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オバタリアン
オバタリアン
オバタリアンは電話が鳴ると、電話機に近づきながらハイハイと
えらそうな声を出す‥。オバタリアンは相手次第で知ったかぶりと
知らんぷりを交互に連発する‥。オバタリアンはどんな先生であれ
先生という人種には必ず擦り寄る‥。オバタリアンはパジャマで運
転できる‥。オバタリアンはいつも不利になると市民の権利を乱用
する‥。オバタリアンは夜中に洗濯機をまわす‥。
さて、堀田かつひこが労せずしてカリカチュアライズしてみせた
“醜いおばさん像”は、その後、ばばシャツやユニクロの波及ととも
に全国的動向として日本中にあからさまになっていった。
中年女性のすべてがオバタリアンになってしまったのである。そ
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れだけではなかった。オバタリアンは“醜い日本人像”をも侵食して
いって、日本中がオバタリアンになってしまったのだ。
たとえば、「オバタリアンは3人でタクシーに乗るときも一人が
助手席に乗って後ろを向いて喋る」「オバタリアンは入浴剤を変え
すぎる」「オバタリアンはどんな粗品でもすぐに手を出したがる」
といった4コマが示す“原則”は、いまやどんな日本人にもあてはま
る。もはやオバタリアンはオバタリアン・ウィルスとなったかのよ
うなのだ。
オバタリアンは 90 年代を席巻しつづけた。そういうことになる。
で、それでどういうことがおこったかというと、コギャルがこれを
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受け継いだ。オバタリアンはコギャルの年齢にまで拡張されたのだ。
むろん、こんな現象についていけない者たちもいた。そのかわり、
かれらは外出を恐れるヒッキーになっていった。
本書が単行本になったとき、カバー表4に「オバタリアン症候群
とは何か」というお触れが出た。それによると、
「ずうずうしくなれ
る自分が嬉しい」「羞恥心がなくなっていくことと自信がつくこと
の区別がつかない」「なんであれ自分を正当化しつづける」がオバ
タリアン症状の3原則だということらしい。
またまた、うーんと唸った。いまや日本中がこんな奴ばっかりで
はないか。
日本人はいつごろオバタリアンになったのか。少なくともぼくの
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少年時代の“伯母さん”たちはそういう人たちではなかった。どこか
慎ましく、かつ静かに勇気を発揮した。オヤジたちもおばさんでは
なかった。いまや中年男の大半がおばさん化しつつある。いったい
何がおこったのか。
ネオテニー(幼形成熟)ではあるまい。ネオテニーならまだしも
よかったのだ。おやじの去勢化がオバタリアンを助長させたという
説もあるが、これは男たちのおばさん化を多少とも説明することに
はなっても、1億総勢オバタリアン化の説明にはならない。なぜな
らオバタリアンはまずもって主婦であるからだ。イヴァン・イリイ
チのシャドウ・ワーク論は、その本質がつっこまれないうちに、主
婦の怪物化をおこしてしまったのである。
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おそらくは日本資本主義的な消費文化のとてつもない大驀進が
奥の原因にある。オバタリアンは消費のための進軍をすべての街角
とロードサイドと昼のホテルで始めたのだから、消費なきところに
オバタリアンは出現しなかったはずなのだ。
子供との関係も奥の原因になっている。オバタリアンは子供を育
てていたはずで、その子供との関係の軛(くびき)がどこかで外れ
たから暴走を始めたのであろう。そうだとすれば、子供の社会に母
親の暴走をくいとめる謎がなくなったということか。また、一説に
はフェミニズムと環境保護主義がオバタリアンの温床をつくった
ということらしいが、これはフェミニズム思想や環境思想を知らな
すぎる誹謗というものだろう。
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そのほか、ごくふつうに予測がつくのは、家庭にとどまる魅力が
なくなったということで、そうであるならオバタリアン爆発という
ことは、一方で家庭における細部が摩滅したことを物語る。
しかし、どうもこれらだけではなさそうだ。そこで、結局は「男た
ちがだらしないからだ」ということで説明をはしょる論法が多くな
っていくのだが、これではオバタリアンの圧倒的勝利が謳われるだ
けで、やはり話にならない。
実はひとつ決定的に欠けていることがある。それは誰もがオバタ
リアンを攻撃しないということだ。
漠然とオバタリアン現象をおもしろがっているだけで、誰もがオ
バタリアンとの対決を避けてきた。むろんオバタリアンと対峙した
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ところで、おもしろいはずはない。疲れるだけだろう。けれども、こ
の対決を避けているかぎり、そのうち誰もがオバタリアンになって
いく。オバタリアン攻撃は誰しもの内なるオバタリアン攻撃なので
ある。
オバタリアンとは「ずうずうしくもつねに自分を正当化する没羞
恥者たちの群」ということである。もし、ここにオバタリアンの特
徴が暴露されているというなら、実は答えはかんたんなのだ。それ
は、オバタリアンを孤立させること、それである。ちがうか。