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The TRC News,

201909-01 (September 2019)

シリカ表面のシラノール基の定量

有機分析化学研究部 島岡 千喜
無機分析化学研究部 上田 重実

要 旨 シリカ表面にはシラノール基と呼ばれる水酸基が結合したケイ素(Si-OH)が存在しており、撥水、
親水といった物理的特性の大きな一因を担っている。また、シランカップリング剤を結合させることで表面
の化学的特性を改良し、樹脂充填材として汎用されている。したがって、このシリカ表面シラノール基は、
シリカ単体の性質に留まらず、材料全体の性能を左右する重要な因子である。本稿では、精度および感度が
高く、安定的にシラノール基を定量する手法を紹介する。

そこで、これらの難点を克服すべく、化学修飾法を
1. はじめに 中心としたシラノール基の定量法の技術開発を行った。
その結果、シランカップリング剤と反応する有効シラ
樹脂に強度、屈折率などの物性を付与する場合、シリ ノール基の絶対量を算出可能な上、煩雑な操作が不要
カ(二酸化ケイ素)粒子、ガラス繊維(二酸化ケイ素)、 な、非常に有用な手法を確立するに至った11)。
チタニア(二酸化チタン)粒子などを充填材としてカ
ップリング剤を介して樹脂に分散、結び付ける。充填 2. 原理
材がシリカの場合、表面のシラノール基とシランカッ
プリング剤が反応して、強固なシロキサン結合を形成 シラノール基(≡Si-OH)は、クロロシランのラベル
し表面が修飾される。その後、この修飾基と樹脂の官 化剤(≡Si-Cl)と、塩基(B)を反応促進剤および酸
能基同士が化学結合や相溶することから、これら充填 捕捉剤として定量的に反応し、シロキサン結合(≡
材を含む複合材料の強度は、シランカップリング剤と 。
Si-O-Si≡)を形成する(図 1)
反応するシラノール基の密度に大きく依存するといっ
ても過言ではない。 OH OH
シラノール基を定量する方法として、近赤外線吸収 Si Si Si
O O O O R2 R2
1) 29 2) 3) O OO O
分光分析法 、固体 Si NMR 、加熱水分減量 、重水素 R1 Si R3 R1 Si R3
置換1H NMR4)、滴定5)6)、TOF-SIMS7)、化学修飾XPS8)9)、 R2
R1 Si R3
O O
グリニャール試薬法およびジメチルジクロロシラン法 Cl Si Si Si
HB+Cl- O O O O
10)
、水素化リチウムアルミニウム法などの多岐に渡る O OO O
手法がある。しかし、絶対定量ができないこと、煩雑 図 1 シラン処理の模式図
な処理(脱水や液性調整)が必要であること、水分が
妨害すること、反応性と非反応性のシラノール基が識 形成されたシロキサン結合は、非常に強固で安定な
別できないこと、感度や精度が低いことなど多くの問 ため、酸素や水分を含む通常の大気下であってもハロ
題点があり、これまで確定した手法もなく充分なデー ゲン化シラン
(≡Si-X)
やアルコキシシラン
(≡Si-OR)
タを提供できていなかった。 のように分解することはない。また、シラノール基の
1
The TRC News, 2019009-01 (Septe
ember 2019))
中でも、粒子
子内部に存在
在するものや、周辺をシラノ
ノー 表面積で除することで、単
比表 nm2)当りの
単位表面積(n
ル基などで囲
囲まれたものとは反応しな
ない。
したがっ
って、 シラ
ラノール基数も
も計算した。ま
また、燃焼管
管分解・イオン
シラン処理可
可能なシラノール基は、反
反応活性である
る実 クロ
ロマトグラフィーは感度が
が高いため、今
今回の 1/100
質的に利用可
可能なものに
に限定される。 のシ
シラノール基量
量であっても
も対応できる。
被修飾材に
に含まれない
い元素を有した
たラベル化剤を
を用
いることで、
、シラノール
ル基をマーキン
ングできる。そ
そし シリカケイ素は
シ は Q1~Q4 の 4 つの構造を
を取り
(図 2)

法を用いラベ
て、各種手法 ベル元素を測定
定することで、
、シ れらは固体 29Si
これ S NMR で識
識別できる。こ
これを利用し
ラノール基を
を定量する(
(表 1)
。 て、上段で述べた
た反応性シラ
ラノール基の他
他に、非反応
のシラノール基
性の 基量も知るこ
ことができる。
表 1 分析法
法と得られる情
情報
ジェミナル
ジ ビシナル 孤立
分析法 得られる
る情報 シ
シラノール シラノール シラノール

元素分析 シラノール基密度
29
固体 Si NM
MR 反応・非反応性シラ
ラノール基密度

XPS 表面シラノール基率
率(Si 元素比)

に、本法では
このように はラベル化剤と
と反応するシラ
ラノ
Q1 Q2 Q3 Q4
ール基の定量
量値を求めることになる。もちろん、ラ
ラベ 図 2 シリカケ
ケイ素の構造
ル化剤と反応
応しないシラノール基も存
存在するわけで
であ
るが、これら
らはシランカップリング剤
剤との反応や表
表面 シラン処理して
シ ていないシリ
リカ粒子の固体
体 29
Si NMR
特性に関与す
する可能性は
は低い不活性な
なものであり、
、実 スペ
ペクトルには Q1~Q4 の ピークが分離
離検出される
用上の利用価
価値はない。 (但
但し、実際には
は Q1 は観測されない)
。QQ1~Q3 はシ
ラノ
ノール基ケイ素
素であるため
め、それらのピ
ピーク面積比
3. シリカ粒子の反応性
性シラノール
ル基の定量 から
らシラノール基
基量を求める
ることができる
る。しかし、
この
の値は全シラノ
ノール基量で
であるため、反
反応性、非反
シリカ粒子(比表面積:300 m2/g)に
についてフッ素
素元 応性
性の識別がない
い。一方、シ
シラン処理した
たスペクトル
たラベル化剤
素を含有した 剤で処理し、シ
シラノール基を
をフ (図
図 3)では、シ
シラノール基
基に結合したラ
ラベル化剤の
ッ素でマーキ
キングした。シラン処理シ
シリカ粒子中の
のフ ケイ
イ素由来のピー
ーク(M1)が Q1~Q4 とは
は離れた位置
ッ素を燃焼管
管分解・イオン
ンクロマトグ
グラフィーで定
定量 に観
観測された。こ
この M1 の面
面積比から反応
応性シラノー
し、反応性シ
シラノール基
基密度を算出し
した(表 2)
。 ル基
基密度を、Q1~Q3 の面積
積比から非反応
応性シラノー
ル基
基密度を算出した(表 3)

表 2 反応性シラノール基
基密度
反応性
性シラノール基
基密度
n mmool/g 2
OH/nm
m
実測値 平均
1 1.148
1.15
2 1.156 2.32
(RSD 0.6%))
3 1.160

ル基密度は約
シラノール 約 1 mmol/g であ
あり、幾つかの
の文
献値の倍半分
分であった(
(但し、確実な
な定量法はない
いと
いう認識であ
ある)
。シリカ粒子採取から
らの n 数 3 の相
相対
標準偏差(R %であり,高精
RSD)が 0.6% 精度な定量値を
を得 図 3 固体 29Si N
NMR スペクト
トル
られることが
が分った。さらに、この値
値をシリカ粒子
子の
2
The
T TRC Ne
ews, 20190009-01 (Septe
ember 2019))
表 3 反応性・非反
反応性シラノー
ール基密度 量を
を求めることが
ができない。 そこで一般的
的には、XPS
シラノール基密度
度 から
ら求める全ケイ
イ素に対する
るシラノール基
基ケイ素の比
シラノール
ル基 割合%
%
mmol/g 率で
で評価する。シ
シラン処理し
したシリコンウ
ウエハの XPS
1.09 スペ
ペクトル(図 4)には、ラ
ラベル化剤由来
来のフッ素が
反応性 31
(
(2.20 2
OH/nm ) 他元
元素と夾雑する
ることなく良
良好に分離検出
出されており、

非反応性
性 2.43 69 この
の強度からシラ
ラノール基ケ
ケイ素強度を計
計算し、シリ
トータル
ル 3.52 1000 コン
ンウエハ由来ケ
ケイ素強度で
で除して、シラ
ラノール基比
率を
を算出した(表
表 4)
。表面ケ
ケイ素の約 6%
%がシラノー
ラノール基密
反応性シラ 密度は元素分析
析から求めた値
値 ル基
基となっている
ることが判明
明した。シラン
ン処理からの
(表 2)と良
良い一致を示し
した。非反応性
性は反応性の
の 2.2 n 数 3 の RSD は 6%であった
た。シリカ粒子
子の元素分析
倍あり、反応
応性シラノー
ール基は全量の
の 3 割しかない
いこ から
らの算出値より高い値では
はあるが、この
のバラツキの
とも判明した
た。 ほと
とんどは XPS に起因するも
ものであった。

29
ただし、固
固体 Si NMR は感度が低く
く、ピークがブ
ブロ
ードで互いに
に近接した位
位置に検出され
れるため、先の
の元 表 4 シリコンウエハの
のシラノール基比率
素分析法に比
比べ感度が著
著しく低い。し
したがって、シ
シラ シラノール
ル基 Si 比率
ノール基ケイ
イ素はケイ素
素全体の 5%以上存在しない
いと n Si(O
OH)/Si
判別できない
いため注意が必要である。 平均
1 0.057
0.059
4. シリコンウエハの表
表面シラノー
ール基の定量
量 2 0.063
(RSD 6.2%)
3 0.056
シリコンウエ
エハはケイ素
素の単元素体で
であるが、表層
層は
空気中の酸素
素により酸化
化され、厚さ数
数 nm の自然酸
酸化 また、シラン処
ま 処理後のシリコンウエハ表
表面上の多地
膜(SiO2)を
を形成している場合がある
る。そして、こ
この 点を
を測定することで、シラノール基の面分
分布も明らか
シリコンウエ
エハ表面酸化
化膜上にもシラ
ラノール基は存
存在 にす
することができ
きる。
しており、シ
シランカップ
プリング剤によ
よる表面処理や
やシ
リコンウエハ
ハ同士の接合
合などに利用さ
されている。し
した 5. シラノール
ル基量の加熱
熱による変化

がって、表面
面のシラノー
ール基量はシリ
リコンウエハの
の特
性上において
ても非常に重
重要なデータと
となる。 加熱
熱によるシラノール基量の
の変化の観察を試みた。3
項、4 項で用いた
たシリカ粒子
子およびシリコ
コンウエハを
素気流下、800
窒素 0℃で、1 およ
よび 3 時間加熱
熱した。その
シラ
ラン処理物を、

燃焼管分解・・イオンクロマ
マトグラフィ
ー、XPS でそれぞ
ぞれ測定し、シラノール基
基量を算出し
た(表 5、表 6)

表 5 加熱
熱シリカ粒子の
のシラノール基密度
反応性シラノー
反 ール基密度
加熱条件
加 2
相対比
mmol/g OH/nm
非加熱
非 1.155 2.32 100
80
00℃×1h 0.828 1.66 72
図 4 シラン
ン処理シリコ
コンウエハの XPS
X スペクト
トル 80
00℃×3h 0.814 1.63 70

ウエハ表面に
シリコンウ に存在するシラ
ラノール基の密
密度 いずれもシラノ
い ノール基が 3~~4 割減少し、試料間に大
は非常に小さ
さく(~nmol//g)
、シリカ粒
粒子のように絶
絶対 きな
な差はなかった
た。1 時間、33 時間の差は、
、1 割以下と
3
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僅かではあるものの、3 項、4 項での RSD 以上である ます。お問合せ、ご利用頂きますことを、心よりお待
ことから、この差は有意なものと言える。 ちしております。

表 6 加熱シリコンウエハのシラノール基比率 引用文献
シラノール基比率 1) 特許第 4036416 号公報
加熱条件 相対比
Si(OH)/Si 2) 特開 2013-231694 号公報
非加熱 0.059 100 3) 日本工業規格 JIS K1150-1994
800℃×1h 0.040 67 4) 北海道工業技術研究所報告 71(1998), p23-26
800℃×3h 0.034 58 5) Analytical Chemistry, vol.28, No.12, p1981-1983, 1956
6) Japanese Journal of Applied Physics, vol.42, p4992-4997,
このように、加熱や化学処理、保管などの種々の条 2003
件によるシラノール基量の変化を明確にすることが可 7) Journal of the Ceramic Society of Japan, vol.100, No.8,
能であった。特にシリカ粒子については、高精度(RSD p1038-1041, 1992
< 1%)のシラノール基対密度の絶対量を測定できるた 8) 特開平 8-247975 号公報
め、品質検査やトラブルシューティングにも充分に活 9) 表面科学 vol.46, No.8, p492-494, 2005
用できる。 10) Journal of the Society of Powder Technology, Japan,
vol.36, p179-184, 1999
5. まとめ 11) 特開 2017-198458 号公報

安定的なシラノール基のラベル化を確立できたことで、 島岡 千喜(しまおか かずよし)


シリカ粒子やシリコンウエハのシラノール基量を高感 有機分析化学研究部
度、高精度に測定できるようになった。この手法はシ 有機分析化学第 2 研究室
ラノール基に限らず、アルミナ表面のアルミノール基 趣味:家庭菜園
(Al-OH)やチタニア表面のチタノール基(Ti-OH)な
どの金属酸化物表面の水酸基にも適用可能である。 上田 重実(うえだ しげみ)
シリカ粒子、ガラス繊維などの二酸化ケイ素は、従 無機分析化学研究部
来から樹脂充填材として多用されている。特にシリカ 無機分析化学第 2 研究室 主任研究員
粒子は、タイヤに加えることで、低燃費性能やウェッ 趣味:料理
トグリップ性能が良くなることから利用が拡大してお
り、ゴムとの相溶性のキーポイントなるのはシラノー
ル基である。チタニアは光学特性に優れていることか
ら LED に使用されており、シリカ粒子と同様に表面水
酸基を介して、
マトリックス材料に微分散させている。
また、表面シラノール基を利用したシリコンウエハの
表面処理や接合も、さらに多種多様になって行く。こ
のように、金属酸化物の利用はこれらかも多くなり、
シラノール基に代表される金属水酸基の重要性が増し
ていくものと予想される。
そして、
これらの材料開発、
製造、不良解析などに、本法が活用されることができ
れば幸いである。
今後、一層の改良、改善を進め、様々なサンプル、
種々の金属酸化物表面水酸基への適用例を拡充し、お
客様のご要望に少しでもお応えできるよう努めて参り
4

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