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Survey On Usage of Buildings After 10 Years From Restoration Works
Survey On Usage of Buildings After 10 Years From Restoration Works
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大成建設一級建築士事務所
大成建設一級建築士事務所、三重大学大学院工学研究科博士後期課程 *1 *1
TAISEI DESIGN
TAISEI PLANNERS
DESIGN PLANNERS ARCHITECTS
ARCHITECTS&&ENGINEERS
ENGINEERS, Graduate Student,
(〒 163-0606 新宿区西新宿 1-25-1)
三重大学大学院工学研究科博士後期課程 GraduateDept. of Built
Student, Environment,
Dept.of Division of Architecture,
Built Environment, Division ofGraduate School of Eng.,
Architecture,
(〒163-0606 新宿区西新宿 1-25-1) Graduate Mie Univ.of Engineering,Mie University.
School
*2 三重大学大学院工学研究科建築学専攻 教授・工博
*2 *2
Prof., Dept. of Built Environment, Division of Architecture, Graduate School of
Prof., Dept.of Built Environment, Division of Architecture, Graduate
*2
三重大学大学院工学研究科建築学専攻 教授・工博
Eng., Mie Univ., Dr. Eng.
School*3 of Engineering,Mie University,Dr.Eng.
*3
自由学園明日館 館長 The General Manager of Jiyugakuen Myonichikan
*4
自由学園明日館
元自由学園明日館 職員 The*4 general manager of Jiyugakuen Myonichikan
*3
館長 *3
Formerly Staff of Jiyugakuen Myonichikan
Formerly staff of Jiyugakuen Myonichikan
*4
元自由学園明日館 職員 *4
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2. 活用内容と 10 年間の実績
2.1 活用構想
自由学園は明日館を保存するか否かの検討に約 10 年間検討期間 当初想定:45,000 人
を要した。当時の自由学園学園長であり創立者羽仁夫妻の甥 羽仁翹
は「建物で実際に一日の活動が営まれていないと建物が生きている
ことにならない。明日館を建物だけの博物館にすることだけは避け
たい」7)と考えた。明日館館長吉岡努注 2)を中心とする明日館事務局
が 1993 年(平成 5 年)7 月に発足し、活用計画を検討した。明日館事
務局が立案した事業計画は、従来からの継続事業に加えて(1)会館事
業(施設運営)(2)生涯学習(公開講座)(3)PR事業(取材撮影)
の 3 本柱により得られる収入をもとに、明日館を維持管理していこ
うというものであった。吉岡は「自由学園本体のお荷物にならない
よう経済的に自立していきたい」という思いでいたという。活用計
画構想図を図 1 に示す。この事業形態は 10 年間変わらず継続中であ
る。
図2 見学者数(人)
自由学園明日館
注)2001 年度は 11 月開業のため 5 ヶ月分の数値である。
図 3~5 も同様
貸し施設運営 当初想定
見学 ウエディング
(講堂・教室) 370 件
図1 活用計画構想図
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自由学園明日館の緑が美しい前庭から、半屋外の廊下を経由して部 由 学 園 を 知 っ て も ら う 良 い 機 会 に な る の で 歓 迎 し て い る 。し
屋にアプローチする地続きの感覚はライト設計ならではであり、一 かしながらメディアに貸し出しする実績が増えてくると、問題が顕
般のホテルや貸会議室にはない魅力となっている。利用件数の推移 在化してきた。撮影が大規模な場合、搬入する機材が大量かつ大型
を図 3 に示す。2008 年以降件数が下降しているのは、次に示す明日 化し、建物を傷つけたり破壊する恐れがあるということが分かって
館ウェディング件数の増加が影響している。ウェディング件数が増 きたのである。そこで撮影側に対し、詳細まで定めたマニュアルを
加したために、貸すことのできる部屋数が減少したためである。 準備するようになった。このマニュアルに基づいて撮影器具の脚に
③明日館ウェディング(Wedding at Myonichikan):重要文化財で挙 養生をし、床を傷つけないようにする・大きなセットを作るときは
注 4)
式できる場所は少なくない 。重要文化財指定建造物の多くが神社 出入り口にも養生をするなどの注意を行っている。
仏閣であることによる影響と考えられる。近年では、重要文化財指 2.5 まとめ
定までの文化財価値を有しないとしても、ある程度の歴史を有する 各事業とも、事業開始当初より2~3年は自由学園卒業生または
歴史的建造物を用途変更し、結婚式場とする事例注 5)も増えてきてい 関係者による利用が多かったが、近隣への呼びかけや、ホームペー
る。明日館は池袋駅から徒歩 5 分という好立地ではあるが、駐車場 ジ、メディアでの宣伝などにより、関係者以外による利用が増加し
がない。開業前には、このことが影響し利用者がそう多くないので た。これは、明日館が社会に知られてきたことの証である。現在、
はないかと危惧する声も多く聞かれた。しかしライト設計の建物で 自由学園関係者(卒業生、卒業生の父母ら)の利用は、全体利用の
挙式をしたいという人々や他の場所とは違う雰囲気で挙式したいと 結婚式 15%程度、施設利用 15%程度、公開講座 65%程度である。
いう人々などから明日館ウェディングの人気は高い。挙式風景を写 公開講座において自由学園関係者利用の割合が高い。
真 2 に、件数の推移を図 4 に示す。
2.3 生涯学習(公開講座) 3 当初の想定と 10 年間の実績との比較
生涯学習(公開講座)は、自由学園の校舎として誕生した明日館 3.1 当初の想定
において、自由学園教育のモットー「思想しつつ・生活しつつ・祈 1996 年(平成 8 年)6 月に明日館事務局が実施した事業予測「明
りつつ」に即した独自の講座を開設し、運営されている。講座は、 日館事業収支予想(2001 年度)」が残っている。この頃自由学園は
学び舎としての自由学園の特色を取り入れつつ、建築に関する講座 「明日館を重要文化財指定の上保存する」ことをようやく決意した。
を徐々に増やして、文化財を身近に感じられる内容となっている。 この収支予測は、自由学園から協力会(父母・卒業生・関係団体な
当初の講座数は 11 で学園色が強かったが、明日館の認知度が高まる どによって構成される経営支援団体)への説明のための根拠資料と
につれて講座数も増え、建築、キリスト教、芸術・文化、教養、健 して用意したものと思われる。立案した活用計画は自由学園にとっ
康・生活、趣味・実用の 6 ジャンル、全 46 講座(2012 年現在)と て全くの新規事業であったため、予測の根拠はあいまいで「本試算
なっている。講座の授業風景を写真 3 に、受講者数の推移を図 5 に は極めて大雑把な概算に基づくもの」との注記がある。この事業予
示す。 測「明日館事業収支予想(2001 年度)」と 10 年間の実績との比較を
行った。実績として 2001 年度は 11 月開業のため 5 ヶ月分であるが、
「明日館事業収支予想(2001 年度)」は1年間分のものである。明
日館事務局は、開業から 4〜5 年間は赤字を覚悟していたという。
先に示した図 2~5 に「明日館事業収支予想(2001 年度)」の各予
測値を追記した。
「明日館事業収支予想(2001 年度)」の内容を確認
する。
3.2 会館事業(施設運営)
① 見学(Tour):見学者数という記述はないが、会館飲食として 1
日当たり 150 人、年間稼働 300 日として年間 45,000 人の客数を見込
んでいる。実際の実績は 10 年間大きな増減はなく年間 9,000〜
14,000 人で推移している。当初予測の1/4程度である。活用の最
も代表的な方法である「公開」だが、実績を平均すると 35 人/日程
度になり、予測が過大だったと言える。また 35 人/日では年間の見
写真 2 明日館ウエディング 写真 3 公開講座 学料収入は 630 万程度にしかならず、見学料収入だけで明日館を維
(中央棟ホール) (西教室棟マニャーナ) 持していくことは困難である。
② 施設利用(Use of Facilities):件数としての予測はしておらず、
2.4 PR事業(取材撮影) 1年間の利用合計を 1,600 万円と予測していた。2010 年度の1件当
明日館は修理工事竣工直後から、雑誌などのメディア関係の撮影 たりの平均利用金額から逆算すると約 370 件になる。予測に対して
場所として幅広くされている。利用するメディア側の立場から見る 実績は約 2.5 倍程度になる。ワークショップ会場として継続的に数
と、都内山手線駅から徒歩 5 分という立地やセットを作らずに撮影 年間利用している団体の代表者にヒアリングしたところ「この建物
できる点は、大幅な時間とコストの削減につながり、非常に魅力的 でなければワークショップが成り立たないくらいだ」と建物の持つ
とのことである。明日館としてもメ デ ィ ア 露 出 が 、 明 日 館 や 自 魅力が利用する動機であることを語った。
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③ 明日館ウェディング(Wedding at Myonichikan):当初の想定は 損事故があっても臨機応変な対応がとられている。各職員がそれぞ
50 件/年間であった。実績は 2004 年度以降 150〜180 件を推移し、 れの立場で明日館の活用に心を砕いている。国や地方公共団体が保
予測の 3 倍程度にのぼる。 有する重要文化財においては、管理担当者が数年で替わってしまい、
3.3 生涯学習(公開講座) 当事者意識が希薄になりがちだと聞くが、明日館はそれとは対照的
1年間の利用者を 1,200 人と予測していた。2007 年度に初めて予 である。
測を超えて 1,320 人の受講者があった。それ以降も順調に受講者数
が増え、2010 年度には 2,159 人が受講した。 謝辞
3.4PR事業(取材撮影) 本研究に当たり、自由学園明日館吉岡努名誉館長には資料の提供
当初の収入としての金額の想定はなかった。2010 年度は 44 件の と聞き取り調査にご協力いただいた。深く御礼申し上げます。
利用があった。
3.5 まとめ 参考文献
1)財団法人文化財建造物保存技術協会:重要文化財自由学園明日館保存修理
見学(Tour)は当初の予測が過大だったものの、それ以外は予測を
工事報告書,学校法人自由学園,2002
大きく上回り、明日館が積極的に活用されていることが分かる。 2)杉江夏呼,花里利一:文化庁に提出された「56 項目の改善要望」の分析—重要
文化財自由学園明日館の保存再生 その 1−,日本建築学会計画系論文集,第
661 号, pp719−724,2011.3
4 重要文化財の「活用」と「公開」の両立
3)杉江夏呼,花里利一:保存修理工事 10 年経過時の建物調査と評価—重要文化
立地の良さ、清楚な佇まい、緑が美しい前庭といったロケーショ 財自由学園明日館の保存再生 その 2−,日本建築学会計画系論文集,第 672 号,
ンの良さが功を奏し、2001 年(平成 13 年)の事業開始当初より規 pp495−500,2012.2
4)熊谷亮平,松村秀一:近代建築の保存修復現況に関する知識のデータベース
模の大きいウェディングやコンサート、パーティといった行事の予
化に関する研究−自由学園明日館保存修理工事報告書と明日館実測図の分析
約が徐々に増え始め、収益に明るい兆しが見えてきた。ところがそ を通して−,日本建築学会大会学術講演梗概集.F−2.建築歴史・意匠,pp347
のために、建物を見学に訪れる人々が建物の内部を見学する時間が −348,2007.8
5)齋藤榮 他:歴史的建築物明日館における大谷石部分の修復・保存,日本建
なくなってきてしまった。特に土日祝日は、ウェディングの予約が
築学会技術報告集,第 16 号,pp1165−1170,2010.10
入り収益が増加する。これにより経済的に自立していくという当初 6) 足立裕司 他:再生名建築 時を超えるデザイン 1,鹿島出版会,2009.9
の思いが叶うことになる。しかし明日館の建物を通して文化財を身 7) 有 名 建 築 そ の 後 自 由 学 園 明 日 館 : 日 経 ア ー キ テ ク チ ュ ア , 日 経 BP
社,2001.10.29
近に感じ、理解を深めてもらうことも明日館の大切な使命である。
8)後藤治+オフィスビル総合研究所「歴史的建造物保存の財源確保に関す
そこで現在は、土日祝日はウェディングを優先させつつ、見学時間 る提言」プロジェクト:都市の記憶を失う前に,白揚社新書,2008.4
を少しでも補うために月に一日、休日見学日・夜間見学日を設定し 9)谷川正己:自由学園明日館 1921 東京フランク・ロイド・ライト重要文化財,
バナナブックス,2009.3
ている。また見学時間内に職員が交代で行うガイドツアーを設け、
10)保存のカラクリを解く:日経アーキテクチュア,日経 BP 社,2009.8.24
訪れた人々に歴史的建造物を保存し継承することの大切さを伝えて 11)既存を生かす条件−リノベーションの実践:新建築,新建築社,2012.3
いる。
注
5 まとめ 注 1)文化庁から各都道府県教育委員会教育長あてに出された「重要文化財(建
造物)の活用について(通知)1996 年(平成 8)12 月 25 日」
10 年間の施設利用実績は順調で、「近代の重要文化財建造物を活
注 2)吉岡努は自由学園男子部の第八期卒業生で、当時の学園長羽仁翹と同期
用しながら保存する」事業が経済的に成り立つことを証明した。吉 生。1980 年代後半に京都ホテルの建替えに携わった経験を持つ。吉岡は京
岡らの当初の活用計画が妥当だったことを証明した。また当初の活 都ホテル建替えに携わることにより、「文化遺産の保存という命題と現代
的事業経営の要請との狭間で、建物のあり方を考える体験をした」と言う
用予測は、謙虚なものだったことが分かった。一方従来からの重要
注 3)公開されている全国の重要文化財で、入場料が有料の事例 59 件の平均
文化財活用方法である「公開」による見学料収入だけで明日館を維 は 362 円だった。
持していくことは困難であることがわかった。 注 4)豊平館、大阪市中央公会堂、明治生命館など。
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