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論 説

大分県教員採用不正事件をめぐる
「法的解決」の合理性と妥当性

星 野 豊

₁ 本稿の目的と課題
₂ 教員採用不正に係る訴訟群
( ₁ )採用取消処分の合法と違法
( ₂ )複数公務員間の求償権行使
₃ 「法的解決」の合理性と妥当性

1 本稿の目的と課題

平成₂₀年に発覚した大分県における教員採用不正事件は、教育委員会の幹部を筆頭とする
極めて多くの者が不正に関与していたこと、また、多人数の受験者が点数を操作された結果、
合否判定に対する影響も合格者不合格者双方共に多人数に及んでいたこと、そして、多くの
合格者は発覚時に現職の教員として職務に従事しており、その教育指導下にある子どもに対
する影響が及ぶものであったことから、教育界はもとより社会全体に対して、極めて大きな
衝撃を与えた1。
この事件に関する法的手続としては、その後刑事及び民事の訴訟が順次進行し、結果とし
て平成₁₉年度及び平成₂₀年度の採用試験における得点操作が行われたことに対して、刑事及
び民事の責任が不正の関与者に対して追及されると共に、不正な点数操作により合格あるい
は不合格となった受験者に対して、本来あるべきだった試験結果に対する是正を目的とした
各種の処分あるいは賠償金の支払が行われることとなった。理論上、競争試験について不正
が行われた場合、その是正措置として考えられる方法としては、試験自体を無効として全受
験者に対して再度試験を実施するか、試験に不正がなかった場合に達したであろう結果に向
けた是正措置をとるか、いずれかの対応が必要となる2。そして、この事件においては、試験
の実施及び採点自体は適正に行われたにもかかわらず、採点結果に対して不正な得点操作な
いし改竄が行われたというものであった以上、適正に実施された試験及び採点自体を含めて
すべてを無効とする必要は直ちには生じない筈であり、本来の試験結果に即した結論に向け
た是正措置を講ずるという県のとった解決方針は、一応妥当であったものと考えられる。

1 事件の経緯及び詳細については、大分県教育委員会教育行政改革プロジェクトチーム「調査結果報告書~大
分 県 教 員 採 用 選 考 試 験 等 に 係 る 贈 収 賄 事 件 を 受 け て ~」(₂₀₀₈年)、https://www.pref.oita.jp/uploaded/
attachment/₂₀₀₃₃₄₈.pdf(₂₀₂₀年₁₁月₂₀日閲覧)参照。
2 但し、この ₂ つの方法は、試験を実施した機関自体に責任がなく、単に担当者個人あるいは個々の受験者が
不正に関与した場合において基本的に支持される方法であり、受験者が全く不正行為自体に関与しておらず、む
しろ合格したとされたことによる期待を保護することが望ましいとの観点に立つのであれば、それ以外の対応方
法がないわけではない。詳細については後記注 ₇ 参照。

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末川民事法研究 第 7 号(2021)

しかしながら、この是正措置が行われる法的手続の過程で、いくつかの問題点が浮上して
くることとなった。第 ₁ に、不正な試験により合格したとされた者に対する採用取消処分に
対して、当該取消処分の取消を求める訴訟が複数提起されたところ、裁判所の判断が事件ご
とに事実上正反対に分かれる結果となったこと、第 ₂ に、教育委員会の内部で組織的に行わ
れた不正に関して、どの立場にあった者がどの範囲で責任を負うべきであるかについて、裁
判所の判断が二転三転する結果となったこと、である。
第 ₁ の問題については、直感的に考えれば、同一の不正から派生したものである以上、取
消処分の妥当性の判断としては、原則同一の結果となることが予測されるものであり、個々
の訴訟によって結論が異なったことについては、そのような結果が生じたことの合理性につ
いて、考える必要があるというべきである。また、第 ₂ の問題に関して、裁判所により解釈
が二転三転したことについても、当該問題について妥当性のある解釈はどのようなものであ
り、その妥当性の根拠は何かについて、考える必要があるというべきである。
本稿は、以上の問題意識を基に、大分県教員採用不正事件に関して生じた法律上の問題点
について、関連する裁判例の分析検討を通じて、かかる解決の合理性と妥当性とについて、
考えてみようとするものである。以下では、採用取消処分に対する取消訴訟として、概ね同
時期に併行していた ₂ つの訴訟で結論が異なったことの合理性について( ₂( ₁ ))、また、
教育委員会の職員相互間において、不正に関与した責任配分が問題となった、本来の合格者
に対する県費からの賠償支払に係る求償権行使が行われた訴訟における解釈の妥当性につい
て( ₂( ₂ ))、それぞれ検討を加えた後、この一連の事件の解決に関して、「法的解決」は
どのような機能ないし意味を持っていると評価され、各裁判所の下した判断はそのような機
能を果たしていたか、また、そもそもこの問題に関する合理性及び妥当性について考えるに
際し、どのような問題意識を以て臨むべきであるかについて、考察を加えることとする
( ₃ )。

2 教員採用不正に係る訴訟群

( 1 )採用取消処分の合法と違法
県は、教員採用試験において不正な加点の結果合格したとされる受験者らのうち、事件発
覚の直近年次である平成₂₀年度試験において合格とされた者に対し、自主的に辞職するか、
あるいは採用取消処分を受けるか、いずれかの選択を行わせ、その結果、以下で検討する、
大分地判平成₂₇年 ₂ 月₂₃日平成₂₁年(行ウ)₃ 号 ・ 平成₂₃年(行ウ)₅ 号(以下、
「(a)事件」
という3)、及び、大分地判平成₂₈年 ₁ 月₁₄日平成₂₁年(行ウ)₄ 号(以下、
「(b)事件」とい
う4)の計 ₂ 件の訴訟が、採用取消処分に対する取消を求めて提訴されることとなった。
両事件の原告は、共に、平成₂₀年度の試験を受験して合格とされた者であり、いずれも不
正な加点によって、合格したものとされている。また、両事件の原告とも、採用試験におけ
る不正については全く関与しておらず、自己の試験結果において不正な加点が行われたこと
3 評釈として、近藤卓也・法政論集(北九州市立大学)₄₃巻 ₃・₄ 号₁₅₃頁(₂₀₁₆年)、土屋基規・日本教育法学
会年報₄₅号₁₅₁頁(₂₀₁₆年)、山下竜一・法セミ₇₂₈号₁₂₅頁(₂₀₁₅年)、玉木正明・季刊労働者の権利₃₁₂号₁₆₄頁
(₂₀₁₅年)がある。
4 評釈として、桑原勇進・法セミ₇₄₅号₁₁₇頁(₂₀₁₇年)がある。

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大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

を、県から通知されるまで知らなかったことも共通している。
他方、後に詳しく見るとおり、採用試験において不正な加点が行われる原因として考えら
れている、第三者からの教育委員会に対する不正に関する依頼が行われたことの事実関係に
ついては、(a)事件では経緯の一切が判明しなかった一方、
(b)事件では同事件原告の大学
在学時の指導教員であった A が、当時の教育委員会審議監の地位にあった B に対して同原
告を合格させるよう依頼したことが認定されており、両事件で認定に差異が生じている。ま
た、その他の相違点として、(b)事件の原告が、自己の氏名を明らかにして報道関係者の取
材等に応じているほか、関連して当該原告を支援する団体が、独自に調査した事実関係ない
し見解を訴訟中に逐次公表していた一方、(a)事件の原告は、自己の氏名自体を報道関係者
に公開しておらず、訴訟以外の局面における活動等を行うことはなかった。なお、(a)事件
の原告は、合格とされる前に数年間講師として勤務した経験があるが、(b)事件の原告は、
大学を卒業したばかりであり、合格とされる前に教員として勤務した経験はない。
以上の事実関係を基に、各事件における裁判所の判断を比較検討する。
【(a)事件判旨】
処分取消請求認容、慰謝料等₃₃万円認容。
①「公立学校の教員の採用は、教育公務員特例法₁₁条に基づき、選考により行われることとされている。
そして、この選考においては、地方公務員法₁₅条が、職員の任用は、地方公務員法の定めるところによ
り、受験成績、勤務成績その他能力の実証に基づいて行わなければならないと規定し、職員の任用につ
いて、能力実証主義(メリット・システム)を採用していることから、同条の趣旨が適用されるものと
解される。」「地方公務員法が、能力実証主義の原則を、特に任用について定めている趣旨は、優秀な人
材を確保し、育成することで、地方公共団体の能率を向上させ、ひいては住民福祉を増進するという目
的に加え、一般の職員の任用に関し、猟官主義(スポイルズ・システム)のもたらす弊害に鑑み、人事
の公正をはかり、情実に基づく人事を禁じることにある。そして、地方公務員法₁₅条に違反して任用を
行った者には、罰則が適用される(同法₆₁条 ₂ 号)ことを考慮すると、地方公務員法₁₅条に反し、違法
と評価されるのは、能力の実証を行わず、情実に基づき、不公正な人事を行うことであると解するのが
相当である。」事実認定のとおり、「原告は、平成₂₀年度試験を受験し、合格とされたが、県教委は、同
試験の合否判定の基礎となった原告の得点が、原告の平成₂₀年度試験の客観的な得点に加点された後の
得点であったことから、不正な加点が行われたことを理由に、本件取消処分を行った。」「特定の受験者
の得点に、試験を実施した機関の関知しない大幅な加点が行われたことにより、当該受験者が合格した
事実は、それ自体、当該受験者を試験の結果にかかわらず合格させる意図、すなわち、情実に基づく採
用を行おうとする意図が介在していることをうかがわせるものとはいえる。」
②「しかしながら、本件において、原告やその親族等の関係者が、県教委職員に対して、原告を平成₂₀年
度試験に合格させるために、平成₂₀年度試験第 ₁ 次試験及び第 ₂ 次試験において、原告の得点が合格点
に満たない場合には原告の得点を加点するように依頼したことをうかがわせる証拠はない。県も、本件
取消処分から ₆ 年が経過した本件口頭弁論終結時まで、不正な加点が行われて合格した以上、原告側が
情実に基づく人事に関与したことが強く疑われるから採用を取り消したという説明はしておらず、むし
ろ、本件取消処分は、原告やその関係者の関与の有無を問わず行った旨主張している。」「そして、県教
委は、平成₂₀年度試験において原告の得点が加点された経緯及び理由について全く解明しておらず、本
件訴訟に提出された全証拠によっても、全く明らかになっていない。」「そうすると、原告の採用が情実

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に基づいて行われたとはいえない以上、本件採用決定が、地方公務員法₁₅条に違反し違法なものである
と評価することはできないというべきである。

③「また、そもそも高等学校以下の学校の教員になるには、教育職員免許法所定の免許状を有しているこ
とが必須の資格要件とされており、免許状を有していることで、その者が、教員となるための素養及び
技能を備えていることは証明されているということができる。」事実認定のとおり、「原告は、中学校及
び高等学校の教諭 ₁ 種免許(保健体育)を有しているのであるから、公立学校の教員となるべき能力は、
実証されているということができ、この点からも、本件採用決定が能力実証主義に反するとはいえな
い。」
「県は、大分県の教員採用試験においては、志望種ごとに教養、専門等の筆記試験や、実技、面接、
模擬授業等の各試験を実施し、これらの試験結果をすべて数値化して受験者の得点とし、この得点のみ
に基づいて合否を決定しており、これは、成績主義・能力実証主義を具体化した裁量基準であるから、
合理的な理由なく、この裁量基準と異なる判断がされた本件採用決定は、違法であると主張する。」「し
かし、行政庁は、地方公務員法₁₅条に基づき、その範囲内で、採用試験における裁量基準を定めること
ができ、かつ、これに拘束されるものであるが、裁量基準は、行政庁が定めた行政規則ではあっても、
法規たる性質を有するものではないから、裁量基準に適合しない採用決定が、直ちに地方公務員法₁₅条
に反するとはいえない。」「以上によれば、本件採用決定が、地方公務員法₁₅条に反する違法な行政行為
であると評価することはできない。」
④「当裁判所は、〔①~③〕のとおり、本件採用決定は、県の主張する事情のみでは、地方公務員法₁₅条
に違反するとは認められないことから、違法な行政行為ではないと判断するものである。しかし、」「平
成₂₀年度試験においては、特定の受験者の得点に、合理的な理由のない操作が行われており、このよう
な操作された試験結果によって、公務員が採用されたことについて、仮に違法と評価することができる
とした場合、本件採用決定を取り消すことができるかについて、念のため検討する。」
「本件採用決定は、
原告に対して、大分県公立学校教員という地位を与える授益的行政行為であるから、県教委による取消
権の行使は、無制限に許されるものではなく、おのずから制約があるものというべきである。そして、
本件採用決定の帯びる違法性の程度と、法律による行政を回復するという目的に照らし、本件採用決定
を取り消すことによって、原告が被る不利益が大きく、そのような処分をすることが、社会観念上著し
く妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合には、違法となるもの
と解される。」
⑤「まず、〔②〕のとおり、本件では、原告やその親族等の関係者が、県教委幹部に対して、原告を平成
₂₀年度試験に合格させるために加点するよう働きかけた事実を認める証拠はないから、本件採用決定
が、情実に基づいて行われたとはいえない。その意味で、本件採用決定が、直ちに取り消すべき重大な
違法性を帯びたものとはいえない。」
⑥「次に、地方公務員法₁₅条が、能力実証主義を採用し、情実を排して、できる限り優秀な人材を公務員
として確保することを目的としていることは、〔①〕で説示したとおりである。」
「しかし、高等学校以下
の学校の教員になるには、教育職員免許法所定の免許状を有していることが必須の資格要件とされてお
り、教育公務員特例法₁₁条は、これを受けて、公立学校の教員の採用は、競争試験ではなく、選考によ
るものと規定している(地方公務員法₁₇条 ₃ 項、₄ 項参照)。一般に、教育者として必要な人格的要素は、
競争試験によっては判定しがたいものと考えられる上、免許状を有している者に対し、更に競争試験を
行うことは、受験者に不必要な負担を強いることになり、不適当であることから、教員の採用を、競争
試験ではなく選考によることとしたという立法趣旨〔証拠略〕に照らせば、厳密な点数化と順位制によ

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大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

る合否の判定は、明確で合理的な基準ではあるが、地方公務員法及び教育公務員特例法から必然的に導
かれるものとはいえないものと解される。現に、県教委は、平成₁₃年頃までは、合格者を決定するに当
たり、第 ₁ 次試験及び第 ₂ 次試験の総合得点に加えて、受験者の居住地による地域バランス、男女比や
年齢構成及び臨時講師の経験による実践的指導力の評価といった要素を加味しており、そのような取扱
いも、地方公務員法₁₅条及び教育公務員特例法₁₁条に反しないと解して運用していたのであるから、県
教委が、厳密な点数化と順位制による合格判定でなければ地方公務員法₁₅条に違反するものと認識して
いたとは考えられない。また、県教委は、平成₂₀年度試験において ₄ 位であった受験者について、不正
な加点がないという理由のみで、採用決定を維持しているほか、平成₂₆年度試験においては、第 ₁ 次試
験の採点に不備があったことを理由に、再採点の結果、合格点を下回った受験者についても合格させて
いる〔証拠略〕。仮に、地方公務員法₁₅条が、選考において優秀な成績を収めた者を、最上位から採用
することを徹底する趣旨であると解するのであれば、かかる措置を取ることも許されないことになるは
ずであり、県教委も、個別の事案において、具体的事情に応じた利益考量を行っていることは明らかで
ある。」
⑦「原告は、〔①~③〕のとおり、中学校及び高等学校の教諭 ₁ 種免許(保健体育)を取得しており、正
規の職員としての採用ではないけれども、平成₁₃年 ₄ 月から平成₂₀年 ₃ 月まで、臨時講師等として、県
内の小、中、高等学校において勤務している。また、本件採用取消処分後も臨時講師として勤務してい
る。この間の原告の勤務状況については、好意的に評価する生徒及び保護者並びに同僚も、少なからず
いることがうかがえる。少なくとも、教員として問題があったとか、公務が停滞し地方公共団体の行財
政の運営に影響を及ぼしたなどといった事情は全くうかがえない。また、……原告の得点の加算、ある
いは誤記がなかったとしても、原告の第 ₁ 次試験の順位は₅₆人中₁₆位、第 ₁ 次試験と第 ₂ 次試験を合わ
せた順位は ₇ 位であることからすると、教員として勤務すること自体が公益を害するような低い得点と
もいえない。」「さらに、県の職員採用試験の透明性と、これを保持することによる県政への信頼を回復
することも、本件採用決定を取り消すことで回復される公益として挙げられるが、これらは、極めて抽
象的なものである。また、本件採用決定を取り消すことによって、上記の公益が大幅に回復されるとも
考えにくい。」「以上によれば、本件採用決定の違法性は重大なものとはいえず、違法な本件採用決定が
されたことにより公務が停滞したなどの問題も生じていないから、本件採用取消処分によって回復され
る公益は極めて抽象的なものにとどまり、本件採用決定を取り消すことによって、回復される程度も大
きいものとは言いがたい。」
⑧「他方で、原告は、本件取消処分によって、大分県公立学校教員としての身分を失った。原告は、その
後も、臨時講師として引き続き勤務しているとはいえ、その勤務形態は、正規の教員と比較して、極め
て不安定なものとなったものと認められる。よって、原告が大分県公立学校教員としての身分を失った
ことによる社会的、経済的不利益が、具体的で重大なものであることは明白である。」「加えて、平成₂₀
年度試験の各受験者に対する不正な加点は、採点・集計を担当した県教委の内部で行われたものと認め
られるところ、これに原告側の関与が認められない以上、その非は、もっぱら県教委側にあるといえる。
そして、県教委側は、不正な加点が行われた原因、理由を何ら検討、解明をしていない。このような県
教委側の対応にもかかわらず、本件採用決定により失われた、法律による行政を回復するため、原告に
一方的な不利益を課すことは、あまりにも原告に酷である。」
⑨「本件取消処分は、授益的行政行為の取消しの事案であり、かつ、原告やその関係者が働きかけをした
ことにより加点が行われたかどうかは解明されなかったのであるから、受験者やその関係者からの働き

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かけによる加点の結果採用されたという類似事案(特に、涜職が行われたもの)と事情を異にすること
は、県教委も認識し、あるいは容易に認識することができた。」「そうすると、本件取消処分を行おうと
する行政庁としては、事実関係及びそれに適用される法律上の見解について、慎重に調査・検討すべき
義務があったというべきである。」
⑩「県は、本件取消処分を行う際に、職員採用試験における成績が水増しされた結果、当該受験生が採用
された事例を検討したという。しかし、県が検討した事例は、いずれも、受験者の親による贈賄行為が
介在している。このような類似事案を参考に、本件取消処分を行うのであれば、県は、原告の得点が加
点された経緯に関し、贈賄行為の有無等の具体的な事実関係を解明する必要があるものと考えられる
が、県教委は、原告の得点が加点された個別具体的な経緯を調査していない。」「また、仮に、原告の得
点が加点された経緯が解明できないのであれば、本件取消処分を行う際に、類似事案と異なる事情をい
かに解すべきか、慎重に検討する必要があったといえるが、県教委が、そのような検討を加えたことも
うかがえない。」「県教委は、競争試験の結果、成績が下位であったにもかかわらず採用された職員に対
する採用取消しが可能であるかに関する問題を取り扱った文献〔証拠略〕を検討したようであるが、同
文献においても、採用行為のような授益的行政処分の側面を有し、かつ、継続的関係を生じさせる行政
行為を取り消す場合には、被処分者の不利益を考慮するに当たっては慎重でなければならないと記載さ
れている。しかし、県は、……平成₂₀年 ₆ 月₁₄日に、県教委幹部が贈収賄の事実により逮捕されるや、
その ₁ か月後である同年 ₇ 月₁₆日には、不正な方法により採用されたことが確認できた者については採
用を取り消すとの方針を採ることを決定しており、この前後に、法的な問題点を抽出し、詳細な検討を
加えたり、個別具体的な事実関係の調査をしたりしたことはうかがえない。」「よって、県教委は、事実
関係及び法律の解釈について、慎重に調査・検討すべき義務がありながら、これを怠ったというべきで
ある。」「そうすると、県教委が本件取消処分を行ったことには、職務上通常尽くすべき注意義務を尽く
さなかった過失があり、本件取消処分を行ったこと自体、国家賠償法上違法の評価を受けるというべき
であ」り、慰謝料弁護士費用計₃₃万円を認容する。

【(b)事件判旨】
処分取消請求棄却、慰謝料等₄₀₀万円認容。
⑪「公務員の採用にあたっては、地公法₁₅条が、受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基づいて行わ
れなければならないものとして、いわゆる成績主義又は能力実証主義を採用している。その趣旨は、公
務員においては、一定の定員で公共の福祉を最大限に増進することが求められることから、優秀な人材
を確保し、また、人事の公正を貫徹する必要があるという点にあり、地方公務員の採用における基本原
則といえる。その中で、人的なつながりに基づく人事(縁故のほか、個人間の信頼関係等も含まれる、
いわゆる情実人事)は、人事の公正を害して公務員の士気の低下を招くとともに、優秀な人材の確保と
いう要請にも反することが多いという弊害に鑑み、成績主義又は能力実証主義の採用により、基本的に
排斥されているものと解される。」「地公法₁₇条 ₃ 項は、地方公務員の任用は、原則として競争試験によ
るものとしているが、教特法₁₁条は、教育公務員の採用にあたっては、選考によるものとする旨を定め
る。その趣旨は、教育公務員の任用には、教職員免許状の取得が前提となるので、一定の能力の実証は
図れるとともに、何より、発達過程にある生徒等を直接指導することとなる教員については、人格の面
からも、教員としての適性を有していることが求められるため、必ずしも競争試験によることが適当で
はないという点にある。もちろん、この教特法の趣旨は、公務員の任用に関する根本原則である、成績

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大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

主義又は能力実証主義を排斥するものではなく、教育公務員の任用に関しても、優秀な人材の確保と人
事の公正が求められることは異ならない。」「そうであるとすると、選考は、競争試験と異なり、他の候
補者との間に順位をつけることが常に求められるものではないとしても、地公法及び教特法は、教育公
務員の任用について、人格までを踏まえた教員としての適性を判断しながらも、成績主義又は能力実証
主義を貫徹させることを要請しており、例えば、採用の場面において、希望者が採用予定者数を大きく
上回るような場合には、何らかの手段により、選考を受ける者らの間における相対的な成績又は能力の
実証を踏まえて選考することが求められているものと解するのが相当である(そうでなくては、選考を
受ける者各自が、当該職の職務を遂行する能力を有するものと実証されれば、たとえ、縁故に基づくよ
うな情実人事が行われても当不当の問題しか生じないことにもなりかねない。)。」「そして、地公法及び
教特法の上記趣旨を実現するには、高度の専門的な知見や経験に基づく必要があると考えられること、
教特法が選考方法等について何ら定めていないことに照らせば、教特法は、教育公務員の採用について、
任命権者の広範な裁量に委ねているものと解するのが相当である。」「以上によれば、本件採用処分につ
いては、重要な事実の基礎を欠く場合や、その判断が著しく合理性を欠くなど、社会通念上、看過し得
ない瑕疵がある場合に限り、上記裁量の範囲を超え、又は濫用したものとして違法になるものと解され
る。」
⑫「県教委は、平成₂₀年度の公立学校における教育公務員の採用においては、本件選考試験を唯一の判断
の基礎として行う方針としていたところ、A から当時の審議監であった B に対し、原告を含む A の勉
強会に参加していた学生について口利き依頼がされた結果、一次試験及び二次試験の合計点数が₆₇₈点
で、順位が₈₄位であった原告の試験成績に₅₂点が加えられるという改ざん行為がされ、合格水準となっ
た₄₁位を上回る、₃₅位の成績を収めたものとして合格判定がされたというのである。すなわち、本件採
用処分には、唯一の判断資料である原告の本件選考試験における成績という重大な事実について、その
基礎を欠いているものといわざるを得ない。また、本件採用処分は、A による B への口利きにより合否
判定が歪められており、いわゆる情実人事として人事の公正も害するものである。なお、原告は、情実
人事について、本人やその親族が関与しているような場合のみをいうものと主張しているようにも見受
けられるが、上記地公法の趣旨に照らせば、同法₁₅条は人的なつながりに基づく人事一般を原則として
禁止しているものと解される。」「そうであれば、本件採用処分は、重要な事実の基礎を欠き、しかも、
地公法及び教特法の趣旨に反するものであるから、著しく不合理な判断であって、社会通念に照らして
も看過できるものではなく、裁量権を逸脱し又は濫用したものとして違法である。」
⑬「これに対し、原告は、①本件選考試験は、県が設けた内部基準にすぎず、②二次試験における面接及
び模擬授業は、評価基準が主観的であって、客観的な評価や得点化することは困難であるから、試験と
しての適格を欠いていること、③原告ないしその親族が不正な加点に関わったわけではない上、④原告
は、教員免許を取得し、一次試験には合格しており、また A からも高い評価を受ける大学生であったこ
と、⑤本件採用処分後は、指導教員からも高い評価を受け、生徒や保護者とも信頼関係を築いているこ
と等から、原告の教師としての適性は実証されおり、本件採用処分が違法であるとはいえない旨主張す
る。」「しかしながら、本件採用処分は、その過程において、原告の成績に基づいていないという点で重
大な事実の基礎を欠いており、かつ、一種の情実人事として人事の公正を害するものと認められるため、
違法であることを免れない。原告は、平成₁₃年度採用以前における本件選考試験や、平成₂₆年度の本件
選考試験における県教委の運用ないし措置を引き合いに、平成₂₀年度選考試験で合格水準に達していな
かったからといって本件採用処分が違法であるということはできない旨を主張するが、上記事例は、い

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末川民事法研究 第 7 号(2021)

ずれも、合格水準となった点数から数点の範囲内で行われていたものにすぎず、人的な関係に基づいて
作為的にされたものとうかがわれる事情が見受けられない〔証拠略〕点で、成績主義に反する程度や情
実人事の有無といった、地公法₁₅条に反するか否かを判断する最も重要な事情に関し、大きく事案を異
にするから、本件採用処分とは同列に扱えない。」「また、本件採用処分後の事情により、その適法性が
左右されるものと解することもできないから、上記原告の主張①及び⑤は採用できない。」「そして、地
公法及び教特法が、教育公務員の任用について人格面からの教員としての適格を判定すべきことや、相
対的な成績又は能力の実証までも要請していることは、上記判示のとおりであるから、原告が教員免許
を取得し、一次試験に合格していたというだけでは、人格面からの適性について選考を受けたというこ
とはできない上、他の₁₁₆人の一次試験合格者と同等の地位にいたことを示すにすぎない(教員免許の
取得ないしその見込みも、本件選考試験を受験する資格を有することを意味するにすぎない。)。まして、
原告の一次試験の成績は₉₅位に留まり、採用予定者数である上位₃₉人程度という水準にも大きく達して
いなかったのであるから、本件採用処分における成績又は能力の実証として十分でないことは明らかで
あり、上記原告の主張④は採用できず、これは、原告(ないしその親族)が、A の口利き行為に関与し
ていないとしても異ならないから、原告の上記主張③も採用できない。なお、原告は、競争試験に関す
る地公法₂₁条を根拠に、原告が本件選考試験に合格し得る成績を有していた旨を主張しているものと解
されるが、独自の見解であって採用できない。さらに、教員採用試験を受験する一部の学生に指導等を
していたにすぎない、A の原告に対する個人的な評価を本件採用処分において考慮するなどということ
は、その信用性の面からみても、そのような機会を与えられていない他の受験者との公平の見地からみ
ても採用し得ない。これは、原告自身が批判する口利きの一種にほかならず、大学と県教委との間に協
力関係があったことにより異なるものではない。
」「以上によれば、本件選考試験における個人面接や模
擬授業等の方法に他の選択肢があるかどうかにかかわらず、本件採用処分の時点において、原告の成績
又は能力の実証がされていたと認めるに足りる事情はないものといわざるを得ないから、上記原告の主
張②も採用できない。」
⑭「原告が被った不利益について検討していくと、原告は、平成₁₉年₁₀月 ₉ 日に平成₂₀年度選考試験に合
格した旨の発表及び通知を受けているのであるから、これを信頼することは当然である。そして、原告
は、合格発表を信頼して大分県の公立小学校の教諭を自己の進路として定めて大学を卒業し、平成₂₀年
₄ 月 ₁ 日に本件採用処分を受けて教諭として公務に従事していたものであり、平成₂₁年度における本件
選考試験への申込み等も当然していない〔証拠略〕。すなわち、本件採用処分から本件取消処分に至る
までの期間は約 ₅ か月程度に留まるが、それでも、原告は、自己の進路を決定する重要な時期に、平成
₂₀年度選考試験に合格したという発表を受け、これを信頼して行動したにもかかわらず、自己が何ら関
与しない県教委の職員らによる不正な改ざん行為等により一方的にこれを覆され、平成₂₁年度の本件選
考試験を受ける機会までも喪失させられ、しかも、この点については再受験の機会の付与等の代償措置
も講じられていないのであり、本件取消処分により原告が受けた不利益は、決して軽視できるものでは
ない。」他方、「地公法₁₅条及び教特法₁₁条の趣旨は、上記判示のとおりであるが、要約すると、長年に
渡り発達過程にある生徒の指導に当たる教員については、人格面までを踏まえた教員としての適性を判
定した上、成績又は能力の実証主義により、一定の定員の範囲で優秀な人材を確保し、学校教育という
重要な公共の福祉を最大限増進させ、かつ、公務員の人事の公正を貫徹させるもので、これらは、教育
公務員の任用における重要な根本原則というべきものである上、国民の教員やひいては公教育に対する
信頼を確保することにもつながるのであって、いずれも公益として極めて重要である。」「そして、本件

26
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

採用処分における、A から B に対する口利きという人的関係による改ざんが加えられたことにより、合
格水準に点数にして₄₀点以上、順位にして₄₀位以上も達していなかった原告を合格として取り扱った本
件採用処分は、上記公益を著しく害するものであるから、本件採用処分を維持することの公益上の不利
益もまた極めて大きいものといわざるを得ない。」
⑮「原告は、本件採用処分後、大分市内の小学校で勤務し、熱意をもって公務に従事し、生徒からも受け
入れられており、その姿勢等を保護者からも評価されていたこと、指導教員からも、指導をよく聞き入
れ、生徒の話を聞くことができるなど、教員としての適格を欠いていることはないとして、一定の評価
を受けていたものと認められる。」「しかしながら、これらは、₅ か月程度の比較的短期間における事情
にすぎず、原告が熱心に公務に従事していたことは疑いようのないところであるが、それを超えて、平
成₂₀年度選考試験において原告よりも優秀な成績を収めていた他の受験者と比してなお、選考されるべ
き能力の実証があると認めるに足りるものではない」
⑯「原告は、平成₂₀年度選考試験における合格者のみについて採用処分を取り消す対象とし、平成₁₉年度
選考試験の合格者のうち、不正に合格した者についてはその対象としていないから、本件取消処分は、
平等原則に違反すると主張する。」「しかしながら、本件採用処分が違法であり、かつ、これを取り消さ
ないことが公共の福祉の観点に照らし著しく相当性を欠くことは、〔⑪~⑬〕で判示したとおりである。
そうすると、そもそも平成₁₉年度選考試験による採用者と平成₂₀年度選考試験による採用者とで、異な
る取扱いがされていたからといって、平成₂₀年度選考試験による違法な状態を維持することを、平等原
則が要請しているとはにわかに解し難い。その上、平成₁₉年度選考試験による採用者は、本件取消処分
の時点で採用後約 ₁ 年 ₅ か月が経過し、₁ 年間の条件附採用期間も終了している者らであり、同人らの
存在を前提に、平成₂₀年度以降の本件選考試験を含む教員採用、定員や人員配置といった運用も積み重
ねられてきたものと考えられることに照らせば、平成₂₀年度選考試験による採用者とはその法的地位や
利益状況が大きく異なるといえる。さらに、
〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件調査の過程では、
平成₁₉年度選考試験については、復元できたファイルも少なく、C が一人で改ざん作業を行っていたた
め、同人の供述のみによらざるを得なかったこと、C は、平成₁₉年度選考試験では、ファイル内の素点
部分を直接改ざんしていたため、合否判定に用いたものと確定できるファイルでは、改ざん前の点数が
記載されておらず、改ざん前の点数を特定する重要な根拠を欠く状況にあったこと、平成₂₀年度選考試
験に対する調査と異なり、一次素点と題するファイルの最終更新日が平成₁₉年度選考試験の合格発表後
であったことが認められる。そうすると、単にファイルの名称に「素点」という文言が用いられている
ことのみでは、同ファイルに記載された点数がおよそ改ざん前のものであると認めるには十分でない。
以上によれば、本件調査において採用処分を取り消すことができる程度の確証はないとした判断は合理
的なものであったといえる。」「したがって、本件取消処分が特に原告ら平成₂₀年度選考試験による採用
者を差別的に取り扱ったということもできず、原告の主張は採用できない。」
⑰「原告は、平成₂₀年度選考試験に合格したことへの合理的な信頼や期待を、約 ₅ か月後になって一方的
に裏切られ、平成₂₁年度の本件選考試験の受験機会も喪失させられるという不利益を被っていることは
既に判示したとおりである。さらに、原告は、本件取消処分の際、単に不正な加点による合格者として
取り扱われたものであり、このよう取扱い自体が、原告が不正行為に関与していたかのような印象を社
会に対して与えかねず、実際の当時の報道〔証拠略〕にも、不正に合格した者の採用処分の取消しは当
然であるといった厳しい意見も見られるところであることからしても、原告らの名誉に深く関わるもの
であったということができるから、原告がこれを強く苦痛に感じていたこと〔証拠略〕も至極当然であ

27
末川民事法研究 第 7 号(2021)

る。県教委は、本件選考試験に関する不正について、何らかの強制的な調査権限等を有しているもので
はないことからすると、本件プロジェクトチームにおける本件調査も、現実的には関係者から事情を聴
取することなどに限定され、原告が不正に関与していなかったことについて十分な調査が果たせなかっ
たことにやむを得ない面もあるが、そうであるにせよ、本件プロジェクトチームの調査報告〔証拠略〕
等において、県教委の不正に一方的に巻き込まれた原告の社会的評価を回復するよう、十分な配慮が講
じられていたとはいいきれない。さらには、原告は、自らが不正な改ざん行為の対象とされていたか否
かを最も直截に判断できる答案用紙等の証拠が県教委の規則に違反して廃棄されていたため、これらが
ないままに本件訴訟の追行を余儀なくされている。」「これらは、独立して、国家賠償法上の違法行為を
構成するものとは解し難いが、少なくとも、本件採用処分の違法に起因し、又は県教委の職員の適切と
いうことはできない行為が介在したことにより、原告の不利益を拡大させたものであるから、慰謝料の
算定にあたっても考慮されるべきである。」「何よりも、結局取り消さざるを得なかったような本件採用
処分は、県教委の内部において、長年に渡り、組織的に違法行為が横行する中で行われたものであり、
教諭を目指して真摯に取り組んでいた原告らの信頼を一方的に裏切るものであって、到底許されるもの
でなく、その違法性は極めて重大であり、これは、慰謝料額を算定する上でも特に重視すべき事情であ
る。県は、A の個人的な行為にすぎないなどと主張するが、これを採用できないことは既に判示したと
ころに照らせば明らかである。」「以上に照らし、原告の精神的損害は、誤って不合格とされ、後に合格
と訂正された者と比較して、勝るとも劣らないものであり、本件採用処分により原告に生じた精神的苦
痛を金銭に換算すれば、慰謝料として₃₅₀万円を認めるのが相当であり、これに本件訴訟追行の難度等
の一切の事情も考慮すれば、相当因果関係のある弁護士費用として₅₀万円を認めるのが相当である。」

本件両事件については、それぞれ、双方当事者から控訴((a)事件原告については附帯控
訴)がなされたが、控訴審はいずれも控訴及び附帯控訴を棄却し5、これに対して行われた(a)
事件における県及び(b)事件における原告による上告及び上告受理申立については、最高
裁第 ₁ 小法廷が同一日に両事件とも上告棄却・上告不受理決定を下し、確定している6。民事
訴訟法₃₁₈条 ₄ 項によれば、最高裁が上告受理申立に対して受理の決定をした場合には上告
があったものとみなすと規定されているため、最高裁が上告を受理しない旨決定した場合に
ついては、上告があったとは扱われないこととなり、従って、当該事件については、最高裁
の上告審としての判断は下されていないものと一般的には考えられる筈であるが、約 ₉ カ月
の間隔を開けて提起された(a)(b)両事件の上告受理申立に対して、敢えて同一日に上告
不受理決定を下したことを重視するならば、この上告不受理決定については一般的な上告不
受理決定と異なり、両事件の結論に係る法律上の判断には齟齬がないとする、最高裁の実質
的な見解が背景にあると考えることも、一定の説得力があるように思われる。

5 (a)事件について、福岡高判平成₂₈年 ₉ 月 ₅ 日平成₂₇年(行コ)₂₂号 ・ 平成₂₇年(行コ)₄₆号。評釈として、


齋藤健一郎・商学討究(小樽商科大学)₆₉巻 ₂・₃ 号₃₀₉頁(₂₀₁₈年)、濱西隆男・自治研究₉₄巻₁₂号₁₃₄頁(₂₀₁₈年)、
下井康史・自治実務セミナー₆₆₆号₄₆頁(₂₀₁₇年)がある。
(b)事件について、福岡高判平成₂₉年 ₆ 月 ₅ 日平成₂₈年(行コ)₉ 号。評釈として、田中孝男・ジュリ臨増₁₅₃₁
号₄₄頁(₂₀₁₉年)、恩地紀代子・判例地方自治 ₄₃₀号₆₇頁(₂₀₁₈年)、馬橋隆紀=幸田宏・判例地方自治₄₂₈号 ₄
頁(₂₀₁₈年)、齋藤健一郎・商学討究(小樽商科大学)₆₉巻 ₂・₃ 号₃₀₉頁(₂₀₁₈年)、濱西隆男・自治研究₉₄巻₁₂
号₁₃₄頁(₂₀₁₈年)、北見宏介・法セミ増刊(新判例解説 Watch)₂₁号₇₅頁(₂₀₁₇年)、桑原勇進・法セ ₇₅₃号₁₁₇
頁(₂₀₁₇年)、下井康史・自治実務セミナー₆₆₆号₄₆頁(₂₀₁₇年)がある。
6 (a)事件について、最決平成₃₀年 ₆ 月₂₈日平成₂₈年(行ツ)₄₁₃号 ・ 平成₂₈年(行ヒ)₄₉₂号。(b)事件につ
いて、最決平成₃₀年 ₆ 月₂₈日平成₂₉年(行ツ)₂₉₇号 ・ 平成₂₉年(行ヒ)₃₄₂号。

28
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

上記で示したとおり、(a)事件と(b)事件とでは、各原告に対する不正な得点加算につ
いて、本人または第三者からの依頼があったか否かについて認定が分かれており(②、⑫)、
それぞれの判旨が教員採用試験における不正が許されないことの本質を、いわゆる「情実人
事」の禁止に求めていることからすれば(①、⑪)、その証明が県においてなされていたか
否かによって、各原告に対する採用取消処分の合法違法が分かれたものと考えることは、一
応一貫しているものと言えなくもない。実際、この点以外の部分についての評価、例えば、
各原告が有している教員免許状から推察される教員としての一般的な能力を採用に際して考
慮すべきか否かの評価(③、⑬)、採用取消処分によって各原告が被る不利益に対する評価
(⑧、⑭)、あるいは、各原告が採用取消処分を受けるに到るまでの教員としての業務遂行に
対する生徒等からの評判に対する評価(⑦、⑮)については、両事件で異なる判断が示され
ているものの、これらの判断の違いはいずれも、前述した採用取消処分を取り消すべきか否
かに係る判断を覆すべき事情として考慮しうるか否かという観点に基づくものと考えること
が妥当であるから、結局のところ、法律上の観点からすれば、(a)(b)両事件における判断
の違いは、不正の依頼に関する「証明の程度」という、極めて訴訟技術的な点に根拠を求め
るほかないこととなる。
しかしながら、このような訴訟技術的な根拠に基づいて両判決の結論の違いを説明しよう
とすることは、事件全体の解決の一貫性や社会的妥当性から検討した場合、極めて不安定な
議論であると言わなければならない。
すなわち、両判決とも、法律上試験における不正が許されないことは、試験以外の事情を
合否の判断に際して考慮の対象とする、いわゆる「情実人事」の排除にあるとするのみなら
ず、そこに対して「組織外からの依頼があった」ことをも「情実人事」の要件と位置づける
ことにより、依頼の有無や依頼元が明らかにならなかった(a)事件については採用取消処
分が違法であり、(b)事件については採用取消処分が合法であるとの結論をそれぞれ導いて
いるわけであるが、採用試験における「不正」とは、端的に試験で現実に受験者が獲得した
得点が改竄された結果、試験結果が本来あるべきものと異なったこと自体に求められるべき
であり、かかる得点操作が行われた事情が不明であることの一事を以て、得点が改竄された
としても不正が行われたものでない場合と同様の地位が受験者に確保されることの合理性
は、不明であるというほかない。実際、第三者から不正の依頼があったか否かは、当該受験
者の関与を疑わせる事実上の徴表でしかなく、採用取消処分を違法とすべきか合法とすべき
かの判断に際して、受験者自身の情状を考慮するという総合考慮的な判断構造をとるのでな
い限り、結論に影響を与えるものでなく、両事件において共に得点が改竄されていることが
認定されている以上、採用取消処分に対する法律上の判断については、両事件で同一の結果
となることが、妥当であると考えられる。
また、(a)事件判旨においては、県が事件全体について解明しようとする積極的姿勢が見
られていないことがかなり厳しく指摘されており(②、⑩)、この点を強調するならば、(a)
事件において採用取消処分が取り消されたことは一旦採用処分を行った県教委が、自己の組
織内部で生じた不正であるにもかかわらず、事件全体についての解明を十分行わないまま、
一方的に不正に関与したわけでない受験者に対してのみ教員としての地位を喪失させるとい
う重大な不利益を与えたことに対する、一種の禁反言的な判断を下したものと評価する可能

29
末川民事法研究 第 7 号(2021)

性が生じてくる。しかしながら、この考え方に依拠すると、この判断構造は、(b)事件に対
しても同様に当てはまることが明らかであり、A による不正な依頼に(b)事件原告が関与
していないとされている以上、(b)事件における採用取消処分が合法であるとの理由を維持
することは理論上困難となり、この観点からも(a)事件と(b)事件とは結論において平仄
を合わせることが、妥当であると考えられる。
なお、両事件における認定を細かく比較すると、(a)事件原告については、本来不合格と
いえども相当の成績を収めていたこと、これに対して(b)事件原告については加点の幅が
著しく、合格圏におよそ達しない成績であったことが窺えるが(⑦、⑫)、この点における
違いを強調することは、要するに一定範囲までの加点については、仮に理由のないもので
あっても不正の範疇に属しないと考えることにほかならず、かかる考え方が、ごくわずかな
加点ないし減点により合否が分かれる場合について不当ないし不安定な結論を導くことは明
らかであるから、やはり両事件の結論の差異を説明するための根拠としては、妥当とは言い
難いものと考えられる。
以上のとおり、(a)(b)両事件に関する裁判所の判断は、「法的解決」としては一応の合
理性を有しているかのように見えるが、採用試験の不正に対する解決の妥当性という観点か
らは、異なる裁判体が異なる時期に下した判決であるとしても、批判を免れないものと言う
べきである。但し、本稿の検討においても、(a)(b)両事件について同一の結論が導かれる
べきことまでは確実に主張できるが、不正な加点があったことを重視すべきか、それとも各
原告らが関与したものでないことを強調すべきかによって、採用取消処分が違法となるか合
法となるかが分かれる部分については、直ちに一義的な結論を導くことはできないことも、
同時に認めざるを得ない7。

( 2 )複数公務員間の求償権行使
教員採用不正事件においては、前項で検討した加点により合格した者にへの対応のほか、
不正がなければ合格していた筈である者に対する賠償ないし補償についても、次のような法
律上の問題点が浮上した。
県は、得点の操作によって不合格となった者に対し、県費及び有志教員等による寄附金等
を原資として賠償金の支払を行ったが、教員採用不正問題について関心を持つ市民団体 X
らから、不正に関与した県教委の職員に対し、県費による賠償金相当額について求償するこ
とを求める住民訴訟が提起された。この過程で、不正が行われた当時、教育長の次に教育委
員会における権限を有していた審議監の職にあり、事件発覚当時においては既に退職してい
た Z に対する、求償の範囲であった。

7 なお、私見としては、受験者にとって、採用されたとの事実から受ける期待は、当該受験者における他の人
生における選択肢を事実上放棄させることを意味する以上、試験の適正さの維持に関する他の事情よりも重視さ
れるべきであると考えられること、また、採用不正事件の根源は教育委員会内部の問題であって、受験者にかか
る教育委員会内部の問題に対して是正を求めることは事実上不可能であったと考えられること、さらに、教育委
員会としては、試験の得点から採用されるべきでなかった者に対して合格とする処分を一旦行った以上、それを
是正するための方法としては、単に当該受験者に対する採用処分を取り消すことのみならず、改めて採用とされ
るべき能力を確認するための試験を別途課すとか、教員としてふさわしい能力に達するための研修等を付加する
とか、結果の妥当性を後から補完する方法をとることも可能であったと考えられることからすれば、(a)事件で
採用取消処分が取り消されたことは結論において妥当であり、(b)事件の結論は原告にとって酷に過ぎるものと
考える次第である。

30
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

すなわち、Z は、退職時に支給を受けた退職金について、退職後約 ₂ 年を経てから全額に


ついて返納命令を県から受け、同命令に従って退職金全額に相当する額を県に返還したた
め、県は、求償金の算定に際し、この Z による返還額を県費による支出額から控除した。
これに対し、X らは、事件発覚当時現職であった他の幹部職員らについては、ほぼ全て懲戒
免職処分を受けたために退職金も支給されなかったものであるところ、Z も仮に事件発覚当
時現職であったのであれば確実に懲戒免職処分の対象となり、退職金も当然支給されなかっ
た筈であるから、そもそも当該退職金は Z の領有すべきものでない財産だったというほか
なく、従って Z による任意の退職金の返還は、Z の私費による求償金への補填をするものと
はならない、と主張したのである8。
この問題については、審級により判断が区々に分かれたが、提訴後 ₇ 年余を経て第 ₂ 次最
高裁判決により終結し、結論としては Z に対して退職金が支給されなかったものと同様の
結果が確定することとなった9。以下では、各審級における Z の求償権の範囲に係る判示を比
較検討し、その判断の妥当性と合理性とについて考察する。
【第 1 審判旨】
Z に対する請求額:₂₆₄₅万₀₂₉₇円認容。
①「Z は、平成₁₈年当時、県教委教育審議監として、同年に実施された小・中学校教諭及び養護教諭の平
成₁₉年度試験の事務を掌理する公務員であったところ、B 及び D と共同して、その職務を行うについて、
平成₁₉年度試験に本来不合格であった者の受験生の得点を加算したり、本来合格していた者の得点を減
ずるなどして、本来不合格とされるべき者を合格させる一方で、本来合格していた₃₉人の小学校教諭及
び中学校教諭を志望した受験生を不合格とし、違法にこれらの者に合計₇₀₉₅万円の損害を加えたものと
認められる。なお、上記の本来不合格とされるべき者の中には、EF 夫妻から賄賂の供与を受けて合格
させた、EF 夫妻の長女が含まれていた。」
「そうすると、国家賠償法 ₁ 条 ₁ 項に基づき前記₃₉人に対して
合計₇₀₉₅万円を支払った大分県は、Z に対し、国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づき、B 及び D と連帯して₇₀₉₅
万円の支払を求める求償権を取得したものと認められる。」
②「県は、求償権に係る専門家委員会の報告により求償権の行使に当たって考慮すべきとされた、県教委
の指導監督上の落ち度による過失相殺又は信義則上の求償制限がされるべきことなどを全体的・総合的
に考慮し、これらの総和として、現に大分県の歳入金となった Z が返納した退職手当に相当する額を、
求償総額から控除することが適切であると判断したと主張する。」「国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権
及び共同不法行為者に対する求償権は、債権の存否自体が必ずしも明らかでない場合が多い上、求償の
相手 方である公務員等による加害行為の態様及びこれに至った経緯等には様々なものがあり得る。ま
た、たとえ被害者に賠償を行った地方公共団体の長がその賠償額の全額を加害者たる公務員等に求償す

8 このほか、X らは、既に刑事責任を追及されていた者に加え、地元の報道関係機関の幹部等についても同様
の不正の依頼を行ったとして求償権の対象とするよう主張していたが、この主張については証拠が不十分である
とされ、第 ₁ 審以来終結に到るまで認められることはなかった。
9 第 ₁ 審:大分地判平成₂₇年 ₃ 月₁₆日平成₂₅年(行ウ)₂ 号 ・ 平成₂₆年(行ウ)₁ 号、差戻前控訴審:福岡高判
平成₂₇年₁₀月₂₂日平成₂₇年(行コ)₂₇号(評釈として、田中信義・季刊公務員関係最新判決と実務問答 ₈ 号₂₄頁
(₂₀₁₇年)がある)、第 ₁ 次上告審:最決平成₂₉年 ₉ 月₁₅日平成₂₈年(行ヒ)₃₃号(評釈として、近藤卓也・判例
地方自治₄₄₃号₃₅頁(₂₀₁₉年)、上原卓也・行政関係判例解説平成₂₉年₃₀頁(₂₀₁₉年)、斎藤誠・ジュリ臨増₁₅₁₈
号₄₈頁(₂₀₁₈年)、大橋真由美・民商₁₅₄巻 ₃ 号₆₀₂頁(₂₀₁₈年)、松崎勝・市政₆₇巻 ₁ 号₆₂頁(₂₀₁₈年)、松崎勝・
自治体法務研究₅₂号₈₄頁(₂₀₁₈年)、戸部真澄・法セミ増刊(新判例解説 Watch)₂₂号₅₁頁(₂₀₁₈年)、小川正・
自治総研₄₇₈号₅₅頁(₂₀₁₈年)、北島周作・法教₄₄₈号₁₂₅頁(₂₀₁₇年)がある)、差戻後控訴審:福岡高判平成₃₀
年 ₉ 月₂₈日平成₂₉年(行コ)₃₈号、第 ₂ 次上告審:最決令和 ₂ 年 ₇ 月₁₄日平成₃₁年(行ヒ)₄₀号(評釈として、
徳本広孝・法教₄₈₂号₁₃₇頁(₂₀₂₀年)、野田広大・Libra₂₀巻₁₁号₂₆頁(₂₀₂₀年)がある)。

31
末川民事法研究 第 7 号(2021)

べきと判断したとしても、当該求償訴訟を提起された裁判所は、必ずしも地方公共団体の長のかかる判
断に拘束されるものではない。そのため、前記のとおり、地方公共団体の長に当該地方公共団体が有す
る債権の行使又は不行使について原則として裁量がないことを考慮しても、被害者に賠償を行った地方
公共団体の長が、加害者たる公務員等に対して、国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権及び共同不法行為
者に対する求償権を行使するに当たっては、常にその賠償額の全額を求償することを要すると解するこ
とは相当でなく、加害行為の態様やこれに至った経緯等、諸般の事情を総合的に考慮して過失相殺又は
信義則上の制限を加えること自体は許されるというべきである。」
③しかし、認定事実によれば、「Z、B、D らは、県教委の幹部職員であると認められる上、Z、B 及び D
らが平成₁₉年度試験又は平成₂₀年度試験において行った不正は、故意による犯罪行為でもある。また、
前記の Z の不正行為の内容によれば、当該不正の発覚時に同人が大分県に在職していれば、B ら同様、
Z も懲戒免職処分を受け退職手当が支給されなかったものと推認されるから、たとえ同人が支給済みの
退職手当を全額返納したとしても、本来支給されるべきでなかった金員が返納されたにすぎないものと
評価されるにもかかわらず、県は、結果として、Z の退職手当の全額に相当する金員を求償額から差し
引いている。」「地方公共団体が有する財産の適正な管理の観点からすると、このような事実関係の下に
おいて、県が、Z の退職手当の全額に相当する金員(全賠償額₉₀₄₅万円の約 ₃ 割 ₆ 分に相当する。)を
差し引くに当たっては、県教委の指導監督上の落ち度が相当程度認められることを、入手した証拠資料
から可能な限り具体的に明らかにし、求償権の行使に当該制限を加えること(当該金額を差し引くこと)
が相当と認められる必要があるというべきである。ところが、県は、本訴第 ₉ 回口頭弁論期日において、
当裁判所から、現に Z が返納した退職手当に相当する金額を求償額から控除することが適切であると判
断した具体的な理由について釈明を求められたにもかかわらず、県教委の指導監督上の落ち度を基礎付
ける事実について、具体的な主張をしない。」「また、前記のとおり、求償権に係る専門家委員会は、こ
のほかに、B、D、訴外 G、訴外 H 及び訴外 I に対して退職手当が支給されなかったこと、B が免責許
可決定を受けたこと、D が死亡したこと、訴外 J は平成₂₀年度試験における不正では補助的な立場にあっ
たにとどまり、停職 ₄ か月の処分を受けていることなどを考慮すべきとしているが、これらの事情のう
ち、B らに退職手当が支給されなかったことについては、懲戒免職処分を受けた者らには本来退職手当
は支給されないため、これをもって求償額の減額根拠とするには、上記の Z 同様、入手した証拠資料か
ら可能な限り具体的な説明をし求償権の行使の制限が相当と認められる必要があるというべきである
し、上記のその他の事情については、原告ら及び参加人らが県に求償権の行使を求める Z、G、H 及び I
に対する関係においては、県による国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項又は共同不法行為者に対する求償権の行使を制
限する影響を及ぼす作用があるものとは認められない。」
「したがって、大分県が Z、G、H 及び I に対し
て有する国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権又は共同不法行為者に対する求償権の県による行使が、過
失相殺又は信義則により制限されるとは認められないというべきである。」

【差戻前控訴審判旨】
原判決取消、原告らの請求棄却。
④「大分県が Z、G、H 及び I に対して有する国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権又は共同不法行為者に
対する求償権は、地方自治法₂₃₇条 ₁ 項及び₂₄₀条 ₁ 項所定の地方公共団体が有する「財産」又は「債権」
に当たるところ、地方公共団体が有する債権の管理について定める地方自治法₂₄₀条、地方自治法施行
令₁₇₁条から₁₇₁条の ₇ までの規定によれば、客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したり

32
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

することは許されず、債権が客観的に存在する以上は、原則として、地方公共団体の長にその行使又は
不行使についての裁量はないと解される。」「しかしながら、国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権及び共
同不法行為者に対する求償権は、債権の存否自体が必ずしも明らかでない場合が多い上、求償の相手方
である公務員等による加害行為の態様及びこれに至った経緯等には様々なものがあり得る。また、たと
え被害者に賠償を行った地方公共団体の長がその賠償額の全額を加害者たる公務員等に求償すべきと判
断したとしても、当該求償訴訟を提起された裁判所は、必ずしも地方公共団体の長のかかる判断に拘束
されるものではない。」「そのため、上記のとおり、地方公共団体の長に当該地方公共団体が有する債権
の行使又は不行使について原則として裁量がないことを考慮しても、被害者に賠償を行った地方公共団
体の長が、加害者たる公務員等に対して、国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項に基づく求償権及び共同不法行為者に対
する求償権を行使するに当たっては、常に客観的に存在する求償権の全額を求償することを要すると解
することは相当でなく、加害行為の態様やこれに至った経緯等、諸般の事情を総合的に考慮し、過失相
殺又は信義則上の制限の観点から相当と判断する額を求償することも、同判断が合理的なものである限
り許容されるというべきである。」
⑤「これを本件についてみるに、Z、B、D、EF 夫妻及び G は、いずれも県教委ないし県の幹部職員とし
て高い規範意識を要求される者であり、また、同人らが関与して平成₁₉年度試験ないし平成₂₀年度試験
において行った不正行為は、故意による犯罪行為として評価されるものであるから、Z が退職手当等全
額の返納命令を受け、また、B、D、EF 夫妻及び G が、懲戒免職処分を受け、同人らに対する合計 ₁ 億
₀₆₁₅万₅₆₅₂円の退職手当が支給されなかったのは当然のことといえる。」
「しかしながら、〔証拠略〕によ
れば、従前から、小中学校教員採用試験において、県教委幹部職員に対し、選考に総合点以外の要素を
加味してほしい旨の働きかけがあり、県教委にもこのような考え方に同調する幹部職員が存在していた
ことが認められるから、このような事情が、小中学校教員採用試験における不透明な選考過程を許容し、
ひいては平成₁₉年度試験ないし平成₂₀年度試験において本件不正がなされるに至った土壌となったこと
は否定できず、これに対して確固とした方針を示してこなかった県教委には本件不正の発生について一
定の責任があるというべきである。」
⑥「上記のとおり、Z が退職手当等全額の返納命令を受け、また、B らが懲戒免職処分を受け、同人らに
対する退職手当が支給されなかったのは、その地位や行為態様に照らし当然のことであるが、そのこと
と、これらの事実を求償権の行使という場面で考慮することが許容されるかは別の問題であり、県教委
にも本件不正の発生について責任があることのほか、公務員の退職手当には賃金の後払いという性格も
あること及び不正行為をした者に対する求償には大分県の財産管理という側面もあることをも考慮する
と、求償権の行使に当たり、これら退職手当の返納や不支給の事実を、合理性の認められる限度で考慮
すること自体は許容されると解するのが相当である。」「そして、Z が退職手当全額の返納命令を受けた
のがその支給を受けてから ₂ 年が経過した後であり、返納の実現が必ずしも確実なものではなかったこ
となどの事情に照らすと、Z の返納額の限度で上記退職手当の返納や不支給に係る金額を求償権行使に
当たって考慮するのは、求償権行使に対する過失相殺又は信義則上の制限として合理性を有するという
べきである。」
「よって、大分県が、Z の返納した退職手当相当額を求償しないことは違法ではない。」

【第 1 次上告審判旨】10
Z に対する請求部分等について、破棄差戻。
10 第 ₁ 次上告審判決には、山本裁判官による、教員有志らが行った寄附に対する解釈として、次の意見が付され

33
末川民事法研究 第 7 号(2021)

⑦「前記事実関係等によれば、本件不正は、教育審議監その他の教員採用試験の事務に携わった県教委の
職員らが、現職の教員を含む者から依頼を受けて受験者の得点を操作するなどして行われたものであっ
たところ、その態様は幹部職員が組織的に関与し、一部は賄賂の授受を伴うなど悪質なものであり、そ
の結果も本来合格していたはずの多数の受験者が不合格となるなど極めて重大であったものである。そ
うすると、Z に対する本件返納命令や本件不正に関与したその他の職員に対する退職手当の不支給は正
当なものであったということができ、県が本件不正に関与した者に対して求償すべき金額から本件返納
額を当然に控除することはできない。また、教員の選考に試験の総合点以外の要素を加味すべきである
との考え方に対して県教委が確固とした方針を示してこなかったことや、本件返納命令に基づく返納の
実現が必ずしも確実ではなかったこと等の原審が指摘する事情があったとしても、このような抽象的な
事情のみから直ちに、過失相殺又は信義則により、県による求償権の行使が制限されるということはで
きない。」「したがって、上記の事情があることをもって上記求償権のうち本件返納額に相当する部分を
行使しないことが違法な怠る事実に当たるとはいえないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすこ
とが明らかな法令の違反がある。」「以上のとおりであるから、論旨は理由があり、……県の教員採用試
験において不正が行われるに至った経緯や、本件不正に対する県教委の責任の有無及び程度、本件不正
に関わった職員の職責、関与の態様、本件不正発覚後の状況等に照らし、県による求償権の行使が制限
されるべきであるといえるか否か等について、更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審
に差し戻すこととする。」

【差戻後控訴審判旨】
Z に対する請求額:₉₅₅万₇₇₁₇円認容。
⑧「県は、求償権に係る専門家委員会の報告により求償権の行使に当たって考慮すべきとされた、不正行
為を防止できなかった県教委の指導監督上の落ち度による過失相殺又は信義則上の求償制限がされるべ
きことなどを全体的・総合的に考慮し、現に県の歳入金となった Z が返納した本件返納額を、求償総額
から控除することが適切である旨主張する。」「しかし、前記前提事実で認定した事実関係等によれば、
本件不正は、教育審議監その他の教員採用試験の事務に携わった県教委の職員らが、現職の教員を含む
者から依頼を受けて受験者の得点を操作するなどして行われたものであったところ、その態様は幹部職
員が組織的に関与し、一部は賄賂の授受を伴うなど悪質なものであり、その結果も本来合格していたは
ずの多数の受験者が不合格となるなど極めて重大であったものである。そうすると、本件返納命令は正
当なものであったということができ、県が Z に対して求償すべき金額から本 件返納額を控除することは
相当でない。」「本件不正は、県教委の幹部職員が組織的に関与し、受験者の得点を操作するなどして行
われ、一部には賄賂の授受を伴う悪質なものであって、その結果も本来合格していたはずの多数の受験
者が不合格となるという重大なものであった。そして、平成₁₄年実施の教員採用試験以降は、同試験が

ている。
「Z は、県の教育審議監として、人事権その他県の教育界を動かす権限があった者であることは、容易に推察
できる。見方によれば、そのような立場にあった者のかつての影響力を慮った元部下たちが、その傘下の県教委
職員や公立学校の校長等から事実上強制的に寄附金を集め、最終的には Z の損害賠償義務の軽減に用いられるよ
うにもっていったと解釈できなくもない。仮にそれが事実であるとすれば、私はあるまじき行為であると考える。
とりわけ組織の長あるいはこれに準ずる立場にある者は、自らの不祥事に基づく損害賠償責任は自ら果たすべき
であり、仮にもその責任が一部にせよ部下に押し付けられるようなことはあってはならないと考える次第であ
る。」「本事件の第 ₁ 寄附をいかに取り扱うかによっては、このような形でトップあるいはこれに準じる者の損害
賠償責任が部下に押し付けられるというやり方が、今後、全国にまん延しかねないとも限らないし、今回の判断
でそれを裁判所が追認する結果となることを懸念している。」

34
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

実質的に競争試験となり、試験において高得点を得た者から順次合格とされるべきであるにもかかわら
ず、県教委においては依然として不正な合否決定が行われ、県教委の内部においてはこれが慣例化して
いたが、同年に教育庁教職員第一課(義務教育課に相当)の課長となり、教員採用試験に関与するよう
になった Z は、同試験の在り方が改められた当初から、教育庁の幹部職員であるにもかかわらず、安易
に従前の慣例に従った形で上記試験において試験の成績順位を入れ替えるなどの方法による不正に継続
的に関与してきたものであり、競争試験に改められた後の県教委において不正行為が慣例化することに
重要な役割を果たしてきたといえる。しかも、平成₁₇年 ₄ 月に教育長に次ぐ教育審議監となり〔証拠略〕、
教育長がそうした不正行為が繰り返されていることを認識していたことはうかがわれないことからする
と、むしろ率先してそうした悪習を断つべき言動が求められたというべきである。ところが、その後も
漫然と部下職員に指示して不正行為を継続し、上記のような態様により本件不正に加担したものであ
る。」「以上のような事情を考慮すると、他方で、県における教員採用試験が競争試験に改められた平成
₁₄年以降も県教委においてはその幹部等が関与して不正行為によって受験者を不正に合格させることが
慣例化していた状況において本件不正が行われたこと、平成₁₉年度試験において不正に合格した受験者
₂₁名のうち、Z が直接に依頼した者は ₅ 名に止まることなどを考慮しても、少なくとも Z に対する県の
求償権の行使が制限されるべきであるということはできない。」
⑨「Z は、B 及び D と共同して、その職務を行うについて、平成₁₉年度試験に係る本件不正を故意に行っ
たものであり、本来合格していたにもかかわらず不合格となった受験者に対しては上記両名と連帯して
賠償責任を負うが、国家賠償法 ₁ 条 ₁ 項は代位責任の性質を有することからすると、同条 ₂ 項に基づく
求償権は実質的には不当利得的な性格を有し、求償の相手方が複数である場合には分割債務になると考
えられるから、上記 ₃ 名は県に対し分割債務を負うと解するのが相当である。そして、……平成₁₉年度
試験に係る本件不正が行われた当時の上記 ₃ 名の職責及び関与の態様等を考慮すると、県は、平成₁₉年
度試験に係る損害賠償として支払った₇₀₉₅万円について、Z・₄、B・₃.₅、D・₂.₅の割合による求償権を
取得するとするのが相当である。」

【第 2 次上告審判旨】11
Z に対する請求額:₂₆₈₂万₄₇₄₃円認容。
⑩「国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意に
よって違法に他人に加えた損害につき、国又は公共団体がこれを賠償した場合においては、当該公務員
らは、国又は公共団体に対し、連帯して国家賠償法 ₁ 条 ₂ 項による求償債務を負うものと解すべきであ
る。なぜならば、上記の場合には、当該公務員らは、国又は公共団体に対する関係においても一体を成
すものというべきであり、当該他人に対して支払われた損害賠償金に係る求償債務につき、当該公務員
らのうち一部の者が無資力等により弁済することができないとしても、国又は公共団体と当該公務員ら
との間では、当該公務員らにおいてその危険を負担すべきものとすることが公平の見地から相当である
と解されるからである。」「本件において、Z は、B 及び D と共同して故意に本件不正を行ったというの
であり、これにより平成₁₉年度試験において本来合格していたにもかかわらず不合格とされた受験者に
損害を加えたものであるから、県に対し、連帯して求償債務を負うこととなる。そうすると、県は、Z

11 第 ₂ 次上告審判決には、宇賀裁判官の補足意見が付されており、国家賠償法 ₁ 条 ₁ 項の解釈について、「代位
責任説を採用したからといって、そこから論理的に求償権の性格が実質的に不当利得的な性格を有することとな
るものではなく、代位責任説を採っても自己責任説を採っても、本件の公務員らは、連帯して国家賠償法 ₁ 条 ₂
項の規定に基づく求償債務を負うと考えられる」と述べている。

35
末川民事法研究 第 7 号(2021)

に対し、₂₈₇₇万₈₃₇₆円の求償権を有していたこととなるから、同金額から Z による弁済額を控除した
₂₆₈₂万₄₇₄₃円の支払を求めることができる。」

本件は、最終的には複数公務員間における国家賠償請求に係る求償権行使についての一般
論としての最高裁判決が下されて確定しているが、現実的には、県教委の最高幹部であった
Z に対する求償権行使の範囲が、その部下に対する求償権行使に係る配分との関係で、最初
から最後まで問題となったものである12。かつ、本件においては、B は破産して免責決定を受
けており、D は既に死亡していたため、求償権行使に対する責任財産を有していたのは Z
のみという事情も与り、前記の一般論と現実的な争点とは、ほぼ表裏一体の関係にあったと
考えて差し支えない。
しかしながら、本件で最終的に第 ₂ 次最高裁判決が提示した一般論は、本件の事実関係か
ら離れてしまうと、上司の責任を実質的に軽減する場合が少なからず生ずるのみならず、む
しろ部下の方に全責任を負わせる結果となる場合すら生じかねない。すなわち、第 ₂ 次最高
裁によれば、組織内で複数公務員が関与して行われた不正行為に対する求償権は、当該公務
員間で連帯責任を負うとされるものであるところ、本件とは逆に、上司の側が破産している
一方、部下の側に責任財産が存在していた場合には、負担部分による公務員間の求償権の存
在を考慮したとしても、事実上部下の側に上司の無資力の危険を負わせることになり、第 ₁
次上告審において山本裁判官が懸念した「上司の責任を部下に負わせる」ことを事実上追認
するものとなりかねないためである13。
もとより、各組織内における公務員間の責任配分は、組織外の者から見て必ずしも明らか
というわけではなく、社会的に見た場合の「上司」「部下」の関係が、職制上の上下関係と
一致していない場合も珍しくない以上14、組織外の市民が住民訴訟において求償権行使を求
めるに際しては、およそ関係者の中に責任財産を有する者がいるならば、公的機関として可
能な限りの額を求償することを認めるべきであるとの考え方が健全であることは言うまでも
ない。また、第 ₁ 次上告審における山本裁判官の考え方は、その適用を誤れば、部下が画策
した不祥事の責任を、事情を知らされていなかった上司に全て負わせることとなる結果を生
じさせるおそれがないとは言えないから15、上司と部下との責任配分に係る妥当性という観
点からすれば、特に第 ₂ 次最高裁の示した求償権行使に対する一般論は、今後同種の事件に
適用される際に、当該事件の事実関係に即した慎重な検討を要するものと言うべきである。

12 このような、「上司と部下の間における責任の配分」という観点は、第 ₁ 次上告審における山本裁判官の意見
に明確に表れている。山本裁判官は、上司が指示を下して部下を不正行為に従事させた以上、その責任は全て上
司が負うべきであると考えているものであり、これは X らの主張の根底にある考え方とほぼ一致しているものと
思われる。
13 実際、差戻前控訴審は、Z が無資力となる可能性についても考慮した結果として、退職金の返還について求償
権の対象から控除するとの判断をしたものと評価することもできなくはなく、また、差戻後控訴審においても、
Z と B 及び D の責任配分について、その具体的な割合に対する評価はともかく、部下の責任を合理的な範囲に
留めるという観点からすれば、一定の配慮をしていたものと考えることが可能である。
14 例えば、大学における教員間の関係は、かつての講座制の下では上司部下の関係に即していたと言えるが、現
在では職制上の上下関係は建前として撤廃されており、ただ、昇任人事に関して特定の職にある者のみが関与す
るという慣行から、事実上の「上下関係」が潜在的な形で残存しているものと考えることができる。
15 本件でいえば、県教委の最高責任者は Z ではなく教育長であり、教育長に対する責任追及が行われていないこ
とは、教育長が不正に実質的に関与していなかったという事実によって支持されているものであるため、山本裁
判官の意見を硬直的に適用すれば、少なくとも一旦は教育長に全責任を負わせるべきであると考えることとな
り、このような結論は逆に妥当性に疑問が生じうるものと思われる。

36
大分県教員採用不正事件をめぐる「法的解決」の合理性と妥当性 (星野)

3 「法的解決」の合理性と妥当性

これまでの検討から明らかになってきたとおり、教員採用不正事件に関しては、事件その
ものが社会全体に対して大きな衝撃を与えたものであるに留まらず、かかる事件において行
われた不正を是正するための訴訟における法的解決に関しても、その合理性と妥当性に関し
て、疑問の余地が生ずるものであったことを、指摘しておく必要があると思われる。裁判所
は、基本的には個々の事件に関して合理的な観点から妥当な解決を追求するものであり、
個々の裁判官は独立してその職務を行うものとされていること、さらに、刑事事件と異なり
民事事件については、行政訴訟といえども当事者による主張立証に相当程度依存せざるを得
ないことは周知のとおりである以上16、個々の訴訟における解決の集積が、全体として必ず
しも一致しないとの印象を受けるものであったり、他の事案に対して一般論を直接適用した
場合に必ずしも妥当とは言えない結論が導かれるおそれがあったりすること自体は、ある意
味で予測可能なものと言えるのかもしれない。
しかしながら、本件での各訴訟における原告らは、単に自己に有利な結論や、抽象的な法
律論の宣明を求めて訴訟を提起したわけではなく、むしろ採用不正に加担した県教委職員ら
によって失われ、あるいは傷つけられた、社会正義の復活あるいは再建を、裁判所の判断の
中に求めたものと考えられる。そして、かかる社会正義の復活あるいは再建の中には、個々
の事件における法的解決が、社会的見地からも妥当な結論であると共に、理論的観点から検
討した場合においても、合理的かつ一貫したものであることが、当然期待されていたものと
考えられる。しかしながら、本稿で検討してきた限り、本件に関する各裁判所の具体的な判
断においては、合理性の観点からも、妥当性の観点からも、今後の課題を残すものがそれぞ
れあったと評さざるを得ないものと思われる。
もっとも、教員採用不正事件を、具体的に発覚し是正措置が行われた部分よりも、さらに
大きな問題として捉えた場合には、解決されるべき諸課題があまりに多いものであること
も、同時に認めなければならない。
例えば、採用試験に不正があったことが証拠により確認されたのは、平成₁₉年度及び平成
₂₀年度の計 ₂ 年分だけであり、その他の年度の試験について、同様の問題がなかったかにつ
いては、不明であると考えざるを得ない。仮に、同種の問題がどの年度の試験でも生じうる
ような事実的背景が存在していたものとすれば、採用取消処分の取消を求めた(b)事件原
告が指摘するとおり、証拠により判明した者についてのみ厳しい是正措置を行ったとして
も、それは社会正義が一部復活ないし再建されたというよりは、運の良し悪しによるとの不
公平感をかえって強めることになりかねない。
また、求償権訴訟の第 ₁ 次最高裁判決で山本裁判官が指摘した上司と部下との責任配分に
関する議論は、今後あらゆる組織で問題となりうることが十分に予測される以上、本件の事
実関係に必ずしも捉われない、組織における不祥事一般の問題として、法律論が構築されて
しかるべきであるが、そのための基盤あるいは前提となるべき考え方については、関連する
16 行政訴訟においては、条文上は裁判所による職権証拠調べが可能である旨が規定されているが(行政事件訴訟
法₂₄条)、本稿で検討した各訴訟でも、職権証拠調べは行われてはおらず、むしろ当事者が必要な証拠等を提示
しないことを以て当該当事者に対して不利益な判断を下すという、民事訴訟一般の手法が用いられていることが
窺える。

37
末川民事法研究 第 7 号(2021)

法律に明確な規定がないことはもとより、社会的な合意が明確かつ一義的に形成されている
わけでもない以上、基本的な方向性自体について、五里霧中の状態と言わざるを得ない。
さらに、本件が一旦最高裁によって差し戻されたにもかかわらず、差戻後の控訴審がなお
別の見解に基づいて Z に対する請求額を大幅に減額して認容し、これに対して行われた再
度の上告において、最高裁が法律論を宣明した後、差戻を行うことなく請求額を示して事件
を終結させたことを、どのように考えていくかについても、今後における重い課題が残され
ている。すなわち、事実認定を第 ₁ 審及び控訴審が担い、法律論について最高裁が統一的な
判断を下すという現在の裁判所間のある種の分業体制が、近年において徐々に本来の機能と
は異なる側面を見せるようになってきており、結果として、最高裁が高裁の判断を否定して
破棄差戻することと、高裁が再度別の事実認定を示して最高裁が否定した結論を実質的に維
持しようとすることとが交錯する現象が、必ずしも珍しくなくなっているように思われるわ
けである17。
以上を要するに、裁判所の示す「法的解決」が、「社会正義の実現」の一環であることを
事実上無条件に前提とすることは、少なくとも今後においては困難が伴う可能性があるもの
と考えざるを得ない。従って、裁判所の判断における合理性と妥当性に対しては、改めてそ
の努力の成果に敬意を払いかつ期待を寄せることと同時に、かかる判断の合理性と妥当性と
を分析検討するに際して、常に冷静かつ批判的な姿勢を以て臨むことが、理論的観点からも
のを考える立場にある者に与えられた役割であることを、再認識する必要があると考える。
(了)
(筑波大学准教授)

17 この点については、本件だけの現象ないし問題に留まらないことが明らかであるため、改めて各種の事件につ
いて分析検討を行ったうえで、各裁判所の機能ないし役割に関して、理論実務上双方の観点から考察を加えるこ
とが必要であり、将来別稿を以て論ずることとしたい。

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