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講演題目「日本文化の教え方」

大阪大学日本語日本文化教育センター・教授
岩井 茂樹

 はじめまして。
大阪大学日本語日本文化教育センター(以下、CJLC)の岩井茂樹と申します。
 この度は、貴重な機会を与えていただき、誠にありがとうございました。
 こうした貴重な機会を与えてくださったダナン大学のニューイー先生、また色々と準備をしてくだ
さったゴック先生に、本当に感謝いたします。

 最初に簡単な自己紹介をしておきたいと思います。
 私は 1969 年に奈良県の田舎町の呉服屋、つまり日本の「着物」を売っているお店の長男として
生まれました。ですから、今、53 歳になります。
小さい頃から科学が好きだったので、大学は自然科学の勉強をして、工学分野の修士号を取っ
た後、ある繊維会社に勤めていました。そこでは、新しい機能や性能を持つ(例えば、抗菌性能を持
つ)繊維を開発する仕事をしていました。特許も 12 件持っております。
 ですが、次第に日本文化の勉強がしたくなり、 30 歳の時に会社を辞めて、大学に入り直しました 。
それから文学分野の修士号と、学術に関する博士号を取って、タイのバンコクにあるチュラーロン
コーン大学というところで、まず先生になりました。6年間、タイで日本語と日本文化の先生として働
いた後、大阪大学の CJLC に就職することになりました。大阪大学に勤めてから今で9年になりま
す。

 私たちのセンター(CJ L C)には、毎年250名くらいの留学生が、日本語や日本語教育、日本文
化について勉強をしに来ます。出身国はさまざまで 35 カ国以上の国からの留学生を受け入れてい
ます。もちろんベトナムからもたくさんの留学生が来てくれています。私は、今、そこで留学生に日本
文化を教える仕事をしています。
 留学生、特に日本に来たことのない人に、日本文化の面白さを知ってもらうことや、日本文化に
興味を持ってもらうことは、予想以上に難しいものです。私も、タイで教えていた頃や、日本に帰って
きてから、しばらくは、どのようにして日本文化を教えればいいのか、どうすれば日本文化に興味を
持ってもらえるのか、という事について大変悩んだ記憶があります。
 そこで本日は、私自身が今、工夫していることを皆さんにご紹介したいと思います。

 日本文化と言っても、とても範囲が広いですよね。例えば、アニメやマンガや J-POP などの「現代


文化」が皆さんにとってはもっとも親しみのある分野かもしれません。中には、日本料理、能や茶道
や歌舞伎などの日本の「伝統文化」に興味を持っている人もいるかもしれませんね。

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 そのいずれもが日本文化ですから、なかなか日本文化全体を知ることは難しいですし、理解する
ことには長い時間が必要です。さらに言うなら、日本文化に強い興味を持ってもらうことはとても難
しい事だと思います。
 私自身も日本文化全体を知っているわけでは決してありませんし、日本文化の面白さをうまく伝
える方法もまだまだ勉強中というところです。ですが、こういうふうにしていけば、たくさんの人が日
本文化に興味と関心を持ってもらえるのではないか、という私なりの考えは持っています。

 では、その考えとはどんなものかに話を移しましょう。それは、「日本文化を自分の事として考えて
もらう」というものです。例えば、皆さんはベトナムの人ですが、それに当てはめると「日本文化をベ
トナムの事として考えてもらう」という事です。

 これだけではわかりにくいですね。ですから、一つ例を挙げて説明してみましょう。現在、私がして
いる最新の研究を使って説明してみますね。研究のタイトルは「日本人はなぜ、いつから写真で笑
うようになったのか?」というものです。
 ある共同研究会で、昔の写真を大量に見る機会があったのですが、笑っていない日本人がほと
んどだ、ということに気づいたのが、研究のそもそものきっかけでした。ですが、少し調べてみると、こ
れは日本だけのことではないことに気づきました。
おそらくベトナムでも同じだと思います。試しに古い写真を集めてみてください。おそらく笑って
いないと思います。今では Facebook や Instagram などの S N S に掲載するようなプロフィール写真
や、どこか景色のいいところへ旅行に行った時に写真を撮る場合、皆さんは笑顔で写真を撮るはず
ですね。笑ってない方が不自然だったり、もしかすると怒っていんじゃないか、と誤解されたりするか
もしれません。
これは日本やベトナムだけのことではありません。世界中の写真に同様の現象が見られるので
す。国や文化によって時期や理由は異なりますが、笑顔で写真を撮るようになったのも、世界中で
同じように見られる現象なのです。
 では、なぜ日本やベトナム、もっと言えば、世界中で昔撮られた写真は笑っていなかったのでしょ
うか。逆に言えば、どうしてある時から笑顔で写真を撮るような習慣が世界的に身についてきたの
でしょうか。

 私は、まずこの「問題の共有化」が大切だと思っています。先ほど「日本文化を自分の事として考
えてもらう」と言いましたが、これが出発点です。まず問題が共有化できれば、日本であろうが、ベト
ナムであろうが、どこでも同じ問いが共有化でき、「自分の事として考えてもらう」きっかけになると
思います。
 
私はベトナム語を読んだり、書いたりすることができませんので、研究は日本だけのことになって
しまうのですが、この問題について、「日本でなぜ、いつから笑顔で写真を撮るようになったのか?」

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という問題を解決する分析方法を、講義の中で共有化するようにしています。この「分析方法の共
有化」によって、どのような方法で調べていけば、こうした問題が解けるのか、その可能性を示すこ
とができるのです。つまり、「ベトナムではなぜ、いつから笑顔で写真を撮るようになったのか?」とい
う問題が解決できる道筋を見せることができるのです。これも「自分の事として考えてもらう」のに
役立つ事だと思います。

 さらには、「研究結果の共有化」をすることによって、ベトナムとの比較ができるようになります。日
本ではアメリカの影響を受けたある雑誌が、笑顔の定着にとても重要役割を果たし、その雑誌が全
国に広まったことで、人々は写真を撮るときに笑顔でポーズを取るようになりました。当時の人々は
笑顔になれば、商売が繁盛し、健康になり、家庭も円満になると考えたようで、そのような思想が共
有化されたために、多くの人々が笑顔で写真を撮るようになったようです。
つまり日本の場合は雑誌という新しいメディアが大きな役割を果たしたけれども、ベトナムの場
合もまったく同じことが起こったから、という可能性もありますし、反対にベトナムの場合はまったく
異なった事情があったために笑顔で写真を撮ることが定着化した、とも考えることができるのです。
この「結果の共有化」も「自分の事として考えてもらう」ためにとても大事な事だと思いますし、
「自分の事として考えてもらう」ための最後の仕上げとも言い換えることができます。

 以上述べてきたように、私自身は日本文化の事しか研究していないのですが、「問題の共有化」 、
「分析方法の共有化」そして「結果の共有化」を通して、「日本文化を自分の事として考えてもらう」 、
つまりベトナムの場合なら、「日本文化をベトナムの事として考えてもらう」ことが可能になると思う
のです。

 せっかくなので、もう一つ例を用いて説明しましょう。
 まずはこのスライドをみてください。
 二枚の絵がありますね。同じ時代に描かれた絵です。一枚は、日本の喜多川歌麿という有名な
画家が描いた浮世絵です。もう一枚はオランダの画家、フェルメールが描いた絵です。
 この違いを考えてみましょう。たくさん違いがありますね。
 私はこの絵の「視線(目線)」に注目します。
 日本の絵は視線が画面の中に向いていますね。それに対して西洋の絵はこちらを向いています。
つまり目が合います。
 実はこれは私が発見したことですが、明治時代になる前の日本の絵には視線がこちらを向く絵
はほとんどないのです。
 それに対して、西洋の絵ではもっと早くから視線が私たちの方を向くような、つまり画面の外を向
いてくるような絵がたくさん描かれるのです。なぜでしょう。
 これが「問題の共有化」です。

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 では、何時ごろからこちらを向く絵が描かれ始めたのでしょう。それを調べたいと思います。私が
調査した結果、日本では先ほど言ったように、明治時代になってから、つまり20世紀になってから
のことでした。それに対して、西洋では15世紀のルネサンス期、中国では明・清時代、つまり16世紀
頃になってこうした絵が描かれるようになりました。これは古い絵から新しい絵へと、時代を進めな
がら、できるだけ多くを見ていくしか方法がありません。これが「分析の共有化」です。

 そして今言ったことを表にすると、このようなスライドになります。日本は西洋や中国から多くの文
化的な影響を受けてきました。ただ、この視線の表現に関しては、西洋とは約500年、中国とは約4
00年もの差があるのです。これが「結果の共有化」です。
 では、皆さんの国の絵ではどうですか?ベトナムの絵で普通の人がこちらを向くようになるのは
何時ごろからでしょうか?そしてなぜそうなったのでしょうか?
 一度考えてみてください。

 これまで述べてきた「共有化」の重要性は、何も文化研究だけのことに限りません。もし人に自分
のしていることに興味や関心を持ってもらおうとする場合には、「自分の事として考えてもらう」こと
を意識すると、とてもいい結果が得られると思います。
逆に言えば、人は「他人事」には興味を持ちません。他の人がやっていて自分にはまったく関係
のないことには興味を持たない傾向があります。しかしながら、自分にも関係のあることだとか、ま
さに自分の事でもある、と考えてもらえるようにできたなら、人はその事に強い関心と興味を持つよ
うになるのです。
少し卑近な例を出しますと、皆さんが好きになる小説やドラマ、音楽の歌詞などで、感動したとい
うものにはこういうものが多いと思います。もちろん美しいという理由で好きになったというものもあ
ると思います。ですが、それとは別に、まさに自分のことを言ってくれているものだ、とか、自分にも起
こるかもしれないことだ、と思わせるようなものに人は強い興味と関心を持つものなのです。

 皆さんもこれから学校や会社で人に教えることがあると思います。そこでは、年下の人や未経験
な人や、まだ考えが未熟な人に教える機会も絶対に出てくると思います。その時には、このことを思
い出してください。「教える内容をその人自身の事として考えてもらう」。このように工夫することが
大切だと思いますし、これができれば、みんなが同じ問題を真剣に考えることができるようになると
思います。
 ぜひ皆さんも自分自身で工夫して実践してみてください。

 今後、私もできるだけ、ベトナムの皆さんをはじめ、世界の皆さんに「自分の事として考えてもらえ
る」ような研究テーマを選んで研究していきたいと思っています。そして「自分の事として考えてもら
える」ようになるようにさらに工夫をし、できればいつか皆さんと話し合いながら、みんなで考えを共
有化したいと考えています。

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将来、皆さんと私が今日共有化したテーマについて、ディスカッションできることを、私は夢見てい
ます。皆さんも一度、「自分の事として」、このテーマについて考えてみてください。皆さんとまたお目
にかかって、ディスカッションできる日が来るのを、本当に楽しみにしています。

では、以上で私の講演を終わりたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。

以 上

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