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木曜一限メディア社会論 1月11日

18157104
田中飛路

『Father and Daughter』を観て考えたこと

はじめに
今回の映画は前回の『Paper Boy』と類似点が多く見受けられた。その中でも本レポート
では音楽に焦点を当てて私の推論、考察を述べる。

1. BGM、効果音と場面
映画『Father and Daughter』では一切の言葉が発されない。その代わりに「音」が重要な
役割を果たしている。まず場面と音楽の関係について考える。

①父と少女 ~1.40 秒
映画は父と少女が自転車をこいでいるシーンから始まる。湖で父は船に乗り遠くへ行っ
てしまい、彼女は一人で帰ることになる。このシーンで使われているのはアコーディオンの
みである。父と別れてからはコード(三和音)も減り、音数も少なくなりもの悲しげな印象
となる。
②父を探す少女 1.41~2.02 秒
父と別れ一度帰るも、また同じ場所へ来る少女。ここではアコーディオンに加えピアノの
音が増えている。
③成長した少女 2.02~2.59 秒
風の日も雨の日も、父と別れた湖へ自転車をこいで行くが父は見つからない。この場面で
は冒頭から続いていたアコーディオンが消えピアノのみになる。後半から低音のファゴッ
トのような低音も増えている。
④友人と少女 3.00~3.41 秒
ここでは同じくピアノが演奏されているが、②.③のピアノと違い明るい印象を感じる。
しかし、湖で立ち止まると音数も少なくなり寂しげになる。
⑤恋人と少女 3.42~4.10 秒
少女が恋人らしき人と二人乗りで自転車をこいでいる。ここではギターも増えロマンチ
ックな印象を受ける。
⑥家族と少女 4.11~4.39 秒
夫と子供二人とともに思い出の湖に来る。ここではギターも消えまたピアノがメインと
なり、また物悲しい印象を受ける。
⑦一人になった少女 4.40~5.34 秒
大人になって年をとっても、雪の日、雨の降った次の日も変わらず湖に通い続ける。次第
木曜一限メディア社会論 1月11日
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田中飛路

に湖も枯れ始めている。
この場面では後半から再びアコーディオンが増える。
⑧老婆になった少女 5.35~7.05 秒
もはや自転車も焦げぬ老婆となった少女。⑦で出てきたアコーディオンも消え、枯れて草
原になった湖に下るシーンではついにピアノの音も消える。そこで彼女はかつて父が乗っ
ていた船らしきものを見つけそこで眠りについてしまう。そして BGM も消え鳥のさえず
りと風の音のみになる。
⑨父と再会する少女 7.06~
目が覚めたのち、走り出す少女そこでかつての父と再会し映画は終わる。このシーンでは
ピアノとアコーディオンによる BGM から、ピアノが消え暗転しアコーディオンのみにな
る。

2. 音の効果
前回の『Paper Boy』と同じく音の雰囲気が主人公(少女)の心情と連動しているとした
ら、彼女の父と会えない悲しい気持ちは決して消えず、父を想い続けていたのだろうか。前
述④.⑤以外で明るい印象を受けた場面はすくない。行動からもわかるように父への悲しみ
による心の傷が癒えることはなかったのだろう。
そして気になったのは音楽の構成と全体通してワルツ調の BGM だ。ワルツは三拍子で
あり日本語では円舞曲という。ダンスでよく使われるワルツ。それは回転を生むからだ。三
拍子の指揮を想像するとわかりやすいが、指揮は円を描くようにされる。このようにワルツ
とは円を生むリズムである。円、すなわちループである。
この作品は父と別れ、少女が成長し老婆になるが、最後に若返り父と再会する。そして
BGM もアコーディオンで始まりアコーディオンに終わる。全体を通してループするこの構
成こそがこの映画の魅力ではないだろうか。

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