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漢文 論語・史話〈三〉
渡辺恭子
論語 「政治を考える」
講師
理解を深めるために
■学習のねらい■
『論語』の三回目。
「政治」についてです。今回の学習では、まず初めに『論
語』の「政治」に関する二つの文章を読み味わいます。その後、「政治に関す
る孔子の考え方」についての理解を深め、さらに「為政者の心構え」として、
孔子が重視していたのは何かを考えていきましょう。
* * *
「政治」について述べた二つの文章を読み味わいましょう
(1)子曰、
「其身正、不令而行。其身不正、雖令不従。」
☆政治を行う者は、まず自分自身を正すことが大切です。
◦ポイント 孔子が「政治を行うものが、自分自身を正すことが大切である」
といった理由を考えましょう。
孔子は、政治を行うものが、自分自身を正せば、自然と人々(人民)も良くな
ると考えていたからです。
◦「其の身」…上に立つ者の身。為政者の身
◦「令す」……命令を下すこと
◦「雖も」……「~であったとしても」(仮定を表す)
(2)子貢問政。子曰、
「足食、足兵、民信之矣。」子貢曰、「必不得已而去、於
斯三者何先。
」曰、
「去兵。
」子貢曰、
「必不得已而去、於斯二者何先。」曰、「去食。
自古皆有死。民無信不立。
」
☆弟子の子貢が、孔子に「政治」について質問しています。
◦ポイント 孔子が「信
(信義の心)が大切である」と教えた理由を考えましょう。
ラジオ学習メモ
「食糧」
(人民の最低生活の保障)
、「軍備」の充足(国家としての体制
の維持)といった、
「人間の生存欲求」以上に、「信」(道徳的信義)を、
国語総合
重要なもの、価値のあるものとして、位置づけようとしていました。
第 77 回
孔子は、どんなに生活が豊かになっても、政治において「信義の心」
がなければ、人としての生活は成り立たないと考えていたからです。
229
▼
こうもん じってつ
◦「子貢」………「孔門の十哲」の一人
聡明で言葉巧みな雄弁家。孔子の死後、最後までお墓のそばを離れなかっ
た弟子でもある。
まつりごと
◦「
政 」………ここでは「政治」のこと
た
◦「足し」………十分に満たすこと
◦「兵」…………軍備
◦「民之を信にす」…人民についていえば、人民に信義の心を持たせることだ
◦「之」…………「民(人民)
」を指す
◦「必ず」………どうしても
◦「去らば」……取り去るならば
こ
◦「斯の三者」…食(食糧)
・兵(軍備)・信(信義心)
◦「何をか先にせん」……どれを先にしますか(疑問形)
こ
◦「斯の二者」…食(食糧)
・信(信義心)
◦「自」…………より
◦「立たず」……人間として生きていけない
「政治に関する孔子の考え方」について理解を深めましょう
■今日学習した文章から
政治家にとって一番大切なことは、
「信(信義の心)」である。
■今日学習した以外の文章から
政治家が人民をまとめるときは、権力ではなく、
「徳(道徳)」と「礼(礼儀)」
とによるのが良い。
「徳」と「礼」とによって人民を治めたならば、人民の心には、
悪いことを恥ずかしく思う気持ちが生まれて、自然と正しい道に進んで行くよう
になる。
政治は、政治を行うもの(為政者)の在り方が重要です。
ラジオ学習メモ
国語総合
第 77 回
230
▼
「孔子が重視していた為政者の心構え」について考えましょう
孔子の理想とする政治を行うには、政治家にどのような心構えが必要なのでし
ょうか。
自らは常に正しい行いに心がけ、
民衆の「信義の心」を大切にし、「徳」
と「礼」によって人民を治めようとする心構えが必要なのです。
孔子は、国家の治安安定のためには、政治を重視していました。孔子
の考える政治技術は、まずは肉親の愛情。そしてその愛を隣人へと広げ、
社会へと拡大していくものです。
また、政治を行う者(為政者)の立派な姿勢は、あたかも「風が草を
なびかせるように」人民の「信頼」を呼び、このような素晴らしい「君
子」のもとで愛にあふれた理想的な社会ができることを、孔子は強く望
んでいました。
◦「君子」……①徳を備えた立派な人。
②それを目指して努力している人。
③ 努 力 の 結 果、 政 治 を 担 当 す る 立 場 に 立 つ 人( 為 政
者・支配者)。
ラジオ学習メモ
国語総合
第 77 回
231
▼
渡辺恭子
論語 八章
講師
政治を考える
子
し
い
曰、「其
ハク そ
ノ シ
身 正、不 令
ケレバ ず
シテ セ ハ
而 行
。其
ル ノ ざ
身 不
レバ
レ
レ
正、雖 令
シ
カラ い
へどモ ス
ト ト
不
ハ
従。
レ
」 〔子路〕
し
ろ
レ
レ
子
し
こ
貢
う フ
問
ま
政。子
つりごとヲ ハ
曰、「足
ク シ ヲ
食、足
シ
兵
ヲ
、民
ニ
信
ス
レ
レ
レ
レ
之 矣。
これヲ ト
ハ
」子 貢 曰、「必
ク ズ
不
シ
テ や
得 已
ムヲ ラ
而 去、於
バ お
イテ
レ
レ
二
斯 三
こ
ノ ニ
者
ヲ
何
カ ニ
先。
セント ハ
」曰 、「去
ク ラ
ント ヲ
兵。
」子
ハ
貢 曰、「必
ク ズ
一
レ
不 得
シ
テ ム
已
ヲ ラ
而 去、於 斯
バ イ
テ ノ
二
ニ
者 何
ヲ
カ ニ
先。
セント ハ
」曰 、
ク
レ
レ
二
一
「去 食。自
ラ
ン ヲ
よ
リ い
古
にしへ リ
皆 有 死。民
ク
無
ンバ ト
信 不
タ
立。
」
レ
レ
レ
レ
レ
がんゑん
〔顔淵〕
ラジオ学習メモ
国語総合
第 77 回
232
▼
【書き下し文】
①子曰はく、
「其の身正しければ、令せずして行はる。其の
身正しからざれば、令すと雖も従はれず。
」と。
②子貢政を問ふ。子曰はく、「食を足し、兵を足し、民之を
信にす。
」と。子貢曰はく、「 必 ず 已 む を 得 ず し て 去 ら ば、
斯の三者に於いて何をか先にせん。」と。曰はく、「兵を去
らん。
」と。子貢曰はく、
「必ず已むを得ずして去らば、斯
の二者に於いて何をか先にせん。
」と。曰はく、
「食を去ら
ん。古より皆死有り。民信無くんば立たず。」と。
【現代語訳】
①孔先生がおっしゃることに、「上に立つ者(為政者)が、
自分の心を正し、行いを正せば、(為政者を敬い信頼
するので、)特に命令しなくても、下々に正しい行い
をしてもらえる。しかし、上に立つ者(為政者)が、
正しくなければ、(為政者を信頼しないので、)いくら
命令を下しても下々に従ってもらえない。
」と。
② 子 貢 が 政 治 に つ い て( 孔 先 生 に ) お 尋 ね し た。 孔 先
生が答えられた、「食糧を充分に満たし、軍備を十分
に満たし、人民には信頼の心を持たせることだ。」と。
子貢が(続けて)お尋ねした、「どうしてもやむを得ず、
取り去る場合には、この三つの中で、どれを先にしま
すか。」と。(孔先生は)答えられた、「軍備を取り去
れ。」と。子貢が(さらに)お尋ねした、「どうしても
やむを得ず、取り去る場合には、残り二つの中で、ど
ちらを先にしますか。」と。(孔先生は)答えられた、「食
糧を取り去れ。昔から人は皆死ぬ定めにある。民は信
義がなければ、国の存亡を問題にする前に、すでに人
間として生きていけないからなのだ。
」と。
ラジオ学習メモ
国語総合
第 77 回
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