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3版

様 式 C−19、F−19−1、Z−19 (共通)

科学研究費助成事業 研究成果報告書

平成 30 年 6 月 15 日現在
機関番号: 12606
研究種目: 若手研究(B)
研究期間: 2015 ∼ 2017
課題番号: 15K16663
研究課題名(和文)梵鐘の音響解析に基づく日本独自の音響創造に関する研究

研究課題名(英文)An acoustic analysis of Bonsho: A study on the creation of unique Japanese


temple bell sounds

研究代表者
西岡 瞳(HITOMI, NISHIOKA)

東京藝術大学・大学院音楽研究科・研究員

研究者番号:20732746

交付決定額(研究期間全体):(直接経費) 2,500,000 円

研究成果の概要(和文):本研究は、日本独自の音である梵鐘音のその複雑かつ不規則な倍音構成を音響解析に
よって導き、それに基づいて元々は非楽音である梵鐘音を楽音によって再構築し、同時に新たな音素材・音色、
作曲手法にまでつなげることを目指した。 具体的な成果としては、1)日本の京都・奈良を中心とした梵鐘音
の音源採取、および 2)日本の梵鐘音との比較対照としてヨーロッパの鐘の音の音源採取を行い、3)これら
の録音音源を音響解析し、4)その結果から導き出された分析結果を元にした多チャンネル電子音楽作品および
カリヨンのための作品制作を行うとともに、5)自作品の実演を通じて実用的な作曲技法や実演時の音響効果の
在り方を追求した。

研究成果の概要(英文):The main focus of this study is the sound of Japanese temple bells known as
“Bonsho”. Its sound contains complicated and irregular overtones. This study aims to analyze them,
reconstruct the Bonsho sound with acoustic instruments or as digital tones with computer, and
finally develop a brand-new composition method utilizing the Bonsho sound to produce
“Japanese-Original” sound effect works. The results of this study are as follows: (i) collecting
and compiling of the “Bonsho” sounds by digital recording through domestic fieldwork, (ii)
collecting and compiling of the church bells and Carillon sounds in Europe by digital recording
through overseas fieldwork, (iii) analyzing the sound samples mentioned in (i) and (ii) utilizing an
acoustic analysis computer software, (iv) composing the original works for Carillon and electric
music with multi-channel, (v) inspecting the surround effects of bell sounds and trying to
reproduce them in the original works mentioned in (iv).

研究分野: 音楽音響創造

キーワード: 梵鐘 カリヨン 音響解析 作曲


様 式 C−19、F−19−1、Z−19、CK−19(共通)

1.研究開始当初の背景 明らかにし、それらを活かして日本独自の音
(1)日本を代表する作曲家の一人である黛 響表現を創造することを主たる目的とする。
敏郎が、1950 年代当時の最先端の音響解析 大陸より伝わり日本独自の発展を遂げて
を以て梵鐘音の倍音構成を探り、それらをア きた梵鐘が持つ奥ゆかしく特有の響きは、
コースティック楽器に置換することによっ “日本”が持つ独特の世界観や文化的背景を
て再現した梵鐘音を管弦楽作品『涅槃交響曲』 内包するものである。これを日本の文化発信
へと昇華させる試みを行った。黛は、京都や に用いない手はなく、“ジャパンオリジナル”
奈良を中心にあらゆる梵鐘の音を現地で録 たる音響を作曲家として創造することで、日
音採取し、それらを音響解析してそれぞれで 本人の文化的アイデンティティをグローバ
異なる倍音構成を抽出した。それらを、オー ルに発信するために本研究を進めるもので
ケストラの様々な楽器に様々な奏法で置き ある。
換えることで、擬似的に梵鐘音をオーケスト
ラの音で再現しようと試みた。また、黛はこ
の作品において、オーケストラを3群に分け 3.研究の方法
て、演奏時にホール舞台上にメインオーケス (1)国内フィールドワーク
トラ、残りの2群をホールの舞台から離れた 本研究の着手にあたり、最も重要なことは、
場所に配置することにより、観客の前後左右 本研究の主対象である梵鐘の音の正体を正
から様々な異なる鐘の音が聴こえてくるよ 確に把握することであった。梵鐘は、大きさ、
うな試みを行っている。これは、京都や奈良 形状、材質組成等々、その構成要件の差異に
など多くの寺が点在する地域では、毎日決ま より一つとして同じ響きを持つものはなく、
った時刻になると方々の寺から梵鐘の音が それらを丹念に調べることが必要である。そ
聴こえてくるという日本の音風景を、音響効 のため、各地の様々な寺院に赴いて取材交渉
果としてコンサートホールで再現したもの を行い、それぞれの所蔵の梵鐘音を現地にお
であった。 いて録音採取するという、地道で広範なフィ
本研究に先立つ博士論文研究において、こ ールドワークを行った。
の『涅槃交響曲』作曲における黛の音響解析 梵鐘によっては、文化財指定等の理由によ
の足跡を梵鐘音の録音採取フィールドワー り、特別な法要の際にしか鳴らされることが
クまで遡って順に辿り、現代の最新音響解析 ないものがあったり、法要によって鳴らし方
ソフトウェアによって実際に音響解析を行 が異なったりして、入念な事前取材交渉とス
った。また、彼がオーケストラによって梵鐘 ケジュール調整が必要で、採取までに長期間
音の再現を試みたその作曲手法について、ス の準備を要することも多々あった。
コアや録音音源などにも当たりながら特徴 録音に際しては、寺院関係者の協力を得て、
を明らかにし、また先に触れた実際の演奏に 普段は一般人の立ち入りが禁止されている
おける音響的表現手法の意図と実際の効果 場合が多い鐘楼の内部に入り、梵鐘の打撃音
の解明に当たった。 から残響までをバランス良く拾えるポジシ
ョンから、最新のリニアPCMレコーダーを
(2)本研究以前には、日本の梵鐘音に関す 用いたデジタルレコーディングを行った。
る研究は主に工学、物理学的見地からのもの
に限られた。特に、その独特の形状や材質組 (2)国外フィールドワーク
成などに注目した先行研究は散見されたが、 梵鐘音との比較対照のための素材として、
その独特の響きに対する音楽家による音楽 西欧の鐘の音も併せて音響解析することと
的見地からの研究、さらにその成果を芸術へ し、そのために国外フィールドワークを行っ
の応用を試みるものは皆無に等しかった。 てヨーロッパ各国の鐘の音の録音採取に努
前段で触れた博士論文研究において、梵鐘 めた。日本の寺院と同様に、教会の鐘は曜日
音の複雑で奥深い響きの特性に触れ、また偉 や時間帯、またその使用目的によって鳴らさ
大な作曲家である黛が遺した梵鐘音を取り れ方が異なり、それらを網羅することにも腐
入れた音楽的表現の一つの提案を深く知る 心した。
ことにより、さらにこの梵鐘音というものに 教会の鐘はもちろん、オランダ・ベルギー
ついて深く掘り下げ、自身の音楽の中に取り においては、楽器として独自の発展を遂げた
込んでみたいという興味、より普遍的な形で カリヨンも複数箇所訪れて、その演奏を録音
表現することで日本独自の音響表現として 採取した。
発信できないかという作曲家としての表現 こうした教会やカリヨンの鐘楼は、普段は
欲求に駆られた。 一般人の立ち入りができない場合がほとん
どであり、観光名所として開放されている鐘
楼でも、鐘が設置されている最上部まではア
2.研究の目的 クセスできないことが多かった。しかしなが
本研究は、作曲家としての見地から日本の ら、事前交渉や、時によっては現地での直接
梵鐘音を捉え、前段の博士論文研究の成果を 交渉により、いくつかの鐘楼では特別に許可
土台に、現代最新の音響解析ソフトウェアに を得て、鐘楼内部の鐘の近くや、カリヨン奏
よって日本の梵鐘音の響きの特徴、独自性を 者に伴って鍵盤が設置されている演奏室内
部まで入って、取材や録音採取をすることが 材対象地として選定したほか、ヨーロッパ最
できた。 西端のポルトガル、中間点としてフランスで
もそれぞれで可能な限り多くの教会、鐘楼を
回って、様々なパターンの鐘の音源採取を実
4.研究成果 現出来た。
本研究の最も重要な土台となるのが、主た 教会に対するフィールドワークでは、一箇
る研究対象である日本の梵鐘音の解析サン 所の取材対象地への滞在日程をまとめて確
プルである。各寺院の梵鐘についての鋳造年 保し、一つの教会の鐘が異なる曜日や時間帯
次や由来などの情報は比較的容易に手に入 に様々なパターンで鳴らされるのを漏れな
るものの、実際に鳴らされた音のデータは入 く録音することに努めた。これにより、日本
手が困難で、地道なフィールドワーク無くし の梵鐘と同じく、教会の鐘はミサなどの行事
ては音響解析に用いるための各梵鐘の音源 や時刻を告げる役割を果たし、そこに暮らす
を揃えることはできなかった。また、実際に 人々の生活と密着している実態が把握でき
現地において録音採取をすると同時に、現地 た。また、カリヨンに対する取材では、各鐘
周辺を散策し、また関係者に直接取材を行っ 楼のカリヨン奏者との緊密な連携、取材によ
たことで、その梵鐘が持つ響きと周辺環境の って、普段は一般に公開されておらず立ち入
相関、その土地土地での梵鐘と人々の生活の ることができない鐘楼最上部の演奏室、さら
密接な関わり合い、そしてもちろん寺院での には鐘の間近にまで立ち入って録音採取す
法会などの宗教行事における梵鐘の役割と ることができた。こちらは、音階を持って楽
重要性などのバックグラウンドを知ること 器として成立しており、より音楽に近い鐘と
ができたことは、本研究の目的である『日本 して、梵鐘音の解析、活用に大いなるヒント
独自の音響』の創造のために非常に有意義で を与えてくれた。
あった。 上記のような音響解析対象となる日本の
具体的には、京都の平等院、知恩院、奈良 梵鐘および西洋の鐘のサンプル音源の拡充
の東大寺などの名刹、古刹においてフィール に伴い、音響解析にも新たな方向性をもって
ドワークを行った。それぞれの寺院において 取り組むことができた。すなわち、倍音構成
は、特別な許可を得て一般立ち入りが禁じら の解析だけに留まらず、音の拡散性質、音の
れているエリアに立ち入って入念な梵鐘音 立ち上がりと減衰などに着目し、より多様な
サンプルの録音採取を行うとともに、両寺院 形での作品への応用を視野に解析を進めた。
の関係者への直接取材にも成功した。特に、 本研究の根幹である音響解析作業によっ
奈良の東大寺においては、年に一度しか行わ て導き出された梵鐘音の独自の特性や、西洋
れない希少な法会である『修二会』の期間中 の鐘との差異に関しての考察は、研究途上の
に取材フィールドワークを実施、その中でも 成果として 2016 年にベルギーのメッヘレン
特に最重要行事である『お水取り』の一連を で開催された国際シンポジウムにおいて招
寺院関係者等に当たって直接取材するとと 待講演として発表することができた。
もに、梵鐘音を含む行事最中の効果音を録音 また、研究終盤においては、デスクトップ
採取することができた。こうした地道な取材 ミュージック(DTM)分野におけるソフト
を通して、法会での鐘の取り扱いや作法等に ウェア音源のように、鐘の収録サンプルを電
もそれぞれに伝統と意味があることを知る 子音楽制作に用いることを試みている。試作
に至り、本研究の中においては梵鐘音の響き 段階ではあるが、次世代音響システムである
は主に音響解析にかけるべき物理現象では マルチチャンネル(22.2チャンネル)音
あるが、梵鐘音が内包するそうしたバックグ 響場用に実際に電子音楽作品の制作も行っ
ラウンドに関して本研究の枠組みを超えて た。また、それとは対照的、アナクロニズム
調査を継続し、理解を深めたいと感じた。そ 的ではあるが、アコースティックな方向性で
れによって、本研究が目指す日本独自の作曲 カリヨンのための新作を書き下ろして、ニュ
技法、日本固有の音表現の完成という最終目 ーヨークでの試演を行うこともできた。実際
標の文化的意義が深まり、以て最終成果であ に作品として制作するにあたって、鐘の音が
る音楽作品の普遍的価値の向上が図られる 作品の中に有機的に組み込まれ、音として効
ものと確信するものである。 果的に聴衆に届くためには、かなり緻密な音
日本の梵鐘音との比較対照のために続け 響効果の計算と、それを正確に実現するため
ているヨーロッパの鐘の音の解析サンプル の最先端の音響場が必要であると痛感した。
収集のためのフィールドワークも、本研究の それらを整えた上で、日本独自の世界観を
期間中だけでもかなり広範に行い、さまざま 表現し得る音響作品を制作し、国内外で発表
な地域の鐘楼を訪ねて膨大な録音サンプル することができ得れば、西洋において発祥し
を擁するに至っている。 連綿と続いてきたクラシック音楽の歴史に、
複数の鐘を鍵盤、あるいはオルゴール様の 必ずや新たな一ページとして日本の存在を
装置で操ってメロディーのように鳴らすカ 刻印することができ、真の芸術・文化の国際
リヨンが主流のオランダ、複数の鐘を擁しな 発信となると考える。日本特有の音の一つで
がらもカリヨンのような鍵盤やオルゴール ある梵鐘のその倍音構成やそれから紡がれ
装置を用いずに鳴らすイタリアを主要な取 る音色、音響の特徴をさらに踏み込んで研究
し、再現した音素材を活かして、邦楽器はも
ちろん西洋楽器や電子音楽表現をクロスボ 〔その他〕
ーダー的に用いた汎用性・応用性の高い新し ホームページ等
い作曲技法や音響技法を産み出すことは、こ
れまで特殊な邦楽器に頼ってきた“純日本的” 6.研究組織
音楽・音響表現の偏った発信を根底から覆し、 (1)研究代表者
日本独自の音楽作品や舞台作品などの分野 西岡 瞳 ( NISHIOKA HITOMI )
の更なる発展、およびそれらの国際発信に大 東京藝術大学・大学院音楽研究科・研究員
きく寄与するものであり、本研究で得た成果
を引き続き活かしながらそうした創作発信 研究者番号:20732746
活動により一層邁進したい。
(2)研究分担者
5.主な発表論文等 ( )
(研究代表者、研究分担者及び連携研究者に
は下線)
研究者番号:
(計 0 件)
〔雑誌論文〕
(3)連携研究者
( )
(計 2 件)
〔学会発表〕
研究者番号:
(1)西岡 瞳, “Campanology, studying the
unique world of Japanese temple bells (4)研究協力者
using acoustic analysis”, 日本ベルギー友好 ( )
150 周年記念シンポジウム『カリヨン新時
代:鐘が繋ぐ日本とベルギー』(招待講演),
2016 年 9 月 24 日

(2)西岡 瞳, 『梵鐘の音響解析に基づく作
曲技法の研究―黛敏郎のカンパノロジーを
題材として』, カワイサウンド技術・音楽振
興財団 第 28 回研究助成講演(招待講演),
2015 年 10 月 15 日

〔図書〕(計 0 件)

〔産業財産権〕

○出願状況(計 0 件)

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発明者:
権利者:
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番号:
出願年月日:
国内外の別:

○取得状況(計 0 件)

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取得年月日:
国内外の別:

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