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日本における地方都市型ジェントリフィケーション
日本における地方都市型ジェントリフィケーション
3 2015年 10月
Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.50 No.3, October, 2015
日本における地方都市型ジェントリフィケーションに関する試論:石川県・金沢市での再投資と「目
的地化」の地区分析から
What is the Japanese "Gentrification" in local cities?: Analysis of Reinvestment and "Destination Culture" in
Case Study Areas of Kanazawa, Ishikawa.
内田 奈芳美 *
Naomi Uchida*
This paper discusses what the Japanese "gentrification" is in local cities in Japan. The term
"gentrification"has been debated and there are two major analysis; One is production side, and the
other is consumption side. I pick a case study city, Kanazawa, Ishikawa prefecture to investigate
what is happening in the area by using the gentrification debates as criteria. The criteria of
production side is the situation of reinvestment, and the one on the production side is the degree of
"destination culture". I choose two case study areas, and found that the size of reinvestment affected
the property value, and vise versa, and also affected the quality of place as a destination.
Keywords :Gentrification, Local cities, Destination Culture
ジェントリフィケーション、地方都市、目的地文化
1. 研究の背景と目的 ることを目的とする。
「ジェントリフィケーション」は都市部の変化を示す言 ジェントリフィケーションの背後にある原動力を分析す
葉であるが、その定義や位置づけはこれまでに論議を呼ん る論説について、大きく二つの流れがある。まず、生産サ
できた。1964 年にイギリスの社会学者であるルース・グ イド3)からの説明として、ニール・スミスの論説のよう
ラスが最初にこの言葉を用いたと言われている。彼女はジ に実際の地価と活用した場合の場所の価値の価格差を背景
ェントリフィケーションの意味を「古い住宅の復旧、賃貸 として再投資が起こり、人々ではなく「資本」の都市への
から所有という不動産権利の変化、不動産価格の上昇、中 回帰運動としてジェントリフィケーションが発生するとい
産階級の流入による労働者階級の立ち退きといった複雑な う論説がある 4)。一方で、消費サイドからの説明として、
都市のプロセスである」1) とした。これらの言葉の由来か デヴィッド・レイはニール・スミスの仮説を否定し、 「新
ら、しばらくは住民の立ち退き、居住の変化を指す言葉と しい中産階級は多様性、歴史感覚、景観のアメニティとい
して用いられてきたが、2000 年にはニール・スミスはこ ったものに起因するような場所を探して動く」5) と論じて
の言葉の意味について、 「都市中心部における資本の再投 いる。また、ジェントリフィケーションが起きた結果どう
資」であり「これまでは居住的な側面から用いられてきた なるか。居住以外の土地利用の流入の結果として、シャロ
が、今では変わってきている。ジェントリフィケーション ン・ズーキンは新しい中産階級が流入し、建物の再利用を
という言葉自体が進化している。 」としている 2)。よって、 行うジェントリフィケーションの動きがインナーシティの
本研究ではこのような言葉の使われ方の変化に基づき、 「ジ イメージを変え、消費のための場所としての「目的地文化
ェントリフィケーション」という言葉を、単に居住の高級 (destination culture)
」という新しいイメージを付け加えた
化を意味するものから範囲を拡げ、社会状況に呼応した都 と指摘している 6)。このように、ジェントリフィケーショ
市変化を記述する概念として捉える。その上で、本研究で ンという言葉を巡り、 その背景にある原動力について、
様々
は日本における地方都市型のジェントリフィケーションに な説がこれまで設定されてきた。これらの既往研究から本
着目して「ジェントリフィケーション」の定義の仮説をた 論文では、方法としての再投資と、結果としての地区への
て、その仮説をケーススタディから実態を踏まえて検証す 目的地文化の付加(以下この現象を「目的地化」と呼ぶ 7))
の両側面から設定した対象都市のケーススタディ地区の地
ジェントリフィケーションの原動力
生産サイド:
域変化を読み取ることで、ケーススタディベースでの日本
消費サイド:
地代格差を見越 場所の
した「資本」の アメニティ 言葉の定義
におけるジェントリフィケーションの実態を明らかにす
回帰 連動
Neil Smith Devid Ley 居住の高級化 Ruth Glass る。本論では日本の中でも特に地方都市型のジェントリフ
定義の拡大
Neil Smith
居住以外の土地利用
ィケーションを対象とする。 その理由は以下の通りである。
方法:再投資 結果:目的地文化の付加
Sharon Zukin 第一に日本の地方都市における新たな中心部回帰の動きで
プロセス
ある。これは既往研究 (6) でも今後の日本におけるジェン
図 - 1 「ジェントリフィケーション」 に関する議論
トリフィケーション研究の視点として挙げられていたが、
* 正会員 埼玉大学 人文社会科学研究科 (Saitama University)
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城下町の中心からは距離があり、現在も中心の商店街ネッ
新竪町3丁目 トワークからは外れているが、 近年町家への再投資が進み、
新たな観光エリアのひとつとして着目されている地区であ
図 - 2 ケーススタディ地区19) る。この二地区について、 評価指標を用いて分析を行った。
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4.研究方法 二地区について評価軸に従って分析を行った。
各地区について、 「再投資」 ・「目的地化」に関する評価 5−1.東山ひがし地区
を行う。各地区の評価材料は表−1の通りである。それぞ (1)評価軸による分析(図−3)
れについて、以下のように調査を行った。 a) 再投資:a)-1 地価の変遷比較:最も近い幹線道路沿
20)
A) 路線価調査 B) 登記簿調査:2014 年 10 月〜 2015 年 い(図−3地点 A・国道 359 号線)と東山ひがし地区(地
3 月にかけて登記簿データを調査した。C) 住宅地図調査 点 B 〜 D)の路線価を比較した 25)。地点Aと東山ひがし地
21)
D) 文献調査:石川県最大の地方紙である北國新聞と全 区の路線価は、1992-1993 年にピークを迎えた。2014 年
国紙である日本経済新聞の地区に関連した過去の記事を 時の地点Aの路線価はピーク時の 0.15 倍にまで落ち込ん
調査した。E) ガイドブックの調査:各地区に関する記述 だ一方で、東山ひがし地区内のメインストリートである地
を、エリアイメージを反映する「紹介フレーズ」と用途変 点 B の路線価は、2006 年に底を打った後価格上昇を続け、
化を示す「スポット紹介」に分類し、データベース化した 指定容積率は地点 A よりも低いにも関わらず、ピーク時に
14)
F) ヒアリング:金沢市の関係部局へのヒアリングを行 は 2.65 倍の価格差があった地点Aの路線価と 2007 年か
った 22)。G) 現地調査:データの収集に加えて現地調査を ら完全に逆転していることが分かった。
2014 年4月〜 2015 年2月にかけて行い各データとのすり a)-2 土地の売買と用途変化:登記簿・住宅地図調査に
あわせを行った。 ついては、路線価が最も上昇している東山ひがし地区のメ
インストリート沿いの街区において行った。 (図−2)その
表 - 1 評価指標 結果の分析として、次の四点が挙げられる。
評価軸 指標と評価材料 (1) 売買の波:売買の波として、2001 年以降3度の山
a) 再投資 a)-1 地価の変遷比較 がある。一つは、重伝建指定後の 2002 年である。次に、
A) 路線価調査
a)-2 土地の売買と用途変化 2007 〜 2008 年、そして新幹線開通直前の 2012 〜 2014
B) 登記簿調査
C) 住宅地図調査 年である。これらの動きと連動するように、地点 B の路線
D) 文献調査 (新聞記事等) 価は 2007 年から少しづつ上昇を続けている。
G) 現地調査
a)-3 売買を伴わない用途変化 (2) 用途変化:2013 〜 2014 に売買されたものはデータ上
a)-2 と同様
住宅の用途のままとなっているが、それ以前は売買を伴う
b)-1 エリアイメージの変化 場合、 住宅のまま保たれることは少ない。パターンとして、
b) 目的地化 E) ガイドブックの変遷調査
b)-2 紹介スポットの変化 一度空き家になった後、数年後住宅以外の用途になるとい
E) ガイドブックの変遷調査 う事例が3軒ある。また、茶屋であったところは売買され
表1は「評価指標」を示す。まず「a) 再投資」について、 た場合、全て物販・飲食店等に転用されている。
以下のように三つの指標を設定した。 (3) 県外資本の流入:2007 年以降県外の土地収得者がみ
a)-1 地価の変遷比較:A) 路線価のデータを用いて場所 られる。
の需要を示す指標の一つである路線価の変遷を分析する。 (4) 敷地規模 26) の大きさ:100 平米以上の敷地規模のも
a)-2 土地の売買と用途変化: 「再投資」としての売買を のも売買の対象となっている。
伴う用途変化について、B) 登記簿調査により土地の売買 a)-3 売買を伴わない用途変化:住宅・茶屋から物販な
の実態を把握し、C) 住宅地図調査によって用途変化を明 どへの用途変化は主に重伝建が指定された 2001 年以降に
らかにする。C) で用途変化が明確でない場合、D) の文献 行われている。
調査・E) 現地調査によってデータを補完する 23)。 b)「目的地化」 :b)-1 エリアイメージの変化:エリアイ
a)-3 売買を伴わない用途変化:テナントとしての入居 メージについては「ひがし茶屋街」の紹介フレーズを抽出
など、a)-2 より小規模の再投資の実態として、a)-2 と同 した。変化は三段階に分類される。
様のデータ分析を行う 24)。 ・第一段階「 『目的地化』以前」 :まず 1968 年の時点では
次に「b) 目的地化」について二つの指標を設定した。 目的地として取り上げられていない。1970 年代になり、 「旧
b)-1 エリアイメージの変化:E) の調査を用いて、各ケ 東の廓」として登場するが、その中では近年になって女性
ーススタディ地区が取り上げられたページで用いられてい も行く場所となったとの表現がある。 (図 - 3)
た紹介フレーズを、地区のイメージを表すものとして変化 ・第二段階「情緒というイメージ形成」 :「花街」というイ
を分析する。 メージのもと、1987 年の段階では「格の高さ」という言
b)-2 紹介スポットの変化:E) の調査を用いてケースス 葉があるが、情緒を感じられる場所としてのイメージ形成
タディ地区内に含まれるガイドブックで取り上げられてい が始まった。
たスポットの紹介数、及びスポットを明らかにし、変遷に ・第三段階「ハード面の観光基盤によるイメージ形成」 :
ついて分析を行う。 2000 年代に入り古い建物への再投資が紹介され始めた。
現在は「乙女」や「フォトジェニック」という言葉が多用
5.地区のケーススタディ されている。また、 「情緒」 イメージの魅力と共に 「町家」
「茶
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屋建築」などハード面の魅力が強調されており、既存の建 では現在も残る茶屋公開施設のみが紹介されていた。第三
物への再投資によるハード面の変化の蓄積がイメージの形 段階では爆発的にスポット紹介の数が増加する。特に増え
成に影響していることが分かる。 たのはバー・工芸店(5軒)菓子店・体験施設(4軒)で
b)-2: 紹介スポットの変化:紹介スポットの抽出は「ひ ある。これらがエリアイメージを形成する要因となってお
がし茶屋街」内とした。紹介スポットの変化はエリアイメ り、新しい「歴史的」イメージを形成しつつあることが分
ージの変化と双方向性を持つ。エリアイメージの第二段階 かる。
600
路線価調査
a)-1
( 千円 ) 2001
最高値 重要伝統的
地価の変遷変化
500
凡例
建造物群保全
A 2014 年時点
A:530,000/ ㎡ (1992,1993) B
A 400 地区指定 C A:81,000/ ㎡
D B:205,000/ ㎡ (1992)
C B 300 C:200,000/ ㎡ (1992,1993)
(国指定) D B:130,000/ ㎡
C:100,000/ ㎡
200 D:68,000/ ㎡
1980
100
路線価比較位置図 0 指定容積率 400% 指定容積率 300%
1940~ 1950~ 1960 年代 1970 年代 1980 年代 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
1985 敷地面積:52 ㎡
1966 99 ㎡
1988 193 ㎡
ギャラリー
飲食店
1953 131 ㎡
1945 104 ㎡
a)-2
茶屋 物販
土地の売買と用途の変化
1968 76 ㎡
空き家 飲食店
1956 190 ㎡
茶屋 物販
1981 89 ㎡
物販 飲食店
1949 104 ㎡
茶屋 ギャラリー
1957 70 ㎡
1954 飲食
1964 1969 1984 111 ㎡ 店・
物販 茶屋
1977 購入
52 ㎡ 事業所
1968 66 ㎡
サービス業・住宅 物販
1949 52 ㎡ 凡例:
所有者の変更
1982 99 ㎡ 売買(個人)
空き家 展示施設 (法人)
222 ㎡
茶屋 県外の収得者
1944 38 ㎡ 物販
1977 47 ㎡ 喫茶・ 相続(個人)
物販 贈与
1989 41 ㎡ ※所有者変更前後の用途、及び その他
1976 1983 111 ㎡ 空き家 飲食店 用途変更が確認されたものを記述。
空き家 用途変更の実態は住宅地図、 用途
分筆 もしくは文献調査によって 住宅
65 ㎡
2㎡ 確認された時点を示す。 住宅以外
1988 空き地 17 ㎡
飲食店 199 ㎡ ※空き家の場合は 空き家
1987
駐車場 65 ㎡
用途変化
1972 78 ㎡
a)-3
茶屋 物販
売買を伴わない
1978 52 ㎡
喫茶 茶屋 住宅・物販
1961 85 ㎡
1978 64 ㎡ 喫茶
物販
94 ㎡ 1962
事業所 空き家 物販
平均 7.5/ 冊 )
紹介スポットの変化
図 - 3 東山ひがし地区
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凡例
500 A
地価の変遷変化
B
400 C
B 最高値 最低値 (2014)
300 A:550,000/ ㎡ (1992) A:79,000/ ㎡
B:480,000/ ㎡ (1992,1993) B:76,000/ ㎡
200
C C:540,000/ ㎡ (1992) C:73,000/ ㎡
100
路線価比較位置図 0
1940~ 1950~ 1960 年代 1970 年代 1980 年代 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
用途の変化
1946 1962
a)-2
物販 製作・
土地の売買と
1945 物販 34 ㎡ 敷地面積:50 ㎡ 購入
サービス業 物販 物販 飲食店
住宅 住宅 住宅
1954 73 ㎡
物販 事業所 物販 1989 82 ㎡
物販 ギャラリー 物販
1945 64 ㎡
物販 1987 駐車場
53 ㎡
物販 物販 物販
1979 59 ㎡
サービス業 物販
a)-3
1968 97 ㎡
売買を伴わない用途変化
物販 サービス業 物販
1975 1986 凡例:
用途
ガレージ ガレージ 住宅 139 ㎡ 駐車場 所有者の変更
住宅
住宅 物販 物販 物販 売買(個人)
住宅以外
物販 136 ㎡ 1982 物販 (法人)
住宅 県外の収得者
1957 65 ㎡ 1976 ファッション関連
相続(個人)
飲食店 贈与 空き家
住宅 その他 住宅
1957 65 ㎡ 1976
サービス業 物販 物販
1969
※所有者変更前後の用途、及び用途変更が確認されたもの
物販 57 ㎡ 駐車場 を記述。用途変更の実態は住宅地図、もしくは文献調査に
1966 1968
85 ㎡ よって確認された時点を示す。
1945・1946 物販 物販
物販 50 ㎡ 物販
「目的地化」以前 店舗種別の特性の強調と『地元』」感
b)-1
1968 1979 1987 1990 2002( 紹介数 :8 最新 2012~2014( 紹介数 :14 平均 4.2 軒 / 冊 )
b)-2
図 - 4 新竪町商店街地区
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う動きと同様にファッション関連の用途への変化が多い。 立てた。石川県金沢市の2地区をケーススタディとして、
また、東山ひがし地区と比べて全体的に敷地規模 26) は小 再投資と「目的地化」という視点から評価軸に従って分析
さく、その中でも特に 100 平米を超えるものは、活用は を行った。東山ひがし地区では、再投資による路線価の上
されているが売買はされていない。このようなことから、 昇と「目的地化」が連動しており、新竪町商店街地区では
東山ひがし地区よりも投資規模は小さいことが分かる。 路線価、所有者の変化の少なさ自体が「目的地化」を支え
全体として、路線価がピークの 1/3 となった 2001 年ご て、小規模な再投資が進んでいた。
ろから再投資が進んだことが分かる。ただし、この地区で これらのケーススタディからは、次のようなことが言え
の再投資は物件購入は少なく、テナント入居が主である。 る。第一に、再投資の流入は地価を上昇させた一方、逆に
これに関しては購入しても地価の上昇が期待されない中 地価の下落は再投資を誘発したということである。この場
で、県外資本の流入も無く、小規模な資本の流入が地価の 合、再投資の主体は全く異なる種別のものである。前者は
下落を好機として進んだのではないかと考えられる。 外部資本や土地収得を伴うなど比較的大規模な主体であ
b)「目的地化」:b)-1 エリアイメージの変化:エリアイ り、後者は土地取得を伴わない場合も多い小規模な主体で
メージについては、 「新竪町商店街」を紹介するページに あるが、どちらもジェントリフィケーションを引き起こす
おける記述を抽出した。イメージの変化として、二段階に 主体である。第二に「目的地化」について、再投資の大小
分類される。 と連動して地区イメージが形成されていた。地価の上昇に
・第一段階「 『目的地化』以前」 :新竪町商店街が目的地と つながる土地収得を伴う再投資は、強力な「目的地化」を
して取り上げられたのは 1990 年のガイドブックであり、 引き起こし、目的地となるべく歴史の再解釈ももたらして
それ以前はまったく着目されていなかった。 いた。一方、地価が上がらないことで小規模な主体による
・第二段階「店舗種別の特性の強調と『地元』 」感」 :再投 再投資機会を与えるような地区では、
「目的地化」の質も
「地
資が起き始めた後の 2002 年のガイドブックからは、急激 元」感の強調など、独特の発展を示していた。
に目的地として注目された。ここでは「レトロ」 「旧」と これらの分析から、日本における地方都市型のジェント
いう言葉による歴史的雰囲気の残存に対する強調の言葉が リフィケーションとして、「既存の建物に再投資が起こり、
多用される。また、骨董・雑貨といった店舗が扱う商品に 地価のレベルと連動した動きを持つ再投資の規模の大小
対する紹介が具体的にされており、東山ひがし地区とは異 が『目的地化』の質を規定すること」であると再定義する。
なる店舗種別の個性が強調されている。さらに、特筆すべ もっとも、日本における地方都市型のジェントリフィケー
きは「地元」の人が行く場所であるということの記述であ ションにはもちろんバリエーションがあり、今回のケース
り、 「地元」感が魅力を持つという価値を示している。 スタディ地区だけでは十分でないと考える。今回の試論は、
b)-2 紹介スポットの変化:スポットは「新竪町商店街」 方法としての「再投資」と結果としての「目的地化」とい
内のものを抽出した。2002 年のガイドブック以降複数が う評価軸をジェントリフィケーションの定義に必要なもの
紹介されるようになり、2002 年には骨董店、最新版では であると提示し、その評価方法を示したものである。今後
雑貨店の紹介が数多く行われるようになった。そして他地 は他地区での同様な分析を通して、現代都市の変容を示す
域と異なるのは八百屋や精肉店も取り上げられているとこ ジェントリフィケーションの日本での実態をより鮮明にし
ろである。これらのスポットは「地元」感の演出であり、 ていく必要がある。
そういったスポットが「目的地化」する現象を示している。
謝辞 本論文における調査において竹橋悠さん(当時金沢工業大
(2)小結
学環境・建築学部大学院2年)の協力がありました。ここに記し
以上から、この地区では「再投資」としての売買数は少
て感謝します。また、本研究成果は科学技術研究費(若手 B) に
ないが、テナントを育て個性的な店の集約を生んでいる。 よるものです。
その背景にあるのは東山ひがし地区とは異なり地価の下落
注釈
である。一方、 「目的地化」については「地元」感がある
1)文献 (1)p.5 から引用、翻訳。
消費の場という価値の転換を示しており、それを支えるの 2)2000 年のディクショナリーオブヒューマンジオグラフィにお
は古くから続く、所有者変化の少ない物販であった。この けるニール・スミスによる定義。文献 (1)p.9 から引用、翻訳。
地区は所有者変化が少なく、路線価の上昇を伴わないが、 3)文献 (2) で編者はジェントリフィケーションの論説の分類とし
その事実自体がエリアイメージ変化に見られる独特の「目 て「Production side」と「Consumption side」という章立てをしており、
的地化」を支えている。 これを参照した。
4)文献(3)p.120 参照。
5)文献 (4) No.2137(kindle 版)p.64 から引用、翻訳。
6.まとめ「日本における地方都市型ジェントリフィケー
6) 文献 (5) 日本語訳本 p.311 参照。この中で著者の Zukin 氏は、
ション」とは何か 「目的地文化」は脱工業化社会で消費社会における「新しいはじ
本研究では日本における地方都市型ジェントリフィケー まり」のモデルであると評している。(p.328)
ションとは「既存の建物に再投資が起こり、再投資の主体 7)「目的地文化」は文献 (5) から、人々を惹きつける経験・消費
が流入することで『目的地化』すること」であると仮説を の場となるべく生じる現象であり、その結果として「destination
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