You are on page 1of 12

放牧養豚の見学

-見学の記録と循環型畜産の持続可能性考察-

【見学の背景と目的】
この資料は、(有)えこふぁーむ(以下、えこふぁーむ)を見学した際の記録
と考察をまとめたものである。えこふぁーむは、肉豚の放牧と豚肉・加工製品
の販売を行う鹿児島県肝付町の企業である。放牧養豚は全国的にみても珍しい
畜産形態と言え、その仕組みに以前より関心があった。今回の見学の目的は、
放牧養豚の仕組みを理解すること、および循環型畜産の持続可能性を考察する
ことである。

【放牧養豚の概要-なぜ循環型畜産と呼べるのか-】
放牧養豚とは、耕作放棄地や杉の伐採跡地などの遊休地で肉豚を放牧する畜産
形態である。豚が遊休地の雑草を食し土を耕すため、放牧によって荒廃遊休地
の草地更新が可能になる。飼養期間を終えた放牧地はその後、畑や水田として
利用し無農薬の野菜や飼料米の生産を行う。また、連続して放牧を行うことも
ある。
長年にわたって放棄された耕作地には藪が生い茂り、人力での草地更新が難し
い。そこに豚を放牧することで、安全に草地を更新し、同時に肉豚を生産する
ことができる。また、豚の糞尿はそのまま土の堆肥となるため放牧後、無農薬
の農産物生産が可能になる。さらに、えこふぁーむでは地域の生ごみの飼料化・
広葉樹植林による山の再生に取り組んでいる。
この畜産形態の特徴は、遊休地の草地更新と有効活用・有機物資源の飼料化・
豚糞尿の堆肥化・放牧後の農産物生産を一連で行えることにある。一連の流れ
の中で農村環境の保全や飼料の自給、糞尿の資源的活用を可能にする放牧養豚
は効果的な循環型畜産と言えるだろう。

放牧養豚の循環イメージ

生ゴミ 荒廃した遊休地

食品 飼料
肉豚の放牧

草地更新・糞尿堆肥化
農産物 肉豚

堆肥 無農薬農産物
【本資料について】
この資料の重点は、循環型畜産の持続可能性を探ることに置かれている。ここ
での「持続可能性」には、地域環境への低負荷という一般的な意味だけでなく
生物多様性の保全、経営の安定化、公衆衛生への配慮をも含む。次の【見学の
記録】の章で、これらキーワードに深くかかわると判断した内容には緑色線を
引く。

【見学の記録】
この章では見学で見聞きした内容を箇条書きでまとめる。前述の通り、「循環
型畜産の持続可能性」を探るにあたって重要と判断した内容には緑色線を引く。
なお便宜上、QandA形式の記述方法をとる。
-目次-
①飼養方法
②飼料の工夫
③多様性と地域環境の保全
④防疫の手段
⑤周辺地域の活性

①飼養方法
Q:放牧地の総数とその状態は?
・放牧地は計6区あり、自動車で5~10分の範囲に点在している。
・放牧地内の牧区はソーラーバッテリーを利用した電気柵で囲まれる。

Q:給餌、給水はどのように?豚が休めるような小屋はあるか?
小屋内の給餌箱に1日1回の給餌を行う。給水は欠かさないよう注意を払う。
豚の休憩小屋は設置していない。(ただし、給餌用の小屋が休憩小屋を兼ねて
いる牧区もあった)

Q:放牧に向くのはどのような土質か?降雤の影響はあるか?
・砂地で排水の良い土質が放牧に向く。ぬかるみの多発は放牧地環境の悪化に
つながるが、小規模少数のぬかるみであると豚は好んでヌタウチをする。
・梅雤などで多量の降雤があるとぬかるみが発生するが、放牧地から水が溢れ
ることはないため対策はとっていない。
Q:豚を放牧するこつは?
大きな放牧地に多数頭を入れると豚が集まり、草地更新が限局的になってしま
う。放牧する際は、放牧地を区分けし少数頭ずつ入れることが重要。
結果として、効果的な草地更新が可能になる。

効果的に草地更新できる放牧方法
更新される草地 豚が立ち入らないため
更新されない草地

Q:出荷までの飼養期間と出荷後の豚肉販売方法は?
おおよそ 14 か月 140kg で出荷・屠殺し、枝肉を引き取る。その後、精肉・加工
品(ハム、ソーセージ)として一般に販売する。また、えこふぁーむ所有のレ
ストランでこれらを提供している。
(参考:一般的な養豚の飼養期間は枝肉評価の規格に基づくため、115~120 日
110~120kg である。)

Q:通常より飼養期間が長い理由は?
豚が放牧地で活発に運動するため、飼料要求率が高く飼養期間が長くなる。
(えこふぁーむが経済効率を優先しないため、とも言えるだろう)

Q:通常より出荷時体重が重い理由は?
さまざまな出荷時体重の豚を食べ比べてみた結果、体重 140kg で屠殺した豚が
一番おいしいと感じたから。
(自社販売しており枝肉評価の規格を無視することができるため、とも言える)

Q:販売価格は通常より高いのか?
精肉・加工品を併せて考えると、枝肉を通常の3倍の末端価格(12~15 万円)
で販売している。この末端価格で販売できるため、飼養期間が長くとも pay で
きる。
(参考:豚の枝肉は約 78kg、枝肉価格は約 400~520 円/kg→4万円程度が相場)
②飼料の工夫
Q:有機物資源の飼料化の方法は?
生ゴミやおからを加熱処理(80℃)

40℃まで冷却

乳酸発酵

単味飼料を添加(とうもろこし、大麦)

(防腐剤などの添加剤は使用せず)

完成!

Q:飼料を乳酸発酵する効果は?
・発酵により飼料の pH は 4.0 以下になるため腐敗しにくい。
(夏季の密閉保管で2週間保存可能)
・豚の糞臭が大幅に軽減される→周辺の地域住民が悪臭を感じにくい。
(乾燥した糞を手にとって嗅いでようやくわかる程度に臭気が抑えられている)

Q:食品残渣飼料に利用価値はあるか?また、持続的に利用するためには?
・穀物価格が上がり飼料自給体制の強化が求められている現在、食品残渣飼料
や自家生産する飼料米の利用価値は高いと言える。
・持続的利用のためには、肥育ステージに応じた飼料の栄養設計および原料の
有機物資源の安定供給が必須である。

③多様性と地域環境の保全
Q:草地更新の手順は?
遊休地→放牧→(14 カ月飼養)→雑草除去・土の耕し→整備
を行った後、連続して豚の放牧・畑として利用・土壌窒素濃度調整のため休耕
のいずれかを行う。

Q:放牧を連続で行うと土壌の窒素硝酸態濃度が高くならないのか?
土壌分析をしながらバクテリアによる土壌の自浄作用を見極め、放牧適性密度
を設定・厳守することで窒素濃度が高くなり過ぎないように注意を払っている。
(えこふぁーむが放牧に用いる土壌での適性密度は 200 ㎡以上/頭)
Q:糞尿処理に法的規制はないのか?
飼養頭数が 99 頭以下/牧区であれば関連法規の適用外となる。
(生産者の高い意識が求められる)

Q:家畜と地域住民との距離が近づくが、人へのズーノーシス感染(例えば、
日本脳炎、インフルエンザ)の危険性は?
住民が放牧豚と濃厚接触する機伒は少ないため危険性は低いと言える。また、
密飼いでないためウイルスを排出したとしても濃度は低く抑えられる。

Q:放牧をすることで周辺農地の獣害への効果はあるのか?
・テンやタヌキ、イノシシを見かけることはあるがもともと獣害の少ない地域
であるため放牧による効果は証明できない。
・ただし、イノシシを見かける頻度は下がったと感じる。
獣害への効果(イメージ)

周辺農地
放牧地
(豚)
× 山林
(野生動物)

④防疫の手段
Q:外部からの病原体に対してどのような対策が可能か?
・当然、ワクチン接種は行っているが、放牧という飼養形態ゆえに対策には限
界がある。(消毒槽や専用の長靴・防護服は用意せず)
・周囲に池(人工用水池)があり、放牧地への野鳥・ネズミの侵入は容易。
・血液検査による疾病モニタリングは行っていない。

Q:放牧豚が疾病に罹患する確率は高いのか?
・事故率 約 0.5%(年間1~2頭)と疾病に罹患する確率は低い。
(参考:一般的な養豚場の事故率は3~4%程度)
・事故率が極端に低い理由は、わからない。放牧による免疫力増強がある?

Q:オールインオールアウトは可能か?
郡単位の飼育・豚房の移動がないため、そもそもオールインオールアウトの概
念がない。
⑤周辺地域の活性
Q:耕作放棄地の多発地帯と畜産(放牧)適性地はリンクするのか?
・耕作放棄地:土質の問題で放棄されることよりも、生産者の高齢化や「場所」
の問題(例えば、棚田・機械が入れないような山奥)が原因で放棄されること
が多い。
・畜産適性地:家畜の管理においても、「場所」が悪いことは欠点でしかない。
・したがって、耕作放棄地と畜産適性地はリンクしないと言える。ただし、急
峻な土地や山奥であっても放牧自体への悪影響はなく、豚の行動・肉質に影響
しない。
・管理効率を上げるためには、放牧地の集約が必要と言える。

Q:どのような豚を放牧している?
最初に放牧した豚は、鹿屋市(肝付町と隣接)の養豚場から譲り受け、その後
も地元の豚を購入、また自家生産している。

Q:その他、周辺地域とのかかわりは?
・産業廃棄物(おから)や地元老人ホームから出る生ごみを飼料原料として活
用している。
・レストランを併設し、定期的にイベント(豚の解体とソーセージ作り・農作
業体験)を実施することで都農交流を促進している。

【考察】
この章では見学を通した私見を述べた上で、循環型畜産の持続可能性について
考える。

放牧養豚の特徴は一連の流れの中で、農村環境の保全・周辺地域から出る有機
物資源の飼料化・糞尿の資源的活用・放牧後の農産物生産を行えることにある
と前述した。これらは現代の農業に求められるニーズの一部に合致しており、
評価されるべきである。放牧養豚が正当な評価を受け社伒的に認識されれば、
全国的に増加している遊休地の解消に向けた有効な一手として間違いなく取り
上げられるだろう。
一方で、その飼養形態ゆえに防疫手段に限界があること、また放牧地が地域レ
ベルでの疾病感染源となり得る危険性についても目を向ける必要がある。野鳥
やネズミとの接触が伝染病感染の要因となることは周知の事実であり、周辺道
路から無消毒で放牧地に入れることを併せて考えると常に伝染病の危険と隣り
合わせだと言える。同様の観点から、放牧は近隣農場へ病原体を拡散させやす
い飼養形態だとも言える。さらに考えたくはないが、伝染病テロの格好の“餌
食”となってしまうことも事実である。
こういった防疫・公衆衛生面での弱点を補える手段-たとえば定期的な抗体価モ
ニタリングや周辺道路との境界明瞭化-を講じなければ放牧養豚の発展は難しい
のではないだろうか。

考察のまとめとして、循環型畜産が現在の日本で持続・発展できるためのヒン
トを考える。日本の循環型畜産は、放牧や食品残渣の飼料利用、糞尿の資源的
活用、飼料穀物の生産などをさまざまな形で組み合わせて行っている。確かに
こういった畜産形態は“環境にやさしい”と歓迎される。だがその一方で糞尿
による土壌汚染の危険や伝染病のリスク、飼料自家生産と給不の難しさ、安定
経営の難しさを同時に抱えている。循環型畜産が持続・発展できていない原因
は、その障害の多さにあるのではないだろうか。
では、障害を乗り越えるためのヒントを考えてみよう。
・生物多様性と地域環境の保全を科学的に保証する
→定期的に土壌分析を行い、データを蓄積・分析することで環境の保全を科学
的に保証する。
・放牧地では疾病モニタリングを定期的に行う
→抗体価の推移を把握することで疾病のコントロールを行うともに、丌顕性感
染での病原体拡散を阻止する。
・自家生産飼料の客観視
→食品残渣由来の飼料や生産した飼料穀物を栄養学的に分析し、家畜やそのス
テージに応じて飼料を設計する。
・消費者を知り、ニーズに応じる
→循環型畜産に価値を求める消費者をターゲットとする。同時に都農交流を促
進し、消費者意識と需要を知る。一次産業(生産)、二次産業(食品加工・肥
料生産)、三次産業(農産物流通・情報とサービスの提供)を足し合わせた「農
業の六次産業化(1+2+3=6)」も有効な手段。
・経営リスクの分散化と明瞭なビジネスモデル
→組合を組織することでリスクを分散させ、同時に放牧地を確保する。また、
“儲かる”モデルを作り明文化することで循環型畜産の裾野を広げる。
・放牧地の集約化
→集約された放牧地を確保、または点在する放牧地の集約化で飼養管理を容易
にする。
・有機物資源の安定確保
→人間活動に依存するところが大きい有機物資源を安定して確保するため、周
辺施設と協働する。生産した農畜産物を協力施設へ提供することで循環の輪が
維持できる。

私が思いつくヒントはこの程度だが、有識者が意見交換すればより具体的で効
果的な方策が出てくるだろう。循環型畜産の従事者・研究者のネットワークを
作ることが持続・発展に向けた最大のヒントなのかもしれない。

【おわりに】
今、畜産分野はさまざまな課題 -世界的な穀物価格上昇、農村環境の崩壊、農産
物の輸入自由化、耕作放棄地の増加..- を抱えている。これら課題を目前にして
石地蔵のごとく動かぬままでは日本の畜産業は衰退の道を歩むだけだろう。現
代のニーズに応え得る新たな畜産が求められていることは間違いない。
もちろん循環型畜産が目前の課題をすべて解決できる魔法の畜産だ、と主張つ
もりはない。しかし循環型畜産の意義を考え、利点と欠点を認識し、持続・発
展に向けたアイデアを発散させることは後代への大きな財産となるのではない
だろうか。もしこの資料をご覧になった従事者・研究者の方がいれば、データ
の蓄積と国内ネットワークの形成を私は期待したい。

【放牧養豚の様子】

併設されたレストラン
レストランを訪れた客を迎えてくれる

好奇心旺盛な子豚

奥は放牧前の遊休地
手前は放牧後、畑として利用している土地
遊休地には腰の高さほどの藪が生い茂る

放牧により草地更新、畑としての利用が可能になる

ソーラーバッテリー

放牧区は電気柵で囲まれる
休憩もできる広い給餌小屋が設置された放牧区もあった

生ゴミ、おからを利用した発酵飼料(とうもろこし、大麦なども加える)

加熱処理後、発酵したおからと単味飼料を混ぜるための槽
(肥育ステージに応じて生ごみと単味飼料の配分が異なる)
急峻な土地でも放牧できる

急峻な土地で放牧される豚

放牧地の周辺では野鳥を数多く見かけた

文責:藤田祐一(鹿児島大学)
E-mail:fujitayuichi@live.jp
見学先:有限会社 えこふぁーむ( http://www.eco-pig.net/ )

You might also like