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B.総論―解剖とトレーニング

神経内視鏡手術シミュレーション
大石 誠 藤井幸彦

はじめに
 3 次元工学技術の進歩とともに多領域で実践的な 3 次元
3 次元実体感型シミュレーション法
シミュレーターが開発・導入されており,医療現場でも視 1 3 次元融合データの作成

覚的な評価法として医療用 3 次元画像解析ソフトが一般的  高精度かつ現実的なシミュレーションを行うには,それ


に活用されている.コンピューターのハイスペック化と解 を念頭に置いた臨床画像の収集が重要である.手術に必要
析ソフトの改良は,より高度な 3 次元データの作成と利用 な解剖領域において重要な構造を CT,MRI,血管撮影な
を可能にし,仮想空間に作りだした疑似立体データを自由 どの 画像 データの 原画像上 で 丁寧 に 確認 しながら 抽出,
に加工するハプティクス(haptics)技術や virtual reality rendering を行い,各標的構造それぞれの立体データを作
技術,これを実立体に再現する 3D プリント技術が次々と 成,STL 形式に変換し出力,これらを順次融合し症例の 3
登場している.外科手術の領域においては,創意工夫を重 次元融合データを作成する.画一的な自動解析法はなく,
ねながらこのような技術を積極的に取り込んでおり,とり この手順自体も術前学習の一貫として重要な作業である.
わけ微細な解剖を基盤に高度な立体感覚が必要とされる脳 我々 はこの 全作業 を 医療用 3 次元解析 ソフト Z ed V iew
神経外科領域でその発展は目覚ましい. (LEXI)で行っている( 図 1 上段 ).
 脳神経外科領域における内視鏡手術としては,硬性鏡に 2 実体感型手術シミュレーション

より視野を確保して行うトルコ鞍近傍への経鼻頭蓋底手術  3 次元融合 データを 使 った 仮想 シミュレーションは,


や,軟性鏡を使って操作を行う脳室内手術などが代表的で
ある.3D 内視鏡の登場もあるが,いまだに 2 次元映像を
見ながらの手術が主流であり,術者にこの部の立体感覚が
備わっていることは重要である.以前は個々の手術経験や
解剖学実習を通して修得せざるを得なかったが,3 次元工
学技術を応用したシミュレーションの果たす役割は大きい.
 ここでは我々が取り組んできた 3 次元融合データの作成
と haptics 技術の導入による仮想手術シミュレーション1,2)
を,特に経鼻頭蓋底内視鏡手術を中心に紹介する.ここで
いう haptics とは,力・振動・動きなどの情報をあるデバ
イスを通して皮膚感覚として利用者にフィードバックする
技術であり,STL(Standard Triangulated Language)と
いう 3 次元の情報を持つデータ保存形式の発明とともに,
3 次元画像データを実在するもののように自由に削ったり
変形させたりといった,より感覚的な手術シミュレーショ 図 1  シミュレーション画像の作成(上段)と haptics 機能を使った体感
ンを可能にしている. 型シミュレーション(下段)

おおいし まこと 新潟大学脳研究所脳神経外科学分野准教授/ふじい ゆきひこ 同 教授

0289-0585/20/¥90/頁/JCOPY CLINICAL NEUROSCIENCE vol.38 no.4(2020—4) 441


図 3  下垂体腺腫症例における標準的な経鼻内視鏡手術に対す
る手術シミュレーション

撮影から得る.骨情報は菲薄化した鞍底部や,蝶形骨洞内
の隔壁なども再現するため,最低 0.4 mm スライスで撮像,
骨情報 の 作成時 は window の 閾値 を 許容 できる 限 り 下 げ
図 2  デモデータにおける経鼻頭蓋底内視鏡手術シミュレーション て rendering を 行 う. 脳 幹 部 や 脳 の 情 報 は CISS や
オレンジ:下垂体,黄色:各脳神経,赤:動脈,青:静脈,水色:硬
膜.
FIESTA などの Heavily T2 強調 MR 画像から得る.脳神
経に関しては脳槽内は CISS で得るが,我々は MR 撮像法
の一つ(PSIF—DWI)を応用して,海綿静脈洞から頭蓋外
haptics 機能を有する 3D コントローラーと,連動する立体 へ と 走行 す る 脳神経 も 描出 が 可能 で あ る こ と を 報告 し
デザインソフト Geomagic Freeform(3D SYSTEMS, た3).これらの組み合わせから,視神経の他に,脳幹部か
図 1 下段 )で,視覚情報と皮膚感覚を合わせて行う.様々 ら海綿静脈洞へと走行する脳神経(Ⅲ,Ⅴ,Ⅵ)が明瞭に
な標準ツールで 3 次元融合データを削ったり歪めたりと変 再現され(上段左),海綿静脈洞と斜台側硬膜と統合(上段
形加工していくことで,骨削除,脳のリトラクション,腫 右)
,骨情報 とも 統合 し 3 次元融合 データを 完成 している
瘍の切除といった模倣操作を行うことができる.適宜各構 (中上段左).模擬手術として,鼻中隔を外し鋤骨を露出(中
造を半透明化したりしながら,対象構造の裏側の構造を確 上段右), さらにこれを外 して 蝶形骨洞内 に 入 り 鞍底部 を
認したりして模擬手術を進めることで,実際の手術に関わ 露出(中下段左).通常の下垂体手術はこの鞍底部を開放す
る立体感覚を養い,手術手順を計画しておくことができる. るだけであるが,発展として拡大蝶形骨手術のシミュレー
ションでは,前方の鞍結節から前頭蓋底を開けた際の視野
経鼻頭蓋底内視鏡手術 の 微小解剖 シ ミ ュ レ ー
(中下段右),側方に移り海綿静脈洞側へアプローチする際
ション( 図 2 )
の視野(下段左),下方で斜台側を開窓して脳幹部前面を見
 経鼻頭蓋底内視鏡手術での到達範囲内の微小解剖に関す る際の視野(下段右)など,実際には経験することの少な
るシミュレーションを示す.動静脈の情報は造影 CT 血管 いアプローチをシミュレーション上で展開し体験すること

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図 5  斜台部脊索腫症例に対する後下方への拡大経鼻内視鏡手
術シミュレーション
図 4  微小な機能性下垂体腺腫症例に対する手術シミュレーショ
ンと融合ナビゲーション

を展開するために必要な骨掘削部を確認し,再手術にて直
接その部に到達し,腫瘍摘出した(中段).
ができる.  このような症例では,我々はシミュレーションデータを
ニューロナビゲーションシステム(BrainLab)に統合し,
経鼻内視鏡手術シミュレーションの実臨床例
術中には内視鏡をナビゲーションシステムにレジストレー
1 下垂体腺腫( 図 3 )

ションし,まさにシミュレーション統合ナビゲーションと
 両耳側半盲 を 発症 した 非機能性下垂体腺腫例.MRI で してより正確な局在同定に努めている(下段).
正常下垂体が左側に偏倚しているように見え,CT では蝶 3 斜台部脊索腫に対する拡大蝶形骨洞手術( 図 5 )

形骨洞内に隔壁が複雑にありそうな所見がある(上段)
.シ  斜台骨から発生する脊索腫は,同部の骨を破壊して進展
ミュレーション(中段)で鋤骨を開放(左)し,蝶形骨洞 し,ときに硬膜内にも嵌入することがある(上段).シミュ
内の隔壁の立体構造を確認(中),鞍底部を削除すると下垂 レーションでは下方への拡大蝶形骨洞手術を想定し,斜台
体腺腫が占め,これを半透明にすると左後部に圧迫された 部 の 必要十分 な 骨掘削範囲 を 計画 しておくことができる
正常下垂体の位置がわかる(右).経鼻内視鏡手術(下段) .また骨,腫瘍,硬膜を半透明にすることで,腫
(中段左)
で蝶形骨洞内の隔壁(左)と,腫瘍摘出後の術野にて正常 瘍の硬膜内侵入部(硬膜欠損部)と脳底動脈の位置確認が
下垂体が左後方にある(右)ことが確認される. .症例ごとに気をつけるべき構造の関係を
できる(中段右)
2 機能性下垂体微小腺腫( 図 4 )

把握するということである.実際の内視鏡下手術で正常下
 機能性腺腫は小さなものでも手術適応となり,そのサイ 垂体と腫瘍の位置,骨掘削,硬膜欠損部と脳底動脈の位置
ズの小ささから術中の局在同定が問題となることもある. が再現された(下段).
図 4 に示す例は視野障害で発見された成長ホルモン(GH)
教育への応用
産生下垂体腺腫 で,初回手術 で GH 正常化 が 得 られず,
MRI(上段)では左海綿静脈洞内,内頸動脈の下に腺腫が  術前・術中に使用されたデータは当然ながら,自由に閲
残っていると判断された.シミュレーションで同部の腫瘍 覧できる教育用素材としてストックできる.標準的な手術

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サ ー ビ ス を 利 用 し て VR デ ー タ を 作 成 し,W indows
Mixed Reality(富士通)を使用することで VR 環境を体
験している( 図 6 ).内視鏡カメラと同様の視点どころか,
立体の中に自由に入り込み,3 次元データをミクロの視点
であらゆる角度から眺めることが可能となり,手術シミュ
レーションのみならず,微小解剖の新しい習熟方法として
よい感触を得ている.

おわりに
 実際の手術においては,出血や組織の性状や癒着など,
単純に解剖シミュレーションで推し量ることができないこ
とが多々ある.しかし 3 次元工学技術の導入が脳神経外科
手術に必須の立体感覚や症例個々で異なる微小解剖の理解
を向上させることに疑いはない.本稿ではトルコ鞍部近傍
図 6  Virtual reality 技術を導入した新しい 3 次元シミュレー の頭蓋底解剖に対する神経内視鏡手術前シミュレーション
ション
の取り組みについて紹介したが,あくまで我々の施設にお
ける取り組み例であり,自由な発想やソフトウェア使用法
アプローチをはじめ,多様な腫瘍性病変のモデルが存在す の工夫によりその用途はいくらでも広がる.各施設におい
ることとなり,学生や研修医も何度でも使用することで, て 自由 な 発想 で 取 り 組 みアイデアを 出 し 合 っていくこと
解剖のバリエーションを学ぶことができる.また,遺体を で,手術成績の向上に寄与するものと期待される.
用いた微小解剖実習で神経内視鏡手術の機会を得ることが
あるが,我々の施設ではこの少ない機会をより実りの多い 文献
1. Oishi M, Fukuda M, Hiraishi T, et al. Interactive virtual simula-
ものとするために,シミュレーションによる独自の 3D 手 tion using a 3—D computer graphics model for microvascular
順マニュアルの作成などの工夫を行っている. decompression surgery. J Neurosurg. 2012;117:555—65.
2. Oishi M, Fukuda M, Yajima N, et al. Interactive presurgical
simulation applying advanced 3D imaging and modeling
Virtual reality の試み techniques for skull base and deep tumors. J Neurosurg.
2013;119:94—105.
  シミュレーションにおいて 作成 した 同 じ STL フォー 3. 石田 剛,大石 誠,神宮字伸哉,他.3D reversed FISP with dif-
マットデータに virtual reality(VR)技術を適用すること fusion weighted imaging(3D PSIF—DWI)法による海綿静脈洞
周囲脳神経の描出.Neurol Surg. 2011;39:953—61.
が可能である.我々は,HoloEyes が提供するデータ変換

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