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大学での数学の勉強法

竹山 美宏

Date: March 31, 2017.


1. 大学で学ぶ数学はどのようなものか
1.1. 大学で学ぶ数学はどのようなもので ない か. 大学の数学科では次のようなこと
を学べると期待する人がいるかもしれない.
• 数学オリンピックの問題の解法パターン
• 入試で出るような複雑な計算をエレガントに回避する超絶技巧
残念ながら, 大学で学ぶ内容は, このようなものではない. たしかに, 数学の勉強を
続けていれば, 数学オリンピックの問題に多少なりとも取り組めるようになるかも
しれない. また, 入試問題によっては, 大学の数学を使えば複雑な計算をせずに答え
が得られることもある. しかし, これらは大学で学ぶことの主要な部分ではない.

1.2. 数学の学習の三段階. 数学の学習は, 大きく分けて次の三つの段階からなる.


(1) 数学的な概念の定義を学ぶ. (「○○とは何か」)
(2) その概念に関する命題や定理の証明を理解する. (「∼∼であるのはなぜか」)
(3) その命題や定理を使って具体的な問題を解く.
これは高校でも大学でも同じである. しかし, 高校と大学では力点を置くところが違
う. 高校までは, 大学入試を突破することが最優先の目標であるから, (3) の部分に
ほとんどの時間を費したはずだ. 一方, 大学では, (3) だけでなく (1) と (2) のことに
a 2 + b 2 − c2
力点が置かれる. たとえば, 高校では余弦定理 cos θ = を使って問題を
2ab
解く練習をたくさんしただろう. しかし, 大学では
(1) 余弦 cos θ とは何か
(2) 余弦定理が正しいのはなぜか
をきちんと答えられるようになることが求められる.

1.3. どうして「とは」と「なぜ」が重要なのか. 大学で学ぶのは学問である. そし


て学問とは「自分のなかにある正しさを他者と共有する」という営みである. 数学
で正しさを共有することができているのは, 次の二つの条件による.
• 数学的な概念を表す言葉を正確に使う.
• 命題や定理が正しい理由を, 論理を使って記述する.
たとえば, ある人が「今日から私は方程式のことを関数と呼ぶ」と宣言して, 方程式
を「関数」と言い始めたら, その人と数学の話をするのは難しくなるだろう. また,
余弦定理が正しい理由を「教師の俺が言ってるからだ」と力説しても, 教室の外の
世界では通用しない. 数学は, 国境や人種・民族, さらに時代を越えた人々と正しさ
を共有することを目指す1.

1この観点からの数学入門書として, 新井紀子『生き抜くための数学入門』(イースト・プレス) を
強く薦める. 「とは」「なぜ」の重要性については, この本の冒頭で書かれている.
1
2. 講義の受け方
2.1. 復習をする. 数学に限らず, 大学で学ぶ内容は, 講義を一度聴いただけで理解で
きるほど易しくはない. 特に, 大学で学ぶ数学は難しいのが当たり前だと思っておい
た方がよい. ただし, わからないことから逃げてはならない. したがって, 講義の後
では復習することが必要となる.

2.2. 復習の仕方. 大学の数学の授業には, 大きくわけて講義と演習の二種類がある.


これらの授業は前節で述べた学習の三段階と次のように対応する.
{
(1) 数学的な概念を学ぶ.
講義
(2) その概念に関する命題や定理の証明を理解する.
演習 · · · (3) 命題や定理を使って具体的な問題を解く.
よって, 演習の問題を解くだけでは復習として不十分である.
講義の復習をするときは, 教科書の関連する部分を読む (教科書が指定されていな
い場合は参考書や講義ノートを読む). そして次のことを実行する.
概念の定義を覚える. 前節で述べたように, 数学的な概念を表す言葉を正確に使う
ことは, 数学の正しさを支える重要な条件である. よって, 数学用語の定義は正確に
覚えなければならない. 高校までは暗記科目が嫌いだった人も多いだろう (私もそう
だった). しかし, 定義は暗記しておかないと, 講義の内容も教科書の内容も理解でき
なくなる (英単語の意味と同じである). ただし, 数学の概念はなかなか覚えにくい.
すぐに覚えられないからと言って落ち込まなくてもよいが, 忘れたのなら何度も何
度も復習して覚え直す. 何も見ないで正確に言える, かつ書けるようになるまで, 何
度も覚えよう.
命題や定理の証明を疑いながら読む. 学問の正しさを根底で支えるのは, 権威 (『偉
い人が正しいと言った』) や伝統 (『先祖代々, 正しいと言われている』) ではなく,
各個人が「正しい」と納得することにある. 教科書には, 命題や定理が正しい理由を
証明として書いてある. よって, その証明が正しいことを自ら納得しなければなら
ない. ただし, 教科書に書いてあるからと言って, 鵜呑みにしてはならない. 「なぜ
そうなのか, 本当に正しいのか」と問いながら, 証明を一字一句ていねいに読もう.
「著者は読者を騙そうとしているかもしれない」と疑いながら読むくらいで, ちょう
ど良い.
具体例を理解する. 定義や命題・定理の後には, 具体例が書かれていることもある.
その例が「どの定義・命題・定理についての例なのか」を押さえて, さらに「何を意
味する例であるのか」(定義の条件を満たす例なのか, 満たさない例なのか, 定理が
成り立っている例なのか, 定理に対する反例なのか) を明確に理解する.

2
3. 演習の取り組み方
3.1. 演習の目的. 演習の授業では, 講義で学んだ命題や定理を使って, 具体的な問題
を解く. この過程は二つの部分からなる.
(1) 問題を自分で解く.
(2) 自分の解き方を文章にして書き下す (ないしは口頭で説明する).
問題を解くというと (1) の過程だけに力点を置きがちだが, (2) も非常に重要である.
学問とは, 自分のなかにある正しさを, 言葉を使って他者と共有する営みである. 講
義 (およびその復習) は自分のなかに正しさを構築するためのものである. 演習の授
業では, 言葉と論理を正確に使って, 他者と正しさを分かちあう練習をする. 課題を
提出する形式であれ, 板書で発表する形式であれ, 演習は他者とのコミュニケーショ
ンが目的であることを強く意識しよう.

3.2. 答案を書くときに心掛けること.
自分が理解していないことを書かない そもそも自分のなかに正しさがなければ (自
分が正しいと考える解法がなければ), それを伝えることはできない. 高校や予備校
の先生から「入試では点数につながるようなことを何でもいいから答案に書け」と
教えられたかもしれないが, 大学の演習でわかっているフリをしても, 得られるもの
は何もない. 教科書や参考書の内容をまったく理解せずに, 数字や文字だけを取り
換えて丸写しした答案を作るのは, もうやめよう.
文章として書く 数学の答案は全体としてひとまとまりの文章でなければならない.
特に, 数式は文章の一部となるように書く. たとえば, 「x2 = x + 1」と書いてある
だけでは, 「x2 = x + 1 が成り立つ」なのか「x2 = x + 1 であるとすると」なのか,
わからない. また, 数式だけを並べても, 「犬・明日・行く」のように単語を並べる
のと同じで, 何を意味するのかが明確にはならない. 数式の前後には論理を組み立て
る言葉 (∼のとき・∼とすると・∼であるから, など) をつけて, 全体として文章とな
るように書く. 教科書の文章をお手本にすると良いだろう.
数学用語を使ってみる 英作文の練習では, 英単語を自分で実際に使ってみること
が基本である. 数学用語も同じで, 正しく使えるようになるためには練習が必要であ
る. 演習で答案を作るときには, 積極的に数学用語を使ってみよう. ただし, 使うと
きにその用語の定義を必ず確認すること.
読み手に伝わるように書く 答案は, 自分がわかっていることをアピールするため
の場ではなく, 自分の思考を言葉で他人に伝えるための手紙である. 自分の答案を読
み手 (他者) の目で見直して, 相手に伝わるように表現できているかどうか確認する.
きちんと説明できないことは, きちんと理解していないことと同値である. 上手く
言葉にできないのなら, 教科書や参考書を読み直そう.

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4. 数学の文の読み取り
4.1. 文の骨組をとらえる. 教科書の内容が理解できないときは, まず, 次のことを意
識して文の骨組をとらえる. 以下の例文は『明解 微分積分』(南・笠原・若林・平良
著, 数学書房) 2からの引用である.

さて 関数 f (1) が集合 D において上に有界のとき, f の値の集合 {f (x) | x ∈


D} は 上に有界(2) である. したがって連続性公理と定理 1.5 により
この集合(3) は上限を持つ. これ(4) を supx∈D f (x) で表す.

主語と述語は何か 主語と述語の読み取りは, 論理的な文章を理解するための基本


である.
上の例文では, (1) の主語「関数 f 」の述語は「(集合 D において) 上に有界」. (2)
の述語「上に有界」の主語は「f の値の集合 {f (x) | x ∈ D}」.
指示語は何を指しているか 「この」「その」が指すものはどれか, 「このとき」は
どのようなときか, 「次の条件」 「この条件」はどの条件か, など, 指示語が指してい
る内容を明確にする.
上の例文では, (3) の「この集合」とは「f の値の集合 {f (x) | x ∈ D}」のこと. (4)
の「これ」は, すぐ前の文の「上限」のこと.

4.2. 式と言葉の意味を正確にとらえる. 上で述べたことは文を読むときの基本であ


るが, 数学を学ぶときにはさらに次のことに注意して読む.
文字が何を表しているかをおさえる たとえば「A = B 」という等式は, A, B とい
う文字が集合を表しているか行列を表しているかによって, その意味が異なる. 式の
意味をきちんと理解するためには, そのなかで使われている文字が表すものを把握
しておかなければならない. そして, たいていの場合, 式のなかの文字が何を表して
いるのかは, その式の前後の文章に書かれている. したがって, 数式の部分だけを眺
めて全体の議論を理解することは不可能である.
数学用語の定義をそのつど思い出す 数学の文章に現れるほとんどの言葉には, 明
確に定められた定義がある. 「連続」「収束する」「含まれる」など, 日常で見慣れ
た言葉であっても, 数学用語として使われるときには数学独自の定義がある. その定
義を思い出しながら読まなければならない. たとえば, 「収束する」という言葉に
出会ったなら, 「限りなく近づく」というイメージだけではなく, 微積分の教科書で
(ϵ-δ 論法を使って) 定式化されている定義をきちんと思い出す. このように読めるよ
うになるためには練習が必要だろう. 英語の単語帳のように, 数学用語とその定義を
まとめたノートを作るのも一つの方法である. 講義や演習の時間にそれを見ながら
学習すると理解が深まるだろう.

2筑波大学理工学群数学類 1 年生対象の微積分の授業の教科書.
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