You are on page 1of 10

307

権力移行期に考える中国の環境問題
―政治権力と環境ガバナンスの関係から見た製紙産業の将来―
Environmental Problems of China as Viewed in the Power Transfer
Period
―The future of Paper Industry as Related to Political Power & Environmental Governance
Relationship―

東京大学名誉教授*1

尾鍋史彦*2
Fumihiko Onabe*2
Emeritus Professor, The University of Tokyo*1

Abstract
The shifting to“Reform & Liberalization Policy”by Deng Xiaoping in1 978is the turning point of contempo-
rary China. After this period, Chinese economy has made remarkable progress and finally attained to be ranked
as the second in GDP and the first in production & consumption of paper and paperboard in the world. However,
since the environmental policies were ranked lower compared with the economic growth policies, and that due
to the financial deficit, the deterioration of environment of China is serious and wide spread issue. After attend-
ing the UN Conference on the Human Environment in1 97 2, China has convened the1st National Environmental
Conference and started to bring forth administrative agencies for environment and to develop legal systems.
Therefore,“environmental governance system”is officially existing to cope with environmental issues generated
by a variety of mills in local area. However, the problem is that the local government is tend to favor economic
growth of local area rather than environmental protection and hesitates to enforce legal actions against environ-
mentally illegal mills. Furthermore, high authorities of the Chinese Communist Party and its lower subordinate
organs have influential power for local government.
This paper is intended to analyze to what extent the power structure after the power transfer will affect the
“environmental governance system”and the future of paper industry on the basis of1 2th Five Year Plan and its
underlying guiding ideologies of“Scientific Development Concept”and“Harmonious Society” .

分類:X1 環境総論,Z1 産業・経営総論

家副主席)が選ばれ,20
13年3月の全国人民代表大会(全
1. は じ め に
人代)を経て正式に国家主席に就任予定が既定の事実とさ
中国では2
012年1
0月中旬の中国共産党第1 8回全国代 れてきた。すなわち10年間に亘る胡錦濤政権(200
3―1
3)
表大会で次期国家主席(2
013―2
3)として習近平氏(現国 が終焉を迎えることになり,本稿の基になった“紙パルプ
技術協会の第19回環境セミナー”が開催された201
2年7
*1
製紙科学研究室/Paper Science Laboratory 月初旬現在の中国の政治の世界は,新たな国家主席を選出
*2
E―mail:PBB01
011@nifty.com するための胎動期であり,複雑な権力闘争を内包した権力


012年1
2月 ― 3 ―

308 尾 鍋 史 彦

移行期にあり,そのために筆者は権力移行期の問題に焦点 も多いが,政治・経済・社会・文化などのあらゆる面で異
を当てた主題を環境セミナーの講演に設定した。 質な部分も多い。
その後,2 01
2年7月28日には江蘇省南通市に隣接した 本稿では権力移行による中国の権力構造の変化が,中期
啓東市で南通市の工業団地から黄河への排水管の設置を巡 的なマクロ経済計画の方向性,環境保護のための法規制の
る抗議デモが発生し,さらに筆者が“China Paper 2012 執行レベル,中央や地方政府の企業に対する環境関係の諸
Shanghai”に参加の目的で上海に滞在中の9月11日に日 問題の統治,すなわち「環境ガバナンス」にどのように影
本の民主党野田政権は尖閣諸島の国有化を閣議決定した。 響するか,また個々の企業においては「企業統治(コーポ
それに対して中国国内では各地で大規模な反日デモが起き, レートガバナンス) 」にどのような差異を生み出すか,な
中国の政権の上層部,すなわち政治局常務委員を中心とす どを探る。そのような洞察から紙・板紙の生産と消費にお
る中共中央の内部で,反日運動への対処や対日関係への対 いて世界一に位置するようになった中国の製紙産業が抱え
応策を巡り激しい意見の対立があったためか,共産党大会 る問題点を分析し,新たな指導層に引き継がれる第1 2次
の具体的な日程が従来と異なりなかなか決まらなかった。 9 五か年計画の内容からその将来を考えて見たい。
月2 9日になってようやく1 1月8日から1週間北京の人民
2. 現代中国のさまざまな捉え方
大会堂で開催されることが決定されたと報じられており,
権力の中枢である政治局常務委員の陣容がほぼ固まったこ “政治権力と環境ガバナンスの関係”を探る前に,現代
とを推測させ,本誌1 2月号が刊行される11月末には常務 中国の政治システムや権力形成過程とその推移を歴史的に
委員を中心とする権力構造の姿が具体的に明らかになって 捉え,その特徴を把握するために,建国以降の中国の歴史
いることだろう。 を眺めてみたい。現代中国の捉え方に関しては,国家の基
中国は中国共産党による一党支配制度と社会主義を政治 盤である社会主義というイデオロギーに対する見方,毛沢
的基盤とし,わが国と同じ漢字文化圏として共有する部分 東や文化大革命の評価の仕方,社会主義の下での経済シス

図 1 中国と日本の歴史,紙・板紙生産の推移,環境関連事象(筆者作成)

― 4 ― 紙パ技協誌 第6
6巻第1
2号
権力移行期に考える中国の環境問題 1
309

テムの捉え方,などの視点の違いにより多様な把握の仕方 在)に明確に分けて捉える思考である。さらに2 008年の


が可能である。ここではわが国の現代中国の研究における リーマンショックを契機とする世界金融危機を4兆元の内
代表的な捉え方を記す。また図1に近代を起点とし,現代 需拡大策により克服したという大胆な中国の政策の推移の
中国の成立から今日までの歴史および日中関係,紙・板紙 評価から,現在は「改革開放」が第三段階に入ったとする
の生産・消費の推移,環境問題などの事象に関する年表を 見方も提起されている。毛沢東を革命第一世代,鴆小平を
示す。 第二世代,江沢民を第三世代とする考え方があり,2 012
2.1 建国後の分岐点が1 97
8年の改革開放政策への転換 年1 0月現在は革命第四世代といわれる胡錦濤政権の時代
期とする見方 だが,2 0
12年秋の中国共産党第1 8回全国代表大会で革命
1949年1 0月1日に成立した中華人民共和国は2 009年 ,
第五世代といわれる習近平( 近平)氏に政権が交代する
に建国6 0周年を迎えたが,鴆小平(簡体字表記: 小平) $ と予測されている。すなわち権力移行とは胡錦濤をトップ
による改革開放政策への転換点である1 978年を分岐点と とする政治局常務委員会が習近平をトップとする権力機構
して,前半3 0年間と後半3 0年間に分ける考え方が有力で に移行することが最重要項目である。
ある。後半の3 0年間は1 97
7年に収束宣言が出された文化 2.3 中国の社会主義市場経済が「国家資本主義」とす
大革命(1 966―7
6)や毛沢東の業績の否定の上での価値観 る見方
の転換により始まったとする考え方がわが国では主流で 経済体制としては1 99
2年に江沢民によりソ連型の計画
あった。しかし2 009年の建国6 0年を記念する中国国内で 経済から,社会主義市場経済への転換が公表された。新た
の学術集会では,後半の3 0年間は毛沢東により築かれた な経済システムが資本主義の経済システムと何ら変わらな
基礎の上に成り立っているという毛沢東の業績を肯定する いという皮相的な見方もあるが,中華人民共和国憲法(中
考え方が現れ,従来の定説を強く信じ切っていたわが国の ! )
人民共和国 法)に明記されているように基盤にはマル
多くの現代中国研究者に大きな衝撃を与えた。 * # %
クス・レーニン主義( 克思列 主 )と毛沢東思想(毛
実際最近筆者が訪れた北京の新華書店,王府井書店,上 +" 思想)があり,西欧型の資本主義とは全く異質なもの
海の上海書城などの大型書店での印像からも,毛沢東をは である。社会主義市場経済には様々な解釈があるが,1 993
じめ周恩来,朱徳や劉少奇など革命第一世代の関連書籍が 年の朱鎔基による説明では,“社会主義市場経済とは,全
店頭の目立つところに高く陳列してあり,毛沢東の復権を 面的な市場競争に委ねることではなく,必要とあらば政府
肌身で感じていたし,建党9 0周年の201
0年の上海での中 が価格管理,所得再分配,資源配分等に関与していくこと
国共産党建党の記念館訪問時には特に強く感じた。但し中 である”とされている(東方中国語辞典(東方書店・北京
国では文化大革命は公式には否定されながらも未だ評価を 商務印書館共同編集,2 004)
)。すなわち中国のグローバル
明確にできない触れてはならない敏感かつ核心的な歴史的 化した経済は市場メカニズムを基本としながらも,近代経
事実であり,中国のホテルやわが国の中国関係書店で入手 済学の原理に基づく自由経済ではなく,権力を集中させて
できる中国語による文化大革命に関する著作はほとんどが, いる政治局常務委員会や国家発展改革委員会の関与などに
中国との関係で一国二制度の下で公式には言論の自由を維 より人為的に動く側面が強い経済システムと言える。
持している香港系の出版社のものである。 中国の社会主義市場経済において民営企業に対する国有
さらに「中国図書館図書分類法」を調べている内に気づ 企業がもつ特権的な優遇的措置や既得権益を批判し,西欧
いたことだが,A―Z 分類法で,A はマルクス主義,レー の先進資本主義諸国からは「国家資本主義」とする批判的
ニン主義,毛沢東思想となっており,これらは文革後も最 な呼び方がある(「経済教室」日本経済新聞)が,中国側
重要な図書と位置付けられており,B の哲学のなかにその はそのようなものは存在しないと反論している(人民日報) 。
他のロシアや周恩来・朱徳などの革命思想から鴆小平,江 なお胡錦濤政権が1 0年間に生み出した問題点を総括す
沢民などの理論が含まれていることが分かり,毛沢東の評 るシンポジウムが2 01
2年1月に早稲田大学を拠点とする
価は複雑かつ混迷しており,これは共青団と上海閥の権力 現代中国地域研究拠点連携プログラム(代表天児慧現代中
闘争を反映している側面もあると納得した。実際制定後何 国研究所所長)の主催で<現代中国のジレンマ―胡錦濤時
度か修正された「中華人民共和国憲法」 にはマルクス・レー 代の1 0年を考える>と題して開催され,多数の中国研究
ニン主義と毛沢東思想は相変わらず国家の基盤的思想とし 者の関心を集め,筆者も強い興味をもって参加した(図2) 。
て明記されており,社会主義市場経済の名の下に市場経済
3. 権力移行期における上海閥と共青団の間の
化が急激に進んだと言っても,わが国から見ると政治・経
権力闘争
済の面で多くの異質な面が多いのは当然と言える。
2.2 社会主義市場経済への転換が改革開放後の分岐点 “権力移行”とは政治学の用語だが,中国の政治の世界
とする見方 で“権力移行期”とは具体的に何を意味するのだろうか。
それでは1 978年の改革開放後の中国の歴史は現代まで 20
1 2年11月の中国共産党第1 8回全国代表大会では中国
連続的であったといえるのか。1 9
92年の朱鎔基首相によ 共産党の最高位に位置する9名の常務委員会委員の内,
る社会主義市場経済(社会主 市 % &'( :Socialist Market <留七下八>という年齢制限(6 7歳は就任 な い し 留 任
Economy)への転換を分岐点とする見方があり,脱社会 可,6 8歳は引退)から習近平と李克強を除く7名の常務
主義の時期(1 978―9
2年)と資本主義化の時期(1 99
2―現 委員が入れ替えとなる。また最近の報道では常務委員総員


012年1
2月 ― 5 ―

310 尾 鍋 史 彦

4. 中国におけるマクロ経済政策の策定過程

中国が第1 2次五か年計画の中で,重要な項目として循
環型経済,緑色経済(グリーン経済) ,節能(省エネ) ,低
炭素などを挙げており,また科学的発展観や和諧社会とい
う指導思想の下でのマクロ経済政策の中で経済成長と環境
保護のバランスをどのようにとるかは環境ガバナンスに大
きく影響する。ここでは特に政治権力の経済政策の影響と
いう問題を政治局常務委員会と国家発展改革委員会の影響
力という側面から考えて見よう。
4.1 9名の「政治局常務委員」に集中した権限
中国では国家の全面的指導組織として中国共産党がトッ
プに存在し,行政権・立法権・軍権より上位に位置してい
る。また中国では司法権は共産党の意向から独立しては存
在しないという見解が有力である。従ってマクロ経済政策
の基本方針や方向性の決定とその重要な変更には共産党中
央の承認が必要となる。中国共産党は8, 0
00万の党員を擁
するが,実際の政策決定は現政権では胡錦濤国家主席,温
家宝総理(首相) ,次期国家主席に内定しているといわれ
る習近平国家副主席を含む9名で構成された政治局常務委
員会が行う。このため9名の常務委員が中国の最高指導部
(中国語で指導者を“ !"人”という)といえる。
中国は共産党による一党独裁の政治体制であり,最高意
図 2 『現代中国のジレンマ』シンポジウム(2
012.
1)
思決定が政治局常務委員を中心とする少数の権力者に集中
しているため,マクロ経済情勢に大きな変化が発生したと
が7名に減らされるという説もあり,状況は混沌としてい きには,国会(全人代)や周辺に気兼ねなく,党主導で政
る。権力闘争を具体的に記すと,政治権力の獲得を巡って 策決定を行い,実行することが可能となる。中国の指導部
政治家の2代目など親の富と権力(“富二代”)を継承する はこの特色を西側先進国の政策決定の遅さと対比して,中
上海閥(日本マスメディアでは“太子党”と名付けている) 国の政治の「体制の優位性」と認識しているとも思われ,
と共産主義青年団(共青団)の間での複雑な権力闘争があ 西側先進国にも同調する意見がある。特に2 0
08年秋のリー
り,7名の新たな常務委員のポストにどのように派閥内の マンショックや2 01
1年末に起きた西欧の銀行債務問題発
人物を送り込み,またその下部にある政治局員などへの幹 生後の世界経済の推移を眺めながら,益々体制への自信を
部人材の送り込みを巡る争いである。さらに次期国家主席 深めているのではないだろうか。そのように考えると,中
が一応習近平氏に,次期首相は李克強氏に内定していると 共中央にとって国民の間から反体制運動を起こさせてはな
いわれるが,李克強氏の国家主席への可能性もゼロではな らないし,反体制運動の芽を早期に摘み取ろうとする強い
いことによる国家主席を巡る習近平氏と李克強氏の間の争 意志は,尖閣問題における反日デモの実施容認とその発生
いもあり,背後には上海閥と共青団の間の熾烈な権力闘争 直後の抑え込みの行為から見て取れる。
がある。今回の権力移行期には重慶市の共産党書記であっ 4.2 強い権限をもつ「国家発展改革委員会」の存在
た薄魍來氏の解任があったことや,1 92
2年創立の共青団 旧社会主義圏の国々ではソ連型の計画経済を採用してい
の90周年記念行事を契機とする共青団の勢力拡大意欲と る場合が多かった。中国でも1 9
91年までは原則として「計
共青団の中心人物である胡錦濤の次期政権における院政的 画経済」を採用し,中央の計画当局の一元的指令に基づく
勢力の残存のチャンスでもあり,人民大会堂における記念 経済運営を特徴としていた。計画経済時代の最高司令塔と
式典を中国中央電視台が繰返し放映していたのが印象的で して「国家計画委員会」が存在したが,現在は「国家発展
あった。政権移行後の上海閥と共青団の勢力のバランスが 改革委員会」と名称を変更している。中国の財政政策の主
どのようにマクロ経済政策における経済と環境の関係に影 管は財政部にあるが,実際には財政の基本方針は国家発展
響し,また環境政策,環境法の執行を通してどのように環 改革委員会が主導し,財政部はその方針に従って実行する
境ガバナンスやコーポレートガバナンスに影響するのか, にすぎないとも言われている。一例として,王子製紙の南
という面で権力闘争の行方には中国の産業界全体の関心が 通プロジェクトにおいて当初の予定(2 006年)より認可
深いと思われ,わが国の産業界も事態の推移を注視し続け が遅れた上に,最終的には王子製紙の独資は許されず,王
る必要があるだろう。 子製紙(9 0%)と南通市(10%)による合弁企業という形
態で認可され,ようやく2 010年に江蘇王子制紙有限公司
として操業にこぎつけた事実には,認可に際して国家発展

― 6 ― 紙パ技協誌 第6
6巻第1
2号
権力移行期に考える中国の環境問題 1
311

改革委員会の意向が強く働いたという見方が有力である。 ②
投資構造を調整・最適化する。

工業化,都市化と農業近代化を同時に進める。
5.「第12次五か年計画」が示す中国社会の

科学技術革新に依拠して産業の高度化を推進する。
グランドデザイン

地域間の釣り合いのとれた,相互作用による発展を
旧社会主義諸国では計画経済を遂行してきたが,1 99
2 促進する。
年から「社会主義市場経済」を掲げている中国の「五か年 ⑥ 省エネ,排出削減のインセンティブ・制約メカニズ
計画」は共産党の指導による計画経済と国際市場とリンク ムを整える。
した市場経済のメカニズムを共存させた「混合経済」とい ⑦ 基本公共サービスの均等化を推進する。
う見方がある。第一次五カ年計画(1 95
3―57) (<一五>と⑧ 都市・農村住民の所得増を急ぐ。
略称)から半世紀近くが経過したが,1 9
78年の改革開放 ⑨ 社会管理を強化・革新する。
への転換後も5回の五か年計画が実行されている。計画の 5.
4 <十二五>の数値目標
実行手法は強権的指令から市場メカニズムへの誘導と質的 <十二五計画要綱>には<十一五>の実績からまとめら
に変化してきたといわれており,「十一五」から中国語で れた数値目標があり,①経済発展,②科学・技術,③資源・
は「計画」は「規画( $% )」に変更されてきた。いずれ 環境,④人民生活,の4分野からなる。ここで③資源・環
にしても「五か年計画」は国家の中期的経済計画のマクロ 境を眺めると,数値目標の全2 8指標中の1
2指標を占め,
経済計画の中核に位置し,「十一五」 (2006―201 <十二五>が資源・環境に重点を置いていることが伺われ
0)の実績
の評価を基に「十二五」 (2011―1
5)が策定され,2 0
1 る。具体的には耕地面積,エネルギー消費量,化学的酸素
1年3
月16日というわが国では3月1 1日の東日本大震災直後の 要求量,二酸化硫黄,森林被覆率,などである。
全人代において「国民経済・社会発展第1 2次五か年計画
6. 権力移行後,「科学的発展観」に代わる新たな
要綱」として採択された。
指導思想は提起されるのか
5.
1 具体的な「計画要綱」
「十二五計画要綱」は1 6篇からなり,第1篇の「発展パ "#
建国後の歴代の指導者は指導思想(中国語では“ 思
ターンの転換」では,「第1章 発展環境」 ,「第2章 指 想” )を掲げ,先ずそれが「中国共産党綱領」に加えられ,
導思想」,「第3章 主要目標」 ,「第4章 政策方向」が説 その次に「中華人民共和国憲法」に修正条項として組み込
明されている。要するに2 0
08年のリーマンショックを契 まれている(憲法の最後の修正は2 00
4年)
。すなわち毛沢
機とする世界金融危機後の国際情勢の中での中国の発展と 東思想,鴆小平思想,江沢民思想などである。経済との関
そのための課題を示したグランドデザインといえよう。 連では経済成長を最優先させた鴆小平は効率優先の「先富
5.
2 指導思想としての「科学発展観」の継続 論」を展開し,江沢民は「社会主義市場経済論」を打ち出
<十二五>の指導思想は2 003年に胡錦濤が提出した「科 し,市場経済を深化させた。胡錦濤国家主席は「科学的発
学的発展観」の継続であり,その中身は①経済発展パター 展観」 ! &
(中国語では“科学 展 ”
)や「和諧社会」を表明
ンの転換を急げ,②科学技術のイノベーション(創新)を し,経済成長一辺倒から社会や文化などとのバランスを重
発展パターン転換の支えとせよ,③民生を保障・改善し, 視した政権運営に舵を切ったが,その一例として2 0
11年
発展の成果を人民に及ぼせ,④資源節約型の環境にやさし 10月の中国共産党六中全会で<文化体制改革>が提起さ
い社会を建設せよ,⑤改革開放を堅持せよ,となっている。 れている。それでは習近平政権が実現した場合,どのよう
経済発展パターンの転換とは端的には外需依存ではなく, な指導理念・指導思想が提起されるのだろうか。
内需拡大のメカニズムを構築せよということだが,第3章 基本的には改革開放後の30年余りの政策とそれにより
の「主要目標」にそのための具体的な課題が示されている。 実現した高度経済成長により次期政権には政策運営上の経
それは①経済を安定的に比較的速く発展させる,②構造調 験や富が継承される。同時に胡錦濤政権までに生み出され
整で重要な進展を勝ち取る,③科学技術・教育レベルを顕 た社会・経済システムが抱える格差やアンバランス,持続
著に向上させる,④省エネ・環境保護で顕著な成果をあげ 可能性の低さなどの矛盾や,拝金主義によるモラルの低下,
る,⑤人民の生活を持続的に改善する,⑥社会建設を顕著 汚職の蔓延などの負の遺産も継承し,対応しなければなら
に強化する,⑦改革開放を深化させる,などである。 ない。従って次期政権が展開させると見込まれる発展理念
5.
3 構造調整の重視 や理論には,それほど新規性や自由度は発揮できず,先ず
全体として構造調整により大きな進展を勝ち取ることが は現政権(胡錦濤)の政策を継承し,地域格差や所得格差
主眼にある。第4章の「政策の方向」では“経済・社会発 の解消や内需主導の経済成長が目標として組み込まれるだ
展の目標を実現するには,科学的発展の推進,経済発展の ろう。いずれにしても次期指導者として習近平氏が歴史と
パターンの転換加速,統一的計画・全般的配慮,改革・革 憲法に名を残すためにはいずれ必ず科学的発展観に代わる
新を軸にして,経済・社会発展における不均衡,不釣合い, 独自の指導理念を発案して提起するだろうが,公表される
持続不可能の問題の解決に注意を注ぎ,重大な政策の方向 時期は政権が軌道に乗り,<十二五>がある程度経過した
を明確にしなければならない”とある。これらの政策の方 201
4年以降になるのではないだろうか。すなわち権力移
向は次の9点に集約される。 行後も当面は科学的発展観や和諧社会という標語が中国社
① マクロコントロールを強化する。 会で広く継承されるだろう。いずれにしても権力移行は中


012年1
2月 ― 7 ―

312 尾 鍋 史 彦

直輸入で“公害”という語を使っていたが,最近では“環
境汚染”という用語におおむね統一された。
7.2 環境保護のための法規制の推移
環境保護法の歴史を振り返ると,1 9
4 9―73年までは自然
資源保護を中心に散発的な法令がみられるだけであったが,
第1回全国環境保護会議では“三同時” (汚染防止設備を,
主体工事と同時に設計・建設・操業すること)や“総合利
用” (三廃=廃水・廃ガス・廃棄物の再利用)の政策が打
図 3 権力移行による環境ガバナンスと企業の変化への過 ち出されて,環境保護への取り組みが積極化した。1 9
78
程(筆者作成) 年には憲法が憲法規範として初めて環境保護の条文を置
き,1 979年には環境保護法(試行)が制定され,環境保
護法を独立した法部門として確立した。その後1 97
9年の
枢権力構造の変化をもたらし,中央と地方の高次機構を変 法は基本法として進化し,1 9
89年に環境保護法が制定さ
化させ,経済成長と環境保護の関係のバランスに影響する。 れた。基本法と前後して大気汚染防止法(1 9
87年) ,水汚
最終的は「環境ガバナンス」を変化させ,それへの対処と 濁防止法(1 984年) ,海洋環境保護法(1 9
82年) ,固体廃
して企業内では「企業統治(コーポレートガバナンス) 」 棄物環境汚染防止法(1 99
5年) ,騒音公害防止法(1 996年)
にも変化を及ぼすと思われる(図3) 。 などの個別領域の法律を軸とし,膨大な法体系が形成され
た。1 984年に第2回全国環境会議が開催され,環境問題
7. 環境問題と政治・経済の関係
を人口問題と同様,基本国策と認定した。また1 98
6年か
中国は1 97
8年の鴆小平による改革開放政策への転換に ら始まった第7次五カ年計画(1 98
6―90)の中に環境改善
より3 0年余りの間,経済建設を最優先課題としてきたた 計画が導入され,以降環境問題はマクロ経済計画の中に組
めに著しい経済成長を遂げたが,政策課題の優先順位の中 み込まれるようになる。1 9
96年春に呈示された第9次五
で環境保全は経済成長よりも下位に置かれてきたことによ カ年計画(1 9
96―20
00)の中の環境計画では新たな視点が
り,生態系や環境破壊が年々深刻化してきている。このよ 導入され,第1に,土地,水,森林,草原,鉱物資源の保
うな状況の中で現在では中国政府自身も環境問題の深刻さ 全と開発という資源制約下の経済発展思想(すなわち sus-
を十分に認識しており,例えば紙パルプ産業においては, tainable growth)が基調となっており,第2に排出口処
ここ数年地方政府は郷鎮企業といわれる規模の小さい非木 理から各生産過程中の処理への移行,第3に個別企業の排
材資源を中心とする多数の製紙工場を閉鎖に追い込んでき 出基準に沿った規制から地域ごとの総量規制への移行,第
た。権力移行後の次期政権が<十二五>(2 0
11―2
015)お 4にこれまで農村全域の環境保全は取り上げられなかった
よび<十三五>(2 0
16―2
020)においてどのようなマクロ が,郷鎮企業を含めた環境悪化の防止が緊急課題として浮
経済政策を選択し,その中で環境問題がどのような比重と 上してきた。6 0万前後の工場が調査され,1 996年末段階
政策の優先順位で取り上げられるのかは,中国経済の持続 で約6万の工場が自己改善努力がないという理由で,行政
的成長の可否のみならず,次期政権が中国の紙パルプ産業 命令で閉鎖されたが,そのなかには非木材中心の多くの中
の成長を促進するのか,それとも制約するのかという方向 小の製紙工場が含まれている。
性を決める重要な要素でもある。また中国市場の動向はア
8. 環境ガバナンスにおける規制当局と企業の関係
ジアの連動した市場を通してわが国の製紙業界にも影響を
及ぼすと考えられる。ここでは先ず中国の環境問題の発生 環境問題に関する国家の基本方針は国務院(中央政府)
および問題への対処のための法規制などの歴史的変遷を から地方政府に伝えられる。環境保護に関する主務官庁は
辿ってみたい。 国務院に直属する国家環境保護局であり,その基本方針は
7.1 中国における環境問題の浮上 地方の省環境保護庁や市環境保護局に伝えられ,地方レベ
建国直後の1 9
50年代の重工業中心の工業化の時代から ルで環境基準,排出基準を制定し,環境保全と公害規制に
19
5 8年の大躍進を経て,1 9
60年代まで深刻な生態破壊と ついて監督管理をしている。地方政府は規制に違反する企
環境汚染が増大していった。1 97
2年のストックホルムで 業に対して違反を告発したり,行政命令を発したりする権
の「国連人間環境会議」に中国が参加し,先進国の環境汚 限がある。
染の深刻さを知り,国内ですでに同様の汚染が進行してい ここで企業の工場が立地する地方での環境保護局,企業,
たため1 97
3年には北京で「第1回全国環境保護会議」が 地方政府の間での規制を巡る問題を「環境ガバナンス」と
開催され,以後環境行政機構の整備,環境基準の作成,環 して考えて見たい。ガバナンス(gevernance)とは統治・
境調査の進行,環境立法の準備などが行われ,環境問題は 支配・管理またはそのための機構や方法を指す言葉だが,
本格的な政策課題として取り上げられるようになった。 実際の環境汚染の起きた現場ではさまざまな中国特有な問
19
8 2年には全国範囲の汚染状況につき政府はほぼ掌握す 題がある。図4に中央政府と地方政府による企業に対する
るに至り,地方の省政府や市政府が環境条例を個別の汚染 環境ガバナンスの構図を示す。
に対して公布するようになった。中国では当初は日本語の

― 8 ― 紙パ技協誌 第6
6巻第1
2号
権力移行期に考える中国の環境問題 1
313

図 4 中央政府と地方政府による企業に対する環境ガバナンスの構図(筆者作成)

8.
1 環境保護遵守の規制当局への経済成長優先の地方
政府の抵抗
地方の環境保護局が法令違反事件を見つけた場合,地方
政府は行政命令により工場閉鎖を行う権限をもっているが,
弱小の郷鎮企業にしか適用されにくい。それは大中企業に
対してはその地方の雇用や税収の問題があり,法令適用に
は地方政府が躊躇や抵抗をするという現実があり,地方政
府の投資拡大や経済成長優先という姿勢が問題として存在
する。
8.
2 排汚費という排出環境税の存在
一種の排出環境税であり,個別企業,業種に対し排出基
準から乖離している部分に対して課税する方式であり,逆
に税を払っているから排出してもよいという言い訳の論理
を生み出しており,環境対策設備の設置を遅らせる原因と
なっている。
8.
3 地方政府による低い法の執行レベル 図 5 経済と環境を均衡させた一つの定常状態に至る構図
地方政府指導者の経済発展志向,中央による人事評価制 (筆者作成)
度の GDP 偏重主義は環境法政策の執行面から見た場合,
環境ガバナンス改善のための課題でもある。また地方政府 て見ると,西欧の銀行の債務危機問題,アメリカの景気後
の情報公開や公衆参加の遅れ,裁判への地方政府の干渉な 退,わが国の政治の混迷と財政再建問題などいわゆる先進
どの問題もある。 国は経済の低成長など,多くの困難な問題を抱えているに
8.
4 政治権力と環境ガバナンスの関係 も関わらず,中国は約8% という高い成長率を維持し続
環境ガバナンスの改善のためには地方政府の意識改革が けている。
重要だが,場合によってはその意識も上位にある地方政府 9.1 <Rio+2
0>と G2

や中央政府の意向,さらには共産党中枢や国家発展改革委 このようななかで1 9
92年の「環境と開発に関する国連
員会の意向により左右される場合があり,環境ガバナンス 会議(UNCED) 」(地球サミット)から2 0年目の201
2年
の構造は理論通りには機能せず複雑である。しかし最終的 6月下旬にブラジルのリオデジャネイロで国連主催による
には一つのパワーバランスの下で経済と環境を表面的には 「国連持続可能な開発会議」 (Rio+2
0) "
(中国語: 合国可
均衡させた一つの定常状態に至るといえよう(図5) 。 持 #!
展大会)が開催された。また<Rio+2 0>の直前に
はメキシコのロスカボスで G2 0サミット(中国語:G2 0
9. 国際社会における環境問題に関わる中国の行動
$ % & % '
峰会または二十国 政部 和中央 行行 会 )が開催さ
環境セミナーが開かれた2 0
12年7月初旬の世界を眺め れた。この時期に先進国は多くの問題を抱えながらも G


012年1
2月 ― 9 ―

314 尾 鍋 史 彦


0には国家元首を派遣したが,Rio+2 0にはフランスが大
統領を送り込んだ以外は先進国が首脳級の人物を派遣しな
かった。この事実は相変わらず先進各国は基本的に環境よ
りも経済優先の姿勢を持っているとの印象をはからずも新
興国・途上国に鮮明に与えてしまった。このような中で中
国は国内経済が減速傾向にあるのにも関わらず G2 0には
胡錦濤国家主席を,<Rio+2 0>には温家宝首相を送り込
んだ積極的な外交姿勢は際立っており,国際舞台における
中国の存在感を改めて認識させた。
9.2 <Rio+2 0>に見る中国の持続可能発展に対する
考え方
中国政府は環境問題における持続可能な成長(sustain-
able development) ("
(中国語:可持 展)に関して定期
的に「中国可持 成( )" 展国家報告書」を公表しており,
<Rio+2 0>において温家宝首相はグローバルに見た環境
保全に対する考え方として3点に要約して提起した(温家
'
宝出席 合国可持 (" *
展大会提出三点建 )。会議の主要
議題がグリーン経済( 色+ #$ )であり,環境保全に対す
る姿勢は前向きに見えるが,今後も経済成長を続けなけれ
ばならない国情からか,中国はあくまでも新興国・途上国
の立場を貫き,中国のグリーン経済とは経済成長を阻害し
ないレベルでの環境保護への賛同という限界があるものと
筆者は受け止めた。 図 6 『環境緑皮書(2
012)

10. 環境問題に関する情報公開と報告書
の重点図書プロジェクトの一部として刊行されたことが興
中国政府が「政府情報公開条例」 (2
008年5月施行)を -
味深い(「皮 系列 “十二五”国家重点/ 目」)。 0-%&1
制定してからは国家機密や個人のプライバシーに関わる情 本書は巻頭に総報告を掲げ,農村地区における全面的環境
報は例外として,基本的には政府の業務の透明性の向上や 悪化と水の問題を論じている。全項目は第1章 総報告,
住民へのサービスの向上を目的として,情報を公開する方 以下,特別関心,生態保護,居住性,持続可能な消費,政
向にある。特に「環境保護,公共衛生,安全生産,食品薬 策と統治,国民の受け,国際視野,調査報告,年間記録,
品,製品の品質監督検査状況」については県級以上の人民 付録,から成っている。特に特別関心の章には“福島原発
政府が主体的,重点的に公開するものと規定している。但 事故の影響から中国の核の安全を見る” (从日本福 核事 2
し,国の安全や社会の安定に係ることや,国家秘密,商業 !
故影 看中国的核安全)という問題が記されていて興味深
秘密,個人のプライバシーは例外とされている。そのため い。
環境に関する情報が国家秘密とされると,公開されない可 1
0.2 『中国持続可能発展戦略報告書』
能性も生れる。 中国科学院の編集による資料で,グローバルな視点から
しかしこの条例と同時に「環境情報公開弁法」 (2
008年 持続可能性を論じ,中国における資源・エネルギー・環境
5月施行)が制定され,弁法の目的は環境行政部門と企業 などの状況をまとめたものである。歴史的な変化や海外の
の環境情報の公開を促進,規範化するとともに,住民,法 状況も記されており,興味深い。
人等の環境情報獲得の権利を保障し,公衆の環境保護への 1
0.3 『製紙工業環境汚染とその制御』
参加を推進することにある,とされている。このような状 <十一五>のための教科書として編纂されたもので,環
況のなかで政府・民間各レベルの報告書や関係資料が出版 境問題,環境科学などの基礎的項目から排水,大気,固形
されるようになった。ここに代表的なものを挙げる。 廃棄物などのための対策技術,環境の評価技術などが詳細
10. " ! #
1 『環境緑皮書( 境 皮 ) 』 にまとめられているユニークな書物である。
中国では国家機関による環境に関する統計資料は多種類
11. 中国の製紙産業の行方
発表されているが,最近は環境情報公開制度のなかで環境
NGO の動向が注目されている。特に2 006年より<自然之 11.1 生産・消費共に世界一となった中国の製紙産業
, + -
友>が発行する『環境緑皮書( 境 皮 ) ―“中国環境 2008年に中国はアメリカを越え,紙・板紙で世界一の
, " .
発展報告(中国 境 展 告) ”』が代表的なものである。 生産・消費国となった。それでは今後どのような方向を辿
筆者は2 01
2年5月発行の<20
12年版>(図6)を入手し るのだろうか。<十二五>(2 01
1―201
5)との関係で見る
たので,内容を概観してみた。なおこの書籍は環境 NGO と,筆者が出席した2 01
0年の上海での“China Paper20
10
による著作物であるのに関わらず<十二五>における国家 Shanghai”では<十一五>(2
006―2
010)における総括と

― 10 ― 紙パ技協誌 第6
6巻第1
2号
権力移行期に考える中国の環境問題 1
315

質的転換による産業の高度化が謳われている。なおこの資
料は“China Paper 2012 Shanghai”の技術会議<国際造紙
技術報告会>において“中国造紙工業―<十二五>発展展
望”と題して紹介された。なお<十二五>における製紙産
業の見通し全般に関しては,『2 01 2中国造紙年鑑』に詳細
に記述されている。図8は改革開放後の中国の製紙産業の
推移を示す。また図9には第1 1次五カ年計画期間中の製
紙産業の推移を示すが,近年の生産と消費の見事なバラン
スはマクロ経済コントロールによる製紙産業の優れた管理
の証左ともいえる。
11.
2 環境ガバナンスは製紙産業の方向性にどのように
影響するか
図 7 第1
2次五か年計画期間中の紙・板紙生産量の推移
権力移行後の中国共産党の常務委員会委員など中枢メン
(目標)(筆者作成)
バーや国家発展改革委員会の指導方針は,各地方の製紙工
場の誘致や新たな投資の方向性を左右する。また業界内で
問題点が,2 011年の北京での“China Paper201
1Beijing” の資源配分や構造調整にも大きく影響し,さらに四半期ご
でより煮詰めた計画が公表され,2 011年1 2月3 0日に国 とに実績から微調整される<十二五>のマクロな方向の変
家発展改革委員会および工業情報化部,国家林業局により 化にも影響する。環境行政における法の執行の強さのレベ
発表された≪製紙工業発展“十二五”計画(中国名:造 % ルにも中央,地方政府の権力の影響がおよび,環境ガバナ
工!"展“十二五” #$ !
) では最終案が策定され,2 012 ンスの構造と質にも影響し,さらには各企業の企業統治
年3月の全人代で承認された。製紙の<十二五>計画は< (コーポレートガバナンス)にも影響するだろう。
十二五>の基本的方向を製紙の分野で実現させようとする
12. エピローグ 中国を見るために必要な新たな視点
もので,<十一五>の実績を点検し,策定されたといえる
が,概略は生産と消費はマクロ経済政策の中でバランスを 経済発展の著しい中国だが,同時に環境破壊が深刻化し
保ちながら安定的に成長させ,生産は<十一五>の最終年 つつある。中国政府は30年余りの間に環境法体系を構築
である201
0年に9, 270万トンであった。<十二五>では, し環境法政策を実施してきており,また<十二五>では循
期間中の平均伸び率を4. 6% とし,初年2 011年の9, 930 環型経済,緑色経済,省エネルギー低炭素社会などの標語
万トンを最終年2 015年には1億1, 60
0万トンとする生産 を前面に打ち出している。しかし問題は環境法の適用にお
目標を掲げている(図7) 。原料構成比では非木材パルプ けるガバナンスの有効性,すなわちどこまで環境法を有効
を減らし(15.3%→11.7%),木材パルプ(2 2.0%→2 4.
3%) に適用できるのかという疑問がある。この問題は中国の経
と古紙(62.7%→64.0%)を増やすことを目指している。 済成長と環境政策の両立の可能性の問題で,今後の中国社
環境問題に関しては特に資源節約や環境保護,構造調整, 会の持続的発展の可能性の問題でもあるのだが,単純に経

図 8 改革開放後の中国の製紙産業の推移(2
010中国造紙年鑑より)


012年1
2月 ― 11 ―

316 尾 鍋 史 彦

図 9 第1
1次五カ年計画期間における中国の製紙産業の推移(2
011中国造紙年鑑より)

済と環境の関係で決まるのではなく,共産党を頂点に抱く さらに欧州・大西洋からアジア・太平洋に軸足を転換させ
中国の政治権力の構造とその環境法政策の実行への関与に つつあるアメリカの関与も重要な要素である。今後は日
より大きく左右される。 本・中国・アメリカの関係という複合的な状況の中で問題
世界一となった中国の紙・板紙の生産と消費量を少子高 を考えなければならない困難な時代に突入したといえよう。
齢化社会へ転換により市場が拡大しなくなり,特に東日本 References
大震災後の閉塞感に覆われたわが国の業界から見ると一見 1)Proceedings of the19th Environmental Seminar of Ja-
羨望を覚えるかもしれない。しかし中国の個人あたりの消 pan J.TAPPI(2 012.7)(in Japanese)
費量はわが国よりはるかに少いし,資源・エネルギーなど, 2)Proceedings of China Paper 2 01
0Technical Confer-
中国が抱えている問題は多い。中国自身が世界一になった ence(in Chinese & English)
現状が内包する多くの問題点を認識し,今後は量的重視の 3)Proceedings of China Paper 2 01
1Technical Confer-
製紙大国から質的重視の製紙強国になるべきと主張してお ence(in Chinese & English)
り,China Paper での技術会議の内容から海外からの最新 4)Proceedings of China Paper 2 01
2Technical Confer-
技術の導入に熱心なことが伺われた。<十二五>のなかで ence(in Chinese & English)
はマクロ経済情勢の変化に対応し,計画の数値目標や重点 5)Almanac of China Paper Industry(2 010) (in Chinese)
を綿密に見直し政策の微調整が行われるので,中国の紙パ 6)Almanac of China Paper Industry(2 011) (in Chinese)
ルプ産業でもそのような行動がとられ,常に最適な生産と 7)Almanac of China Paper Industry(2 012) (in Chinese)
消費のバランスを維持する方向で動くだろう。 8)China Environmental Handbook(2 0 11―12) (Pub. by

011年から第1 2次五か年計画(2011―1
5)(
“十二五”と Sousousha) (in Japanese)
略称)が始まったが中国経済は減速傾向にあり,温家宝首 9)Contemporary Encyclopedia of China(Iwanami―Sho-
相は本年3月の全人代において2 01
2年の GDP の対前年 ten1 999) (in Japanese)
比伸び率の目標を昨年までの 8% から7. 5% に引き下げ 1
0)Contemporary Encyclopedia of Asia(Bunshindo2 009)
ることを表明した。すなわち従来のような高成長を求めず, (in Japanese)
持続可能な質的に高い安定成長を求める方向に政策を転換 1
1)H. Kitagawa ed. Chinese Environmental Policy and
させたといえる。実際に本年7∼9月期の成長率は7. 4% Governance(Shoyo―Shobo2 01 2)(in Japanese)
と,7四半期続けて減速した。 1
2)K. Mouri ed.“Review of3 0years after post―Reform &
中国では産業界全体が内需主導に構造転換する方向には Liberalization”(Waseda Univ. Inst. Of Contemporary
あるが,わが国を含めたアジアの市場と強く連動しており, China Studies) (20 10)(in Chinese & Japanese)

― 12 ― 紙パ技協誌 第6
6巻第1
2号

You might also like