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日本看護科学会誌 J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol. 40, pp.

5–13, 2020
DOI: 10.5630/jans.40.5

原 著

熟練産業看護職が産業看護活動において重視する
目的と活動の構造
Expert Occupational Health Nurse Actions Taken to Understand Purposes
Important to Them in Their Practice

畑中純子 1),4),*,畑中三千代 2),髙﨑正子 3)


Junko Hatanaka, Michiyo Hatanaka, Masako Takasaki

キーワード:産業看護職,産業看護活動,重視する目的,労働者,会社組織

Key words:occupational health nurses, occupational health nursing practice, important purposes, workers, corporate
organization

Abstract
Purpose: The purpose of the study is to uncover expert occupational health nurse actions taken
to understand purposes important to them in occupational health nursing practice.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 10 expert occupational health
nurses. The results were analyzed using the qualitative synthesis method.
Results: The following seven elements were extracted: “Realize living and working as oneself
while restricting within work and health”, “Stay engaged so that one is physically and mentally
healthy and approaches retirement positively”, “Offer suggestions for activities at an appropriate
time by assessing the state of affairs within the corporate organization and identifying key
personnel”, “Develop human resources and accumulate phased activities toward self-sustaining
occupational health activities by the corporate organization ” , “ Coordinate opinions among
employees/managers and integrate support activities for employees with those for the employer”,
“Build relationships of trust by staying engaged as a professional from an impartial standpoint”,
and “Continue learning from experience and gain expert knowledge”.
Conclusion: Activities of occupational health nurses were conducted by building relationships of
trust and making preformed study so that workers can live and work for themselves and the
corporate organization can be self-sustaining and promoting occupational health activities.

要 旨

目的:熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造を明らかにする.
方法:熟練産業看護職 10 名に半構造化面接を行い,質的統合法を用いて分析した.
結果:労働者への〈健康と労働からの制約の中でその人らしく働くことや生きることの実現〉 〈退職後
を見据えながらの心身共に健康に過ごせるための関わりの積み重ね〉 〈会社組織の状況やキーパーソンを

受付日:2019 年 7 月 26 日   受理日:2020 年 1 月 27 日
1) 四日市看護医療大学看護学部  Faculty of Nursing, Yokkaichi Nursing and Medical Care University 2) 日本たばこ産業株式会社  Japan
Tobacco Incorporated 3) 株式会社東芝 Toshiba Corporation 4) 現:静岡県立大学看護学部 Present address: School of Nursing, University
of Shizuoka
* E-mail: hatanaka@u-shizuoka-ken.ac.jp

© 2020 Japan Academy of Nursing Science 5 J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol. 40, 2020
見極め,タイミングを 見計らっての 提案と活動の提供〉
〈人財育成と段階的な活動の積み上げによる会社
組織の産業保健の自立の実現〉 〈労働者・管理者間等の意見調整と労働者への支援活動と職場への支援活
動の連結〉〈中立の立場から専門職として関わり続けることによる信頼関係づくり〉 〈専門性を高めるた
めの体験学習と専門知識の習得の継続〉の 7 つが抽出された.
結論:対象者との関係性を基盤として会社組織の産業保健の推進と自立および労働者の健康と生き方
を支援していた.

て事業場や産業医からの理解不足を挙げており,他職
Ⅰ.緒 言
種からの産業看護活動への理解は十分には得られてお
近年,我が国では一億総活躍時代が謳われ労働人口 らず,産業看護職は産業保健チームの一員としての 役
が増加し(総務省統計局,2018),定年延長により労働 割を発揮できない状況がある.産業看護職の役割は,
期間は長期化している.国民の多くが労働者として人 メンタルヘルス 対策(厚生労働省,2006a)や過重労働
生の大半を占める労働生活を送るその期間にどのよう 対策(久保,2017)等の個別の活動に関しては示され
な生活習慣を獲得し,どのような健康レベルに属する ているが,それらは産業医や衛生管理者の役割(厚生
のかは,退職後の健康状態や人生の質にも影響する. 労働省,2006b:浜口,2019:椎野,2019)と重複して
そのため,労働者の健康の保持増進の推進は今後ます おり,産業看護職独自の役割であると他職種は認知し
ます重要となり,労働者の健康を支援する産業保健活 えない.加えて,教育背景の文化の異なる専門職がお
動の必要性もさらに増大すると考えられる. 互いの専門性を理解することは難しいとされ(Asakawa
産業保健活動は労働安全衛生法に則り,事業者の責 et al., 2017),産業保健チームの他職種から理解を得る
任の下,事業場内に安全衛生管理体制が整備され,産 ことは容易ではない.滝下ら(2011)が看護の専門性
業医,保健師・看護師(以下,産業看護職),衛生管理 は見えにくく,看護の知識と技術を意図的に語らない
者等が産業保健チームとなり展開している.そのチー 限り他者には理解してもらえないというように ,産業
ム内においては,それぞれの専門性に基づく役割を遂 看護の専門性も積極的に伝えなければ他職種からの理
行しながら連携することになる.しかしながら,産業 解は得られない.それを容易にするには,産業看護活
医や衛生管理者の職務は労働安全衛生法により定めら 動の外見上の行動からは見えにくい産業看護職が活動
れているものの,産業看護職に関しては労働安全衛生 する上で重視する目的やそれを達成するための活動を
法が制定された翌年に労働衛生課長名内翰󠄀「衛生管理 示して,他職種との意思疎通を図って産業看護活動へ
者としての 保健婦の活用について」
(中央労働災害防止 の理解を促進したり,それらがチーム活動の中でどの
協会,1973)が各労働基準監督署宛てに通達されたこ ような役割を果たしているのかを示すなどの工夫が必
とに止まり,現在も配置基準はなく,保健師の職務と 要である.それにより,チームの一員としての 産業看
して健康診断後の保健指導等が示されているのみであ 護職の必要性が認識され,専門性に基づく役割分担が
る.それにより,産業保健活動における産業看護職の 可能となれば,専門職者がそれぞれの役割を遂行でき,
職務は事業場の期待により異なり一律ではなく(磯野, 産業保健活動が推進されることを期待できる.
2003),産業保健チーム内での役割も同一ではない.し
かし,河野(2019)が「産業看護職の役割は産業保健
Ⅱ.研 究 目 的
チームの一員として看護専門職の立場で,事業者が労
働者の協力を得て自主的に行う産業保健活動を支援す 本研究の目的は,産業保健チームの一員としての 産
ることである」というように,全ての産業保健活動に 業看護職が果たしている役割に関する示唆を得るため
おいて,産業看護職が専門性を発揮して産業医や衛生 に,熟練産業看護職が産業看護活動において重視する
管理者等と産業保健チームとして支援するという役割 目的と活動の構造を明らかにすることとした.
を果たすことが,事業場の組織・職場集団・労働者個
人への多面的な支援の提供を可能にし,産業保健の活
Ⅲ.用語の定義
動を推進する力となり得る.
錦戸・京谷(2004)は,産業看護活動上の困難とし 熟練産業看護職:日本産業衛生学会産業看護部会に

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熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造

よる産業保健看護専門職上級専門家への受験申請要件 接とした.インタビューガイドに 従い,産業看護活動


である実践経験 10 年以上かつ産業看護関連雑誌等に を行う上で重視している目的を実践できた個人および
実践報告をしている者とした. 集団/組織への具体的な支援事例,その時の思考と行動
産業保健:事業者が労働による健康障害を防止して 等についてインタビューした .面接はプライバシー保
労働者の健康を確保することとした. 持可能な個室で行い,面接内容は研究協力者の同意を
産業保健活動:産業保健の目的の達成のために多職 得て IC レコーダーに 録音した.
種から成る産業保健チームで行う活動とした. 調査実施期間は平成 29 年 9 月~11 月であった.
産業看護活動:産業保健チームの一員として産業看
護職が行う活動とした. 4.データ分析方法
分析に用いるデータは半構造化面接によって 得られ
た逐語録とし,データ分析には山浦(2012)の質的統
Ⅳ.研 究 方 法
合法(KJ 法)を用いた.質的統合法は異質のデータを
1.研究デザイン 統合する方法であり,統合したラベルの関係を構造化
半構造化面接法による質的帰納的研究とした. することで,複数の個別群に共通する論理や全体を包
括する論理を抽出し理論化をはかることができるとさ
2.研究対象者 れている.そのため,産業看護職の多様な目的の達成
看護師は経験と個人的知識との具体的な相互作用に に向けて実践される多彩な活動の法則性や普遍性を明
より看護の理論を改良していき,理論が実践に変化を らかにするには,質的統合法が適していると判断した.
もたらす(Benner, 2001/2005)とされているため ,産 分析は研究協力者ごとの個別分析後,総合分析を質
業看護職としての 経験を積んで産業看護の理論を改良 的統合法(KJ 法)のデータ統合の進め方に則り以下の
していると考えられる産業看護経験年数 10 年以上の者 手順で行った.
を対象とした.加えて,産業看護活動において重視す
る目的が定まりその達成に向けた活動を行っていると 1)個別分析
推測される者を選定するために産業看護に関連する雑 (1)ラベルづくり
誌等で活動報告を行っていた産業看護職 10 名を対象 逐語録をよく読み,訴える内容が 1 つとなるように
者とした. 単位化して,具体的な意味がわかりやすいように一文
にしたものを元ラベルとした.
3.データ収集方法 (2)グループ編成
熟練産業看護職を選定するために,過去 3 年間に産 作成したラベルを広げ,すべてのラベルを 3~4 回繰
業看護に関する雑誌で活動報告をしている産業看護職 り返し読み,類似したラベルを集めグループ 化し,グ
を選出し,さらに学会発表等を行っていた産業看護職 ループごとのラベルの内容が訴える全体感をまとめ,
の中から所属する企業の業種が異なる産業看護職に研 表札として一文に表現した.グループ 編成は,ラベル
究協力への依頼文書を所属する事業場に送付し,産業 間の関係性を簡潔に表現するためにグループ 総数 5~7
看護経験年数 10 年以上の条件を満たす 5 名の産業看 個になるまで繰り返し,それらを最終ラベルとした.
護職から研究協力への承諾を得た.また,研究目的に (3)見取図の作成
ついて語ることができると協力者が判断し,上記 2 つ 最終ラベル同士の内容の相互関係を探り,関係性に
の選定条件に合致する産業看護職を 5 名の協力者それ 基づき配置し,関係記号と添え言葉を記入して視覚的
ぞれから推薦してもらった.推薦された 5 名の産業看 に構造化した.さらに,最終ラベルに構造全体の位置
護職に研究協力依頼書を送付して承諾を得た. づけとなる事柄と最終ラベルの内容を端的に表現する
研究協力者の指定した場所と時間に出向き,面接前 エッセンスから成るシンボルマーク(事柄:エッセン
に再度,文書と口頭で研究計画概要を説明し,書面に ス,として示す)を作成し,見取図とした.
て同意を得た.
面接は産業看護活動において重視する目的とその具 2)総合分析
体的な活動を自由に語ってもらえるように 半構造化面 総合分析には,すべての 個別分析の終了後,それぞ

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表 1 研究協力者の概要

対象 性別 年代 産業看護経験年数 職種 業種 事業場規模(従業員数)
A 女性 40 歳代 24 年 保健師 情報通信 5000 人以上
B 女性 50 歳代 32 年 保健師 情報通信 5000 人以上
C 女性 50 歳代 28 年 保健師 製造業 5000 人以上
D 女性 40 歳代 25 年 保健師 情報通信 5000 人以上
E 女性 40 歳代 25 年 保健師 製造業 1000~5000 人未満
F 女性 60 歳代 31 年 保健師 医療・福祉 50 人未満
G 女性 40 歳代 25 年 保健師 製造業 1000~5000 人未満
H 女性 40 歳代 26 年 保健師 医療・福祉 50~300 人未満
I 女性 50 歳代 26 年 保健師 公務 50~300 人未満
J 女性 50 歳代 26 年 保健師 製造業 300~1000 人未満

れの最終ラベルを 2 段階前まで戻した状態のラベルを の最終ラベルが導き出された.それらのシンボルマー


用い,個別分析と同様の手順で分析した.見取図の中 クによる関係構造図を図 1 に示し,シンボルマークの
のシンボルマークによる関係構造を模式図的に表現し 事柄(《 》で示す)とエッセンス(〈 〉で示す)を
てシンボルモデル図を作成した. 用いて説明する.
熟練産業看護職(以下,看護職)は,労働者には〈退
5.信用性と確実性の確保 職後を見据えながらの心身共に健康に過ごせるための
分析の信用性と確実性を確保するために,研究者自 関わりの積み重ね〉という《健康保持支援》と共に〈健
身が質的統合法(KJ 法)の基礎訓練を 3 回受けた後に 康と労働からの制約の中でその人らしく働くことや生
分析を行った.また,分析は産業看護職経験が 16 年以 きることの実現〉という《生き方支援》を行うという
上の研究者 3 名が行った. 目的をもった活動をしていた.それらは《健康保持支
援》と《生き方支援》が相俟った,その人らしく生き
6.倫理的配慮 るための健康への支援であった.会社組織には〈産業
本研究は,四日市看護医療大学研究倫理委員会の承 保健への自立に向けた人財育成と段階的な活動の積み
認(承認番号 124)を得た後に実施した.研究協力者 上げ〉による《産業保健への自立支援》と共に〈会社
には研究の趣旨,目的,方法,自由意思による研究協 組織の状況やキーパーソンを 見極め,タイミングを 見
力,研究協力撤回の権利,個人情報の保護,厳重なデー 計らっての 提案と活動の提供〉による《産業保健の推
タ管理,結果の公表,面接内容の録音について書面と 進支援》を行うという目的をもった活動をしていた .
口頭にて説明し,同意を得た.なお,面接はプライバ それらは《産業保健への自立支援》と《産業保健の推
シーの保持に配慮し,話したくないことは話さなくて 進支援》を行うことで会社組織の産業保健の自立を促
もよいことを約束した. 進するための支援であった.そして,両者への支援か
らの情報を〈労働者・管理者間などの意見調整と労働
者への支援活動と職場への支援活動の連結〉という《産
Ⅴ.結 果
業保健活動全体のコーディネート 》に活かしていた .
1.研究協力者の概要 それは労働者が職場でその人らしく健康に生きること
研究協力者は 40 歳代~60 歳代の女性で全員保健 や会社組織が労働者の健康を確保することに還元され
師,産業看護経験年数は平均 26.8 年であった.所属す るという善い循環をつくり出していた.これらの活動
る業種が医療・福祉の 2 名は事業場外部から産業保健 により〈専門性を高めるための体験学習と専門知識の
活動を提供しており ,8 名は事業場内において産業保 習得の継続〉による《主体的な自己研鑽》と〈中立の
健活動を展開していた(表 1). 立場から専門職として関わり続けることによる信頼関
係づくり〉による《対象者との関係構築》がさらに促
2.総合分析結果 進され,その両面から労働者と会社組織への支援活動
各個人分析の最終ラベルを 2 段階前の状態に戻した が支えられていた .
ラベル 113 枚を総合分析の元ラベルとして 用い,7 つ すなわち,看護職が産業看護活動において重視する

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熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造

図 1 熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造

目的と活動は,対象者との関係構築と看護専門職とし その人がどうしたいのかを実現できるようにその人の
ての研鑽を基盤として,労働者が健康にその人らしく 現状や職場の状況に関する情報収集をして 整理して ,
生きることや会社組織が自立して産業保健を推進でき 保健師にできることを常に考える(D)」と労働者の状
るようになることを目的とした活動であるという論理 況と職場の状況を判断しながら,健康問題をもちなが
構造をもつといえよう. らもその人らしく働ける支援を考えていた.そして「最
以下,各シンボルマークを最終ラベル(『 』で示 終的な生き方を支援するには,仕事の悩み,家族の問
す)と総合分析の元ラベル(「 」で示す)を用いて説 題,本人の思いも聴いて,その人自身が決められるよ
明する.なお,( )内の記号は対象者を表す. うにサポートする(F)」「その人の望む生きていくこ
とや働いていくことが叶えられるように本人と一緒に
1)生き方支援:健康と労働からの制約の中でその 迷いながらも伴にいく(B)」と労働者の自己決定を助
人らしく働くことや生きることの実現 け,生き方までも支援していた.
これは『病気や仕事,家族や人生,その人の思い,
どうしたいのかを話してもらい,健康レベルと職場の状 2)健康保持支援:退職後を見据えながらの心身共
況を合わせ考えて,その中で実現できる働き方や生き に健康に過ごせるための関わりの積み重ね
方をその人自身が決められるようにサポートする』と これは『労働者が困らずに気持ちよく労働生活を送
いう最終ラベルから抽出された(A,B,D,F,G,I)
. れ,退職後も元気に地域に戻れるように,職場との
看護職は「その人らしく働くことを支援するには, ギャップを受け止めていく過程や生活習慣を変えられ

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るような関わりを寄り添い長い時間をかけながら積み 支援方法を変えて少しずつ自立できるようにする(A)」
重ねる』という最終ラベルから抽出された(C,D, ことや「職場の担当者が自ら動ける人か見極めて支援
G,H,I)
. 方法を変える(B)
」ことをして 会社組織の担当者が自
看護職は「保健師活動の根っことなる目標は社員が 立して産業保健に関する活動を行えるように積極的に
元気に退職して地域に戻ることで,常にアプローチし 育成していた.そして「保健師がサポートする範囲を
ても受け入れの悪い社員にも生活習慣を改められるよ 見極め,段階的に積み上げて少しずつ活動を定着させ,
うにありとあらゆる方向から話をして関わる(G)」と 時間をかけて産業保健を行うための文化を創り,事業
退職後も健康でいられることを目指して支援を継続し 所が主体となって自立して産業保健を行えるように教
たり,「本人が目指す働き方と職場が許す働き方との 育していく(F)」と会社組織が自立して活動できるま
ギャップや,本人が受け入れられないことを受け止め での過程を支援していた.
ていけるように長い時間をかけて遣り取りし,今後ど
うしていくのかということに関わっていく(D)」と労 5)産業保健活動全体のコーディネート:労働者・
働者が労働生活を精神的に安定して送れるようになる 管理者間などの意見調整と労働者への支援活動と職
過程を長期間かけて支援していた. 場への支援活動の連結
これは『病気をもつ労働者とその管理者の思いを調
3)産業保健の推進支援:会社組織の状況やキーパー 整したり,その労働者の関係者を集めて支援の方向性
ソンを見極め,タイミングを見計らっての提案と活 を決めたり,保健指導からの情報を職場の問題把握に,
動の提供 職場からの情報を保健指導に生かしたり,それぞれの
これは『産業保健を進めるには,会社組織の状況を 活動や関係者間を結ぶ』という最終ラベルから抽出さ
みて戦略を練って働きかけたり,受け入れられる活動 れた(A,C,D,E,F,G,H,I,J).
から開始したり,キーパーソンを 見極めて粘り強く関 看護職は病気により職場からの健康配慮の必要な労
わったり,仕掛けるタイミングを 見計らったりといろ 働者が健康を維持して働き続けられるように「社員と
いろなアプローチをかける』という最終ラベルから抽 会社の思いの違いの間に入り,両方がうまくいくよう
出された(C,E,F,G,H,I,J). に定期的に支援する(B)」ことや「本人や職場の思い
看護職は「保健指導ができていない事業所にはきっ が合わないときは,3 者面談したり,職場と意識合わ
かけを作って訪問し,経営者が気分を害さずに受け入 せしながら職場も納得できるように調整する(A)」こ
れてもらえる 方法を探すなど,戦略を練ったり駆け引 とで両者の異なる意見を調整していた.また,
「保健指
きしながら受け入れてもらう(H)」と事業場の産業保 導では健診結果だけではなく職場の状況や人間関係を
健の活動状況を見ながら無理のない方法を選択して支 トータルにみて,その中から気づいた職場の問題点を
援していた.また,会社組織の「キーパーソンに 根回 現場に行ったり作業環境測定結果から確認して職場に
ししたり,課長に相談しながら仕掛けるタイミングを 働きかけたり,職場からの情報を保健指導につないだ
見計らったり,機会が来た時に変えられるように準備 り,1 つの活動を全体の活動に生かしていく(H)」こ
しておく (J)」と産業保健を推進できる機会を逃さな とで産業保健活動を統合していた.
いように事前準備を整えていた.
6)対象者との関係構築:中立の立場から看護専門
4)産業保健への自立支援:産業保健への自立に向 職として関わり続けることによる信頼関係づくり
けた人財育成と段階的な活動の積み上げ これは『労働者にも会社組織にも偏らない中立の立
これは『会社組織の産業保健の責任者が役割を認識 場から,会社組織の一員としての 立場と役割を踏まえ
して自立して実施できるように,経営層の考えを理解 て会社組織の産業保健を実行する関係者とはパート
した上で,産業保健の活動状況や安全衛生担当者の力 ナーとして,労働者とは産業保健活動や日頃からの声
量と経験に合わせて支援方法を変えて,一緒に考えな 掛けを通して信頼関係をつくる』という最終ラベルか
がらできることを段階的に積み上げる』という最終ラ ら抽出された(A,B,C,D,E,F,G,I,J).
ベルから抽出された(A,B,D,E,F,H,I,J). 看護職は「会社に傾くと本人が本当のことを言って
看護職は「職場の担当者の仕事量や経験に合わせて くれなかったり,本人に傾くと会社の不利益になり,

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熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造

どちらでも信頼関係は築けないので中立の立場でいる ていく(鑪,1984)とされ,看護職が「本人が目指す
ことを心がけている(E)」「産業保健の現場は連続性 働き方と職場が許す働き方とのギャップや,本人が受
があるので,対象者とは面接がうまくいかなくても無 け入れられないことを受け止めていけるように関わっ
理はせず,関係性を重視する(F)」「本人が困ったと ていく」というような,労働者の働き方と会社組織の
きに声をかけてもらえるように普段から声掛けをして 働かせ方とが一致しない事象は,労働者の会社組織の
産業看護職としての 関係性をつくる(I)」と信頼関係 中での存在価値を脅かし,アイデンティティまでも 揺
づくりを重視し,それにより「関係性を築くと,そこ らがせる.看護職が「その人の望む,生きていくこと
から会社の実態や状況等の情報が入ったり,こちらが や働いていくことが叶えられるように本人と一緒に迷
伝えたことに対するその後の動きも違う(D)」と認識 いながらも伴にいく」というように,生きることまで
していた. 支援するのは労働者のアイデンティティに 労働が関与
していることを 理解しているためと考えられた.
7)主体的な自己研鑽:専門性を高めるための体験 また,看護職は退職後を見据えて健康保持すること
学習と専門知識の習得の継続 を目的として,労働者への支援を積み重ねていた.労
これは『自分の看護を振り返り次につなげる経験, 働期間中の健康保持は産業保健の目標であるが,看護
本・勉強会・大学院による知識と会社の内外の人たち 職が「保健師活動の根っことなる目標は社員が元気に
との関わりからの学びを通して,産業看護の専門職と 退職して地域に戻ること」というように,その期間を
しての 期待に応えられるように成長し続ける』という 超えて労働者の健康保持を目指すのは,労働者という
最終ラベルから抽出された(A,B,C,D,E,F,G, 捉え方のみならず一人の人として捉え,健康はその人
H,I,J)
. らしく生きるための資源であることを認識しているた
看護職は「自分のできていないところや弱いところ めと考えられた.
を認め,困った事例では本を読んだり,勉強会にでた
りして ,対応を振り返って新たな関わりをする(A)」 2.会社組織への働きかけ
と自身を振り返って経験から学んだり,
「保健師や産業 看護職は,産業保健の推進と自立を目的として,
〈会
医や作業環境測定士など産業保健チームの人たちに聞 社組織の状況やキーパーソンを 見極め,タイミングを
いたり,外部の方も力になってくれ ,いろんな人の力 見計らっての 提案と活動の提供〉と〈産業保健への自
を借りられた(H)」と多職種からも学んでいた.そし 立に向けた人財育成と段階的な活動の積み上げ〉とい
て「会社の成長と共に会社のニーズを 満たせるように う支援を行っていた.産業保健は会社組織が主体的に
保健師も成長して,会社が目指しているものを達成し 行うものであり,労働安全衛生体制が整備され効果的
て会社にとって有益な存在になる(J)」と考えていた. に機能することで,労働者の健康と安全が確保される.
しかし,営利団体である会社組織の直接利益に結びつ
かない産業保健の優先順位は下がり,担当者に十分な
Ⅵ.考 察
教育がなされない現状がある(福田ら,2017).そのた
熟練産業看護職が産業看護活動を行う上で重視する め,看護職が「職場の担当者に合わせて支援方法を変
目的として抽出された理由を労働者個人,会社組織,労 える」
「事業所が主体となって自立して産業保健を行え
働者と管理者の対象ごとに考察し,
それらが産業保健の るように教育していく」というように,担当者が役割
目的達成に向けてどのように機能しているのかを検討 を果たせるように教育的に関わったり不足している部
することで,産業保健チームの一員としての 産業看護 分を補ったりして,自立して産業保健を行えるように
職が果たしている役割に関する示唆を得ることとした. 支援していると考えられた.
しかし,本来は会社組織の担当者は産業看護職が連
1.労働者個人への関わり 携する相手である.その相手を育成するのは,看護職
看護職は,その人らしく働くことや生きることの実 が「経営者が気分を害さずに受け入れてもらえる 方法
現を目的として,健康と労働の制約がある中で支援し を探す」というように,会社組織が受け入れなければ
ていた.労働者は会社組織の共有する価値体系を自分 産業保健活動自体を行なえないこと,推進できないこ
の中に受け入れて自己のアイデンティティを 再構成し とを理解しているからであろう .

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3.労働者と管理者をつなぐこと が勧告しても事業者側である会社組織が適切な対処を
看護職は労働者・管理者間などの意見調整をして《産 しなければ労働者の健康は守られない.会社組織の自
業保健活動全体のコーディネート 》をしていた.病気 立は,産業保健自体を推進させ,自発的な作業と作業
をもつ労働者が健康と労働の均衡を図りつつ働くには 環境の改善および労働者の健康の保持増進を促進させ
業務マネジメントを行う管理者の配慮が不可欠である る組織や文化を醸成させることになる.さらに看護職
(荒井,2005).しかし,労働者と管理者は立場が異な は,病気をもつ労働者が健康を維持して働き続けられ
り,労働者の望む働き方や業務内容と管理者が指示す るように労働者と管理者との関係性や関係者間の意見
るそれらとは合致しないことがある.そのため,看護 調整をしていた.産業医が勧告する就業措置は,
「配置
職が「社員と会社の思いの違いの間に入り,両方がう 転換することになかなか諦めがつかない(E)」という
まくいくように定期的に支援する」というように,両 ような労働者の不満や,
「職場からはみ出た人を職場に
者の立場の間に入り,それぞれの思いを理解した上で 戻す(C)
」ことによる職場の困惑を招き,それらへの
意見調整を行い,両者の関係性をつないでいると考え 対応が必要となる.看護職が,就業措置が適切に行わ
られた.健康上の配慮が必要な部下への通常とは異な れるように労働者と管理者および関係者を調整するこ
る業務マネジメントでは,部下の健康状態を理解して, とは,会社組織による労働者の健康状態に合わせた働
それに相応しい業務を指示する必要があり,管理者と き方の指示や職場環境の整備を可能とし,労働者が健
部下とのコミュニケーションは欠かせない.また,部 康を回復ならびに保持しながら労働生活を送れること
下は管理者との人間関係が形成されていないとサポー に寄与する.これらは,労働者自身が心身の健康を増
トを求めず孤立してしまう傾向がある(津久井,2005). 進でき,会社組織自らが産業保健の目的を達成できる
看護職は管理者が適切に健康配慮でき,労働者が健康 ようになるための関わりであり,労働者や会社組織の
に働けることを目的に労働者と管理者の関係性をつな 関係者という対象者に働きかけることで産業保健活動
いでいると考えられた. を効果的に遂行する活動であると考えられた.
以上のことから産業保健チームのメンバーである 専
4.産業保健チームの一員としての産業看護職の役 門職者の主な役割は,産業医は健康管理に関する勧告
割に関する示唆 を行い事業者が対応できる形を整え,衛生管理者は健
産業保健の目的は労働者の健康と労働能力の維持と 康の側面から職場の作業方法や環境を改善し,産業看
増進,安全と健康のための作業と作業環境の改善なら 護職は労働者や会社組織の関係者への支援により産業
びに作業中の安全と健康を守り生産性を高められるよ 保健活動が円滑に遂行されるための実質を整えること
うな組織と文化を発展させることである.産業医は健 であり,このような役割分担がなされそれぞれが機能
康管理の活動から労働者の健康状態に関して 判断し, することで産業保健活動が推進できると示唆された.
健康障害を予防するための勧告を事業者に行うことで
労働者の健康の維持に寄与する.衛生管理者は職場巡
Ⅶ.研究の限界と今後の課題
視等をとおして健康を維持するための作業と作業環境
の改善に注力する. 質的統合法(KJ 法)では,バラエティが確保された
本研究の結果では,看護職は労働者に対して「長い ことでデータが飽和化するとされているため,本研究
時間をかけて遣り取りする」
「本人と一緒に迷いながら の対象者はさまざまな業種の事業場に所属する産業看
も伴にいく」と,長期に渡り労働者の身近で,健康に 護職とし,さらなる内容の異なるラベルが生じなくなっ
その人らしく働くことや生きることを支援していた . たことを確認し,インタビュー 調査を終了した.しか
労働者自らが職業人生を作り出していくことは労働者 し,産業看護職は支援している事業場からの期待によ
の QOL の向上につながる(厚生労働省,2006a)とい り職務が異なることもあるため,多様性を網羅してい
われるように,その実現は労働者に精神的な安定をも ない可能性もある.今後は対象者の範囲を拡大し,さ
たらして労働生活を充実させ,ひいては労働能力の維 らに積み重ねていく必要がある.
持と増進につながるであろう.また,看護職は会社組
織が自立して産業保健を推進できるようにも支援して 謝辞:本研究に快くご協力くださいました産業看護職の皆
いた.産業保健の責任者は事業者であるため,産業医 様に心より感謝申し上げます.

日本看護科学会誌 40 巻 (2020) 12
熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造

本研究は四日市看護医療大学産業看護研究センターから助 河野啓子(2019):産業看護学(2019 年版),日本看護協会出


成を受けた. 版会,東京.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない. 厚生労働省(2006a) : 「職場のメンタルヘルス 対策における産
著者資格:JH は研究の着想およびデザインから分析,草稿 業看護職の役割」に関する報告書,Retrieved from: https://
の作成;MH および MT は研究の着想およびデザインから分 www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengo
析を実施.すべての著者は最終原稿を読み,承認した. kyokushougaihokenfukushibu/ks-4.pdf.(検索日:2018 年 4 月
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