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ニューロモデュレーションの現状と展望
鮎澤 聡1),松村 明2)
1)筑波技術大学保健科学部,2)筑波大学医学医療系脳神経外科
Neuromodulation is a therapy that uses alternating nerve activity through targeted delivery of stimu-
lus, such as electrical stimulation, magnetic stimulation, or chemical agents, with advanced medical devices.
It is highly reversible and adjustable, compared to functional ablation. The indication of neuromodulation
has recently expanded to various disorders;not only neurological disorders, but also internal and systemic
diseases such as chronic infection. The progress of neuromodulation is based on advances in medical engi-
neering. New and novel modalities of stimulus and modulating methods are being developed, such as optic
and ultrasound stimulation, and closed loop stimulation. We need a multi disciplinal understanding of neu-
ral and biological systems to clarify the therapeutic mechanism of these stimulations. Finally, the manage-
ment of ethical issues is also important.
(Received August 17, 2017;accepted September 5, 2017)
ニューロモデュレーションは刺激のモダリティー,刺
はじめに
激部位,刺激方法など多岐にわたり,その作用機序も直
脳神経外科において,難治性の疼痛や異常運動などの 接神経活動に干渉して即時的な効果を得るものから,興
いわゆる機能的障害に対する,脊髄・末 神経の切除や, 奮性を調節する,神経の可塑性を誘導させるなどさまざ
定位的脳手術による脳深部の神経組織の破壊といった外 まである.対象疾患もいわゆる神経系の疾患のみなら
科的な方法による治療は,機能神経外科(functional neu- ず,内臓疾患や全身の炎症性疾患の治療にまでその適応
rosurgery)と呼ばれてきた.一方,近年,脳深部刺激 が広がりつつあり,その範囲は従来の機能神経外科をは
(deep brain stimulation:DBS)や脊髄硬膜外刺激(spinal るかに越えている.
cord stimulation:SCS)など,ディバイスを用いて神経組 本稿では,特に刺激方法とモデュレーションの機序に
織を刺激し活動に干渉する方法が発展し,これらは 重点をおいてニューロモデュレーションの現状を概括
ニューロモデュレーション(neuromodulation)と称され し,いくつかの新しい知見を紹介するとともに,今後の
ている. 展望について述べる.
縮させることで上気道を開かせる.収縮のタイミングは
いくつかのトピックス
呼吸センサーで制御される.
1 Closed⊖loop stimulation
10 仙骨神経刺激(SNS) ジェネレータから一定の刺激を与えるのではなく,神
排尿・排便機能の調節を行う 5)49)
.刺激条件を調節す 経活動や症状と関連した生体情報をフィードバックし,
ることで,無緊張性膀胱,過活動性膀胱,便失禁の治療 必要なときに,あるいは最適な刺激条件を自動的に作り
として用いられている.透視下に仙骨孔に電極を誘導・ 出して刺激を行う方法をいう.てんかんの治療におい
留置する.便失禁に対する適応が日本でも保険収載され て,発作波を検出したときに焦点に刺激を与えて発作を
たため,今後症例が増えてくると思われる.近年は sacral 抑制する装置が商品化された24)45).一方,パーキンソン
neuromodulation(SNM)とも称されている. 病における DBS で,STN に植え込んだ電極から local
過活動性膀胱に対しては,非侵襲的な陰部神経刺激と field potential を測定し,周波数解析の結果から刺激条件
しての磁気刺激装置が日本でも保険収載されている. を変化させて刺激することが試みられた36).さらに,他
のさまざまな生体情報をフィードバックし,最適な刺激
11 消化管刺激 を行う方法が研究されている21)35).
食道・胃・腸の蠕動運動をコントロールする目的で行
われる11).特に,糖尿病などで多くみられる重度の胃の 2 Optogenetic neuromodulation
蠕動運動障害(gastroparesis)に対する胃刺激が欧米で 電極による刺激では周囲のあらゆる神経組織に影響を
認可されている.腹腔鏡を用いて胃の筋層に電極を留置 与えることになり,選択性に乏しい.そこで,遺伝子工
する.胃の刺激には胃の蠕動と同期するような長い刺激 学的手法を用いてロドプシン系の光活性化タンパクを目
幅の矩形波を用いた刺激と,通常の神経刺激と同様のパ 的の神経細胞に発現させ,光で神経興奮を制御する方法
ルス波を用いたものがあり,現在は主に後者が用いられ が研究されている25).特定の神経細胞のみに発現させる
ており,迷走神経を刺激している効果と考えられている. ことで超選択的な刺激が可能となる.また,光活性化タ
ンパクは周波数(可視光の色)特異的に働くため,たと
12 横隔膜・横隔神経ペーシング えばナトリウム・チャンネルを駆動するタンパクと塩素
脊髄損傷などに伴う中枢性低換気に用いられる.横隔 チャンネルを駆動するタンパクを組み込むことで,照射
神経が正常なことが必要である.日本でも脊髄刺激装置 する色で神経の興奮と抑制を制御できるようになる.こ
をオフ・ラベルで用いた施行例が報告されている . 70)
こにおいては,刺激電極の代わりに光ファイバーなどを
用いて刺激することになる.
13 頚動脈洞刺激
難治性の高血圧に用いられる.頚動脈洞に専用の電極 3 Ultrasonic neuromodulation
を留置し,慢性的な刺激を行う .交感神経系の緊張を
80)
近年,本態性振戦に対して集束超音波による視床の破
持続的に低下させることによると考えられている.高血 壊術が行われている.これは,超音波の熱効果を用いた
圧に対しては現在,中心灰白質に対する DBS の効果も報 作用であるが,一方,超音波の「非熱効果」として,弱
告されている . 54)
い超音波が神経興奮を惹起させることが知られてい
る76)77).超音波が神経を興奮させる機序についてはさま
5 VNS の抗炎症作用
おわりに
免疫系の調節における迷走神経を介した神経回路が報
告されている74).これに基づいて,VNS で迷走神経を下 国内外におけるニューロモデュレーションの現状を概
行性に刺激することで,脾臓へいく分枝を介して腫瘍壊 説した.生体のあらゆるところを刺激せんばかりに勢い
死因子(TNFα)の産生を減少させることが試みられて のあるニューロモデュレーションであるが,脳神経外科
いる.関節リウマチ,潰瘍性大腸炎,クローン病,過敏 にとっては,従来からの機能神経外科の 1 分野として,
性腸症候群などの炎症性腸疾患,乾癬などの皮膚疾患な 脳,神経,生体機能への洞察を与えてくれる領域でもあ
どに対する治療効果が期待され,複数の治験が進んでい る.われわれは,それらを脳神経科学に還元していく責
る .この場合,迷走神経の刺激条件をてんかんの治療
9)
務があると思われる.
に用いるもの(20∼30 Hz)よりも低頻度(1∼10 Hz)で
行うと下行性の刺激が得られるとされる.神経刺激で免 本論文の発表に関して開示する COI はありません.
疫系に干渉するという,新しい分野といえる.
文 献
1)Alexander GE, DeLong MR, Strick PL:Parallel organization
今後の展望 of functionally segregated circuits linking basal ganglia and
cortex. Annu Rev Neurosci 9:357 381, 1986.
先に述べたように,医工学の進歩がこの分野の進歩を 2)André Obadia N, Peyron R, Mertens P, Mauguière F, Lau-
支えている.ディバイスは今後も,基礎研究や治療をと rent B, Garcia Larrea L:Transcranial magnetic stimulation
for pain control. Double blind study of different frequencies
おして得られた神経学的・臨床的知見からのさまざまな against placebo, and correlation with motor cortex stimula-
ニーズに応えつつ開発が進むと思われる.今後 closed tion efficacy. Clin Neurophysiol 117:1536 1544, 2006.
3)Antal A, Boros K, Poreisz C, Chaieb L, Terney D, Paulus W:
loop stimulation が実用化するときには,単なる刺激装置
Comparatively weak after effects of transcranial alternating
ではなく自己学習する人工知能となり,いわば「身体の current stimulation(tACS)on cortical excitability in
一部」として機能することになろう.埋設型のディバイ humans. Brain Stimul 1:97 105, 2008.
4)Apkarian AV, Bushnell MC, Treede RD, Zubieta JK:Human
スにおいてはコンピューターがどこまで小型化できるか brain mechanisms of pain perception and regulation in
が問題となろうが,一方で無線通信が進んだ現在では, health and disease. Eur J Pain 9:463 484, 2005.
要 旨
ニューロモデュレーションの現状と展望
鮎澤 聡 松村 明
ニューロモデュレーション(neuromodulation)とは,ディバイスを用いて電気・磁気刺激や薬物
の投与を行い神経活動を調節する治療を指す.刺激や薬物投与量が調節可能であること,また治療を
すみやかに中止することができる,すなわち可逆的であることが,切除や破壊を中心としてきた従来
の機能神経外科との違いとして強調される.現在,その適用範囲は神経疾患のみならず,内臓疾患や
全身の炎症性疾患にまで広がっている.この分野の発展の背景には医工学分野の進歩があり,光や超
音波など新たな刺激や有効な刺激のためのディバイスが開発されている.今後,それらの刺激に対す
る生体反応の統合的な理解が必要とされる.また倫理面の整備が必要である.
脳外誌 26:864⊖872,2017