論文審査の結果の要旨および担当 者

報告番号 ※ 第 号

氏 名

YE Ke ( 葉 珂 )

論 文 題 目

Reproducible production and image-based quality evaluation

of retinal pigment epithelium sheets
from human induced pluripotent stem cells
（ 細 胞 医 薬 品 と し て の ヒ ト iPS 細 胞 由 来
網 膜 色 素 上 皮 シ ー ト の 作 製 法 と 品 質 評 価
に 関 す る 研 究 ）

論 文 審 査 担 当 者
主 査 名古屋大学准教授 小 坂 田 文 隆
委 員 名古屋大学教授 人 見 清 隆
委 員 名古屋大学教授 廣 明 秀 一
委 員 名古屋大学准教授 加 藤 竜 司
別紙１−２ 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
加齢黄斑変性は、加齢により網膜の黄斑部が変性する疾患で、物がゆがんで見えた
り、視野の中心が欠けて見えたりなどの症状を起こす。加齢黄斑変性には萎縮型と滲
出型の 2 つの病型があり、いずれも書字・読字不能となるため社会的失明となる。萎
縮 型 で は 、 新 生 血 管 は 関 与 せ ず 、 網 膜 色 素 上 皮 細 胞 （ RPE） や 脈 絡 膜 毛 細 血 管 の 地 図
状萎縮病巣が認められる。欧米人に多く、進行はゆっくりである。現在のところ萎縮
型加齢黄斑変性に対する治療法はない。滲出型は、黄斑部の脈絡膜から新生血管が発
生し網膜を障害する。日本人に多く、進行が早く、日本における高齢者の失明や視力
低 下 の 主 要 な 原 因 疾 患 の 一 つ と な っ て い る 。 滲 出 型 加 齢 黄 斑 変 性 に は 抗 vascular
endothelial growth factor 抗 体 の 硝 子 体 内 投 与 な ど の 治 療 法 が 試 み ら れ て い る が 、 新 生
血管をターゲットにした対症療法であり、治療後に再発するリスクも高く、繰り返し
治療を受ける患者や家族の身体的、経済的負担が問題になっている。
そ こ で 近 年 、加 齢 黄 斑 変 性 に 対 す る 新 た な 治 療 戦 略 と し て 、人 工 多 能 性 幹 細 胞（ iPS
細 胞 ）を 用 い た 再 生 治 療 が 注 目 を 集 め て い る 。iPS 細 胞 は 、体 細 胞 に Oct3/4, Sox2, Klf4
などを導入することにより作製された細胞で、未分化のまま半永久的に分裂を繰り返
す高い増殖能と、三胚葉系のあらゆる細胞へと分化する多能性を有する。 同じく多能
性を有する胚性幹細胞とは異なり、細胞の樹立に受精卵 の破壊を伴わないため倫理的
な 問 題 が な く 、 患 者 本 人 か ら iPS 細 胞 を 作 製 す れ ば 、 移 植 の 際 の 拒 絶 反 応 を 回 避 す る
こ と が で き る 。こ の よ う な 性 質 か ら 、ヒ ト iPS 細 胞 を 用 い た RPE の 再 生 医 療 が 、加 齢
黄斑変性の根治を目指した新規治療法として、期待されるようになった。現在までの
臨 床 研 究 に お い て 、 iPS 細 胞 か ら 作 製 し た RPE シ ー ト を 加 齢 黄 斑 変 性 患 者 に 移 植 す る
ことで、その安全性は確認されつつある。
し か し 、ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE シ ー ト を 細 胞 医 薬 品（ 再 生 医 療 等 製 品 ）と し て 治 療
に 用 い る た め に 、2 つ の 大 き な 問 題 が 指 摘 さ れ て い る 。① 一 つ 目 の 問 題 点 は 、ヒ ト iPS
細 胞 か ら 純 度 の 高 い RPE シ ー ト を 作 製 す る 際 に 、顕 微 鏡 下 で 人 の 手 で 細 胞 を 選 別・採
取 す る 必 要 が あ り 、熟 練 の 技 と 手 間 、時 間 が か か る た め 大 量 生 産 で き な い こ と で あ る 。
② 二 つ 目 は 、同 じ 細 胞 株 か ら 同 じ プ ロ ト コ ー ル を 用 い て RPE シ ー ト を 作 製 し て も 、RPE
シートの品質がシートごとにばらつき、その品質の違いを非破砕的に評価する簡便な
方法がないことである。そこで葉 珂 氏は、上記の 2 点を解決する目的で、本研究を
実施し、以下の新知見を得た。

① 単 一 細 胞 に 解 離 し た ヒ ト iPS 細 胞 を 、RHO シ グ ナ ル 、BMP シ グ ナ ル 、TGF シ グ ナ

ル 、Wnt シ グ ナ ル 、FGF シ グ ナ ル 、GSK3シ グ ナ ル を 阻 害 す る 6 種 類 の 低 分 子 化 合
物およびニコチンアミドで段階的に処置し、接着培養系で分化誘導を行った所、
RPE の 特 徴 を 有 す る 細 胞 が 90％ 以 上 の 高 効 率 で 認 め ら れ た 。 以 上 よ り 、 本 分 化 法
を 用 い る こ と で 、 ヒ ト iPS 細 胞 か ら 再 現 良 く 高 効 率 で RPE へ 分 化 誘 導 で き る こ と
が 明 ら か に な っ た 。 本 分 化 誘 導 方 法 を RPE6iN 法 と 命 名 し た 。 続 い て 、 RPE6iN 法
 に よ り 分 化 誘 導 し た RPE 細 胞 か ら シ ー ト を 形 成 さ せ る た め に 、 transwell 上 で RPE
を 長 期 間 培 養 し た と こ ろ 、そ の RPE シ ー ト は 99％ 以 上 の 純 度 で 、RPE に 特 徴 的 な
貪 食 能 や バ リ ア 機 能 な ど を 有 し て い た 。以 上 よ り 、ヒ ト iPS 細 胞 か ら RPE6iN 法 に
よ り 高 純 度 の RPE シ ー ト を 大 量 に 作 製 す る こ と に 成 功 し た 。 続 い て 、 RPE シ ー ト
の バ リ ア 機 能 を 経 上 皮 電 気 抵 抗（ TER）に よ り 定 量 化 し た と こ ろ 、こ れ ま で の RPE
シ ー ト の 一 般 的 な 問 題 に 一 致 し 、作 製 し た ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE シ ー ト の TER 値
に バ ラ つ き が 認 め ら れ た 。TER 値 の 高 い RPE シ ー ト お よ び TER 値 の 低 い シ ー ト を
解 析 し た と こ ろ 、TER 値 の 低 い RPE シ ー ト で は 、ZO-1 や E-cadherin、F-actin の 分
布 に 異 常 が 認 め ら れ た 。 以 上 よ り 、 低 機 能 の ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE シ ー ト で は 、
tight junction や adherens junction、 細 胞 骨 格 に 異 常 が あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。
② RPE シ ー ト の 品 質 を 非 破 砕 的 に 評 価 す る た め に 、 TER 値 の 低 い ヒ ト iPS 細 胞 由 来
RPE シ ー ト で は 細 胞 の 形 態 異 常 を 伴 う こ と に 着 目 し た 。RPE6iN 法 を 用 い て 作 製 し
た RPE シ ー ト の 顕 微 鏡 画 像 か ら 細 胞 の 形 態 情 報 を 抽 出 し 、 TER 値 と 対 応 付 け る 予
測 モ デ ル を 構 築 し た 。 F-actin を 蛍 光 標 識 し た 画 像 を 教 師 デ ー タ と し て 機 械 学 習 を
行 い 、非 染 色 の 明 視 野 位 相 差 画 像 を 評 価 し た 。明 視 野 位 相 差 画 像 を 用 い て も 、RPE
シ ー ト の TER 値 を 予 測 で き 、TER 値 の 低 い RPE シ ー ト を 除 外 す る こ と に 成 功 し た 。
さらに、この予測モデルは、異なる施設で異なる分化プロトコールで作製した異
な る ヒ ト iPS 細 胞 株 の RPE シ ー ト の TER 値 も 予 測 す る こ と が で き た 。 以 上 よ り 、
RPE の 形 態 情 報 を 用 い た 機 能 予 測 モ デ ル を 用 い る こ と で 、作 製 し た ヒ ト iPS 細 胞 由
来 RPE シ ー ト の 中 か ら 低 品 質 の 製 品 を 除 外 で き る こ と が 示 さ れ た 。

以 上 を ま と め る と 、本 論 文 に お い て 葉 珂 氏 は 、ヒ ト iPS 細 胞 か ら 高 効 率 で RPE に
分 化 誘 導 可 能 な 新 規 RPE6iN 法 を 確 立 し 、 熟 練 者 の 手 に よ る 顕 微 鏡 下 で の 選 別 ・ 採 取
操 作 な し に 、高 純 度 の RPE シ ー ト の 作 製 に 成 功 し た 。低 機 能 の ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE
シ ー ト で は 、細 胞 接 着 や 細 胞 骨 格 に 異 常 が あ る こ と を 見 出 し 、細 胞 形 態 に よ り RPE シ
ー ト の 品 質 を 評 価 で き る 可 能 性 を 考 え た 。 そ こ で 葉 珂 氏 は 、 ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE
シートの顕微鏡画像から細胞の形態情報を抽出し、機械学習による予測モデルを構築
す る こ と で 、 RPE シ ー ト の 非 破 砕 的 な 品 質 評 価 法 を 確 立 し た 。 新 規 RPE6iN 法 に よ る
ヒ ト iPS 細 胞 由 来 RPE シ ー ト の 作 製 と 非 破 砕 的 な 品 質 評 価 を 組 み 合 わ せ る こ と で 、RPE
シ ー ト の ロ ッ ト 間 の バ ラ つ き を 解 決 し 、細 胞 医 薬 品（ 再 生 医 療 等 製 品 ）と し て RPE シ
ー ト を 効 率 良 く 大 量 に 作 製 で き る よ う に な る と 期 待 さ れ る 。 本 研 究 成 果 は 、 ヒ ト iPS
細 胞 由 来 RPE シ ー ト を 細 胞 医 薬 品（ 再 生 医 療 等 製 品 ）と し て 実 用 化 し 、再 生 医 療 を 産
業化するための基盤となる極めて重要な知見を提供するものである。

よって、本論文は博士（創薬科学）の論文として価値あるものと認める。さらに、
2020 年 8 月 28 日 に 本 論 文 と そ れ に 関 す る 口 頭 試 問 を 行 っ た 結 果 、 合 格 と し た 。