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寿限無︵じゅげむ︶

かくばかりいつわり多き世のなかに子のかわいさぞ誠なるらむ、はじめてお子さんをお持ちになる親ごさんの
心配はたいへんなものでございますが、それだけに生まれたとなると喜びもひととおりではございません。

﹁どうでえ、見るやい。ちいせえくせに手の指も足の指も、ちゃんと五本ずつそろってやがら、なまいきに⋮⋮﹂
﹁別になまいきなことはありませんよ﹂
﹁あっ、おっかあ、見ねえ、動いてらァ﹂
﹁そりゃァちゃんと生きているんだから、動きもしましょうよ﹂
﹁けど、どうしてこう赤い顔をしてやがるんだろうなァ、めでてえからって一ぱい飲んで生まれて来たのかしら﹂
﹁ばかなことをおいいでないよ。赤ン坊はみんな赤い顔をしているんだよ、だから赤ン坊じゃアないか﹂
﹁なるほど、ちげえねえや、赤い顔をしているから赤ン坊か。それにしてもおっかあばかり心得ていやァがって、
おいらにもなんとか挨拶がありそうなものじゃアねえか、﹃おとつつあん、こんにちは。このたびはどうもいろ

寿限無
いろとお世話さまになりました。どうか末長くよろしく﹄とかなんとかさァ﹂
﹁あきれたねえ、この人は。まだ生まれたばかりなんだよ、そばにいてあんまりおもちゃにしないでおくれよ。
いまお乳をやるんだから﹂

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﹁なんでえ、女親ばかりつきっきりで、おいらは何もすることがねえじゃアねえか﹂
﹁それがお前さんでなくちゃアならないことがあるんだよ。すっかり忘れていたけれど、お前さん、明日はこの

ZO
子のお七夜だよ﹂
﹁なんでえ、そのお七夜てえのは﹂
﹁なにも知らないんだねえ、赤ン坊のお七夜なの﹂
﹁ああ、そうか、この子を質屋へ連れていって、﹃これが大きくなりましたら、親父同様、価をよく貸しておく
んなさい﹄と⋮・・・﹂
﹁生まれたばかりの赤ン坊を質屋へお目見得に連れて行く親があるものかね。生まれて七日目だからお七夜とい
うの﹂
﹁ああ、そうか、つまり初七日てえわけだ﹂
﹁縁起のわるいことをいわないでおくれ。赤ン坊の名をつけてお祝いをするのがお七夜なんだよ。だからお前さ
ん、何かいい名前をえらんでおくれ﹂
﹁︵手を打って︶なるほど、名前がなくちゃアいけねえ。いくら貧乏人だって名のない奴てえのはないからねえ﹂
﹁別に金持ちだから名前があるときまったものじゃアないやね。うちの坊ははじめての男の子だし、うんといい
名をえらんでおくれよ﹂
﹁うむ、銭のかかることじゃアなし、この上ないという名をつけたいもんだなァ﹂
﹁お前さんはどういう名前がいいと思うの﹂
﹁おいらは、うんと強そうな名がいいな﹂
﹁なるほど、強そうな名というとどんなのがいいだろうねえ﹂
﹁こう、何でもいいから、この上ないという強い名前だ﹂
﹁だから、どんな名前さ﹂
﹁こう、こう、滅法界もない、誰もびっくりするような強い名だ﹂
﹁強いのはわかったけど、どういう名前なのさ﹂
﹁つまり、その、なんだ、虎とか熊とか﹂
﹁トラさんにクマさんなんて月並じゃアないか﹂
﹁じゃア、象とかウワパミとか⋮⋮﹂
﹁まるで動物園へ行ったようだよ。もう少し人間らしい名はないかい﹂
せいし生う畠う
﹁じゃア、金太郎とか清正公さまとか﹂
﹁五月人形を買いに行くんじゃアあるまいし﹂
﹁人の揚げ足ばかり取っていやァがるが、てめえはどんな名がいいと思っているんだ﹂
﹁あたしは、やっぱり男らしい、いい男になるような名前がいいねえ﹂
﹁いい男になるような名前てえとどんな名だ﹂
﹁たとえば、海老蔵とか福助とか﹂
﹁べらぼうめ、そんな役者みたような名前なんぞ⋮・・・﹂
﹁いえ、たとえば、あたしならという話だよ﹂
﹁なにか、こう、いい名前の出物はねえものかなァ﹂
﹁そうだ、お前さん、いいことがあるよ。お寺へ行って和尚さんにつけてもらったらどうだい﹂
﹁ふざけるない、生まれたばかりの赤ン坊に戒名なんぞつけてもらうやつがあるものか﹂
﹁そうじゃアないんだよ。あの和尚さんは物識りだから、何かおめでたい、いい名前を考えてもらっちゃァどう

寿 限 無
だろうというんだよ﹂
﹁なるほど、坊主がえらぶのは戒名とばかりは限らねえや。よし、じゃァこれからすぐに行って来よう﹂
とさっそく、お寺に参りまして、

ZZ
﹁そういうわけなんで、和尚さん、どうか、この上はねえというようないい名前をつけてもらいたいんで﹂
﹁これは、これは、たいそうなお見立てにあずかりましたな。いや、寺方でお子さんの名前をえらぶというのは

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何か縁起の悪いようにお考えかも知れないが、凶は吉にかえるなどと申してかえってよるしうございましょう﹂
﹁なるほど、凶は吉にかえってめでたい。よくわかられえがお前さんはやっぱり物識りだね、かかァのいうとお
りだぜ。そこで、うちの坊が丈夫に育っていつまでも死なないというような保険付きの名前をひとつ、見つくろ
っておくんなさい﹂
﹁見つくろうというのはおかしいが、それでは考えてみましょうかな。仏説では﹃生者必滅会者定離﹄と申して
じよう
ナ、生あるものはかならず死ぬ。生まれたのは即ち死ぬるはじめとはいうようなものの、親の情としてわが子の
長寿を祈るのもまた無理からぬこと⋮⋮、そうじゃ、鶴は千年というから鶴太郎とか鶴之助とかいう名前は⋮⋮﹂
﹁鶴太郎に鶴之助⋮⋮、よく鶴のようにやせっこけたなんていいますが、あんなにすねばかり長くやせた野郎に
なっちゃァ心配ですから、同じことならもうすこしふとった名前を願いたいもので﹂
﹁では、亀は万年というから亀太郎とか亀之助とかいう名前ではどうだ﹂
﹁へえ、亀太郎に亀之助、いけねえ、いけねえ、亀って奴はあの縁日の金魚屋にぶら下がってアプアプやってる
奴でしょう。頭をつっ突かれるとヒョイと首をちぢめる。人に頭をおさえられているようじゃア出世ができませ
んから困ります﹂
﹁では、辰というけだものは⋮⋮﹂
﹁和尚さんもやっぱり動物園が好きですねえ。何かこう、動物でない名前はないものですか﹂
﹁松は常盤木といってめでたいが⋮⋮﹂
﹁松はいけませんよ。あんなむずかしいものはありません。どんなじょうずな植木屋が仕事をしても植えかえる
のがむずかしい。じきに枯れてしまいます。土地がかわるたンぴに枯れちゃア困ります﹂
﹁竹はなかなか強い性だが﹂
﹁たけのこは頭を出すと折られてしまいます。子どものうちに折られちゃアいけねえ﹂
﹁松竹梅というから梅の名をとって⋮⋮﹂

﹁花が咲けばむしられるし、実は樽のなかに潰けられてしまいます。食う人間はいいけれど食われちまう梅の実
になってみると、こいつァおもしろくねえや﹂

﹁どうも、まるっきり口が利けないな。そういちいち理屈をつけられるのではかなわない。それでは、この世の
なかにあるものはやめにして、経文のなかからめでたい文句をさがしましょう。無量寿経というお経のなかのこ
とばではどうかな﹂
﹁お経でもなんでもかまいません。なにか長生きをするような文句がありますかねえ﹂
﹁それなら寿限無というのはどうじや﹂
﹁へえ、へえ、なんです、その寿限無というのは﹂
﹁寿かぎりなしと書いて寿限無じゃ。これならつまりいつまでも死ぬということがない﹂
﹁寿限無で死ぬことがない。ありがたいね、いただきやしよう、そいつを一つ。そのほかにも何かいい文句があ
りますかね﹂
﹁長い経文のなかにはいくらでもある。蕊耕の瀞り切れずというのはどうじや﹂
﹁なんです、五劫の摺り切れずというのは﹂
﹁一劫というのは、天人が三千年に一度ずつ下界に下って巌を衣で撫でる。巌を衣でなでつくし摺り切ってしま
うのを一劫という。だから五劫というと億万年というような数えきれない年になる﹂
﹁なるほど、坊の年がそのくらい長命になるというわけですか。いいねえ、そいつも頂きましょう。まだありま

寿 限 無
すかい﹂
﹁海砂利、水魚というのはどうじや﹂
﹁なんですって、カイザイ、スイジャ⋮⋮﹂

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﹁海砂利というのは海の砂利、水魚というのは水のなかにいる魚じゃ。何百年、何千年たっても獲りつくせない
ほど数が多いというのだから、これもめでたいな﹂

Z子
﹁なるほど、海砂利、水魚、これもようがすねえ。まだ、ありませんか﹂
﹁水行末、雲来末、風来末というのがある﹂
﹁なんのこってす。そのなんとかマツってえのは﹂
﹁水行末は水の行く末、雲来末は雲の行く方、風来末は風の行く方、いずれもはるかに果しがないほどの行く先
がひろいということで、これもまためでたいな﹂
﹁なるほど、あるものだねえ。まだありますか﹂
﹁人間、衣食住のいずれか一つが欠けても生きてゆくことができない。食う寝る所に住む所というのはどうだ
な﹂
﹁これも理屈だねえ。食う寝る所に住む所、こいつははずせないねえ﹂
﹁ヤプラコウジにプラコウジというのがある﹂
﹁お前さん、じようだんいってからかっちゃアいけませんよ﹂
﹁からかっているわけではない。藪柑子という木はまことに強いもので、春には若葉を生じ、夏には花を開き、
秋には実を結び、冬には赤き色をそえて霜雪をしのぐというめでたい木じゃ﹂
﹁なるほどねえ、聞いてみなくちゃアわからないもんだねえ。もっといいのがありませんかい﹂
念さな
﹁昔、もろこしにパイポという国があり、シューリンガンという王さまとグーリンダイというお后の間に生まれ
たぐい
たのがポンポコピー、ポンポコナァという二人の姫で、二人そろって類まれなる長生きをしたというな﹂
﹁ヘエ、ヘエ、まだありますかい﹂
﹁長久、長命などは文字どおりこの上ないめでたい結構なことばだ。二つ合わせて長久命というのはどうだな﹂
﹁二つ合わせて長久命なんぞはようがすね。もっとありますかい﹂
﹁男の子ならば、長久命にちなんで、長く助ける、長助というような名前はどうだ﹂
﹁すみませんが、和尚さん、さっきからの名前をみんな、書いてみてくれませんか﹂
﹁よろしい。書いて進ぜましよう。なになに、平仮名でわかるようにか、だいぶながくなりそうだが⋮⋮さァ、
書いた。このうちからいいのをお選びなさい﹂
﹁ありがとうございます。なるほど、はじめは、寿限無でござんしたねえ。寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、
海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポ
のシューリンガン、シニーリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナァの長久命の長
助..⋮雫和尚さん、すみませんが水をいっぱいください﹂
﹁どうしなすった、しつかりなさい﹂
﹁どうも、いろいろ考えてもらいましたが、このうち、どれをつけても、あとでぐあいのわるいことができたと
きに、あれにすりやァよかったなんてことになりましょう。せっかく考えてもらった名前だもの、すこうし長い
かも知れねえが、雪一イ、いっそみんなつけちまえ﹂
うれしさのあまり、長い名前をつけてしまいましたが、さァ、これが近所でも大評判となりました。
﹁ハイ、ごめんなさいよ﹂
﹁オヤ、おばあさん、いらっしゃい﹂
﹁この間からすこし風邪ぎみでひっこんでいたものだから坊やの顔を見なかったけれど、坊は達者かえ﹂
﹁おかげさまで声を出して笑うようになりましたよ、ホラ、みてやっておくんなさい﹂

寿 限 無
﹁おお、おお、かわいいねえ。年をとると物忘れがして、ちよいとご無沙汰をすると坊やの名前を忘れそうだ。
久しぶりにすこしさらってみるからまちがいがあったら教えておくれ。ソラ、アワワワ、バア、寿限無寿限無、
五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パ

Z5
イポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポ
コナァの長久命の長助や、なむあみだぶ、なむあみだぶつ、チーン﹂

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﹁オイ、ふざけちゃアいけねえ、おばあさん、お経とまちがえてやがら﹂
おめでたい名前のせいか虫気もなく丈夫に育ちまして、この子がもう学校へ通うようになりました。朝になり
ますと近所のお友だちが誘いにやってまいります。
﹁おはよう。寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤ
プラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリン
ダイのポンポコピーのポンポコナァの長久命の長助ちゃん、学校へ行こうよ﹂
﹁おやまあ、みんな、よく誘っておくれだね。あの、うちの、寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の
水行末、雲来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリン
ガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコナァの長久命の長助は、まだ起きないんだよ。
いま起こすからすこしまってておくれ。さァさア、寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲
来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シュ
ーリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナァの長久命の長助や、もう起きるんだよ、
ほら、みんなが迎えに来ているじゃアないか﹂
﹁おばさん、学校に遅れるから先に行くよ﹂
この子が大きくなるにつれてそろそろいたずらがはじまります。近所の子どもがぶたれてコプができたと泣き
ながらいいつけにまいりました。
﹁ワーン、ワーン、おばさん、お前のところの寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末
風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシユーリンガン、シューリ
ンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンボコビーのポンポコナァの長久命の長助が、おいらの頭をぶってこ
んな大きなコプをこしらえたんだよウ﹂
﹁あらまァ、金ちゃん、うちの寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝
る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリ
ンダイ、グーリンダイのポンポコビーのポンポコナァの長久命の長助がお前の頭をぶってコプをこしらえたって、
とんでもないことをおしだねえ。ちよいとお前さん、聞いたかえ、うちの寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海
砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝る所に住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポの
シューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナァの長久命の長助
が、金ちゃんの頭にコプをこしらえたとさァ﹂
﹁じゃァなにか、うちの寿限無寿限無、五劫の摺り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末風来末、食う寝る所に
住む所、ヤプラコウジのプラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、
グーリンダイのボンポコピーのポンポコナァの長久命の長助が、金坊の頭にコプをこしらえたって、とんでもれ
え野郎じゃァねえか。ドレ、金坊、頭を見せてごらん・・・⋮。なんでえ、コプなんざァどこにもねえじゃアねえか﹂
﹁あんまり名前が長いから、もうコプがひつこんじまった﹂

寿 限 無
水行末
信濃路の山の宿にひとりで泊ったときのことだった。どういうわけか客室に神棚があり戸隠さまがまつってあ

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るのもめずらしかったが、床の間には一目で禅僧の筆とわかるような枯れた茶掛けがさがっていた。
日が暮れるまでのひととき、窓外のモズの鳴き声を聞きながら、この部屋で気が遠くなるような静かさを味わ

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った。寝るときになって、布団の中から床の間の二行に書かれた枯淡な文字を声を出して読んでみた。﹁雲来末.
風来末⋮⋮、なんでえ、寿限無じゃアないか、これは﹂と気がついたわたくしは、布団の上をころげまわって笑
った。宿の人たちは、夜おそくひとりで高笑いをしているこの泊り客をずいぶんおかしい奴だと思ったことであ
ろう。信越の山奥には、今でも良寛や一茶のようなとぼけた坊ンさんがいるらしい。
日本の民話の一つの系統である﹁長名のはなし﹂は各地にあるようだが、この間読んだ無住の﹁沙石集﹂にも
こんな話があった。ある山寺で女人が出家することとなり、師の僧が﹁お名をつけてあげましょう﹂というと、
﹁法の名は以前から案じておりましたので﹂との答え。﹁そのお名は﹂と重ねてきけば、﹁神仏をあまたに信じて
まいりましたが、そのいずれも尊とく存じますので、阿弥陀・釈迦・妙法・観音・地蔵・白山・熊野・日吉・羽
黒・御嶽のお名を一宇ずつを取りあつめて阿釈妙観地白熊日羽岳房とつけました﹂と答えたという。
﹁余リニ長クコソオボュレ﹂と結ばれているたったこれだけの話だが、有徳の老僧と残ンの色香をたたえた尼僧
の姿がよくえがかれている。こうした原話から展開して各地の民話や﹁寿限無﹂に至ったのであろう。
やはり古い日本のことばの遊びに﹁舌もじり﹂がある。長いいい立てを早口でまくしたてる、いわば話芸の初
歩だが﹁寿限無﹂はこの意味でもっぱら前座噺として親しまれて来た。円朝も小さんも円右もみんなこの話から
修業をはじめたのであろう。まだ客席もまばらな寄席の高座でいっしょうけんめいに﹁寿限無﹂を演じる前座さ
んの声をきいているとふとそんな感慨を覚えることがある。この話のなかに一時代前のよき人情味がほのぼのと
ただよっているのは、おおぜいのはなし家の口から口をへて練り上げられた結果である。
﹁長名のはなし﹂は、将来また新しく仕立て直されて次代の日本人に伝えられてゆくのかも知れない。﹁寿限
無﹂の系譜もまさに﹁水行末﹂というべきであろう。︵永井啓夫︶

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