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Mutualism

em
1
1
プロローグ Side.K
僕が彼に初めて出会ったのは、雨季が始まって、まだ間もない頃。それは、突然のスコールに見舞われ
て雨宿りをしていた時だった。
他にも何人か同じように雨宿りをしている人がいて、たまたま空いていた僕の隣のスペースに彼は走り
込んできた。
なかなか止まない雨。
濡れた白いシャツが張り付いて、肌が少し透けているのが気持ち悪くて、早く止まないかなぁ、と空を
見上げる。
隣に立っている彼は、ポケットから取り出した綺麗に畳まれたハンカチで濡れた革製の鞄を拭っていた。
雨の匂いに混ざって、少し甘い香りが漂ってくる。
すぐに分かった。
チューベローズの香水。
僕が家で丹精込めて育てているチューベローズの鉢植えが脳裏に浮かんだ。
同じ香り。思わず目を閉じてその香りに全集中する。
どんな人だろう。
真っ黒なシャツをたくし上げて剥き出しになった腕はとても逞しくて、男らしい。
鍛えていない僕の細い腕の倍くらいはありそうだ。
背が高い彼の顔を見上げることはできない。もし目が合ってしまったら、恥ずかしくて、もうこの場に
はいられない気がする。
だから、スコールが止むまで、僕はただ彼のチューベローズの香りを楽しんでいた。
Side.L
こんな偶然があるのだろうか。
突然降り出した雨を避けようと駆け込んだ軒先に、彼はいた。
その数日前、クラブで出会った彼、だ。
いや、出会ったというよりは一方的に彼を見つめていた、と言うほうが正しいかもしれない。
今見ている彼とはまるで別人だった。
鳴り響く EDM
の中で踊る彼に俺は夢中になった。
すごく可愛い。可愛いのにクレイジーだ。
そしてセクシーでもある。
酒を飲むと豹変するタイプかもしれない。
その夜だけは、次々と声をかけてくる女たちを無視して、ただ彼を見つめていた。
そんな彼が、隣にいる。
まるで別人のように清楚で、慎ましく、俺の横で俯いている。艶やかな黒い髪、シャツに透けた肌の色、
白く滑らかなうなじ、柔らかそうな頬。彼がずっと俯いているのをいいことに、食い入るように見つめ
てしまった。彼は暇を潰そうと、足を少し持ち上げて靴のつま先を見ている。それすらも可愛い。
こんな気持ちになるのは初めてだ。

2
恥ずかしながら、この歳になってまだ俺は愛というものを知らない。遊んで、遊んで、遊びつくして、 …

3
ただ時間を消費しただけだった。何も残らなかった。
まるで彼は、俺が好んでつけている香水のようだ。
別に香りが好きなわけじゃない。

女たちを惹き寄せるためだ。
そして、俺は彼に惹き寄せられている。
チューベローズに誘われる女たちのように。
EP.1
大学生になって二回目の雨季が到来した。
憂鬱な雨が続いても、大学に来るのが楽しい。
いつも一緒にいるのは、同じチアリーディングサークルの数人の女の子たち。物心ついた時からそうだ
った。女の子と一緒にいるほうが楽しいし、話も合う。どうでもいい話をしたり、恋バナをしたり、映
えスポットに行ったりもする。
今日は、数日前、僕が大学の近くで出会った男性の話をして盛り上がった。顔は見ていないけど、背が
高くて、スタイルが良くて、体も鍛えていて、いい香りのする人。
「そんな人いる〜?」と笑い飛ばす友人 May
メイは「じ ゃあ、顔は良くな いよ、顔も体もい い人なん
て存在しないもん」とまで言った。
その男性のことを少し気にしていただけに、 の一言を聞いて残念に思った。
May
「何で顔を見なかったの?」とつまらなさそうにする Mayに「ごめん ね」と謝りながら 、ごもっとも
だ、と心の中で呟く。またどこかで会えたりしないだろうか。今度こそ、絶対、顔を見たい。
別の友人が「存在しない男といえば」と切り出した。
それから「芸術学部の助教が、やばいらしい」と小声で囁いている。友人によると、芸術学部の助教授
はハンサムで、モデル体型、そして優しい男。さっき Mayが言ったこ とと全然違うじゃ ん。顔も体も
いい人なんて存在しないって、言わなかった?
「そんな人いたらすごく目立つよね?見たことないよ」と僕が唇を尖らせると、友人は「学部が違うか
らね〜、ま、わたしも見たことないけど」と言って笑った。

4
どんな人だろう。気になる。一度は見てみたい。

5
今日は少し遠回りをして、帰ってみようかな。
友人たちがもう別の話で盛り上がっている横で、僕はハンサム助教のことで頭がいっぱいになっていた。
ハンサム助教を一目見たくて少し遠回りして帰るようになってから、もう一週間が経つ。
友人たちには内緒にしていたのに、すぐにバレて揶揄からかわれた。その代わりに有力な情報を手に入
れた。
今日はカメラサークルの部室近くにある売店に来ている。ハンサム助教はカメラサークルに立ち寄った
後、この売店でコーヒーを買うのが日課らしい。僕はコーヒーが飲めないので、ラテを注文した。つい
て来てくれた にも同じものを奢った。
May
「すごいよ、あんたのそういうとこ尊敬する」と手鏡を見つめながら投げやりに言う May
は、僕の良
き理解者だ。はっきり言ったことはないけど、たぶん知っている。僕が同性愛者だということも。
「でも、今日会えなかったら、もう諦めるよ」
「どうして?」
「たった一目見るだけなのに、こんなに苦労して」
「あたしは見たいよ、だって顔も体もいい最高な男がいたら、お近づきになりたいじゃない?」
「助教授だよ?」
「おしゃべりするくらいなら、誰だって許されるわよ」
「そうかな …」
「それに、このラテすごく美味しい」
は「明日は何飲もうかな〜」とメニューを眺めながら、少しぬるくなったラテを飲んだ。
May
まだもう少し頑張れそうな気がする。
明日は、アメリカーノに挑戦してみようかな。
ここ数日、なぜかあの子をよく見かける。
彼の学部は違う建物だから、この辺りに用はないはずなのに。
カメラサークルの部室の窓から売店を見下ろしながら、こっそり写真を撮った。
なぜ学部を知っているかって?
ありとあらゆるツテを駆使して情報を手に入れたからだ。学部だけじゃない。名前も、入っているサー
クルも知っている。
「あれ?また来てますね、例の子」
「今日は女の子と一緒 …」
「彼女かも、モテそうだし」
実は、ありとあらゆるツテを駆使したというのは嘘だ。
カメラサークルの男たちが可愛い可愛いと言って毎日騒いでいるチアサークルの写真。
そこに彼が写っていた。
そして幸運なことに、カメラサークルに彼と同じ学部の生徒がいたのだ。そこから先はあっという間。
次から次へと情報を手に入れることに成功。
「アメリカーノ買いに行かないんですか?」と急かしてくる生徒に紙幣を多めに握らせて「お釣りは好
きに使っていいから今日だけお願い」と手を合わせた。生徒は首を傾げながら、それでも文句は言わず
に部室を出て行った。
たぶん、彼は俺に会いに来ているのだと思う。これは無駄に長い人生を送っている俺の、直感だ。

6
会いに来ているということは、少なからず好意を持ってくれているはず。運命の再会のシチュエーショ

7
ンは綿密に計画を練らないといけない。
偶然を装って、できれば二人きりがいい。
あの日と同じように、雨が降っていれば尚更いい。
もしこの条件が成立したとしたら、俺はすぐにでも彼に想いを伝えたい。俺たちの出会いは運命以外の
何ものでもないからだ。
「うわ …
またスコールだ … 」
チアのミーティングが長引いて、今日は帰りがずいぶん遅くなってしまった。それにこの雨。しばらく
雨宿りするしかない。
アメリカーノを飲む気だったのに。ついてないなぁ。
しばらくスマホでゲームをして暇を潰していると、雨が小降りになって来た。
そろそろ止むかもしれないと思った頃、後ろから「 Kuea
、もう帰ったのかと思ってた」と声をかけられ
た。
同じサークルの友人 ウェンだ。
Wen
その隣には ……
、誰だろう?初めて見る顔の人だ。 Wen
が手を合わせて会釈したから、僕も同じように
その人に手を合わせた。
小降りになった雨の中を走っていく Wen

取り残された僕の隣に立ったその人は、空を見上げて「あの日みたいだね」と呟いた。
雨の匂いに混ざって漂ってくる、少し甘い香り。チューベローズの香水。
もしかして、あの時の …?
首から下げられた ID カードを見て、僕はまた驚いた。
この人が、ハンサム助教だ。僕が会いたかった二人は、同一人物。
「あ、あの … 」
「歩きながら話さない?もう雨は止んだみたいだし」
催促するように腰のあたりにそっと触れられ、体がビクッと跳ねた。それが恥ずかしくて俯いて歩き出
す。
どこに向かっているのか分からないけど、とりあえず彼についていくことにした。
「 は NuKuea
Wen の友達?」
「え? … はい」
「この前の球技大会の時の写真を持って来たんだ。急いでいるようだったから」
「チアの写真ですか?」
少し緊張しながら見上げると、彼は微笑んで「うん、よく撮れてた」と言った。低くて穏やかな声。惚
れ惚れするほどいい声だ。顔と体の他に、声もいいだなんて。すごく恵まれている。
少し雑談をして、彼は先生と呼ばれるのを好まないらしく、 Hiaと呼ぶことにした。
「 Hia…
、そろそろ帰らないと」
「送っていくから、乗って」
いつの間にか駐車場についていた。目の前の車からピッと音がして、助手席に誘導される。断る隙を与
えられず、扉が閉められた。
窓の向こう、真っ暗な空に、大きな月が浮かんでいる。
を車に乗せてから、しまった、と思った。むせ返るほどの甘い香りが車内に充満している。
NuKuea

8
彼もチューベローズだったのか。

9
月夜には特に濃厚になる香り。俺はそれを頼りに獲物を探しているからすぐに分かった。
チューベローズは同じ香りに集まる習性がある。俺の香水は月夜の濃厚な香りを特別にブレンドしたも
のだ。だからチューベローズたちは俺に惹き寄せられる。
「 Hia
?大丈夫ですか?」
「うん、平気」
「あ、あれです、あの家」
が指をさした家から少し離れたところに車を停めた。
Nukuea
シートベルトを外して覆い被さると、 Nukueaは混乱している のか、微動だにせず、ただ俺 を見上げて
いた。
めまいがするほど強く香っている。今まで獲物にしたチューベローズの中でも、かなり上位クラスだ。
首に顔を近づけると、 NuKuea
はようやく抵抗し始めた。
「なに?何してるんですか?」
「ちょっと待って」
「え、」
一瞬怯んだ隙を狙って、思い切り首に噛みついた。
じわり、と口の中に広がる血の味。久しぶりのご馳走。あまり吸いすぎないように気をつけて、傷口か
ら垂れる血まで綺麗に舐めとった。
気絶してくったり・・・・している NuKuea
の白くて滑らかな首筋。また噛みつきたくなる衝動を抑え
て、血で濡れた唇を拭った。
EP.2
目を覚ますと、いつもより体が怠くて、もう今日は学校に行かなくてもいいかと思うくらいだった。ま
るで二日酔いをした朝みたいだ。
昨日はクラブに行ったんだっけ …記憶がない ……
記憶がなくなるほど飲んだのかもしれない。
鏡の前に立つと、本当に酷い顔色をしていた。歯磨きをしながら昨日のことを思い出そうとしても、チ
アのミーティングが終わったあたりで記憶が途切れている。
その後、何かあったような 何か、大事なことが ……

ぼんやり鏡を眺めていると、首筋 …鎖骨のもう少し上のあたりに、小さな赤い痕を見つけた。それも、
二つある。刺されたような …あるいは、噛まれたような ……
それに少し触れてみると、急に動悸がした。頸動脈がドクドクと脈打つのを感じる。体温が上がって、
呼吸が乱れて その場に立っていられなくなって、崩れ落ちるようにして床に這いつくばった。

何だろう、怖い …こんな感覚、初めてだ。
結局、微熱があったせいで大学には行けず、眠気も酷くて一日中ベッドの中で過ごした。
明日には、良くなっているといいな …
そう思いながら、日付が変わる少し前、何度目かの眠りについた。
「 NuKuea
!どうしたのよ、すごく心配したんだから!」
翌日、元気になった僕は友人たちの熱烈なハグのおかげで、とても幸せな気持ちになった。

10
「今日も休みだったら、みんなでお見舞いに行こうって話してたところだったの」と笑う May
の手に

11
はお菓子がたくさん入った袋が提げられている。
これは貰えるの?と期待を込めた視線に気づいた May
がそれを僕に押しつけて急に叫んだ。
「朗報があるのよ!」
周りの友人たちもワッと盛り上がって、そばを通り過ぎていく人たちが何事かと驚いている。
「ハンサム助教が!現れたの!ここにね!!」
「信じられない!あんなに探したのに!」
「やっぱりハンサムだった!本当よ!」
友人たちは口々に好き勝手な事を言って、状況が掴めない僕はただ目を泳がせるしかなかった。
つまり、僕がいない間に、ハンサム助教がここに来たってこと?何のために?
「ちょっと待って、何があったの?」
「チアに来たの! Wen
と話してたわ」
「 Wenと?」
「そう、彼、この前の球技大会の写真をカメラサークルに頼んだって言ってたから、きっと助教とも繋
がってたのよ!」
「 …
まさか、そんな身近に」
「どうして気づかなかったのかしら!バカね!あたしたち」
はまだ興奮気味のまま僕に顔を近づけて、周りに聞こえないように「もっとすごいことを聞いたの
May
よ」と言った。これは内密の話らしい。
「あのハンサム助教、 Wen
にこう言ってたわ」
「何て?」
「彼はいないのか、って」
「彼って誰のこと?」
「 Wenってば、あたしが盗み聞きしてるのに気づいて、二人でヒソヒソ話してたから … 」
「じゃあ、誰かに会いに来たのかな」
「何言ってんのよ、あんたしかいないでしょ?」
「どうして分かるの」
「 Kuea
以外のメンバーは揃ってたんだから、探す必要なんて無いじゃない」
どうして僕に会いに来たの?助教と面識はないのに …
が何か知っているのかもしれない。
Wen
も同じことを考えているのか、僕と視線を合わせると、黙ったまま頷いた。
May
には悪いが、知ってることはすべて吐いてもらう。
Wen
考えたことなんてなかった。
吸血した後のチューベローズがどうなるかなんて。
が体調不良で大 学を休んだ。そう聞いて、初 めて気になった。知る必要がな かったからだ。た
Nukuea
った一度きりの相手だし、吸血した時の記憶は消えてしまう。その数時間前まで含めて綺麗さっぱり。
記憶さえなければ、俺の存在が明るみになることはない。
それでも、 NuKuea
の体調のことが気になる。
後遺症か何かがあるのだろうか。また会えば、記憶が元に戻ったりしないだろうか。今後もし、また彼
から吸血したら …

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考え出したらキリがない。

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彼に会いたい。
最後に触れた唇の感触が消えてしまう前に、もう一度。
こんな風に出会いたくなかったな。

本気で彼を愛していると思ったのに。
チューベローズだったからなのか?
もう分からない。愛っていったい何だろう。
僕と May はパフォーマンスの練習が終わった後、そそくさと帰ろうとする Wen を捕まえて、他のメン
バーが帰っていくのを見送った。
「あたしたちに何か隠してることがあるんじゃない?」
「何言ってるの?隠してることなんてないよ」
「ハンサム助教と繋がってるの知ってるんだからね」
「 P'Lian
のこと?」
「そう」
「先輩に言われて次の大会の撮影もお願いしたんだ、それだけだよ」
「昨日、 は誰かを探しに来た …
P'Lian そうでしょ?」
がそう畳み掛けると、 Wen
May はチラリと僕を見て、観念したように深くため息をついた。
「はぁ、そこまで分かってるんなら、聞く必要ないじゃん」
「ハッキリ言ってよね」
「 P'Lian
は … 」
その時、部室の扉がノックされた。
全員が固唾かたずを飲む中、扉が開かれる。
顔を覗かせたのは …
「あれ、お取り込み中だったかな」
「あ 」
…P'Lian…
この人が … ハンサム助教 …
タイミングが悪い。悪すぎる。
本人を目の前にして、僕たちはそれ以上 Wen を問い 詰めることが できず、諦め てハンサム助 教の動向
を伺うことにした。
彼は「この雰囲気は … 何か良くないことを企んでいる最中だったとか」と言って僕たちに近づいてくる。
何故だろう、何か、違和感がある。嫌な予感がする。
「そんなことないですよ、 Phi 、映画の見過ぎです」
「何もないならいいけど」
「次の撮影の段取りでしたよね?」
「あぁ、また今度にするよ」
僕たちに遠慮したのかその場を立ち去ろうとした彼の前に、 May が立ちはだかった。
「 P'Lian
、聞きたいことがあります」
まさか、本人に直接聞くつもりなの?
ゴシップ好きな May を止められる者はいない。
慌てて彼女の口を手で塞ぐと、ハンサム助教が僕の肩に手を置いた。

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「話を聞こう」

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すぐ近くにいる彼からチューベローズの香りがした。
この香水は … あの、雨の日の ……
「 Hia…

小さな呟きを聞いて、彼は驚いた顔をした。
あれ、僕は今、何か言ったのかな。
彼にじっと見つめられて、何故か首の頸動脈がドクドクと熱く脈打つのを感じた。
熱い。めまいがする。
無意識に押さえていたのは、昨日の朝見つけた、何かに刺されたような痕。
「大丈夫?体調悪い?」
彼に肩を抱かれて、急に全身の力が抜けた。
「 Kuea
!どうしたの?」
「医務室につれていこう」
「どうしよう …Kuea
、まだ調子が悪かったのかしら …

「荷物を持ってきてくれる?」
「はい … 」
僕は、意識が朦朧とする中、ふらつきながら、支えられてなんとか歩いていた気がする。
窓から吹き込んでくる風でなびく白いカーテン。
の寝顔を見つめながら、初めて出会った時のことを思い出していた。
NuKuea
やっぱり俺は、彼を愛している。
彼がチューベローズだったから、ではない。初めて会った時も、今も、あの甘ったるい香りがしていな
いからだ。どうしてだろう。あの夜は、あんなに強く香っていたのに。
「 Nu…」
そっと頬に触れると、 NuKueaは静かに目を覚ました。
ゆっくり瞬きする瞳が、次第に輝きを取り戻していく。
「 Hia

また、だ。
彼はあの時のことを覚えているのか。
それとも、無意識なのか。
「どうしてそう呼ぶの」
知りたかった。あの時のことを、覚えていてほしくないのに、覚えていてほしい気もする。
「ただ … なんとなく」
乱れた前髪を指先でそっと整えると、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。
たぶん彼は覚えていないだろう。覚えていたら、こんなに無防備にはなれない。その気になれば、また
噛みつくこともできる。でも、そういう気持ちにはならなかった。代わりに、彼を愛おしいと思う。
「ずっと付き添っていてくれたんですか?」
「そんなに経ってない。ほんの数十分くらいだから」
「ごめんなさい … また眩暈がして …」
「もう少し休んだほうがいい」
起きあがろうとした NuKuea
の胸元で揺れる、シンプルなリングがついたネックレス。

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「綺麗な指輪だね」

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「あ … これは、母に言われて肌身離さず着けているんです。たまに忘れちゃうけど」
それに触れようとして、チリッと指先が焼けるような感覚がした。これは、何か特殊なまじない・・・・
がかけられているのかもしれない。魔除けのような。
「 Hia
?」
「 お母さんは、どんな人?」

「うーん … 花や植物が好きで、僕もその血を受け継いでいるみたいです」
は自分のスマートフォンの壁紙を見せてきた。
NuKuea
「家で育てている花です」
「うん、綺麗」
「何の花か分かりますか?」
「いや 、そういうのは疎くて」

「ヒントは、 Hia の香水」
それを聞いてすぐにピンときた。チューベローズの花だ。初めて見た。
まるで彼のように清楚で美しい白い花。
画面から視線を上げると、こっちを見ていた彼と目が合った。しばらく目が離せなくて、引き寄せられ
るようにゆっくり距離が縮まっていく。
鼻先が触れ、互いの呼吸が分かるほど近づく唇。
あと少し のところで扉を叩く音がした。

ふと我に返って、誤魔化すように咳払いをする。
は黙ったまま窓の外に視線を向けていた。
NuKuea
出かけていた が戻ってきた。
May
適当な言い訳をして、 May に NuKuea
の面倒を見るよう頼むと、その場を後にした。
彼女の近くにはいないほうがいい。あれこれ詮索されて厄介なことになるだけだ。
それよりも、気になるのは、あの指輪。
たぶん NuKuea
の母親は魔女か何かだろう。
指輪にまじない・・・・をかけて、それを彼が肌身離さず持ち歩いていたおかげで、今まで誰にも見つ
からず、綺麗なままだったというわけだ。
それがたまたま、俺に会ったあの日、しかも月夜に、うっかり着け忘れていて食べられてしまった。な
んと不運な巡り合わせだろうか。
一度、吸血されると、噛まれた痕は消えない。時間が経てば少し薄れてほとんど見えなくなるが、吸血
鬼たちにはそれが目印になって、棲み分けができる。無闇な争いを避けたいからだ。
彼が指輪をつけてくれているなら、俺にとっても好都合。また彼の血を吸いたくなる衝動を抑えられる。
問題は、俺には別の欲があるということだ。
チューベローズは香りだけでなく、血も甘い。
さらに、変異した個体は汗や体液も甘いらしい。全身に花の蜜を纏まとっているような感じだろうか。
もし彼がそうだとしたら、理性を保てる自信がない。

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EP.3

19
僕が医務室に運ばれたあの日から、一週間が経つ。
あれから HiaLian
とは一度も会っていない。 Wen
との撮影の段取りもメッセージでやり取りしているら
しく、チアサークルの部室に来ることはなくなった。
僕は彼に夢中になっている。
寝ても覚めても彼のことばかり考えている。
会いたい。
彼のことをもっとよく知りたい。
「おーい、 Kuea、そんな疲れた顔して、どうしたの?」
が最近オープンしたばかりのクラブのフライヤーを顔の前に突き出してきた。
May
「そんな Kueaには、こちらのクラブがおすすめです!」
「 Mayが行きたいだけでしょ」
「久しぶりに飲み明かそうよ!踊りたいの!」
「毎日踊ってるのに?」
「 EDMが恋しい!」
「 …
分かったよ、他に誰か誘う?」
僕たちはいつものメンバーを引き連れて、さっそくそのクラブへ向かった。
爆音 EDM と少し強いお酒。
それさえあれば僕たちは無敵だ。人間関係や勉強のストレスから解放されて、ただひたすら楽しむ。
今夜は彼のことは忘れよう。
…と思った矢先、ぼんやりした意識の中で、彼を見たような気がした。
「 ?」
Hia…
少し離れたところにあるカウンターに座ってこちらを見ている。人違い? HiaLian
がクラブに来るなん
て …想像できない。
僕は思い切って、その人物に近づいた。
最近、寝ても覚めても NuKuea
のことを考えている。
それに加えてクラブに行く回数が減っていたせいか、体調が良くない。
デイウォーカーは純粋な吸血鬼とは違う。人間と同じように日中働き、夜は眠る。そして、純粋な吸血
鬼に比べると弱い。だからこそ、この脆弱ぜいじゃくな体には血液が必要不可欠。
吸血鬼がチューベローズの血を好むのは、単純に、甘くて美味しいからだ。人間の血は、まずい。長く
生きすぎた俺たちの舌が肥えてしまったせいだと思う。
なんとかして血液を摂取しようと最近オープンしたばかりのクラブに来ていた俺は、まさかの展開に驚
き興奮した。
がいる。
NuKuea
初めて会った時と同じように、彼はフロアで酒に酔って楽しそうに踊っていた。
彼がいるのは誤算だったが、今夜の目的はチューベローズの血だ。彼に見つかる前に、早く獲物を探さ
ないと。

20
景気づけにウォッカを一杯。

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喉を焼くような熱をやり過ごして一息つくと、背後に気配を感じた。
「 Hia…

しまった。もうバレたのか。
振り返ると、やっぱり NuKueaだった。彼は目を細めて、顔をグッと近づけてくる。鼻先が触れそうな
ほど近くに。
「 HiaLian
、 …じゃない」
「じゃあ、誰?」
「 …
知らない人」
俺はすぐに彼の腕を掴んで、店の奥に連れて行った。
人が二人通れるだけの狭い通路。その壁に彼を押しつけて、強引に唇を重ねた。柔らかくて肉厚な唇が
気持ちいい。抵抗しない彼が薄く唇を開いたのは、予想外だった。
「ん …っぅ」
その代わり予想通りだったのは、絡ませた彼の舌がまるで蜂蜜のように甘かったこと。つまり彼はチュ
ーベローズの中でもひと握りしか存在しない、変異種。
「ふ、ぁ っ、 … 」
Hia…
もたれかかるようにして体を寄せてくる NuKueaを支えながら、自分の下半身を擦りつけるようにして
押しつける。興奮を抑えきれない。気持ちいい。もっと気持ちいいことがしたい。
「あ、っ … やっ」
のけ反る彼の真っ白な首筋。
噛みつきたくなる衝動に駆られた。
その時、気がついた。少し甘い香りがする。首筋に鼻を寄せると、確かに彼が発する匂いだった。
首元には彼の母がまじない・・・・をかけた指輪のネックレス。
おかしい。
これがあれば存在を隠せるんじゃなかったのか?
「 !!」
Ai'Lian
乱暴に呼ばれて、慌てて NuKuea
を体の後ろに隠した。
この声は、忘れたくても忘れられない。
「 サン」
…Ai'San
吸血鬼は鼻が良い。きっと NuKueaの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。
「 Hia…
?」
「大丈夫、ちょっと待っ 」

彼のほうに目を向けた一瞬の隙をついて、 San が襲いかかってきた。凄まじいスピード。数メートル吹
き飛ばされた俺は、床に叩きつけられて、背中を強打した。
「お前は、いつもいつも、隙だらけなんだよ」
歯を食いしばって起き上がると、 San に羽交締めにされている NuKuea
の姿が見えた。

22
ダメだ、それだけは …

23
「返してほしかったら、ついて来い」
が NuKuea
San を抱きかかえたまま、走り去っていく。
何とか力を振り絞って立ち上がったが、この体では彼に太刀打ちできない。
どうしたら … このままじゃ、俺は何もできない。
の微かな匂いを追いかけて、人気の無い廃墟にたどり着いた。
NuKuea
の目的は分かっている。昔からそうだった。
San
俺たちは異母兄弟。彼は純粋な吸血鬼で、俺は人間と吸血鬼のハーフ、デイウォーカー。そもそも生ま
れた時からスタートラインが違う。それなのに、彼は俺に対して異様な対抗心を持ち、執着している。
物心ついた時から俺はそれにずっと悩まされてきた。力で彼に勝てるわけがない。分かっているはずな
のに、俺が苦しむ姿を見て楽しんでいる。そういう奴だ。
しばらく会っていなかったが、きっとその間も、俺を苦しめるチャンスを虎視眈々こしたんたんと狙っ
ていたに違いない。
「ようやく来たか、見つけられないと思ったよ」
「 NuKuea
を解放しろ」
「お前が誰かに入れ込むなんて、意外だったな。しかもこんな子どもに」
「傷つけたら、お前を許さない」
「へぇ どうやって?今まで俺に勝てたことなんてあったか?夢でも見たんじゃないのか」

拘束されている NuKuea
は怯えていて、 San
が顔を近づけると、さらに顔をこわばらせた。
くんくんと首筋の匂いを嗅いでいた San が俺の噛み痕に気づいて目を見張っている。
「まさかもう手を出したのか? … でも、俺には関係ない。お前の物は俺の物だからな」
長く伸びた指の爪で噛み痕の近くを突くと、すぐに鮮血が溢れ出してきた。それを爪の先で少しすくっ
て、舌の上にのせている。
まずい …NuKuea
の正体がバレてしまう …
「やめろ!」
「 ん 、これは なんだこの味、いつもと違う」
… … …
はニヤリと笑うと、
San の首筋に舌を這わせて、またその血を味わった。
NuKuea
「ふぅん、かなり上玉だな。こんなにうまい血は初めてだ … もっと飲みたい」
「やめ て 」
… …
「体が熱くなってきたか?俺の唾液には催淫作用があるんだ … あの男よりも気持ちよくしてあげるよ」
「んっ、 やだ、ぁ
… 」
…Hia…
初うぶな反応に気を良くした San が NuKuea
に見惚れている隙をついて、俺は咄嗟に走り出した。もち
ろん彼はすぐに気がついて、こちらに向かって飛びかかってくる。
一対一で立ち向かっても勝ち目はない。慌てて防御姿勢をとったが、直後、膝蹴りをくらい、後方に吹
き飛んだ。
「うっ …!ぐ、う …… !」
「何度言えば分かる?お前は俺に勝てない!」
「う、る … さい!!」
力を振り絞った渾身こんしんの一発も軽く薙なぎ払われ、腹筋に何度も拳を打ち込まれた。息ができな

24
い。

25
どうして …
こんなやつに …

伸ばされた手を無理やり掴んで手首に噛みつくと、 はチッと舌打ちをしてまた拳を振り上げた。
San
ーーその時、すぐ背後に来ていた NuKuea
が体当たりをして、不意を突かれた は、いとも簡単に倒
San
れ込んだ。
「やめて …!もうやめて!」
「この野郎!!!殺してやる!!!!」
激怒した San
は俺を庇かばっている NuKuea
に爪を振りかざした。
「 っ …
…… !!!!」
額に汗を滲ませ、苦悶の表情で攻撃に耐える NuKuea
は、必死に俺を庇って地面についた腕を突っぱね
ている。
俺と目が合うと「泣かないで …Hia…
大丈夫、だから」と弱々しく呟いて健気に微笑んだ。
なんて無力なんだ …
何もできない …
悔しい …
好きな人すら守れないなんて ……
「これで最後だ!!!!」
が叫ぶのを聞いて咄嗟に NuKuea
San を抱きしめた瞬間、事態は急変した。
突然、 San が苦しみ出したのだ。
震える両手を見つめて顔を歪ませている。
「なに … なんだ …
これは …どうなっ、て ……
ゔ …
っ!!」
何が起きているのか、俺には分からない。
は俺の胸に顔を乗せたまま、ふぅ、とため息をついた。
NuKuea
「大丈夫ですか? Hia… すごく痛そう …」
「えっ」
ケロッとしている姿に驚いていると、彼はスッと立ち上がって、ズボンについた砂をパタパタと払った。
「クソッ … !!どうなってる!!!うぅ、っ、くるし …い …

「もう喋らないほうがいいですよ、毒の回りが速まるので」
「毒 っ、いつの、まに 」
… …
「あなたがどなたかは存じ上げませんが、もう金輪際こんりんざい、 Hia には近づかないでくださいね」
が「早く帰って傷の手当てをしないと …
NuKuea 」と言って俺を抱き上げる。
わけが分からない。何が起きている … ?
「このまま母のところに行きます」
母 …?こんな状態で … ?
自分の情けない姿を思い出して少し躊躇ためらったが、そんなことを言えそうな雰囲気ではなかった。

26
EP.4

27
もしかしてこのまま歩き続けるのか ?と思った矢先、黒のワンボックスカーが俺たちを迎えにきた。

そして向かった先は、 の実家。郊外にそびえ立つ …
NuKuea 城。いかにも魔女が住んでいそうな外観だ。
は名家出身だったのか …
NuKuea 。
病院の診察室のような場所に通され、しばらくすると女性がやって来た。
「母さん、こちらは僕の大学の 先生です」
Lian
「まあ、先生、こんな遠いところまでわざわざ … 息子がお世話になっております」
「いえ … そんな ……N'Kueaを危険な目に合わせてしまい、申し訳ありません」
「気になさらないで、それよりも傷を見ましょう」
土や砂で薄汚れていたシャツを脱ぐと、 NuKuea はそれを持って部屋を出ていってしまった。
お母さんと二人きり 少し緊張する… …
「 から話は聞いています。吸血鬼に襲われたと …
Kuea 」
「私よりも のほうが酷い怪我を」
N'Kuea
「あの子のことは気にしないで … あら?まだ聞いていなかったのかしら」
不思議そうに首を傾げたお母さんは、チューベローズの能力について詳しく話してくれた。チューベロ
ーズの治癒力はとても優れていて、特に NuKuea の傷の修復はとてつもなく早いそうだ。さすが変異種。
そして、他にも変異種だけが持つ特殊な能力がある。
幻覚作用と、少し気分を悪くさせる作用がある物質を血液中に産生し、その血液を意図的に相手に摂取
させることで自分の身を守っているらしい。これは吸血鬼に狙われやすいチューベローズならではの能
力かもしれない。
さっき NuKuea
は San
に対して毒だと言っていたが、それも幻覚作用を煽るための嘘だったわけだ。
「あの …今更なんですが、お母様は医師ですか」
「ちゃんと医師免許は持ってるわよ」
「いえ、疑っているわけでは …」
「そういうあなたはデイウォーカーね」
「分かるんですか?」
「もちろん、あなたが不摂生ふせっせいしているということまで分かるのよ?有能でしょう?」
図星を突かれ、何も言えなくなる俺を見て、お母さんは軽快に笑った。
「あなたは弱すぎる 栄養不足ね。血液は定期的に摂取してる?」

「 …それは、まぁ、それなりに …」
「私に嘘は通用しないわよ。デイウォーカーだって吸血鬼なんだから、もっと力を出せるはず」
「はい 」…
「栄養剤は投与できるけど、これからのことは Kuea
とよく相談してちょうだい」
相談 …とは。
話の流れからして、血液の摂取のことだと思うけど、お母さんは俺たちの関係に気づいているのだろう
か。
いや、違う。まだ俺たちは、正式には、そういう関係ではない。

にこにこと笑いかけてくるお母さんの視線から逃れるように俺は視線を逸らした。
これから一週間、僕の家で Hia
のお世話をすることになった。
母さんとの約束事は、栄養剤を投与して、経過観察をすること。大学には送迎車で一緒に行って、一緒

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に帰ってくること。一週間ほど経てば彼は本来の力を取り戻しているはず、と言っていた。

29
一週間じゃなくてもいい …
もっと一緒にいたい。
「 、今日からこれを飲んでください」
Hia
マグカップを差し出すと、 Hia は露骨に嫌そうな顔をした。気持ちはわかる。僕もこれを初めて見た時
は少し引いた。
「これは … 何かな …

「栄養剤です。見た目は悪くても、元気いっぱいになる薬だから」
「お母さんが調剤してくれたの?」
「 が」
…Kuea
「 Nu… そんな顔されると …
不安なんだけど」
「薬草の調剤は慣れてるから、心配しないで」
の不安を払拭ふっしょくするために精一杯笑って見せると、彼は意を決してそれを受け取った。少
Hia
しとろみのある緑色の液体。明らかにまずそうだ。
少しだけ口に含んで、彼は驚いたような顔をした。
「ん … 思ったほどじゃない」
「良かった」
「これを毎日飲むんだよね?」
「はい、それから、血液も」
シャツの襟を引っ張って、僕にはもう見えなくなった噛み痕を見せる。吸血された記憶はないけど、体
がそれを覚えているせいか、 Hia に首筋を見つめられてドキドキした。
本当は、栄養剤さえ飲んでいれば問題はない。母さんもそう言っていた。これは、僕の願望だ。
彼に、噛まれたい。彼に、血を吸われたい。
は飲みかけのマグカップをベッドの脇にあるチェストの上に置いて、真剣な眼差しで僕を見つめた。
Hia
「 Nu、それは必要ない」
「どうして?」
「もうこれ以上、俺のために傷つくのはやめてほしい」
「 Kueaは平気。傷なら消えるから」
「体の傷は癒えても、心の傷は癒えないよ」
その言葉を聞いて、気持ちが少し揺らいだ。
は本当に僕のことを心配している。確かに、 P'San
Hia に襲 われ たと きは 、心 底怖 かっ た。 その 恐怖 は
まだ僕を不安にさせる。
「 でも、
… は Hia
Kuea のために何かしたい」
「じゃあ、 … 俺のそばにずっといてくれる?」
「 Hia…」
「 、愛してる」
Nu
「 も、愛しています、 」
…Kuea Hia
手にそっと触れると、すぐに指を絡ませて Hia は嬉しそうに微笑んだ。絡ませた指先が、離さないよ、
と言っているようで、少し恥ずかしくなる。
もっと触れたい。キスしたい。

30
そう思っている僕の目を覗き込んで、 Hia は唇を寄せてきた。

31
「 …ん、 …Hia…」
さっき飲んだ栄養剤の味がする。苦い。
思わず顔を顰しかめると、 Hia はそれに気づいたのか、笑って、また啄ついばむようにキスしてきた。
「 Hia、やめ …
っん …ぅ、んん」
「 Nu… 逃げないで」
太くて逞たくましい腕に抱きしめられて身動きが取れなくなる。逃げるつもりなんてないけど、少し抵
抗すると、 Hia は「もう少しだけ」と言って僕を抱きしめたまま目を閉じた。
僕と同じシャンプーの香りがする髪の毛。指先で梳すいて、そっと撫でてみる。すごく心地が良い。ま
るで、もともと自分の一部だったような、欠けていたパズルのピースがはまったような感覚。
もう少しだけ、じゃなくていい。
僕たちは、ずっと一緒だよ、 。 Hia
翌朝、栄養剤のおかげで体力を回復した は、僕と一緒に登校した。
Hia
去っ てい く送 迎車が 見え なくな る前 に、 待ちき れな かった のか 、 Hia
が僕 の手 を取 って「 明日 から は
が送るよ」と言う。
Hia
「まだ油断は禁物だよ」
「でも、もう随分良くなった」
「どこが?体中、擦り傷だらけなのに 」 …
手の甲にもまだ痛々しい傷が残っている。きっと Hia を追いかけている女生徒たちにあれこれ追求され
るだろう。
追求されるといえば、気をつけないと、僕たちの関係もすぐにバレるかもしれない。ふと我に返って辺
りを見渡したが、まだ朝早いので、教職員の車が数台あるだけだった。
「 Hia…
ここでは今まで通りに、ね」
「どうして?」
「お互いのために、そうしたい」
「 …うん、じゃあ学部までは送らせて」
刺激的な週末を過ごした僕たちは、たった数日で、今まで通りの関係を忘れるくらい親密な仲になった。
それを友だちに知られるのがすごく恥ずかしい。でも、すぐにバレてしまいそうな気がする。
が熱心に僕を見つめているのが、俯いていても分かるから。
Hia
学部まで送ってくれた Hia に小さく手を振って別れた。
離 れて い く 彼の 背 中 をず っ と 見つ め た まま 物 思 いに 耽 ふ けっ て い る僕 の 背 後に 騒 が しい 足 音 が近 づ い
てくる。
「 !どういうことなのよ!」
NuKuea
が興奮した様子で飛びついてきた。
May
もしかしたら Hia と一緒にいたのを見られたのかもしれない。勘繰るように顔を覗き込んでくる May
は知らん顔をする僕を指先で突いた。
「どうして先に帰ったの?」
どうやら は金曜日に行ったクラブでのことを気にしているらしい。僕が May
May たちを置いて先に帰
ったと思っているようだ。実際には P'San に連れ去られていたのだけど。

32
「ごめんね、酔っていたからよく覚えてないんだ」

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「ねぇ、週末は何をしてたの?全然連絡くれなかったじゃない」
「ちょっと …いろいろあって …

「いろいろって?あたしに言えないこと?」
「 …
うん」
僕の様子を見て察したのか、 Mayは大袈裟に「へぇ〜」と頷いてそれ以上は聞いてこなかった。
いつか May
にも話せる日がくるといいな。
幼い頃から、僕は自分のことが嫌いだった。
他の子たちと違うことに気づいて、どうして普通の子に産んでくれなかったの?と母さんに怒鳴ったこ
ともある。でも、ある時、気がついたんだ。この世界には、たくさんの人がいて、みんなそれぞれ違う
って。他の子たちと違っても、いいんだ。僕には僕なりの良さがある。それに、こんな僕を心から愛し
てくれる人がたくさんいる。だから僕は、いつか、僕と同じように悩んでいる子たちの救いになりたい。
僕の力が、きっと役に立つ。
「 Kuea
、朝練始まるから行くよ〜」
「うん!」
そして、僕が愛する、あの人のためにも。
何度叱られたって構わない。
僕は Hia
の、チューベローズだから。
End

34
35
番外 編
ふかふかのベッドが最高に気持ちいい。
帰りたくない。もうこの家の子になる。そんな気分にさせるほど NuKuea
の家は居心地がいい。
それに、 Nu
と寝食を共にして、たくさん話もして、久しぶりに楽しいと思えた毎日だった。
そんな幸せな日々も、今日で終わり。
明日から Nu
がいない自宅の硬いベッドで眠るんだと思うと今から気が滅入る。帰りたくない。
「 、今日はもう飲むのやめる?」
Hia
シャワーを浴びてパジャマ姿になった Nu
が寝室に戻ってきた。途端に甘い香りが室内に立ち込める。
「聞いてる?」
「うーん、飲まなくていいなら飲みたくない」
「じゃあ、やめよっか」
「うん、 Nu
、早くこっちに来て」
栄養剤を飲み始めてから、体調がすこぶる良い。
体力が尽きないし、目は良く見えるし、気力が湧くし、食欲もある。それに、性欲も。これは Nu
がそ
ばにいるからかもしれない。
「んー、 、くすぐったい 」
Hia …
首筋から胸元まで、ちゅっちゅっと音を立ててたくさんキスすると、 Nu
はいつもくすぐったそうに身
を捩よじっている。それがすごく可愛い。
お腹がいっぱいになるくらい甘い舌を舐めて、吸って、しつこく唇を喰はんだ。
酸欠になってぼんやりしている Nu が「ねぇ、 Hia…
」と 囁い てく る。 俺の 肩に 頭を 乗せ て少 し息 を整
えた後、太ももの内側に触れてきた。
「今、誰もいないの」
「ん?」
「この家には、 と、
Hia だけ」
Kuea
それは、つまり … 夜のお誘い … ?
「お母さんは?」
「明日、学会があるからもう出発した」
「じゃあ、本当に二人だけ?」
「うん、 … ねぇ、 Hia、ちょっとだけでいいから」
は俺の手を掴んで、自分の首に押し当てた。頸動脈が熱く脈打っているのを感じる。久しぶりに吸
Nu
血したい欲が湧いてきた。
「 Nu…」
「噛んでくれたら、 にもいいことしてあげる」
Hia
「何でそういうこと言うかな … 」
「だって絶対噛んでくれないし」
「 Nuを傷つけたくない」
「傷ならすぐ塞がるってば」

36
「噛み痕は消えないよ、前のだって残ってる」

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「本当? Kuea
には見えない」
「吸血鬼にしか見えないものなの」
「じゃあ、同じ場所ならいい?傷は増えないよ」
ああ言えばこう言う Nu に痺れを切らして、無理やりベッドに押さえつけた。
「どうしてそんなに噛まれたいの?」
「 …
気持ちよかったから」
「記憶はないはずだけど」
「でも、体は覚えてる。だからそれを確かめたい」
「 …Hia
死なない?」
「毒じゃないから大丈夫だよ」
とうとう言い負かされた俺は、嫌々、 Nu の首筋に舌を這わせる。舐めただけで体を震わせた Nu
は、
その先を期待してか、喉仏を上下させた。
柔らかくて薄い皮膚に食い込む牙の先。
「あ …っ」
吐息混じりの甘い声が聞こえてくる。
もう少し押し込むと、つぷり、と牙が皮膚を貫いた感覚がした。すぐに溢れ出す鮮血。牙を引き抜いて、
一滴も溢さないように口で覆って吸い上げる。
「あ、っはぁ、 Hia…
きもち、い」
それを聞いて、わずかに残っていた理性が散っていった。
最後にひと舐めして傷を塞いだあと、鎖骨や胸骨の上の薄い皮膚を舐め、乳首にも吸いつく。どこもか
しこも甘い。
反対側の乳首を指で少し強めに摘むと、びくん、と大きく体が跳ねた。
「やっ、 …痛い、強くしないで、っ」
「嘘つき」
「んっ、ぅ …!」
「 、さっき言ってた気持ちいいことって何?今してくれる?」
Nu
両方の乳首を指の腹でぐりぐり押しながらそう聞くと、 Nuは唇を噛んだまま何度も頷いた。気持ち良
すぎて声も出せないらしい。そういう反応をされると、もっと虐めたくなる。
俺をベッドに座らせてベルトに手をかけた Nuは、手早くズボンを脱がせたあと、何の躊躇ためらいも
なくまだ勃っていないペニスに顔を寄せた。
「舐めたかったの?」
「ん …」
舌と手を駆使してペニスを勃たせ、咥えこんでいる。
随分慣れていると思ったけど、フェラが上手いわけではなさそうだ。たどたどしい。
「 は誰から教わったんだろうなぁ …Hia
Nu が初めてじゃないんだ?」
「 …
んん、初めて、です」
「初めて?どうやって覚えたの?」
「動画見て」
あぁ、最近の子は、こうなのか。

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動画を見ただけでここまでできるものなのか。 Nu のポテンシャルに感心すると同時に、ホッとした。

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「じゃあ、男の人とするのは初めて?」
「うん は?」
…Hia
「 Hia
は …まぁ、長く生きてるから … 」
それを聞いてムッとした は「初めてじゃないんだ …
Nu 」と小さく呟いて唇を尖らせた。
可愛い。もう随分昔のことなのに … 知りもしない誰かに嫉妬する Nu
が可愛くて、カウパーでベトベト
になった唇に何度もキスをする。
「フェラしてくれた男の子は初めてだよ … 可愛いね、 Nu

「そんなこと言われても嬉しくない」
「どうしたら喜んでくれる?」
は恥ずかしそうに視線を泳がせたあと、何も言わずにパジャマを脱ぎ始めた。俺も同じように着て
Nu
いるものをすべて脱ぎ捨てる。
互いに裸になって、 Nu が俺の上に跨またがった。
「あ、待って、ゴムしてない」
「 Hia
、早く」
ペニスにゴムとローションを纏まとわせると、 Nu は再び俺の上に跨った。もう挿入するつもりなのだ
ろうか。
「ちょっと待って、 、まだ っあ、」
Nu …
言い終える前に、ペニスの先が Nu の中に入ってしまった。熱くて、柔らかい。蠢うごめく内壁を押し
広げて少しずつ入っていく。思ったよりも順調だ。また疑惑が生まれる。本当に初めてなのか?
「ああぁ っ、はぁ、」

気持ちよさそうに眉根を寄せて喉を逸らせている Nu の内腿を優しく撫でると、小刻みに体が震える。
半分ほど入ったところで、お尻を下から支えて、その動きを止やめさせた。
「 Hia
は、 Nu が嘘をついたと思ってる」
「んっ、なんで、止めないで」
「初めてだって言ったけど、それは嘘?」
「嘘じゃない」
「動画を見た、は通用しないよ」
は顔を真っ赤にさせて、俺の手に少し体重をかけている。
Nu
「 …Kueaは …ひとり遊びが、好き」
その言葉の意味を理解するのに、少し悩んだ。
それから、頭の中に、立派なディルドでアナニーをする Nu を思い浮かべて、言葉を失った。
動画でフェラの予行練習をしたと言ったのは、俺のために、じゃなかったのか。日頃から自慰のオカズ
にするのにエッチな動画をたくさん見ているということか。
黙っている俺を見て、 Nu は「 Kuea
だって、好きでこんな体になったんじゃない」と拗すねた。
「 Hia
は、チューベローズの香りを嗅いで、食べたいって思うでしょう?」
「うん」
「それは香りに催淫作用があるからなんだよ」
「うん、それは分かる」
「 Kuea
は特別なチューベローズだから、香りが強くて、それが自分にも影響してるの」

40
つまり、自分の香りで、エッチな気分になってるってこと?そんなことがあるのか …。

41
本当に困っていそうな Nu の表情を見て、少し可哀想な気持ちになった。
「薬草か何かで制御はできないの?」
「母さんのおまじない・・・・・で少し抑えることはできるけど、毎日しないといけないから、 …
負担
になりたくなくて」
らしい優しい考えだ。気持ちは分かる。
Nu
でも、つらい思いをしているなら、俺も助けになってあげたいと思う。
「もしかして、噛まれたいのは、 Hiaが吸血するとそれが少し楽になるから?」
「うん」
「 Nu、大事なことはもっと早く言って」
「言えると思う?エッチな体を持て余してるから、噛んで欲しいって」
「いや、もうちょっと違う言い方あるでしょ」
「ねぇ …Hia
、もうこの話は終わりにしよう?」
がまたお尻を支えている俺の手に体重をかけてきた。少しイタズラしたくなって、パッと手を離す
Nu
と、途端に支えを失った Nu を、勢いよくペニスが貫いた。
「あーーーっ!!!!」
貫かれた衝撃で、 のペニスから、ぴゅるっと精液が少し飛び出す。びくびくと体を痙攣させて前屈
Nu
みになる Nu
は、俺に腰を鷲掴みにされて、震える声で「待って …
」と囁いた。
「 を軽く見てると痛い目にあうよ、 Nu
Hia 」
「 …
ん、ぅ … 」
熱に浮かされた瞳の奥に、燃え盛る欲望が見える。
「 Hia…」
「動いてみて」
「ひどい、っ、んっ」
「ごめんね、でも 気持ちよかった?」

ゆっくり腰を前後に揺らす Nu のお尻の肉を掴んで、むにむにと優しく揉んでみる。
こんな刺激じゃ物足りないんじゃない?
いつもはどんな風にアナニーしてるの?
頭の中に浮かぶ言葉を口にするのは少し憚はばかられた。変態すぎる。でも、すごく気になる。好きな
子がエッチだと、興奮するから。
「 Hia
、気持ちいい?動いてもいいよ … 」
「もう満足した?」
「ん …疲れちゃった」
体勢を変えて今度は をベッドに仰向けに押し倒した。亀頭までペニスを挿入して前後に動かしてみ
Nu
る。カリ首が引っ掛かるたび、 Nu は気持ちよさそうに声を上げた。
「あっ、あっ、だめ、それ … っ」
「ん?」
「抜けちゃ、う … だめっ」

42
「大丈夫だよ、 Nu が Hia
を離してくれないから」

43
絡みつく内壁が時折ギュっと締まるのがすごく気持ちいい。
「 」
Hia…
伸ばされた手に指を絡めて繋いだ。そのまま Nu の頭の上に手を押さえつけて唇を重ねる。角度を変え
て、何度も、何度もキスをした。
息継ぎをする一秒さえ惜しい。心の底から愛する人とキスをするのがこんなに気持ちいいことだったな
んて知らなかった。セックスも、吸血の延長線上にあるただの性欲処理だと思っていた。
何百年も生きているのに、俺は、本気で誰かを愛したことがなかったから。
「ん っ、 Hia…
… もっと …

離した Nu の手が背中を這っている。
肩甲骨や背骨を撫でる指先が、腰のラインをたどり、腹筋の凹凸に触れ、盛り上がった肩の筋肉を掴ん
だ。気持ちいい。もっと触ってほしい。
腰を引いて勢いよく押し込むと、パン!と肌のぶつかる音がした。それを何度か繰り返しているうちに、
は、うわごとのように「気持ちいい …
Nu 」と呟くだけになった。
ドロドロになった Nu のペニスから溢れるカウパーで臍へそのあたりは水たまりのようになっている。
「あっ、あぁ … もう、だめ … 」
「 Nu…イキたい?」
「 …Hia……っ」
前立腺のあたりを集中的に擦るようにして突くと、 Nu は体を震わせながら声にならない声で喘いだ。
勢いのない射精。トロトロと精液が溢れるようにして出てくる。それを全部押し出そうとペニスを強め
に握ると、 は嫌がるように俺の手を弱々しく掴んだ。
Nu
「あぅ …ぅ、やめ …て、やだ …」
「まだ出てるよ」
「ひ、ぁ …いじわるしないで … っん」
精液が出きったのを確認して手を離した。全身の筋肉が弛緩しかんして、 Nu はぐったりしている。
俺はというと、遅漏ちろうなので、まだ勃起していた。もう少し楽しみたいけど、これ以上 Nu に負担
を強いるのは良くないと思う。
「 Nu
、抜いてもいい?ちょっと辛いかもしれないけど、我慢して」
まだ太くて硬いペニスをゆっくり引き抜いていく。
敏感な中を刺激されて、 はそれを嫌がった。
Nu
「だめ、まだ、動かないで … っ、 Hia
、あっ」
「ごめん、 …っ!」
思い切って一気に引き抜くと、 は体を震わせながらのけ反った。
Nu
怒っているのかもしれないけど、エッチな顔をしている Nu を見てペニスを扱しごく。可愛いピンク色
をした乳首に擦りつけたり、 Nu の小さな手を借りたりして、数分後、ようやく俺も射精した。
脱いだ下着を拾って履いている の背中に、塞がった傷痕が見える。あんなに深く傷ついていたのに。
Nu
無数についた傷痕を指先でそっとなぞると、 Nu
はくすぐったそうに身を捩った。
「こんなに早く消えるのか …
信じられない」

44
「もう少ししたら綺麗になるよ」

45
「 …Nu、ごめん」
「 のせいじゃない」
Hia
「でも …Hia が San
を引き寄せたから …」
「ううん、違うの」
は「 Hia
Nu を意識するようになってから香りが濃くなった」と言った。
お母さんに忠告されていたのを無視してクラブに行き、そして、まじない・・・・の指輪で隠しきれな
かった香りを嗅ぎつけて San がやってきた。だから襲われたのは自分のせいだと思っている。
「 …じゃあ、おあいこだ」
「うん」
「おいで、 Nu 、ハグしよう」
そう言って両手を広げると、ベッドの上にあぐらをかいて座っている俺に乗り上げて、まるで小さな子
供のように抱きついてくる。
「気持ちよかった?」
「 …ん」
「 Nuの相棒よりも良かった?」
「もう、どうしてそういうこと言うの」
「これからは遠慮しないで Hia に言って」
は両手で俺の頬を挟んで、突き出した唇にちゅっと口づけてきた。恥ずかしいのか視線を合わせて
Nu
くれない。どうしてこんなに可愛いのだろう。愛おしい。
まだ頬から手を離さない Nu を強く抱きしめて顔を寄せた。
「ん〜、キスさせて」
「 」
Hia…
腹に押しつけられている の下半身に違和感を感じる。それから、漂ってくる、いつもの甘い香り。
Nu
急に人が変わったようにエッチな顔をしている Nu の腰を抱き寄せて「また?」と囁いた。
「足りなかったの?」
「ん … 」
そっと押し付けられた額。触れた鼻先。伏せられた瞼まぶたの縁で震える睫毛。誘うように手首から二
の腕までなぞっていく指先を肌で感じながら、思わず生唾を飲み込んだ。
「噛みたい … ?」
「それはできない、いくら少量でも体が辛くなる」
「でも、 は」
Kuea
「気持ちは分かるけど … 」
の底なしの欲求に応えることはできないし、吸血だって無限にできるわけでもない。
Nu
家の中は安全だけど、一歩外に出れば、他の吸血鬼にすぐ目をつけられるだろう。俺と一緒にいたら、
逆に を危険に晒してしまうのかもしれない。
Nu
「 Hia…何を考えてるの?いやだよ、 Kuea
は Hia
とずっと一緒にいたい」
「落ち着いて」
「でも、 噛んでほしい、食べられたいってすぐ思っちゃうから、抑えられなくて …
… どうしよう、 Hia…

こんなことを言われて嬉しくないわけがない。本当は Nu の気が済むまで抱いてあげたい。体力ならま

46
だ有り余っているし、こんなにエッチな Nu を目の前にして勃たない男なんていない。

47
「もう明日から Hia はいないんだよ?どうするの」
「 帰らないで …
… 」
「 Nu…ずっとそばにいてあげたいけど、一人の時は自分の身は自分で守らないといけないよ」
「それくらいできるって知ってるでしょ」
「そうじゃなくて、吸血鬼以外にも、 Nu を狙ってる男はたくさんいるってこと」
薄い布越しに勃ち上がった Nu のペニスを掴んで「こんなふうにされたら、どうするの?」と囁いて、
親指の腹で先っぽをぐりぐり刺激した。
「あっ、あ ! Hia
… 、だめ、気持ちいい …」
「抵抗して、 Nu 」
「や、だ …… あぁ、んっ」
力の入っていない手で俺の肩を押し返してくる。抵抗する気がないのは一目瞭然だが、本当に、変態に
でも襲われたらどうする気なのか。俺の目の届かないところで、 Nu はきっと、俺のことを考えて、色
気を振り撒いているかもしれない。心配だ。
目の前にある乳首に吸いついて、じゅっと音を立てると、 Nu はびくびく体を震わせてのけ反った。尻
の谷間に這わせた指先で、布越しに、まだ柔らかい窄すぼみを揉みほぐす。
乳首に吸いついている俺の顔を両手で挟んで無理矢理上を向かせた Nu は、懇願するように「欲しい」
と小さく呟いた。
「お願い、 」
Hia…
「 Hia
も協力するから、制御できるように色々試してみよう。 Nu もず っと ムラ ムラ して るの は嫌 でし
ょ?」
「うん」
「お母さんにも相談してみるよ」
「じゃあ、もういい ?」 …
せっかく履いた下着を脱いでコンドームの袋を破いている Nu を眺めながら、最後の栄養剤を飲んでお
くべきだったと後悔した。
「 Kueaは Hia
だけのものだって、刻んで」
途端に濃くなるチューベローズの香り。
無意識のうちに目の前にある Nu の首筋に牙を突き立てていた。
もういっそのこと、飲み干してしまおうか。
そうしたら、 Nu を誰にも奪われはしない。
いつの日か訪れる終わりに怯えることもない。
「 おいしくなかった?」
Hia…
不安が伝わったのか、 Nu が心配そうな顔で優しく頭を撫でてくれる。涙が出そうになった。遠い昔に
亡くした母を思い出したからだ。
「大丈夫だよ、 Nu 、でもちょっとだけ休ませて」
の胸に頬を押しつけて目を閉じた。
Nu
長い間忘れていた感情。心地良くて、安らげる場所。
お互いに求め合うのは、吸血鬼とチューベローズだからかもしれない。でも、二人の間に愛は確実にあ
る。だからこそ、俺達はこれから吸血鬼とチューベローズの関係性が変わっていくことを望んでいる。

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お互いを理解し、尊重し合い、愛し、誰もが幸せになれる、そんな未来への道を、俺達はもう歩き始め

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ているんだ。
あとがき
の鍵アカで公開していたシリーズの後編+番外編 (R18)
Twitter です。
シリーズ完結しました。読んでくださった皆さん、いいねやブクマもありがとうござい
Mutualism
ました!
そして、前編に設定したアンケートに参加してくださった皆さん、ありがとうございました!今後
の参考にさせていただきます!
次のシリーズはまた長編になりそうな気がするので、投稿まで期間が空いてしまうと思います…。
その間、 創作は不定期で鍵アカに投稿しています。
znn
こちらは nmmn のため支部への投稿はしません。興味のある方はフォロリクしてくださいませ!

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51
元サイト

著者名 em
発行日 2023 年 8 月 6 日
印刷 kanami
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この本は pixiv にて公開されたものを書籍化したものです。


二次転載などはご遠慮ください。

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