ 集合論(基本事項)
・ 位相空間論
この 4 分野は数学科の学生にとって必須な基礎,数学を語る言葉のようなものである.ただし集合論は専
門分野としての集合論もあるので,それとは区別するために基本事項と書き足した.この 4 分野に限らず,
Youtube に講義動画が上がっていたり,大学が公開している講義動画があったりするだろう.それで勉強す
るのもお勧めする.
線形代数と微積分はすでにある程度学んだであろう,しかし一部欠けている内容として,微積分を語る基本
的な言葉として,ϵ − δ 論法がある.これを学べる微積分の参考書をいくつか紹介する.
杉浦光夫,解析入門 I,II, 東京大学出版会, 1980.
微積分,ベクトル解析,複素解析の 3 分野が書かれている重厚な専門書である.初めてこの分野を勉強するに
33
は内容が詳しすぎて向かないであろう.辞書として使うか,ある程度勉強したのちに読むと自分の中の理論が
整理されるのに良い本である.
田島一郎,イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書) ,共立出版,1978.
ϵ − δ 論法のみ手短に勉強したい人にはこれを勧める.本としてページ数も少ない割に十分説明が丁寧なので,
理解しやすいだろう.これを読めば微積分の基本事項を学んだ学生らには微積分は充分であると思う.基礎ば
かり勉強しても飽きるであろうから,ひとまず先に進むのが私はいいと思う.
笠原 晧司,微分積分学, サイエンス社,1974.
これは私が読み込んだ本である.杉浦は重厚過ぎて自習に向かないが,これはそれほどは内容が多すぎない.
かといって簡単すぎない,丁度いい本である.上の田島一郎を読めば十分であると書いたが,高専の教科書に
は書かれていない重要事項が 2 つある(陰関数定理とラグランジュの未定乗数法).数学を専門にすれば後々
使う重要となるであろう事項なので,ここで専門的な教科書を読み勉強しておくのもお勧めする.
集合論と位相空間論は大学の 2 年次で学ぶ高等数学を学ぶ基礎となる言葉である.位相空間論がでてこない
分野は存在しない.数学科に編入する場合はこの内容を身につけておかねばならない.
松坂和夫,集合・位相入門,岩波書店,1968.
内田伏一,集合と位相 (増補新装版) ,裳華房,2020.
この 2 冊は昔から定評のある位相空間論の参考書である.好みが分かれると思うので,好きな方を読めばよい
と思う.私の意見としては,松坂は説明が丁寧であるが,悪く言えば冗長で読みにくいかもしれない.内田は
松坂に比べると説明が簡素ではあるが,分かりにくいというほどでは無いと思う.
大学の 2 年次に勉強する内容としては次があげられる.このあたりからそれぞれ学生の好みが分かれ始める
ところである.
・複素解析
・常微分方程式(基本的な方程式の解法)
・曲面論
・群論
・位相幾何学(初歩部分)
複素解析は昔からたくさんの参考書が出版されているので,図書館で読みやすい本を探してほしいところだ
が,性格が異なる何冊かを挙げておこう.
高橋礼司,複素解析,東京大学出版会, 1990.
野口潤次郎,複素解析概論,裳華房,1993.
神保道夫,複素関数入門,岩波書店,2003.
野村隆昭,複素関数論講義,共立出版,2016.
神保がこの 4 冊の中だといちばん易しい本であろう.工学部や物理学科に進む学生にはこれを勧める.数学
科に進む学生は留数定理以降の内容(リーマンの写像定理,ピカールの定理,モジュラー形式)にも興味を持
つかもしれないので,ほか三冊を勧める.野村は級数に関する話題にも詳しい.微積分の本で勉強すれば良い
のではあるが,まだ十分に身についていない段階で複素解析の勉強を始める学生が殆どであろうから,この話
題に詳しいのはありがたい.高橋は対して級数に関する話題は殆どないが,数論的な話題が豊富である.代数
や数論が好きな学生にはこれを勧める.野口潤次郎は私が読み込んだ本である.著者が複素解析を専門として
34
いることからか,級数に関する部分,メインとなるコーシーの積分定理の内容が程よく詳しい.それ以降の内
容としても幾何的な話題や数論的な話題がバランスよく載っている.
柳田英二, 栄伸一郎,常微分方程式論,朝倉書店,2002.
実は私はこの本を大学 2 年のときに読んで以降,「常微分方程式の解の一意性」以外の事項を全く使っていな
いので,内容を殆ど忘れてしまった.そのためこの分野についてあまり詳しく語れない.この本は解法が中心
の話題,つまり基本的な本であるから,もう 3 冊研究レベルに到達するための本を挙げておく.
堀畑和弘, 長谷川 浩司, 常微分方程式の新しい教科書,朝倉書店,2016.
吉沢太郎,微分方程式入門,朝倉書店,2005.
坂井秀隆,常微分方程式,東京大学出版会,2015.
小林昭七,曲線と曲面の微分幾何,裳華房,1995.
曲面論の定番である.幾何学専門の学生であっても必須の内容ではないこともあり,曲面論は講義で聞いて終
わりという学生も多いが,幾何学を専門にするならできれば勉強した方がよいと思う.微分幾何は現在ではこ
の本のような発見的な語り口ではなく,天下り的に概念が定義されていくため入門が難しい.この本の内容を
学んでおくとそれがいくらか緩和されると思う.
雪江明彦,群論入門,日本評論社,2010.
代数学は大きく群論,環論,体論,ガロア理論と分けられるが,大学の代数学はこのガロア理論を目標に講義
される.代数学の参考書は最近この雪江が人気である.代数学の参考書は人によって合う,合わないがあると
思うので,いくつか参考書を紹介する.
森田康夫,代数概論,裳華房,1987.
私はこの本を読みこんだ.一冊に上記の群論からガロア理論まで載っているのがうれしい.
松坂和夫,代数系入門,岩波書店,1976.
代数学は難しい参考書が多い中,松坂は比較的読みやすいと思う.
代数学はガロア理論だけではない.表現論や代数幾何学など,関連分野が多様である.自分の興味に合わせ
てどんどん勉強を進めていくことが大事だと思う.
35
さて数学の書籍ばかり紹介したが,線形代数は非常に応用の広い道具である.例えば物理の量子力学は,数
学的側面を見ればほぼ線形代数による理論といってもいいと思う.何冊か物理の専門書も含め紹介しておく.
清水明,量子論の基礎,サイエンス社,2003.
長年定番の入門書である.
近藤慶一,量子力学講義 I ,共立出版,2023.
専門書としてのスタイルは数学書の体裁を取っているので,私にとっては非常に読みやすい.物理の本として
どうなのかはよくわからないが.
36
参考文献
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