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臨床精神病理 3

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~日本精神病理学会第 39 回大会(浜松)
シンポジウム II 「スピリチュアリティと精神病理j

スピリチュアリティと「うつ J とポジティブ思考

堀江宗正*

抄録:本稿ではスピリチュアリティとの関わりで「うつ」から回復したと語る男性の事例
を検討する。スピリチュアルな個人を対象とするインタビュー調査において,このような
語りはいずれも男性に顕著であり,女性では目立たなかった。スピリチュアリティには,
人生観の提示によるうつ否定的機能と,人工的なひきこもり状態によるうつ代替的機能と
がある。疎うつの波は,ポジティブ思考でうつを真っ向から否定する例において強いが,
うつをポジティブに意味づけ,自然へのひきこもりを挿入する例では緩和される。都市型
の世俗的で物質中心の組織社会がうつを引き起こすという語りは全員に共通した。これは
男性の真面白な会社人聞がうつになるという日本的なうつ物語と軌をーにする。スピリチ
ュアルな女性は男性社会と対決せず,不都合なことを回避するという説明も男性側から出
された。スピリチュアリティのうつ回避的機能が示唆されるが,今後の検討課題としたい。
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Keywords:ゆirituality, dゆression, ρositive thinkinι religion, g


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自己物語である。そこでのスピリチュアリティと
I. 問題提起一一スピリチュアルな男性の 「うつ j との関係を考察したい(ここではスピリ
「うつ」物語 チュアリティをごく簡単に,“物質的なものを超
えた事柄への信念と,それを体験しようとする実
発表者は,宗教団体に所属せずに個人的に「ス 践”としておく)。
ピリチュアルなものに関心がある」と自己認識す 米国のニューエイジや英国のスピリチュアリズ
る人(東京近辺在住,スピリチュアル・ビジネス ムに影響を受けた 2000 年以後の日本の「スピリ
に従事していない人)を対象としたインタビュー チュアル・ブーム」では,ポジティブ思考が顕著
調査を, 2007 年から断続的におこなってきた 5)。 に見られた。一方,この時代には,自殺率の高ま
本稿では,「うっ」「抑うっ」「ひきこもり」な りや「うつ」の増加なども見られ,社会は必ずし
どの言葉を用いてライフストーリーを語る男性の も明るい雰囲気に包まれていなかった。
事例を取り上げる。語りは必ずしも医師の「うつ 筆者は社会的弱者がスピリチュアルなものに依
病」だとし寸診断にもとづくものではない。考察 存するという説はとらなし 3 。なぜなら,調査対象
の対象は,あくまで「うっ」をキーワードとする 者には金銭的にも知的にも恵まれている者が多か
ったからである。また,彼らは基本的にポジティ
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. ブ・シンカーなので,苦悩の経験や自己の弱さを
*東京大学死生学・応用倫理センター
問題化しない傾向がある。
[〒 113 0
033 東京都文京区本郷 7-3' l
]
しかし,一部の男性には,極度の落ち込み経験
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fTokyo.731Hongo,Bunュ が見られ,それがスピリチュアルな考えに触れる
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3Japan ことで解決されるという語りが見出された。彼ら
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は苦悩があるから,スピリチュアルなものに関心 験一ーを持ち,自己超越を重視するスピリチュア
を持つのだろうか。ポジティブ思考は苦悩を打ち ルな価値観に目覚めるというへこの考えは気づ
消すための手段なのか。ここでは,とくに「う きを通して成長しようとする今日のスピリチュア
っ」的状態が登場する典型例を取り上げ,スピリ リティの源流となっている。宗教が自己の置かれ
チュアルな信念がうつをどのように処理するかの ている否定的状況からの救済を説くのに対し,ス
類型を示し,日本の社会的状況や宗教史のなかに ピリチュアリティはそれまでの自己を肯定した上
それがどう位置づけられるかを考察する。 で,さらに自己を成長させ,超越させようとす
る。

II. 先行研究一一スピリチュアリティと苦悩 しかし,スピリチュアリティの探求を始めた人


の関係!をめぐる角平手尺 はもはや低次の欲求に由来する苦悩に遭遇しない
のか。恵まれた人しかスピリチュアリティを探求
宗教に依存するのは,物質的・身体的・心的な できないのか。
欠乏・剥奪の状態の解消を求めるためだという解 F
ran
kl,V. によれば,人は苦悩に直面してな
釈は,宗教社会学では剥奪理論として知られ お生を意味あるものにするよう問われているとい
るぺ実際,新宗教入信の背景に貧病争などの苦 う。意味を問われることで,苦しむ人は超越的な
悩があることは教団機関紙などの奇跡的体験談を ものを措定せざるをえなくなる。このような意味
読めば明らかである九新宗教研究者の楼井義秀 への意志を活性化する「精神的なもの」(スピリ
は,このような解釈を応用し,スピリチュアリテ チュアルなもの)からの心理療法を,彼はロゴセ
ィへの関心の高まりを格差拡大と関連づけたが, ラピーと呼ぶ3)。 Frankl の考えは今日のスピリチ
十分に実証されていない 11 )。島薗進によれば,新 ュアル・ケア一一死に直面している人の生の意味
しいスピリチュアリティにおいては解決すべき苦 の構築を支えるケアーーの源流の 1 つに位置づけ
情が,貧病争など共有性の高い悪から「私事悪J られる。死という普遍的な苦悩はスピリチュアリ
に変化している 13 )。宗教に比べて,恭lj 奪の明確な ティの探求者もそうでない人も平等に襲う。誰も
形態との関連が見えにくいということである。私 がそこで生の意味を問われ,スピリチュアリティ
的苦悩なら教団よりセラピストの方が細かく対応 の探求に巻き込まれる。そして,この探求は死に
できるが, Bellah, R
. N. らによれば,セラピー 至るまで終わることがない。
では共同善の探究に向かいにくいという 2)。他 以上をまとめると,スピリチュアリティとは苦
方,島菌は,自助グループなどでは共通の苦悩を 悩解消の子段ではなく,苦悩に直面しつつ生の意
持つ者同士が私事悪の背後にある社会問題からの 味に気づく契機,それを探求する際の参照点であ
解放を目指すとし,それを「解放のスピリチュア る。それは何らかの体系をなすかもしれないが,
リティ」と呼んだlヘ私的な剥奪状況への対処が 宗教のように究極的な解答を与えるものではな
社会倫理としての意味を持つことへの期待が込め い。探求者の私的な関心や理解に応じた気づきの
られた表現である。 きっかけの集合に近い。この気づきと探求のフ。ロ
一方,スピリチュアリティ概念の理論的出発点 セスに終わりはない。多くの探求者はそれを渉猟
を確認するなら,苦悩解決の手段という理解には し, 1 つに固執しない。もちろん,これでは,苦
難点がある。 Maslow, A
.H. は,さまざまな基本 悩やそれへの応答は個人的なものでしかなく,社
的欲求が満たされると自己実現欲求に向かうとい 会的意義を持ちえなしヨ。だが,彼らの苦悩に共通
う欲求の階層論を唱えた。つまり貧病争などの苦 性があるのなら,類似したパターンや方向性も見
悩が解決しても,人聞はそれで飽きたらず,自己 出されるのではないか。
の潜在的可能性を実現しようとする。そうした
人々は自他がともに独自でありながら合一するこ
とに気づくようなピーク体験一一ある種の神秘体
堀江:スピリチュアリティと「うっ」とポジティブ思考 1
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III. 本研究の聞い一一スピリチュアリティ, 岩男さん( 32 歳)一一一ひきこもりから和解へ

うつ,社会 インタビュー当時は「コミュニケーションの先
生」の下でスタッフをしており,アリゾナ州セド
本研究では,個人的なスピリチュアリティの探 ナで研修を兼ねて滞在中だった。そこで筆者と出
求のなかでも,現代社会で共通性が高いと思われ 会い,カセドラル・ロックを上り下りしながら,
る「うつ」という苦悩の語りに注目する。苦悩 インタビューに応じてくれた( 2010 年 3 月 4
は,従来の宗教では共同性や連帯を立ち上げる契 日)。
機として機能する。スピリチュアルな探求者に特 社会に適応した「ひきこもり」:高校生から
有の苦悩があるなら,それに直面する様態を語り 26 ~ 7 歳まではひきこもりだった。大学と職場に
から把握することで,宗教との比較が可能にな 通い,義務はこなしていたが,土日はゲームとパ
る。宗教史上の類型と関連づけることで,当事者 ソコンに没頭する状態だった。いい会社に行っ
の自己理解を相対化すると同時に,その独自性を て,出世して,遅くまで働いて,という現実を見
石雀認することができる。 たくなかった[年功序列の日本企業の過労状況か
本稿ではスピリチュアルなものに関心があるイ らの逃避]。アメリカへ転勤し,当初は英語で苦
ンタビュイーのなかでも「うつ」的状態にあった 労するも,仕事と商品を好きになる。
ことを語った事例を取り上げ,以下の 4 つの問い 自己啓発との出会い:しかし,自己啓発にハマ
を検討したい。まず, 1. スピリチュアリティと ってから疑問を感じるようになった[セミナーが
「うっ」との関係について, 1-1. スピリチュアリ 社会への疑問をあぶり出し,過去の自分を「ひき
ティはうつの解決手段か,以前からの興味や傾向 こもり」と表現させた可能性も]。「経済自由人」
性の発露か, 1-2. スピリチュアリティ思想、で強調 [本田健の提唱する不労所得生活者]にインタビ
されるポジティブ思考と「うっ」の関係はどのよ ューする[個人的に話を聞く]ようになってか
うなものか,という問いを設定する。次に, 2. ス ら,さらに疑問が強まり,会社で出世することが
ピリチュアリティと「うっ」の現代日本社会での 人生ではないと気づく。
位置づけについて, 2-1. インタビュイーにとって スピリチュアルとの出会い:この時点では自分
スピリチュアリティの社会倫理的意義はどのよう の成長だけを考えていたが,飯田史彦の『生きが
なものか, 2-2.研究者から見てスピリチュアリテ いの創造j [輪廻を説く本で,本人の意識では
ィは宗教史上どのように意味づけられるか, とい 「スピリチュアル」に分類される]に出会って,
う問いを設定する。 自分の成長だけじゃダメだと分かり,自己啓発と
スピリチュアルを融合しようと思う。
IV. 事例研究 父との和解:自分の父親がなぜあんなに厳しい
のかも分かった[自分が生まれる前に選んだ]。
以下で取り上げるのは,筆者のインタビュー調 父親は自己中心的で,母親にも怒鳴り,けちで小
査に協力した岩男さん 32 歳,安志さん 44 歳,樺 遣いもくれず,分かち合いができない人だった。
夫さん 49 歳・ 59 歳( 2 回目のインタビュー), 母は分かち合える人だった。両方の長所と短所に
鉄男さん 58 歳(すべて仮名)である。事例選択 気づき,一生懸命何十年も働いてくれたと感謝の
の基準は「うつ J 状態への主題的な言及だが,結 気持ちが湧き,許すことができた。去年プレゼン
果としてすべて男性の例となった。なぜ女性では 卜して,はじめて肩を探み,和解して,父親の態
なく男性なのか,その背景にどのようなジエンダ 度が変わった。これまでも父親を変えようとした
ー構成があるのかも,考察の課題となる。[ ] が,変えられなかった。自分が変わらなければ相
内は筆者の補足や考察で,地の文は鍵括弧がなく 子も変わらないと気づいた。
ても基本的に語られた言葉の要約である。 退職とコミュニケーションの訓練:その後,会
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社を辞めて,恋愛コミュニケーションの先生の下 国」日本で,それに代替するスピリチュアリティ
でスタッフをしている。論理も説明されるが,す はアメリカ文化に由来する。日本に比べてアメリ
ぐ実践に入った。自分は恋愛経験もなく,男とも カは,人とのコミュニケーション,自然のパワー
女とも話せない。セドナでは道を聞くことから始 の大きさ,自己啓発の考えにおいてすぐれている
め,どんどん声をかけて人と仲よくなっている。 と考えられている( 2-2 )。
いずれ独立して,自分もセミナーで教えたい。 だが,自己啓発やスピリチュアルとの出会い
うつは賜物一一ーつながりへの目覚め:以前は が,社会適応していた岩男さんに疑問を抱かせ,
ぶつけようがない怒りを抱えていた。孤独は自分 「個人を孤独にする社会のなかで,実は自分もひ
と向き合う時間であり,自分にとってうつは賜物 きこもりだったのだ」という物語を与えた可能性
fごった。それをうつの人に教えたい。自分にしか もある。全体としては,「大きなパワーを持った
伝えられないメッセージがある。 アメリカン・スピリチュアリティを身につけて,
今の社会はうつの人が多いが,原因は 2 つあ 自己中心的で、高圧的で、世俗的な勤労者であった日
る。第一に孤独な人が多い。毎年 3 万人の自殺者 本の父を乗り越える息子」という男性的な物語と
が出ている。豊かになっても心は解決できない。 なっている。
みな人とのつながりを求めている。それに気づか
せるのが僕の仕事。 安定、さん( 44 歳)一一一自然による癒やしと世俗内

自然とのつながりがスピリチュアリティ:第二 隠遁

に人々が宗教や神を信じなくなった。戦前の日本 マッサージ師だが,客によってはスピリチュア
は間違っていたが,神の国で,うつの人はいなか ルなヒーリングを施している( 2007 年 8 月 29
った。僕自体はどこの宗教にも属さず,宇宙や自 日)。
然の流れなどを信じている。「スピリチュアル」 親との葛藤と家庭生活の挫折:両親もマッサー
とはその流れに乗るということ。本当に M も心配 ジ削j だった。怖い父親に反発して 16 ~ 7 歳から
しなくていい[ポジティブ思考]。こんなこと言 自立し,バーテンダーをしていたが挫折し, 20
っても「頭おかしい」と言われるが。アメリカに 歳過ぎに家に戻る。専門学校に行かざるをえなく
は以前も滞在したが,ただ景色が美しいとか壮大 なり,マッサージ師の資格を取った。親の反対を
だと感じるだけだった。セドナでは山と一体化 押し切って結婚したが離婚し,自暴自棄な生活を
し,場所ごとに異なるインスピレーションを受 送る。 30 歳くらいが人生最悪の頃だった。借金
け,自分の人生はどうしてこうなのかなどのメッ と体調不良を抱え,脱却するまで 5 年弱かかる。
セージを受ける。日本ではセドナほどパワーを感 自然による癒し:体力が低下していたが,寺を
じ,神経が研ぎ澄まされることはない。サンダー 巡りながら奥武蔵を歩き,自然に入ることで救わ
マウンテンには呼ばれたと思う。語りかけてく れた。[筆者:自暴自棄な生活の苦悩からの救い
る。昨日は 4 時間くらい歩いて,眠想、をした。頭 を求めたのか?]身体意識の導きがあったかもし
がぼーっとして身体とつながっていない。こうい れない。最悪だったこと[うつ状態]にも意味が
う経験は日本では感じられない。 あり,感謝しかなくなった。今つらい人も,明る
考察:岩男さんによれば,宗教を信じない現代 い光を信じて生きてもらいたい。
日本社会は,人々を孤独にさせ,うつの人を増や レイキとの出会い: 1995 年くらいに,レイキ
した。スピリチュアリティは宗教の代わりになる [子を当てて宇宙のエネルギーを流して治癒を起
(2-1 )。それは,自然とのつながりを実感させる こす実践]のシンボルが自分で何となく分かつた
ことで,うつや孤独を癒す( 1-1 )。「うつは賜物」 [普通は伝授・アチューンメントを受けないと教
と否認せずに直視した上で,自然の流れに乗り, われない]。数年経ってレイキを受けたが,シン
f可も心配しなくていいというポジティブ思考に向 ボルはその通りだった。それで回路が開け,マッ
かう( 1-2 )。彼の宗教イメージは戦前の「神の サージに加えて,希望があればヒーリングを施す
堀江:スピリチュアリティと「うっ」とポジティブ思考 1
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ようになった。 上で積極的に交流していたかと思えば,アカウン
「健康」は手段ではなく,自然であること:健 トを閉鎖し,過去の活動を抹消し,姿を隠し,新
康とは自然であることだ。人間はどんどん自然か たにアカウントを開設するのを繰り返す。操うつ
ら離れていくが,自然に戻ろっともする。そこで の可能性もある。登山,写真,蕎麦,「麦酒j に
[ヒーリングによって自然と]エネルギーを交流 親しむ姿を公開し,中高年向け男性雑誌に出てく
して,自然な状態に戻していく。[筆者:都会の るような理想、のライフスタイルを孤独に実践して
マッサージ客は自然回帰より労働のための資源と いる。

して健康をとらえているのでは?]どうにかして
くれという人が多いので余計なことは言わない。 樺夫さん(初回 49 歳, 2 回目 59 歳)一一生死の

地球への祈り一一地震の軽減:山を歩きながら 意味の探求
精力的に祈りを捧げている。自然も癒されたがっ 作業用品を扱う会社の役員。以下,前半は初回
ている。自分が救われた思を返したい。[筆者: インタビュー( 2006 年 5 月 7 日)。
天変地異を鎮めたいという気持ちがあるのか]今 ニューエイジとの出会い:もともとオカルトに
はそれほどない。アセンション[ 2012 年前後か 興味はあったが, 27 ~ 8 歳のときにシャーリー・
ら本格化すると言われる地球の次元の上昇]で, マクレーンの本を読み,目に見えないものにつな
ひずみ[天変地異]が出やすい。地震は止められ がっているという感覚を得た。
ないが,ずらせる。自分の住むところ[の災害] バブル中に燃え尽き,断食道場で回復:バブル
を回避するだけでなく,各地の「エネルギー・ブ 期の平成元年に,多忙から燃え尽きてしまう。こ
ロック」に祈っているヒーラーさんが多い。それ のまま生きていくのはどうかと悩む。当時は自律
だけではないが,地震が上手に東京をずれてい 神経失調症と診断されたが,今なら「うつ病」と
る。 言われただろう。 10 日間の断食道場に参加し,
内的神性への気づP きとしてのスピリチュアリテ 眠れずに覚醒し続ける感覚になった。体重は 10
ィ:「スピリチュアル」[スピリチュアリティ] kg 落ち,自分の声が力強く聞こえる。気が入っ
は精神性と訳せるが,「神」という字を含む。神 た感覚になり,回復した。
的なものが個人のなかにあるのを自覚することと 母親の病死一一代替療法への接近:母親が
とらえている。 ALS になる。医学的治療法がなく,代替療法に
考察:安志さんは幼少期からオカルトに興味を 片端から当たる。進行を遅らせた感もあったが,
もち,ヒーリング”は家業のマッサージの延長線上 翌年 6 月に亡くなる。死への恐怖を感じ,前世療
にある。うっからの救済手段としてスピリチュア 法のワイスや精神世界の本を読んだが,今から考
ルな治癒にすがったとは言えない。しかし, 5年 えると[後述のシルバーバーチと比較すると],
うわっつら

間のうっから自然のなかでの,あるいは寺院での 上面のスピリチュアルだった。
礼拝に向かい,自然との交流を通して回復した。 親友の自殺とスマトラ沖地震津波一一うつ病再
うつを意味づけ,それに感謝することで救われて 発とスピリチュアリズムとの出会い:今から 6 年
いる( 1-1 )。自然回帰で内的スピリチュアリティ ほど前,幼なじみの親友がうつで首つり自殺し
が目覚めるという考えは,ポジティブ思考に通じ た。落胆と怒りが続くなか, ISO 審査のため過
る( 1-2 )。うつ,健康,スピリチュアリティを, 労になる。何の意味があるのかと悩み,うつ病と
個人や自然に関わるものとするが,社会のための 診断される。薬を飲み, 1 ヵ月半休んで、回復した
資源とは捉えない( 2-1 )。都心で社会生活を営み が,インドの津波で知人が亡くなり,命のはかな
つつ,自然とのスピリチュアルな交流に精進す さを思い知り,また 1 ヵ月ほど寝こむ。子どもも
る。修験者や霊術家に近いが,「世俗内隠遁」の 小さく仕事をしなければならないが,車の運転す
状態とも言える( 2-2 )。 らできない。抗うつ剤と安定剤を飲み, 1 年かけ
ワークショップで知らない人と出会い,ネット て落ち着く。 8 月のお盆明けに仕事で運転中,本
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屋に行けというインスピレーションが来る。店に らえている。

入ると,シルバーバーチの本が目に入る。死後の フラットな状態と膜想の実践:死にまつわるシ
ことが書いてあり,全部が解き明かされた感覚に ョックな出来事はあるが落ちこまなくなった。昔
なる。勉強しようと気力と意欲が上がり,半年で はネガティブなものが浮かぶと,スノぐイラルには
薬を飲まなくなる。スピリチュアリズム[死後の まってから,自分に立ち直るよう,考え方を変え
霊の存在を信じ,その教えを受け取り,伝え,実 るよう言い聞かせた[暗示的なポジティブ思考]。
証しようとする運動]の勉強会に行くようにな しかし今は,浮かんだなと認識した上で切り捨て
り,シルバーパーチ霊訓集の抜き書きなどに取り るという感じで,山も谷もないフラットな状態を
去且んでいる。 保っている。最近はヴィパッサナー膜想(マイン
「霊的うつ J 一一生きる意味への渇望:キャロ ドフルネス)など,さまざまな膜想を試してい
ライン・メイス『七つのチャクラ』という本で る。それが関係あるかは分からない。ただ,睡眠
「霊的うっ」という概念を知る。色々なことが全 障害があり,睡眠導入剤を服用することもある。
部つまらなく思えるという説明が,自分に当ては ポジティブ思考批判:ポジティブ思考は,都合
まると思った。さらに自分の場合,何を目指して の悪いものを見ないようにするので利己的になる
生きているのか,今の人生は違うという感覚があ 危険がある。動機が物質的成功などで不純に思え
った。そこに方向性を与えたのがシルバーパーチ る[スピリチュアリズムでは動機の正しさを重
fごった。みな鳥カゴのなかにいて,それがなくな 視]。また,結果を引き寄せるために自分の心を
るとどうしてよいか分からなくなるが,実は全部 変えるのは不自然である。自分の世代は親が厳し
つながっていた。 く,道徳的な教えが強かった。今は自分に都合の
つながりへの希求一一理解されないスピリチュ 悪いものは見ょうとしない。
アリズム:コミュニケーションをしてつながって 考察:樺夫さんの話は,“過労と仕事と生死の
一一一一ー スぜリチユアルな

ゆきたいが,多くの人はシルノ〈ーパーチに関心を 意味への疑問が「霊的うつ」を引き起こし,
持ってくれない。だからブログで植物や花や海中 その疑問をスピリチュアリズムで解決した結果,
の生き物の写真,音楽の話題など広い話をして, うつも解消した”という苦悩の劇的解決の回心物
そこにポンとスピリチュアリズムの考えを持って 語と読めそうである。しかし,樺夫さんはもとも
とオカルト的なものや代替療法に興味を持ってお
以下は, 2 回目のインタビューの内容( 2016 り,スピリチュアリズムと出会ったのはうつが落
年 8 月 1 日)。 ち着いた時だった。スピリチュアリティに向かう
他者の苦悩への寄り添い: 2008 年頃,長男の 素地があったため,度重なる親しい人の死によっ
高校が急、に成果主義になり,長男がひきこもり, て現世的生活への疑問が雪だるま式に膨み,喪失
高校を中退する。彼は自分の趣味のダイビングに の悲嘆と合流してうつの形を取り,死後の生命を
はついて来た。自分自身,自然を愛し,特に巨木 認める世界観の強化に至ったと見ることも可能で
に惹かれ,訪れるとパワースポットだったという ある。その場合,苦悩のより大きな視野からの意
ことがあるが,長男も自然を愛する性格の持ち主 味づけと受容のブ。ロセスとしてスピリチュアリテ
fごった。環境科学系の大学に進学し,ひきこもり ィをとらえることができる( 1-1 )。一方,物質的
を克服する。 2011 年には東日本大震災が発生し 利益を追求する「上面のスピリチュアル」やポジ
たが,スマトラ沖地震の時のような「無常観」に ティブ思考は利己主義を増長させるとし,それが
はとらわれず,被災地でボランティア活動をす 流行る背景には道徳の衰退,都合の悪いものを見
る。 2013 年に娘の恋人が入浴中のてんかん発作 ょうとしないネット社会があるという( 1 2 )。現
で溺死する。娘は落ち込んだが,彼が向こうの世 代日本人は霊的世界に気づこうとしないが,世俗
スぜリチユアルな

界にいて元気にしている夢を見る。 2 年後の命日 的な生活への違和感が凝集すると霊 的うつの状


に,今の彼と出会い,引きあわせてもらったとと 態に陥る可能性があり,自分はそれに当たると樺
堀江:スピリチュアリティと「うつ」とポジティブ思考 1
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夫さんは考える。それを霊的世界に目覚める前段 に売ろうとしたら,女房からやるなら離婚すると
階だととらえている( 2-1 )。 言われる。たまたま知りあった司法書士に,「い
樺夫さんは,北中淳子の言う日本的うつ,つま ま離婚したらどうなりますか」と電話する自分が
り真面白で勤勉な男性がかかる病気というイメー いる。大変な事態なのに,何も感じない。動じな
ジをたどっている(欧米では女性の病気というイ い[怒りの否認を不動の境地と誤認]。それを日
メージカf あるという) 7)。そして,スピリチュア 記に書くと,おかしな状態だと言われる。「お前
リズムの死生観を真面目に勉強することでうつを ら何を言っているんだ,自分が経験していないか
解決している。散発的にスピリチュアル関係のグ らそんなこと言うんだ」と怒って,「落っこちた」
ループにも参加するが,「女性が飛びっく上面の [怒りの表面化とうつ]。怒りが消せず,なぜ自分
スピリチュアル」と見下す。自分の勉強したこと が落っこちるのか,おかしいと,感謝の気持ちで
を伝える使命を感じる一方,それを理解しない周 修正した[暗示的なポジティブ思考によるうつの
囲に壁を感じ,容易にカミングアウトできない。 消去]。だが 1 週間すると,また落っこちる。
社会人や家庭人として義務をこなしつつ,現世的 新宗教への憎悪と関心: [ここで初めて宗教遍
生活や現世利益型のスピリチュアルと心理的に距 歴に言及]母親は新宗教の信者で,無理やり得度
離を取り,スピリチュアリズム系の教団や組織と させられた。信者は自分の体験を話すが,わざと
も距離を取る世俗内隠遁の型に当てはまる。 らしく,強引な布教に嫌気がさした。悩みがある
から固まっているだけで,みんな不幸に見えた。
鉄男さん( 58 歳)ー一一眠うっとの格闘 一方,死ぬのが恐くて心霊もの,仏教の本は読ん
鉄道会社社員で,元パス車掌,社員教育を担当 でいた。高橋信次を読み, GLA に行って感激し
している( 2009 年 6 月 22 日)。 た。出口王仁三郎にも感銘を受けた。どちらも今
ネットワークビジネスと「前世の家族」との再 は現世利益的に感じるが,まっすぐな所に心を打
会: 100 キロ近くあった身体からのダイエット たれた。大川隆法にも感動し,約 100 冊の本を読
(元部下の女性からネットワークビジネスのダイ み,講演会にも行った。フライデー事件のあとも
エット食品を購入)をきっかけに感受性が強ま すごいと思って読んでいたが,会員になるよう勧
る。タロット占いを始めると,面白いように当た 誘され,ノルマがあることを知り,全部古本屋に
り, SNS でスピリチュアルな人に出会うように 売ってしまった。
なる。その一人と,戦国時代に夫婦だったことを 最初のうつ一一管理職としての苦悩: [ここま
両方が同時に思い出すという体験をする(前世の で来てはじめてタロット占いをする前のうつに言
妻との再会)。そこから 3 人の前世の子どもたち 及J 3 年前かな。自分は精神的に強く,絶対うつ
も分かり,「一家」全員で再会した。みな考え方 にならないと思っていた。しかし,気が弱いか
を共有していた[別の女性インタピュイーは,筆 ら怒鳴って強く見せているだけだった。当時は
者と関係なく別ルートで彼らと知り合い,鉄男さ タクシー営業所所長だった。組合が強く,会社は
んは信じ込みやすい人ばかり集めていると批判し 見放していたが,組合との関係を改善し,業績を
ていた]。 上げた。現場に出て事故や苦情にも対処し,充実
ポジティブ思考と操うつ:悪いことも学びであ していた。その頃,ある嘱託社員と組合役員の仲
り,すべてがいいことである。全部感謝しようと が悪く,組合は会社にやめさせろと言い,会社が
思うと幸せな気持ちになる。自分のことが好きに 契約するなと言ってきた。私はその人をかつてお
なり,「きゅーん」となる。そこで mixi 日記に り,会社にちゃんと面倒見ろと言ったが聞かな
「みんな自分を好きになりなよ」と書いた。とこ い。簡易裁判に持ち込まれ,会社が顧問弁護士に
ろが意外にも反発された。次の朝,起きると何も 相談すると,負けると言われ,今度は雇えと言っ
感じない。自分が好きだという気持ちもなくなる てきた。
[怒りの否認と無感情]。例のダイエット食品を人 こんな一貫性のない命令はおかしいと,悩んでん
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不眠になる。診療所の言うとおり 3 ヵ月休んだ 決の手段と解釈できる。だが,うつは落ち着いて


が,不眠が続いた。昼間は栄養ドリンク剤のカフ いたい以前からの興味の延長なのだから,スピ
ェインで起きていた。営業に 2 年間いて,教育担 リチュアルな成長フ。ロセスの一環だと本人は考え
当になった。元ガイドの元部下を本社に呼ぴ寄 るだろう( 1-1 )。前世の紳を 5 人がかりで取り戻
せ,前述のようにダイエット食品を紹介され, した出来事は,会社での挫折を補償する操状態に
色々なことが始まった。 近い。さらにポジティブ思考は陶酔感と高揚感を
うっとの格闘からポジティブ思考へ: [筆者: もたらした。ここでスピリチュアリティは「うつ
ポジティブ思考はうつを消すためかけその通 を否定する操」として機能している。だが自分を
り。社員教育でも作られた自分でなく本当の自分 好きになれと説いて反発され,落ち込む。そこか
になれと話す。[筆者:作られた自分にとらわれ ら抗うつ薬服用中に無感情の不動の境地に達し,
て傷つくとうつになるのかけうつは作られた自 落ちなくなったと誇りはじめる。落ちる自分を見
分なので,本物の自分を見つめれば,本当になく つめることで落ちなくなるのは,マインドフルネ
なる。この気持ちはどこから来るのか見つめ,そ スにも近い。ここでスピリチュアリティは「うつ
れは自分を守るために作ったのだと分かると軽く を代替する人工的うつ状態」として機能してい
なり,だんだん少なくなる。今は自分を出しきれ る。本人にとってはこれが「本当の自分」だ、った
ていない。あの不動の境地がある,あの世界に戻 が,それもおかしいと言われ,また落ちる。スピ
れるかな, というところ。ちょっと前に浮き沈み リチュアリティは最終的な解決をもたらさず,鉄
があり,残っていた薬を飲むと,落っこちている 男さんは操うつを繰り返す( 1-2 )。
自分と,それを見ている自分がいて,どちらが本 スピリチュアリティの「うつ否定的機能」は,
当なのか分からなくなる[自我の分割]。すると 宗教史的な人物類型に落とし込むならカリスマ
ある本に「それはエゴだから見つめろ」と書いて 的・英雄的で,「うつ代替的機能J は隠遁者的あ
あった。その通りにすると,感情が消え,落ちな り,どちらも男性宗教者が多い領域になる( 2-
くなった。それから,落ちそうになっても自分の 2 )。鉄男さんは,会社でいがみ合う男性たちの調
感情を見つめ,落ちなくなった[抗うつ薬の作用 停,理不尽な会社への憤りからうつに入った。そ
から,うつになる自分を切り離すことが可能にな して,女性の元部下の導きで自己変容をし,女性
り,それを見つめているのが本当の自分だという を相手とする相談行為に入る。現世批判とスピリ
錯覚に]。今はそういう状態を繰り返している。 チュアルな探求は男性社会批判と女性支持者の獲
[このインタビュー後, 日記を見る限り,再ぴ 得と表裏一体である。しかし,「前世の家族」を
「落ちる」状態になった。その後,「落ちない。ま 束ね,「不動の境地J を誇示する背景には家父長
ったく動じない。喜怒哀楽はあるが,巻き込まれ 的欲望があるだろう。それは妻からの離婚通達か
ることはない」などと毎日のように書き,少数の ら推測するに,現世の家族では満たされていない
人が支持的反応を示す。定年退職も近かったの ようである( 2-1 )。
で,退職後に再びインタビューをおこなう必要性
を感じていたが,消息が絶たれる。] V. 総合的考察
考察:鉄男さんにとってのスピリチュアリティ
の根っこには,死への恐怖があり,来世を説く新 ここでは各事例の考察を総合し,はじめに設定
宗教の教祖への共感がある。しかし,現世利益や した問題に答えていく。
組織拡大を志向する教団から逃れ,非信者であり
続ける。スピリチュアリティへの関わりが本格化 I. スピリチュアリティと「うつ」との関 4系

するのは,会社との対立,うつ,管理職からの降 1-1. スピリチュアリティはうつの解決手段か,


格の後である。仕事人生で傷ついたプライドの修 以前からの興味や傾向性の発露か
復;ととらえるなら,スピリチュアリティは苦’悩角卒 インタビュイーの多く(岩男さん以外)は,オ
堀江:スピリチュアリティと「うつ」とポジティブ思考 1
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カルト的なもの,心霊的なものにもともと興味を ために起こるという見方,つまり“真面目な社会
持っており,うつ解消のためにスピリチュアリテ 人がうつになる”という日本型うつの物語は全員
ィに頼ったとは言えない。また,うつが少し落ち に共有されている。現代社会は,物質的成功を追
着いたところで,スピリチュアルな信念を深めて 求する世俗社会であり,宗教や死後の世界を否定
実践に向かっている。しかし,現世否定と来世志 し,自然とのつながりを絶ち,個人を孤立させる
向が,個人を孤立させ,疲弊させる社会や,理不 と思われている。たとえば鉄男さんは,みんなが
尽な命令を下す組織への批判意識を強め,うつを 強がろうとする男性社会における挫折がうつをも
準備した可能性がある(安志さん以外)。その緩 たらすと述べていた。樺夫さんの場合,スピリチ
和法には,自然や他者との目に見えないつながり ュアリティは,物質的世俗社会から霊的世界へと
によって孤立を癒す(全員),見失われていた人 目を見開かせ,人生に方向性を与えると考えられ
生の目的や意味をスピリチュアルな人生観によっ ている。それに気づかせるきっかけとして重要だ
て回復する(全員,以上はつつ否定的機能),マ ったのは,都会と違う自然とのつながりである。
インドフルネスや膜想状態によって人工的ひきこ 岩男さんは,スピリチュアリティが,かつての
もり状態を作る(うつ代替的機能)などがある 宗教と同様に人々に連帯をもたらしうると考えて
(樺夫・鉄男)。 いる。安志さんは,自然と直結しているような人
1-2. うっとポジティブ思考との関係 が集まれば,社会はもっとよくなると述べてい
鉄男さんはうつを「作られた自分」の傷つきに る。鉄男さんは,前世を思い出したソウルメイト
由来するネガティブな状態と捉え,全てに感謝す とのつながりによって,自分の世界観を支えよう
るポジティブな本物の自分に戻ろうとする。それ とした。
に対して,他の 3 人は「うつは賜物」(岩男), つまり,彼らが考える現代社会のオルタナティ
「うつに感謝」(安志),「霊的うっ」(樺夫)など ブとは,自然とふれあい,他者とつながり,自己
と,うつ自体をポジティブに捉えた。彼らに共通 本来のスピリチュアリティに目覚めた個人が連帯
しているのは,自然に触れることでうっから回復 する社会である。しかし,それは鉄男さんの例の
する点である。岩男さんと安志さんは自然に回帰 ように,信じ込みやすく,ポジティブな面ばかり
すればすべてがうまくいくというポジティブ思考 見る人の固まりになる危険性もはらんでいる。樺
を持つが,鉄男さんのポジティブ思考は自己暗示 夫さんは,そのような上辺のスピリチュアルは,
に近く,ネット上の友人にも部下にも「自分を好 自我を増長させ,道徳性を欠知させると警戒す
きになれ」と命令口調である。樺夫さんであれ る。それを現代のネット社会の特徴と結ぴつける
ば,このようなマニュアル的な暗示テクニックは 樺夫さんは,ネットを介して人々とつながろうと
不自然だと言うだろう。 しつつも,どこかで一線を引き,世俗内隠遁者の
ポジティブな「本当の自分」とうつを対置させ スタンスをとる。
る鉄男さんは,結果として激しい操うつの波に悩 2-2. スピリチュアリティの宗教史上の意味
まされる。だが,操うつの波そのものは多かれ少 アメリカでは,罪悪感と厳格な道徳意識を植え
なかれ全員に見られる。なぜなら,うつを引き起 付けるビューリタニズムへの反発からポジティブ
こす社会とうつを癒やす自然とを二項対立的にと 思考が始まった。それは自己の神性を強調するキ
らえ,両者を往復するからである。 リスト教の教派から出発し,やがて自己の潜在的
可能性を実現しようとするセミナーやビジネス書
2. スピリチュアリティと「うつ」の現代日本社 に引き継がれる。今日では明るい考えを持てば良
会のなかでの位置づけ いことが起こるという「ヲ|き寄せ」の法則として
2-1. インタビュイーにとってのスピリチュア 流布している針。そこで理想とされるのは,岩男
リティの社会倫理的意義 さんや鉄男さんに見られるように,コミュニケー
うつは社会や組織が個人に過重な負荷を与える ション・スキルを身に付けた英雄的キャラクター
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である。これは暗い精神状態であるうつを真っ向 は干高を改めたいが,多くの女性インタビュイー
から否定するので「うつ否定的スピリチュアリテ は,もともと「オカルト」や「スピリチュアル」
ィ」と呼べる。しかし,否認や回避と裏表で,操 に関心があり,自分にとって良い所だけを取り入
うつの危険をはらむ。 れ,同じ興味を持つ女性同志のつながりを楽しん
一方,樺夫さんがポジティブ思考を批判したと でいる。本稿で見た「スピリチュアル」な男性た
きには,道徳意識を欠いたままポジティブなもの ちは,世俗社会を批判しつつ,カミングアウトで
だけを見続ける「女性特有の上面のスピリチュア きないと思い悩み,一時的にスピリチュアリティ
ル」を念頭に置く。それは, James, W. の言う に触れては操うつを繰り返し,自分の信念を何と
「一度生まれ」に相当する。本来は罪悪感を極端 か伝えたいと密かな思いを募らせる。そこには,
につのらせてから再生する二度生まれ(ビューリ 物質中心の世俗社会にスピリチュアリティを認め
タニズム)を克服するために登場したのがポジテ させたいという承認欲求が隠されている。スピリ
イブ思考である。だが後続世代は,人間の暗部と チュアルな女性たちにも様々な私的苦悩がある
の対決を経ることがない 6)。これはうつ否定的と が,それは何も現代の物質的な世俗社会のせいで
いうよりは,むしろ「うつ回避的スピリチュアリ 起きたわけではない。そのため,世俗社会を克服
ティ j と呼ぶことができる。 したいという野心もなく,典型的なうつ克服の英
それに対して,うつ病原的な日本社会に適応し 雄物語も認められないのである。
つつ,批判的に距離をとる安志さんや樺夫さんの
文献
ような||!:俗内|語、遁者的キャラクターは,自然との
1
)An
der
son
,R. W. :体験一一ニッポン新宗教の体験
ふれあいやマインドフルネス眠想を生活のなかに
談フォークロア.現代書館,東京, 1994.
柿人することで,いわば「小さなうつ」の挿入に
2)B
ell
ah,R
. N. ほか:心の習慣一一アメリカ個人主
よって本格的なうつを防いで、いるようにも思える 義のゆくえ.みすず書房,東京, 2000.
(cf. 野村総一郎 10)の進化生物学的解釈)。これは 3)Fra
nkl,V. :死と愛.みすず書房,東京, 1957.
うっ代替的スピリチュアリティと呼ぶこともでき 4)Hak,D .H.:D e
priva
tionTheory.In:Encyc
lopeュ
ょう。このような解決策は, 日本仏教のなかでは di
ao fR e
ligionandS o
ciet
y( ed
.SwatosJ r
.,W.
H.
),A ltami
ra, Lanham, 19
82.<ht
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rr.ha
rtュ
珍しくなく,隠遁者として理想化される。
sem.e
du/ency/dep
rivati
on.h
tm>.
5 )堀江宗正:スピリチュアリティのゆくえ.岩波書
3. 「うつ J の物語とジェンダーとの関連 店,東京, 2011.
前出の北中によれば,“勤勉でまじめな男性が 6) J
ame
s,W. :宗教的経験の諸相(上下).岩波書店,
うつに追いやられる”という言説は,社会的に構 東京, 1969.
7 )北中淳子:うつの医療人類学.日本評論社,東京,
築されたものである。今回の 4 人には,あたかも
2
014
.
試練を克服したという英雄的な自負が感じられ
8
)Larson
,M. A. :ニューソートーーその系譜と現代
る。また,鉄男さんを除く 3 人は親の厳しさ,特
的意義.日本教文社,東京, 1990.
に父親の厳しさに言及している。岩男さんと安志 9)Maslow,A
.H. :創造的人間一一宗教・価値・至高
さんにとって,父親は世俗社会を代表し,スピリ 経験.誠信書房,東京, 1972.

チュアリティとの関わりを深めることは,父を超 10 )野村総一郎:うつ病の真実.日本評論社,東京,
2
008
.
越することを意味する。とはいえ,自己のスピリ
11 )樫井義秀:カルトとスピリチュアリティー現代日
チュアリティを世俗的な男性社会でカミングアウ
本における「救ぃ」と「癒やし j のゆくえ.ミネル
トすることは難しい。岩男さんは会社をやめ,鉄 ヴァ書房,京都, 2009.
男さんはすでに第一線を退いており,他の 2 人は 12 )島薗進:スピリチュアリティの興隆一一新霊性文化
話せる相手を限定している。 とその周辺.岩波書店,東京, 2007.

それでは,女性のスピリチュアリティの典型的 13 )島薗進:精神世界のゆくえ一一現代世界と新霊性運
動.秋山書店,東京, 2007.
な語りとはどのようなものか。事例に基づく考察

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