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―Symposium Review―
サルコペニア対策としてのアミノ酸栄養
小 林 久 峰†
Hisamine Kobayashi†
Ajinomoto Co., Inc.; 1151 Kyobashi, Chuo-ku, Tokyo 1048315, Japan.
Sarcopenia is the decrease in skeletal muscle mass and muscular function that occurs with aging. The underlying
mechanisms of sarcopenia include anabolic resistance, which is deˆned as a poor muscle protein synthetic response to
previously eŠective stimuli such as nutrients and exercise. Among the nutrients that humans ingest, amino acids directly
trigger the synthesis of muscle proteins. The essential amino acid leucine, in particular, functions as a stimulatory signal.
Leucine-enriched essential amino acids help overcome anabolic resistance in elderly individuals to eŠectively stimulate
muscle protein synthesis. Long-term intake of leucine-enriched essential amino acids has a synergistic eŠect with exercise
to increase skeletal muscle mass, strength, and walking speed in elderly individuals, and can be an eŠective countermeas-
ure to sarcopenia.
Key words―sarcopenia; leucine; essential amino acid; anabolic resistance; leucine-enriched essential amino acid
筋肉の健康面での重要性とサルコペニア のみならず,肥満,糖尿病,高脂血症などの生活習
骨格筋は,その総重量が体重のおよそ 4 割を占 慣病の発症・進展,重症患者の予後の悪化に関係す
め,体内の最大臓器と言える.運動器である骨格筋 る.十分な骨格筋量を適切に維持することは,健康
の主たる機能は,筋細胞内のアクチンとミオシンの の維持,及び疾患・外傷からの回復のために重要で
重合によって収縮し身体を運動させることにある あると考えられる.
が,グルコースや脂肪酸を取り込み,消費するエネ ところが健康な状態にあっても,一般に老化に
ルギー代謝器官とも言える.またグルコースをグリ よって骨格筋の量は多かれ少なかれ減少する.減少
コーゲンとして蓄え,体内のアミノ酸を筋タンパク 量が大きい場合には,筋量と筋力・筋機能の低下を
質に変えて蓄える貯蔵器官でもあるとも言える.飢 特徴とするサルコペニアと呼ばれる状態となる.サ
餓や,侵襲などの非常事態においては,骨格筋はタ ルコペニアが生じると,移動の能力などの身体運動
ンパク質の分解によってアミノ酸を供給し,生体は 機能が低下し,転倒し易くなるなど骨折のリスクが
それをエネルギー産生や急性期タンパク質の合成等 高まる.また運動機能の低下により生活の質の低下
に利用する.さらに最近では,マイオカインと総称 や,虚弱を引き起こし,さらには死亡リスクをも増
される各種のホルモンを産生し,骨格筋以外の臓器 大させる.サルコペニアの有症率は地域在住高齢者
でのエネルギー代謝などを調節する内分泌器官とし の 1520%程度と報告されている.
1,2) 高齢化が進む
ても注目されている.このように骨格筋には様々な 日本においては,健康寿命の延伸や介護予防の観点
機能があり,骨格筋量の減少は身体運動能力の低下 で,サルコペニアの予防・改善が重要な課題となっ
てきている.ここでは,高齢者の骨格筋におけるタ
味の素株式会社研究開発企画部(〒1048315 東京都中
央区京橋 1151) ンパク質・アミノ酸代謝の特徴と,サルコペニアの
現 所 属 :†味 の 素 株 式 会 社 ア ミ ノ サ イ エ ン ス 統 括 部 予防・改善における栄養素としてのタンパク質・ア
(〒1048315 東京都中央区京橋 1151) ミノ酸の意義について議論する.
e-mail: hisamine_kobayashi@ajinomoto.com
本総説は,日本薬学会第 137 年会シンポジウム S41 で 生体におけるタンパク質とアミノ酸の代謝
発表した内容を中心に記述したものである. 人の体内には体重の 2 割弱の重量のアミノ酸が存
在する.そしてそのほとんどは,アミノ酸同士がペ
プチド結合により多数重合したタンパク質の形で存
在している.一説によると人の体内のタンパク質は
10 万種類あると言われているが,これらのタンパ
ク質を作るのはわずか 20 種類のアミノ酸である.
体内のタンパク質はそのすべてが,食事としてタン
パク質を摂取したものを,一旦アミノ酸にまで分解
したうえで,体内でタンパク質に再合成したもので
ある.また一方で体内のタンパク質は分解されてア
ミノ酸を生成している.その一部はタンパク質合成
Fig. 1. Level of Muscle Protein Anabolism after 6.7 g of Es-
に再利用され,また一部は代謝され尿素などとして sential Amino Acids Intake
体外へ不可逆的に排泄される.よって生体の維持の p<0.05 vs. young individuals. Created based on Ref. 6).
ためには,不可逆的に体外へ排泄されるのに見合っ
た量のアミノ酸を摂取する必要がある. 高齢期における筋タンパク質代謝の特徴
骨格筋細胞においても,筋タンパク質の合成と分 空腹安静時では,若年者と高齢者の骨格筋タンパ
解は常に生じている.成人では通常,筋タンパク質 ク質合成速度や分解速度に差はない5) が,およそ
合成と筋タンパク質分解の動的平衡,つまり合成量 15 g の良質なタンパク質(日本人女性の場合,食事
と分解量が等しい状態にあって骨格筋の量は一定に 1 食分のタンパク質量程度)に相当する必須アミノ
保たれている.しかしミクロな視点では,筋タンパ 酸の混合物 6.7 g を摂取した際の骨格筋タンパク質
ク質の合成と分解はそれぞれ常に変動してバランス の同化反応は,若年者に比べて高齢者では減弱して
が変わり,その結果としてごくわずかに筋タンパク いる( Fig. 1).6) 高齢者にみられるこのようなタン
質が増加したり減少したりしている状態にある.筋 パク質やアミノ酸摂取に対する筋タンパク質合成反
タンパク質の合成や分解を調整しているものの 1 つ 応の減弱は同化抵抗性( anabolic resistance )と呼
が,血液のアミノ酸濃度の変化である.アミノ酸濃 ばれ,これが高齢者で骨格筋量が減少しサルコペニ
度が増加した場合は,筋細胞内へのアミノ酸の取り アが生じる原因であると考えられている.
7)
込みが増え,筋タンパク質合成が増加する.逆に血 高齢者においても,摂取するタンパク質の量を増
液のアミノ酸濃度が減少した場合は筋タンパク質合 加させれば,筋タンパク質の合成反応は高まる.良
成が減少する.3) アミノ酸の中では,特にロイシン 質なタンパク質の 1 回摂取量と筋原線維タンパク質
が筋タンパク質合成のトリガーとして働く.ロイシ の合成速度の関係について高齢者と若年者で比較し
ンは,筋細胞内の哺乳類ラパマイシン標的タンパク 解析した Moore らの論文8)の結果を,Fig. 2 に模式
質複合体 1 (mammalian target of rapamycin com- 的に示した.この高齢者と若年者における,タンパ
plex 1; mTORC1)の活性化(リン酸化)を促進す ク質 1 回摂取量と筋タンパク質合成の用量反応曲線
ることにより,翻訳開始因子である eIF4E 結合タ は,以下の 3 つのことを示している.
ンパク質(eIF4E-BP1)と,リボソームタンパク質 ◯
タンパク質摂取量=ゼロの場合,つまり空腹時
S6 キナーゼ(S6K1)の活性化(リン酸化)を介し には,若年者と高齢者の骨格筋タンパク質合成速度
て mRNA の翻訳を促進し,筋タンパク質合成を増
大させる.4) アミノ酸は筋タンパク質合成の材料で 味の素株式会社アミノサイエンス統括
部. 1989 年東京大学農学部畜産獣医学
あるが,アミノ酸そのものが直接的に筋タンパク質
修士課程修了.獣医師.同年味の素株
の合成を調節している.日常生活の中では,食事か 式会社入社. 1999 年サルコペニア対策
らのタンパク質の摂取により体内に吸収されたアミ 研究のためテキサス大学ガルベストン
医学校外科に留学.以後高齢者栄養研
ノ酸が血中アミノ酸濃度を上昇し,筋タンパク質合
小林久峰 究,スポーツ栄養研究など,アミノ酸
成を増加させることから,筋タンパク質の維持(= を中心とした健康素材の研究開発・実
骨格筋量の維持)には食事・栄養が重要である. 用化を担当している.
Vol. 138, No. 10 (2018) YAKUGAKU ZASSHI 1279
ンパク質合成を最大化するタンパク質摂取量には
1.7 倍の開きあったことを考えると,高齢者の筋肉
量を維持しサルコペニアやフレイルを予防するとい
う目的では,さらに高いタンパク質量を目標量とし
て設定すべきであろう.
1 回当たりのタンパク質摂取量の増加に対し,筋
タンパク質合成反応には上限があることから,1 日
あたりでは見かけ上十分なタンパク質を摂取してい
る場合でも,3 食のタンパク質摂取量が偏っている
場合は,均等に摂取する場合よりも筋タンパク質合
Fig. 2. Protein Intake and Muscle Protein Synthesis in Elder- 成量の総量が少なくなると考えられる.
12,13) 実際,
Fig. 3. Changes in Skeletal Muscle Protein Metabolism in Response to Amino Acid Intake in Elderly Individuals
Balanced amino acids: essential plus non-essential amino acids. p<0.05 vs. pre-ingestion. Created based on Ref. 16).
リン,イソロイシンを始め,他の必須アミノ酸の血
中濃度が低下してしまう.17) それでは筋タンパク質
合成に必要なアミノ酸が不足するため,併せて他の
必須アミノ酸も供給することが必要と考えられる.
そこで,必須アミノ酸におけるロイシンの割合(通
常の食品では 20%前後)を,約 40%に高めたロイ
シ ン 高 配 合 必 須 ア ミ ノ 酸 混 合 物 ( 以 下 「 Amino
L40 」)と,食品タンパク質の中では最も筋タンパ
ク質同化作用に優れているとされるホエイタンパク
質のアミノ酸組成を模した必須アミノ酸混合物(ロ
イシン含量 26%)をヒト高齢者において比較した.
その結果,高齢者においてはロイシン含量を高めた
「Amino L40」の方が,より大きな筋タンパク質同
Fig. 4. Stimulation of Skeletal Muscle Protein Anabolism
化を引き起こすことが確認された(Fig. 4).18) 高齢
with Leucine-enriched Essential Amino Acids in Elderly In-
男性において,レジスタンス運動後のロイシン高配 dividuals
p<0.05 vs. 26% leucine content. Created based on the original data of
合必須アミノ酸の摂取は,アミノ酸トランスポー Ref. 18).
ターの発現増加を伴い,筋タンパク質の同化反応時
間を延長することも報告されている.19) 「 Amino L40」の摂取は,高齢者の筋タンパク質合
さ ら に 60 歳 代 の 高 齢 女 性 に お い て , 3 g の 成を引き起こす.3 ヵ月間,健康な高齢者が必須ア
「Amino L40」の摂取が 20 g のホエイタンパク質を ミノ酸を摂取(7.5 g を 1 日 2 回)することにより,
摂取した場合と同等の筋タンパク質合成を引き起こ 除脂肪体重が有意に増加したことが報告されてい
すことを確認している( Fig. 5 ).20) ロイシン 40 % る.22) 一方,2.5 g のロイシンのみを食事とともに 1
配合必須アミノ酸「 Amino L40 」は少量で効率的 日 3 回,3 ヵ月間摂取させた研究においては,骨格
に高齢者の筋タンパク質合成を増大する.さらに最 筋量,筋力ともに改善が認められなかった.
23) 前述
Fig. 5. Increased Rate of Myoˆbrillar Protein Synthesis Stimulated by Ingesting 3 g of Leucine-enriched Essential Amino Acids
(``Amino L40'') and 20 g of Whey Protein in Elderly Women
p<0.05 vs. pre-ingestion. Created based on Ref. 20).
Fig. 6. Improvements in Muscle Mass, Strength, and Walking Abilities Stimulated by Three Months of Leucine-enriched Essential
Amino Acid (``Amino L40'') Intake and Exercise Training in Japanese Women with Sarcopenia
A: Change in leg muscle mass. B: Change in muscle strength (knee extension force). C: Change in normal walking speed. p<0.01, p<0.05, comparison
before and after intervention. Created based on Ref. 26).
1282 YAKUGAKU ZASSHI Vol. 138, No. 10 (2018)